「日本会議」のウェブサイト上に「平成29年(2017年)03月15日」付けの、日本会議会長・田久保忠衛の名による、「日本会議への批判報道を糾す」という文章が掲載されている。月刊Hanada(飛鳥新社)2016年8月号に掲載のものに加筆したものだというが、後者で確認しても、ここで秋月瑛二が問題にしたい部分には変更がなく、全く同じだ(後者p.32~のうち、p.35)。。
 どちらを見てもよいのだが、日本会議会長・田久保忠衛は、憲法改正・九条問題についてこう明記している。
 ①「そもそも、改憲論者で第九条の二項を変えようという者はいるが、一項を変えようという者はいない。
 そして、日本国憲法現九条一項と二項を引用したうえで、②「読めばわかるように、一項は『侵略戦争をしない』との意味で、これに反対する人はいまい。しかし、二項のままでは自衛隊は軍隊ではない」、と説明する。
 上の①は、「改憲論者」の中には九条「一項を変えようという者はいない」ということ。
 これは、全くのウソ、全くのデマだ。しかも、田久保忠衛が自身が「改憲論者」だとすれば、この人は自分自身がしたことを意識的に無視しているか、呆然として忘れている。
 産経新聞・同社は、月刊正論編集部も含めて、「改憲」支持派だろう。
 しかして、産経新聞のウェブサイトにも載っているが、現「一項を変えようとする」憲法改正案を堂々と発表している。
 2013年(平成25年)春に発表された、産経新聞社「国民の憲法」草案要綱は、現在の第二章を第三章とし、表題を「国防」と改めて、つぎの条文を提案した。
 「第一五条(国際平和の希求) 日本国は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国が締結した条約および確立された国際法規に従って、国際紛争の平和的解決に努める。
 第一六条(軍の保持、最高指揮権) 国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する。
  2 軍の最高指揮権は、内閣総理大臣が行使する。軍に対する政治の優位は確保されなければならない。
  3 軍の構成および編制は、法律でこれを定める。」
 この15条、16条が現行の9条全体に代わるものとして提言されていることは、ここで子細を書くと面倒なので避けるが、明らかだ。
 そして、<「国民の憲法」要綱全文と解説>のうちの解説は、つぎのように叙述する。「」は直接の引用。
 「侵略のための武力行使の放棄や国際平和に努める『平和憲法』は外国の憲法でも珍しくない。こうした現状を踏まえ、現行憲法第9条1項前段にうたわれた「国際平和の希求」は今後も堅持すべきだと結論づけた。
 ただ、同項後段にある武力行使を禁止した件には疑問が出された。ある委員は、現行規定をそのまま残し、国際社会にも武力行使を慎むよう期待を表明する条文を提案した。
 最終的には単に『戦争を放棄する』とした『消極的平和主義』から、紛争の平和的解決や国際平和の実現にわが国が尽くしていく『積極的平和主義』に立脚した表現に改められた。」
 これについて、田久保忠衛は「一項を変えようという」ものではない、あるいは一項の「平和主義」は変わらない、と理解するのかもしれない。
 しかし、<一項を変える>ということの意味にもかかわるが、<消極的平和主義>から<積極的平和主義>へと変えるものであることは明言されている。また、現在の「同項後段にある武力行使を禁止した件には疑問が出された」という委員の意見が最終的には生かされたかたちになっている。
 なお、現九条一項は、つぎのとおり。念のため。
 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
 ところで、田久保忠衛は上の産経新聞「国民の憲法」案起草委員会の委員長だった
 その田久保忠衛が上のように「一項を変え」るものではない、と理解するのは無理であるのは、田久保自身の著のつぎの文章からも明らかだ。また、「武力行使を禁止した件には疑問」があるとしたのは、田久保自身である可能性がある。
 田久保忠衛・憲法改正/最後のチャンスを逃すな!(並木書房、2014)。
 田久保自身が、こう明記する。p.175。
 「産経新聞社の『国民の憲法』要綱は」、「現行憲法第一項を含めて全文を改め」(ここで上記15条・16条を挿入)「…と規定した」。
 これは、田久保が2016年・2017年そして現在の、「そもそも、改憲論者で第九条の二項を変えようという者はいるが、一項を変えようという者はいない」という理解・主張と合致するか?
 田久保自身が、「一項を変えようという」、「改憲論者」なのではないか。少なくとも2013年時点および上の著刊行の2014年時点では、そうだったのではないか。
 そして、日本会議会長としての2016年以降の上掲文章は、真っ赤なウソはないか。
 追記すると、上の2014年著で田久保は、「第一項を含めて全文を改め」る必要を、一項について、森本敏の指摘に「全く同感」だとして、つぎの二点を述べる。以下は、抜粋・要約的引用。
 第一。「国連多国籍軍」のような「集団的安全保障に参加」できるかが疑問。「第一項をそのまま残」すと「国際紛争にかかわる集団的安全保障に参加できないことになる」。
 第二。集団的自衛権行使容認に「法制局解釈」が改められると「日本は米国に対する武力攻撃を、自国が攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する場合、米国が多国籍軍に入っているときに、日本はどうするか」という問題が生じる。「第一項がある限り、日本は動きがとれなくなってしまう」。
 立ち入らないが、現一項(と二項の関係)の解釈自体や現行の平和安全法制が容認する<フル・スペックではない>集団的自衛権行使の具体的態様にかかる解釈・現実運用、「米国が多国籍軍に入っているとき」ということの意味・可能性の問題でもあるだろう。
 ----
 田久保忠衛は、日本会議系とされる<美しい日本の憲法をつくる国民の会>の共同代表を櫻井よしことともに務めている。
 そして同会の冊子やウェブ上の現九条一項・二項に関する考え方と、上の産経新聞社の改正草案要綱や田久保・上掲書の考え方は一致していない、同じことだが矛盾していると、この欄ですでに指摘したことがある。
 №1275/2015.01.22、№1494/2017.04.11
 日本会議会長としても、田久保忠衛は、自分自身の過去の見解を無視して(あるいは呆然と忘れて)、平然とウソをついているのだ。
 憲法改正問題、とくに九条問題にはいまや大きな関心はないのだが、こんな<大ウソ>が吐かれていることを知って、記しておく気になった。
 なお、自民党の公式の現在の改正案は(その前の<桝添要一委員長>を経た改正案も)、および読売新聞社の憲法改正草案は、現一項を(上の産経新聞社案と違い、基本的には)そのまま残すこととしている。
 ----
 上の産経新聞社の現九条関係の<解説>は、他にも興味深いことを述べている。
 以下に引用する。
 「現行憲法第9条2項の「…<中略>」との条文を全面的に見直し、現存する自衛隊を軍として明確に憲法に位置づけることにも、全委員が賛成した。」
 これは、昨2017年5月の<二項存置・自衛隊明記>という安倍晋三自民党総裁提言に正面から反対することを意味する。しかし、産経新聞はこの提案をどう受け止めたか?
 もちろん、2013年と2017年という違いはある。それに、何と言っても<安倍晋三首相>の提言なので、産経新聞社がかつては会社としても採用したはずの改正案起草委員全員による二項<全面見直し>論を捨ててしまった、としても無理はないだろう。