秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

藤谷俊雄

0477/日本共産党系の藤谷俊雄=直木孝次郎・伊勢神宮(新日本新書)-2。

 藤谷俊雄=直木孝次郎・伊勢神宮(新日本新書、1991)の藤谷執筆部分によると、1950年代末から、伊勢神宮の<国家的保護>を求める動きが「神宮関係者や神職を中心とする保守的勢力」から起こり、「〔伊勢〕神宮国有化論」まで出てきたという。
 藤谷自身が「伝えられている」とか「いわれている」とか書いているのだから、どの程度の信憑性があるのか疑えないこともないが、「神宮国有化論」者の論点は次の二点にあると「いわれている」、らしい。
 ①「伊勢神宮は天皇の祖先をまつる神社」で、「皇室・国家と不可分」だから、少なくとも「天皇祭祀に必要な神殿や、敷地は国有とすべき」。
 ②「天皇の神宮に対する祭祀は私事」とされているが、「国家の象徴としての天皇の行為」で、「国家の公事としてみとめるべき」。
 ここでの「天皇の神宮に対する祭祀」とは何を意味するのか必ずしも明瞭でないが、伊勢神宮による祭祀への援助や天皇(・皇室)又はその代理者(勅使)が主宰者となる伊勢神宮での祭祀のことだろう。
 以上の二点は、「国有化」に直結する論拠に当然になるかは別としても、しごく当然の問題提起だ、と考えられる。
 (皇居内の「天皇祭祀に必要な神殿」・「敷地」の所有者は誰かは、別の回に記述する。)
 この欄でいく度か書いたように、伊勢神宮が天皇(・皇室)(のとくに「祭祀」)と不可分で天皇もまた国家と不可分(少なくとも「日本国の象徴」)だとすれば、伊勢神宮という一宗教法人の「私産」や天皇の「私的」行為と位置づけるのは奇妙であり、政教分離原則を意識するがゆえの「大ウソ」ではないかと思われる。
 だが、上の①・②を藤谷俊雄はつぎのように一蹴する。
 「まったく時代逆行の意見であることは、本書の読者には明らかなことと思う」(p.212)。
 「時代逆行」性が「明らか」だとは読者の一人となった私には思えないが。
 以上を叙述のほぼ最終的な主張としつつ、藤谷は以下のことをさらに付記している。
 1.「全知全能の神」があるならそれは「ただ一つ」でなければならず、「すべての人間を公平無私に愛する神」でなければならないのに、「特定の国家」・「民族」(・「種族」)だけを守る「神」は「未開人の神と大差ない」。「文化国家」の人々は「いいかげんに利己的な神信心〔ママ〕から目覚めていい」(p.212-3)。
 これはのちに「日本」と呼ばれるに至った地域に発生した「八百万の神々」があるという神道に対する厭味・批判なのだろう。だが、私は熱心な神道信者では全くないが、それでもバカバカしくて、反論する気にもなれない。この藤谷という人は、<宗教>をまるで理解できていないのではないか。マルクス主義者=唯物論者なら当然かもしれない(なお、神道は本当に「宗教」の一つなのかという問題があることはすでに触れている)。
 2.「天皇がどのような宗教を信じようとも天皇の私事である」。だが、それを「公事として全国民におしつければ、国民の信教の自由が失われることは歴史のしめす」ところ。「明治以後の国家がおかした過誤」が再び「繰り返され」てはならない(p.213)。
 「天皇がどのような宗教を信じようとも天皇の私事である」とは、さすがに、かつての一時期には<天皇制打倒>を唱えた日本共産党の党員(又は少なくとも強い支持者)の言葉だ。天皇(・皇室)の<信仰の自由>という問題・論点も出てきそうだが、立ち入らない(歴史的・伝統的な諸種の祭祀が「神道」という<宗教>が付着したものならば、天皇(・皇室)には<信仰の自由>はない、<天皇制度>とはそもそもそういうもので、<基本的人権>の類の議論とは別次元の存在だ、と解するほかはないだろう、と考えられる)。
 上の点よりも、<神道>を「公事として全国民におしつけ」る、ということの正確な意味が解らないことの方が問題だ。<国家神道化>を意味するのだろうか。そして<神道>を「公事として全国民におしつけ」れば、「明治以後の国家がおかした過誤」を再び繰り返すことになる、という論理も随分と杜撰だ。
 <国家神道化>は必然的に、あるいは論理的に、<明治以後の国家の過誤>につながった、あるいは、その不可欠の原因になった、のだろうか。
 むろん「明治以後の国家がおかした過誤」というものの厳密な内容が書かれていないので、上の適否を正確に検証することは不可能だ。しかし、神道の(少なくとも)<公事>化が戦前日本の「過誤」につながるというという指摘は、歴史学者・研究者の認識・それにもとづく主張ではなく、<政治>活動家のアジ演説的叙述であることに間違いはなく、この書物は上の2.を書いて全体を終えている。
 以上、近日中の読書メモの一つ。 

0476/日本共産党系の藤谷俊雄=直木孝次郎・伊勢神宮(新日本新書)-1。

 藤谷俊雄=直木孝次郎・伊勢神宮(新日本新書、1991)は、三一書房から1960年に刊行されていた同一タイトル・内容の本の「新版」だが、「新版のあとがき」(直木)を除いて、三一書房版と異ならない。こんな経緯はともかく、新日本新書とは有田芳生日本共産党員だった時代に勤務していた新日本出版社の「新書」で、有田の企画・編集した本が日本共産党中央の不興を買って有田が日本共産党を除籍されたことでも明らかなように、実質的には日本共産党の出版物だと言っても誤りではない。少なくとも、日本共産党に都合の悪いことやその主義・主張に矛盾する内容は書かれていないものと推測される。さらに、執筆者の一人の藤谷俊雄は元・部落問題研究所(日本共産党系)の理事長で、日本共産党員だったと推測できる人物だ。
 そのような新日本新書が「伊勢神宮」について書いているとなれば、興味を惹かないわけがない。1960年時点ですでにあった「まえがき」で藤谷は「伊勢神宮の真実」を語る旨を書いているが(p.10)、ある面では、日本共産党系の出版物ですら、伊勢神宮について、~のことは肯定している、という形で利用することもできる。例えば、直木孝次郎執筆部分では、日本書記の記述は疑う必要があるが、「七世紀の天武天皇の頃に天照大神を祭る神宮が伊勢にあったこと」は「間違いない」、とある(p.13)。神社本庁又は(伊勢)神宮の言っている歴史がいかほど信用できるのか、という疑問をもつ者も、<日本共産党系の出版物ですら>認めているとなれば、疑念を解消するだろう。
 もちろん私の関心は敗戦後から現在に至る伊勢神宮に関するこの本の叙述内容にある。
 最近に読んだ本と比べて、まず、GHQの<神道指令>の前文をそのまま詳しく引用しつつ肯定的評価を与え、かつ憲法20条(政教分離条項)も全文を引用して歓迎的に叙述している点が異なる。
 憲法20条については、はたして適切かと疑問をもつが、以下の文章がある。-「無神論者だけではなく、宗教についてもっともまじめに考える宗教者たちが、この憲法の信教の自由に関する規定を心から歓迎したのは明らかである」(p.205)。
 このあたりですでにさすが日本共産党又は日本共産党系という感想が生じるが、伊勢神宮に対して<冷淡な>感覚をもって記述していることは、次のような文章(藤谷俊雄)からもうかがえる。
 ・「戦後数年間の神宮の荒廃はめだつものがあった」。
 ・「あるときは占領軍のジープが…殿舎の前まで乗りつけて、アメリカ兵が五十鈴川に釣り糸をたれて魚をとり、手あたり次第に神域の大木を切り倒したりしても、…衛士たちは、だまってひっそりと、遠まきにこの光景をながめているだけであった」。
 引用だけでは感じ取れないかもしれないが、こうした文章からは、<愉快に感じて>書いている気分が染み出ており、決して伊勢神宮を<気の毒に感じて>書いているのではないことがわかる。上の第二の文などは、いったい何のために挿入されているのか、と訝しく感じざるをえないものだ。
 上のように荒廃しかつ参拝者の激減や式年遷宮の延期もあったが、藤谷は次のように言う。
 ・「日本国家および軍国種主義とかたくむすびついてきた神社が、この程度の打撃をこうむったことは当然であって、…むしろ打撃は少なすぎた」(p.207)。
 もっと打撃を被り、(伊勢神宮等の各神社と神社制度の)衰退そして解体・崩壊があればよかった(その方が望ましかった)、という書き方だ。さすがに日本共産党又は日本共産党系。
 ついで、参拝者数の復活・増大、式年遷宮(1953年)の成功裡の実施等について、こんなことが指摘されているのが目を惹く。
 第一。<遷宮のための「奉賛会」による募金活動が活発になされ、旧町内会・隣組組織による「半強制的な寄付」があちこちであった。かかる組織の募金活動をGHQは禁止したが「一向にききめがなかった」のは、①「保守勢力が、意識的にサボタージュしたこと」、②「地方の神社の氏子組織が解体されずに残っていた」による。>(p.209)
 旧町内会・隣組組織にあたる又は近いものは今日でも町内会・自治会として残存している。簡単には論じられないが、一般的に<古いもの>・<国家・行政に利用されるもの>と認識するのは間違いだろう(そこまでこの本が踏み込んで書いているわけではないが)。
 また、上の②のように、「地方の神社の氏子組織が解体されずに残っていた」ことを消極的に評価していることが興味深い。現在でも「神社の氏子組織」は強固さの程度の差はあれ、残存していると思われる。そして、上の<町内会・自治会>の問題も含めて、戦後又は近年に喪失・崩壊しつつあるとされ、その喪失・崩壊がむしろ批判的に又は憂慮的に捉えられることが多いと見られる<地域共同体・地域コミュニティ>問題にかかわっている。
 日本共産党又は日本共産党系の本は「地方の神社の氏子組織が解体されずに残っていた」ことを否定的に評価していた、ということを記憶しておこう。
 第二。<「戦後の神社復興」に手を貸したものとして「交通資本や観光の産業資本」を無視できない。近鉄(近畿日本鉄道)は「奉賛会」に500万円もの寄付をした。「もうけんがための神社参拝の宣伝」か゜中世以来の「巡礼運動」を「再生産」している事実を「見直す」必要がある。>(p.210)
 藤谷は「無責任な大衆煽動」という表現まで使っているが、遅れてであれ式年遷宮が実施され、参拝者数も回復してきたことについて、その背景の重要な一つを「もうけんがための」「産業資本」の動きに求めているわけだ。
 さすがに…、というところだが、これはあまりに卑小で、一面的な見方だろう。敗戦直後は日々の生活に忙しくて神宮参拝をできなかった人々がある程度落ちついてのちに伊勢神宮を参拝をするようになったことは「交通資本や観光の産業資本」による「もうけんがための神社参拝の宣伝」による、とは、あまりにも参拝者の心情を無視している、と考えられる。
 私にはおそらく理解不可能だが、敗戦・国土の荒廃という衝撃のあと、伊勢神宮に赴き、再び手を合わせる人々の心中は、いかなるものだっただろうか。たんなる遊興や観光の気分でなかったことは明らかだろう。そんな国民大衆の心情を、日本共産党員又はマルクス主義者もしくは親マルクス主義者は理解できないに違いない。
 一回で終える予定だったが、さらに別の回で続ける。

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