秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

産経新聞

1838/2018年8月-秋月瑛二の想念④。

 月刊正論2017年3月号の「編集部作成」のチャート(マップ)は、「保守の指標」と題しつつ右上・左上・左下・右下という反時計回りの4象限をつぎのように示す。
 B/自虐・対米協調派 A/自尊・対米協調派
 C/自虐・対米不信派 D/自尊・対米不信派。
 月刊正論・産経新聞はAで、朝日新聞はCなのだそうだ。
 秋月瑛二が2017年の1/30や2/02で示したのは、つぎだった。
 B/リベラル・保守 A/ナショナル・保守
 C/リベラル・容共 D/共産主義(=ナショナル・容共)。

 対米協調・不信+自尊・自虐という二基準と保守・容共+リベラル・ナショナルという二基準とどちらが「優れて」いるか、あるいは少なくともどちらが<視野が広い>か、ということには再びたちいりはしない。
 ここで問題にしたいのは、こうした何らかの二つの要素だけを組み合わせた<社会思潮>の四分類程度で複雑・多岐にわたる「思想」・「意識」等を整理・把握できるのか、という問題設定の仕方そのものだ。
 なるほどある程度の「単純化」は必要で、そうしないと「知的」作業が成り立たない。
 しかし、わずかの四分類(四象限化)で済ませること自体が、タテ・ヨコ(上下・左右)の二次元しかない一枚の(平面の)紙の上の作業であることの限界を示しているだろう。
 つまり、三つ目の対立軸を立てて、平面四角形ではなく、サイコロの形のような立体的、三次元的四方型を想定しての思考方法を、最低でも、しなければならないだろう。
 ヒト・人間の本能に内在する感覚からしても、この程度の思考程度はかなり容易に行えそうな気がする。二次元の四象限化程度では、<簡略化>が行き過ぎている可能性がすこぶる高い。
 上のような四象限化を「公式に」示した月刊正論編集部は、その頭の単純さを暴露しているようなものだ。もっとも、それにお付き合いして対案を考えた秋月もおかしいかもしれない。
 もっと多様で柔軟な発想をすべきで、思考の方法や基準を「硬直」させてしまってはだめだ。
 ***
 例えば、「日本会議」と日本共産党は、真反対の側にいると相互に意識しているかもしれない。
 例えば平面上に一つの円があるとして、かりに前者が左端近くに、後者が右端近くにある、としよう(これも、あくまでかりにだ)。たしかに、両者は真反対の側にいて、対立しているように見える。
 しかし、その同じ円形を底面・上面とする円柱を、つぎに想定してみる。
 底から、または上からその円柱を覗いたとする。
 たしかに真下又は真上から見ると、両者は真反対側にいて対立しているようだ。
 しかし、例えば透明の円柱全体を横から眺めたとすると、「日本会議」と日本共産党はいずれも、底面部(下部)又は表面部(上部)に並ぶように存在していて、円柱全体の中ではきわめて近い位置にいる、ということが考えられる。
 対立していそうでいて、この両者は、それぞれの「観念」的な単純発想において、きわめてよく似ているのではあるまいか。
 いつか、つぎの趣旨を書いたことがある。
 不破哲三・日本共産党は「未来」にユートピアを求め、櫻井よしこ・「日本会議」は(日本の歴史・伝統/天皇という)「過去」に理想を求めようとする
 いずれも現在・現況に不満で、過去か未来の「空中の一点」に変革・回復目標を設定する点で、共通しているのではないか。
 むろん、これらは、現存勢力の支持・団結を維持し拡大するという、世俗的・卑近的な「政治的」目的をもつことでも共通するが、これは今回はさて措く。
 円柱を想定するとすれば、もちろんそれ以上に、円球、つまり地球のような丸い立体を想定し、かつその表面部分(地表面や海面)だけではなく、透明なガラス球のごとく内部・奥(地底・海底)も見える、という球形を想定することができるだろう。
 先だって、宇宙空間にいて眺めているような発想が必要だとも書いた。かりに上下・左右・前後について可視能力のある点的な物体の中に認識主体がいるとすれば、それ自体または他者の移動の方向が<上下・左右・前後>のいずれであるのは分からない、それらのいずれでもありうるのではないか、ということを書いた。
 だが、発想・思考のためには何らかの「軸」が必要だとすると、東経・西経/北緯・南緯の二つの軸で表現しうる地表面(・海面)に加えて、地球の中心(地核)までの距離(深さ)をも加えた三つの軸くらいはやはり必要かもしれない。そうでないと、全てが<相対的>になる。
 またこのように円球を想定した思考は、サイコロ的四方型を想定するよりも、はるかに複雑な思考をすることができる。
 上下・縦横・左右の三次元的発想によると、四象限ではなく、2×2×2の八象限化が可能だ。これでも線的(一次元)、平面的(二次元的)思考よりは、優れている。
 だが、所詮はまだ、<社会思潮>等を八つに分類することができるにすぎない。
 世の中には、もっと多数の、無数に近い論点、対立点がある。
 この点、その「内部」を含めた、表面ではなくてむしろ「内部」の位置こそに注目する円球・地球的発想では、ほとんど無限の位置を設定でき、かつ何らかの方法・基準・指標でそれを表現することが可能だ。
 もとより、ヒト・人間の一個体には、このような厳密で複雑な作業をする能力はない。しかし、発想としては、この程度に複雑・多様であることを意識して、「観念」化・「硬直」化を可能なかぎり回避する必要がある。
 唐突だが、では上の「厳密で複雑な作業」をITはすることができるか。将来的にも、絶対にすることはできないだろう。


1814/江崎道朗2017年8月著の無惨⑯。

 うっかりして(よくあることだ)、前回に以下を先に挿入するのを忘れていた。
 既公表のものの大幅な修正も数字等の変更もしたくないので、前回の追加の扱いとする。
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 悲惨で、無惨だ。これは、月刊正論(産経新聞社)毎号<せいろん時評>とやらを執筆している人物が<出版>した書物なのだ(評論家?、物語作家?、著述業者?、運動団体組織員?)。
 江崎道朗・コミンテルンの謀略と日本の敗戦(PHP新書、2017.08)。
 何度目かになるが、p.95の末尾を再び引用する。
 p.95-「本書で使っているコミンテルンの資料はすべて公開されている情報だ。それをしっかり読み込んで理解するのがインテリジェンスの第一歩なのである」。
 第一に、「本書で使っているコミンテルンの資料はすべて公開されている情報」だというのは誤りの文ではないかもしれない。
 しかし、「それをしっかり読み込んで理解するのがインテリジェンスの第一歩」だなどと豪語するのは、明らかに自分は上の「公開されている情報」を「しっかり読み込んで理解」している(した)ということを含意しており、またはそう読解されてもやむをえないものだ。そして、そうだとは全く思えない。
 すなわち、「しっかり読み込んで理解」しているのでは全くなく、数十頁の間に基礎的で致命的な「誤った」理解や不十分な理解、あるいは意味不明の叙述等をしていて、むしろ<しっかり読み込まなくて、間違って、見当違いに、理解(誤解)している>というのが正鵠を射ている。
 第二。「本書で使っているコミンテルンの資料はすべて公開されている情報」だというのは誤りの文ではないかもしれない。
 しかし、この文は、コミンテルンの資料で「公開されている情報」は、少なくとも相当部分は、自分は「使っている」=この書で「使った」、というふうに読者の理解を誘導するものだ。
 実際に江崎道朗が「使っている」コミンテルン関係資料というのは、既述のように、「公開」されているもののうち(これを日本語に翻訳されて公に出版されているもののうち、と理解するが)、ほんの僅かにすぎない。
 すでに詳しく、述べたとおり。

0841鳩山由紀夫には行政権・検察の関係をわきまえる素養があるのか?

 鳩山新内閣につき、当初、<美辞麗句(だけの)>内閣と呼んだことがあったが、ほんのしばらくして<左翼(=容共)・売国政権>との呼称と評価で一貫させてきた(つもりだ)。
 それは今でも変わらないし、ますますその感を強める。だが、<学級民主主義内閣>とか<生徒会運営内閣>とかの旨の論評も散見するし、そもそも鳩山由紀夫という人物には、(かりに日本国憲法を前提としても)国家・国政・権力分立等に関する基本的な素養が欠けているのではないか。
 1月16日午前に鳩山は小沢一郎と逢ったが、その後の記者会見で鳩山は、その際に小沢に対して、<幹事長を信じています。どうぞ(検察と)闘って下さい>と述べた、と自ら明らかにした。
 唖然とする、異常な発言だ
 小沢が<検察と闘う>ことを支持する、少なくとも容認することを鳩山が明言するということは、現在の<検察>の動きを支持していない、疑問視している、ということを意味するはずなのだ。
 そうでなければ、「どうぞ闘って下さい」などと言えるはずがない。
 しかして、鳩山は民主党代表であるとともに、日本国の内閣総理大臣、行政権・内閣の長でもある。
 検察組織も広義の行政組織に他ならない(明確に裁判所=司法権とは区別される)のだが、行政権・内閣の長が、かくも簡単に<検察>批判をしてもよいのか?? 少なくとも<検察と闘う>ことを支持・容認することをかくも安易に明言してよいのか??
 田中角栄などの元首相等が検察組織と「闘って」きたことはある。だが、現職の内閣総理大臣が<検察と闘う>ことを少なくとも支持・容認することを明言したことはなかった、と思われる。
 一般論として、検察の動きに<政治性>が全くない、とは言わない。だが、内閣総理大臣、行政権・内閣の長は、政治家がらみで捜査中あるいは訴訟継続中の事案について、どちらかに傾斜した特定の見解を示すべきではなかろう。このような、中立的・抑制的姿勢が全く感じられない「お坊ちゃん」は、首相という自らの立場を忘れ、(幹事長に頭の上がらない)政党の代表という意識しかないのではないか。こんな首相が現に、いま存在しているということは極めて怖ろしい。
 佐伯啓思は今年に入ってから産経新聞に日本では<型の喪失>が進行している旨指摘していたが、あえて関連させれば、現職内閣総理大臣においても、基本的な部分での立憲主義的<型>の忘却が見られるわけだ。異様、異常という他はない。
 ついでに続ければ、民主党の森裕子議員は「検察をトップとする官僚機構と国民の代表である民主党政権との全面的な戦争です。一致団結して最後まで戦う」と発言した。
 笑わせる、のひとこと。現に「政権」を握る者たちと「検察」の「全面的な戦争」とはいったい何だ?? それに「検察をトップとする官僚機構」と「国民の代表である民主党政権」という基本的区分自体に誤りがある。幻想・錯覚と妄想の中で生きている民主党議員も多いのだろう。 

-0068/美智子皇后と日本の文化勲章を拒否した大江健三郎。

 先月の10/20に美智子皇后は72歳になられた。その日は偶然三紙を読めたが、美智子皇后に関する記事の大きさ(広さ)は目分量で、産経を5とすると読売は4、朝日は1だった。皇室への態度の違いが反映されていると見るべきだろう。
 皇室といえば、大江健三郎が明確に語っていないとしても、かつての自衛隊や防衛大学校生に関する発言から見て、彼が反天皇・皇族心情のもち主であることは疑いえない。ノーベル文学賞を受けた1994年に文化勲章受賞・文化功労者表彰を拒んだ際に「戦後民主主義」者にはふさわしくない、「国がらみ」の賞は受けたくないとか述べたようだが、彼は要するに、天皇の正面に向かい合って立ち、天皇から受け取る勇気がなかったか、彼なりにそれを潔しとはしなかったからではないか。明確に語らずとも、怨念とも言うべき反天皇・皇室心情をもって小説・随筆類を書いてきたからだ。
 だが、「戦後民主主義」者を理由とするのは馬鹿げている。大江にとって天皇条項がある「民主主義」憲法はきっと我慢ならない「曖昧さ」を残したもので、観念上は天皇条項を無視したいのだろうが、「戦後民主主義」にもかかわらず天皇と皇室の存在は憲法上予定されている。
 敗戦時に10歳(憲法施行時に12歳)で占領下の純粋な?「民主主義」教育を受けた感受性の強く賢い彼にとって天皇条項の残存は不思議だったのかもしれないが、憲法というのは(法律もそうだが)矛盾・衝突しそうな条項をもつもので、単純な原理的理解はできないのだ。
 「国がらみ」うんぬんも奇妙だ。彼が愛媛県内子町(現在)に生れ、町立小中学校、県立高校で教育を受け、国立東京大学で学んだということは、彼は「国」の教育制度のおかげでこそ、(間接的な)「国」の金銭的な支援によってこそ成長できたのだ。「国がらみ」を否定するとは自らを否定するに等しい。そんなに日本「国」がイヤなら、中国にでもキューバにでも移住し帰化したらどうか。
 大江は一方ではスウェーデン王立アカデコーが選定し同国王が授与する賞、かつ殺人の有力手段となったダイナマイト発明者の基金による賞は受けた(スウェーデン王室は17世紀以降の歴史しかない)。さらに、2002年には皇帝ナポレオン1世が創設したフランスの某勲章を受けた、という。
 天皇が選定の判断に加わっているはずもない日本の文化勲章のみをなぜ拒否するのか。その心情は、まことに異常で「反日」的というしかない。その彼は月刊WiLL12月号によると9月に「中国土下座の旅」をし、中国当局が望むとおりの「謝罪」の言葉を述べ回った、という。「九条を考える会」の代表格の一人がこうなのだから、この会の性格・歴史観もよくわかるというものだ。


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  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
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  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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  • 1721/L・コワコフスキの「『左翼』の君へ」等。
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  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
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  • 0775/総選挙と「左翼全体主義」、小林よしのり編・日本を貶めた10人の売国政治家(幻冬舎新書)。
  • 0773/ルソー・人間不平等起原論(1755)を邦訳(中公クラシックス)で読了。
  • 0772/中学歴史教科書の分析・評価。
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