秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

維新政党

1112/日本国憲法「無効・破棄」論について③。

 月刊正論(産経)6月号が発行されている筈だが、産経新聞の購読を辞めて広告も見ず、新刊雑誌として購入することも、編集長が桑原聡である間は、差し控える。
 一ヵ月前の月刊正論5月号が、わざわざ2頁余を使って、「ハイ/正論調査室」という欄の中で、<憲法
破棄>を可能とする二人の読者の回答を紹介している(p.330-332)。
 二人(A氏、B氏)とも60歳代の元公務員で共通し、日本国憲法(1947施行)は「無効」とする点でも共通している。
 異なるのは、まず、「破棄」または「廃棄決議」・「無効宣言(決議)」をする主体だ。
 A氏は「国会」と考えていて、「過半数の議決」があればよい、とする。
 B氏は「国会で決議」するか「最高裁で『無効』判決」を出せばよいとする。
 これらの回答を生じさせた契機となった石原慎太郎の発言・考え方を、最近の産経新聞3/05の連載「日本よ」から引用すると、次のようだ。 
 「憲法改正などという迂遠な策ではなしに、しっかりした内閣が憲法の破棄を宣言して即座に新しい憲法を作成したらいいのだ。憲法の改正にはいろいろ繁雑な手続きがいるが、破棄は指導者の決断で決まる。それを阻害する法的根拠はどこにもない」。
 このように三者三様で一致がないが、石原慎太郎のいう「しっかりした内閣」とはいかなる意味かは厳密にはよく分からない。但し、「内閣」に「破棄を宣言」する権限があると考えているのだろう。
 いかほどに厳密な法的思索を経ているのかは疑わしいが、天皇や「最高裁」も想定される中で「内閣」を権限主体として想定するのは、<無効>論者の中でもおそらく少数派だろう(主流派?は「国会」だと思われる)。
 そして、「内閣」が日本国憲法のもとでの内閣であり、日本国憲法下の公職選挙法にもとづき選出された衆議院議員・参議院議員から成る国会により選出された内閣総理大臣とそれが任命したその他の国務大臣からなる合議体を意味するかぎり(但し、婦人参政権を認めた等の公職選挙法改正は現憲法公布後・施行前。憲法施行後に頻繁に改正されて憲法とともに「国会」議員等を選出する根拠になっている)、石原説は成立しえない、と思われる。「内閣」を生んだ法規である日本国憲法を内閣が「無効」とし「破棄」するのは、子どもが親を殺すようなものだ。
 親あるいは血を継承した祖先の一人でも殺してしまえば自分自身(子ども)はこの世に存在していない筈なのであり、過去に生じた憲法を、憲法所産の「内閣」が現時点で「破棄」するなどというのは、明らかに背理だ。
 基本的に全く同じことはA氏やB氏のいう「国会」や「最高裁」についても言える。
 旧憲法下では「国会」はなく「帝国議会」だった。参議院はなく、貴族院が所謂第二院として存在した。
 両氏のいう「国会」が日本国憲法のいうそれであり、衆議院・参議院で構成されるものであるかぎり、「国会」なるもの自体が、日本国憲法(とそれに違反していない国会法等の法律)によって生み出されたものであり、「国会」による日本国憲法の「無効宣言」・「破棄」とは、親殺しであり、かつ完全に瞬間的に同時の<自分殺し>に他ならない。日本国憲法を「破棄」したあとまで、日本国憲法下での「国会」が存続するはずがない。
 この議論が現憲法41条が国会を「国権の最高機関」と称していることを根拠(の一つ)にしているとすれば、明らかな矛盾がある。「無効」であるはずの日本国憲法(の一条項)を根拠とする、という<背理>に陥らざるをえない。
 「最高裁判所」となるとますます日本国憲法所産のもので、「最高裁」が自分の親である日本国憲法を「無効」とする判決を出せるはずがない。
 戦前は「大審院」(と「行政裁判所」)で、憲法上の位置づけは大きく異なる。
 というわけで、第一に、いったい誰が(どの機関が)日本国憲法を「無効」宣言=「破棄」できるのか、という問題で、現時点での日本国憲法「無効」論は躓かざるをえない。
 「無効」視したいというセンティメント(気分・情緒)は理解できるが、もはや現時点では「無効」宣言・「破棄」は不可能だ。ありうるとすれば、国民または有権者の少なくとも過半数がそのような認識に立ち、何らかの方法で(数千万の署名を集めて?)意思表明することだろうが、どのような手続および意思表明の方法を採用するのかになると、途方に暮れる(「無効」論者で<国民投票>という手続・方法を提言する者はいないようだ)。
 A氏が述べるように(p.331)、1952年の「主権回復」後ただちに(または「すみやかに」)「無効」・「失効」宣言をして(旧憲法に戻すか)新しい・自主憲法を制定すべきだっただろう。
 その場合の「無効」宣言の主体の問題はやはりある。その場合に、天皇陛下(昭和天皇)の意思・認識も「無効」論を支持するものでなければならないのは不可欠の前提だったと思われる(日本国憲法は、昭和天皇の名において公布されているのだ)。
 主体・手続の問題はかつてもあっただろうが、60年後の現在と比べると、クリアできる可能性はまだ十分にあったと思われる。

 第二に、万が一上記の機関が権限主体たりうるとしても、「無効」宣言・「破棄」をする現実的可能性はあるか、という問題に、日本国憲法「無効」論はぶつからざるをえない。 
 A氏は正当にも次のように述べる-「現実問題として現憲法の廃棄なり無効宣言をするには、現憲法は正統性を有せず無効とする考えを持つ国会議員が衆参両院においてそれぞれ過半数いることが必要です」(p.331)。
 この必要性が充足される可能性に言及してはいないが、B氏がたんに<可能だ>という旨を回答しているにとどまるのに比べると大きな(第二の)違いで、より現実的に考えておられるようだ。
 しかし、上の「必要」性が充足されるとは、到底考えられない。
 現在、いくつかの政党が憲法改正案を発表しているが、<すべて>が、現憲法=日本国憲法は憲法として有効なものであることを前提としている。そしておそらくは、現在の国会議員の全員が(または少なくとも99%)が、日本国憲法を「無効」と考えてはいないものと思われる。
 つまり、「無効」論に立って国会議員を送り出している政党はゼロであり、「無効」と考えている国会議員はゼロか、存在しても1~2名だろう。
 このような状況において、各院の国会議員の「過半数」が日本国憲法「無効」論に与する可能性は皆無(ゼロ)だと言い切ってもよい、と考えられる。
 最高裁判所の裁判官についても同じことが言えるだろう。
 石原慎太郎のいう「内閣」説に立てば、現実的可能性はもう少し高くなりそうではある。しかし、それは法的には一種の<革命>か<クーデター>で、失敗する後者ではなく成功する前者になるためには、少なくとも国民の「過半数」(現実的には最低でも2/3以上)の賛同に支えられていないといけないだろう。
 しかして、国民の意識はどうだろうか。日本国憲法「無効」論の存在自体を知っている国民すら、おそらくは10%以下だろう。
 そのような現実が誤っており、正しい教育、正しい情報提供・言論活動をしていけば、必ず過半数のまたは2/3以上の国民が現憲法は「無効」のものだと認識するはずだ、と考え、主張するのも、論理的には誤っているわけではない。
 しかし、そのような状況に達することを目指して活動するよりも、<憲法改正>というかたちで、実質的に<自主憲法>を制定することの方が、はるかにてっとり早く、現実的可能性もはるかに高い。
 なお、一時期、<維新政党・新風>という政党がこのブログサイトにも登場していて、2007年参議院選挙に候補者を立てたりしていたが、この政党?が、明言してはいないものの、日本国憲法「無効」論に親和的であるようにも感じられた。だが、この政党は一人の当選者(国会議員)も出してはいない。
 ここまで書いてネット上で調べてみると、この政党?も、現憲法を「国際法違反の占領基本法」と(渡部昇一と同様に)称しつつ、憲法「改正」を志向しているようだ。→ 
http://seisaku.sblo.jp/article/3621051.html
 このような状況ではますます、国民の多数が「無効」論を支持し、国会議員の過半数でもって「無効宣言(・決議)」が行われる可能性はほとんどゼロであり、「夢想」にすぎない、というべきだ。
 月刊正論編集部は、こんな問題に2頁余を割くよりも、そんなスペースがあるならば、憲法改正の具体的内容に関する議論を掲載したらどうか。
 石原慎太郎を尊敬してはいるが、「しっかりした内閣」による現憲法「破棄」論だけは、気分・情緒は理解できても、支持することができないものだ(都民により「直接に選出」された東京都知事という地位もまた、日本国憲法の一条項にもとづく)。  

0451/小沢一郎はかつて「保守の最も右に位置する立場」に(も?)同調。

 過日、先月の3/03に、高市早苗編・小沢民主党は信用できるか(PHP、2008.03)に収載されている中西輝政「小沢一郎の悲劇」(初出は月刊ヴォイス2007年10月号)に言及したが、何気なくもう一度読んでいると、先月にこの欄には書いていない興味深い指摘がある。他にもあるが、とりあえず、同じ小テーマの一連の文章の中で一気に書かれている、つぎの二点だ。
 第一は、小沢一郎の見解・主張が全く一貫していないことは周知のことだが、その一例で、自由党時代の彼は、月刊・文藝春秋の1999年9月号で、憲法改正国民投票手続法の早期制定を自由党は提案していることを誇らしく書いていた、という。しかるに、まだ記憶に新しいが、昨年(2007年)には小沢一郎代表の民主党は憲法改正国民投票手続法案に反対した。自民党と民主党の両党の議員が積み上げてきた「与野党協議のすべてをひっくり返し」、民主党・枝野幸男をして「責任は安倍首相と小沢代表にある」と言わしめたのだった(p.153。月刊ヴォイス2007年10月号p.54)。
 中西輝政は福田康夫首相への「退場勧告」を月刊正論5月号(産経新聞社)に書いているが、福田首相「退場」後の首相が小沢一郎では、福田よりもはるかに悪い、と思う。もっとも、中西は福田首相「退場」後の具体的展望または具体的予想には立ち入っていないように思える。彼の見込みが民主党に政権を委ねるということであれば、次回衆院選挙で民主党が勝利すればそういうことになるのだろうが、-既述のことだが-まだその期待?(どうせ短期間で倒壊する筈だから?)・予想は早すぎるように思うのだが。
 元に戻って、第二。中西輝政によると、小沢一郎は「保守の最も右に位置する立場の意見に呼応して、いったん日本国憲法の無効を宣言し、そのうえで新しい憲法をつくり直す選択肢もあるとすら述べていた」。(p.153。月刊ヴォイス2007年10月号同上)。
 ここにいう「保守の最も右に位置する立場」とは、日本国憲法無効論を主張する立場を意味していることは明らかで、この日本国憲法無効論については(最近は論及していないが)かつて何回か消極的評価を述べた。
 そして、この「立場」でもって昨年の参院選挙に候補者を立てた政党・政治団体は、維新政党・新風だと思われる。同党のHPでは日本国憲法無効・その旨の国会での宣言を明確には謳っていないが、それらしき(無効論に近い又は矛盾しない)表現をかつて(昨年参院選頃に)確認したことがある。
 要するに、中西は、小沢一郎はかつて「
保守の最も右に位置する立場」に共感するかの如き発言又は文章執筆をしていた旨を書いて、その<無節操ぶり>を指摘しているわけだ。
 ところで、中西輝政の二つの指摘の話題から離れていくが、このイザ!ブログサイトも含めて、昨年参院選の前には、日本国憲法無効論や維新政党・新風を支持するプログが現在よりも多くあり、積極的に書き込みをするブロガー(と言うのだったか?)も多かった印象がある(と同時に、日本共産党支持のブログ・ブロガーも多かった)。
 ブログサイト上では日本国憲法無効論や維新政党・新風の支持者はけっこう多いような印象で、維新政党・新風が参院選挙でどの程度の票を獲得するかは、じつは私の大きな関心の一つだった。
 結果はどうだったか。比例区での「新風」の総獲得票は、田中康夫有田芳生「新党日本」はもとより「女性党」にも天木直人らの「九条ネット」にも負けて、170、515(得票率0.29%。獲得議席0。最高の個人名票は瀬戸弘幸の14、676)。これは、黒川紀章・若尾文子らの「共生」が146、986(得票率0.25%。獲得議席0)だったのにかなり近い。
 ネットあるいはブログ世界上の印象とはケタ外れの少なさだったことが印象に残っている。17万とは全くの微小ではないにしても、投票者330人余のうち1人の支持がある程度の、議員数ゼロでは、現実の政治を動かせない。むろん、日本国憲法無効宣言(決議)を国会が行うこともできない。日本国憲法無効論は理論的には成立し得るかもしれないが、現実の国会議員の中に(おそらく)一人も同論を支持する者がいないとなれば、現実的・政治的には、この「理論」が現実化する可能性はほとんどゼロに近いのではないか(むろん<それでも地球が回っている>と主張することはできる)。
 ブログのアクセス数やランキングは必ずしも閲覧者の「関心」の程度を正確に反映しているわけではない、<政治活動家>による意図的・組織的な(アクセス数等の)操作もあったのではないか、と感じたことだった。
 アクセス数やランキングを気にすることは私はほとんど止めた(矛盾することを書けば、3/15以降の約20日間でアクセス数は2.5万以上増えた…)。
 日本国憲法無効論の「理論」的検討を止めてしまったわけではなく(その必要性の程度を低く感じているのは確かだが)、この論について書き切っていないところもあるので、またいずれ言及することにする。
ギャラリー
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
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