秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

神道

1514/日本の保守-「宗教と神道」・櫻井よしこ批判④03。

 ○ 桜の季節なので、ふと西行の作だとされる歌を思い出す。
 「願わくば、花の下にて春死なん、その如月の望月のころ」。
 西行とされる歌にはこんなのもあった。
 「何ごとの、おわしますかは知らねども、かたじけなさに涙こぼるる」。
 これは伊勢神宮に関する歌だとされる。
 西行は(今の分け方でいうと)仏僧で、大阪・河南町の弘川寺(ひろかわ-)で没したとされ、そこに墓もある。訪れたことがあるので、知っている。
 弘川寺といえばむろん仏教寺院で、仏僧・西行は…、と考えると、伊勢神宮にかかわる歌というのが奇妙に思えてもくる。
 櫻井よしこ批判に、すでに入っているかもしれない。
 伊勢神宮は(たぶん当時も、仏教ではない)神道施設だったはずだが、神道は日本人にとって仏教の上に立つ、上位の包括的宗教なのだろうか。
 いや、神も仏も当時は明確に区別されておらず、それぞれが並立して、それぞれの役割を同時にともに果たしていたのではないだろうか。
 日本文明を「神道」に純化させようとするのは、はなはだ危険なことではないか。
 ○ 櫻井よしこの書いたものや語ったものを読むと、以下多少は誇張するが、まず、この人物自身の認識・見解・論評はどこまでなのか、どこが第三者・他人のそれらなのかが明確ではない、ということに気づく。
 週刊新潮や同ダイヤモンドとかの連載ものが典型だ。
 光格天皇に関する話題は、産経新聞にこの天皇の記事が載る-少し調べて藤田覚の書にも<皇威>高揚の旨が書いてあったのでこれをテーマとして選ぶ-さっそく藤田著にしたがって長々と紹介して、立派な天皇だった、と結ぶ。
 いささか簡潔化しすぎたかもしれないが、要するに、内容のほとんどは、藤田覚の(しかも一冊の)本に依存している。
 その本を見ていて、その孫の孝明天皇の存在にも気づいたに違いない。
 そこで、つぎの回に孝明天皇を取り上げたが、この天皇は<皇威>はともかくも、旧幕府側の天皇だったことを知って、単純には美化できない、と分かる。かくして、藤田著とは別の本も参照して、<譲位は最後の武器>という話にまとめ、現今に譲位問題があるので考えさせられる、と締め括る。孝明天皇は脅かし ?つつも、結局は譲位などしていないのだが。
 ざっと、こんな思考経路だろう。二回目も、ほとんど二つの本のみに拠っている。
 「」付き引用だと第三者の文章だと読者も分かるが、そうではなく抜粋的に要約すると(「パラフレイズ」すると)、第三者・他人の文献を参照していながらも、読者にはまるで著者自身が生み出した文章のように思えてしまう。
 これは「ジャーナリスト」が得意なトリックだ。情報を収集し(input)、要領よくまとめて発表する(output)。情報量の多寡とともに<要領よくまとめる>ことが彼ら・彼女らにとって重要で、決してその人たち自身が作り出した新鮮な情報(事実・思考・評価等々)では全くない。  
 週刊新潮の3/09の聖徳太子に関する文章もほぼ似たようなものだろう。
 聖徳太子といえば強く「仏教」に関連づけても不思議でないが、そうはしない、という結論めいたものが櫻井よしこにはある。あくまで神道の寛容性との関係でのみ仏教に言及する。
 そう決めれば、あとはほとんど、教科書的な説明と、情報として知った文部省の言い分や、「山田氏が語った」で始まる、国会議員・山田宏の言葉の長々とした引用または要約だ。
 簡単に5行程度で済ませることのできる主題を、オープンになっている情報によってあれこれと加工し、つなぎ合わせて、二頁ぶんにしているにすきないだろう。
 櫻井よしこの独創性はどこにあるのか。たんに「ジャーナリスト」ならばそれでよいのかもしれない。なぜならば、ジャーナリストの「心髄」は、上のような<技能>にあるからだ。
 ジャーナリストとはその程度のものだと思っている。筑紫哲也も、若宮啓文も、鳥越俊太郎も同じく「ジャーナリスト」だった。
 しかし、「研究」所理事長となると、そうはいかないだろう。
 櫻井よしこについて論及するたびに、<国家基本問題研究所>の(うちの「アホ」の先生方以外の)役員たちに対して、この人物を長とする団体の役員でいて「恥ずかしくないのですか」と問い質したく思っている。
 ○ もう一つ櫻井よしこの文章を読んで感じるのは、この人は、専門的研究者を侮蔑しているのではないか、多少は知識・教養のある読者を侮蔑しているのではないか、そして日本人一般の庶民感覚を侮蔑しているのではないか、ということだ。
 前後するが、昨年11月の天皇関連会議での櫻井よしこの発言内容は、あらためて読んでも<悲痛>だ。
 つまり、悲しくて、痛々しいほどだ。自分自身で情けないと感じないのだろうか。上記研究所の平川祐弘・加地伸行ら「アホ」以外の役員先生、いや「研究」者の方々は、自分たちの長として<恥ずかしい>とは感じないのだろうか。
 戻る。つまり、櫻井よしこは、重要なことであっても、少しは厳密に語らなければならない主題であっても、あっけらかんと単純かつ観念的に書いたり、語ったりしている、と感じる。
 ○ 櫻井よしこ「これからの保守に求められること」月刊正論2017年3月号(産経)p.84-。
 この論考について、1/30のこの欄で、すでにこう書いた。
 「『観念保守/ナショナル』丸出し。櫻井よしこが保守論壇の(オピニオン・)リーダーだとされることがあるのは、恥ずかしく、情けない。かつまた、恐ろしい」。
 したがって無視してしまいたいが、この人物を<保守>の代表格と見ている者が<右にも左にも>多いような気もするので、あえて(本来は精神衛生上避けたいが)関与する。
 計6頁と短いからと釈明することはできない。日本文明について(あるいは「保守の真骨頂」について)語りながら、「仏教」にはいっさい言及しない。そして、古事記は「日本が独特の文明を有することや、日本の宗教である神道の特徴を明確に示して」いる、「神道は紛れもなく日本人の宗教です」と書く(p.85)。
 恐るべき単純化だろう。
 もともとは天皇陵墓と関連させて天皇家と「仏教」との間の、明治維新時以降現在までの年月よりも長い関係について、叙述する予定だった。これは先に回す。
 それよりも、そもそも櫻井よしこは「神道」をどう、何と理解しているのか、という問題もあるのだった。
 上の文章や、読んだことのある櫻井のものからは、神道または日本の宗教に関する深い蘊蓄 ?、「研究」成果を感じたことはまるでない。
 ひょっとして櫻井よしこは、神道を、<単色・一定>のものと理解しているのではないか
 そうでなければ、<神道は日本の宗教です>という簡単な一文になぜなってしまうのだろうか。
 ここにも、櫻井よしこに対する、強い疑いがある。
 余計なことでなければよいが、秋月瑛二が「感じて知って」いることを以下に書いておこう。
 ○ 神道と言ってもさまざまだ。「八百万(やおろず)の神」とかいうが、全ての神社が無数の神々を祀っているわけではない。
 常識的に、神社本庁を包括法人とするいわゆる神社神道と、<教派神道>に分けられる。
 但し、前者に入るか否かはときによって異なりうる。靖国神社も梨木神社(京都、三条実美)もそうだ。
 前者のいわゆる<神社>としては、「八幡」(応神天皇)、「天神(天満)」(菅原道真)、「稲荷」系などが有名かつ多数で、決して、櫻井よしこが想定しているかもしれないような、天照大神(-天皇・皇室)系だけではない。これはむしろ、数の上では少数派だ。
 天皇・皇室系に、明治神宮、平安神宮、近江神宮(大津市、天智天皇)などがあって規模の大きいものもあるが、上に挙げたのは(古そうでも)全て、明治期以降に設置されている。
 意外に知られていないと思えるのは、一つは、素戔嗚尊-大国主命系の神社だ。
 この系列の神社が現存しているのは、日本国家または「大和朝廷」の成立にかかわる、古くかつ強い伝承が残ってきたからだと思われる。出雲大社が代表だが、祭神を多少とも気にして参拝しているかぎりでは、他にも少なくとも数十はあると思われる。この系列の神々は、日本書紀・古事記の上でも現在の天皇・皇室につながっていない(はずだ)。
 もう一つは、いわゆる<南朝>系、後醍醐天皇・楠木正成らを祭神とする神社だ。
 湊川神社(神戸市)がよく知られるかもしれないが、吉野神宮(奈良県)その他の吉野地域にある神社、その他いくつかある。
 ともかく、究極的にはすべて(菅原道真も含めて)天皇・皇室につながるのだ、と櫻井よしこは理解しているのかもしれないが、強引すぎるし、実態は決してそうではないと思われる。
 天照系でない神々や、徳川家康、豊臣秀吉を神として祀る神社もある。決して、これらは<教派神道>系ではない。
 櫻井よしこは、<教派神道>を除くとしても、それ以外の神道・神社を<単色>で見ているのではないだろうか。
 また、追記すれば、教義がないように一見感じるが(櫻井よしこもそんなことを書いていた)、しかし、<吉田神道(吉田神社、京都)>などのいくつかの<~神道>があり、理論 ?的にも、いくつかの分かれがあるように、<しろうと>には感じられる。
 ○ それにもう少し学問研究的な ?話をすれば、いわゆる<国家神道>の時代、神社神道は、制度的・行政的には「宗教」として取り扱われなかった、という、「宗教」概念にかかわる、根本問題がある。
 戦前の文部省は、神社神道以外の<教派神道、仏教、キリスト教>等を管轄していたとされる。そして、神社神道の「宗教」性はむしろ曖昧にされた、あるいは明治期又は明治憲法のもとでは、神社神道は「宗教」ではなかった、ないし少なくとも、上記のような平凡かつ世俗的な ?宗教とは区別される、それだけ「聖なる」ものだった、という指摘や研究もある。
 櫻井よしこは、平気でかつ単純に<神道は宗教だ>と語る。しかし、例えば、現憲法上の<国家と宗教>関係条項から見ると、神社神道(靖国神社も今は神社本庁下にある)は「宗教」ではないと理解・解釈した方が、天皇陛下ら皇族も内閣総理大臣も、安心して、靖国神社に参拝することができるのではないか ? なぜなら、靖国神社には「宗教」性はないことになるからだ
 論理的・概念的にはこのように帰結されることを知ったうえで、櫻井よしこは、<神道は宗教>だと書いているのだろうか。
 以上、①神道は、かりに神社神道に限っても多様、多彩であって<単色>ではない、②神道(神社神道)の「宗教」性自体について、日本のかつての歴史も含めての考察が必要だ。
 櫻井よしこは、前者をどう理解しているのか。上の後者の作業をしているのか、してきたのか ? きわめて疑わしい。
 櫻井よしこを念頭に置いてではなく、一般論として書いておくが、賢明な日本国民は、<狂信的扇動家>にダマされてはいけない。
 冷静な<理論的指導者(たち)>が必要だ。
 国家基本問題研究所の自称<研究>者たちは、本当に「国家基本問題」を<研究>しているのだろうか。理事長を見ていると、すこぶる疑わしい。

1508/日本の保守-「宗教観念」・櫻井よしこ批判④。

 ○ 西尾幹二・維新の源流としての水戸学/GHQ焚書図書開封第11巻(徳間書店、2015)に、つぎの旨の叙述がある。p.41-70、p.78-、p.95-101、p.167など。(以下、必ずしも厳密でない再述がありうる。但し、大きくは誤っていない)
 水戸光圀・大日本史の編纂にあたって論争点になった三つの「難問」があった。
 ①南朝(後醍醐)は正統か-楠木正成は逆賊でないのか、のほか、
 ②大友皇子(天智の子)は天皇としてよいか、②神功皇后を皇統の一代に数えるべきか。
 これらは、明治維新後の新政府の「歴史」理解の問題ともなり、「水戸学」・大日本史と同じ結論が維持された。
 ①南北朝のうち南朝が正統、②大友皇子は天皇に即位していた(弘文天皇と追号)、③神功皇后(=応神天皇の母)は天皇と同様には扱わない(天皇のように一代とは数えない)。
 以下は、内容も秋月の文になる。
 日本書紀は天武天皇とそれ以降の天武系の天皇のもとで編纂されたので、天智の子・大友皇子(母は伊賀采女)を天皇扱いにしているはずがない(当然だと思うので、確認しない)。大友が天皇に即位していたことを認めてしまえば、<壬申の乱>で天武は天皇を弑逆したことになるからだ。天皇から皇位を奪い取ったことになるからだ。
 大友が即位していなければ、辛うじて、天智天皇の死のあとの弟と子(天武からいうと甥)の間の<皇位継承の争い>という説明ができる。
 明治になって公式に大友皇子=弘文天皇とされたので、当然だが、その一代だけとっても(天智より後は)、日本書紀と今日の理解での各天皇の代数は、少なくとも一つずつ異なる
 <保守>の人々はときに、例えば櫻井よしこも、平気で<~代までつづく>と今日までの代数を示すが、これは明治期以降に「確定」 ?したものだ。
 ○ 同じく、西尾幹二・維新の源流としての水戸学/GHQ焚書図書開封第11巻(徳間書店、2015)は、西尾自身の言葉として、つぎのことを主張している。同旨は多々あるようだが、つぎの一箇所に限る。p.40。
 明治新政府の「廃仏毀釈というのは善い意味でも悪い意味でも非常に影響の大きい運動」でした。「『国家神道』が唱道され、仏教を廃し神道を重んじる」ことになった。「それが天皇家の復活に寄与したという一面がある」。
 「しかし長い目で見ると、仏教を否定したのは精神史上マイナスであったといわざるをえません。仏教に篤い心を持つ天皇も歴史上少なくありませんでした」。
 神道の重視は「天皇家の復活には役立った」。「しかし、その結果、日本人の宗教を痩せ衰えさせてしまったという面があるのです」。
 秋月瑛二も、この辺りの理解に賛同したい。私は、神社も寺院もたいていは好きで(レーニンやロシア革命にだけ関心があるのではない)、全国のかなり各地を回っているが、神社・神道と寺院・仏教の違いや類似性、日本化した(おそらく神道の影響を受けた、強いて今日的に分類すれば)仏教・寺院の存在を、肌感覚で感知することがある。
 ○ 櫻井よしこの、以下の論考は、その<保守(主義)宣言>と理解して、今後も複数回とり挙げる。
 櫻井よしこ「これからの保守に求められること」月刊正論2017年3月号(産経)p.84-。
 この中に、つぎの一節がある。
 「古事記は」、「日本が独特の文明を有することや、日本の宗教である神道の特徴を明確に示して」いる。
 「神道は紛れもなく日本人の宗教です」。p.85。
 このあと段落すら変えないで(改行することなく)、櫻井は古事記の話に入り、「自然が神々であり、それらはやがて人間になり、天皇と皇室が生まれたわけです」と、段落を結ぶ。p.85-86。 
 先に最後の部分に触れると、櫻井よしこは竹田恒泰の著を参照文献のごとく括弧内で挙げている。しかし、竹田恒泰もさすがに自然・神々・人間・天皇の関係を(永遠の自然史の流れとしてはともあれ)「事実」として主張しているのではなく、あくまで古事記に記述された<物語>の内容を説明しているだけだと思われる。
 しかるに、この櫻井よしこの書き方では、まるで天皇とは「現人神」だ。
 そのように「観念」するのはまだよいが、「神」と「天皇」・人間を同一視するかの叙述を「事実」のごとく叙述すべきではないだろう。
 そもそもはこのあたりにすでに、<観念・意識・精神>と<現実・事実>の境界の不分明な櫻井よしこの叙述の特徴が出ている。
 ○ 本来言及したいのは、上の点ではない。
 神道は日本の宗教である、というとき、二つの基本的な論点がある。
 一つは、そもそも「宗教」とは何かだ。明治期には、むしろ特定の<宗教>もどきのものとは神道は扱われなかったという逆説的な理解も可能だ。
 つまり、日本の神道は「宗教」ではなく、「伝統的習俗」類であって、例えば現在の憲法がいう「宗教」とは異なる、という理解も不可能ではないのだ。
 二つは、では、「仏教」は、日本の宗教ではないのか、という問題だ。
 上の引用部分では明らかではないが、櫻井よしこは明らかに、仏教よりも神道を重視している。一つだけとすれば、間違いなく、躊躇することなく、神道を挙げるに違いない。
 一つだけ取り上げる、又は最重視する「宗教」を敢えて名指しする、という考え方は、日本の<保守>あるいは日本国家や日本人にとって、望ましいことなのだろうか。
 ここで再び、冒頭近くに紹介した西尾幹二の主張・叙述に、目を向けるべきではないだろうか。
 櫻井よしこの「頭」は、観念的・単純で、偏狭なのだ。もともと関心があるテーマなので、つづける。

1306/2016年<伊勢・志摩サミット>と伊勢神宮。

 安倍晋三首相が6/05、2016年サミットの開催地を<伊勢・志摩>と決定したことを発表した。
 候補地がいくつかあることを知って、伊勢志摩がベストだと個人的には感じてきた。それは、<神宮(伊勢神宮)>が開催地域に属しているか、少なくとも近いからだ。
 志摩市に決定とのニュースを知ってただちに、首脳たちは神宮を訪問することになるのかが気になった。
 のちの報道によると、安倍首相は決定理由として、①「悠久の歴史をつむいできた」伊勢神宮を訪れて(主要国のリーダーたちに)「日本の精神性に触れていただく」ためによい場所であること、②「日本の原風景といえる美しい自然」、「日本のふるさとの情景」を感じてほしいことを挙げた。
 上の②よりも①が先にあることに、安倍首相が<日本の>首相であることを感じる。剛速球のストレート勝負といったところか。
 この決定に三重県選出の岡田克也、維新の党の柿沢未途はそれぞれの理由で歓迎しているようだが、「左翼」の日本共産党、社民党(+生活の党ナニヤラ)の反応は今のところ明らかではない。
 神宮(伊勢神宮)は自民党総裁・谷垣禎一が言うように「日本の」「歴史と伝統」がつまったところで、日本の「聖地」といってもよいところだ。
 しかし、言うまでもなく、伊勢神宮は「神道」という宗教の施設でもある。むろん私は気にしないし、むしろこの点こそが開催地域になることを望んだ理由でもあるが、この点に着目して、気に懸け、さらには反対したり、抗議したりする「一部」勢力があるのではないか、と考えられる。
 どういう理屈が考えられるだろうか。
 ①国際的会議のために特定の「宗教」を利用してはいけない。あるいは、その機会に、特定の「宗教」に有利になるようなことをしてはいけない。これは日本国憲法上の政教分離、あるいは国家の宗教にかかる中立性に関係がある。
 ②「神道」はかつて、<国家神道>として、かつての戦争の精神的支柱になってきた。そのような神道の施設である神社の中でも伊勢神宮は実質的に最高位だ(だからこそ正式名称はたんに「神宮」だ)。日本政府が先の戦争への反省をすることなくそのような施設を訪れることを外国首脳が訪れることを求めるのは、日本による戦争の被害者である<アジア諸国・諸国民>が許さないし、また、先の戦争で日本と戦った国々の首脳は、そのような「悪」の歴史と結びついた伊勢神宮を訪れるべきではない。このような批判は、中国共産党の中国および韓国であれば、行なう可能性がある、と思われる。
 こういうクレームあるいは「いちゃもん付け」はありうるので、志摩市開催であっても伊勢神宮訪問にはただちには言及されない可能性もあると想定していたが、上記のとおり、安倍首相は真っ先に、伊勢神宮=「日本の精神性」に論及した。剛速球のストレート勝負という感想をもったのも、そういう事情がある。
 ここで、この欄でいく度か述べてきたこと、すなわち、毎年一月初旬に内閣総理大臣がおそらくは公式に(個人的・私的にではなく)参拝するという慣例がほぼできあがっていると見られるところ、朝日新聞をはじめとする「左翼」マスメディアはこれを<政教分離>違反だとか言って問題視することはしていないとみられること、は意味をもってくる、と考えられる。
 最近に確認したことだが、日本共産党は首相の靖国神社参拝に反対する理由として、①A級戦犯合祀、②政教分離違反の二つを挙げている。社民党・福島瑞穂も同じことを言っていたのをテレビで見聞きしたことがある。
 そうすると、靖国神社と同じ「神道」の伊勢神宮参拝もまた上の②の理由から問題視されなければならないはずだが、この二つの党が伊勢神宮参拝をどう判断しているのかの知識は今のところない。
 しかしともあれ、朝日新聞を含む大手マスメディアが首相の伊勢神宮参拝を問題視して騒いだことはないはずだ。また、この欄に書いたことがあるが、民主党・菅直人は、首相時代に、地元の神社の祭りに参加して、神輿を担いだりしたことがある。
 上のことは「神道」・「神社」やその行事が<特定の>宗教とはほとんど意識されないようにもなっている場合があることを示している。京都市の葵祭り、時代祭り、祇園祭りはいずれも本来は(かりに実行委員会催行であっても)三つ又は計四つの神社の宗教行事だ。あるいはまた、安倍晋三首相は昨年、伊勢神宮の式年遷宮の最後の行事に「臨席」したと伝えられた。これも内閣総理大臣としての参席だったはずだが、しかし、朝日新聞・NHKも含めて、政教分離の観点から問題視するようなことはなかったはずだ。
 こうした流れ、または雰囲気の中で、サミットにおける外国首脳らの伊勢神宮訪問(参拝ではない)が平穏に行われれば、まだ来年のことだが、けっこうなことだ。
 しかし、中国政府、同じことだが中国共産党、あるいは韓国政府は、上に想像?したような批判をしてくる可能性があるようにも思われる。少しばかりは懸念することだ。これらの批判があれば、当然に、朝日新聞等は<騒ぎ出す>。
 欧米に行ってキリスト教の教会等を見ても、各国の国民等がそれぞれの宗教・信仰を持っていることを何ら不思議に思ったことはない。日本もまた、あるいは日本人の多くもまた、「神道」という宗教を許容し大切にしてきていることを、何ら奇妙に感じることなく、外国首脳らが伊勢神宮を訪れてくれるとよいのだが。

1243/資料・史料ー<国有境内地処分法>。

 資料・史料 <国有境内地処分法>(社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律)

 伊勢神宮等の敷地等が戦前の国有地から戦後当初に宗教法人に無償譲渡されたことはよく知られている。
 その経緯(・神社側の苦労・奮闘等)を伊勢神宮について叙述した伊勢神宮崇敬会叢書の一つも所持しているのだが、仔細は省略して、まだ生きているようである根拠法律・同施行令を、やや長いがそのまま掲載しておく(附則は省略)。いずれも、現憲法施行直前に制定されたが、その後に若干の改正を受けた現行のものである。
 
 「昭和二十二年法律第五十三号(社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律
  昭和十四年法律第七十八号を次のように改正する。
 第一条  社寺上地、地租改正、寄附(地方公共団体からの寄附については、これに実質上負担を生ぜしめなかつたものに限る。)又は寄附金による購入(地方公共団体からの寄附金については、これに実質上負担を生ぜしめなかつたものに限る。)によつて国有となつた国有財産で、この法律施行の際、現に神社、寺院又は教会(以下社寺等という。)に対し、国有財産法によつて無償で貸し付けてあるもの、又は国有林野法によつて保管させてあるもののうち、その社寺等の宗教活動を行うのに必要なものは、その社寺等において、この法律施行後一年内に申請をしたときは、主務大臣が、これをその社寺等に譲与することができる。
 第二条  この法律施行の際、現に国有財産法によつて社寺等に無償で貸し付けてある国有財産で、前条の規定による譲与をしないもののうち、その社寺等の宗教活動を行うのに必要なものは、同条の申請をしたものについては、譲与をしないことの決定通知を受けた日から、六箇月内に、その他のものについては、この法律施行の日から、一年内に、申請をしたときは、主務大臣は、時価の半額で、随意契約によつて、これをその社寺等に売り払うことができる。
 2  前条に規定する行政処分について、行政不服審査法(昭和三十七年法律第百六十号)による不服申立てをした者は、前項の期間満了後も、その不服申立てに対する決定書又は裁決書を受領した日から、なお三箇月内に、前項の売払の申請をすることができる。
 第三条  第一条又は前条第一項の規定によつて、譲与又は売払をする国有財産の範囲は、勅令でこれを定める。
 第四条  第一条又は第二条第一項の規定によつて、譲与又は売払をすることができる国有財産(以下従前の土地という。)が、その譲与又は売払前に、土地改良法による土地改良事業又は土地区画整理法による土地区画整理事業の施行地区に編入せられた場合において、その従前の土地に係る換地処分に関して、国が清算金の交付又は補償金の支払を受ける場合は、主務大臣は、従前の土地にあつた社寺等が、換地処分の告示のあつた時から、一年内に、申請をしたときは、第一条に規定する従前の土地に係る清算金又は補償金については、その金額に相当する債権を、第二条第一項に規定する従前の土地に係る清算金又は補償金については、その金額の半額に相当する債権をその社寺等に譲渡することができる。
○2  国が土地改良法又は土地区画整理法の規定によつて、費用を負担せしめられる場合又は従前の土地に係る換地処分に関して、国が清算金を徴収せられる場合は、第一条に規定する従前の土地に係る負担金又は清算金については、その金額に相当する債務を、第二条第一項に規定する従前の土地に係る負担金又は清算金については、その金額の半額に相当する債務をその社寺等に負担せしめる。
 第五条  従前の土地が、その譲与又は売払前に、土地改良法による土地改良事業又は土地区画整理法による土地区画整理事業の施行地区に編入せられた場合において、従前の土地にあつた社寺等が、その交付せられた換地以外の土地に移転する必要のあるときは、主務大臣は、その社寺等が、換地処分の告示のあつた時から、一年内に、申請をしたときは、その社寺等に対し、第一条に規定する従前の土地の換地及び従前の土地に定著する国有物件については、譲与を、第二条第一項に規定する従前の土地の換地及び従前の土地に定著する国有物件については、時価の半額で、売払をすることができる。
 第六条  削除
 第七条  第二条第一項及び第五条の規定による売払代金については、命令の定めるところによつて、十年内の年賦延納又は土地による代物弁済を認めることができる。」

 「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律施行令
(昭和二十二年五月一日勅令第百九十号)
 最終改正:昭和二八年八月一日政令第一四七号
 第一条  社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律 (昭和二十二年法律第五十三号。以下「法」という。)第一条 又は第二条第一項 の規定によつて、社寺等に譲与又は売払をする国有財産は、左の各号の一に該当するものとする。
 一  本殿、拝殿、社務所、本堂、くり、会堂その他社寺等に必要な建物又は工作物の敷地に供する土地
 二  宗教上の儀式又は行事を行うため必要な土地
 三  参道として必要な土地
 四  庭園として必要な土地
 五  社寺等の尊厳を保持するため必要な土地
 六  社寺等の災害を防止するため直接必要な土地
 七  歴史又は古記等によつて社寺等に特別の由緒ある土地
 八  その社寺等において現に公益事業のため使用する土地
 九  前各号の土地における立木竹その他の定著物
 2  その社寺等の所属教派若しくは宗派、その社寺等の主管者又はその社寺等が主宰する財団法人の経営する公益事業がその社寺等の経営に準ずるものと認められるときは、その事業のため現に使用する土地及びその定著物は、これを社寺等に譲与又は売払をすることができる。
 第二条  法第一条 及び法第二条第一項 に規定する国有財産で、国土保安その他公益上又は森林経営上国において特に必要があると認めるものは、国有として存置し、前条の規定にかかわらず、譲与又は売払をしない。
 第三条  法第七条 の規定による年賦延納は、売払代金の全額を一時に納付することが困難な場合に限り、これを認める。
 2  年賦延納を認める場合には国債で延納金額に相当する担保を提供した場合を除いては、民法第三百二十五条第三号 に規定する先取特権の登記をしなければならない。
 第四条  法第七条 の規定による代物弁済は、売払代金が十万円以上で、現金で納付することが著しく困難な場合に限り、これを認める。
 2  代物弁済に充てようとする土地は、価額五万円以上で、担保権の設定なく、且つ管理又は処分上適当なものでなければならない。
 3  代物弁済を認めた場合は、その土地について、所有権移転の登記が完了したときに、弁済があつたものとみなす。
 第五条  法第十三条 の規定による補償は、神社又は寺院が、この勅令施行の日から、一年内に、申請をしたとき、左の各号の定めるところにより、これを行う。
 一  神社又は寺院の植栽した森林で、法第十二条 の規定によつて部分林としないものについては、主務大臣の定めるところによつて、この勅令施行の日におけるその森林の立木竹の価額の十分の八の額を立木竹又は林産物で、その神社又は寺院に交付する。但し、その十分の八の額が植林又は植林上必要な施設のため、神社又は寺院が支出した金額に年五分の複利計算による利息の額を合算した額に達しないときは、その合算額を立木竹又は林産物で交付する。
 二  神社又は寺院の植栽した森林以外の森林について、神社又は寺院が、林道又は砂防、防火その他の施設の新設改良したものについては、主務大臣の定めるところにより、その新設した施設の価値又は改良した部分の価値の現存するものに限り、この勅令施行の日におけるその評価額を立木竹又は林産物で、その神社又は寺院に交付する。但し、その評価額が、施設の新設改良費に年五分の複利計算による利息の額を合算した額を超えるときは、その合算額を限度とする。」

1240/「アカデミズムの世界における左翼支配」の内幕-東京大学関係者 。

 一 ジャパニズム16号(2013年12月号、青林堂)に、表紙にはタイトルが載ってはいないが、「覆面インダビュー/元関係者が、『アカデミズムの世界における左翼支配』の内幕を明かす」というインタビュー記事がある。「アカデミズムの世界」とは、大学または学界と理解して差し支えないだろう。
 「覆面」の「元関係者」は「W」とイニシャル化されているが、本当であるとの保障はない。但し、「まさに東大で、そうしたことを感じましたね」などの発言があることからすると、この発言者は東京大学の教員・研究者を最近か近年に退職した人物であるようで、関心を惹く。
 何よりも、この元東京大学教員らしき人物の、上記のごとくタイトル化される発言内容は、この欄で私があれこれの文献を通じて指摘または推測してきたことと符合していることが注目される。断片的にしか指摘できなかったことを、この人はけっこう長く語っている。
 その他、「カトリック・キリスト教」や「仏教」界の「左翼」性への言及がある部分はほとんど知らなかったことだ。
 重要な記事だと思うので、今年、2013年の最後に、できるだけ忠実に紹介しておく。
 二 最初の質問に対する答えは、ほとんど全面的に支持または納得できる。全文は以下のとおり。
 「確かに、文系アカデミズムの多くの分野においては、左翼支配の構造が完全に出来上がってしまっていますね。研究者を育てる大学院は、学部までとは異なり、徒弟制のような形態のところが多い、そうなると、師匠である教授が左翼なら、弟子である学生も左翼にならないと生きていけない、教授の性格にもよりますが、左翼的な教授としては自分と同じくする手下を増やしたいわけですから、教授に逆らうような学生は、就職先(アカデミック・ポスト)を紹介してもらい辛い。そうなると、それに耐えられない学生は、脱落していく。結果、左翼学生だけが残り、研究職に就いていく。一般公募の公平な研究職採用試験にしても、採用側の教授に左翼思想の持ち主が多い訳ですから、結局『リベラル』な研究者の方が就職が有利です。文系アカデミズムの世界では、このような構造で、左翼が再生産されていきます、これも教授の性格によりますが、左寄りの教授が多い組織では、保守的な言論は抑圧される事さえありますね。私の印象では、国立大学では概して、歴史学、教育学、法学、社会学の分野で左翼が強いと感じますね」(p.56-57)。
 「歴史学、教育学、法学、社会学の分野で左翼が強い」とは、この欄で私が推測的に書いたことがある(中西輝政の発言によって、「政治学」にも触れたこともある)。なお、「左翼」の意味が厳密には問題だが、上の発言では「リベラル」と換言されていることも注目される。また、「左翼」とはおそらく(日本共産党員である場合はもちろんだが)、共産党シンパの他に、日本共産党またはマルクス主義・コミュニズム(共産主義)を批判・敵視しないという意味での、「容共」者も含んでいると考えられる。
 三 東京大学法学部の「内幕」にも言及があり、また「左翼」的宗教にも言及がある。この人物は同学部に所属したことがあるか、同学部の「内情」をかなり詳しく知りうる立場にあったように思われる(こんな発言をしている<反左翼>心情者であること等からすると前者ではなく、後者と推測できるかもしれない)。以下は要約的紹介で、「」は直接の引用。
 <「戦後の東大法学部は完全に左翼的言説が支配しています。『左翼の牙城』と言ってよい」。今の状況は知らないが戦後のかつての東大法学部には「キリスト教徒」でないと教授になれないとの「暗黙の了解」があったと聞く。中でも「無教会派のクリスチャン」。「つまり、戦後日本の法学界の言論・思想空間にはその背景に、左翼的なプロテスタント・キリスト教的なるものが存在しています」。「ですから当然、靖国神社に関する政教分離訴訟では、心情的にも『反靖国』の立場を取ります。実際のところ左派系の法学者は、靖国神社も含めて『神道』というものに対して無理解であるのみならず、嫌悪感さえ感じているようです」。戦後に保守系教授が東大教授から追放されたこともあり、「いまだに保守系の法学者は傍流」に追いやられてしまっている。かかる環境の下で育つ学生が法曹になるのだから「日本の文化伝統を無視した判例」が多発するのも当然だ。>
 なお、たしかに、靖国神社の宗教は「神道」で、<保守>派が靖国神社を擁護しているとすると、「左翼」とは<反神道>派でもあり、宗教の中でもキリスト教や仏教の中には「左翼」が浸透しやすい、と言えそうだ。
 四 東京大学の中での駒場と本郷の違いにも言及がある。
 <「本郷と駒場では雰囲気が異なります。本郷…の教授陣はイデオロギー的には幅が広く、左翼の方が数は多いですが、ノンポリの教授や、数は少ないが保守系の教授も」いるのに対して、駒場(教養学部)は「戦後はまさに『左翼の牙城』になって」しまった。「反ヤスクニ」の高橋哲哉も駒場所属だ。>
 以下は再び東京大学全体の話のようだ(但し、駒場が強く意識されているようでもある)。
 <学部学生の「中道化・保守化(脱左翼化)」は進んでいるが、「教授陣は相変わらず左寄り」で、「左翼系の教授たちは、神道に対しては『国家との厳格な分離』を要求しますが、キリスト教には甘いというダブルスタンダードが見受けられ」る。法人化前の純粋国立大学の時代にキリスト教会から譲り受けてのパイプオルガン設置の運動があり、実際に駒場に設置された。また、「左翼」=「反権威主義」ならばまだ辻褄は合うが、東大の「左翼」は「リベラル」を自称しつつも「権威主義的」だ。中沢新一の採用決定の撤回はその例。(中沢は「左側」の人かもしれないが)「権威主義的なプライドが、イデオロギーの親和性よりも優先されたんでょうね」>(p.58-59)。
 五 仏教にも言及がある。<「キリスト教だけでなく、戦後の仏教界も左翼イデオロギーが強い」。「『教団の公式なイデオロギー』としては左翼的(反靖国的)である宗派が多い」。「戦前の反省に立って」のようで、「仏教系大学の学者には、政治的な左翼的発言をする人も多い」。但し、「日本仏教は…日本の伝統文化(皇室)と結びついていますから、当然に保守的な人もいることはいます」。
 さらにキリスト教にも話題は続き、高橋哲哉・姜尚中はクリスチャンだという。
 仏教寺院の中にも「左翼」のものがあることはこの欄に記したことがあり、姜尚中が講座ものの講師を担当していた著名な寺院があることも知っている。これらは、その特定の寺院名を出していずれ書きたいと思っているので、ここでは立ち入らない。
 六 最後に、この世界の「正常化」の可能性についての質問に答えている。
 <「左翼再生産の構造」は出来上がってしまってはおり、「世間一般の流れからは遅れるとは思いますが」、「徐々に変わりつつある」。「保守の土壌はまだまだ脆弱で、左翼の土壌はまだまだ強靱」なので、「保守陣営」は結束し、「ようやく芽生えてきた『保守の灯』を消さない」ことが肝要だ(p.60)。>
 以上。大学・学界では「保守の土壌はまだまだ脆弱で、左翼の土壌はまだまだ強靱」であり、「ようやく芽生えてきた」「保守の灯」と表現されるほどのものであることを国民一般、大学生や将来に大学に進学しようと思っている者の親や家族は知っておいてよいだろう。
 この人が最初に言っていたことは適切な認識だと見られること、および「左翼が強い」分野の一つとして「法学」が上げられていたことも妥当と見られることは、最近に紹介・言及した、憲法学者・刑事法学者・某特定大学法学部の50名以上の教授たちによる特定秘密保護法反対声明・意見においても相当十分に例証されているものと考えられる。

1219/遷宮と天皇と政教分離と。

 10月初旬の「遷宮」について、テレビは当初の予想よりは丁寧に報道していた。しかし、神宮(伊勢神宮)と天皇(家)との関係に触れたのは全くかほとんどなかったようだ。臨時祭主の黒田清子さんとの語りかテロップが入っても不思議ではないシーンにも、そのようなものはなく、映像だけが彼女を映し出していた。

 また、内宮の遷御の儀に内閣総理大臣・安倍晋三が「出席」したことを知り、そのような事前の知識がなかったので驚いた。かつまた神道という特定の宗教の祭事への出席であるので、憲法上の<政教分離>原則との関係を問題にする者がいても不思議ではないのに、そのような論調はまったく出てこなかったようであることも印象に残った。

 さて、古くなるが、2008年の春頃にこの欄で何度か、伊勢神宮・天皇(家)・政教分離について言及している。

 ・日本の起源・天皇と「神道」(3/25)   ・伊勢神宮「式年遷宮」と天皇(家)(3/27) 

 ・天皇制度と「宗教」-伊勢神宮式年遷宮費用問題から発展させて(4/04)

 ・天皇(家)と神道・神社の関係、そして政教分離(4/15)

 ・天皇(家)と神道・神社の関係、そして政教分離-つづき(4/16)

 ・天皇(家)と神道・神社の関係、そして政教分離-つづき2(4/18)

 ・1945-1947年の神社と昭和天皇(4/19)

 ・天皇(家)と神道・神社の関係、そして政教分離-つづき3(4/20)

 ・天皇(家)と神道・神社の関係、そして政教分離-つづき4(4/21)

 ・日本共産党系の藤谷俊雄=直木孝次郎・伊勢神宮(新日本新書)-1(4/24)

 ・日本共産党系の藤谷俊雄=直木孝次郎・伊勢神宮(新日本新書)-2(4/24) 

 ・天皇・神道・政教分離-つづき4(4/26)

 ほかに、この時期には、つぎのようなものも書いていた。
 ・戦後日本を支える「大ウソ」-非武装・政教分離(4/05)

 ・長部日出雄の「神道」論(諸君!5月号)と石原慎太郎「伊勢の永遠性」(4/28)

 神道関係者、とくに伊勢神宮や神社本庁関係者には自明のことを多く書いているとは思うが、5年以上前によく勉強(?)したものだという個人的な感慨も湧くので、関係者や専門家以外の方々には参照していただきたい。なお、別の時期にも同様のテーマを集中的に書いたかもしれないが、たまたまこの辺りの時期の古い書き込みを見る機会があったので、2008年3月下旬~同4月の書き込みに限っている。

1206/山村明義・本当はすごい神道(2013)と伊勢の式年遷宮ほか。

 〇山村明義・本当はすごい神道(宝島社新書、2013)を、たぶん先週初めに読了。同・神道と日本人(新潮社、2011)も所持していて、より重要なようだが、重たい感じで、冒頭掲記のものを先に読んだ。
 最初の方で、知らなかったことをいくつか知り、宗教(・神道)に関する現在の日本のマスメディアの異様さも感じる。以下は、知らなかったこと(~p.61)。

 ・2011-12年サッカー・ワールドカップの直前、日本代表チームは男女ともに「熊野三山」に参拝した。選手・関係者でかなりの人数になる。なぜ熊野かは省略する。私も熊野三山(本宮・新宮・那智)を二回は巡拝している。
 ・トヨタ自動車のある豊田市には「トヨタ神社」ともいわれる豊興神社があり、毎年年頭、トヨタグループの幹部たちは参詣する。三菱グループの「守護」神社は大阪市西区にある土佐稲荷神社、三井グループのそれは東京都墨田区の三囲神社、等々。いわば「企業神社」は多数ある。

 ・出光興産のそれは、出光佐三の郷里近くの宗像大社

 ・海上自衛隊護衛艦「いせ」には伊勢神宮の祠があり、同「ひえい」には東京・日枝神社の神札が貼られいる、等。

 ・朝日新聞社にすら、東京・中央区築地に波除稲荷神社という「氏神神社」がある。社の新車にはこの神社で「新車祓い」をする。関連会社の朝日浜離宮ホールは、歳末の舞台挨拶の日に波除稲荷神社の神職者が神事を行っている。

 政教分離とかの問題では小うるさい朝日新聞にも特定の「守護」神社があるとは愉快ではないか。

 〇東京巨人軍が宮崎神宮に、阪神タイガースが(西宮神社ではなく)広田神社(西宮市街地の北)に、シーズン開始前に必勝または優勝祈願をすることは、毎年のようにテレビのスポーツ番組で報道されている。

 上の点では、特定の、といえなくもない宗教、すなわち神道に対しておおらかとも見えるマスコミも、他の点ではほとんど宗教・神道関係の報道を避けている。

 最初に記したサッカー団体によるこぞっての熊野参拝は知らなかった。サッカー関係者にとっては大行事のはずだが、マスコミは取りあげていないのではないか。

 今年は出雲大社の60年ぶりの遷宮、伊勢神宮の式年遷宮の年だ。前者はすでに終わったはずだが、テレビではおそらく全く報道していない(地元・島根県は別かもしれない)。
 伊勢神宮の式年遷宮に関する報道もおそらくまったくなされていない。週刊誌や雑誌が取りあげ、それだけでの特集をする雑誌・ムック類も多数出版されているが、テレビや一般新聞はおそらく何も
報道していない。遷宮ですらこうなのだから、外宮境内に「遷宮館」が完成していることなどは全国ニュースとしてテレビ・一般新聞で報道されたことはないだろう。

 どこか異常ではないか。むろん、様々の信仰をもつ視聴者・読者がいるから<特定の>宗教に関する報道はできない、という理屈によるのだろう。

 しかし、かつてこの欄で伊勢神宮や神道、それらと皇室との関係についてかなり熱心に言及したことがあるのだが、宗教といわれるものの中で、少なくとも「神道」だけは別扱いがされてよい、されるべきだ、と考えている。
 法的理屈がまったくなくはない。世襲の天皇制度を現日本国憲法も認めているが、天皇家の宗教はいうまでもなく「神道」だ。神宮の式年遷宮の祭主代理は現皇太子殿下の妹の黒田清子さん(祭主は今上天皇の姉の池田厚子さん)であることにも示されているように、また遷宮の細かな準備日程は今上天皇の「許可」(正式用語ではない)にもとづいているように、伊勢神宮の式年遷宮とは実質的または本質的には天皇家の行事に他ならない

 この式年遷宮に対しても天皇・皇室はもちろん何らかの費用を負担しているが、それが「内廷費」といういわばポケットマネー、「お手持ち金」として支出されるのも奇妙なことだ。テレビや家具あるいは皇居内用の自動車を購入する費用と、法律上はまったく同質のものと扱われているのだ。

 そもそもは1945年の「神道指令」にもとづき、また現憲法の「政教分離」原則によってこうなっている。しかし、憲法上の存在である「天皇」の宗教が一貫して神道であることは占領期にも、日本国憲法制定時にも公知のことだったはずだ。天皇制度を維持するかぎり、何らかの配慮または特別の考慮が払われてしかるべきだったはずなのだが、何もなされなかった。
 その結果として、現在のテレビや一般新聞の神道に対する「冷たさ」がある。むろん一般国民はそんなマスコミの態度にかかわりなく、初詣をし、七五三行事をし、パワースポット巡りをしているのだが…。

 富士山が世界遺産とされたのは「自然遺産」ではなく、「文化遺産」としてだったことの意味を、テレビ局・一般新聞の関係者はしっかりと考えるべきだろう。「文化」には宗教も含まれている。富士山という山岳のみが世界遺産指定をされたのではなく、<富士山信仰>のあることを前提として、富士宮浅間神社を含む種々の宗教施設も含めて世界遺産とされたのだ。

 思うに、世界遺産指定関係者、ユネスコの方が、日本のマスコミよりもはるかに宗教に対して大らかだ。どういう国の者が指定メンバーなのかは知らないが、彼らは日本には日本独自の宗教がある、ということを、ごく自然な、ごく当たり前のこととして、神社等を含む「富士山」を世界遺産の中の「文化遺産」として指定したのだと思われる。

 日本には日本独自の文化があり、日本独自の宗教がある。当たり前のことではないか。日本のとくに「左翼」マスコミは、「日本独自の」ものが嫌いなのに違いない。NHKも含めて、伊勢神宮の10月初旬の遷宮行事がどう報道されるのか、注目しておきたい。

1081/2012年になって一部読んだ書物等。

 感想等をすべて文章にする時間的余裕がないが、今年に入ってから入手(・購入)して全部または一部を読んだものは、この欄にすでに記載のほか、以下のとおり。
 論考類を除いて、全読了の単行本はない。しかし、手にした書物は少なくとも数ページは読んでしまうものなので、以下には、ぞれらも含まれる。かりに一瞥しても印象に残っていないものもあるが、以下には含めない。
 西尾幹二・個人全集第一巻(第二回配本)・ヨーロッパの個人主義(国書刊行会、2012)…第一回配本も既購入…、西尾幹二・壁の向うの狂気―東ヨーロッパから北朝鮮(2003、恒文社21)、西尾幹二「女性宮家と雅子妃問題」月刊WiLL3月号(ワック)、山際澄夫「金正日死去を”悼む”懲りないマスコミ」同上、竹内洋・革新幻想の戦後史(中央公論社、2011)…ようやく本格的に読み始めて第一章は済み…、秦郁彦・靖国神社の祭神たち(新潮選書、2010)…「B・C級戦犯」処刑死者の多くも靖国神社に祭祀されていることを確認…、ペマ・ギャルポ・最終目標は天皇の処刑―中国「日本解放工作」の恐るべき全貌(飛鳥新社、2012)…「中国」ものはたいていは想像しうる中身なので敢えて入手しないがこれだけは…、大阪の地方自治を考える会・「仮面の騎士」橋下徹(講談社!、2011)、政教分離を正す会(大原康男)・新実例に学ぶ「政教分離」―こんなことまで憲法違反?(展転社、2011)、石平・中国大虐殺史―なぜ中国人は人殺しが好きなのか(ビジネス社、2007)、ウッダード・天皇と神道―GHQの宗教政策(サイマル出版会、1988)、シャピロ・民主主義論の現在(慶應大学出版会、2010)、佐伯啓思・反・幸福論(新潮新書、2011)、西部邁=佐伯啓思編・危機の思想(NT化出版、2011.08)、山村明義・神道と日本人(新潮社、2011)、佐藤優・はじめての宗教論・右巻(NHKの出版、2009)、佐伯啓思「開国と維新の精神」新潮45/2月号、林俊彦・大災害の経済学(PHP新書、2011)、井上寛司・神道の虚像と実像(講談社現代新書、2011)。
 他にもありそうだが、探す手間を省く。月刊正論(産経)の最新号も所持しているが、残念ながら又は申し訳なくも、きちんと読んでいない。これ、という重要論考がない。但し、所功の論考はきちんと読んでおく必要があるだろう。

0846/佐伯啓思「幸福追求という強迫観念」と日本国憲法13条。

 一 産経新聞3/15の佐伯啓思「幸福追求という強迫観念」を読んで、深い感慨に耽らざるをえなかった。
 二 鳩山由紀夫が「幸福度指数」なるものを持ち出していることに刺激を受けてだろう、佐伯は次のように言う。
 A<アメリカ独立宣言は「幸福追求の権利」等を「普遍的価値」と謳ったが、「自由」とともに「幸福追求の権利」はイギリスに対する「抵抗」の思想だったにもかかわらず、それが忘れられ、「誰もが幸福でなければならない、という一種の強迫観念」を生んだ。これに浸かってしまい、「他人が幸福であれば自分も幸福でなければ面白くない。不幸だと感じた途端、自分の人生は失敗だった」と感じてしまう。この強迫観念に捉えられれば「人は決して幸福になれない。それどころか…人をますます不幸にする」。>
 B<日本にはもともとは「かくも利己的で強迫的な幸福追求の理念」はなかっただろう。①「仏教的な無常観」、②「武士的な義務感」、③「儒教的な『分』の思想」、④「神道的な晴明心」、のいずれを持ち出し、いずれに依拠するにせよ、これらはすべて「個人的な幸福追求に背馳する境地をよし」とするものだ。ここに「日本人の死生観や自然観や美意識」が生まれた。「病と死と別離から逃れえないかぎり、人の生は、本質的に不幸」だ。「幸福」の指標などと言う前に「日本人の背負ってきた死生観や自然観を学び直す」必要がある。>
 このような佐伯啓思の見解・主張を私はほとんど違和感なく受け容れることができる。「病と死と別離から逃れえないかぎり、人の生は、本質的に不幸」だ、との部分も、論争的であるとしても(議論の対象になりうるとしても)、結論的にはそういう他はない、と感じている。
 三 佐伯の一文を読んで深い感慨を覚えた、というのは、佐伯啓思の見解・主張を私個人は十分に納得できるものの、しかし、現在の日本人の多数はむしろ理解できず、あるいは反発するのではないか、という、うんざりとするような気分も同時に湧いたからだ。
 なぜなら、佐伯も言及するアメリカ独立宣言が謳う「自由」や「幸福追求の権利」は現日本国憲法において、まさしく実定法化され(=明文で憲法典にまで書かれており)、少なくとも成文法としては日本国憲法は「最高法規」とされ、それにもとづいて行われた戦後の公教育のための、疑いをもつことが許されないほどの<理念>としてすらされてきた。
 あらためて、現日本国憲法13条を引用しよう。
 「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
 第一文でいう「個人の尊厳」(の保障)が樋口陽一をはじめとする<左翼>(かつおそらくは圧倒的に多数の)憲法学者において、現憲法の最重要の基本理念とされていることは、すでにニュアンスを変えつつ、この欄でも何度も言及した。
 この<個人の尊厳(の保障)>=「個人の尊重」とともに「(自由および)幸福追求に対する権利は…国政上最大の尊重を必要とする」と現憲法は謳っているのであり、かかる憲法規定を知り、学んだほとんどの(かつての、も含む)少年・青年たちには、とりわけ、狭く言えば大学の法学部で憲法を勉強した者たちには、さらには司法試験に合格し専門法曹になったような者たちには、<個人が尊重され>、個人がそれぞれ<幸福を追求する権利をもつ>ことは、疑問を微塵も生じさせないだろうような、しごく常識的で、当然のことになってしまっている、と思われるのだ。
 この13条の淵源はアメリカに、ひいては西欧(欧米)の法(人権・)思想にある。そして、佐伯啓思も指摘するように、必ずしも日本人本来の「人間」観・「人生」観とは合致していない、と思われる。
 だが、そのような問題があることを全くかほとんど意識することなく、<個人の尊厳>と<幸福追求権>の保障が存在することを、現在の日本人の多くは当然視しているのではないか。
 佐伯啓思の一文の内容を諒解しつつ、怖ろしいと感じるのは、上のことにある。
 佐伯啓思の考えていることと、日本国憲法に明示されていることにもよる、多数日本人の意識の間の、この大きな乖離。ここに怖ろしく感じる原因はある。
 それぞれの個人が(自由に)<幸福を追求>することができる、ということ自体は当然のようにも思えるが、佐伯も指摘又は示唆するように、個人は<平等に>「自由」・<幸福追求権>をもつと考えられていることから、他人との間の比較意識、<格差>を嫌う、<そねみ・ねたみ>の意識は容易に生じる。もともと日本人にとっての「自由」とは(他人に害悪を及ぼさない限度での)<気まま>・<放恣>・<何でもアリ>の気分に転化してしまっていること(これはほとんど<多様な個性の尊重>という通念に等しいこと)は、あえて長々と書かなくてよいだろう。
 こうした「自由」・<幸福追求権>を支えるかのごとき<個人の尊重(「個人の尊厳」保障)>の理念も元来は欧米に由来するものであることは、代表的な憲法学者だったらしい樋口陽一が、フランス革命期の<ジャコバン型個人主義>を日本人も(もっと?)体験すべき、と主張していることからも明らかだ。そして簡潔に書くが、丸山真男・樋口陽一(・辻村みよ子)らの日本の「左翼」知識人たちは、日本人は(欧米人のように?)自己を確立した<強い個人になれ>と戦後ほぼ一貫して(戦前から?)主張してきたのだ(そこでは自分は欧米的な「個人」として自立しているが日本の
「大衆」はまだ<遅れている>という暗黙の前提があった)。
 このような欧米的思想を継受した日本国憲法のもとで培養された現代日本「国民」の意識は必ずしも佐伯啓思のそれと同じではないと思われる。佐伯を批判しているのではなく、はがゆい思いで、事実の認識として書いている。
 そして、ここにもまた、日本「国民」の間の<国論の分裂>の根っこを感じ取らざるをえない。
 (「家族」に関する規定のない)日本国憲法も描く<自立した強い個人>の<自由(勝手)>な<幸福追求>活動の保障というイメージは、佐伯啓思の指摘するとおり、やはり日本と日本人の本来の意識とは合致しない、合致するはずがないのではないか。
 「日本人の背負ってきた死生観や自然観」に依拠して日本国憲法をも含めて見直すのか、それともかかる「日本人」意識あるいは<ナショナルなもの>は捨てて<普遍的な>「国際人」(地球市民?)になることを目指すのか、人についても国家についても、基本的なところで<国論の分裂>があり、あちこちで火花を散らしている。
 以上、内容としてはじつに幼稚な、新味のない文章になった。 

0600/伊藤謙介による山折哲雄・信ずる宗教、感じる宗教(中央公論新社)の書評(産経新聞)。

 産経新聞10/04の「書評倶楽部」で、伊藤謙介(京セラ相談役)が山折哲雄・信ずる宗教、感じる宗教(中央公論新社)を紹介・論評している。
 この本の引用又は要約的紹介なのか評者自身の言葉なのかを自信をもって区別できないが、おそらくは前者の中に、印象的な叙述がある(それ自体はほとんどは評者の文章だ)。
 山折哲雄のこの本によると、次のように整理されるらしい。
 ①A「信じる宗教」は<一神教>で、B「感じる宗教」は<多神教>。
 ②A一神教は「砂漠」の産で、B多神教は「緑なす山野」のもの。
 ③A「信じる宗教」は「天上の絶対的存在」を信じることで、「自立する声高に主張する『個』がキーワード」。
 一方、B「感じる宗教」は「地上の豊かな自然の中に神や仏の気配を感じること」で、「寂寥のなかで静かに耳を澄ます『ひとり』がキーワード」。
 私が挿入するが、日本の神道・仏教が(とくに神道が)Bであることは明らかだ。日本人の殆どは無宗教ではなく、本来は、「信じる」<一神教>ではない、「緑なす山野」の、「感じる」<多神教>の宗徒ではないか。
 山折哲雄はさらに次のように主張・警告しているらしい。
 <現代は「信じる宗教」にのみ「憧れと脅威の眼差しを注ぐ」「個の突出した時代」なのだが、「人間を越えた存在の気配を感じ取ることこそが必要」だ。それが「個、自己中心主義の抑圧に繋がるから」。
 以下は私の文による書き換えだが、欧米の一神教を背景とする「個の突出した時代」が現在日本の中心・本流にあるようだが、「個、自己中心主義の抑圧」のために、「感じる」<多神教>をもとに、「人間を越えた存在の気配を感じ取る」ことが必要だ、と主張しているようだ。
 多分の共感をもって読んだ。「信じる」<一神教>を背景とする、欧米的「個」は、本来、日本人にはふさわしくないのではないか。そして「自立する声高に主張する『個』」、「個の突出」、「個、自己中心主義」こそが、戦後の日本と日本人をおかしくしてしまったのではないか。
 樋口陽一を引き合いに出して語ってきたこともある欧米的「個人主義」批判と通底する部分が、山折の本にはありそうだ(まだ入手していないのだが)。
 以下は、評者・伊藤謙介の文章だと思われる。なかなかに<美しい>。
 「私たちは今、個が我が物顔に振る舞う、喧騒と饒舌の時代を走り続けている。/だからこそ、ときにたち止まり、星月夜を眺めつつ、悠久の時の流れに身を投じ、生きることと死ぬことに思いをはせたい」。

0504/式年遷宮と大嘗祭の<復活>。

 伊勢神宮の由来又は設立年代については、日本共産党系と見られる藤谷俊雄=直木孝次郎・伊勢神宮(新日本新書、1991)で、直木が「七世紀の天武天皇の頃に天照大神を祭る神宮が伊勢にあったこと」は「間違いない」と書くくらいだから、1300年前にすでに存在したことは「間違いない」。現代人にとっては気の遠くなるような昔だ。
 七世紀後半からさらにいつ頃まで遡れるかだが、安本美典の簡単な文章に即して既述のように、記紀等によれば崇神天皇の御代に皇祖・天照大神を宮中とは別の場所に祀るために造営された。
 所功・伊勢神宮(講談社学術文庫、1993)は記紀等の記述に添ったより詳しい説明をしつつ、崇神天皇朝を三世紀後半としている。但し、古代の天皇・国王の平均在位年数は約10年という安本美典説に従い、かつ崇神天皇は第一〇代ということは正しい、ということを前提にすれば、崇神天皇朝は三世紀後半ではなくもっと後だろう(所功は西暦〇年前後に神武天皇即位、三世紀後半は大和朝廷の故地・九州では「壱与」の時代だろうと推測する。安本美典とはかなり異なる)。
 それはともかく、所功の上の本によっても、神宮の式年遷宮が、天武天皇の遺志を継いだ持統天皇(645-702)の時代に始まることは「間違いない」ようだ(所によると内宮の第一回は690年)。式年遷宮自体も1300年以上の歴史をもつ。2013年は第62回。前回・1993年の遷宮に至る、各祭儀についての(最重要な祭儀は「遷御」だと思われる)、昭和天皇に始まり今上天皇に継承された「御治定」の月日は、神宮司庁監修編集/伊勢神宮崇敬会発行・お伊勢まいり(2005.07改訂7版)の末尾に一覧表として掲載されている。
 1320年以上で62回という回数からも判るように、式年遷宮は20年毎にきちんと行われてきたのではなかった。戦後最初のそれ(第59回)は1949年の筈だったが、財源難等があったのだろう、4年遅れて1953年に行われている。
 そんな4年遅れてどころではなく、所功の上の本や高野澄・伊勢神宮の謎―なぜ日本文化の故郷なのか(祥伝社ノンポシェット、1992)によると、所謂「戦国時代」に、120~140年もの間、中断している。
 式年遷宮ではなく「大嘗祭」の挙行となると、田中卓「天皇と神道の関係」同=所功=大原康男=小堀桂一郎・平成時代の幕明け(新人物往来社、1990)p.54によれば、何と「約220年」の中断があり、江戸時代初期の1687年に再挙行された、のだという。
 120~140年あるいは220年ということは、停止と再開の両方を現実に知る人は一人もおらず、一般国民の一世代を30年とすると、4代から7代くらいが交替するだけの時間が過ぎたことを意味する。
 そして思うのは、<天皇制度>が続いている限りは、かりに100年、200年の<中断>があり、廃止されたかの如き外観を呈した時期があったとしても、<歴史的・伝統的なもの>は<復活>している、ということだ。
 多少のゴタゴタはよい。また、日本「文明」は同一ではなく変化してきたし、これからも変化はしていくだろう(固有の何かまでなくなるとの趣旨ではない)。だが、<天皇制度>とともに、自分の死後も続く「日本」の<悠久>というものを信じたいものだ。

0498/産経新聞5/08櫻井よしこ論考と佐伯啓思。

 産経新聞5/08櫻井よしこ「福田首相に申す」は、中国共産党のチベット人・ウイグル人弾圧・「文化の虐殺」が進行中だとしたあと、「近い将来、台湾制覇のため南進すると思われる」と書き、さらにつづけて「そうなれば、日本にとっても深刻な危機が到来する」とする。
 <異形の国家>・共産党独裁の中国は、まずは尖閣諸島を皮切りに沖縄諸島から始めて、日本列島全域を支配することを狙っているものと思われる。太平洋(の軍事管理)を米国と中国で東西に二分しようと中国要人が米国人に発言したとかの報道(氏名・役職等の詳細を確認しないままで記憶で書いている)も、上のことが全くの杞憂でないことを裏付ける。
 となると、日本は中華人民共和国日本州となり日本人は日本「人」ではなく日本(大和?、倭?)「族」と称されるのだろう。中国の一部とされなくとも旧ソ連と旧東欧との関係の如く、中国の<傀儡>政権(日本共産党が存続していれば参加?)のある実質的な<属国>になる可能性もある。
 そうなれば、―最近、伊勢神宮等の神社・神道のことについて書く機会が増えたが―伊勢の神宮を含めた、神社という「日本的な」ものは、―チベットの仏教施設がそうなっていると報道されているように―すべて又は殆ど破壊され、解体されてしまう可能性もある。日本全国から、根こそぎ、「神社」(お宮さん)が破壊され、なくなってしまった日本という地域は、もはや「日本」ではないだろう。同様のことは日本仏教・寺院についても言える。
 上のことが全く杞憂とは言えないのは、1945年の占領開始の頃に、主だったいくつかの神社を除く多数の神社はすべて潰される(物理的にも破壊される、又は自ら破壊しなければならない)のではないかとの危惧と<覚悟>を神社関係者はもった、ということを最近何かで読んだことでも分かる。幸い、GHQは、神社・神道があったからこそ戦争が開始された、とは理解しなかったので<助かった>ようなのだが。
 ところで、櫻井よしこは、福田首相が「念頭に置くべき」なのは、「異民族も含めた中国の人々、そして国際社会に向かって、いかなる普遍的価値観に基づいた言葉を発することができるか」という点だ、とも主張している。
 ここでの「普遍的価値観」とは生命を含む<人権>の尊重、信教の「自由」の保障を含んでいるだろう(民族の自決権は?)。
 かかる「普遍的価値観」はアメリカのそれであり、<左翼>価値観だとして日本の保守派がそれを主張するのは<奇妙な光景だ>と言ったのが佐伯啓思だった。前回言及した、佐伯啓思・学問の力(NTT出版)でも同旨のことが述べられているようだ(p.164~)。だが、アメリカの独立と統一(連邦化)を支えた思想がフランス革命の際の「左翼的革命思想に近い」(p.164)と言えるのかなお吟味が必要だと感じるし、それよりも、戦略的に(本当に「普遍的」かは厳密には怪しいだろうことは認めるが)「普遍的価値観」なるものに基づき中国(・胡錦涛)に対して発言することは当然でありかつすべきことで、少なくとも批判・揶揄されることではあるまい、と考えるが、いかがなものだろう。

0496/幡掛正浩・日本国家にとって「神宮」とは何か-再述。

 幡掛正浩・日本国家にとって「神宮」とは何か(伊勢神宮崇敬会、1995.08/7版2003.11、伊勢神宮崇敬会叢書1)に言及した昨日同時刻の書き込みには、この本の文章の位置づけ等に関して一部不正確なところがあった。第二の方に関係する。
 神鏡は伊勢神宮に在り、それは天皇(家)の私有財産であることを「前提として」とこの書の一部を引用したが、「神宮制度是正問題」(p.13~)を読んでいて、「…超国宝の神鏡を一私法人である『神宮』にもうやってしまったのか…。宗教法人というものは、規則の定める役員の同意で、解散も合併も自由だが、神宮をそんな危なげな法性格に放置したまま、政府は知らぬ顔をきめこんでいてよいのか」との感想・疑問・主張は、昭和32年度に発生した「神宮制度是正問題」の当初の頃のものだと判った。順番は逆で、このような問いかけの結果、独立後8年以上も経って!、神鏡は「皇位」とともに存在する、天皇の(私有)財産であることを政府が認めた、のだった。
 そしてまた、宮内庁は「こんな質問をされては頗る迷惑―といふ渋い態度をとった」というのもその当時の当初の態度で、下記のとおり、国会での正式な回答を池田勇人内閣が行っている。
 上記書のうち「神宮制度是正問題」(p.13~)の本文はこの問題の経緯概要をまとめた14頁半で、計63頁のうち48頁半は<関係資料>の掲載に充てられている。
 まず上の感想・疑問・主張に該当する国会議員(三重県選出・浜地民平)の質問書(1960.10.8)は要約すると以下のとおり(p.59~p.60)。
 ①伊勢神宮に「奉祀」されている神鏡は天皇と宗教法人のいずれの所有か、が曖昧では困る。「天皇の御位と不可分の関係」にあると信じるが政府の解釈いかん。
 ②「天皇の御鏡」だとすると神宮が「お預かりする」状態だが、法的には「お預かりする」とはいかなる関係か(「寄託」との学説もある)。
 ③どう法的に解しようと伊勢神宮が「お預かり」していることに間違いない。とすると、政府は「神宮当局者に対して、心得なり条件なりを明示しておくべきだと思う」が、いかに考えるか。
 この質問書に対して、当時の首相・池田勇人は答弁書を作成した(1960.10.24官報号外・衆議院会議録)。ここで示された理解が、おそらく今日まで生きているものと思われる。やや長くなるかもしれないが、できるだけ引用しておく(p.61-62、①~③は上に対応する)。
 ①「伊勢の神宮に奉祀されている神鏡は、皇祖が皇孫にお授けになった八咫鏡であって、…五十鈴川上に奉祀せしめられた沿革を有するものであって、天皇が伊勢神宮に授けられたのではなく、奉祀せしめられたのである。この関係は、歴代を経て現代に及ぶのである。したがって、皇室経済法第七条の規定にいう『皇位とともに伝わるべき由緒ある物』として、皇居内に奉安されている形式の宝鏡とともに、その御本体である伊勢の神鏡も、皇位とともに伝わるものと解すべきであると思う」。
 ②「伊勢の神鏡は、その起源、沿革等にかんがみ神宮にその所有権があると解し得ないことは明らかであると思う」が、「民法上の寄託等」と解するかどうかは「なお慎重に検討を要する」。「要するに、神宮がその御本質を無視して、自由に処置するごときのできない特殊な御存在だと思う」。
 ③「神鏡の御本質、沿革等については、神宮当局の十分承知しているところであり、神宮は、従来その歴史的伝統を尊重してきたが、新憲法施行後においても、神宮に関する重要事項はすべて皇室に連絡協議するたてまえになっている次第もあり、現状において特にあらためて心得等を指示される必要はないと思う」。
 さて、第一に、かかる政府見解が、1945年の<神道指令>以降ほぼ15年、主権回復後8年以上を経てようやく出されていること自体が、まず驚くべきことだろう。何とも曖昧な状態のまま、よくぞ10数年も持ちこたえたものだと妙に感心しさえする。
 第二に、天皇の財産を伊勢の神宮が「お預かり」していることの根拠、神宮に格別の「心得等」を指示する必要のないことの根拠を、政府自体が、「神鏡」の「本質」・「起源、沿革等」という歴史的・伝統的なものに求めている、ということに注目したい。なぜ伊勢の神宮が?と「合理的(理性的)」な問いを発しても無駄なのだ。<古(いにしえ)からそうなっている>としか答えようがないものと思われる。
 第三に、「新憲法施行後においても、神宮に関する重要事項はすべて皇室に連絡協議するたてまえになっている」ということを、政府が公的に確認していることも重要だ。
 第四に、上の政府見解(1960年池田見解)は、「神鏡」の所有権の帰属、その<管理>の仕方に関するもので、神宮での<祭祀>、それと密接に関係する皇居内での<祭祀>の法的性格や費用負担の問題に触れるものではないことを確認しておく必要があるだろう。
 上に第三点として述べたことの反復だが、政府も「新憲法施行後においても、神宮に関する重要事項はすべて皇室に連絡協議するたてまえになっている」ことを知っており、かつ肯定している、と言ってよい。しかるに、この「連絡協議」にかかわる天皇・皇族の行為の<性格>はいったいいかなるものなのか? 現在の実務ではすべて「私的」行為として扱っているのだろうが、<奇妙>に思えることは既に何度も書いた。
 が、いずれにせよ、伊勢の神宮が、天皇(・皇室)との関係において、神社の中でも<特別の>位置を占めていることは明らかだ。その神宮を一私的法人(宗教法人)としてしか観念できないのは、天皇(・皇室)の神宮への行為を「私的」行為としてしか捉えないことの延長にある。そしてまた、憲法上採用されている<天皇制度>はかくも厳格に天皇(・皇室)の「公」的地位・「公」的立場と神道・神宮等にかかわる「私的」行為とを峻別することを要求されなければならないのか、そのような憲法解釈は憲法第一章を憲法20条に一方的に従属させるもので、<総合的で合理的な憲法解釈>とは言えないのではないか、との疑問が(すでに書いているが)生じる。
 ついでに、資料中に載っている(p.32-33)、昭和20年7月31日の「木戸日記」の中に見える昭和天皇の発言も興味深いものがある。
 木戸によると、上の月日に昭和天皇は「大要」次のように語られた、という(カタカナをひらがなに変えている)。
 <伊勢大神宮のことは、誠に重大なことと思ひ、種々考えていたが、伊勢と熱田の神器は、結局自分の身近に御移して、御守りするのが一番よいと思ふ。(中略)度々御移するのも如何かと思ふ故、信州の方へ御移することの心組で、考えてはどうかと思ふ。(中略)万一の場合には、自分が御守りして、運命を共にする外ないと思ふ。
 昭和20年7月31日という<時期>が正確に理解できないとこの発言の正確な趣旨も理解できないだろうが、昭和天皇が連綿と継承されてきた「伊勢と熱田の神器」のことを深く憂慮し
、「自分の身近に御移して、御守りする」意向を示していたことは明らかだ。
 
「万一の場合には、自分が御守りして、運命を共ににする外ないと思ふ。」における「万一の場合」はいろいろに想像できる。いずれにせよ、そのように「伊勢と熱田の神器」について語っていた昭和天皇にもつながる<天皇制度>自体は、現憲法のもとでも解体・廃止されておらず、「世襲」との(血統に意味を認め平等原則とも矛盾する)<不合理な(非理性的な)>言葉も憲法に明記されつつ、現に存続していることに留意しておく必要があろう。
 なお、幡掛正浩は、執筆当時、伊勢神宮崇敬会理事長。昭和32年頃は「さんざんに東京と伊勢で二挺櫓を漕がされ、くたくたになって敗退した〔神社本庁の?〕庶務課長」だった、という(p.9)。園部逸夫・皇室制度を考える(中央公論新社)は多数の関係文献を巻末に掲載しているが、この幡掛の本を記載していないのは、些か不思議だ。 

0493/チベット(人)問題と日本の「左翼」団体-中国共産党による恫喝と供応?

 伊勢神宮式年遷宮広報本部・日本の源郷-伊勢神宮(2007.07)p.22には、2003年(平成15年)11月4日にチベットのダライ・ラマ法王が伊勢神宮を(玉垣内に入って)参拝する様子の写真が掲載されている。また、仏教徒であっても「日本の神道の聖地」・伊勢神宮を参拝させていただいた、「神宮の美しい自然とそれを維持する人々の態度、神宮の平和的な環境は素晴らしい…」との法王の言葉も載せている。
 西村幸祐責任編集・チベット大虐殺の真実(撃論ムック/オークラ出版、2008.05)にも、昨2007年11月にダライ・ラマ法王が伊勢神宮を参拝したときの写真が付いている。キャプションにあるように、こうしたダライ・ラマの伊勢神宮参拝を報道した日本のマスコミはあったのだろうか?(なお、これら二つは同期日のもので、どちらかの年の記載が誤っている可能性がある。)
 ところで、諸君!6月号(文藝春秋)の佐々木俊尚「ネット論壇時評」(p.262~)によると、以下のとおり。
 左翼系のメーリングリストとして著名なAML(オルタナティブ運動メーリングリスト)の中で、弁護士・河内謙策は3/19に「チベット問題を、なぜ取り組まないのか!」と題して次のように書いた。
 「日本では、なぜかチベット問題を、多くの平和運動団体がとりあげようとしていません。全労連、日本平和委員会、憲法会議、自由法曹団、連合、全労協、原水協、原水禁、許すな!憲法改悪阻止市民連合会、九条の会、ピースボート、平和フォーラム、ピープルズプラン研究所という日本の平和運動の代表的な13のサイトを見ても、現時点では、その…1頁目にチベットのチの字もありません」(p.264)。
 なお、少なくとも最初の4つと原水協は日本共産党系の団体だ。
 チベット人問題に関して、日本の<左翼>が沈黙しがちであることに対してはすでに多くの批判的指摘がある。月刊WiLL6月号山際澄夫「恥を知れ!沈黙の朝日文化人」(p.256~)もそうだし、上記の西村幸祐責任編集・チベット大虐殺の真実(撃論ムック)の中宮崇「チベット侵略を擁護する反日マスコミ『悪の枢軸』」(p.104~)は、NHK、TBSのニュース23、朝日系の報道ステイション等のテレビ・メディアを対象にする。同書の野村旗守「日本の人権団体は黙ったままか」(p.158-)は、日本ペンクラブ・日本国民救援会・自由法曹団・日本ジャーナリスト会議等を批判している。
 ダブル・スタンダードとはもう全く新鮮な言葉ではない(彼ら「左翼」には当然の、染みついた感覚なのだ)。興味深く思うのは、上に出てくる団体のうち九条の会(映画人九条の会)・日本ジャーナリスト会議は、映画「靖国」の上映を妨害したとして(政治的圧力をかけたとして)稲田朋美に対して抗議文を送った団体だ、ということだ。直接には九条・「平和」に関係がなさそうな事案には(とくに朝日新聞のガセ=捏造報道を信じて)すみやかに抗議文を送りつけておいて、一方では「平和」(と人権)に直接かつ現実的に関係しているチベット(人)問題には3/19の時点で(今回の「弾圧」は3/10~)何ら反応していないとは?!!
 九条の会(映画人九条の会)・日本ジャーナリスト会議の(たぶん事務局を握っている者たちの)おサトが知れる、とはこのことだろう。
 なぜ、<左翼>はチベット(人)に冷たく、中国(中国共産党)に甘いのか。上の佐々木俊尚論考によると、弁護士・河内謙策の「苦言」に対しては3種の反応があり、一つは、<日本はかつて中国に悪いことをしたから、大きなことを言えない。日本自身の過去の真摯な反省が必要>との旨だったとか。これは、しかし、北朝鮮による拉致をかつての戦時中の朝鮮人「強制連行」によって<相殺>しようとした辻元清美の議論と同様の詭弁だ。日本の<左翼>平和諸団体自身は<真摯に反省しているなら>良心の咎めを感じることなく堂々と<侵略>と<人権侵害>を批判すればいいではないか。日本「国家」や政府に<真摯な反省>が足りないから、という理屈も成り立たない。これらの団体は「国家」・政府からの「自由」・自立をこそ謳っている筈で、日本国・政府をこの場合に持ち出すのは卑劣であり「甘えて」いる。
 やはり第一に、社会主義・共産主義<幻想>がまだ残っていると思われる。上記のような団体の、とくに幹部活動家たちは、今なお、日本よりも中国共産党に親しみを感じるのではなかろうか。日本共産党の不破哲三は社会主義・中国の「経済的発展」をいたく喜び、さらなる発展・成長を期待していたし、立花隆は、はっきり言って<まんがチック>だが、先年の反日暴動を日本の60年安保の時期の「ナショナリズム」高揚になぞらえ、北京五輪開催を日本の東京五輪開催の時代に相応するものと捉えていた(北京五輪後にさらに中国は経済成長し、世界の「経済」大国にもなる、と彼は予想する!)。
 第二に、<幻想>・<憧れ>というよりもむしろ逆に、中国、正確には中国共産党が<怖い>のではなかろうか。将来において日本が中華人民共和国日本省となり日本人が日本(大和)「族」と呼ばれるようになる日のくることを想定して今から忠誠に励んでおく、という人は少ないかもしれないが、ひょっとすればいるかもしれない。また、中国共産党は日本国内にも当然にそのネットワークを持っているので、有形・無形の「圧力」を受けている可能性はある。
 さらに、「政治謀略」朝日新聞や朝日系文化人・知識人の中には、中国での歓待等の「供応」によって、中国に対して厳しいことを言えなくなるメンタリティを形成されてしまった者がいるに違いない本多勝一は南京大虐殺記念館から特別功労章を貰った。大江健三郎は中国で歓待付きの「講演」旅行をした。立花隆は北京大学で「講義」をさせてもらった。こうした<親中国日本人>養成を中国共産党は系統的に行っているように見える。そして中には、中国共産党に<弱味を握られた>朝日新聞関係者や朝日系文化人・知識人もきっといるだろう。
 このブログがターゲットにされることはないだろうが、中国、中国共産党、マルクス主義(を標榜する)者は、真実の意味で、<怖い>。むろんマスメディアがそれに屈すれば、政治謀略新聞・朝日の若宮啓文が好んで自己規定する「ジャーナリスト」ではもはやない。

0492/天皇の祭祀行為は宮中や宮中三殿に限られない。

 伊勢神宮式年遷宮広報本部・日本の源郷-伊勢神宮(2007.07)という計22頁の小冊子のp.3の冒頭の言葉は次のとおり。
 「神宮のおまつりは天皇陛下の祭祀です」。こうまで明記してあるのはむしろ珍しいように思う。
 既述だが、式年遷宮の準備に今上天皇陛下の「聴許」があったことを宮内庁長官が(伊勢)神宮に公文書で伝えたり、<勅祭社>という、天皇(・皇室)の「勅使」が祭祀者(祭祀主宰者)となるとみられる神社(・大社・神宮)があることも、少なくともいくつかの重要な祭祀は個々の神社(・大社・神宮)ではなく天皇(・皇室)自身の行為であることを示しているだろう。
 また、かりに天皇(・皇室)が形式的には祭祀者(祭祀主宰者)にならなくとも、皇祖・天照皇大神を祀り国家(・国民)の弥栄を祈る神社等の祭祀は、天皇(・皇室)に「代わって」行われている、という性格・位置づけのものも多くあると考えられる。
 以上で言いたいのは、天皇(・皇室)の祭祀は宮中でのみ行われるのではない、ということだ。
 また、皇居での祭祀は「宮中三殿」で行われるものに限らない。例えば、皇居内には稲を栽培・耕作する「御田」があるようであり、天皇陛下ご自身がそこでの稲作にかかわり、その「御初穂」は、伊勢神宮の「御正宮」の「玉垣」(唯一神明造の正殿を囲む板塀のことと推察される)に懸けられる(上記小冊子p.4-「懸税」というらしい)。
 ここで言いたいのは、皇居内での祭祀は「宮中三殿」という意味での「宮中」祭祀に限られない、ということだ。
 原武史は<宮中祭祀廃止>を(主観的には皇室のために?)主張しているようだが、天皇(・皇室)に関する本を数冊も書いているなら、以上のことくらいは知っているだろう。しかして、<宮中祭祀>の廃止だけで問題は解決するのか? 皇居以外で行われ続けている天皇(・皇室)主宰の祭祀はいったいどうなるのか? どのようにすべきと考えているのか? 東京=皇居で行われる祭祀は「宮中三殿」以外の場所で行われるものもあるが、<宮中祭祀廃止>論はそれらをどう考えているのか?
 簡単にあるいは単純に<宮中祭祀廃止>を主張できないのではないか。簡単・単純な<天皇制度>解体論者でないかぎりは。
 なお、伊勢神宮での祭祀が「天皇陛下の祭祀」だとして、そのような行為もまた、現行法制上は天皇の<私的行為>とされる。(神道も<宗教>だとかりにして、の話だが)宗教的性格を帯びている物・施設の所有権が天皇(・皇室)にある=天皇(・皇室)の「私有財産」とされているのと同じく、<宗教>性を帯びていれば全て<私的行為>とされているのだ。
 既述のように奇妙だと思うが、園部逸夫・皇室制度を考える(中央公論新社)等を素材にして、遅れているが別の回で、天皇(・皇室)の「行為」について整理しておくつもりだ。

0470/天皇(家)と神道・神社の関係、そして政教分離-つづき3。

 1.昨日4/19未明に書いたように1945年10月28日に宗教団体法が廃止され、同日に<宗教法人令>が公布・施行されたが、この法令では宗教法人は「届出」制で、かつ宗教法人であれば「所得税・法人税」(おそらく今の固定資産税にあたるものも)も免除されることになるため、宗教団体が「乱立」した。そこで翌1946年・昭和21年の4/03に<宗教法人法>が制定され、「宗教法人」の設立は「所轄庁」(都道府県知事か?)の「認証」によることになった。
 一方、上の<宗教法人令>は「神社神道」(<教派神道>と区別するためにこの語があるようだ)を対象にしておらず、同令の1946年(昭和21年)2/02改正により対象とされた。その結果、「神社神道」団体も他の宗教団体と同様に「届出」すれば宗教法人になれたが、届出期間は「6ケ月以内」と限定され、届出しない場合は「解散」したものと見做すこととされていた。
 神社はこの届出をして「宗教法人」となるか民法34条により「祭祀法人」(「公益法人」の一種)になるかの選択を迫られた。だが、所管の文部大臣が民法34条の適用(「主務官庁」の「許可」が必要)を認めない方針だったため、<宗教法人令>による届出をして「宗教法人」になる以外に「生き残りの道」はなかった。
 以上、()内部分を除いて、神社本庁研修所編・わかりやすい神道の歴史(神社新報社、2005)p.246-7による(新田均執筆部分)。
 2.かくして伊勢の神宮等の神社は1946年(昭和21年)2月以降6ケ月以内に、国の一機構(営造物)ではない「宗教法人」として新たに出発したことになる。
 そして、占領下では実質的には憲法と同等かそれ以上の力をもったGHQの指令=<神道指令>によって、さらにはGHQが草案を作成した新憲法20条(政教分離原則)の定めの影響もあって、神社と国(・天皇)と関係は大きく変容することとなった。
 この政教分離(一般論ではなくわが国で現実に採用された実態)について、神社本庁の上掲書(新田均執筆)p.249は、三点に分けて、問題点を指摘している。
 そのうち最初の二つは、殆ど容易に理解・首肯できるものだ。要点は次のとおり(①・②はこの欄の筆者)。
 第一。「日本人の倫理感の根底をなす天皇・国民・国土に対する神聖感」を「軍国主義・超国家主義」と同一視して「全面的に否定したこと」。これに伴い、「神社神道の国家性」が否定され、「バラバラ」の「地域的性質」が「神社本来のもの」との見方が強調された。
 この冒頭の「日本人の倫理感の根底をなす天皇・国民・国土に対する神聖感」なるものについては、今日ではこの存在を否定・消極視する人もいるだろう。上野千鶴子佐高信辻元清美日本共産党なら、「天皇…に対する神聖感」など、とんでもない、と言うかもしれない。だが、多くの国民は天皇(・皇室)への「神聖」感を少なくともある程度は有しているのではないか。また、だからこそ、かつての敗戦直後において、GHQも<天皇>制度そのものの廃棄へと踏み切れなかったのではないか。
 上の論点よりも、GHQはこうした「神聖感」を「軍国主義・超国家主義」と同一視して(不当にも)「全面的に否定した」、という批判は的確だと考えられる。万が一「軍国主義・超国家主義」というものがかつてあり、かつそれは<悪い>ものであったとしても、そのことと<国家神道>とは、そして神社・神道(伊勢の神宮等)とは論理的には関係がない。「軍国主義・超国家主義」が神社・神道を<利用した>と言える面がかりにあるとしても、神社・神道そのものに非難が向けられるべきものではあるまい。なお、井沢元彦は、<国家神道>は本来の神道とは異なる、ということを強調している(同・仏教・神道・儒教集中講座(徳間書店、2005)p.118)。
 また、上に「神社神道の国家性」と語があり、それの否定を批判しているが、ここでの「神社神道の国家性」とは、<国家神道>を意味しているのではない、と理解されるべきものだろう。すなわち、神道が日本という「国」の成り立ち(肇まり)に深く関わっている、いやむしろ、神道なるものと成立とのちに「日本」と称されるようになった日本列島の重要部分を占める「国」の成立とは殆ど同じ時期のことであり、殆ど同じことを意味する、ということが「神社神道の国家性」という語で表現されているのではないかと思われる。
 第二。①「発生史的に見て国家とは本来無関係な宗教」であるキリスト教と国家との関係についての「信仰の自由・政教分離」という原則を、不可分の密接な関係のある日本「国家」と神道との関係に「強引に当て嵌めた」こと。これは「一つの肉体を切り分け、一つの人格を分裂させるに等しい暴挙」だった。
 ②キリスト教が「唯一の伝統宗教」である地域では「各宗派に共通の基督教的要素は政教分離の対象とはされ」ていない。また、そのことによって「国家」の「無限」の「世俗化」を抑制している。しかるに、日本では「複数の伝統宗教が存在」し、各様に国家との関係を結んできたので、キリスト教に見られる「共通の要素」は見出し難い。にもかかわらず、「単純に政教分離の原則を適用すれば、宗教間の相互摘発によって、国家は無限に世俗化してゆく可能性」がある
 この①・②のような旨は別の論者による何かで読んだ記憶があるが、いずれも鋭い指摘だと思われる。
 GHQは、あるいは当時日本に滞在したアメリカ人は、神道をキリスト教の如きものと理解したに違いない。その上で<政教分離>も構想したに違いない。かの国での<政教分離>は基本的にはキリスト教の中での諸派のうち特定の宗派を優遇しないことを意味すると簡単には理解しているが(大統領就任の宣誓の際に<聖書>の上に手を置くことはしばしばこの脈絡で語られている)、そのような理解にもとづく<政教分離>原則がそのまま日本(・神道)に適用できるわけはないだろう。
 日本での厳格な、あるいは形式的な<政教分離>原則の適用によって<国家・政治>が際限なく「世俗化」していく(又はその可能性がある)という上の指摘はなかなか新鮮だ。
 <無宗教>的な国民が多数生まれ、戦後社会が形成されてきたため、日本の<国家・政治>は倫理的・道徳的・宗教的な<歯止め>を失い、「無限に世俗化して」いっている(又はすでにそうなってしまった)のではないか。キリスト教国においてすら、<大衆民主主義>の時代となり、その問題性・危険性が指摘されている。<無宗教>国・日本ではなおさらそうなのではないか。これは興味深い論点だ。
 以上と重なる所はあるが、そもそも神道は「宗教」の一つなのか、という問題があることも強く意識せざるをえない。国家と神道の分離は「一つの肉体を切り分け、一つの人格を分裂させるに等しい」という上にも紹介した表現からは、神社関係者(神社本庁、新田均)の強い不満と抗議の感情が伝わってきそうだ。神道は少なくとも、<ふつうの宗教>ではないのではないか。
 以下と同旨のことはすでに書いたことがあるが、鎌田東二編・神道用語の基礎知識(角川選書、1999)p.12-13は、ラフカディオ・ハーンの文章を引用したりしたあと、「神道は教祖をもたない、教義がない、教典はない、教団という明確な組織をもたない、ないないづくしの宗教であ」る、と書く。
 むろん「宗教」概念の理解の仕方いかんによることだが、反復すれば、神道は少なくとも、<ふつうの宗教>ではないのではないか。そのような神道と国家(日本)との関係を欧米的に理解された<政教分離>原則によって律してよいのだろうか
 さらに言えば、国家と神道の形式的な分離によって、日本と日本人は「一つの肉体を切り分け」られ、「一つの人格を分裂させ」られたがゆえに、アイデンティテイを喪失し(又は少なくとも喪失感をもち)、日本「国家」を気嫌う<無国籍>者的な日本人も多くなったのではあるまいか(先日某書店内で、佐高信・国畜(出版社不確認)という本を見た。「国畜」とは家畜、森村誠一の造語の「社畜」から連想した造語だろう。佐高信は<無国籍>者の代表の一人だ。「左畜」とでも呼んでやろうか)。
 とりあえず今回はこのくらいにして、あと何回かは神道・皇室・政教分離にかかわるテーマで書いてみよう。

0468/1945~1947年の神社と昭和天皇。

 先の大戦終了後、GHQによる占領開始期の神社(とくに伊勢の神宮)と天皇(・皇室)の関係やそれに関するそれぞれの対応・行動は現在の日本人に広くは知られていない。
 1.敗戦前において、ということは明治維新以降の所謂<国家神道>の時代だが、神道は「宗教」とは考えられていなかった。戦前に<宗教団体法>という名の法律があったが、「教派神道」と言われたものを除く神道(およびその関係機構)はこの法律の規制対象ではなかった。
 この宗教団体法は1945年12月28日に廃止され、同日に<宗教法人令>が公布・即日施行された。
 2.その約二週間前の12/15に発せられたのがGHQの「神道指令」。その第一項は「伊勢の大廟に関して宗教的式典の指令、ならびに官国幣社その他の神社に関しての宗教的式典の指令はこれを撤廃すること。」だった。GHQは神道も「宗教」と見なし、(日本)国が伊勢の神宮等の神社による式典挙行の指示を出すことを禁じた。
 以上の二点はほとんど、千田稔・伊勢神宮―東アジアのアマテラス(中公新書、2005)p.203-4による。この著の表現によると、「神道指令」により、「…軍国主義、…過激なる国家主義的宣伝」のための再利用の「防止」を目的として「GHQは国家と神道の結びつきを断ち切った」(p.204)。
 3.この「神道指令」が発せられる約1カ月前、したがって神道(と神社)が制度上もまだ「国家」と不可分だった時期の最後に、天皇(昭和天皇)は(伊勢)神宮等を行幸・巡幸された。
 細かく書けば、11/12-皇居出発・神宮内宮「行在所」泊、11/13-外宮(豊受大神宮)・内宮(皇大神宮)参拝、京都・大宮御所泊、11/14-奈良・神武天皇陵(畝傍御陵)参拝、京都・桃山の明治天皇陵参拝、京都・大宮御所泊、11/15-京都駅から東京へ。
 以上も千田・上掲書による(p.201-2)。この際の天皇陛下の心境を私ごときが正しく推測することなどできる筈もないが、この「巡幸」は「終戦奉告」(千田)であり、昭和天皇は<敗戦>を皇祖(天照大神)・神武天皇・明治天皇の順序で、それぞれの御霊に対して<報告>されたのだと思われる(千田は明記していないが、参拝の順序は無意味・偶然では全くなかっただろう)。
 4.敗戦前において、神社の土地(境内地)は国有財産(>「公用財産」)だった。なお、寺院の土地(境内地)は国有財産のうち「雑種財産」とされ、寺院が使用する間は(おそらく「無償」で)国から各寺院に「貸しつけ」られていたが、1939年(昭和14年)に(おそらく「無償」で)「譲与」された。神社境内地はその年以降も国有財産(・「公用財産」)のままであり、土地以外の建物や組織(・人員)を含めた意味での「神社」は、「国の営造物(公共施設)」の一種だった。
 以上は、「おそらく「無償」で」の部分を除いて、神社本庁研修所編・わかりやすい神道の歴史(神社新報社、2005)p.254による(執筆=新田均)。
 5.敗戦後のGHQの国家・神道分離方針のもとでは、上のような法的状態は維持できない。GHQ「神道指令」(1945.12.15)の後で、神社の土地を戦前の昭和14年までの寺院との関係と同様に国有財産としての「雑種財産」に変更したうえで各神社に「貸しつけ」ることが計画された。だが、1946年3月に憲法改正草案(あるいは「新憲法」草案)が発表され、そこには<政教分離>も掲げられていたため、この計画実現は不可能となった。<(無償)貸しつけ>は神社(・神道という宗教)を有利に扱う(特定の宗教に「特権を与える」)ことになるからだった。一方で、<有償での(土地等の)買取り>では、資力のない神社は「自滅する以外に」なかった。
 以上も殆ど新田均執筆部分の神社本庁の上掲書p.254によっている。そして、かかる状況のもとで<無償譲渡>の実現が「緊急の課題」となり、日本国憲法の施行の前日(1947年5月2日)に国から各神社への<無償譲渡>が―<用地等(無償)払い下げ>とも表現できる―実現した、という。
 知らなかったが、何とも際どいドラマが展開されていたものだ。
 もともと書き記しておきたかったことにまだ至っていない。再び回を改める。

0463/「神道」とはそもそも何なのだろうか。

 神道に関心をもつのは、一つは、日本の伝統・歴史という場合、あるいは日本(人)の「愛国」心を考える場合に、神道(・神社)を避けて通るわけにはいかない、という潜在的な直感があるからだ。
 「直感」からすでに結論めいたことを紹介するのは<飛躍>してはいるが、すでに一部は読んだ形跡のあった井沢元彦・仏教・神道・儒教集中講座(徳間書店、2005)には、こんな文章がある。
 ・「神道」とは「日本古来の神様を、日本人のやり方で祀っていく宗教」だ(p.121)。
 ・キリスト教が欧州キリスト教国の政治行動の理由になったように、「日本人独自の信仰である神道も、日本人独自の政治制度や文化、あるいは歴史に大きな影響を与えて」いる(p.143)。
 ・「神道がわかれば日本史の謎が解ける」(p.162-一節の見出し)。
 ・「神道」は「やはり我々日本人の考え方の根本にあるもので」、「日本人の生き方にさまざまな影響を与えている」(p.163)。
 ・「理性や理屈では必ずしもそうだと言い切れないものをそうだと信じること」が「信仰」だと思うが、「その国の人間の信仰を知らなければ、その国の歴史はわからないはず」だ。日本は「自分たちの信仰をないがしろにしてき」たため、「アイデンティティがわからなくなってしまっている」(p.164)。
 ・「日本人のアイデンティティ」は、しかし、「明らかに存在」しており、それは「神道」だ(p.164)。
 ・「我々日本人は、実は神道の信徒」なのだ(p.165)。
 ・日本人が本当に「無宗教」だったら、何かの宗教(例、キリスト教)にたちまちに染まっても不思議ではないが、そうなっていないということは、「日本には実はキリスト教に対抗し得る強力な原理があった」ことを意味する。「神道こそがその原理だった」(p.165-6)。
 引用はこの程度にしておく。日本人に特有の思考方法・感受性等についての具体的言及は省略するが、たぶん井沢の言うとおりだろうという気がしている。イザヤ・ベンダサン(山本七平)はたしか「日本教」という概念を使って日本人独特の心理・考え方等を論じていたかに記憶するが、「日本教」とは「神道」に相当に類似したものの表現ではないだろうか。
 現在の神社本庁は神道それ自体についてどう説明しているか。神社本庁教学研究所監修・神道いろは(神社新報社、2004)によると、こうだ(p.14-15)。
 ・「神道の起源はとても古く、日本の風土や日本人の生活習慣に基づき、自然に生じた神観念」だ。
 ・「開祖」はいないし、聖書のような「教典」もない。但し、古事記・日本書紀・風土記等から「神道の在り方や神々のこと」は窺える。
 (なお、途中で挿むが、井沢・上掲書p.137は「神道の教典と考えてもいいのではないか、というもの」は「古事記」だ、と述べている。)
 ・仏教の伝来以降に「それまでの我が国独自の慣習や信仰が…『かむながらの道(神道)』として意識される」ようになった。
 ・特色の一つは「外来の他宗教に対する寛容さ」。(この点は、井沢・上掲書も指摘している。)
 ・神道は「自然との調和」を大切にする。「多くの神が森厳なる神社の境内の中にお鎮まりに」なっている。
 ・神道は「神々を敬い祖先を大切にする(敬神崇祖)」。
 (祖先崇拝を「儒教」と結びつける説明も別の論者又は文献によってなされていることがあるが、それは神道とも矛盾せず、むしろ神道の特色の一つなのだろう。もっともアジアの宗教(あるいは古来の東アジア人の精神)に共通する心性の可能性もある。)
 要約すると、以上の程度のことしか書かれていない(これは必ずしも批判ではない。単純素朴さ、簡明さは仏教とも異なる神道の特徴だと感じている)。
 一方また、「神社本庁」に関する次の説明も、神道の理解にとって参考になる(上掲の神道いろはp.44-45)。
 ・神社を国から分離するGHQの「神道指令」後、1946年2月3日に、「全国の神社と神社関係者を統合するための宗教法人神社本庁」が設立された。
 ・設立に際して、「教義が明確化された組織(神社教)の形態」を採らず、「各神社の独立性を尊重し全国の神社が独立の組織として連盟を結成する(神社連盟)を結成する」という考え方が基本とされた。
 ・従って、「他宗教にある統一的な教義といったもの」はない
 ・しかし、次の三項目を掲げる「敬神生活の綱領」を定めてはいる。①「神の恵みと祖先の恩に感謝し、明き清きまことを以て祭祀にいそしむこと」、②「世のため人のために奉仕し、神のみこともちとして世をつくり固め成すこと」、③「大御心(おおみこころ)をいだきてむつぎ和らぎ、国の隆盛と世界の共存共栄を祈ること」。
 以上。なるほどという感じもし、新鮮な感じもする。また、この程度の「綱領」を掲げる程度では、いく度か「神」が出てくるとしても、そして形式的には各神社や神社本庁は「宗教法人」だとしても、そもそも「宗教」といえるのだろうか、という基本的な疑問も湧いてくる
 さらに、いちおう神道も<宗教>だとして進めると、戦後は<無宗教>教育だったからこそ、「明き清きまこと」・「むつぎ和らぎ」といった心持ち、「世のため人のために奉仕し」といった公共心・他者愛心が教育されなかったのではないか、という気がしてくる(「国の隆盛世界の共存共栄(…を祈る)」のうちとくに前者(「愛国心」に直接につながる)は、公教育において殆ど無視されてきただろう)。
 よく指摘されている道徳観念・規範意識の欠如の増大傾向も<宗教教育>の欠如と無関係だとは思われない。ここでの<宗教教育>はやや大袈裟な表現で、<道徳教育>、さらには単純に<情操教育>と言い換えてもよいかもしれないが。
 今回の冒頭に「一つは」と記したが、もっと関心を持って書きたかったのは別の「一つ」にかかわる。回を改める。

0460/天皇(家)と神道・神社の関係、そして政教分離。

 伊勢神宮に関する本の中には、(とくに現在の)天皇家=皇室との関係について何ら触れていないものもある。
 神社本庁教学研究所監修・神道いろは-神社とまつりの基礎知識(神社新報社、2004)は一項目2頁の簡易辞典ふうの本だが、神社本庁の書物だけあってさすがに皇室関係の記述がある。もっとも、「皇室のおまつりのいろは」だけだとわずか三項目で、かつ後半も最後の方に書かれていて、皇室関係の記述を最初からかつ大きく取り上げることには何がしかの遠慮があるように感じられなくもない。
 さて、皇室と関係の深い、というよりも皇室の始祖(皇祖)そのもの等を祀る神社等への天皇(家)からの金銭等の支出(国費支出であり「公金」の支出に他ならない)が皇室経済法という法律上の「内廷費」として、つまり皇室の<私的>行為のための費用として支出されていることは奇妙だ、という旨を先に書いた。皇室の始祖(皇祖)のための祭祀は天皇(等)の本来の任務・責務であり、「皇祖」は同時に日本という「国」の肇まりにかかわる人物だと<神話>としてであれ位置づけられてきたのだとすれば、皇祖にかかわる祭祀をまるで皇族のプライベートな趣味の如き「私的」行為と看做ささざるをえないのは、奇妙であり、一方に政教分離原則を現憲法が掲げているための<大ウソ>ではないか、というわけだ。
 以上にかかわるメモ書きを上掲の本および神社本庁研修所編・わかりやすい神道の歴史(神社新報社、2005)を参考にして続ける。
 ①名だけはよく知られているようにも思われる、皇位とともに継承される「三種の神器」とは鏡・剣・玉、すなわち「八咫鏡(やたの…)」・「天叢雲剣(あまのむらくもの…)」(又は「草薙剣」)・「八坂瓊曲玉(やさかにの…)」をいう。このうち「八咫鏡」の本体(本物)は伊勢神宮に、「天叢雲剣」の本体(本物)は熱田神宮にあり、これらによって祭祀されている。皇居・宮中内にあるこれらは「写し」又は「御分身」で、本体(本物)のいわば「代わり」にすぎない(「八咫鏡」の分身は宮中「賢所」にある)。残る「八坂瓊曲玉」の本体(本物)だけは皇居・宮中内に「安置」されている(以上、いろはp.216-7)。
 上の点だけでも、皇室と伊勢神宮・熱田神宮の「深い」関係は歴然としている。皇室(天皇)に代わって、伊勢神宮熱田神宮二つの神器の本体を<大切にお預かりし><祀っている>と、理解してよいのかもしれない。
 ②昭和天皇薨去後の現天皇の皇位継承の際、「新帝が宮中正殿に出御、三権の長(首相・衆参両院議長・最高裁判所長官)が侍立する中、剣璽等承継の儀が行われた」(歴史p.257)。「剣璽等」のうち「璽」とは「玉」=「八坂瓊曲玉」のことをいう。
 この「剣璽等承継の儀」の写真がいろはp.213に載っている。今上天皇から一歩下がった傍らに、現皇太子・常陸宮・三笠宮寛仁各殿下が立っていて、天皇陛下に対して(宮内庁の役人だろうか)二名が少なくとも二つの容器が入っている(と推測される)二つの立派な袱紗?に覆われた箱を、背中を屈して捧げ、手渡すかの如き姿勢をとっている。
 上の写真の内容はともかく、この儀式に「三権の長(首相・衆参両院議長・最高裁判所長官)」が列席していたということは重要なことだ。憲法上「世襲」と明記された皇位の継承が行われるのだから当然といえば当然ともいえる。しかし、皇位の継承は同時に「三種の神器」の継承を伴うなんていうことは憲法のどこにも(さらには「皇室典範」という法律のどこにも)書かれていない。  にもかかわらず、「三権の長」も、歴史と伝統に則って、皇位とともに「三種の神器」も継承される、という考え方に従っているのだ。
 ③しかして「三種の神器」とは何か、となると簡単な記述はむつかしい。少なくとも「いろは」本の一部の全文(例えばp.216)をここに写す(引用する)必要がある。要するに、古事記・日本書記・古語拾遺等の文書にすでに描かれていることで、三種それぞれに各々の由縁・来歴があるようだが、「皇位の継承とともに連綿と引き継がれて現在に」至っている(いろはp.217)。
 この神器の「継承の儀」の費用はどこから出ているのだろうか。「三種の神器」の継承とは<神道>そのものに由来するように思われるが、「三権の長」が同席していることによっても、皇室の「私的」行為とはもはやいえず、「公的」行為(行事)として「宮廷費」から支出されているのではないか、と考えられる。
 中途だが、これくらいにして、次回につづける。

0432/日本の起源・天皇と「神道」。

 神社本庁研修所編・わかりやすい神道の歴史(神社新報社、2005)を少し読んだのだが、第一章・第二章(執筆者・高森明勅)あたりの内容は、ほとんど日本書記や古事記の叙述と同じのように感じる。
 批判しているのではない。神道とは日本の歴史(とくに古代史)そのものと不可分だと感じていたので、あらためてそれを確認している、と言ってもよい。
 また、「神道」との語が出てくる最古の文献は日本書記らしいのだが、その例の一つの前の文章にこんな内容が書かれているという。やや長いが、現代語訳をそのまま引用する。
 「神々は、神である本性のままに、我が子孫に日本を統治するように委任された。それゆえ、この国は天地の初めから天皇がお治めになる国である」。(p.29)
 そして、次のコメントが付されている。-「神道は天皇統治の根源にかかわるものと理解されていたことになろう」。
 「天皇」制度は、現憲法上は<象徴>として、現在にまで続いている(かりに西暦600年くらいからとしても1400年を超えて連綿と続いている)。
 その「天皇」制度は最初から、というか、それ自体の重要な一内容として、「神道」という<宗教>を内に含んでいたかに見える。
 現在でも、天皇家、皇室の<宗教>は「神道」のはずで、種々の儀礼・儀式の中には古来からの「神道」にもとづくものが多いだろう。
 そのような、「神道」と不可分の「天皇」(そして皇室)制度を憲法・法律上存続させつつも、一方では、現憲法は<政教分離>を謳っている。ここには、「天皇」家にとっての<私事>としての「神道」という宗教、という理解では説明のつかない、現憲法自体が内包している「矛盾」・よく言って「わかりにくさ」があると思われる。
 だが、そのような<矛盾>をそもそも許容したものとして現憲法を理解・解釈する他はない、と考えられる。
 天皇や皇族は明らかに「神道」(という、見方によれば<特定の宗教>)を支持・支援する活動・行為をしていること、そしてそのことは<政教分離>という別の条項に何ら違反する(違憲の)ものではないということ、を(ひょっとして当たり前のことを書いているのかもしれないが)確認しておくべきだ、とふと考えた。

0386/朝日新聞今年1/5夕刊は「初詣で」にシニカル。

 <反朝日新聞>と謳いつつ、定期購読はしておらず、外出先で偶々読むか、社説をネット上でときに見るにとどまる。べったりとこの新聞と付き合うのは、精神衛生に悪い。
 外出先で偶々読んだとき、たいてい、「朝日らしさ」をどこかに発見する。
 販売店で古物を売って貰おうかなどとぼんやり考えているうちに月日が経ったが、朝日新聞今年1/05夕刊にも「朝日らしい」記事があった。
 記憶に頼らざるをえないのだが、①正月の「初詣で」を冷笑し、②「神道」は<純粋に日本的ではない>とするものだった。
 ①は直接にそう書いているわけではない。正月の「初詣で」者数の全国的な多さに驚いて、そのような<慣例>にイチャモンをつけておきたい気分がうかがえた、ということだ。
 ②はその旨を明示して、神道からは<むしろ(東)アジアに普遍的な>ものが見えてくる、というようなことを書いていた。
 <純粋に日本的なもの>を神道に求めるという風潮?を批判したい気分の明らかな記事だった。だが、歴史をいにしえへと遡れば、「日本」という概念すら曖昧になる。古代のずっと先から原型があったとすれば、「神道」は<純粋に日本的なものではない>というのは至極当たり前のことではないか。
 執筆した若い?記者は、正月の「初詣で」という、神道という宗教との関連性の多い筈の<慣例的行事>に多数の国民が参加していることに怖れをなし、そのような現象に水をかけておきたいと思ったのではなかろうか。さすがに明示はしていないが、そのような「朝日的」気分の表れた記事だった。
 ところで、日本共産党員、社会民主党員およびこれら両党の熱烈なシンパは社寺への「初詣で」(その他「食い初め」とか「七五三詣り」とか)はしないのではなかろうか。社寺のもつ「宗教」を馬鹿にし、そのようなものに関与している<大衆>をもバカにする、まじめな党員であるほど、そのような心情をもっているのではないか、と思われる(そして朝日新聞の記者もそうかもしれない)。

-0022/あまり楽しくない話題を旅先の朝日新聞で読んでみた。

 26日朝、ホテルで朝日新聞を買ってみると、25面に「私の8月15日」という続き物らしき保阪正康の執筆文章。
 8/15の靖国参拝者は増えたようだが物見遊山派少なくないと参拝者増の意義を薄めたのち?、小泉首相靖国参拝に「反対である」と明言し、その理由として靖国神社には「旧体制の歴史観」、超国家主義思想が温存され露出しているので参拝は「こうした歴史観を追認することになる」と言う。
 初めて保阪正康の見解を知った感じだが、この理由づけはいけない。かりに靖国神社に関する説明が正確だとしても(この点も検証が必要だが)、参拝がなぜ「こうした歴史観を追認することになる」のかの説明が欠落している。また、靖国神社が「旧体制の歴史観」を温存していなければ反対しないのか、温存していないと認めるための要件・条件は何なのかには言及がない。あるいは、神社は明治以降に軍国主義のために設立されたものだからすでに反対なのか、国家神道の大元だったから反対なのか、神道の宗教施設で憲法違反だから反対なのか、要するにどのような条件・要素がなくなれば「反対しない」のかよくわからない(この紙面かぎりだとA級戦犯合祀問題とは無関係の理由づけのようだ)。
 Web上での情報によると保阪正康は雑誌「世界」でも靖国の宮司の「特異な歴史観」を批判しているらしい。「特異」とは一概にいえないことはこの欄で既述。
 首相靖国参拝を中国政府・共産党はA級戦犯合祀後数年経ってから批判し始め、江沢民は永遠に日本政府に言い続けろ旨を同文選に書いているらしい。彼国は靖国参拝問題を国際政治・外交上の一問題化しており、かつその彼国は共産党独裁「社会主義国」だ。
 この問題はすでに国際政治・外交上の「闘い」なのであり、彼国に結果として従えば別の要求・批判が続出することは目にみえている。問題は靖国神社のもつ「歴史観」の評価よりも中国の政治的言論に屈するか否かだ。この優先順位の見方が保阪と私とでは異なる。コミュニストたちが問題に絡んでいるのであり、現実には国内の「歴史観」論争では片付けられない側面が発生しているのだ。
 結果として保阪の論は朝日と中国政府・共産党を喜ばせ、彼らに武器を与える。保阪は(ひょっとして以前からなのかもしれないが)好中派・媚中派として彼国情報部にリスト・アップされたのではないか。ついでに、読売に登場していたときは「反対」の明示はなかったのだが…。

-0012/日本の憲法「アカデミズム」はいったいどこにいる。

 8月14日付日記言及の朝日社説に或る「怖さ」を感じたというのは、近衛文麿は自殺させずに殺す=処刑すべきだったとのニュアンスを感じたからだったと思う。昨日の靖国関係の朝日記事でも、どこか外国のことに触れているような冷たさ、一般戦没者はもちろん戦争指導者たちも同じ日本人、先輩同胞だったという感覚の希薄さ、を感じたのだが、気のせいだろうか。
 12付日記の最後は憲法20条でいう「宗教」に神道もキリスト教・天理教も小規模新興「宗教」もすべて同列に含めてよいのかとの疑問だ。歴史的・伝統的に見て、神道が他とは区別されるわが国固有の土俗的なものにすら結びついていることは常識的だろう。
 靖国参拝問題と関連させれば、叙上の如く「神道」を特別視又は例外視できないとすれば、そもそも同行為は憲法20条3項が禁じる「宗教的活動」ではない、「活動」といえるほどの行為でない、として合憲視できるのでないか。伊勢神宮に正月に首相等が又はそれ以外の時でも新被選出首相等が参拝して朝日も(たぶん)問題視してきていないのは、昨日の小泉発言のとおり。このような解釈が無理なら、日本の宗教事情に無知なアメリカ人の発想によるものとして政教分離の憲法規定=条文自体が再考され、改正されるべきだ。
 こうした憲法問題について肝心のわが国の憲法学界=憲法アカデミズムの人たちは何を考えているのか。昨日も憲法学者の名が全く又はほとんど紙面に出てこないのは何故なのか。大学で憲法を講じている者は数百人はいるはずなのに。
 靖国問題に限らず国論分裂そのものが現憲法の見方の差違に由来しているとすらいえる。主権喪失(少なくとも制限)の占領期になぜ憲法という基本法を改正できたのか、不思議だ。本来は主権回復後に同じ内容でもいいから現憲法を国民投票にでもかけておくべだったと思う。
 GHQが占領末期に憲法改正可能を示唆したが吉田茂等が採用しなかったので「押しつけ」でないとの論(古関彰一・新憲法の誕生(中公文庫)等)は、「押しつけ」の意味にもより、詳論しないが「詭弁」だ。
 また、新総選挙により構成された衆議院で審議・承認され、その後「国民によって歓迎され、受け入れられている」から「押しつけ」でないとの論(中村睦男・はじめての憲法学p.18(三省堂)は、上以上の詭弁・ヘリクツだ。
 中西輝政編・憲法改正(中央公論新社)を入手したので、その中の長谷川三千子論文から読んでみる。

-0006/「靖国問題」を論じない方が望ましいのだが。

 書き足りていないので、昨日分の続き。かりに東京裁判の「受諾」が戦後日本(正確には再独立後の日本)の原点だとの見方が正しい又は適切だとしても、それと東京裁判の被告たちを祀る神社を参拝することが矛盾しているわけではない。朝日新聞や中国(共産党・政府)は大まかには<靖国参拝=戦犯たちの賛美=侵略戦争肯定>という論法に立っているのだろうが、これは幼児の議論だ。たしかに参拝者の中には侵略戦争肯定又はあの戦争の侵略性否定の考えの者もいるだろう。しかし、死者の霊に手を合わせることが当該死者の生前の見解・行動のすべてを肯定し賛美することを意味するとは、少なくとも一般的には、絶対に言えない。一般刑法犯罪により死刑となった者の墓に手を合わせる人もいるだろう。だが(中には冤罪を主張している者もいるかもしれないが)、受刑者・刑死者の墓参者は死刑の原因となった犯罪を肯定している、と言えるはずがない。靖国参拝は戦犯たちの思想・行動の肯定を少なくとも一般的には意味しない。侵略戦争肯定又はかつての戦争の侵略性の否定を一般的には意味しない。そうだと思っている者には誤解だと説明する他はなく、意識的な「誤解」者は相手にする必要がない。
 死者に対する対応の仕方は生者に対するそれとは異なるのが、日本人のほぼ一般的な心情なのではないか。中国人にそれが解らなくても当然だ。朝日新聞社の者が解らないとすれば、半分は日本人でなくなっている。
 とはいえ、「神道」を含む「宗教」に関する適切な教育をほとんど受けていない私(そしておそらく多くの日本人)も、神社に死者を「祀る」といことの意味、「参拝」することの意味を、とりわけ前者をよくは理解していない。靖国神社や各神社自体にはそれぞれの意味づけが(神道の共通性は維持しつつ)あるのだろう。だが、参拝し手を合わせて瞑目する者が何を感じ思うかはまさに個人それぞれの「心の中」の問題で、一般的にこうだと強制も断定もできないのでないか。小泉現首相のこれまでの参拝の理由づけは完全には納得し難い=よく判らないところがあるが、本質的問題だとは思えない。
 首相の靖国参拝は政教分離の憲法条項に関連する。戦後教育を受けてきた裁判官がほとんどとなっているのは下級審で違憲判決が出ている土壌でもある。神道をまるでキリスト教あるいは他の新興宗教等と並ぶ宗教の一つと理解すること自体に問題がある、というのが私論だ。
ギャラリー
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