秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

猪木武徳

2135/猪木武徳・自由の思想史(2016)②。

 猪木武徳・自由の思想史-市場とデモクラシーは擁護てきるか(新潮選書、2016)。
 この書の第3章第4節p.89~p.91は、「自由」につき、Freedom とLiberty の区別・差異に立ち入っている。
 すでに紹介したように、西尾幹二はこう書いていた。
 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)、p.35。
 ・「ヒトラーが奪うことのできた自由は『公民の権利』という意味での自由であり、奪うことのできなかった自由は『個人の属性』としての自由です。
 『市民的権利』としての自由と、『個人的精神』としての自由の二つの概念の区別だというふうにいえば、もっと分かりやすいかもしれません。」
 ・「この二つの自由を区別するうえで、英語は最も用意周到な言葉です。
 すなわち、前者をliberty とよび、後者をfreedom と名づけております。」
 このように大胆に?書く根拠は何か。
 ヒトラーうんぬんは別として、このような両語に関する結論的理解は誤りだろう。
  西尾幹二によると、A・スミスにおける「自由」は前者なのだそうだ。
 その根拠として明記されているのは、つぎの一文だけだと思われる。p.36。
 ・「アダム・スミスは、私の友人の話によると、『自由』という日本語に訳されていることばにliberty だけを用いているようです。
 それはそうでしょう。経済学とはそういう学問です。」
 また、西尾幹二によるliberty とfreedom の区別・差異である「市民的権利」/「個人的精神」は、つぎのようにもやや敷衍されている。
 p.38。「奴隷」にはliberty がなかつたが、freedom はなかったと言えるのか。
 p.43-44。エピクテスが語った「自由」は「アダム・スミスのような経済学者がまったく予想にしていなかった自由の概念」で、「freedom の極限形式といってもいい」。
 p.44。ヒトラーやスターリンによる「社会の全成員からliberty (公共の自由)を全面的に奪い取ってしまう体制下では、freedom (精神の自由)も死滅してしまうのではないか」。
 p.36。「人の住居」を「快適、立派に」整えたり、「子どもの成長を妨げる悪い条件をなくして、伸び伸びと発達できる環境を与え」る、というのは「liberty の問題」で、「真の生活」を送るか否かや「子どもが成長するか」は、「freedom の問題」です。
 以上の西尾「説」につては、すでに基本的に疑問視してきた。
 ①アダム・スミスの原著の英文を見た上で、経済活動の「自由」について「freedom 」が使われている、と疑問視した。「経済学者」だから「経済的自由」だけしか語っていないと想定するのは大きな間違いで、前回に触れたように猪木著によると、A・スミスは「自殺の自由」に論及している。そもそもが、A・スミスを「経済学者」と限定すること自体が誤っているだろう。
 なお、西尾幹二が、いかに専門家らしくとも「私の友人の話」だけをもって、A・スミスは「経済学者」だから彼の言う「自由」は「liberty 」だと断定してしまっているのは、その思考方法・手続において、とても<元研究者>だは思えない。
 さらに、「私の友人」=星野彰男(p.29)は、本当に上のような「話」をしたのだろうか。
 ②F・ハイエクの著の英語原文によるfreedom 、liberty の用法を見て、西尾のようには明確に区別されて使われていないだろう、ということも確認した。
 ③仲正昌樹・今こそアーレントを読み直す(講談社現代新書、2009)が両語の語源に立ち入って、こう記していることも紹介した。
 ・英語のFreedom はゲルマン語系の単語。free、freedom はドイツ語の、frei(フライ)、Freiheit (フライハイト)に対応する。
 ・英語のLiberty はフランス語を介したラテン語系の単語。そのフランス語はliberté だ(リベルテ)。
 そして、H・アレントの原著を見ても単純にfreedom をアメリカ革命が、liberty をフランス革命が追求したとは言えそうにないが、しかし、少なくとも、西尾幹二が言うように「英語は最も用意周到な言語です」などと豪語する?ことはできず、むしろ相当に「融通無碍な」言語だろう、とも記した。
 ***
 西尾幹二の書いていることはウソだから、簡単に信用してはいけない
 猪木武徳が絶対的に正しいとは、秋月自身が言葉の語源探求をしているわけではないから言わないが、こちらの方がはるかに信憑性が高い。なお、福田恆存の名も出てくる。
 猪木武徳・上掲書p.89-p.91は、こう書いている。猪木は、西尾幹二があげつらう「経済学者」だけれども。
 ・シェイクスピアの悲劇<ジュリアス・シーザー>で、シーザーが「お前もか、ブルータス」と言いつつ倒れたあと、暗殺者の一人はこう叫んだ。
 -「自由だ!、解放だ!、暴政は滅んだぞ!」〔福田恆存訳〕。
 ・上の「自由」は原文では「liberty 」、「解放」は「freedom 」。劇中の山場で同義語を二つ並べる可能性は低いので、シェイクスピアの時代から、両語は「使い分けられている」。
 ・上の台詞と直接の関係はないが、「社会思想」や「経済思想」でのこの区別を学生に問われると「まずとっさ」の答えは「freedom はゲルマン系の言葉、liberty はラテン語起源、基本的には同じ」となるが、これでは答えにならない。
 ・「語源辞典」=Oxford Dictionary of English Etmology を見ると、「fri の部分」は「拘束されていない。外部からのコントロールに服していない状態」を指す。「世帯の長と(奴隷としてではなく)親族上の結びつき(tie)の認められる成員」の意味と記されている。
 これに対し、「liberty はラテン語系のliber から来ている」ものの、その意味は「世帯における本来的に自由な成員」を指す。よって、「liberty は親権(privilege, franchise)を意味する言葉」だったという。この場合の「自由な」というのは「特権をもった」という意味だ。
 ・そうすると、「リベラリズム」がイタリア哲学史学者〔Guido De Ruggiero〕により「特権の普遍化」として把握されることと一致する。その著<ヨーロッパのリベラリズムの歴史>〔英訳書/The History of European Liberalism〕は、「特権を持っていた王が、その特権を貴族・地主層・僧侶にも与え、そして民主化の波とともに市民、すなわちブルジョワ階級にもその特権が広がるという動きこそがリベラリズムの進展であったとする理論」を中核とする。
 ・'Liberty! freedom! Tyranny is dead' を福田恆存が「自由だ!、解放だ!、暴政は滅んだぞ!」と訳しているのは、「まことに的確な名訳」だ。但し、つぎに出てくる 'enfranchisement' は「特権の付与、参政権の付与」の意味なのでたんに「万歳」と訳すのは「不満が残る」。もっとも、替わる「妙案」があるわけではない。
 以上のとおりで、<liberty /freedom >には、西尾幹二の言う<市民的(公民的〕自由/個人的自由>、<物的・経済的自由/精神的自由>、<物的条件づくり/「真」>等の対比とは全く異なる次元の区別・差異があるようだ。<制度的自由/自然的自由>ならまだしも、<物的・経済的/精神的>とするのは間違いの方向に進んでいる、というところか。
 西尾は、少しは恥ずかしく感じないだろうか。
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 だいぶ昔に、ドイツで、"Er ist liberal" (「…リベラール」)という言葉をじかに聞いたことを思い出した。
 このliberal はどういう意味だろうと感じたのだったが、おそらく政治的感覚・立場・見地の意味で<どちらかというと左翼>の意味だろうと思い出してきた(と、このことも思い出した)。
 リベラル(リベラリズム)とは欧州では元来の「自由主義」=保守だがアメリカでは「リベラル」=進歩・左翼だという説明を読んだこともある。しかし、欧州のドイツでそのとおりに用いられているわけではないだろう。
 自由民主党(FDP=Freie Demokratische Partei)という「中道」政党にFrei が使われているが、上の言葉を聞いたのちに、ドイツ社会民主党(SPD)を支持している、そういう意味だろうと(日本に帰国してから)理解した。たぶん、誤っていない。
 ドイツ人はfrei のみならずliberal という言葉も使っているのであり、その語からきたdie Liberalitätというれっきとした名詞もある。これらは英語(またはフランス語)からの輸入語かもしれないが、少なくとも英語だけが「用意周到」なのではないだろう。
 以上は、「言語学」ではなく、本文とたぶん直接には関係のない「政治的」雰囲気の言葉の世界の話だ。

2134/猪木武徳・自由の思想史(2016)①。

  猪木武徳・自由の思想史-市場とデモクラシーは擁護できるか(新潮選書、2016)。
 オビに「自由は本当に『善きもの』か?/ギリシア哲学から現代の経済思想まで」等とある。
 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)と比べて読むのも、面白いだろう。
 前者は「選書」、後者は「新書」だが、前者計p.239まで、後者計p.396で、活字の大きさも後者が小さいので、文章・文字の総量は後者がはるかに上回る。
 内容や質は? 以下に書く。
 猪木著の「まえがき」で、こんなことが書かれる。
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 <太った奴隷よりも飢えて自由の方がよい>旨のイソップ寓話がある。
 しかし、「隷従し」、「拘束を受けても」、「十分食べたい」という欲望が人間にはあるのではないか。
 「精神的な欲求としての自由を、いかなる価値よりも優先させるべき理由、そして人間の本性と両立しうる原理の根拠をどこに求めればよいのだろうか」。
 自由の実現には苦痛も伴う。「人間は、自由と不自由のコストとベネフィットを考慮することがあるのではないか」。
 「精神的な欲求としてだけではなく、『制度としての自由』には、さらに本質的な問いが潜んでいる」。
 以下、省略。
 ***
 すでに、勝負あり、だ。その背景は世代・年齢差(10年)にあるのではなく、基本的には、<文学・思想>分野か<経済・思想>分野かという、素養・「教養」の由来にあるだろう。
 西尾幹二は、「精神的な自由」、「ひとつひとつの瞬間の心の決定の自由」を最重視しているかのごとくだ。人間も生物であることを完全に無視している。
 猪木武徳においては、まず「精神的自由」は最重要の価値なのかと問題設定される。
 「十分食べたい」という欲求は人間の本性(nature)に合致している。これを無視することは、少なくとも一切無視することは、絶対にしてはならないだろう。
 西尾幹二はすでに「人間」ではなくなっているのかもしれない。あるいは生物・動物であることを忘却している、そのふりをしているのかもしれない。
 猪木は第3章の冒頭(p.77)で、アダム・スミスに言及しつつ、「自殺」=「自由意思による死」の問題を彼は論じている、という。西尾はこれに論及していないはずだ。
 しかし、これも、「自由」の、しかも難解な「自由」に関する問題だ。<自殺>・<自由意思>一般の問題には立ち入らないが、ここで想起するのは、ジョン・グレイ(John Gray)が言及していた、ソ連の強制収容所体験者の回想記・<北極コルィマ物語>のことだ。紹介部分の一部を、省略しないで、そのまま引用する。
 J・グレイ/池中耿訳・わらの犬(みすず書房、2009)、p.104。
 「意味と名のつく一切を奪われた収容者に、生きつづける理由はなかった。
 しかし、多くは、時にみずからの選択で命を絶つ機会が訪れても、その機会を捉えて行動するだけの気力、体力を残していなかった
 『死ぬ気が萎えないうちに急がなければならない場合もあった』。」
 旧ソ連のでも、ナツィスのユダヤ人強制収容所でもよいのだが、被収容者の「ひとつひとつの瞬間の心の決定の自由」とはいったい何だろうか。
 「死ぬ自由」すら選択できない、その「気力、体力」すら残っていない、という人々にとっての「精神的な自由」とは、いったい何だろうか。
 安全な場所に身を置いて、優雅に「精神・こころ」の大切さを説く高慢と偽善を許してはいけない。

1600/『自由と反共産主義』考⑦。

 1) 「民主主義対ファシズム」という虚偽宣伝(デマ)。
 2) 反「共産主義(communism)」-強いていえば、「自由主義」。
 3) 反 Liberal Democracy-強いていえば「日本主義」または「日本的自由主義」。 
 ーーー
 反共産主義というだけでは~に反対しているというだけで、それに代わる内実または価値がない。
 そこで従来から、「自由」というものを考えてきた。
 社会主義経済に対する「自由主義」経済という言葉は、よく使われるのではないか。
 あるいは社会主義国に対する「自由主義」国。
 藤岡信勝が、かつて「自由主義史観研究会」とかを組織していた。これがマルクス主義(・共産主義)史観に対抗するものとしての表現だったとすれば、適切だったと思われる。
 かつて現実に影響を与えた(与えている)「思想」類のうちで最も非人間的で人を殺戮するのを正当化するそれは、マルクス主義・共産主義だった(である)。
 これに対抗する内実、価値というのは、むろん「自由」ということなのだが、これだけでは分かりにくい。
 人間の本性に即した、人間らしい<価値観>でなければならない。
 その際の人間の本性・本質とはいったい何だろうか。こうしたことから、そもそもは発想されなければならないのだと思われる。
 「これまでの人類の歴史は全て、階級闘争の歴史だった」などということから出発して発想したのでは、ろくなことにならない。
 人間の本性・本質とは、まずは当たり前だが、生まれて死ぬ、生物の個体だということだ。個々の人間は永遠には生きられない、存続できない、ということが前提になる。
 しかし人間は、生きているかぎりは、何とか生きていこうとする。
 個々の人間の生存本能、これはどの生物にもあるのだろうが、人間もまた同じだ。
 人間の個体というものは、その細胞も神経も、本能的に何とか「生きよう」としている。これはじつに不思議なことだ。
 高尚な?論壇者も評論家も、秋月瑛二のような凡人でも、変わりはない。
 意識しなくても、正常であれば、健康であれば、自然に呼吸し、自然に心臓は拍動していて、血液は流れている。空腹になれば、自然に食を欲する。
 この個々の人間が誰でももつ、最低限の生存本能を外部から意図的に剥奪することを許すような「思想」があってはならないし、そのような考え方は断固として排せられなければならない。
 人間には親があり、かなり多くの場合は子もいる。
 親と子、その子と孫、言うまでもなく生物・人間としての「血」の関係だ。
 これらの間に自然に何らかの内実ある関係がただちに生じるのではないかもしれない。
 だが、一時期であれ、また二世代なのか三世代なのかさまざまであれ、<ともに生活>することによって、何らかの<一体性>が生じるはずだ。
 生まれてからある程度大きくなるまで、子にとっての養育者の力は甚大だ。また、養育者は、自分たちを不可欠とする生き物としての子らを守ろうとする。養育者は「親」であることが多い。
 子の親に対する、親の子に対する心情というものが、どの程度自然で「本能的」であるかについて、詳細な研究結果については知らない。
 このあたりですでに社会制度や社会の設計論にかかわってくるのだろうが、父・母・子(兄弟姉妹)という「核」は、たいていの人間たちにとって、あるいはたいていの時代において、基礎的単位として措定してもよいように思える。
 まずは「自分」を中心とするのが生存本能だが、自分と自分以外の「家族」のどちらの「生存」を優先するかというギリギリの選択に迫られることもある。
 歴史上は、自分が「食」するための子棄て・親棄てもかなりあった。大飢饉になれば、自分だけでも生きたいとするのが本能で、子棄て・親棄てを<責める>ことのできない場合もありうる。
 そういう悲劇的な事態にならないかぎりはしかし、「家族」を核とする「自分たち」という観念は比較的自然に発生したものと思われる。それを広げれば、一族・血統という、より社会的広がりになってくる。さらには、居住地または耕作地・狩猟地の近さから、<村落>あるいはマチ・ムラの観念もかなり古くからできただろう。
 「自分」や「自分たち」は<食べて>いかないと生存できない、というのが根本の出発点だ。
 そのあたりの部分はどっぷりと現実の体制や政治世界あるいは経済システムの中でそれらを実にうまく利用していながら、頭・観念の中だけで<綺麗事>を述べている人は多い。いや、論壇者・評論家類の全員がそうかもしれない。
 さらには、小賢しく<綺麗事>を述べることを生業にして、それで金を得て<食べて生きて>いる人も多い。いや、論壇者・評論家類の全員がそうかもしれない。
 そしてまた、よりよく<食べて生きて>いくために、<綺麗事>の内容を需要者に合わせて、場合によっては巧妙に変遷させている、かつ自らはそれに気づいていないかもしれない者も多い。
 <綺麗事>の内容、つまりは精神世界のことと、そうではないドロドロとした<食べて生きて>いく世界のことと、いったいどちらを優先しているのか、と疑問に思う論壇者・評論家類もいる。
 ドロドロとした<食べて生きて>いく世界の方を優先するのが人間の本性なのかもしれない。それは、それでよい。そのことを自分で意識していれば、なおよい。
 しかし、そうであるならば当然に、<綺麗事>の内容だけでその人の主張・議論を評価しては決していけない、ということになるはずだ。
 ともあれ、人間の本性・本質から出発する。マルクス主義(・共産主義)は人間の本性・本質に即しておらず、そのゆえにこそ現実化すれば危険な「思想」なのだ、ということを見抜く必要がある。
 安本美典はたしか正当にも、<体系的なホラ話>という形容をマルクス主義(歴史観)に対して行っていた。
 見かけ上の<美麗さ・壮麗さ・論旨一貫性・簡素明快さ>などは、付随的な、第二次・第三次的な事柄だ。人間性と現実に即していなければ、何にもならない。宗教も含めて、<砂上の楼閣>はいっぱいある。
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 上の話はさらに別途続ける。
 反共産主義者は何を、どういう内実・価値を追求すべきか。
 レシェク・コワコフスキの考え方を、詳しく正確に知っているわけではない。
 ただこの人は、この欄ではあえて「左翼の君へ」と題して試訳を紹介した、実在の「新左翼」学者・評論家に対する批判的論評の中で、あっさりと、おそらくは以下の価値を維持すべき又は追求すべき価値だと語っていた。
 「平等、自由および効率性」、の三つだ。さらにこう続けている。
 これらの「諸価値は相互に制限し合い、それらは妥協を通じてのみ充たされうる」。
 「全ての諸制度の変更は、全体としてこれら三つの価値に奉仕する手段だと見なさなければならず、それら自体に目的があると考えてはいけない」。
 以上、この欄の今年の5/13付・№1540=「左翼の君へ⑧完」。原論考、1974年。
 Leszek Kolakowski, My Correct View on Everything (1974), in : Is God Happy ? -Selected Essays (2012).
 もちろん、欧米系の学者・哲学者のいっていることだ。何と陳腐かとも思われるかもしれない。当然に、「平等」・「自由」・「効率性」の意味、相互関連は問題になる。
 だがしかし、ソヴィエト・スターリン時代をソ連とポーランドで実体験したうえでマルクス主義に関する長い研究書を書いた人物の発言として、何気なく書かれているが、注意されてよい。
 ろくに読んでいないが、リチャード・パイプスには、つぎの書物もある。
 Richard Pipes, Rroperty and Freedom (1999).〔私的所有(財産)と自由、およそ330頁〕
 断固たる反共産主義者だと知っているからこそ推測していうのだが、R・パイプスは「私的所有(財産)と自由」を、かけがえない価値だと、そして最大限にこれを侵犯するものが共産主義だと考えているのではないだろうか。
 L・コワコフスキもR・パイプスもじつは「自由」を重要な<価値>としている。
 この場合の自由は、Liberty ではなく Freedom だと見られる。
 そしてこの自由の根源は、自分を自分自身にしてもらう自由、自分の領域に介入されないという意味での自由、そしてまた<自分のもの>=私的所有・財産に対する(消極的・積極的の両義での)自由ではないか、と考えられる。
 自分(・自分たち)が「食べて」生きていくためには、最低限度、自分の肉体と肉体を支える「もの」、食べ物とそれを獲得するための手段(例えば、土地)を「自由」にしてもらえること、「自由」にできること、は不可欠だろう。
 <私的所有とその私的所有への自由>、これが断固として維持されるべきまたは追求されるべき価値だ。
 共産主義は、これを認めない「思想」だ。だからこそ、人間の本性に合致せず、つねに「失敗する」運命にある。
 日本共産党は最小限度の<私的財産権>は認めると言っているが、原理的には、マルクス主義・共産主義は全ての「私有財産」を廃止しようとする。また、<最小限度の(小さな)私的財産権>の範囲内か否かは、じつは理論上明確になるわけではない。個人所有の小さな土地の上での工場の経営(、販売・取引--)するという「私的財産」の「自由」の行使を想定しても分かる。かりに個人的居住だけに限られる土地所有なのだとすれば、それが土地所有の「権利」あるいは「自由」と言えるのかどうか、原理的に疑問だ。
 当たり前のことを述べているようでもある。
 当たり前のようなことを、つぎのように語る、日本の経済学者もいる。 
 猪木武徳・自由と秩序-競争社会の二つの顔(中央公論新社・中公文庫、2015。原書・中公叢書、2001)、p.269。
 「求められるのは、この市場や民主制のもつ欠陥や難点を補正したり、補強作業を行ったりすることによって、なんとか使いこなしていくこと」だ。
 この書の解説者・宇野重規は、「市場と民主主義を何とか使いこなす」という小見出しをつけている。p.288。
 市場とは当然に「自由」を前提にする。両者はほとんど同義で、「自由な経済(取引)」こそが「市場」だ。
 佐伯啓思の『さらば、民主主義』(朝日新書)でも、同『反民主主義論』(新潮新書)、同『自由と民主主義をもうやめる』(幻冬舎新書)でもない。
 「民主主義」の価値性については(上記の猪木とも違って)、疑問がある。これと「自由」をごった混ぜにしてはいけないだろう。
 反共産主義を鮮明にしないままで「自由と民主主義をもうやめる」と主張するのは、<ブルジョア>的「自由・民主主義」に対するマルクスやレーニンによる批判と、これらの欺瞞性・形式性を暴露しようとするマルクス主義・共産主義者による批判と、変わらない、と敢えて言うべきだ。
 市場(market)にも「自由」にも(あるいは「民主主義」にも)当然に問題はある。
 「民主主義」は左翼の標語だとこの欄に書いたこともある。
 これはあくまで<手段>の態様を示す概念で、追求すべき「価値」とは異なる次元の概念だと考えている。
 これはさしあたり措いても、近代的(欧米的)「自由」はなおも、日本でも、日本人にとっても、追求・維持すべき価値だろう。
 そこに「日本的自由」が加わると、なおよい。
 できるだけ自分の言葉で書く。重要なので、このテーマでさらに続ける。
 問題は、<私的所有・自由>と権力または「国家」との関係にこそある。
 共産主義者または「左翼」ではない者(=<保守>)こそが、こういう基本設定をしておくべきなのだ。
 こういう基本的な問題設定が曖昧な議論、文章というのは、どうも本質的に理解しづらい。

1597/若き日のマールブルク(Marburg)。

 フランス・パリの地下鉄の中で、母親に連れられた小学校に上がる前に見えた男の子が、<モンパルナッス>と発音した。
 何しろ初めてのパリで、仏語にも詳しくなく、北の方のモンマルトル(Montmartre)と南の方のモンパルナス(Montparnasse)の違いが(ともにモンが付くために)紛らわしかったところ、その<ナッ>のところを強く発音してくれていたおかげで、両者の区別をはっきりと意識できた。
 モンパルナッスも<リ->を強く発音するシャンゼリーゼ(Champs-Élysées 通り)も、フランスらしい地名だ。シャルル・ドゥ・ゴール(人名/広場=凱旋門広場)というのもそうだが。
 ドイツでは、フランクフルト(Frankfurt)はまだしも、デュッセルドルフ(Duesseldorf)となるとあまりドイツふうの感じが(私には)しない。
 そうした中で、マンハイム(Mannheim)はドイツらしくかつ美しい響きだ。最初にアクセント。実際にも、中心の広場周辺は魅力がある。
 旧東ドイツの都市のイェナ(Jena)という名前も、東欧的感じもしてじつに可愛い気がする。
 但し、ライプツィヒ(Leipzig)からニュルンベルクまでの電車の中から、停車駅でもあったので少し眺めただけだ。教会の尖塔も見えた。しかも、どうも、イェーナと発音するらしくもある。「イェナ」の方が(私には)好ましい響きなのだが。
 かつてから、マールブルク(Marburg)という大学都市のことは知っていた。そして、気に入った、好ましい、ドイツ的響きのある名前だと思ってきた。
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 まだ若かった。
 いったいどこからの寄り道だったのだろうか。ひょっとすると、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』に由縁があるヴェツラー(Wetzler)を訪れた後だったのかもしれない。
 まだ明るいが夕方で、電車駅を下りて、山の中を渓谷沿いにマールブルクの中心部へと歩いた。
 日が暮れかかっていて、あまり時間もなかった。
 しかし、山の上の城(城塞建物)と街を一瞥はしたはずだった。その中におそらく、マールブルクの大学の建物もあったはずだ。
 当時のことで、たぶん写真も残していない。
 だが、自然(つまりは山の緑と渓谷)が近くにある、小ぢんまりとした綺麗でかつ旧い街だとの印象は残った。
 もうおそらくは、訪れることはないだろう。
 この都市と大学の名を想い出す、いくつかのことがあった。
 まず、マーティン・ハイデッガー(Martin Heidegger)が教授をしていて、この大学の女子学生だったハンナ・アレント(Hannah Arendt)と知り合い、親しくなった。
 猪木武徳・自由と秩序-競争社会の二つの顔(中央公論新社・中公文庫、2015。原書・中公叢書、2001)、という本がある。
 この本によると、ハイデッガーは9ヶ月だけナチス党員になりヒトラー支持発言もしたが(1933-34)、のちは離れたにもかかわらず、終生<ナチス協力者>との烙印がつきまとった、という。p.189。
 但し、猪木はマールブルクに触れつつも、そことハイデッガーとの関係には触れていない。
 なお、上の二人は、ドイツ南西部のフライブルク(Freiburg ibr.)の大学でも会っているはずだ(このとき、ハイデッガーは一時期に学長)。
 二つめ。『ドクトル・ジバゴ』の作者のボリス・パステルナーク(Boris Pasternak、1890-1960)が、1912年、22歳の年、<ロシア革命>の5年前に、マールブルク大学に留学している。この人の経歴を見ていて、気づいた。
 ドイツもロシアも帝国の時代、第一次大戦開始の前。
 パステルナークはずっとロシア・ソ連にいたような気もしていたが、若いときには外国やその文化も知っていた。
 この人は<亡命>をなぜしなかったのだろうとときに思ったりするのだが、よく分からない。
 最後に、上の猪木武徳の本
 ドイツに関する章の中に「マールブルクでの経験」と題する節もあり、パステルナークのほかに、大学ゆかりの人物として、ザヴィニー(Friedrich Carl von Savigny)、グリム兄弟、そしてスペインのホセ・オルテガ・イ・ガセット( José Ortega y Gasset、1983-1955)の名前を挙げている。p.179。
 1900年代にマールブルクに勉強に来たらしいこのオルテガの名前は、西部邁がよく言及するので知っているが、読んだことはない。<大衆>に関して、リチャード・パイプス(Richard Pipes)も、この人の著作に言及していた。。
 それにしても、なかなかの名前が揃っているように見える。私が知らない著名人はもっとたくさんいるだろう。
 あんな小都市の山の中に大学があり、けっこうな学者たちを一時期であれ育てているのも、ドイツらしくはある。
 たぶんイギリスとも、フランスとも異なる。
 なぜか、と議論を始めると、私であっても長くなりそうだ。
 若き日の、一日の、かつ数時間だけのマールブルク(Marburg)。
 やはり、美しい名前だ。最初にアクセントがある。

1060/猪木武徳・戦後世界経済史(中公新書)を一部読む。

 猪木武徳・戦後世界経済史―自由と平等の観点から(中公新書、2009)p.372以下の要約的紹介。
 ・近代化の一側面は「平等化」で、万人の「法の前の平等」は、「近代社会」の「偉大な成果」だった。しかし、そこに「奇妙な論理のすり替え」が起こる可能性を看過すべきではない。人は法の前で「平等であるべき」なのであり、「事実として人間の有様が同じ」なのではない。しかし、「『真』の理想に燃える『社会哲学』」は、人は「平等であってしかるべきだという考えを押し広め」た。
 「平等」への情熱は「自由」のそれよりも「はるかに強い」もので、既得の「自由の価値」は容易には理解されないが、「平等の利益」は簡単に感得される。「自由の擁護」と異なり、「平等の利益の享受」には努力は不要だ。「平等を味わう」には「ただ生きていさえすればよい」(トクヴィル)。
 ・だが、「平等は自由の犠牲において」実現することが多い。すべての人が「自由かつ平等な社会」は「夢想でありフィクション」にすぎない。平等をめざして自由が失われ、自由に溢れた社会では平等保障がないことは「過去二〇〇年の世界の歴史」が明らかにした。
 ・「デモクラシーの社会」には多様で複雑な課題があり、新しい価値選択を迫られるが、それには「高度の専門性」が必要であるにもかかわらず、一般国民、そして政治家に十分な知識があるというのは「フィクションに近い」。このフィクションを「メディアや一部の啓蒙家」が補正するのは限界がある。したがって、「問題に対する理解」が不十分ならば、「最終的判断のベース自体があやしい」ものになる。
 民主国家に重要な、国民による「倫理的に善い選択」には「十分な知識と情報が必要」だ。難問を処理する「倫理」を確かなものにするには「知性と情報が不可欠」なのだ。
 ・トクヴィルのアポリア(難問)=「平等化の進展は自由の浸蝕を生む」は「人的資本の低い国に起こる可能性が大きい」。この「人的資本」の重要な構成要素は「市民道徳を中心とした『知徳』」だ。かかる意味で、「人的資本の蓄積の不十分な」=「知徳の水準が不十分な」国でのデモクラシーは「全体による全体の支配」を生み出しやすい。
 これは経済的後進国のみを指しているのではなく、「日本のような経済の先進国でも、市民文化や国民の教育内容が劣化してゆけば、経済のパフォーマンス自体も瞬く間に貧弱になる危険性を示唆して」いる。
 以上。なかなか示唆に富む。
 最後の部分を表現し直すと、「人的資本」、すなわち市民道徳・倫理(「知徳」)の水準が低下していくと、民主主義国も「全体による全体の支配」を生み出す傾向があり、日本についても例外ではない、ということでもあろう。
 そうであるとして、日本においてそのような<全体主義>へと近づく「人的資本」の劣化をもたらしているのは、いったい何なのか?
 教育であり家庭であり…、ということになろうが、「一億総白痴化」を実際にもたらした<テレビ>を含む、大衆に媚びる、「知徳」の欠乏した、戦後の<マスコミ>も重要な一つに違いない。
 石原慎太郎・新堕落論(新潮新書、2011)も読み終えているが、日本人の「堕落」の原因をしっかりと剔抉する必要がある。
 なお、石原慎太郎によれば、例えば、戦後の日本人の心性の基軸は「あてがい扶持の平和に培われた平和の毒、物欲、金銭欲」で、日本人が追求し政治も迎合している「価値、目的」とは国民各自の「我欲」で、我欲とは「金銭欲、物欲、性欲」だ(p.40-41)。
 こうした「我欲」に満ちた、「市民道徳」を失いつつある日本国民に、<全体主義>化を抑止するだけの「知徳」をもつことを期待できるだろうか。「テレビ局」をはじめとする大手マスコミは、逆に、日本人の「我欲」追求を助長している大犯罪者なのではないか。

0275/読売7/10夕刊の猪木武徳コラム-日本社会の病の一因は「言論」。

 読売新聞7/10夕刊猪木武徳のコラムには面白い文章がある。タイトルは、「年金問題などに見る社会不安」「言葉の軽さ「病」の一因」だ。
 猪木は言う-かつて外国のエリートに平均すると負けると言われた日本のエリートの「欠落を、高い資質をもつ堅実な一般国民が補」うという「相補関係」があったが、年金問題・朝鮮総連疑惑にどを見ると、そうした関係が「危なくなってきた」。手軽な解決策はない。
 そしてこう結ぶ-「現実を直視せず、美しげな言葉で事の本質をはぐらかしてきた日本の言論にこそ、この社会の病の一因があると思うのである」。
 「日本の言論」とは朝日新聞をはじめとする新聞・テレビ等のマスメディア、月刊雑誌上の<論壇>などだろう。これらを上の一文は批判していることになる。
 参院選挙を前にしてあらためて感じるのだが、日本のマスメディアや<論壇>は正常に機能にしているのだろうか。
 「日本の言論」などとは全く無関係に日々の生業にいそしみ、暮らしている人びとこそが現実的でかつ健常な・良識的判断を下せる、とすら思う。
 但し、テレビニュースの話題や新聞の見出しを一切見ないという人は殆どいないだろう。とすると、やはり、各マスメディアの<政治的意図>は印象又は雰囲気として人びとの<感覚>に残らざるをえない。
 大衆民主主義制度下において、「現実を直視せず、美しげな言葉で事の本質をはぐらかして」いるかもしれない<マスコミ>の怖さを、あらためて感じる。

ギャラリー
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