秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

秋篠宮

0879/サピオ5/12号(小学館)の小林よしのりも奇妙だ。

 佐伯啓思や雑誌・表現者(ジョルダン)での議論に触れたいし、民主党や鳩山由紀夫についても、日本共産党についても書きたいことは多い。
 小林よしのりの議論にかかわることが当面重要とも思えないが、小林よしのりサピオ5/12号(小学館)の「天皇論・追撃篇」での叙述について、網羅的にではなく断片的にコメントする。
 1.小林よしのりは、①側室の子だった明治・大正両天皇ののち「昭和天皇、今上陛下、皇太子殿下と3代も嫡男が続いたのは異例の幸運だった」、②「女子ばかりつづくことだって当然起こる。現にその後は41年間、9人連続で女子しか誕生しなかった」、とまず言う(p.62)。
 このいずれにもすでに、異論がある(敬語を省略させていただくことがある)。
 大正天皇妃(貞明皇后)は4人お生みになり4人とも男子、昭和天皇妃(香淳皇后)は4人お生みになりうち2人が男子、今上天皇妃(美智子皇后)は3人お生みになり2人が男子。
 なるほど男子の割合の方が多いが、もともと確率的には男子か女子かはほとんど1/2(50%)のはずなので、3人の子のいずれも女子である可能性(確率)は1/2の3乗で12.5%しかない。87.5%の確率で少なくとも1人の男子は生まれる。子が4人の場合は、いずれも女子である可能性(確率)は1/2の4乗で6.25%しかなく、93.75%の確率で少なくとも1人の男子は生まれる。
 上のような確率上の計算・予測からしても、「3代も嫡男が続いたのは異例の幸運」だった、とは思えない。3~4名の子をお産みになれる健康な女性(と配偶者男性)が三代つづけば、「嫡男」が三代続いたのは何ら「異例」ではないと考えられる。従って、上の①は疑問。
 つぎに、上の②は清子内親王~敬宮愛子内親王の9名を指しているのだろう(両親は4組)。たしかに、「女子ばかりつづくことだって当然起こる」が、それが9回も続いたのは決して「当然」のことではない。「9人連続で女子しか誕生しなかった」ことこそが、確率的にはきわめて異例のことだった。
 上のような計算をすれば、9人続けて女子が産まれる確率は、1/2の9乗で1/512であり、これは0.195%で、ほぼ0.2%。つまりはほぼ1%の五分の一の確率でしか起こりえなかったことだ。こちらの方こそが「異例」だった、というべきだ。
 今上陛下・皇后の末子である清子内親王を別とすれば、三笠宮寛仁親王の子は2人とも女子、高円宮憲仁親王の子は3人とも女子、秋篠宮文仁親王の最初の2人の子はいずれも女子、皇太子殿下の子は女子(愛子さま)だった。
 確率的にいうと、これら8名のうち3~5名が男子であっても決して不思議ではなかった。8名全員が女子である可能性は、1/2の8乗で1/256、ほぼ0.4%しかなかったのだ。
 8-9名続けて皇室内に女子しか産まれなかったことがさも「当然」のことだったかのように書く上の②は支持できない。
 小林よしのりは上の①・②を根拠にして③「現在の皇統の危機は一夫一婦制を維持する限り、いつかは必ず訪れた事態」だ、というが(p.62)、①・②が疑問である以上、これも支持できない。8-9名続けて女子しか生まれなかったことこそが確率的には異例で、「必ず訪れた」とは(1000年単位での長期スパンで見ないかぎりは)とても言えない、と思われる。
 上の①・②・③がまともな結論ではないので、その後の小林の議論もまともではなくなっている。
 ④「必要な議論は、『女系容認か?旧宮家復活か?』ではない。『女系容認か?側室復活か?』である!」
 小林は男子が生まれなかった原因を「一夫一婦制」に求め、「男子継承」には「側室制度」(の復活)が不可欠というのだ。これは明らかに奇妙な理解で、誤った前提に立つ、誤った問題設定だ。
 むろん、8-9名続けて皇室内に女子しか生まれなかったことは客観的事実で(その後に悠仁親王がお生まれになった)、悠仁親王と同世代には男子がおられない、という深刻な状況にある、ということまでも否定するものではない。
 2.同号の後半で小林よしのりは「本来、すべての生物はまずメスとして発生するのである!」(p.72)などということを懸命に強調しているが、小林が紹介するような生物学的なオス・メスに関する議論が、皇位継承適格性の問題といったいどういう関係があるのか、大いに疑問だ。
 生物学的な問題をとり上げるのならば、女性は妊娠し出産する可能性がある、妊娠中のまたは出産直後の女性は「天皇」だけしか行うことができない宮中祭祀(の少なくとも一部)を適切にまたは十分に行うことができるのだろうか、ということを議論すべきだ。
 冗言は省くが、ほとんどの場合は天皇位は男に継承されてきたこと、女性天皇の場合の女性は妊娠し出産する可能性がなかったことが多いと想定されること(逐一確認しはしないが)は、天皇しか行えない宮中祭祀(の少なくとも一部)の存在に関係しているものと考えている。
 そのような宮中祭祀の存在、女性は妊娠し出産する可能性がある、ということを考慮しない皇位継承論議・「女系」天皇の是非論はほとんど無意味なのではなかろうか。この程度にする。

0852/小林よしのりの皇位継承論(女系天皇容認論)-その2。

 小林よしのりは同・天皇論/ゴーマニズム宣言スペシャル(小学館、2009.06)で(例えばp.179-180)、次のように述べていた。
 ・「日本の天皇は『徳』があるか否かが皇位継承の条件にはならない」。「日本の『皇道』は万世一系、神話からの連続性によってのみ成り立つ」。「『人格』は天皇即位の資格ではない!」。
 そして、「なかなか人格の怪しい天皇も歴史上存在している」とし、安康天皇、武烈天皇、称徳天皇、冷泉天皇の具体例を挙げている。
 ということは、少なくとも一般論としては、天皇または皇族の行動や発言、その基礎にある「お考え」がつねに適切であるとは限らない、つまり「人格」者としての適切な行動・発言・「お考え」であるとは限らない、ということを認めていることに他ならないだろう。
 そうだとすると、皇統・皇位継承あるいは女系天皇問題についても、現在の天皇陛下または皇族のご発言や「お考え」にそのまま従う必要は必ずしもない、ということを認めることになりはしないだろうか。
 しかるに、小林は天皇陛下や皇太子・秋篠宮殿下の「お考え」を女系天皇容認・旧宮家の皇籍復帰反対と「忖度」して、「だからこそわしも女系を認める主張をしているのだ!」と書いている(サピオ3/10号p.71)。
 さらに次のようにすら書く。-観測が外れていて「陛下、殿下が『男系絶対』というご意向ならば、わしは直ちにそれに従うとあらためて言っておく」(同上、p.72)。
 こうした見解は、天皇(・皇族)の地位は「人格」ではなく「血統」にもとづく旨の、すなわち天皇(・皇族)は「人格」者であるとは限らない旨の主張と完全に整合的だろうか。
 つまり、天皇(・皇族)の「お考え」を絶対視してはいけない場合もあることを小林よしのり自身が一方では認めており、少しは矛盾しているのではないか。
 今上陛下や両殿下は「人格」者ではないとか、推測される、あるいは小林が忖度している「お考え」は誤っている、などと主張したいのでは全くない。論理矛盾はないか、と小林に問うている。
 もっとも、小林よしのりは次のようにもいう-「日本の『皇道』では『徳』があるか否かは皇位の条件ではない。しかし、…現在の天皇にあっては、皇位が徳を作るという面も確実にあると言ってよい」(同・天皇論p.186)。
 これはいかなる趣旨だろうか。現在の天皇陛下、皇太子・秋篠宮殿下は「徳」がおありなので、絶対的に従う、との立場表明なのだろうか。
 だがしかし、小林よしのりは次のようなことも書いていた。
 平成16年の園遊会で今上陛下が国旗掲揚・国家斉唱は「強制でないことが望ましいですね」とご発言されたことにつき、「衝撃を受けた!」、陛下の真意は「形式だけでなく、ちゃんとした理解と心が伴っていることが望ましいですね」だろうと思ったものの、「だが、それが理想ではあっても、わしは『現状では強制も必要』と思っている!」(同・天皇論p.367-8)。
 ここでは今上陛下の「お考え」にそのまま従ってはいない小林の気持ちが語られているように読める。
 そうだとすると、天皇陛下・皇族の方々に「徳」があるか否かは、結局は自己が正しい又は適切だと考える見解と合致しているか否かによって決定されることになるのではないだろうか。この辺りはよく判らない。小林よしのりにおいて、必ずしも論旨明快ではないところもあるのではないか。
 内在的矛盾を感じて印象に残った書きぶりに、月刊WiLL3月号(ワック)の以下のようなものがあった。
 私は詳細を知らないが、竹田恒泰(この人が「皇族」だったことはないことは小林の指摘のとおり)が属する旧宮家・竹田家の一族の誰かについて、小林はこう書く(p.196)。
 「『週刊新潮』に家族のスキャンダル記事が出てるじゃないか」、「彼は護憲派であり、護憲のために天皇の公布文を悪利用してるじゃないか!」〔「彼」とは誰のことなのか私は知らない〕。
 この部分は、男系主義者の竹田恒泰を批判するために、または皇族復帰が望ましくない<不人格者>が竹田家一族の中にはいる、ということを言いたいがために、書かれたように思える。
 だが、そもそも、「スキャンダル」とか<人格>は「皇族」適性とは無関係だ、というのが本来の小林よしのりの主張ではないのだろうか。
 <人格>者か否か、<有徳>者か否かは、天皇たる地位、そして皇族たる地位とは関係がなく、決定的なのは「血」(・「血統」)なのではないか。
 その「血」の<薄さ>、つまり、旧宮家が天皇に男系でつながるのは「あきれたことに20数世代、600年以上も離れている」ことを指摘して(月刊WiLL5月号p.197)、小林よしのりは旧宮家の皇族復帰による男系維持論を批判する有力な論拠にしている。
 この論拠についても、私は(思考方法にもかかわる)異論または違和感を持っている。別の機会に書く。

0812/月刊WiLL-トチ狂った政治・時代感覚と「使い回し」以上のひどさ。

 一 サピオ10/14・21号(小学館)の小林よしのり「天皇論・追撃篇-『WiLL』の雅子妃バッシングの病理」は、月刊WiLL編集長・花田紀凱とともに西尾幹二も批判していて、西尾幹二・橋本明・保阪正康の三人を<「秋篠宮を次の天皇に」と主張する「国民主権」トリオ>と称する(p.70)。
 皇太子・同妃問題での西尾幹二の論調をこの欄で批判したことはある。小林よしのりは大?雑誌上での正面からの批判で、勇気がある。
 二 上の小林よしのりのものを見て(読んで)いて思い出した。
 月刊WiLL10月号(ワック)は8/30の衆院選投票日の直前に発行されている。その10月号の背表紙は「総力特集・民主政権で日本沈没!」だが、表紙および目次の右端に最重要なもののごとく掲げられているのは、橋本明=西尾幹二「特別対談/雅子妃のご病気と小和田王朝」だった。
 じつは、アホらしくて、この「特別対談」なるものを読まなかったし、今でも読んでいない。
 今感じているのは、衆院選投票日直前に発行の雑誌の表紙・目次の右端に並べたテーマが「雅子妃…小和田王朝」だったという、月刊WiLL、そして編集長・花田紀凱の政治的・時代的センスのなさ、だ。よりにもよって衆院選投票日直前に「…小和田王朝」を右の第一に持ってくることはないだろう。
 それにもう一度見てみると、背表紙は「総力特集・民主政権で日本沈没!」だが、表紙と目次上で「特別対談/雅子妃のご病気と小和田王朝」の次に掲げられているのは、曽野綾子「麻生総理の卑怯な靖国発言」。
 曽野綾子を批判しているのではない。
 衆院選投票日直前発行雑誌の表紙・目次上の第一は「雅子妃…小和田王朝」、第二は「麻生総理の卑怯な…」、だったのだ。
 この雑誌と編集長・花田紀凱は、本当に「民主政権で日本沈没!」という気持ちだったのだろうか?。
 少なくとも表紙・目次の作り方は、<トチ狂っていた>としか思えない。
 三 月刊WiLL11月号は別の意味で奇妙で、問題がある。
 小さなことから言えば、民主党または民主党中心政権批判ではなく、背表紙を「総力特集/独裁者・小沢一郎徹底解剖!」として、民主党(・同政権)全般ではなく(10月号で済ませたつもりか?)もっぱら小沢一郎のみに焦点を当てている。
 上のことはまぁよいとしても、次の点は異様であり、出版倫理の観点からも問題がある、と考える。
 すなわち、表紙および目次上に小沢一郎「徹底解剖」の論文(文章)を右から6つ並べているが(執筆者は順に、森田実・石原慎太郎・北野弘久・松田賢弥・中西輝政・阿比留瑠比)、それらのうち、新規の文章と見られるのは森田実のもののみで、本文部分を実際に見ると、残り5つはすべて月刊WiLL上に過去に掲載されたものの「再録」だ(石原のものから順に、07.05、07.12、09.05、07.11、09.05からのもの)。また、中西輝政・阿比留瑠比のものは全部の「再録」ではなく「抜粋」。
 「抜粋」であろうと全部の「再録」であろうと、過去に同じ雑誌に掲載されたものであることに変わりはない。
 上の旨は、表紙にも目次にも明記されていない。本文へと頁を捲って初めて明らかになる。
 二年前のものを含む文章のタイトルをそのまま記憶している読者は少ないだろう。そして、上の5つはこの11月号のために新しく執筆されたものだと想定して購入した人々がほとんどだろう。
 私自身、とくに中西輝政が今の時期にどういう論評をするかに関心を持ったが、見事に裏切られて、中西の文章はすでに読んだことのあった2年ほど前の文章の「抜粋」だった。
 これは一種の<不当表示>にあたるもので、雑誌の消費者としての読者を瞞着する、詐欺のようなものではないか。
 表紙の面積の半分、目次の1/3ほどを占めるタイトル・執筆者表示のうち、5/6は、「抜粋」を含む「再録」なのだ。
 これは、いったん商品として販売したのと全く同じものを、既に購入した者に対しても(そのことをほとんど隠したまま)もう一度販売しようとすることに等しい、と思われる。
 いつか、<使い回し>という言葉が流行した。月刊Willと編集長・花田紀凱がしたことは(さすがに雑誌の全部ではないが)、重要部分の<使い回し>なのではないか。
 いや、<使い回し>とは、前の客が食べずに、きれいに?そのまま残っているものを次の客に提供することで、次の客にとっては初めての(主観的には)新しい料理だとすると、月刊WiLLと編集長・花田紀凱がしたことは<使い回し>よりもひどいことなのではないか。
 堂々と表紙・目次上に<再録>と明記すべきだ。
 出版業と読者の関係が、新設の消費者庁の「消費者行政」の対象になるかどうかは知らない。概念的・理論的にはなりそうだが(雑誌販売も商品の消費者に対する販売だ)、出版・表現にかかわる商品を実際に消費者庁(・消費者センター類)が扱うとは思えない。
 だが、最低、出版<倫理>の観点からは問題になるのではないか。
 余程原稿が集まらないのか、原稿執筆者が見つからないのか、そして「再録」して、ある
程度の分量にしないと定価分だけの「量」の文章を掲載できないのか、内情はもちろん知らない。
 だが、月刊WiLLはどうやらまともな雑誌ではない、トータルにそうだとは言わないが、部分的には又は一面については、そう感じている。

0784/「廃太子」を煽動する「極左」雑誌・月刊WiLL(花田紀凱編集長)。

 月刊WiLL9月号(ワック)が、ついに、表紙に「廃太子」という言葉を使い、それを勧めるがごとき論文を掲載した。橋本明「『廃太子』を国民的議論に」がそれで、巻頭目次欄でもこのタイトルのままだ。
 
 実際には「廃太子」のみを論じているのではなく、皇太子妃殿下の「現状」からして、次の選択肢があると考えているようだ(p.39-)。
 第一は、別居して雅子妃殿下が徹底的に治療し、健康を取り戻す。第二は、離婚。第三が「廃太子」で、これは「秋篠宮を皇位継承第一位にする方策」を同時に意味する。
 というわけで現在の皇太子殿下の「廃太子」のみを「国民的議論に」と主張しているわけではないが、「廃太子」をも明確に視野に入れてその可能性を論じている点で刮目されるべきであり、かつ憂慮される。
 現皇室典範3条は「皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる」と定める。
 すでに立太子を済ませ、皇太子=皇位継承第一位順位者となっている現在の皇太子殿下の「廃太子」には、「精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるとき」という要件の充足が必要であり、その旨の皇室会議の認定が必要だ。
 橋本明によると所功がサンデー毎日(毎日新聞社)7/26号に書いているようだが、所功が言うように、皇太子妃殿下の病気その他の事情が、皇太子殿下自身についての、「精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるとき」に該当するはずがない。この規定を無視するということは、法律(皇室典範)を無視することであり、法律違反措置を積極的に提唱しているに等しい。
 この弱点を薄めるために、あるいは離婚若しくは「廃太子」論を展開するために橋本明が採っているのは、いわば天皇・皇后お二人の<一体論>だ。いわく、「お一人のうち一人が欠けても成り立たないほど二人が一人になったかと見まがう姿」を国民は見てきたが、「これが戦後の皇室のあり方」ではないか。
 「戦後の皇室のあり方」を、憲法・法律を無視して勝手に決めるな、と言いたい。戦後まだ二代目の天皇・皇后にすぎない。
 皇太子妃殿下、さらには皇后陛下のご病気、あるいは宮中祭祀への不参加すら、皇太子や天皇の地位を脅かすものでは全くない。
 「お一人のうち一人が欠けても成り立たないほど二人が一人になったかと見まがう姿」はほほえましいし、望ましいかもしれないが、皇室あるいは天皇についての絶対的な慣習や要件ではない。例えば、戦後の昭和天皇の<地方巡幸>はおそらくほとんどが天皇陛下お一人でなされ、当時の皇后陛下は同行されていない筈だ。天皇および皇嗣としての皇太子と、皇后または皇太子妃を一体のものとして混同してはならない。
 橋本明は<狂った>ことも述べている。すなわち、現皇太子殿下、「秋篠宮さま、黒田清子さま」の「三人」で、「皇位継承についてもどのような方法が一番良いのか…話し合って頂き」、「答えが出たら天皇〔今上天皇陛下〕に判断を仰ぐ」、「これが本当にベスト」だ(p.41)。
 「天皇陛下の御学友」、元共同通信社記者・幹部だったという橋本明は、上のようなことを書いて恥ずかしくないのだろうか。そして皇室にとってもきわめて<危険な>主張であると感じないのだろうか。
 橋本明は皇位継承者について要するに、<今上天皇の子どもたちで話し合え、結論が出れば今上天皇に申し出て判断を仰げ>と言っているのだ。馬鹿馬鹿しい。
 <今上天皇の子どもたち>のうち誰がどのようにして<話し合い>を主導するのかよく分からないが、彼らの「答え」に今上天皇は拘束されるのか、それとも別のご「判断」もありうるのか。
 橋本は実質的には「答え」を尊重されるだろうとのニュアンスで書いているが、論理的にはむろん、<今上天皇の子どもたち>と<今上陛下>のお考えが異なることはありうる。こんなこと、誰でも想定することができる。
 上のような問題は本質的疑問では全くない。
 橋本の議論は、皇室典範を、そして少なくとも明治以降の皇位継承ルールを全く無視している。
 江戸時代以前も含めて、次期天皇=皇位継承者を前天皇が個人的に(好みで)決めたり、複数の皇位継承適格者(?)の「話し合い」で実質的に決めたりすれば、皇室内に混乱が生じ、ひいては国政全体にも悪い影響を与えることは、歴史的にも明らかだろう。
 現皇室典範2条は皇位継承順序につき、以下のように定める(/は改行)。
 「①皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。
 一 皇長子/ 二 皇長孫/ 三 その他の皇長子の子孫/ 四 皇次子及びその子孫/ 五 その他の皇子孫/ 六 皇兄弟及びその子孫/ 七 皇伯叔父及びその子孫
 ②前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。
 ③前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする」。
 橋本のいう「国民的議論」がこの条項の改正の議論を意味しているとすれば、それは論理的には成り立つ。だが、詳論はしないが、この諸規定はきちんと遵守していった方がよい(「皇族」の範囲に関する議論は必要だ)。
 また、「この条項の改正の議論」を含まざるをえない「国民的議論」を、と主張しながら、改正案を示すことなく、ときどきの天皇やその親王(・内親王?)たちの「判断」や「話し合い」に委ねよ、としか主張しない橋本はきわめて無責任だ。さらに、皇室問題に関連してルールなきアド・ホックな判断の余地を大幅に認めようとする点で、皇室・皇位継承問題を混乱に陥れる危険な主張をしている。
 皇室・皇位継承問題が<混乱>して喜ぶのは誰か。皇位の安定的継承がなされないことを喜ぶのは誰か。日本国内の、日本国民の中の「左翼」または<天皇制度解体論者>であり、日本から<日本的な(日本のナショナルな)>要素が欠落していくことを望む一部の外国だろう。
 この問題に関するかぎり、月刊WiLL(ワック、花田紀凱編集長)は、今のところは表立った主張を声高にはまだしていない<天皇制度解体(廃止)論者>と同じ「極左」の位置にいる。 

-0031/親王ご誕生と大江健三郎・日本共産党・朝日新聞。

 皇太子・秋篠宮各殿下の次の世代に親王誕生。慶賀と安堵の声を伝える放送を見ていて、大江健三郎は誕生と一般市民の反応の二つをどう感じているのだろう、と余計ながら思った。
 過日に言及した谷沢栄一の大江健三郎「告発」書を数日前に読了したが、この本の引用によれば大江は1959年に「皇太子よ、…若い日本人は、すべてのものがあなたを支持しているわけではない。…天皇制という…問題についてみば、多くの日本人がそれに反対の意見をもっているのである」と書き(ここでの皇太子は現天皇)、1971年には天皇制という中心への志向を特性とするのが日本の近代の「歪み、ひずみ」だとした。
 岩波新書・あいまいな日本の私(1995)の中にも反天皇的気分の文章はある(例えばp.151-2)。
 朝日新聞が今回彼のコメントを求めたら面白かったと思う。
 大江は民主主義の徹底を「あいまい」にしたものとして天皇・皇室の存続に反対であり、可能ならば天皇関係条項を憲法から削除したいが、「情勢」を見て自説を積極的に唱えてはいない、と推察できる。9条を考える会の呼びかけ人の1人になっているのは、天皇条項廃止とは異なり9条改正阻止は可能性があると「政治的」に判断しているからだろう。
 ほぼ同じことは日本共産党についても言える。昼休みに読んだ朝日新聞の中で共産党書記長が祝意を示していたが、「民主主義革命」達成までの「当面のこと」と付言すべきだ。
 その朝日の1面左側のたしか解説委員記事中で、記憶に頼れば、皇室の「心」・見解も反映させて皇室典範改正すべきと主張していたが、昨秋以降、小泉の私的諮問機関の最終報告書(皇室典範の基本的改正案)に皇室の一部から疑義が出されたときに朝日新聞は<皇室はダマっていろ>旨を「慎む」という語を使ってかなり失礼に、恫喝的に、述べたのではなかったのか。
 日本共産党が「安定的」な皇位継承を確保するために…などと言い出したら奇妙なように、朝日がそのような目的の意見を言うのも本当は片腹痛い。「夏の甲子園」開催と同じく、存立のための「大衆」迎合のつもりなのだろう。
 朝日はかつての戦後50年村山首相談話を継承するか等と質問して「安倍いじめ」を相変わらず続けている。日本共産党の志位某は国内で横田夫妻に逢うこともなく韓国の政党関係者と逢い、彼らが喜ぶ「歴史認識」を述べている。この2団体の動きを知ると精神衛生に悪いが、未来は彼らにはないと達観し、楽観して生きていこう。


ギャラリー
  • 2013/L・コワコフスキ著第三巻第10章第3節①。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
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  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
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  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
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  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
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  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
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  • 1809/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑧。
  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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