秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

白井聡

1741/江崎道朗と加藤哲郎・白井聡。

 L・コワコフスキはその大著の第二巻第10節の最初の第二文と第三文でこう書く。-そのうちに試訳全体はこの欄に掲載する予定だ。
 第二/レーニンの大量の著作の「読者は必ずや、彼の文体の粗暴さ(coarseness)と攻撃性に強い印象を受ける。それらは、社会主義の文献の中で、並び立つものがない。」
 第三/「レーニンによる論駁は、愚弄(insults)とユーモアの欠けた嘲笑(mockery)で満ちている。」
 コワコフスキの著に接しながら、またレーニン全集の文章の一部を読みながら、上とほとんど全く同じ感想をもつ。そして想う、こんな文章ばかりを何年も読んでいると、どういう人格・個性・心性の人間になってしまうのだろう、気の毒なことだ、と。
 そして同時に連想するのは、この欄で一度だけ取り上げた、そしてなおも掲載できる素材のある、白井聡という人物だ。つぎの本について、この欄ですでに触れた。
 白井聡・未完のレーニン(講談社選書メチエ、2007)。
 白井聡は、一橋大学の大学院の学生時代、ロシア原語で(極端にいうとだが)レーニンばかりを読んでいたように見える。その時代の論文が上の本の基礎だったはずだ。
 まだ若いはずだが、学界・アカデミズムの中ではともかく、「左翼」系の、又はある程度売れれば何でもよいと考える出版社・編集者の間ではある程度の「地歩」をすでに築いているように見える。
 将来に変わる見込みはなさそうでもあるので、この人にはいずれまた、論及したい。
 これも断定はし難いとは言え、おそらく間違いなく、一橋大学大学院での白井聡の指導教授だったのは、加藤哲郎だ。
 加藤哲郎は、この欄で本格的には言及した記憶はないが、1990年頃、つまり東欧・ソ連の「社会主義」激動期までずっと(いつからかは知らない)日本共産党員で、その頃に離脱したようだ(一昨年秋以降に収集した日本共産党関係の書物の年表がこの人物を含む数名を批判した旨のことを記載していた)。
 いうまでもなく、日本共産党員ではなくとも、あるいは「反」・「非」日本共産党であっても、共産主義者であることはあるし、「左翼」にとどまっていることもある(有田芳生はその好例だ)。そして、加藤哲郎は依然として、少なくとも「左翼」=容共ではあるだろう。
 加藤には、こんな本もある。
 加藤哲郎・ゾルゲ事件-隠された神話(平凡社新書、2014)。
 この加藤の本をつぎのように肯定的に評価し、二箇所の直接の引用で計13行を用い、二頁にわたる記述の基礎にしている書物がある。
 加藤の上の著は「ソ連崩壊後に公開された一次史料を使って、ゾルゲ事件についてこれまで知られていなかった新事実を紹介している」。
 そのとおりかもしれない。だが、加藤哲郎はいかなる関心からゾルゲ事件に関する探索をしたのだろうか。
 そのような検討や執筆者の政治的立場を全く考慮していないと見られる上の書物とはつぎで、該当頁もつぎのとおりだ。
 江崎道朗・コミンテルンの陰謀と日本の敗戦(2017.07)、p.387-9。 
 江崎道朗は自らを「保守」派だと、しかも「保守自由主義」者だと考えているようだ。但し、外国の「左翼」または共産主義者・当該国の共産党員による書物を一部でかつ何箇所も下敷きにして上の本を2017年夏に刊行していたとしても、驚く必要はない。

1394/日本の「左翼」-白井聡/アラン・ブロックの著。

 一 日本共産党綱領(2004)は、つぎの数字を明示的に掲げる。
 日本の「侵略戦争」は「2000万人をこえるアジア諸国民」と「300万人をこえる日本国民」の「生命を奪った」(+「…原爆が投下され、その犠牲者は20数万にのぼり…」)。
 「ファシズムと軍国主義」を糾弾し、同党の「たたかい」を称揚するために、かかる数字を挙げて、いかに多くの人命が犠牲になったか、と言いたいのだろう。
 この数字自体に疑問はないとしても、では共産主義(者・体制)によっていかほどの人命が犠牲になったのかも示さないと、歴史を公正に見ることにはならないだろう、と思われる。
 これに関連して、クルトワ等・共産主義黒書の推測では共産主義の犠牲者数は一億人(10,000万人)を下らない、という数字をこの欄でも書いたことがある(数字を確認しない)。
 二 白井聡は、このような統計的数字を挙げることに、感情的に反発している。
 白井聡・未完のレーニン(講談社、2007)は、そのあとがき(p.229-)で、まさにクルトワ=ヴェルトの共産主義黒書への反発を最初に記したあとで、次のように書く。引用に値する文章だ。
 ・「マルクス主義・共産主義思想を単純に断罪し、…世界で最も憎むべきものとして認知させよう」という「今日声高に主張されている断罪の言説の多くが拠って立つ根拠は、それに関して何人の人が死んだか、その犠牲者はナチズムのそれよりも統計的に多かった、ということ以上のものではない」。
 ・「…反共主義者と全体主義的政治機構の首領は、暴力による人間の死という問題を統計的にしか考えることができない、という点で奇妙にも一致している」。以上、p.230。
 このあと続けて白井は、このような状況は現在の「精神的な頽廃」だろう、とも言っている。
 この白井聡という人物は、いかに<反・共産主義>を嫌悪しているのだとしても、正常な感覚の持ち主だとは、したがって、まともな学者だとは到底思えない。
 反マルクス主義・反共主義の言説の「多くが拠って立つ根拠」は共産主義の「犠牲者はナチズムのそれよりも統計的に多かった、ということ以上のものではない」 ? ?。
 こんな馬鹿なことを秋月瑛二を含む「多く」の者が述べているわけではない。
 そのあとの文章もひどい決めつけ方だ(「全体主義的政治機構の首領」とは何を指すのか不明だ)。人の「死」を「統計的にしか考えない」、というような罵倒でもって、反共産主義者を批判してはならない。
 ついでにいうと、クルトワ=ヴェルト・共産主義黒書について白井はこうも言う(p.229)。
 マルクス主義・社会主義革命を断罪し、「新自由主義化した資本主義や多くの国々でおよそ健全に機能しているようには見えない議会制民主主義を全面肯定する」ことが「正義であると結論すれば」、歴史の教訓が得られるとは思えない。
 白井聡に「諭して」おくが、マルクス主義・共産主義を厳しく批判することと、現在の、あるいは今日の日本の資本主義や「議会制民主主義」を「全面肯定」することとはまるで異なる次元の問題だ。クルトワとヴェルトの本は、上のような「結論」を示してはいないはずだ。
 2006年にこんな幼稚なことを書いていたことを、恥ずかしくは思わないだろうか。
 かくも明確な<反・反共主義>ぶりをおそらくは最初の刊行物で明らかにした白井聡が、「左傾」した日本の出版界・論壇等で受容されているらしい経緯・理由も、よく分かる。
 なお、白井聡の学生時代の指導教授は、加藤哲郎らしい。この、1990年前後に日本共産党から離れた(党員ではなくなった)加藤の文献は、日本共産党に関連して少なからず所持して(かつ一読はして)いるので、いずれ言及することがある。
 三 つぎの「統計」を述べている書物がある。レーニンを上掲書で扱った白井聡がまるで関心をもっていない、レーニンの時期の数字だ。
 アラン・ブロック・対比列伝/ヒトラーとスターリン(鈴木主悦訳)(草思社、2003)第一巻p.180は「ほとんど信じられないけれども充分な確証のある数字」の、この書が挙げる「最初の例」として、こう書いている。原著は、Alan Bullock, Hitler and Stalin - Parallel Lives (Vintage, 1993)。ロシア・ソ連に関する叙述で、以下の「内戦」とは、ロシアでの主として白軍・赤軍間の「戦い」だ。
 「子供を含む推定1000万人の男女が、1917年から21年にかけての内戦で生命を落とした。第一次大戦で死んだ軍人と民間人を加えれば、1200万人の人命が失われたのである。人口統計学者によれば、1923年のソ連の人口は、それ以前の数値にもとづいて予測される数字を3000万単位で下回っているという」。
 1200-1000で、第一次大戦でのソ連の軍民死者は200万人、ということになるのだろう。
 これら数字の原因があげてレーニンにある、と主張してはいない。だが、少なくとも「内戦」については(むろんこれはロシア革命が起こったがゆえに生じている)、個人名に限るとかりにすれば、レーニンに最も原因がある。

アーカイブ
ギャラリー
  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1721/L・コワコフスキの「『左翼』の君へ」等。
  • 1721/L・コワコフスキの「『左翼』の君へ」等。
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
記事検索