秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

深見敏正

0486/曽野綾子と沖縄集団自決にかかる大阪地裁2008.03.28判決。

 曽野綾子は、数年前に司法制度改革審議会かその部会の委員をしていて、欠席がちであり、また頓珍漢な発言をしていたとの話がある(厳密さ=正確さの保障はないが)。「司法」制度に関する専門的概念・議論の仕方に疎かったためだろう、きっと。
 月刊WiLL6月号(ワック)の曽野綾子の連載エッセイも、危なかしいところがある。対大江・岩波名誉毀損損害賠償請求訴訟(沖縄集団自決「命令」訴訟)は民事訴訟だが、刑事事件についての「疑わしきは罰せず」は「裁判」一般に通じるものだと誤解しているようだ(p.123)。また、上の訴訟にかかる先日の大阪地裁判決(2008.03.28、裁判長・深見敏正)によって〔元隊長につき〕「疑わしくても状況と心証によっては、黒とみなしていいのだという判例ができた」、「容疑者」を「犯人」と言い切ってよい、ということになった(p.125。p.126にも同旨がある)、と書くが必ずしも正確ではない。
 被告は元隊長等ではなく大江健三郎と岩波書店で、元隊長等の行為が直接に裁かれているわけではない。大江や岩波が元隊長等の特定の行為=自決「命令」があったと信頼し、かつ反証もでてきたのにその後訂正しなかったことに<不法行為>性はあるか(ないか)が争点だ。
 と書きつつ、曽野綾子を誹り批判するのが、この稿の意図ではない。
 曽野は判決が「自決命令…を直ちに真実であると断定できないとしても、…真実であると信じるについて相当の理由があった」と述べた部分に注目しており(p.122-3)、これは的確だ(だが、かかる論法・理屈づけは一般論としては法的にはありうるものと思われる)。
 問題は、「真実であると信じるについて相当の理由があった」と認定したことについての裁判所(裁判官)の証拠資料の採択・心証形成の具体的過程の適正さで、今後の上級審でもこの点が問われるだろう。
 また、私も大江健三郎・沖縄ノート(岩波新書)から大江による元隊長の「内心」の創作=捏造部分をこの欄で引用したことがあるが、曽野も「心理」の「推測」部分を引用し、こう書く。
 「裁判官はこれは個人攻撃ではないというが、全くつきあいのない他人に、心理のひだのようなものを推測され、断定され、その憎悪を膨らまされ、世間に公表され、アイヒマンだとさえ言われたら、たまったものではない。それは個人攻撃以外のなにものでもないと私は思う」。
 曽野がこう書くのもよく分かる(大江に勝手なことを書かれた当人又は遺族の憤りはいかばかりだろうとも思う)。そして、先日の大阪地裁の裁判官には元隊長等の人間の<感情>・<名誉>をきちんと忖度できる<人間性>があるのだろうか、とすら感じる(大江にはもはやない)。また、大江・岩波という<名声>にある程度<屈服>してしまっているのではないか、と疑いたくもなる。
 だが、大江の創作=捏造も(「命令」のあったことが)「真実であると信じるについて相当の理由があった」のだとすると、それを前提としての(判決のいう)「意見ないし論評の域」の範囲内のものになってしまうのだ。
 すでに私は「法的にはやむをえないのかもしれないが」とか書いた。私とて特定の個人名を挙げてこの欄で批判したりしており、中には、「バカ」とかの言葉を使ったこともあっただろう。こうした批判・論評が許されないと(程度問題ではあるが)意見・論評・表現の「自由」があることにはならない。したがって、ギリギリの所で大阪地裁判決の言うことも理解できないことはない。
 しかし、それはあくまで「真実であると信じるについて相当の理由があった」ことを前提としてのことで、この前提が崩れると、大江健三郎等による名誉毀損の程度(→賠償責任の程度)は上に言及の創作=捏造部分の存在によって決定的に大きくなるだろう。
 ともあれ、当面は控訴審のまともな裁判官による判断に期待するほかはない。
 なお、曽野綾子・…「集団自決」の真実(ワック)は所持しており、随分前に(発刊直後?)少なくとも概略は読んでいる。

0454/小林よしのりがサピオ4/23号で深見敏正裁判長の大阪地裁判決を批判。

 サピオ4/23号(小学館)。小林よしのりが、沖縄集団自決「命令」損害賠償等請求にかかる大阪地裁2008.03.28判決につき、「裁判官の『無知』、そして大江健三郎氏と朝日新聞の『詭弁』」というサブ・タイトルで「緊急発言」を書いている(p.96-97)。
 この訴訟は「右派がイデオロギーや運動のためにやっているのではないか」、原告の一人・梅澤裕元座間味戦隊長は被告をむしろ沖縄タイムス社とすべき、という最初の方については賛否を留保したいが、あとは、小林の主張・指摘を全面的に支持する。
 小林は深見敏正裁判長は「朝日新聞の愛読者」と見て「差し支えない」と断言する。上記判決は集団自決の場所にはすべて日本軍が駐屯していた、非駐屯地では集団自決は発生しなかった旨書いたようだが、小林によると、この旨は朝日新聞が「必ず引き合いに出すフレーズ」だ、という。
 その他は、私がすでに指摘したのとほとんど同旨。<「朝日は論理のすり替えを行った」。「軍の命令」と「軍の関与」は「まったく違う」>。
 また、1年ほど前にも私は大江の<創作力>=<捏造力>に言及したのだったが、小林は、大江健三郎は「延々6ページにもわたって赤松隊長の誹謗中傷を続けている」とし、大江の『沖縄ノート』からかなり直接引用して例示し、「自分勝手に赤松隊長の心情をつくり上げている」と書く。そして言う、「これが名誉毀損でなくて一体何というのだ」、「極限の中傷であり、これで名誉毀損でなければ、もはや何でも書ける」。
 小林よしのりはなかなか鋭い。大阪地裁という第一審の判決が出たにすぎないのに朝日新聞3/28夕刊が「軍の関与・司法も明言」との見出しを付けたことを皮肉っている。そのとおりで、「司法」の確定的判断はまだ出ていないのだ。<「司法」の一部の大阪地裁という下級機関>、が正しい。
 それにしても、p.96の写真によると、朝日新聞3/28夕刊は一面右上トップで「大江さん側」が勝訴等の見出しとともにこの判決を大きく取り上げ、記者会見する大江の顔の大写し的写真も掲載している。喜んで、<はしゃいでいる>。
 翌日の社説の内容しか知らなかったが、朝日新聞とは異様な新聞だとますます確信する。

0444/朝日新聞3/29の社説執筆者は「全くの無能者」か「狂人」。

 朝日新聞3/29の社説執筆者は全くの無能者か「狂って」いるのではないか。
 朝日新聞が沖縄集団自決「命令」訴訟にかかる前日3/28の大阪地裁判決について結論を支持する社説を書くだろうことは予測できたことだが、あまりのヒドさに驚いた。
 こういう社説は司法(裁判)担当の社説担当者が書くのが通常だろうが、政治(+歴史認識)担当の執筆者が書いたかに見える。
 精神衛生にも悪いので、できるだけ簡単におさえる。
 1.冒頭の第一文-「慶良間諸島」で「起きた『集団自決』は日本軍の命令によるものだ。/そう指摘した岩波新書『沖縄ノート』は誤りだとして、…元守備隊長らが慰謝料などを求めた裁判…」。
 さっそく間違いがある。大江健三郎は抽象的に「日本軍の命令による」と書いたわけではない。「日本軍の…」ではなく<特定され得る元軍人の命令>なのだ。
 2.関連して、第七段の第一文-「『沖縄ノート』には座間味島で起きた集団自決の具体的な記述はほとんどなく、元隊長が自決命令を出したとは書かれていない」。
 後段は、よくもまぁ社説で、という感想だ。氏名を明示していなくたって、簡単に他の情報と結合して特定できれば同じこと。こんな単純な常識もこの執筆者は持ち合わせていないらしい。
 また、前段は、だからどうなのだ、と言いたい。大江健三郎は、「元守備隊長ら」が「命令」を発した<悪人>だ、ということを前提として、沖縄を再訪する当該元軍人の「心理」を小説家らしく勝手に捏造した(創作した)のだ。「集団自決の具体的な記述はほとんどなく」て、何ら不思議ではない。
 3.最後の段の二文-「教科書検定は最終的には『軍の関与』を認めた。そこへ今回の判決である。集団自決に日本軍が深くかかわったという事実はもはや動かしようがない。」
 これで社説を締め括るとは<狂気の沙汰>だ。
 既に書いたが「軍の関与」の有無はこの訴訟の争点ではない。にもかかわらず「集団自決に日本軍が深くかかわったという事実はもはや動かしようがない」とまとめて、安心し、判決によっても裏付けられた、と思っているなら、アホとしか言いようがない。
 「集団自決に日本軍が深くかかわった」か否かという問題設定ならば、私とて、何らかの意味での、何らかの程度での、「集団自決」と「日本軍」の関係を否定はできない。すなわち、端的にいって、戦争中のこと、<敵軍>が眼前に上陸してきたときのこと、なのであって、「集団自決」が戦争・戦時中のことであれば、日本軍と全く無関係だ、とは言えないだろうからだ。
 だが、そのことと、特定の旧日本軍人が特定の住民(島民)に対して集団自決「命令」を発したかどうかは全く別の問題だ。
 上のことを朝日新聞の社説執筆者は理解できていない。全くの無能者に思える。あるいは理解できてもそのことを記したくないのだとすれば、何らかの<怨念>に囚われた<狂人>ではないだろうか。
 もちろん、そのような<無能者>か<狂人>の執筆者は、判決が「自決命令それ自体まで認定することには躊躇を禁じ得ない」、「自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できない(としても…)」と述べていることに、全く言及していない。判決理由文(<要旨>であっても)を読めない(理解できない)馬鹿=<無能者>であるか、読んでいても意識的に(自分たちに都合の悪いことは)無視してしまうという、<倒錯した変人>であるに違いない。
 4.第八段-提訴の「背景には、著名な大江さんを標的に据えることで、日本軍が集団自決を強いたという従来の見方をひっくり返したいという狙いがあったのだろう。一部の学者らが原告の支援に回ったのも、この提訴を機に集団自決についての歴史認識を変えようという思惑があったからに違いない。」
 もっともらしいこの文章に、朝日新聞の<体質>も表れているだろう。社説にこんな<推測>を書くこと自体いかがかと思うが、法的問題あるいは歴史的事実の問題を<政治的>にしか捉えることができないのだ。最も<うす気味悪く>感じたのは、この部分だった。むろん、<正しい>「歴史認識」の確認(<誤った>「歴史認識」の是正)を「一部の学者ら」が追求するのは、一般論としても何ら非難されるべきことではない。
 こんな社説が数千万人に読まれ、何がしかの<空気>を作っていることを想像すると、日本の現状と将来に諦念にも似た<空恐ろしさ>を感じる。
 なお、この判決に関する読売新聞の社説はしごく「まっとう」だった。読売は、社説だけはまだしっかりしている。

0439/再び沖縄集団自決「命令」訴訟・大阪地裁判決について。

 産経新聞に沖縄集団自決「命令」にかかる大阪地裁3月28日判決「要旨」が載っている(裁判長は深見敏正)。新聞記者(司法記者)が<判決の要旨>をまとめる能力をもつ筈がないので、最年少の担当裁判官が原文でも書いて裁判所・法廷(三名の合議体)の名で配布したものと思われる。以下の感想をもった。
 1.「要旨」文だけでは、証拠の取捨選択の具体的な理由は不明だ。①「自決命令」説を捏造とは判断できない理由として援護法制定の前からの文献があることを述べているが、そのことは理由になるのか。古ければ古いほど信憑性は高いとでも言うのか。むろん一般論としても、そうとは言えない。
 ②また、<新事実>(照屋昇雄発言、宮村幸延書面、母親の発言の記録書)は不採用、又は捏造の根拠にならない、としているようだが、それらの根拠はほとんど解らない。「その経歴に照らし…」とか「戦時中在村していなかったことや作成経緯に照らして…」とか書かれてはいる。
 かりにその辺りを不採用の理由としているというなら、沖縄タイムズ・鉄の暴風や米軍報告書の「作成経緯」や執筆者の「経歴」を(そしてこれら二文献が出された<時代の雰囲気>を)も同等に考慮しなければならないのではないか。
 本件訴訟の裁判官による証拠の採用・不採用に、裁判官の<心性>の歪み・偏向がないのかどうか、気になる。
 2.①「要旨」文は「集団自決については日本軍が深くかかわったものと認められ」ると結論し、その理由を長々と書いている。だが、前回記したように、この部分は、本件訴訟とは直接には関係がない。原告の一人及びその父親が「集団自決<命令>」を発した事実があったか否かが争点であり、軍の<関与>(あるいは広義の?「強制」性)の有無は争点ではない。せいぜい、当時(米軍沖縄上陸頃)の<空気>・雰囲気に関する問題で、相当に間接的な<状況証拠>的なものにすぎないだろう。
 にもかかわらず、何故こんなに長々と書いているのか。被告たちの論法に影響されているのではないか。被告らにとっては、<命令>の存否から<軍の関与(広義の「強制」性)>へと争点をずらした方が有利な(=負けにくい)のだ。
 ②<要旨>文は、上のことと、関係各島では原告らを「頂点とする上意下達の組織」だったことを結びつけて、原告らが「集団自決」に「関与したことは十分に推認できる」と書いている。
 上記と同じく、これも争点とは直接には関係のない点に触れている。「関与」と「命令」は全く異なる。「関与」が「推認」できることは「命令」を原告(とその父親)が発した根拠には全くならない。こんなことは、素人にも分かる常識的なことではないか。裁判官はいったい何故、いったい何のために、こんなことを判断し、書いているのか。
 この訴訟は、当時(米軍沖縄上陸頃)の<時代>あるいは<日本軍>を裁く事件ではない。岩波書店と大江健三郎が刊行・執筆した本が原告らの名誉を侵害して不法行為となるか(+出版差止めされるべきか)が争点となっている、その意味では主観的(個人的)な事件なのだ(むろん「公益」と無関係と主張しているわけではなく、<要旨>文が大江本は「公益を図る目的」をもつと認定していることにまで-「法的」問題としては-異を唱えるつもりはない)。
 3.「要旨」文は「自決命令それ自体まで認定することには躊躇を禁じ得ない」と明記している。また別の箇所では「自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できない(としても…)」と明記している。
 この部分は今回の判決の中で特に注意・注目されてよいところだろう。つまり、裁判所もまた、<自決命令が発せられた>=原告らが「命令」を発した、とは全く認定していないのだ。
 にもかかわらず被告が負けなかったのは、「命令」の存在という事実の「信用性」が争点になっているからだ(このこと自体はやむを得ないだろう)。また、「命令」が存在した事実が認定されないと岩波・大江側が負けてしまう、そういう性格の訴訟ではなかったからだ。つまり、立証責任が原告側にあったからこそ、岩波・大江側は「救われた」、と言える。
 訴訟法的にはこのように言えるだろうが、裁判所(大阪地裁)が<自決命令が発せられた>=原告らが「命令」を発した、と認定しなかった、ということの<政治的>意味は小さくない、と思われる。
 すなわち、岩波・大江健三郎が従来どおり出版を続けていくとするなら、それは、裁判所も「認定することには躊躇を禁じ得ない」、「自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できない(としても…)」と明記したような<事実>を前提にした個人罵倒本を今後も継続して発行していく、ということを意味する。岩波と大江健三郎の「良心」がまさしく問われるべきだ。そんなあやふやな<事実>を前提にして、特定個人を<悪人>扱いしてよいのか、ナチスドイツのアイヒマンと同一視するような文章を残したままでよいのか。
 岩波と大江健三郎には「良心」はないのか、誓って疚(やま)しいところはない、と自信をもって言えるのか、と問いたい
 4.「要旨」文のかぎりでは、上の3で触れた部分に比べて、被告らが事実だったと「信じるについても相当の理由があった」と述べている部分は短く、かつ「相当の理由があった」と認定する根拠はよく分からない。たんに「その事実については合理的資料若しくは根拠があると評価できるから…」と書いているにすぎない。
 問題は、なぜ、いかなる理由・根拠で、「その事実については合理的資料若しくは根拠があると評価できる」のか、にある。
 この辺りが裁判官の心証形成の中核部分にかかわる。なぜ、上のように言えるのか。それは良識・常識・「理性」に照らして、「合理的」な結論(「評価」)なのだろうか。
 裁判官たちが特定の歴史観・何らかの予断をもっていれば、上のような「評価」は簡単に生じるだろう(逆のことも言える)。そのような推測をさせないためにも、判決理由の全文の中にはより詳細な理由づけ(心証形成の過程)が明らかにされているのを期待したいが、正確な全文を読んでも殆ど変わらないだろうような気もする。
 ともあれ、結論が先にあったのではないか、との邪推が出てきても不思議ではない判決だ(そう断言しているわけではない)。「要旨」文には、重要な点の根拠・理由が詳細・十分には(説得的には)書かれていない。原告側が不満をもつのは当然だろう。控訴して、なお争うべきだ。
 重要とも思われる点に言及し忘れたので追記する。「要旨」文は最後に、大江本には「赤松大尉に関するかなり強い表現」があるとしつつ、「『沖縄ノート』の主題等に照らして」、「意見」・「論評の域を逸脱」したものとは認められない、と書いている。
 結論的には(法的には)このとおりなのかもしれないが、「『沖縄ノート』の主題等に照らして」とあるのは気になる。この法廷の裁判官たちは『沖縄ノート』という書物の存在意義を肯定的に評価することから出発してしまっているのではないか。かりにそうだとすれば、判決を出す裁判官の「まっとうな」道からは逸脱しているように思える。被告の一人・大江健三郎がノーベル賞受賞者であることに無意識にせよ影響されているとすれば、ますます同じことが言える。
 なお、産経新聞の別の面によると、大江側弁護団はこの訴訟を「『集団自決が日本軍の強制ではない』と歴史を塗り替える目的で起こされた裁判」だとして原告側を非難した、という。
 『集団自決が日本軍の(広義にせよ)強制ではない』か否かは本件訴訟の争点ではない。上のような言い方自体の中にすでに<論点のスリカエ>がある。上記のように。本件訴訟は本来は<主観的(個人的)>なものだ、それをあえて「日本軍」の問題という<歴史問題>化し、「政治」問題化しているのは、原告らよりもむしろ、(「真実」が暴露されてしまうのを戦々恐々と懼れている)被告側なのではないか。

0438/「自決命令があったと信じる相当の理由」がどこにあるのか。

 対岩波・対大江沖縄集団自決命令損害賠償等請求訴訟は大阪地裁で原告全面敗訴判決(裁判長は深見敏正)。
 イザ!ニュースによると、判決は、第一に、「集団自決には軍が深くかかわり、原告らの関与も十分推認できる」と述べたらしい。軍の何らかの意味での「関与」の有無は本件訴訟とは無関係だ。そして、原告やその親族が軍人だったからだけの理由で「原告らの関与も十分推認できる」と述べているとすれば、この「推認」には無理がある。ある会社・組織が犯罪を犯せば、社員・構成員全員も犯罪者になるのか。
 判決は第二に、「書籍に記載された通りの自決命令自体まで認定することは躊躇を禁じ得ない」と述べつつも、「自決命令があったと信じる相当の理由があり、原告らへの名誉棄損は成立しない」と結論したらしい。
 大江健三郎・沖縄ノート(岩波新書)の執筆・初版発行時点のことならば解らなくはないが、今日(正確には発刊後の一定時期以降)において、「自決命令があったと信じる相当の理由」があった(ある)のか? 原告らは、次々と新事実が出てきているのに出版停止も訂正もしていないことを問題にしているのだ。
 この判決の裁判官はきちんと証拠を調べ(読み)、「良心」にもとづいてこのような心証を形成したのだろうか。
 私は大江・沖縄ノートの関係箇所を読み、事実を前提にしていないならば<これはヒドい!>と素朴に感じた。憎々しげに元隊長らの心理を想像して叙述(創作)する様(さま)を思い浮かべると、大江という人間を気味悪く感じた。
 しかして、事実だったのか。事実と信じた「相当の理由」が現在でもあるのか。判決(理由)全文を読んで、なぜこう結論づけたのか、詳細な説明・理由づけを知りたいものだ。
 いく度か書いたとおり、裁判官は戦後(民主主義)教育の(最)優等生で、放っておいても、知らず知らずに<進歩的>または<なんとなく自虐的(=日本軍「悪玉」視)>になる心性傾向をもっていると推測している。そんな心性でもって、何らかの予断をもった上での心証形成がなされていなければよいのだが。
 まだ、高裁・最高裁がある。
 だが、ひょっとして、司法部(裁判所・裁判官)も<溶けて>いってしまっているのか…。憂いは深い。
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