秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

美智子皇后

0552/「われらの天皇家、かくあれかし」-<批判・注文>派4と<中間>派5。

  月刊・諸君!7月号(文藝春秋)の「われらの天皇家、かくあれかし」という大テーマのもとでの計56人の文章のうち、現皇太子妃(雅子妃殿下)の現況についての何らかの言及のある文章は―区別がむつかしいものもあるが―20。6/13に続いて、その内訳を瞥見する。
 2 現皇太子妃(雅子妃殿下)に対して批判的、又は皇太子・同妃ご夫妻(もしくは妃殿下との関係で皇太子)に「注文」をつけている、というようにあえて一括できそうなのは、次の4名だ(当然に、区別・分類はむつかしいものであることを繰り返しておく)。
 ①秦郁彦-「雅子妃が…美智子皇后に代わって『国母』としての」役割を果たしうるか。「お病気ならしかたがない。回復を待つしかない」という「国民の思いやりも、そろそろ限界に達しそうな気がしている」(p.243)。
 ②久能靖-雅子妃をかばう皇太子も宮中祭祀の重要性を認識しているはずで、「皇室は祈り」との美智子皇后の言葉を「重く受け止めて欲しい」(p.204)。
 なお、この久能靖は「皇室ジャーナリスト」だが、「ジャーナリスト」は比較的に皇太子等の皇族に対して<対等>の物言いをする傾向にあるのを感じた。
 例えば、皇太子妃(問題?)にとくに言及している中に含めていないが、「ジャーナリスト」との肩書きの奥野修司は、近年「戦後の民主化を象徴した筈の『開かれた皇室』が、急速に『閉ざされた皇室』に変質しはじめた」と書いている。「開かれた皇室」論を微塵も疑っていないようなのは興味深い。また、奥野の「天皇ファミリーは裸のまま、危機にさらされている」(p.194)という<客観的>な表現の仕方も、天皇家を取材(・ジャーナリズム)の対象としてしか見ていない心性を感じさせる。
 ③山内昌之-今上天皇・皇后は「『祈り』の姿勢」をもち、敬愛されている。「皇太子御夫妻」は「この『祈り』の意味と無私の価値」を「継承して欲しい」(p.265)。
 これらの②と③は、とくに③は、<批判的>ニュアンスの少ない、むしろ「期待」を示すものとして、次の<中間派>にも分類できそうだが、何らかの<不満>があるからこそこれらのような「期待」又は「注文」の文章ができている、とも読める。
 外国人の文章を取り上げる意味は疑問なしとしないが、④ケネス・ルオフ-皇太子ご夫妻にはまだ「明確な象徴性がない」。「社会的に有意義なお仕事…に努力を注ぐ道を決心なさるべきだろう」。
 以上の4名は皇太子妃(・皇太子ご夫妻)に批判的だとしても、離婚・皇后位不適格・(皇太子の)皇位継承疑問視、といった議論と結びつけているわけではない。この点で、先に記した中西輝政・八木秀次・西尾幹二のグループとは全く異なっている。
 3 <中間派>とかりに呼んでおくが、現況に<憂慮>を示しつつ皇太子妃(・皇太子)を批判するわけではない(少なくともその趣旨は感じ取れない)人々が5名いる。五十音順に記す。
 ①大原康男-「皇太子妃雅子殿下のご病気とそれに伴って聞こえてくる大内山のざわめきも気がかり」だ(p.189)。
 大原の「気がかり」のあと二つは、皇位継承者(おそらくは悠仁親王以降の)問題と(天皇の)靖国神社ご親拝問題。なお、「大内山のざわめき」という「ざわめき」という言葉に、<騒いでいる>者たちへの批判的なニュアンスを感じ取ることが不可能ではない。その点を強調すると、次の<批判者を批判する>グループに入れてもよいことになろう。
 ②佐藤愛子-皇太子妃問題は「誰が悪いのでもない。時代の変化のゆえの悲劇」だ。「時代の波に揉まれておられる」天皇陛下を「おいたわしく思う」。
 ③田久保忠衛。「雅子妃に環境を合わせるか、…現状を続けるのか、環境と御本人を分離するかのいずれかしか対処方法はない」と書いて、抽象的にせよ制度論・方法論に踏み込んでいるようである点は、西尾幹二らと共通性がある。しかし、皇太子妃に対する批判的な心情は殆ど感じられず、上の文につづけて、「胸が痛む。ましてや天皇、皇后陛下の御心痛はいかばかりか」と書く。
 また、天皇・皇后両陛下と皇太子・同妃一家に<亀裂あり>旨の宮内庁長官発言やその報道ぶりに関して、「世界に例のない日本の皇室に反対する向きはさぞかし喜んでいるだろう。『天皇制打倒』などと叫ぶ必要もなくなるから」と書き、さらに、「スキャンダルを暴くマスコミの集中攻撃」に触れて、「国の中心を寄ってたかってつぶすのか」とも記す。
 これらの後者の部分は西尾幹二らとはむしろ正反対の立場のようでもあり、むしろ次の<批判者を批判する>立場のようにも解釈できる。
 というように分類し難いところがあるが、両方を折衷して無理やり<中間派>としておく。
 ④中西進-「週刊誌の広告」に「心が痛む」。皇太子妃の夢が実現できないのは、「国民および皇室関係者が、…あいまいな皇室観の中で八方塞がりになっている」からだ(p.236、p.238)。
 ⑤松崎敏彌-「雅子さまには、一日も早く、ご体調を回復していただき、お元気な笑顔を再び見せていただきたい」(p.255)。
 4 以上。あと残りは6人。この人たちは<批判者(マスコミを含む)を批判する>というグループとして一括できると思っている。別の回に。

0540/中西輝政=福田和也・皇室の本義(PHP、2005)をほぼ読了。

 中西輝政=福田和也・皇室の本義(PHP、2005)を殆ど読了。記憶に残っている範囲から、いくつかメモしておく。
 ・江戸時代に祭祀復活、略式祭祀の正規化(古い形式に戻すこと)、飢饉の際の施米につとめられたのは、光格天皇
 (この天皇は東山天皇の三世の孫(玄孫)で、後桃園天皇までとは別の(現在につづく)皇統に移った最初の天皇とも言える。なお、竹田恒泰は明治天皇の四世の孫。)
 ・今上天皇は、美智子皇后とともに橿原神宮出雲大社も親拝され、石清水八幡宮も親拝された(p.73)。両陛下は、平成5年以降、各県の護国神社をすべて親拝された(p.151)。
 (上のようなご親拝は天皇の「公的」行為と理解するのが通常の感覚と思うが、「私的」な<宗教的>行為と見なしているのだろう、マスコミは全く又は殆ど報道していない。)
 ・佐藤栄作と田中角栄とで天皇・皇室観はかなり異なる。田中角栄は天皇に対して「反感」をもち「一種不遜な」態度をとっていたとも言われる(p.91)。日本人の一部にある天皇(・皇室)への<怨念>は継続している。「伝統的・文化的」に「型が定まったもの」を崩すことを「進歩」と捉える心情が、戦前の社会主義者(・共産主義者)以外にも残っている(p.93-94)。
 ・現皇室典範(法律)は現憲法施行前に制定されており、かつ旧憲法下で必要だった法律制定手続を経ていない、という問題をもつ(p.104)。
 (この手続の瑕疵は旧憲法自体に違反しているのか、法令上の定めに違反しているのか、それとも旧憲法・法令は明記していない<慣行>に反していたのか、なお確認してみたい。)
 ・「天皇制」を厳しく批判し、「いずれ廃止されるべきである」と書いた横田喜三郎・天皇制。当時、東京大学法学部教授(国際法)、のち最高裁裁判官、勲一等叙勲(p.118-9)。
 ・宮中三殿への日々のお参り、宮中祭祀こそ天皇の「最大の御公務」。また、天皇はご旅行の際には「必ず『三種の神器』を一緒」に携行される。どこに宿泊されても、「毎朝、伊勢の皇大神宮に向かっての遙拝」を必ずされる。だが、多くの国民がこれらのことを知らない(p.136-8)。
 ・宮中三殿には「掌典」という神職、「内掌典」という巫女にあたる神職もいて、「皇居から一歩も外に出ずに神事を務めて」いる。こうした支えがあってはじめて宮中祭祀は成り立つ(p.138)。
 (「掌典」・「内掌典」は宮内庁職員としての<国家公務員>か。そうではなく、天皇の<私的な>使用人として、「公的行為」のための宮廷費からではなく、天皇・皇室の「私事」のための「内廷費」から給料?(報酬・手当?)は出ている。宮中祭祀の挙行を「私事」扱いすることは、<天皇制度の本質>と矛盾すると思われることは、何度も書いた。)
 とりあえず、以上。
 どこかに書いてあったかもしれないが、樋口陽一を含むおそらく殆どの憲法学者が、<統治権の総覧者>から<象徴>への変化・断絶、<天皇主権>から<国民主権>への変化・断絶を強調するのは、一面しか捉えていない。歴史的・伝統的な天皇制度を見るとき、日本国憲法のもとでもそれは<連続して>生き続けている、という理解の方が本質により近いものと考えられる。

-0068/美智子皇后と日本の文化勲章を拒否した大江健三郎。

 先月の10/20に美智子皇后は72歳になられた。その日は偶然三紙を読めたが、美智子皇后に関する記事の大きさ(広さ)は目分量で、産経を5とすると読売は4、朝日は1だった。皇室への態度の違いが反映されていると見るべきだろう。
 皇室といえば、大江健三郎が明確に語っていないとしても、かつての自衛隊や防衛大学校生に関する発言から見て、彼が反天皇・皇族心情のもち主であることは疑いえない。ノーベル文学賞を受けた1994年に文化勲章受賞・文化功労者表彰を拒んだ際に「戦後民主主義」者にはふさわしくない、「国がらみ」の賞は受けたくないとか述べたようだが、彼は要するに、天皇の正面に向かい合って立ち、天皇から受け取る勇気がなかったか、彼なりにそれを潔しとはしなかったからではないか。明確に語らずとも、怨念とも言うべき反天皇・皇室心情をもって小説・随筆類を書いてきたからだ。
 だが、「戦後民主主義」者を理由とするのは馬鹿げている。大江にとって天皇条項がある「民主主義」憲法はきっと我慢ならない「曖昧さ」を残したもので、観念上は天皇条項を無視したいのだろうが、「戦後民主主義」にもかかわらず天皇と皇室の存在は憲法上予定されている。
 敗戦時に10歳(憲法施行時に12歳)で占領下の純粋な?「民主主義」教育を受けた感受性の強く賢い彼にとって天皇条項の残存は不思議だったのかもしれないが、憲法というのは(法律もそうだが)矛盾・衝突しそうな条項をもつもので、単純な原理的理解はできないのだ。
 「国がらみ」うんぬんも奇妙だ。彼が愛媛県内子町(現在)に生れ、町立小中学校、県立高校で教育を受け、国立東京大学で学んだということは、彼は「国」の教育制度のおかげでこそ、(間接的な)「国」の金銭的な支援によってこそ成長できたのだ。「国がらみ」を否定するとは自らを否定するに等しい。そんなに日本「国」がイヤなら、中国にでもキューバにでも移住し帰化したらどうか。
 大江は一方ではスウェーデン王立アカデコーが選定し同国王が授与する賞、かつ殺人の有力手段となったダイナマイト発明者の基金による賞は受けた(スウェーデン王室は17世紀以降の歴史しかない)。さらに、2002年には皇帝ナポレオン1世が創設したフランスの某勲章を受けた、という。
 天皇が選定の判断に加わっているはずもない日本の文化勲章のみをなぜ拒否するのか。その心情は、まことに異常で「反日」的というしかない。その彼は月刊WiLL12月号によると9月に「中国土下座の旅」をし、中国当局が望むとおりの「謝罪」の言葉を述べ回った、という。「九条を考える会」の代表格の一人がこうなのだから、この会の性格・歴史観もよくわかるというものだ。


ギャラリー
  • 2013/L・コワコフスキ著第三巻第10章第3節①。
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  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
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  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
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  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
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  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
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  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
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  • 1809/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑧。
  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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