秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

祥伝社

1393/共産主義者/ハーバート・ノーマン-江崎道朗著等。

 一 先だって、中野利子が肯定的に評価していたH・ノーマンについて、もっぱら記憶に頼って、「ノーマンはGHQの日本占領初期の『協力者』であり、木戸幸一、都留重人らとも親交があり(近衛文麿を最後には見放したともされ)、日本共産党がいつからか『日本国憲法の父』とか称し始めた鈴木安蔵を見いだして憲法草案作成へと誘導した、ともされる日本にとって<重要な>人物」だ、「ノーマンの「共産主義者」性は、占領初期のGHQとも通底するところがあった」、と書いた。
 江崎道朗・アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄(祥伝社新書、2016)を全読了したが、第6章「日米開戦へと誘導したスパイたち」の中でハーバート・ノーマンについて本格的な言及があった。ノーマンは日本にとってはGHQ占領初期においてのみ重要な人物ではなかったし、江崎はノーマンを「おそらく…共産党の秘密党員」とする。以下、p.154以下。
 ・1925年設立のキリスト教布教目的の太平洋問題調査会(IPR)は、アメリカ共産党に乗っ取られた。1938年8月の企画会議には高柳賢三やハロルド・ティンパリーらが出席した。
 ・その後の会議で日中戦争に関する「調査ブックレット」の発行を決定した。共産党員を含む三人の編集委員が冊子執筆の依頼をした一人がハーバート・ノーマンだった。
 ・「おそらくイギリス留学中に共産党の秘密党員」になっていたノーマンは1940年にIPRから『日本における近代国家の成立』を刊行した。その本は、日本の対中国戦争は「日本自体が明治維新後も専制的な軍国主義国」だったからと説明し、コミンテルンの「日本=ファシズム国家」論を主張した。
 ・ルーズヴェルト大統領らは「このノーマン理論」を使って「対日圧迫外交を正当化」した。その他、IPRの「調査ブックレット」シリーズは「アメリカの対日占領政策の骨格」を決定した。
 ・マーシャル(陸軍参謀総長)の指示による軍からの委託によって、IPRは、種々の「反日宣伝映画」や「米軍将校教育プログラム」を軍・政府に大量に供給した。
 二 このノーマンについては、すでにこの欄の2008年06月08日に、中西輝政・日本の「岐路」(文藝春秋、2008)所収の「『冷戦』の勝敗はまだついていない」(とくにp.312-3)から引用して、つぎのように紹介していた。そのときの文章を再度ほとんどそのまま引用する。
 中西は「コミンテルン工作員」であるハーバート・ノーマンのしたことを、四点にまとめる(p.312-3)。第一。石垣綾子(スメドレーの親友)・冀朝鼎・都留重人らとともに、アメリカ国内で「反日」活動。日本に石油を売るな・日本を孤立させよ等の集会を開催し、1939年の日米通商航海条約廃棄へとつなげた。
 第二。GHQ日本国憲法草案に近似した憲法案を「日本人の手」で作らせ、公表させる「秘密工作」に従事した。この「秘密工作」の対象となったのが鈴木安蔵。鈴木も参加した「憲法研究会」という日本の民間研究者グループの案がのちにできる。
 第三。都留重人の縁戚の木戸幸一を利用して、近衛文麿の(東京裁判)戦犯指名へとGHQを動かした。近衛文麿は出頭期日の1945.12.16に自殺した。
 第四。「知日派」としての一般的な活動として、GHQの初期の日本占領方針の「左傾」化に大きな影響を与えた。
 三 加藤周一編・ハーバート・ノーマン-人と業績(岩波書店、2002)という本がある。
 さすがに岩波書店の本らしく、ノーマンを擁護しかつ賛美するもので、日本人に限ると、加藤周一(九条の会呼びかけ人の一人)の他に、以下の者が執筆している。
 中野利子、長尾龍一、都留重人、丸山真男、遠山茂樹、鹿野政直、奈良本辰也、中野好夫、色川大吉、田中彰、陸井三郎、芝原拓自、高木八尺、西村嘉、羽仁五郎、兵藤釗、松田智雄、松尾尊允、渡辺一夫。
 長尾龍一は「保守」派らしくもあるのだが、オーウェン・ラティモアについての(とくに批判的ではない)本もかつてはある。
 渡辺一夫は大江健三郎の学生時代の教授で(フランス文学)、最近に平川祐弘が義父・竹山道雄の「知識人」仲間として ?(思想に関係なく ? ?)採り上げている。渡辺一夫が「戦後知識人の代表」とされ、学生時代の大江健三郎も写っている<渡辺ゼミ>の写真が堂々と掲載されているのには驚いた(月刊Hanada9月号p.273、p.271)。

1391/日本の「左翼」-中野利子/カナダ人ノーマン。

 江崎道朗・アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄(祥伝社新書、2016.09)を半分程度、第四章の終わり(p.125)まで読了。月刊正論(産経)にどの程度掲載済みだったのかは確認していない。
 第四章はアメリカ共産党のルーズヴェルト政権下での活動に関するもので、現在の日本共産党の基本方針と酷似している。
 アメリカ共産党はキリスト教団体への影響力も強めたのだったが、その際に江崎はp.120-1で中野利子・外交官E・H・ノーマン(新潮文庫、2001/原著1990)の一部を引用して参照資料としている。
 中野著は江崎著の最後の主要参考文献にも掲載されているので、中野利子は江崎道朗に似た政治的立場の人物だと誤解させかねないところがあるように思われる。
 中野利子・外交官E・H・ノーマンという書物は、著者が日本共産党員ではなかったかと疑われる中野好夫の娘だということを差し引いても、徹底的に「外交官」E・H・ノーマンを擁護するものだ。
 中野の本の最終章は「ノーマンの復権」で、1990年に、カナダ政府が歴史学者ベイトン・ライアンに委嘱して行った調査にもとづき、<ノーマンが(ソ連またはコミンテルンの)スパイではなかった>ことが連邦議会でも確認・承認された、という。
 これをもって中野はノーマンは例えば卑劣な人間ではなかったと言いたいようなのだが、しかし、問題は「スパイ」だったか否かではないだろう。また、どこかの国の「共産党」の正規の構成員(党員)だったかどうかも、本質的なことではないだろう。
 中野利子自身が書いている-「どの国の共産党にも加入していなかった」ものの、「あらためて書くまでもないが、ケンブリッジ、ハーヴァード、コロンビア各大学において、それぞれの時期に程度の差こそあれ、彼は明らかに共産党のシンパサイザーだった」(p.299)。
 カナダ外務省に「入省以前のノーマンのコミュニズムへの共感は想像以上であった」(p.300)。
 1952年の(カナダ政府による)「二回目の審問によって、彼が学生時代には共産党の同調者〔ふりがな-フェロウ・トラベラー〕であったとわかっても」外務省公務員としての彼への信頼は(アメリカと違って)揺るがなかった(p.303)。
 中野はノーマンが自ら「入党した」と手紙に書いたことを認めつつ、本心ではなかった、かの書き方もしている(p.301)。
  中野の書き方、その文章から滲み出ているのは、ノーマンは「スパイ」ではなかった、党員でもない「共産主義者」(共産党同調者も含む)であったことがなぜ論難されなければならないのか、という気分だ。
 中野利子の共産党・コミンテルンに対する擁護・支持の気分は、つぎの文章でも見られる-「価値観の目盛りが反ファシズムであった1930年代に、ファシズムの成立を防ぐための連合戦線、統一戦線の政策を提唱し、つらぬいたのが各国の共産党だった」(p.302)。
 この統一戦線(人民戦線)戦術はソ連・スターリンのもとでのコミンテルン1935年大会により採択されたもので、中野がスターリンをどう評価しているかが気にはなるが、中野は立ち入っていない。また、日本共産党もこの1935年のスターリンは批判しない(都合よく ?、1936-7年辺りから「道を踏み外した」と主張している)のだが、この点もまた別に触れる。
 そして、中野利子はノーマンの自殺は①疑惑をかけられたことに対する抗議-つまり無実主張、②有罪告白-死んで詫びる、のいずれだったかと発問し、後者説を支えるかのごとき「偽造遺書」なるものを疑問視している。
 最後に中野は書く-ノーマンを結果として自殺に追い込んだ「マッカーシズムは、形はコミュニズム批判だったが、…実は、多元的価値観に対する攻撃がその実質だった…」(p.312)。
 このように、中野利子が「左翼」・「容共」の人物であることは明らかだ。彼らにとって当然だろうが、<共産主義>を悪いものだとは考えておらず、<共産主義者>であっても何ら疚しいところはない。ただ、「スパイ」には抵抗感があるようだ。
 最後の文からは、「共産主義」もまた「多元的価値観」の一つとして守られなければならない、という考え・主張もうかがえる。
 ところで、あらためて記しておくが、ノーマンはGHQの日本占領初期の「協力者」であり、木戸幸一、都留重人らとも親交があり(近衛文麿を最後には見放したともされ)、日本共産党がいつからか「日本国憲法の父」とか称し始めた鈴木安蔵を見いだして憲法草案作成へと誘導した、ともされる日本にとって<重要な>人物だ。
 ノーマンの「共産主義者」性は、占領初期のGHQとも通底するところがあったことを忘れてはならないだろう。
 ノーマン、さらには尾崎秀実、リヒャルト・ゾルゲ、さらには戦前・戦中に日本にいた「共産主義者」たち…。この欄でまだ書いたことはたぶんないが、これらについての<勉強>もかつてよりは遙かに行ってきている。

1372/F・フュレの大著・共産主義という「幻想」の終わり(1995)等。

 この欄の2008年5月に言及したことがあるが、フランソワ・フュレはフランス革命の研究で知られるフランスの歴史学者で、フランソワ・フュレ(大津真作訳)・フランス革命を考える(岩波書店、1989)でも知られるように、従来の通説的フランス革命観を批判する「修正主義」派の代表者だともされる。
 一 そのフュレに、Le passe d'une illusion. Essai sur l'idee communiste au XXe siecle (1995)という著作がある(フランス文字に独特の記号?は表現できないので悪しからず)。つぎの邦訳書をほとんど読んでいないが、いくつか指摘したいことがある。
 邦訳書はフランソワ・フュレ(楠瀬正浩訳)・幻想の過去-20世紀の全体主義(バジリコ、2007)で、700頁を超える厚い本だ。
 1 訳者(だけ)の責任ではないと思うが、この邦訳書のタイトルは、正確には、<幻想の終わり-20世紀の共産主義(コミュニズム)>でなければならない、と感じる。
 後半部については、もともとフランス語の表現が「20世紀の共産主義〔又は共産主義者の思想〕に関する省察」と訳されるべきものであることは、フランス語に通暁していなくとも、上に示したフランス語の題名から、容易に理解できるだろう。
 前半部については、たしかに「幻想の過去」と日本語訳できそうだ。
 しかし、このフランス語書のドイツ語訳書(1996、Muenchen)の前半部は、Das Ende der Illusion. だ。このドイツ語の意味は「幻想の終わり」または「幻想の終焉」だろう。
 むろん、フランス語のLe passe は「過去」とも訳せるのだろうが、ドイツ語版と照合すると、<過去になってしまったもの>、つまりは<終わったもの>、という意味で、「終わり」または「終焉」の方が適切であるように思われる。
 後半部のドイツ語版の表現はやはり、Der Kommunismus im 20. Jahrhundert. であり、決して日本語訳本のように「20世紀の全体主義」と訳してはいけないものだろう。
 2 さらに翻訳者(1947-)の責任から遠ざかるかもしれないが、この邦訳書のいわゆるオビの背部分には、「コミュニズムとファシズムが繰り広げた血みどろの争いの軌跡。」とかなり大きい文字で書かれている。
 これは、フュレの真意を全く損なっているのではないか、と感じる。後でノルテとの交換書簡集にも触れるが、そのタイトルは日本語に仮訳すれば「敵対的な近似」なのであり、コミュニズム(共産主義)とファシズムの近似性こそが、フュレの(そしてエルンスト・ノルテ)の重要な関心事(の少なくとも大きな一つ)なのだと思われる。
 また、そのオビの表紙部分の最初には、「コミュニズムの『幻想』を通して、20世紀の総括を試みた初めての書」とある。
 これで誤りだとは言えないだろう。しかし、フュレが叙述する前提にあるのは、<コミュニズム(共産主義)とは「幻想」だ(だった)>、ということもまた強調されなければならない、と思われる。
 なぜこのようなオビの文章になり、なぜ明確に「コミュニズム(共産主義)」と書かれている言葉が「全体主義」と翻訳されているのか、を考えると、奇妙な気分になる。
 憶測、仮説なのだが、日本の出版界には、「共産主義」を堂々とタイトルにすることを避けたい<特殊な>事情があるのではないだろうか。
 この憶測、仮説はさらに大きな<仕掛け>があることの想像にもつながるが、その点にはここでは触れない。
 二 少し上で言及したように、半分は本国といえるドイツ語版の書、フランスのフランソワ・フュレとドイツのエルンスト・ノルテ(Ernst Nolte)の「交換書簡(集)」=Ein Briefwechsel. として、"Feindliche Naehe" Kommunismus und Faschismus im 20. Jahrhundert.(1998、Muenchen)が公刊されている。上のフュレの大著のドイツ語訳書と同じく、ミュンヒェンのHerbig Verlag GmbH (ヘルビッヒ書店・有限会社)から出版されている。
 このタイトルの直訳を試みると(既に前半部を記したが)「敵対的近似-20世紀におけるコミュニズム(共産主義)とファシズム」ということになる。
 ほんの少し目を通しただけだが、相当に面白い(ものであるような気がする)。
 だが、この本の日本語訳書は、まだ(なぜか)ないようだ。
 なお、面白くかつ十分に教えられつつ読み了えている、福井義高・日本人が知らない最先端の世界史(祥伝社、2016)の末尾の参考文献として、フュレ=ノルテの上の本は(「敵対的近親関係」と仮訳されて)挙げられている。しかし、先の、フュレ・幻想の終わり(Le passe d'une illusion)を、福井は挙げていないようだ。邦訳本もあるのに、不思議だ。
 三 前者は日本語本の一部を読み、後者はドイツ語本の一部を通読したにとどまるので断定的なことは言えないが、いずれも、少しは知的営為を行なっている日本の<保守>派の人々は、読むべきではないか、と感じている。
 そして、前者については、2007年に日本語への訳書もあるのに、<保守>派論壇人によって紹介・言及・引用等がなされているのを読んだことがない、ということを不思議に思っている(たんに私の怠惰かもしれないが)。
 また、後者については言及されにくいのはある意味では仕方がないかもしれないが、テーマ自体ですでに(私には)魅力的であるのに、日本語への訳書が出版されていないことを不思議に思っている。
 四 なぜ、日本の<知識層>は(左も右も)、「コミュニズム(共産主義)」を(そして日本共産党を)正面から問題にしようとすることがきわめて少ないのか。
 なぜ、日本の出版界は、「コミュニズム(共産主義)」を(そして日本共産党を)正面から問題にしようとすることがきわめて少ないのか。「左翼」出版社がコミュニズム(・日本共産党)批判につながるような書物を出版したくないのは分かる。しかし、「左翼」とは言えない出版社もまた(産経新聞出版も含めて)、なぜ似たような状態にあるのだろう。
 敢えていえば、福井義高の上記の本も、表向きは<世界史>の本になっているが、じつは<反・共産主義>という観点・関心で一貫しているように読める(そう私は読んだ)。
 にもかかわらず、「共産主義(コミュニズム)」とか「共産党」とか「反共」とかを表に直接には出せないのは、日本の戦後に<特殊な>知的風土と出版界の事情があるようにも見える。
 日本人の多くは(福井義高を含めてはいない)、日本とアメリカの戦後<主流派>による<大仕掛けのトリックに嵌められた>ままではないか、ということを最近は感じる。
 報われることのない鱓(ゴマメ)の歯軋りのような作業を、生きているかぎりは、時間的余裕があれば、続けてはいく。

1365/日本は美しい-01。

 日本47都道府県すべてに宿泊したことがある。10年ほど前は、列車・電車で通過したことすらない県が三つあった。
 但し、県庁所在都市には宿泊したことがない県が、今のところ三つある。
 山口(山口県)、徳島(徳島県)、青森(青森県)の各市だ。30歳のとき以降を旅行に関する記録のすべての基準にしているので、乳幼児時代や学生時代に宿泊したことがあるようであっても、記憶が不鮮明であることもあり除外する。
 山口県には防府市・下関市、徳島県では鳴門市、青森県では弘前市に泊まったことがある。
 全都道府県をこのようなかたちでも「知って」いる日本人は、それほど多くはないのではないだろうか。四分の三以上は、まったく<私的に>訪問している。つまり(私的)旅行中に、ということだ。
 小中学生時代に日本地図・各県地図を見たりして(また旧国鉄全国時刻表を眺めたりして)空想・想像していた都市を実際に訪れる、中心駅に降り立つ、というのは、じつにワクワクする、かつ感慨深い体験だ。
 一部地域は「知っている」とは言えないが、日本は美しい国だ、と思う。
 海、海岸、丘陵、山岳、湖、渓谷、河川、島々。なんと変化に充ちた、多様な自然環境をもつ国だろう、と思う。初めての地方の車窓の風景は、少年のときに珍しく鉄道に乗ったときと同じように、飽きさせない。
 上に、海、海岸、丘陵、山岳、湖、渓谷、河川、島々と並べて書いたが、一つの鉄道路線ですべてを眺め入ることができる地域も、日本にはある。フランスやドイツでは、信じられないことではないかと思われる。<今は山中(やまなか)、今は浜>、というのは、フランスやドイツでは(海がない国ではもちろん)生まれない唱歌だろう。
 北海道・根室市の中心部から納沙布岬を往復したとき、途中でバス道路の北方に鳥居を二、三見つけた。神社がある、ということだ(寺院の所在は必ずしもよく分からない)。
 きっと明治初期以降なのだろう、こんな東北端地域にもけっこうな密度で神社が建立されている、ということに、何やら感じ入った。
 追想を逆の南の方に持っていけば、鹿児島市の南洲神社というのも印象に残る。正確には、その神社に接した、西郷隆盛らの西南戦争「薩摩軍」兵士の墓地(南洲墓地)だ。
 西郷の最も大きい墓石柱の左右に桐野利秋(中村半次郎)と篠原国幹のほぼ同じ大きさの墓石柱があり、それらの左右と後方に、100ほどの墓石がすべて、同じく海(・桜島)に向かって立っている。それらの大きな石は磨かれず粗々しいままで、西南戦争後ほどなくして墓碑用に使われたかのように見える。
 これらの下に、それぞれの遺骨が本当に納められているのかどうかは知らない。
 しかし、じっとたたずむことができず、逃げるように立ち去りたくなる「霊的な」雰囲気が漂っている。(日本最後の)内戦・闘いに敗れた者たちの「無念さ」を感じてしまうのかどうか。
 振り返れば見える海峡のような海(錦江湾)は美しい。噴火さえしていなければ、穏やかな白い煙とともにある桜島の特徴ある姿も。
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 読書メモ-7/02-03で、福井義高・日本人が知らない最先端の世界史(祥伝社、2006)を全て読了。感想は、疑問(といってもほとんどは文献上の根拠)も部分的に含めて多いので、しばらくスルーする。

0942/「戦後」とは何か④-西尾幹二ら・尖閣戦争(祥伝社新書)より。

 西尾幹二=青木直人・尖閣戦争―米中はさみ撃ちにあった日本―(祥伝社新書、2010.11)を、11/19に、全読了。

 構成は、序章・尖閣事件が教えてくれたこと、一章・日米安保の正体、二章・「米中同盟」下の日本、三章・妄想の東アジア共同体、四章・来るべき尖閣戦争にどう対処するか。計251頁。
 逐一の感想やコメントは書かない(時間がなくて書けない)。

 本題からはやや外れるだろうが、次の言葉は印象的だ。

 西尾幹二いまだに中国が共産主義の国であるということすら、しっかり認識していないし、五〇〇〇年の歴史を持った普通の国みたいに思っている人が多い。ちっともわかっていない」(p.29)。

 多数の<中国本>にもかかわらず、こういう状態だった、またはこういう状態のままの日本国民は多いだろう。

 菅直人は、先日の胡錦濤との「交談」で、両国は「一衣帯水」の関係にあり、とか何とかメモを見ながら冒頭で述べていた。五〇〇〇年(4000年?)の長い歴史を持ち、種々の文化を日本に伝えてくれた、というイメージも強いのだろう。

 だが、19世紀以降に日本から「学んだ」のは中国の側だ。古代を除き、その後いったい何を恵んでくれたのか。

 蒙古人、満州族による支配(王朝)があったことは知識としては常識的なことで、現在のような漢民族中心の国家が長々と続いてきたわけではない。中国という「国家」があって、連綿と続いているわけではない(現在は、毛王朝とか共産党王朝とか表現できる)。この点、日本とは決定的に異なる(<戦国時代>に統一国家=中央政府があったかはかなり疑わしいが)。

 にもかかわらず、上のような印象・イメージが日本人にあるのはなぜなのだろうか?

 中学校・高校時代に、中国または中華人民共和国についての正確な知識が教えられていないことがまずは大きい。きちんと「共産主義」なるものが教育されなければならない。

 ということは、中国に関係する教科書の問題になり、そして、中国に関係する教科書をどのような人々が執筆しているのか、という問題に行き着くだろう。

 そして、歴史・政治・経済・現代社会等々の教科書を執筆している大学教授たち等が<社会主義幻想>を持っていて、<親中国>の立場にいたら、どうなるのか? どういう中国に関する叙述になるだろうか? これが日本人の一般的意識に何を生じさせているかの根源かもしれない。

 そのような教育を受けた者が行政官僚・司法官(+弁護士)・マスコミ社員等々になっていく。中国(中国共産党)を批判する者はナショナリストで「右翼」だ、的なイメージが片方では作られている。

 そのような状況は、今回の事件で少しは変わっただろうか?

 いつか、朝日新聞について、すでに中国に<籠絡され>ているのではないか、という表現を使ったが、これはたんに親中・媚中の意識を持っているということにとどまらず、少なくとも実質的には、中国(中国共産党)の<エージェント>になっている幹部社員や記者等も朝日新聞にはいるのではないか、という疑いを持っているからだ。

 いかにして<エージェント>になるかは様々な方法・過程があるだろう。教育それ自体に問題があるところに、そしてそれは<左傾化した>(社会主義幻想をなお持つ)大学教授らに依るところが大きいと見られるところに、個々具体的な<策略>が種々に仕掛けられている、と見ておいた方がよい、とあらためて感じる。

 この、日本人になお残る、社会主義(共産主義)国に対する<甘さ>(警戒心の欠如)は、<戦後>というものの基本的な一内容でもある、と考えている。

ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
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  • 0840/有権者と朝日新聞が中川昭一を「殺し」、石川知裕を…。
  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
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  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。