秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

聴許

1209/五輪東京誘致とテレビ朝日、式年遷宮における「御治定」・「御聴許」。

 〇前回に触れた、五輪誘致東京「敗退」との誤報を放ったのは、当日のライブだったテレビ朝日池上彰の司会の番組もそうだったようだ。

 池上彰に非難が当たっているようでもあるが、池上個人の問題というより、当該番組制作者、つまりテレビ朝日の制作責任者に原因があるように思われる。氏名は明らかではない当該人物は自分の判断で、または朝日新聞社のツイッターを見て、すぐさま、その旨を書いた紙(カンペというのか?)を池上に見せたのではあるまいか。その誘導に乗って池上の発言になったのではなかろうか。
 池上彰を擁護する気持ちはなく、中途半端な人物だと思っているが、池上よりもテレビ朝日のミスならば十分に考えられる。なぜなら、テレビ「朝日」だからだ。上記の「朝日」関係の人物も、東京誘致が失敗すると面白い、と考えていたのではないか。

 ついでながら、NHKのテレビ放送を見ていて、決定後の座談会において、安倍首相の発言への言及がまったくかほとんどか、なかったのは印象的だった。安倍首相のプレゼン発言で決定的になった旨の外国の報道もあったようだが、わがNHKはそんな旨での報道をしなかった。逆に、安倍首相発言は「正確」なのか、という朝日新聞や毎日新聞等(系列テレビを含む)がのちに問題にしている論点にもまったくかほとんど触れていなかったのだが。

 〇9/11のエントリーで式年遷宮に言及した。その中で、つぎのように書いた。

 「遷宮の細かな準備日程は今上天皇の『許可』(正式用語ではない)にもとづいているように、伊伊勢神宮の式年遷宮とは実質的または本質的には天皇家の行事に他ならない。」

 前段の「許可」という用語および後半の意味について付け加える。
 最もあたらしい伊勢神宮のHPは、次のように知らせる。
 「天皇陛下には第62回神宮式年遷宮の遷御を執り行う日時を以下の通り御治定(ごじじょう・お定め)になられましたのでお知らせいたします。/遷御の儀は大御神様に新しい御殿へお遷り願う式年遷宮の中核となる祭典です。
  【 遷 御 】

 皇大神宮    10月2日(水)  午後8時

 豊受大神宮   10月5日(土)  午後8時」

 ここでは「御治定」という言葉が使われている。最終的な「遷御」の日時は今上天皇陛下が定めるのだ。

 また、同HPの2005年1月1日更新は次のように伝えていた。
 「神宮の最大の祭りである式年遷宮の本格的な準備が、平成16年4月5日、天皇陛下の「御聴許」(お聞き届けいただくこと)をいただき、進められています。/神宮における祭祀の主宰者は天皇陛下です。式年遷宮をおこなうにあたっても、その思し召しを体し、神宮大宮司の責任で遷宮の御準備が進められます。平成16年4月5日、陛下から正式にお許しを戴き、その後設置された各界の代表で構成する大宮司の諮問機関「遷宮準備委員会」の答申に基づいて本格的な御準備が進められています。一方、遷宮諸祭については今春(平成17年春)の山口祭(やまぐちさい)・木本祭(このもとさい)にはじまり、9年間に約30回にも及ぶ諸祭行事が行われ、主要な12のお祭りの日時は、天皇陛下のお定め(御治定・ごじじょう)を仰ぐことになっています。」

 遷宮の本格的準備が、ほぼ10年前の2004年4月の今上天皇の「御聴許」にもとづいて進められていた。この「聴許」という用語を先日は思い出せなかった。但し、「主要な12のお祭りの日時」は、「御聴許」ではなく、「御治定」によるようだ。厳密な違いは私は知らないが、対象からして、おおよその違いは分かる。
 より重要に思えたのは、神宮(伊勢神宮)自体が、「神宮における祭祀の主宰者は天皇陛下です」と明言・公言していることだ。
 これからすると、先日のように「実質的または本質的には」と限定を付す必要はなかったようだ。遷宮とは天皇陛下が「主宰」者として行われる神事なのだ。但し、後日に天皇・皇后両陛下が参拝されるが、当日は東京・皇居から定められた時刻に「御遙拝」される。直系で皇位継承第一位の皇太子殿下もそのはずだ。

 一方、その他の皇族の一部の方々は、当日に伊勢の現地で式典に参加されるか、見守る、ということをされるのではないか。曖昧なことは書けないので、より正確な情報ソースを参照していただきたい。
 ところで、天皇陛下のこのような伊勢神宮への強い関与は、<私事>・<私的行為>だからとして許容されていることになっている。このような説明は、先日に書いたように、奇妙だ。

 天皇陛下は憲法で明記された国家の一つの重要な「機関」のいわば担当者に他ならないが、そのような天皇陛下の伊勢神宮への強い関与を、誰も、朝日新聞も、「政教分離」違反とは言わない。「左翼」をけしかけているわけではない。じつに奇妙で不思議なことだと、常々感じているだけだ。 

0435/伊勢神宮「式年遷宮」等と天皇(家)。

 伊勢神宮(正式名称はたんに「神宮」)の内宮(皇大神宮)・外宮(豊受大神宮)はともに、20年ごとに本殿を隣接地に新しく建築し直す。これを「式年遷宮」といい、前回は平成5年・1993年の10月に行われた。これが第61回で、次回・第62回の「式年遷宮」は平成25年・2013年に行われる。20年ごとだから、単純に計算して1220余年前から行われていることになるが、一時期途絶えたことがある。が、ともあれ、奈良時代の持統天皇の時代という、現代人から見れば、はろけくも昔に始まり、現代まで続いている。
 この行事(むしろ「祭事」か)は現在では形式的には一宗教法人のもののはずだが、前回の「式年遷宮」については昭和59年・1984年に、当時の天皇(昭和天皇)が実質的にいってこれの準備を開始することを「許す」旨の意思を伝えた。これを「聴許」というらしい。
 その意思は宮内庁長官の文書に示されている。
 「宮内庁長官官房官発第一六六号/昭和五九年四月四日/宮内庁長官 富田朝彦
 神宮大宮司 二條弼基 殿
 回答/三月二十二日付け造庶発第三号により御上申の第六十一回神宮式年遷宮の儀につきましては、本日御聴許になりました。/この旨お伝えします。
」(/は改行)
 (以上、主として、神宮司庁企画(DVD)・第六十一回神宮式年遷宮/伊勢の遷宮-総集編-による。)
 伊勢神宮の「遷宮」につき天皇の「聴許」があらかじめある。次回・第62回についてもすでに現(今上)天皇の「聴許」がなされていると思われる。
 ところで、憲法にはこうある。
 「第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」
 「第20条 1項 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
 2項 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
 3項 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」
 宮内庁という紛れもない国家行政機関の長官が上の如き文書を発している。これは「公」文書ではないのだろうか。そして、天皇も憲法上「日本国の象徴」・「日本国民統合の象徴」とされる国家の(戦前の天皇機関説を持ち出すまでもなく)重要な「機関」と称してよいものだとすれば(「機関」が適切でないならば別の概念でもよい。ともかくも、国家機構の一部を占めるものと理解して誤りではないと考えられる)、天皇が、伊勢神宮という一宗教法人の活動に直接に「関与」していると言えないのだろうか
 そしてさらに、上掲の憲法20条3項で禁止されている「国及びその機関」の「宗教的活動」に該当しないのだろうか。
 あるいは、伊勢神宮から見ると、当該「宗教団体」は20条1項で禁止されている「国から特権を受け」ることをしているのではないのだろうか(なお、式年遷宮の費用は募金による。だが、確認していないものの、天皇及びその他の皇族によっても費用の一部は負担されている筈だ)。
 しかし、憲法20条の<政教分離>規定にかかわらず、天皇による「神宮式年遷宮」への関与や天皇その他の皇族による費用負担(天皇等が支払う「金銭」はすべて国が法律に基づき支出しているもので、かりに「私事」・「私生活」というものがあってそれらに使われるものであっても、出所から見るとすべて「公金」だ)が憲法に違反しているという議論は(私は)聞いた又は読んだことがない
 戦後になってからも、1953年、1973年と「式年遷宮」は行われてきており、当時は日本社会党(またはその前身の左・右社会党)が存在した。1993年というのは日本社会党を含む連立政権が誕生した年だった。にもかかわらず、日本社会党が天皇・皇室の伊勢神宮への関与等を法的に疑問視したという記憶は全くない
 憲法の規定を離れて言えば、伊勢神宮に天皇家がかかわるのは異様でも何でもない。何よりも、内宮の祭神は天照大神(アマテラスオオミカミ)で、天皇(家)の先祖(むしろ「始祖」に近い?)とされる(神話上であれ)人物だ(外宮の祭神は天照大神の食事を担当していたとされる)。歴史的に見れば、伊勢神宮は天皇(家)・皇室の祖先を祀る最大・最高の神社だったのだ。現在でもそうだろう(なお、奈良県・橿原神宮-祭神は神武天皇-は明治期に造営されたと記憶する)。
 そのような歴史的経緯を無視して憲法20条を解釈することはできず、憲法1条により「天皇」の存在が正式に承認されていることとも合わせた、総合的な解釈が必要になる。
 先日、天皇・皇室と神社の関係に触れ、両者の関係を憲法20条・「政教分離」の形式的解釈で論じてはならない旨を書いたのは、上記の「式年遷宮」のことを知っていたからでもある(それだけではないが)。
 さらに付記すれば、天皇・皇族に限らず、毎年正月、日本国の内閣総理大臣は伊勢神宮に参拝している。今年は野党第一党党首・小沢一郎も参拝した。福田首相の東京からの交通費はどこから出ていたのか?。福田首相に随行した秘書官等はいかなる性格の仕事をしたのか?。
 にもかかわらず、朝日新聞すら、上のことを問題視・疑問視しなかった筈だ。公人としてか私人としてか、などというような質問をしたマスメディアの記者もいなかった筈だ。
 明らかに、表面的・形式的には伊勢神宮は国政担当者から「特権的」扱いを受けている、と言ってよい、と思われる。だが、そのことに(現在の野党第一党はもとより)朝日新聞すら目くじらを立ててこなかった、という厳然たる事実がある、ということはきちんと記憶されておいてよいだろう。将来、状況に何らかの変化があると、朝日新聞や一部の者たちががそれを<憲法違反>だと言いかねない、と思われるからだ。
 なお、神道、神社に限らず、いちいち正確には確認していないが、皇室に縁のある寺院は、現在でも皇室と何らかの(他の寺院とは異なる)特別の関係があるだろう。皇族を離脱した者の子孫が住職(法主?、貫首?)をしているような寺院だ(いわゆる「門跡」。例、京都市・曼殊院)。
 また、京都市の泉涌寺(せんにゅうじ)のように、奈良時代の天皇を除く全ての天皇を祀っている寺院もあり、そこでは毎日朝夕、過去の多数の天皇の位牌(御尊牌)を前にして読経が行われている筈だ。そして、現在の天皇(家)からも、この寺院に対してはいくばくかの金銭(手当、お礼。正式には「御下賜金」か?)が出費されていると推測される。
 このような「特別の」関係をもって「政教分離」条項に反するとは言えないだろう。そして、おそらくは憲法学者も含めて誰も、違憲とは指摘・主張してきていないと思われる。このこともきちんと記憶されておいてよいだろう。将来、こうした皇室と寺院の関係も「法的に」問題にする新聞や論者が出現してくる可能性があるからだ。

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