秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

皇后陛下

0648/天皇・皇室論-サピオの小林よしのりと産経新聞の加地伸行。後者はヒドい。

 〇サピオ1/28号(小学館)の小林よしのり「天皇論」の第二回。
 とくに大きな異存はないし、美智子皇后陛下の失語症前後のいきさつなど、知らなかった情報もある。
 最後の方で、1300年以上続いた「天皇の伝統」の力に約200年の「近代合理主義」は到底及ばないとしたあと(p.81)、「奇妙」なのは「雅子妃は祭祀に熱心でないと非難する保守派の者たちが、祈りの奇跡を信じていない合理主義者であることだ」、「皇室にだけ非合理を要求する」な、という旨の言葉がある(p.82)。
 この辺りはややむつかしい。「雅子妃」批判者が「合理主義者」だということの意味と適切さは必ずしもよく分からないところがある。西尾幹二は「(近代)合理主義者」として皇太子殿下ご夫妻を批判しているのか?
 それに、「祈りの奇跡を信じていない合理主義者」という表現からすると、「非合理性」に充ちた<天皇制>の支持者は、「祈りの奇跡を信じ」る者たちだ、と主張しているようでもある。
 たしかに、昭和天皇に限らず、天皇には(合理的に説明できない)不思議な力があったに違いない(だからこそ、古代に<天皇制>が成立したとも言える。皇室の先祖・天照大御神=卑弥呼だと考えなくとも、古代の天皇たちは優れた祈祷者であった可能性も高い)。
 だが、私は<天皇制>支持者だが、「祈りの奇跡」を100%信じるものではない。明治以降でも各天皇は種々の<祈り>をされたはずだが、全てが叶った=実現したわけではないだろう。
 一方、私は、国家や国民のために<祈る>という心情・姿勢自体は強く肯定するものだ。天皇や皇族に限られない。非合理であっても(=合理的とは言えない)何かを<祈る>ことをする「日本人」の心を尊いと思う。<奇跡>が実際に生じなくとも、その発生を願って<祈る>心こそが美しいと思う。
 〇産経新聞1/06「正論」欄加地伸行論考。
 この人は、昨年の正論大賞受賞者だったと思うが、教授(立命館大学)・名誉教授(大阪大学)という肩書きを付けて、よくぞこんな奇妙な文章を書けたものだ。
 まず、西尾幹二に始まる「現在の皇室」についての「論争」の「詳細は十分には心得ないと自ら書いて(告白して)いる。そのような状況で、いかほどの内容の文章を書ける資格と能力があるのか。読者を馬鹿にするな、と言いたい。
 ①最後にこう書く-「陛下御不例が伝聞される今日、皇太子殿下の責任―<無>の世界の自覚が重要である。もしそれに耐えられないとすれば、残る道は潔い一つしかない」。
 皇位に就くことの辞退でも意味するのかと思ったら、続きの最後の一文は、「諫言者」が「七人有れば…天下を失わず」、だ。どうやら皇太子に対する多数の(七人の?)「諫言者」が必要、という趣旨らしい(この点自体も曖昧だが)。結果として、前半にも見られるが、西尾幹二に親近的な論考になっている。
 だが、そもそも(皇太子殿下が)「もしそれに耐えられないとすれば」という文章の意味と根拠は何なのだろう。加地のいう天皇の本質は<無>だというのが正しい又は適切だとして(この点を大した説明もなく折口信夫に依って簡単に断定しているのも気になるが)、皇太子殿下が「それに耐えられない」可能性のあることを十分に肯定している表現だ。
 そのような(現実的)可能性のあることの根拠を、加地は何一つ記していない。これで正論大賞受賞者、教授・名誉教授なのか。
 ②加地によると、西尾幹二に対する批判には次の二傾向がある。一つは「皇室無謬派(皇室は常に正しいとするいわゆるウヨク)」、二つは「皇室マイホーム派(いわゆるリベラルやサヨク)」。そして、いずれも「皇室を誤らせる」と加地は批判している(つまり西尾幹二批判を全体として批判していることに論理的にはなる)。
 だが、私は西尾幹二の昨年の皇室論、とくに皇太子妃殿下攻撃に対して批判的だが、上の二つの「傾向」のいずれでもない。やや意味不明だが皇室は「無謬」だとは思わない。ちなみに、「いわゆるウヨク」の中に西尾幹二の同調者もいたように思う。
 よくぞ簡単に上のように整理?できたものだ。また、この人は中国文学(しかも古代の?)専門の筈だったと思うが、「いわゆるウヨク」や「いわゆるリベラルやサヨク」の主義・主張についていかほどの学識と知見を持っているのだろうか。
 専門外のことに余り口を突っ込むことは、少なくとも新聞紙上で公になる文章を書くことは、やめた方がよい、とたぶん失礼だろうが、言わせていただく。
 正論大賞受賞者、教授・名誉教授の肩書きなら誰でも(かなりの程度は)感心して読んでくれると思っているとすれば(その現実的可能性がある)、大間違いだ。
 こんな文章が産経新聞の目立つところに出るのだから、日本は大変な時代に入っている、とつくづく思う。

0615/西尾幹二の月刊諸君!12月号論稿を読む。やはりどこかおかしい。

 月刊諸君!(文藝春秋)12月号西尾幹二「雑誌ジャーナリズムよ、衰退の根源を直視せよ」。p.26-37でけっこう長い。
 一 「論壇」という観点等からの戦後史の理解に参考になる指摘がある。
 1.「1960年代の終わりから1970年代なかば」は「決定的分岐点」。「大学知識人」の地位は失墜した。丸山真男の力も「雲散霧消」した。p.27。
 2.1970年代以後、朝日新聞対文藝春秋の対立の構図があり、やがて朝日対産経の構図にとって代わられた。
 産経の「保守的姿勢」は純度を欠くにいたっている。また、文藝春秋はかつての中央公論と似てきており、朝日・論座、講談社・現代を欠く中で、文藝春秋と中央公論(=読売)は「皮肉なことに最左翼の座を占め、右側の攻勢から朝日的左側を守る防波堤になりつつある」。p.27。
 挿むと、なかなか興味深いが、かかる論壇の現状認識は適確なのだろうか。「右側の攻勢」が「朝日的左側」に対して実際に有効に加えられているのなら、よいのだが。
 3.論壇誌は経済に弱い。経済誌は政治に弱い。後者から出た野口悠紀夫の「一九四〇年体制論」はかつての「戦時協力体制」が支配しつづけて、日本経済の「自由主義的発展」を阻害しているとするが、「戦時体制」による「日本社会の合理化」が戦後日本経済(の成長・強さ)に関係あるのではないか。p.29-30。
 挿むと、高度経済成長の終焉後の議論としては噛み合っていないところがあるようでもある。
 4.ロッキード事件・田中角栄逮捕は、「ソ連主導の共産主義」の経済的「足踏み」の時期と重なる。1970年代半ば、日本国内の「革命幻想の嵐」は終息に向かい、自民党・社会党の「馴れ合い進行」へと移っていた。国際的なある種の「雪解けムード」が田中角栄逮捕→角栄の闇権力の残存・政権たらい回しにも反映したのでないか。p.31。
 5.1993年の細川政権誕生、その翌年の自社連立政権という「想像を絶する愚劣な政権」の誕生も、「冷戦終焉、ベルリンの壁崩壊による安堵感」という世界史的背景を見てこそ、本質がわかるだろう。p.32。
 6.いま、今日の日本の政治状況も「国際政治」の「なんらかの反映」がある筈だが、「答えることができ」ず、「ぜひ教えてもらいたい」。
 上の4.5.は興味深い。社会主義国の状況はやはり日本の国内政治と関係ではない筈だ。
 「いまの政治状況」をどう理解しどう叙述するか自体が難問だ。だが、今後の方向を考える場合には、「公務員制度改革」も「地方分権」も、<格差是正>も(「国民生活」も)大切かもしれないが、やはり「社会主義」国である中国・北朝鮮との関係にかかる見解・政策こそが最大または第一の論争点でなければならない、と私は考えている。
 相対的にだろうが、親中国派・親北朝鮮派のより多い政党への<政権交代>を主張する又は期待するのは、反コミュニズムを最大の基本理念とする「保守主義」者ではないだろう。この点で怪しい「保守」論客もいるようだが別の機会に書こう。
 二 西尾幹二は論壇における「皇室論」、又は自らの「皇室論」への論壇の反応についても触れる。p.36-37。
 二つの「皇室論」があったという。第一は、「皇太子殿下ご夫妻に、もっと多くの自由を」と説く、「ソフトで、制約がないことが望ましい」とする「平和主義的、現状維持的イデオロギー」(「自由派」)、第二は、「古風な、がちがちに硬直した、皇室至上主義的なイデオロギー」で、皇室に「もの申す」のは「不敬の極み」などと西尾を論難した(「伝統派」)。
 そして、これらいずれも「東宮家の危機を、いっさい考慮にいれていない」、「目を閉ざしてしまう」点では「一致している」。
 こうしたまとめ方・語句の使い方には必ずしも賛同できないところがあるが、とりあえず措く。
 問題だと思うのは次の文章だ(p.37上段)。
 「私が危惧するのは、いまのような状態をつづければ、あと五十年を経ずして、皇室はなくなるのではないかということです。雅子妃には、宮中祭祀をなさるご意思がまったくないように見受ける。というか、明確に拒否されて、すでに五年がたっている。…皇太子殿下はなすすべもなく見守っておられるばかりなのではないか。これはだれかがお諫めしなければならない。…なら、言論人がやらなきゃいけない」。
 西尾はどうしてこうまで<焦って>いるのだろうか? よく分からない。「あと五十年を経ずして、皇室はなくなるのではないか」との懸念が「雅子妃には、宮中祭祀をなさるご意思がまったくないように見受ける」ということを根拠にしているとすれば、それは当たっていないと思われる。
 そもそもが「雅子妃」は「宮中祭祀をなさる(なさらない)」と書いて、雅子妃殿下が宮中祭祀の主体(の少なくとも一人)であるかのごとき認識をもっているようだが、これは誤りだろう。すなわち、皇太子妃は宮中祭祀の主体ではなく参加しても「同席者」・「列席者」にすぎず、「主体」はあくまで天皇陛下だと思われる。
 また、これまでの歴史においていろいろな皇太子妃や皇后がいたはずで、雅子妃と同様に(?)宮中祭祀に関心を示さない皇太子妃や皇后もいたのではなかろうか。美智子前皇太子妃・美智子皇后を基準にしてはいけない。
 さらには、確認はしないが、財政不如意のために皇位継承後の大嘗祭(新嘗祭)というきわめて重要な宮中祭祀を行えず、数年後になってそれをようやくなしえた天皇がかつて複数いたはずなのだ。
 にもかかわらず、そういう時代があっても、天皇家と天皇制度は存続し続けてきた。雅子妃の件が<皇室消滅>の原因になるとは思われない。いろいろな皇太子妃・皇后がいた、ということだけになるではないのか。
 再確認はしないが、宮中祭祀の主体は天皇陛下おん自らであり(代拝等はありうる)、皇太子妃等は<付き添い>・<見守り>役にすぎないことは、西尾よりも皇室行事・宮中祭祀に詳しいと考えられる竹田恒泰が明言していたことだ。
 竹田恒泰は(そしてついでに私も)、西尾幹二が上にいう第二の「伝統派」にあたるのだろうが、皇太子妃・皇后と宮中祭祀の関係についての竹田恒泰の文章を西尾は読んでいるはずなのに、その後も全く触れるところがない。
 「伝統派」は畏れ多いとだけ言っているのではなく、<大げさに心配するほどの問題ではない>と言っているのだ、と思う。この点でも、西尾幹二は正確に論議を把握していないか、知っていても無視しているのではないか。
 以前に、かりに本当に皇太子妃殿下が<反日・左翼分子>に囚われてしまっているのだとすると<もう遅い>、現皇太子の婚姻の前にこそ西尾は発言すべきだった、と書いたことがある。
 <もう遅い>というのは、極めて遺憾なことだがやむをえない(いろいろな皇族がいても不思議ではない)という意味であり、そのこと(皇太子妃殿下の心情や行動)と皇太子殿下(将来の天皇)のそれらとを同一視してはいけない、又は同一になるはずがない、ということを前提にしている。
 このような同一視の傾向は、再引用は省略するが、八木秀次の文章の中にも見られたところだった。
 西尾幹二の全ての仕事を否定する(消極視する)つもりはないのだが、やはり今年の西尾の皇室論はいくぶんエキセントリックだったと思われる。その意味では、今日の「雑誌ジャーナリズム」・「論壇」を奇妙なものにし、「衰退」させている一因は、西尾幹二にもあるのではないか。
 なお、現皇太子はもっぱら戦後の<空気・雰囲気>の中で生きてこられた。戦後に生まれ、戦後の「教育」を受けてこられた。昭和天皇や今上天皇と全く同じことを期待するのは酷だ。「自由派」の主張には全く反対だが、悠久の歴史を引き継ぎつつ、独自の新しい面もある天皇像が示されることとなってもやむをえないのではないか。むろんこれは宮中祭祀不要論・否定論では全くない。伝統は伝統として(神道形式も含めて)間違いなく継承されるはずだ、と信頼している。

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