秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

細川内閣

1419/D・トランプとR・パイプス。

 D・トランプはキューバ・カストロについて、「自国民を抑圧した独裁者」だと断定し、キューバは「全体主義」国だと適切にも言い放っている。
 トランプはアメリカの共和党員として、同じく共和党のR・パイプスの<共産主義>に関する書物を読んでおり、反共産主義はトランプにとっての常識または皮膚感覚になっているのではないか。選挙戦中に中国やソ連について何と言ったかしらないが、種々の外交的駆け引きを別にすれば、中国やロシアに<甘い>ことはないだろう。
 R・パイプスの共産主義やロシア革命等にかんする本には、知識人、とりわけ「左翼知識人」に対する皮肉っぽい言辞がしばしば見られる。
 西側の知識人はこの点はあまり認めようとはしないが…、とか、知識人の多くは強調しているが、実際にはこうだった、とかの文章が見られる。例えば、彼はかなり一般的な歴史叙述と違って、<10月革命>後の<干渉戦争>なるものの実際の圧力の大きさをさほどのものとは見ていない。すでにこの欄で用いた表現を再び用いると、ボルシェヴィキは「干渉戦争」とではなく、ロシア国民との間の「内戦」をこそ戦っていた。それは、ドイツとの講和後も、一次大戦終了後も続いた。
 トランプの勝利はアメリカの<左翼的>知識人とメディア関係者の敗北で、ナショナリストの勝利だ。
 反共産主義のナショナリスト。なかなかけっこうではないか。
 イギリスのEU離脱を予想しないでおいて一斉に批判する(あるいは懸念する)、クリントンの勝利を疑わずトランプが当選するはずはないと予想する、そういう日本のメディアのいいかげんさ、ほとんど一致して同じことをいうという<全体主義的気味の悪さ>を感じていたので、トランプ当選は驚きではなく、精神衛生によかった。
 偽善・タテマエの議論は排して、各国が反共産主義(自由主義経済)とナショナリズムで切磋琢磨すればよい。
 日本人はいかほど意識しているのか。R・パイプスによれば、中国も北朝鮮もベトナムも、そしてキューバも、「共産主義」国だ。
 アメリカや欧州ではとくに1989/91年以降に<ソ連・社会主義>が解体した歴史的意味を真剣に考えて、議論した。
 日本では、真摯な議論はまるでなかった、と断じたい。日本共産党が゚1994年にソ連は社会主義国でなかったと新しく「規定」するまでの間、日本の政治は、日本の<反共・保守>論壇は、いったい何をしていたのか。
 1990年代の前半、政治改革とやらに集中し細川護熙政権を生み、自社さ・村山連立政権を生み、1995年の戦後50年村山談話を生み出した。
 あの時代-まだ20年あまり前だが-、<反共・保守>は結束して、日本共産党および「共産主義」を徹底的に潰しておくべきだったのだ。
 政治家の中での最大の責任者は、小沢一郎。その後に幹事長として民主党政権を誕生させたことも含めて、小沢一郎こそが、日本の政治を攪乱し、適切な方向に向かわせなかった最大の犯罪者だろう。
 今や小沢は、<左翼・容共>の政治家に堕している。
 1989/91年を、おそらくは公になっていない「権力」闘争・内部議論を経て、日本共産党は生き延びてしまった。日本の政治家たちは、そして<保守>の論者たちはいったいこの当時に何をしていたのかと、厳しく糾弾したい思いだ。

0982/中川八洋・民主党大不況(2010)の「附記」を読む②。

 中川八洋・民主党大不況(清流出版、2010)p.351-「附記/たった一人の(日本人)保守主義者として」の引用・抜粋-その2-。
 ・日本には「保守主義の知識人」が「ほとんど存在しない」。明治期には井上毅がおり、武士階級の子弟が「家」制度の存在とともに結果として日本を「保守主義」で導いたが、1910年以降、①「ルソー系の平等思想」と②「マルクス主義」が台頭し、1917年以降、「マルクス・レーニン主義」が燃えさかった。この火は大東亜戦争を生み、戦後日本を決定づけ、いまは日本全体に浸透し日本人を「洗脳」している。
 ・「保守」は戦後の新語で、社会党・共産党ら「革新」に対する「親米/日米同盟支持」勢力を指し、もともと「思想やイデオロギーが弱く、ほとんど無い」。英米の、バーク、ワシントン、ハミルトンらの「保守主義」は「全体主義とアナーキズムの極左思想」の排撃を目的とする「人類史に燦然と輝く最高級の知で武装された戦闘的イデオロギー」だ。

 ・「ないよりまし」だった「日本の保守」すら、1991年末のソ連崩壊によって「壊滅的に瀕死」の状態になった。「革新」に対する「保守」はもはや不要だと、自ら棄てる、「愚昧な選択」をした。私(中川八洋)はソ連崩壊により「国防の軽視ばかりか、コミュニズムが日本の隅々まで浸透し支配する」と予見したが、それは「完全な正確さで」的中した。
 ・予見した日本の「新型コミュニズム革命」は、想像をはるかに超えて大掛かりとなり、翌1992年に本格化した。「政治改革」キャンペーンは「新型共産主義革命」のための「新体制」づくりだった。「民族系論者」にも<反「政治改革」>を協力要請したが、「だれ一人として」相手にしてくれなかった。彼らは、翌年の1993年政変=細川政権誕生の意味を理解できず、「極左イデオロギー」は「変幻自在に衣装を変え色を変え信仰され続」いて「永遠に死滅しない」ことも知らない。(以上、p.351-355)

 ・1994年1月の選挙区制の改悪と同時に「極左イデオロギー一色の新型共産革命」が列島全体を覆った。1990年代半ばの「夫婦別姓」運動の盛り上がりはその一つ。1999年には、男女共同参画基本法という「伝統と慣習を破壊するマルクス・レーニン主義」そのものの「日本共産革命法」が制定された。その他、①ブルセラ/援助交際の奨励による道徳破壊、②フェミニズムやジェンダー・フリーによる日本男性の「夢遊病患者」化と日本女性の「動物」化という「人格改造革命」、③ポスト・コロニアリズムによる国家解体、等々の「大規模で組織的な」革命が日本を襲っていることを自覚する知識人は「ほとんどいなかった」。「正しい保守」は「日本から完全に消えた」。自民党の民族系国会議員は「新型共産革命」を傍観するばかりか「積極的に協力した」。日本の「民族系政治家の無教養ぶり」は「教育不可能な絶望のレベル」だ(p.356)。

 ・1960代までの日本の「保守」には吉田茂などの「保守主義」の匂いが残存した。バークやハミルトンが検閲されて「焚書」状態の中で、ベルジャーエフとクリストファ・ドウソンが「真正保守」を代用していた。
 ・「日本の保守」=「反共」人士は、1970年代に入ってから「激減」した。偶然にか、この劣化・消滅は核武装支持者の大衰退の傾向と合致する。核拡散防止条約加盟・批准(1970.02、1976.06)を境に、日本の核武装支持者は急激に下向した。上の加盟と批准の間に、1972.09の日中国交回復があった。これこそは、日本から「反共」を撲滅する「劇薬的な除染液」となった。「反・中共」路線が、「保守」であるべき自民党政権によって行われたことは、ブーメラン的に日本の「反共=真正保守」を撃破した。
 ・「反共」の文藝春秋社社長・池島信平が月刊誌・諸君!を創刊したのが「保守」衰退開始の1969年だったのは皮肉だ。諸君!は21世紀に入ると、「保守つぶし」の一翼を担った。諸君!は1990年代には「反米(隠れ親ソ)・アジア主義」の「民族系論客」や「反米一辺倒(極左)アナーキスト」を主執筆者に据えたため、「保守=民族系」との「大錯覚」が読者「保守」層に蔓延し、「保守偽装の極左=保守」という狂気の「逆立ち錯誤」すら90年代後半以降広く蔓延した。

 ・「民族系」は「反米(隠れ親ソ)・アジア主義」という「左翼思想」を基盤とするもので、「反共」の「真正保守」とは根源的に対立する。彼らは、日本国内でのコミュニズムの浸透・偽装・変身を見抜けない。たまには「左翼批判ごっこ」はするが、「左翼イデオロギー」に関する知識欠如のために「左翼運動や左翼言説」に「致命傷」を与えず、「必ず不毛に終わる」。(以上、p.357-359)
 まだ中途。余裕があれば、なお続ける。

0977/西部邁「『平成の開国』は日本民族の集団自殺だ!」(月刊WiLL3月号)を読む。

 月刊WiLL3月号(ワック)の西部邁「『平成の開国』は日本民族の集団自殺だ!」(p.226~)は、最近の西部邁のものの中では共感するところが多く、興味を惹く部分もある。

 例のごとく(?)、タイトルと内容は必ずしもきちんと対応していないし、小沢一郎論にもとりあえずは大きな関心はない。

 佐藤栄作首相の後が田中角栄ではなく福田赳夫であったなら、日本の政治・政界も現実とはかなり異なる歩みを持ったのではないか、①程度の違いかもしれないが、親中か反共かの考え方の違いが二人にはあった、②日本の国家財政の<借金>づけ体質の始まりは田中角栄内閣にあるのではないか、といった関心から、その田中角栄の系譜の小沢一郎を問題にすることはできる。

 また、1993年の小沢の自民党離党(「新生党」結成)こそが細川非自民内閣の誕生の機縁になり、反小沢か否かで自社さ連立(村山)政権もできたのだったから、今日までに至る政界の混乱(?)はそもそもが、小沢一郎という政治家の言動に起因する、と言える、と思われる。
 そのような意味では、たんに<政治とカネ>や現在の民主党の内紛といった小さな(?)問題の中に小沢一郎を位置づけてはいけないだろう。

 以上は余計な文章で、西部邁批判ではない。別に本格的に小沢一郎には触れたい(あまり気乗りのするテーマではないが)。

 上掲西部邁論考は小沢一郎への言及から始まる。その部分は省略して、以下は、共感するまたは興味を惹く西部の文章の引用または要約だ。
 ・民主党政権は、「一言で表せば」「マスコミ政権」だ。メディアと「それに踊らされた世論」の責任は大きい。小沢の「化けの皮すら見抜けない」経済界の責任も大きい(p.228-9)。

 -本来なら「国民」と「メディア」に責任をとらせて「彼らを残らず始末」すべし、とまで西部は言う。また、メディアの責任に関して、「朝日新聞系」のほか、「あろうことか、産経新聞や『文藝春秋』まで」流れに追随、と産経新聞等も批判している。民主党政権(2009総選挙、鳩山由紀夫首相)の発足に関して、産経新聞や「文藝春秋」がどういう論調だったのか定かな記憶はないが、ともあれ、この両者もメディアの一部として批判されていることも目を惹いた。
 ・市場における「競争と政府による保護」は「両方とも必要」で、問題はをどのようにして両者の「絶妙なバランスを取るか」だ。民主党は「自由競争」・「弱者保護」とはそれぞれ何かという「原則的な問題」を見極められずに混乱している。だが、民主党のみならず、「財界」、「お役人、学者、その他のインテリ」といった「昨日まで自由競争バンザイを唱えていた連中までもが、今日になってパタッと口を噤んでしまい、誰も言わなくる」という、社会全体の混乱だ(p.231)。

 -「小泉構造改革」は保守派においてどう評価され総括されているのか、という疑問は最近に述べたばかりだ。小泉首相によって自民党が300議席以上を獲得したこともあって、当時は、保守派の多数部分は「構造改革」を肯定または支持したのではなかったのか? 当時に、八木秀次中西輝政等々は何と言っていたのだろうと、何人かの当時の主張・理解を振り返ってみたい、と思っている。ともあれ、西部邁が指摘するように、「昨日まで自由競争バンザイを唱えていた連中までもが、今日になってパタッと口を噤んでしま」う、という現象はあるのではないか。「貧困」・「格差」拡大キャンペーンに負けている、と言えなくなくもないこの問題は、もう少し関心をもち続けたい。

 ・TPPの「関税撤廃への歩み」は「市場競争を至上命題とする弱肉強食も厭わぬ新自由主義が、まだ延命している証左」だ。「新自由主義」を語る「日本のインテリの連中」は自由主義の「新旧の区別」をつけていない。「日本では新自由主義が小泉改革時代に最高潮に達し、様々な社会問題を噴出させ」た。それを民主党が批判したのなら、「旧自由主義」を振り返るべきで、そうすれば、「子ども手当や、その他の福祉ばら撒き政策など」が出てくるはずはない。だが、「自由主義」を拾っては捨て、「またゴミ箱から拾ってくる」のが民主党政権の醜態だ(p.232)。

 -西部邁のこの部分を支持して引用したわけではない。西部意見として興味深い。もともと「新自由主義」批判は「旧自由主義」に戻れとの主張ではなく、<親社会主義>からの資本主義(社会)自体への批判であるような気がする。にもかかわらず、民主党政権が直接に「社会主義」政策を採ることはできず依然として資本主義(いずれにせよ「自由主義」)の枠内で経済政策を決定せざるをえないために、その諸政策は場当たり的で首尾一貫していないのだ、とも思われる。なお、「子ども手当て」は中川八洋らも指摘しているように、特定の<親社会主義「思想」>による(またはそれが加味された)ものだろう。

 このくらいにして、時間的余裕があれば、さらに続ける。

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