秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

西村真悟

1059/雑誌・撃論3号、中川八洋と日本共産党員。

 再び撃論第3号(オークラ出版、2011.11)に触れると、先に言及した「編集部」名義の「月刊誌『WiLL』は、日本の国益に合致しているか」(p.74-)は、「民族系」という語を何度か利用していることも含めて―「中川八洋教授に寄稿をお願いした」という書き方をしているにもかかわらず―、文体が中川八洋のそれにかなり似ている。
 また、「本紙編集部」名義で書かれている原発・放射線恐怖から「正気を取り戻すための良書リスト」も(p.116-)、中川八洋は原子力問題に技術的にも詳しいこと、菅直人を「済州島出身のコリアン」と中川が別の本で書いていたと思われる表現を用いていることなどから見て、中川八洋が執筆している可能性がある。
 あくまで憶測にすぎないが、万が一でも当たっているとすれば、出版業者・雑誌編集者としては邪道であることは論を俟たないだろう。
 オークラ出版、雑誌・撃論が、興味を惹きそうなテーマを背表紙に打っての、月刊WiLLについていう「ただ『儲かればよい』一辺倒の商売至上主義」に自ら(も)陥っていないことを願う。
 さて、この雑誌上掲号には中川八洋による「脱原発」西尾幹二批判の論考もあり、中川は西尾幹二を「民族系論客」と位置づけ、「非知識人」と称し、「嘘つき評論家」、「論壇ゴロ」と罵倒し(p.91-92、p.99)、「実質的共産党員」、「北朝鮮の代言人」とも評している(p.91、p.97)。
 原発問題については分からないとしか言いようがないが、また、西尾幹二のこれまでの見解・主張の全てに同感してきたわけでもないが、このような批判・罵倒の仕方は、小林よしのりの対敵表現をも上回るかもしれないほどで、やや乱暴過ぎるだろう。
 中川八洋が「コミュニスト」・「共産党員」という断定を好んで?することは前回にも紹介したとおりで、少なくとも一部については、当たっているだろう。だが、「コミュニスト」ではなく「共産党員」という認定の正しさは、日本共産党の名簿?でも見ないと証明できないことで、厳密には推測にすぎない(そして対象人物によって確度の異なる)もののように思われる。
 そういう意味での推定にすぎないが、中川八洋が言及してはいないが、私は、たしか今年に逝去した井上ひさしは日本共産党員でなかったかと疑って(推測して)いる。
 不破哲三=井上ひさし・新共産党宣言(光文社、1999)における、不破に対する井上の「へりくだり」ぶりは尋常ではない。また、井上は、井上ひさしの子どもに伝える日本国憲法(講談社。絵は共産党国会議員だった松本善明の妻・いわさきちひろ)、二つの憲法―大日本帝国憲法と日本国憲法(岩波ブックレット)の著者でもある。政治性、マルクス主義者性を感じさせない作品等も多いのだろうが、「左翼」・憲法改正反対論者であったことは間違いなく、何よりも、大江健三郎や奥平康弘等々とともに<九条の会>の呼びかけ人だったのだ。
 井上ひさしはとくに国政選挙の際に、日本共産党を「支持(推薦)します」という学者・文化人の一人として名を出していなかっただろうか。
 「支持者」だから「党員」ではない、ということにはならない。日本共産党は学者・文化人には党の基本的な路線に矛盾しない限りでの(他の一般党員とは異なるより広い)「自由」を与え、世間・社会での名声あるいは知名度を自らのために利用してきている。
 かつて、哲学者・古在由重は日本共産党の「支持(推薦)者」の一人として日本共産党のパンフなどに名前を出していたが、この人物は最晩年まで日本共産党員そのものであったこと(党籍のあったこと)、そして原水禁運動に関する日本共産党中央との考え方の違いによって離党したか、離党させられたことが、古在由重の葬儀または「お別れの会」の世話をした川上徹の本でも、明らかにされている。

 井上ひさしも、(こちらは最後まで)日本共産党の党員だった可能性はあるものと思われる。
 世間一般の人々が想定しているよりもはるかに、日本共産党員である者は多い、と見ておく必要がある(ついでながら、今は民主党国会議員の有田芳生は元日本共産党員。父親は日本共産党国会議員だった)。
 そのような推測からすると、「国民的」映画の映画監督で、NHKが「家族」関係名画100とやらを選択させている山田洋次も、十分に怪しい。この人物は<九条を考える映画人の会>とやらの重要メンバーだが、かなり以前から、日本共産党のパンフ類に同党を「支持(推薦)」する学者・文化人の一人として名を出していたような気がする。
 そのような想いで渥美清主演映画を観ると、そうではない場合よりも違った感想も生じるのだが、今回は立ち入らない。
 少し元に戻ると、井上ひさしの葬儀の際に「弔辞」を述べたのは、先にこの欄で言及した直後に文化勲章受章者として名を出した丸谷才一だった。丸谷が共産党員だとはいわないが、「左翼」ではあるだろう。
 これに関連して続ければ、丸谷才一は素直に?受賞したが、文化勲章受章を「戦後民主主義者」であることを理由に拒否したのが、大江健三郎だった(翌年に杉村春子も拒否)。
 これは数年前に(たぶん)この欄で書いたことだが、大江健三郎は、とりわけ、自らが嫌悪する「天皇陛下」と対面して、陛下から勲章を授けられることを嫌悪し忌避したのだ、と思っている。
 再び雑誌・撃論第3号に戻ると、これには、西村真悟「沖縄戦を冒涜する大江健三郎は赤い祖国へ帰れ」も掲載されている(p.164-)。
 西村は最後のあたりで、日本に帰化した(日本人となった)ドナルド・キーンと大江健三郎を対比させ、大江に対して「あこがれの人民共和国にでも帰化し移住されたらどうか」と勧告?している。趣旨は十分によく分かる。
 日本の天皇からの叙勲を拒否し、外国の国王(やフランス政府)からの勲章は受ける、という「心性」でもって、よくもぬけぬけと日本に、日本国民として(しかもたしか世田谷区の高級?住宅地に)居住して生きていけるものだ、と感じるのは私だけではあるまい。
 雑誌・撃論から始め、最後に同じ雑誌の別の文章に触れて、この回は終わり。

0816/月刊正論11月号(産経)と産経新聞10/14書評欄の宇野常寛。

 一 正論11月号(産経新聞社)の渡部昇一「社会党なき社会党の時代」は些か分かりにくいタイトルだが、基本的な趣旨に異論はない(受諾したのは「判決のみ」で東京「裁判」ではないという主張は、既述のように殆ど無意味だが)。先日書いたように、現代日本の基本的対立軸は、容共か反共かにある。
 渡部昇一は、「マルクス主義…との闘いは終わっていない」、「マルクス主義は日本で優勢になってきている」等と書く(p.42)。「マルクス主義」も共産主義も<コミュニズム>も同じ(と私は理解して使っている)。
 マルクス主義者又は容共主義者は、むろん(日本共産党およびごく一部の団体や個人を除いて)、かつてのように、資本主義→社会主義(・共産主義)という発展段階史観を説きはしないだろうし、かつてのソ連や現在の中国・北朝鮮を手放しで擁護しはしないだろう。
 だが、形を変え品を変えて執拗にマルクス主義・容共「心情」にもとづいて発言し行動する者が多いのが日本の特徴だ。中には、親コミュニズムという意識を持たず、たんに<合理的・進歩的(・「民主主義」的)と自分を考えている者も少なくないかもしれない。
 二 ①月刊正論同号の西村真悟「百難不屈!我が新たなる闘争に向けて」は、<友愛>・<東アジア共同体>に関連して、M・ウェーバー(職業としての政治)の次の言葉を引用している(p.55)。なかなか的確で、印象に残る。
 「善からは善のみが生まれ、悪からは悪のみが生まれると考えるのは、政治のイロハも判らない政治的未熟児である」。
 ②「善・悪」の使い方は違うが、次の表現も気に入った。言いたいが巧く表現できないことを、適切かつ簡潔に述べている。
 産経新聞10/04付の書評欄での宇野常寛の表現だ(「批評家」という肩書きのこの人の名は初めて知った)。
 「個人主義と価値相対主義が浸透し、美醜は趣味の、善悪は法の問題に矮小化されざるを得ない現代…」。
 「すべての価値が『~より勝った/売れた/支持された』という結果でしか決まらないのだという開き直りが支配的な現代…」
 いずれも簡潔だが、鋭くかつ含蓄に富む。
 頭の悪い、戯言を垂れ流している<ネット・サヨク>(ネットサヨ)たちには、いかなる意味なのか、さっぱり判らないに違いない。

0298/参院選前の新聞・テレビの一部。

 産経の7/24と7/25の1面は<何たる選挙戦1・2>、大きな見出しは「誰を利する「国家」なき迷走」(北朝鮮が安倍退陣希望を明瞭に等)、「醜聞・年金だけの争点は恥だ」ときた。
 そのとおりだと思うが、産経が朝日新聞と同数程度の読者を擁していればなぁと、歯がゆい想いが強い。
 一方、読売は社説ではきちんとした主張をしているとは思うが、一般紙面では決して親安倍・親自民党ではない。少なくとも安倍首相に対して<温かい>とは思えない。朝日新聞の減紙のあとを狙って、この新聞は<左にウィングを伸ばして>いるのかとも勘ぐってしまう。
 諸予測・諸情報の中には楽しい又は興味深いものとそれらの逆のものとが当然にある。
 産経の選挙結果予測(7/23)によると、日本共産党は現有(非改選を含む)9で7~9、社会民主党は現有6で5~6。両党合わせて現有15で予測は12~15。要するに、両党ともに増加はなく、減少の可能性あり、ということだ。
 両党国会議員は確実に憲法九条二項の改正に反対するので、なかなか楽しい予測だ。共産党は消滅へとさらに一歩近づいてもらいたい。
 政治・政党の対立軸は、最も基本的なのが共産主義対自由主義だ。アジアで冷戦が終わっておらず、北朝鮮や中国が近隣にあるかぎり、まず第一には、この対立軸で選択をしなければならない。日本共産党はもちろんだが、同党支持者・同調者のほか、共産主義(>日本共産党)と闘う姿勢が弱い政党や人びともまた警戒し、場合によっては<敵視>する必要がある
 上の点さえしっかりしておけば、民主党議席の増大もさほど怖れる必要はないともいえる。民主党は、外交・防衛、憲法問題について統一した政策を打ち出せないで、代表・小沢一郎が「憲法改正は喫緊の課題とは認識していない」などと言って曖昧にしている<選挙互助組合>政党で、外交・防衛、憲法問題が対立軸として明瞭に設定された場合、不可避的に分裂する政党だ。松原仁・西村真悟(元)と岡崎トミ子・平岡秀夫が同じ党員だという(西村は元)信じ難い政党だ。憲法改正等に関して分裂、一方の自民党への合流又は連立、はかなり現実的な予測だろう。
 だが、民主党の中にも、そして今回の候補者の中にも、日本共産党・社会民主党と同様に九条絶対護持の者がいる。はたして、参院でも改憲派が2/3を超えて発議に賛成できるかどうかは、そうした者たちの数によることになる。
 前後するが、共産党につき、朝日新聞によると大阪選挙区で共産党は自民党と最後の三番目の議席をめぐって「接戦」を演じている。産経によると共産党は4位で「追って」いる。どちらが正しいだろうか。複数立てている訳でもない自民党がここでも負ければ、全国的な趨勢も最悪かもしれない。
 一方、東京選挙区でも朝日新聞によると共産党は最後の議席をめぐって、自民党(新人)や無所属(川田某)と「接戦」。産経によると、定員5で自・民・公が優位で残る2議席を民・自(新人)・無(川田某)の3人が争う(ということは共産党は圏外)。どちらが正しいだろうか。ここは6年前は共産党が1を獲得したので、今回当選しないと、自動的に現有からマイナス1となる。定員が5もある大都市選挙区で共産党1の当選が少なくとも確実視されていないとは、かつてを知っている者としては隔世の感がある。共産党は減少、消滅へと確実に歩んでいるのだ。
 昨夕の朝日新聞系のテレビ放送局のニュースをたまたま観ていたら、与党過半数割れの場合の安倍首相の進退を話題にしていて、自民党支持者(どの範囲か、どの程度の人数かは忘れた)のアンケート結果を図示し、「自民党支持者でも30数%の人が退陣すべきとしています」とのみコメントした。だが、その図には53%の者が「退陣する必要はない」との意見であることも示されていた。こちらの方はコメントしないで、<退陣すべき>という声のみ紹介したわけだ。
 選挙結果がまだ確定していないのに、まるで結果が出たあとのような、この<前のめりの>報道姿勢は一体何だろう。読んでいないが、きっと、朝日新聞は<退陣>に焦点をあてた同様の報道・紙面づくりをしているのだろう。
 昨夕のテレビニュースを観て、なるほど、世論調査をしてそれを<客観的に報道する>という実質的<倒閣運動>があるな、と感じた。<全体で何%が、自民党支持者でも何%が安倍首相は退陣すべきだと考えています>と報道しまくって(「何」の数字が低いと使えないだろうが)、<辞めろ>イメージ・雰囲気を醸成していくわけだ。
 さっそくすでに加藤紘一のような自民党内異分子が、<潔く投げ出すものだ>などとコメントしているようだ。この人は自分を何様と思っているのだろう。朝日新聞だけは持ち上げてくれるので、その<虚像>のために自分の客観的姿を誤解しているのではないか。
 まだ、山崎拓の方がマシそうで、彼は<憲法改正で大連立>との将来予測を述べたらしい。安倍首相の進退よりも、じつはそのような将来の国家のあり方・憲法のあり方の方が重要な問題だ。むろん、安倍退陣は将来の国家・憲法のあり方に大きな(消極的)影響を与えるからこそ、退陣すべきではない、と私は考えているのだが。以上、気軽な雑文。

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