秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

辻井伸行

2286/辻井伸行・EXILE ATSUSHI 「それでも、生きてゆく」。

 Nobuyuki Tsujii(辻井伸行)の<それでも、生きてゆく>は、最初はYouTube 上で、<Elegy for the Victims …>として視聴した。辻井は本当に涙をポトポトと落としながら、外国(米国・ニューヨーク、カーネギー・ホール)の舞台上でこの曲を弾いていた(Pianist in tears)。
 別の動画では明らかに、やはり外国で、東日本大震災(・津波〕の犠牲者を偲んで自分で作った曲です、という旨を明言した後で(アンコール)演奏していた。
 やはり伴奏のいっさいない辻井によるピアノ演奏は、2011年にリリースされた<それでも、生きてゆく>(avex)というC Dで聴くことができる。
 但し、これはこのタイトルの(震災とは直接には関係のなさそうな)日本の連続テレビドラマの主題歌の一つとされていて、震災との関係はただちにはよく分からない。しかし、同C Dには、以下の辻井の言葉が付されている。
 「3月末からのアメリカ・ツアーをスタートするにあたって、今回の震災で亡くなられた多くの方々への追悼と、悲しみから立ちあがろうとする人に寄り添えるような曲を書いて、アメリカの人たちにも聴いてもらいたいと思い、新しい曲を作りました」。
 **
 この曲は長さで三分することができ、上のC D上での「オーケストラ版」等では前半三分の一が「追悼」、残り三分の二が「希望」とも称され、別々に伴奏つきで別々に収録されもしている(オーケストラやギター用の「編曲」がなされているのだろう)。
 「追悼」・「希望」という言葉ですでに示唆されてもいるが、前者は短調の旋律で、後者は長調の旋律だ。
 前者は短い前奏後、(相対音階では)ABC-CBAB-、BCD-DEFE-、というじつに単純でよく耳にする旋律で始まっていて、この分かりやすさも、この曲に聴衆を惹きつける理由の一つかもしれない。
 あとは必ずしも単純ではない、切なく美しい旋律がつづく。「哀悼」・「追悼」にふさわしいもので、聴く人によれば、すでに涙がこぼれるかもしれない。
 この前半三分の一については、私でも何とかほぼ全部、「相対音階」を聴き取れることができた。もっとものちに楽譜を見ると(後述)、G♯のほかに、B♭やD♯(相対音階)も使われていた。そこまで意識できなかつたのは、私の「実力」の程度だろう。
 前半が終わると明らかに「転調」があって、長調に変わる。その後は音階の聴き取りは厄介だが、明るい雰囲気に変わっているものの、既出の旋律が短調の雰囲気をももって別の音階で続いているような感じもする。
 この後半部分への転調の仕方と後半の音符が知りたくて、「歌詞」(後述)付きの楽譜冊子を入手してみた。
 ピアノ独奏の場合と同じ高さか否かは確認しないが(絶対音階が聴き取れれば簡単だろうが、私の場合はそうはいかかない)、♯三つ付きのスコアで、前半は嬰ヘ短調、後半は嬰イ長調だ(と思われる)。
 転調部では、主旋律がG#から一オクターブ余下の(#なしの)Gに落ちる(相対音階)。演奏よりも、歌唱の場合により厄介な部分に違いない。
 **
 2013年に、EXILE ATSUSHI によって歌詞が付され、歌詞・歌唱つきの<それでも、生きてゆく>のC Dも発売された。EXILE ATSUSHI & 辻井伸行<それでも、生きてゆく>(Rhythm zone、2013。「ふるさと」付き)。
 歌詞は、楽譜冊子によると 、つぎのとおり(元々は付されてない番号を追記した。また、改行数を減らした)。
 一 夢がなくとも 希望がなくとも
   生きがいがなくても いつかみつかる…
   悲しい事でも つらい事でも
   報われる日がくる そう信じている
   小さな灯火(ともしび)を 消さない様にと
   肩をすくめながら 歩いてきたんだ
 二 心に一筋の 光が見えてきた
   あきらめそうになって 涙が溢れて
   光が涙を 伝い僕の心に
   優しく反射した そんな春の日
   穏やかな風が 優しい旋律が
   ほのかな香りが 胸に迫ってくる
 三 夢がなくとも 希望がなくとも
   生きがいがなくても いつかみつかる…
   悲しい事でも つらい事でも
   報われる日がくる そう信じている
   心に決めたのは 何があっても
   それでも生きてゆく
 **
 すでに「花」開かせたようなグループが<世界に一つだけの花>と題する曲を歌って、<一人ひとり、個人の大切さ>を強調して、激励しているかのごとき歌は、あえて言えばいくばくかの<偽善>を感じて、全く好きになれなかったが(旋律と歌詞にも原因はあるだろう)、上の歌詞は旋律をさほどに乱しておらず、辻井の意図に合致しているようでもあって、受容できる。
 「夢がなくとも 希望がなくとも 生きがいがなくても いつかみつかる」。
 この冒頭部分は、素朴だが、とくに被災者の人々には「身に滲みる」かもしれない。
 歌詞つきで、より広くこの曲が知られるのはよいことだ。外国でもかなり知られている曲のようだから。
 ところで、譜面によると、歌い手の音域は、(絶対音階で)C#から一オクターブ上のCのさらに上のAまで及んでいる(相対音階でいうと、ミから上の上のド)。平均人よりは広く(平均男性はなかなか、上のA=ふつうのハ長調・イ短調では上のラの音は発声できない)、EXILE ATSUSHI はたぶんファルセットを用いているのだろう。また、「転調」部は素人には相当にむつかしそうだ(一オクターブプラス「半音」下への移行)。
 **
 そのうち、<音・音域・音律・音響とヒト・人間>を主題とする書き込みをする予定なので、それも一つの理由として、この投稿を先行させた(歌詞は、西尾幹二の<反大衆>性に関連して、ほんの少しすでに言及した)。
 音楽の専門家では当然にないので、上の記述にも誤りがあるかもしれない。

 Tsujii01 Tsujii00
 

2266/西尾幹二批判006。

 可能なかぎり多数の例証を示して書こうと思っていたが、とれだけ先になるか分からないので、今のうちに書いておく。
  L・コワコフスキによるニーチェ論述にあるように、ニーチェは相当に「レトリック」に長けていたようだ。ニーチェのレトリックに刺激され魅了された多数の者がいる旨も語っている。
 やや唐突にアリストテレスによる学問(科学)分類を持ち出して、西尾幹二がしてきたのは<製作的学問/弁論術>に該当するだろう、とこの欄で記した。
 →No.2251・アリストテレスの「学問分類」—西尾幹二批判003。
 西尾はレトリックに長けた人物であり、その意味で「弁論術」に秀れている。
 西尾は若いときにニーチェの原書を毎日のように読んで、ある程度はニーチェの「レトリック」に魅了されまたは影響を受け、レトリックの秀れた人物(書き手)は「えらい」・「秀れた」人だと思い込んだように見える。
 ここでレトリックを用いる「弁論術」とは、アリストテレスがその隣に位置づけている「詩学」とは異なるもので、後者は、詩や小説等の「創作」活動を広く含むと見られる。つまり、アリストテレスは今日にいう狭義の<文学>あるいは(主としては言葉を用いる)<芸術>活動を意味させていると思われる。そして、西尾幹二は<創作家>でも<芸術家>でもない。
 しかし、大学院を含む学生時代に「文学」か「思想」かと(自分が立身出世する??)進路を迷ったと何かに書いていたように、結局は後者を選択したのだったが、元々根っこにあった(狭義の)「文学」的気分を残したまま、社会・政治・歴史等に関する「評論」活動を行なってきた。そして、彼が決して無視しないのは、狭義の「文学」または「文章表現の技術」であり、内容とは別に「うまい表現」あるいは「美文」に感心する側面がある。また、自分の文章・「レトリック」に酔っている印象を受けるときもある。
 長々と述べて最後は賛成か反対か、高く評価するか消極的にしか評価しないかの結論を5〜6文字で書けるところを、あえて3行ほども用いていることがある(付与された原稿枚数・紙面の都合かもしれないが)。
 以上はたんなる印象・感想だが、大きくは誤っていないだろう。
 <芸術>に傾斜しがちな<弁論>家なのであり、そこでは、<レトリック>は重要なのだ。しかし、<レトリック>にいくら長けていても、その文章作成「技巧」が秀れていても、言うまでもなく、叙述・論述の内容の適正さと関係はない。
 なお、ニーチェにはきっと<アフォリズム>が多数残されているのかもしれない。西尾も好きなようで、自分のブログサイト上に、第三者が抜粋している自分自身の<アフォリズム>を掲載している。「文芸評論的おしゃべり」のためにはレトリックも、それが生んだアフォリズムも意味があるのかもしれないが、問題は、何とでも言える「言葉・文章」ではない。
  上の点は、しかし、些細な論点だ。
 L・コワコフスキのニーチェに関する論述のうち、西尾幹二にもあたっていると感じた大きな点は、二つある。一つは、<反科学>性だ。
 西尾にとって重要なのは事実・真実ではなく、「言葉」によるその「解釈」だ。極限すると、事実・真実などは「言葉」によって、つまり「言葉を通じた解釈」によっていかようにも変更し、認定することができる、と考えているのではないか(極限すると、だが)。
 その<反科学>性はニーチェと共通性・類似性があるが、ニーチェの場合は、キリスト教のもとで育まれ進展した西欧的「近代科学」、「近代(西欧)文明」を敵としていたのだろう。
 そのような歴史的背景とはおそらく無関係に、西尾は「自然科学」を軽蔑し、無視しようとしている。前回にも触れたとおり。「自然科学」ではない「日本の科学」が西尾には重要なのだ(すでに紹介した)。
 そして、ニーチェによるキリスト教に対する敵視(L・コワコフスキは強調している)は、西尾による「宗教」嫌悪にもつながっているように見える。この人物はかつて、自分は<(何らかの)宗教に嵌まることはできない>と明記したことがある。
 きっと、本質的にはニーチェと同様に、「無神論」者なのだろう。
 しかし、2019年に西尾は、こう発言していたことを思い出す必要がある。
 西尾は対談の中でこう言った(複数回に言及済み)。月刊WiLL2019年11月号別冊、p.225。
 「日本人には自然に対する敬愛の念があります。日本には至るところに神社があり、儀式はきちんと守られている。…、やはり日本は天皇家が存在するという神話の国です。決して科学の国ではない。だからそれを守らなくてはなりません。
 「神社」を持ち出すところをみると、西尾は「神道」信者、少なくとも「神道」に愛着を感じる者、なのだろうか。また、「日本人には自然に対する敬愛の念があります」というからには、自分自身も「自然に対する敬愛の念」を抱いているのだろうか。
 いずれも、否、でないかと思われる。西尾幹二にとっては何よりも<自分の精神>が重要なのであって、神道を本当は崇敬してはいないし、「自然」を敬愛してもいない。むしろ自分を「自然」と対立・対峙させている。
 自然と人間の対比・対立、自然と「自分」の対比・対立はこの人にとっての出発点であり、絶対的なものだ、と考えられる(西尾に限られるわけでもないが)。
 しかし、秋月瑛二は、究極的には自分自身もまた「自然の一部」だと考えている。
 「私」・「自己」というものは、さほどに重大・深刻なものではない(と別のテーマになってしまった)。
 第二は、<反大衆>性だ。別の回にするが、つぎの歌詞(と旋律)に、西尾はきっと何の感動も持たない可能性がある、とだけ記しておく。
 「夢がなくても 希望がなくても 生きがいがなくても いつか見つかる
  悲しいことでも つらいことでも 報われる日がくる そう信じてる
  小さなともしびを 消さないようにと 肩をすくめながら 歩いてきたんだ

 2013年、辻井伸行/作曲=ピアノ演奏、Exile ATSUSHI/作詞=歌唱。「それでも、生きてゆく」の一部。正確な歌詞を見ていないので、漢字の使い方は原詞と違うかもしれない。
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