「天皇制が存続したのは、時代を超えた何か普遍的な要因によるのではなく、その時代の固有の事情による」。
  家近良樹・幕末の朝廷-若き孝明帝と鷹司関白(中公叢書、2007)。p.24。
 「天皇・皇室制度に内在する、固有の理屈・価値というものなどは存在しないのではないか。」
 「天皇・皇室制度は、飛鳥・奈良・平安・鎌倉・…・江戸・明治・…昭和…と連綿と続いているが、それぞれの時代に、天皇・皇室制度には内在しない、各『時代の価値』・各『時代の精神』があったはずなのだ。/つまり、日本の「天皇」制度は、各時代の「価値・精神」に合わせて、姿・形を変えてきたのだ、と思われる。」
 以上、この欄の執筆者。7/14付・№1644。
 天皇制が存続したのは、個々の時代の「固有の事情」による。天皇制は、各時代の「価値・精神」に合わせて、姿・形を変えてきた。
このような見方に対して、3世紀後半からだと1600年以上、6世紀からだと1300年以上、これだけ長く「天皇」制度が続いてきたことの説明にはならないのではないか、との疑問がやはり生じるだろう。
 しかし、こうした長さは、直接に考慮に入れる必要はない。
 つまり、「制度」にはいわば<慣性>というものがあり、いったん設定されてしまうと、改廃を意識しないで長々と続く可能性がある、という面がある
 例えば、戦後72年、明治維新から先の敗戦まで78年、江戸時代の250年以上、平安時代の300年以上、いったん設定された各時代の「天皇」制度はそれぞれに長く継続してきた。つまり、日々あるいは毎年のように、その存続の是非が重大な問題として問われ続けたわけではない。
 上記の、家近良樹・幕末の朝廷-若き孝明帝と鷹司関白(中公叢書、2007)。
 この本は、天皇制が廃止されても不思議ではなかった、換言すれば「天皇にとって替わってもおかしくない権力者や当該時期が幾度も出現した」として、六回または六時期を挙げている。p.18-19。秋月において整理すると、以下になる。
 ①蘇我氏の独裁権力/6世紀後半-崇峻天皇暗殺。*聖徳太子一族滅亡もこの時期。
 ②道鏡/8世紀後半-称德天皇から皇位継承? *宇佐の神言。
 ③北条氏/1221年-承久の変・後鳥羽上皇等の挙兵。土御門・順徳も。
 ④足利義満/室町時代第三代・「日本国王」。*14世紀後半。
 ⑤織田信長・豊臣秀吉/16世紀後半。
 ⑥徳川氏/第三代家光時代くらいまで。*17世紀。
 これにおそらく、⑦?/第二次大戦終結直後-1945-6年、というのを加えてよいだろう。
 長い天皇制の歴史の中で、それが危機を迎えた、あるいはその存廃が現実的な問題になりえた、というのは、さほど多くないことが分かる。
 信長と秀吉を2回に分け、漠然と平安時代の藤原氏による皇位簒奪?というのを想像して加えてみても、計9回ほどにしかならない。
 これらの「危機」、「存廃が意識され得た」時期を、天皇制は、それぞれの時期の固有の事情でもって「乗り切った」のではないか、と思われる。
 その中には、上の④のように、<天皇を目ざした?>足利義満の「死」による決着もあった。
 この④は例外だが、それぞれの時期の世俗権力者は、天皇制の廃止に関して、廃止することのコストと利益、廃止しないことのコストと利益を、つまりは要するに簡単には<費用効果分析(CBA)>を行って、敢えて廃止しようとするときのコスト・不利益も考慮して、それぞれに天皇制そのものには手をつけない、という判断をしたのではないか、と思う。むろん、天皇・朝廷を存続させておくことのコストと「利益」(や「不利益」)もまた配慮したに違いない。また、各時代の様相として、存続を前提にすれば、天皇にある程度の「権力」が少しずつは認められたとも考えられる。
 簡単に書きすぎてはいるのだが-上の各人・各氏・各時期によって事情は異なる-、要するに、そういうことではないか。
 なお、応仁の乱以降の戦国時代は、信長まで、日本は「国家」だったのか、という疑問を持っている(その限りでは天皇制もきちんとは「連続」・「継続」していないのではないか、とのシロウト思いつきにつながる)。
 ---
 現在の日本国憲法のもとでの天皇制を支える世俗権力とは何か ?
 憲法自体が根拠になっている。したがって、憲法制定者だ。建前として、国民主権という場合の「国民」 ? それとも、実質的には戦勝諸国、とくにアメリカ?
 また、<世襲・象徴>としての天皇制を憲法改正によって廃止しようとはしていない、憲法改正権者、つまり有権者国民が支えているとも言えるし、そのような改正発議をしようとはしていない、国会もまた、そして国会内多数派政党も、これを支えている。
 だが、論理的可能性としては、国会内多数派政党の「発議」、国民投票有権者の「国民投票」によって廃止されることが全くないとはいえない。
 この場合、神社神道の「長」、または<最高祭祀者>として憲法には明記されないままで一族は存続する可能性はある。
 上の発想は別として、ともあれ、天皇制の安定性というのは絶対的ではないし、そうではあり得ない、と考えられる。
 長く続いている日本の伝統だから今後も、という考え方はある意味では自然だ。
 このことを批判したり、否定するつもりはない。
 ただ、そういう世俗国民の<気持ち>によってこそ-維持されるとすれば-維持されるのであり、天皇制の中に、それに固有の<存続力>、存続すべき「価値」が先験的に?あるわけではないように思われる。