秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

辻村明

1133/西尾幹二全集第3巻(2012.07)・「進歩的文化人」。

  一 1 西尾幹二全集第3巻・懐疑の精神(国書刊行会、2012.07)のうち、この全集企画がなかったら「永遠に闇の中に消えて」いただろう(p.601)二篇のうちの一つ、「大江健三郎の幻想的な自我」(初出、1969)、のほか、若干を読む。この大江健三郎分析は二段組み計16頁で、決して短くはないし、引用・紹介したくなる同感点も多いが、これ以上の言及は省略する(1969年という時期にも感心する)。
 月報に、「先覚者としての西尾幹二」と題する三浦朱門の文章が載っていて、「今や進歩的文化人という言葉すら、死語になろうとしている。彼らを『殺した』犯人の一人は間違いなく西尾幹二なのである」、と結んでいる。
 やや釈然としない。西尾幹二が「進歩的知識人」と対決してきた(している)論者の一人であることは間違いないだろう。しかし、「進歩的文化人という言葉」はたしかに消滅しつつあるかもしれないが(完全に死語になったとは思えない)、言葉・用語法・概念はどうであれ、これに該当する者たちは、今日でも歴然と生き続けているのではないか。
 「今や…言葉すら、死語になろうとしている」という表現は、「言葉」とともに実体も当然に死につつある、という趣旨に読めるが、かかる認識・判断は、甘すぎるものと思われる。
 コミュニスト・親コミュニズム者、マルクス主義者・親マルクス主義者、そして「左翼」は、執拗に(かつてのマルクス・レーニン主義的用語は用いなくとも)生き続けているだろう。その影響力は、かつてよりも増した、という見方すらできるのではないか
 具体的には例えば、民主党政権、菅直人内閣総理大臣の誕生自体が、「左翼」の体制化、「左翼」の支配を意味していた(意味している)と言いうる。かつての「進歩的文化人」の主張・思想あるいは思考方法は、きちんと継承されていると思われる。
 2 産経新聞8/11の「昭和正論座」は1980年の林三郎論考を掲載しているが、コメント者の「湯」(湯浅博かと思われる)は、「ポーランドがいかに祖国の歴史を否定する勢力と闘ってきたかをみれば、日本の一部新聞や進歩派を名乗る知識人の偽善、欺瞞(ぎまん)を感じるだろう」と述べ、「進歩派を名乗る知識人」を語っている。これは1980年頃の状況に限られた叙述ではないように思われる。
 3 産経新聞7/28の「昭和正論座」は、1982年の、「崩壊した左翼的知識人の論理」を最大見出しとする辻村明論考を掲載している。コメント者の「石」(石井聡かと思われる)は、「朝日新聞の論壇時評を執筆する『進歩的文化人』にも向けられた」、「革命に同調しないものの、革命を志向する左翼学生らには理解を示す、ぬえ的な学者・文化人の“化けの皮”がはがれ始めたころの正論である」と述べている。ここでの「進歩的文化人」・「ぬえ的な学者・文化人」は、1982年当時のそれらだろう。
 二 ところで、上の最後に言及した辻村論考には、気になることもある。
 辻村明は月刊・諸君!(文藝春秋)誌上で当時、「戦後三十五年間にわたって、朝日〔新聞〕の『論壇時評』で活躍した錚々たる進歩的文化人たちを取りあげ、相当に遠慮のない批判を加えた」らしいのだが、それに対して、「論壇時評」を担当していた高畠通敏は、朝日新聞紙上で、辻村は「進歩的文化人」・「左翼的知識人」を批判しているが、「これまでのような社会主義革命を理想と考える文化人の集団などというものは、すでにはるかな昔から存在していないのである」と反論し、その例として、当時の都留重人論考を挙げた、のだという。
 以上は、それはそれで興味深い話だが、高畠の反論?に対する辻村明の再反論は適切ではないように感じられる。
 辻村は都留重人論文そのものを読んでおらず、高畠による紹介によって内容を理解しているようだ。そして、「社会主義革命に夢を託していた時代の都留氏は、確かにそこにはいないが、どうしてそのように変わったのか」、「私が批判したいことは『進歩的文化人』たちが『変わった』ということではなく、『変わった』ことについての論理的な説明がないということ」だ、と指摘して、叙述を終えている。
 都留重人論文そのものを私も読んでいないから確言はできないが、容共・「左翼」の(マルクス主義の影響を戦前のアメリカで受け、戦後当初は木戸幸一らとともにGHQに協力した等々といわれる)都留重人は本当に「変わった」のだっただろうか。まだソビエト連邦が存在していた時期に、「日本の伝統の再評価を求め」る「保守」的知識人に変わったとは、とても想像し難い。
 したがって、批判は、<変わったことについての説明の欠如>にではなく、都留重人らの「進歩的文化人」が、いかに論点を変え、いかに用語法を変えても、あるいはいかに部分的な修正を
加えようとも、本質的には<変わっていなかったこと>に向けられなければならなかったのではないか。あくまで<直感的>な感想にすぎないが。
 三 些細な問題かもしれない。が、ともあれ、上の一と二は関連し合ってはいるだろう。

0671/福田恆存に関する二つの連載もの(竹内洋・遠藤浩一)と再び櫻田淳。

 一 偶然なのかどうか、福田恆存に論及する連載ものが二つの雑誌で数ヶ月続いている。月刊諸君!(文藝春秋)の竹内洋「革新幻想の戦後史」(4月号は17回「『解ってたまるか!』と福田恆存」)と月刊正論(産経新聞社)の遠藤浩一「福田恆存と三島由紀夫の『戦後』」(4月号で31回)だ。
 前者の4月号も面白い。①金嬉老事件(1968)にかかわっての、中嶋嶺雄、鈴木道彦、日高六郎、中野好夫、金達寿、伊藤成彦ら(当時の)「進歩的文化人」の<右往左往>も、その一つ。
 ②朝日新聞の顕著な<傾向>を示す次の叙述も。-福田恆存が発表した論文が朝日新聞「論断時評」欄でどう扱われたか。「昭和四一年まで」は比較的多く言及されたが、昭和26年~昭和55年の間での「肯定的言及」数は福田恆存は28位で肯定的言及数でいうと中野好夫・小田実・清水幾太郎の「半分にも達していない」。一方、総言及数のうち「否定的言及」数は福田恆存の場合31%で、林健太郎(21%)、清水幾太郎(15%)を上回り、三一名中のトップ。「昭和四二年あたりから」は、福田恆存論文への言及そのものが「ほとんどなくなる」(p.234。竹内は辻村明の論考を参考にして書いている)。朝日新聞「論断時評」欄のこの偏り・政治性は、今も続いているだろう。
 なお、月刊WiLL4月号(ワック)の深澤成壽「文藝春秋/福田恆存『剽窃疑惑』の怪」(p.236~)は「左傾」?メディアの一つ・文藝春秋批判という位置づけなのか、この竹内連載中の福田恆存・清水幾太郎「剽窃」問題のとり挙げ方を批判している。そうまで目くじらを立てるほどではあるまいと感じたが、当方の読みが浅いのかもしれない。
 一方、後者(月刊正論の遠藤浩一)の4月号では、文学座の杉村春子の暴走、「女の一生」の中国迎合改作(改演)の叙述(p.269-273)が興味深い。演劇界にも戦後<進歩主義・対中贖罪意識>は蔓延したようで、「札付きの左翼劇団」だった民芸や俳優座だけでなく、政治と一線を画してきた文学座も「昭和三十代」に入ると「反安保」・「日中友好」を通じて「左翼観念主義」・「左翼便宜主義」に取り憑かれた(p.269)。
 滝沢修も日本共産党員らしき者(少なくとも70年代に「支持者」以上)だったが、どの劇団だったか、すぐには思い出せない。仲代達矢もそうした傾向の劇団を経ていたのかもしれないが(「左翼」五味川原作の「人間の条件」の主役もした)、そうした<傾き>をほとんどか全く感じられないのは(実際にも<傾き>がないのかもしれないが)好印象をもつ。
 杉村春子(1906-97)といえば、意外に知られていないかもしれないが、大江健三郎が受賞を拒否した翌年に文化勲章受章をやはり拒否した人物でもある。こじつけ理由の差異はともあれ、少なくとも拒否の点では、大江健三郎のエピゴーネン。
 二 ところで、櫻田淳は福田恆存につき、戦前の「古き良き日本」を思慕した言説主だとの前提に立っているようだ(月刊諸君!4月号p.52-53)。そうした面はあっただろうが、はたしてそう単純に福田恆存を概括してよいのだろうか。杉村に対する福田恆存の「助言」を読んでも、<昔(戦前)は良かった>を骨子とする<保守・反動>ではないことは明らかだ。
 櫻田には三島由紀夫や福田恆存の世代とは異なるんだという意識が透いて見える。それはよいとしても、-前回に記し忘れているが「戦後の実績」を「明確に肯定する」ことを前提にしてこそ「保守・右翼」言説は「拡がりを持つ」だろうとの指摘(p.53)には唖然とした。これは、「保守・右翼」言説の<左傾化>を推奨しているようなものだ。<左傾化>すれば「拡がり」を持つだろうが、もはや「保守」言説でなくなっている可能性が大だ。
 むろん、何が「戦後の実績」かという問題はある。<日本国憲法体制>あるいはGHQ史観・東京裁判史観の(基本的に)肯定的な評価までも含意させているとすれば、この人は「真正保守」どころか、「保守」だとも思われない(なお<日本国憲法体制>=1947年体制への私の疑問・批判は、同憲法無効論を前提としてはいない)。
 三 さらに前回記し忘れたことだが、産経新聞2/26「正論」欄の櫻田淳「『現在進行形の努力』と保守」の中には、一部、大きな過ちがある。すなわち、櫻田は、「定額給付金」は減税の一種だと理解し、<定額か定率か>つまり<定額減税か定率減税か>が問題だったはず、等と述べている。
 「定額給付金」は減税ではなく、所得税・住民税の非課税者(減税があっても利益にはならない人たち)にも給付される。このことは常識だと思っていたが、櫻田は理解できていない。まさに「右か左かはどうでもいい」(月刊諸君!4月号、櫻田p.55)基礎的知識レベルの問題なのだが。この人は信頼してはいけないように思える。

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