秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

浦部法穂

1247/日本評論社・法律時報という「容共」・「護憲」雑誌。

 現物を手にしていないが、別の某雑誌に載っている広告によると、日本評論社という出版社発行の専門分野の雑誌らしき「法律時報」の編集部は、法律時報編集部編・「憲法改正論」を論じる(法律時報増刊)という書物(又は雑誌の特別号)を刊行している。そして、広告に謳われた惹き文章は次のとおりだ。
 安倍政権下で進行している『憲法改正』論に警鐘を鳴らし、理論的な対抗軸を示す。憲法学はもとより、隣接領域や諸外国からの知見をも盛り込む」。
 この日本評論社がかつて1970年代に<マルクス主義法学講座>という講座もの、たぶん全8巻程度、を刊行していたことはこの欄ですでに何度か触れた。その際に触れたかどうかは忘れたが、そのときの同講座の編集担当者だった林克行は、のちに同社の社長になった。「左翼」性の明らかな浦部法穂および辻村みよ子の憲法(学)教科書は日本評論社から発行されている。上記の法律時報編集部編・「憲法改正論」を論じるを含む広告欄の隣に掲載されている同社刊行の書物のタイトルは、家永三郎生誕一〇〇年で、誕生100年記念実行委員会編だから、家永三郎に批判的な本であるはずはない。
 日本評論社には、少なくともかつて、家永三郎の子息も勤務していた。
 家永三郎に関する書物の隣で広告されているのは、樋口陽一・森英樹・辻村みよ子ら編の国家・自由・再論、だ。
 したがって、この出版社発行の雑誌編集部が「『憲法改正』論に警鐘を鳴らし、理論的な対抗軸を示す」ことを図ることは当然かもしれないし、そのことをここで批判するつもりもない。改憲派の雑誌もあるし、護憲(又は憲法改悪阻止)派の雑誌もある。
 だが、朝日新聞社や岩波書店以外に、明確に憲法改正反対の方針をもつ法学関係の雑誌、そして出版社があることは広く知られておいてよいと思われる。いつか触れたが、日本共産党系又は親日本共産党の(当然に日本共産党員学者を含む)「民主主義科学協会法律部会」(民科・みんか)という学会の機関誌を発行しているのも、この日本評論社だ。
 関西系のテレビで夕方に「反安倍」の立場でコメントしていて今春頃に降りた(その理由は知らない)森田実は東京大学学生時代に日本共産党→ブントの活動家だったはずだ。
 森田実は、ネット情報によると2007年5月の自著出版記念会で、こう挨拶している。「来る7月22日の参院選を、日本国民が過去を反省し、国民の多数が誤った政治を支持してきたという過去の過ちを正し、再出発する日にしたい」、「そのためには、日本国民が安倍自公連立政権の側に立つ政治家を拒否すること、安倍自公連立政権の対極に立つ野党(民主党、社民党、国民新党)の候補者を当選させることが必要である」。
 そして、この会に出版社社長の中でただ一人メッセージを寄せたのは、日本評論社社長・林克行だった。
 どうやら、森田実は、少なくとも一時期、日本評論社で働いていたようだ。
 このような「政治的」立場の明確な出版社であることを知ってこの社から本を出している者もいるだろうし、また法学界には、日本評論社的な<親共、反・反共>の者が多いのかもしれない。
 だがもちろん、このような立場・考え方が<親中国・親北朝鮮>のそれでもあることを、とくに定見もなくこの出版社から本を出したり、この社の雑誌に執筆している(脳天気な)者たちは知らなければならない。

1231/秘密保護法反対の「憲法・メディア法」研究者の声明。

 一 潮匡人・憲法九条は諸悪の根源(PHP、2007)p.250には「前頭葉を左翼イデオロギーに汚染された『進歩派』学者の巣窟というべき日本の憲法学界」という日本の憲法学界についての評価が示されている。
 その憲法学界に属するが少数派と見られる阪本昌成は、主流派憲法学者たちがマルクス主義または親マルクス主義の立場に立っている(中にはそのように自覚していないものもいるだろうが)立っていることをおそらくは想定して、2004年刊行の本の中で、マルクス主義はもはや「論敵」ではないとしつつ、次のように書いていた。「マルクス主義憲法学を唱えてきた人びと、そして、それに同調してきた人びとの知的責任は重い。彼らが救済の甘い夢を人びとに売ってきた責任は、彼らがはっきりととるべきだ」と明記していた。
 だが、2013年の今日においても、「左翼イデオロギーに汚染された」、少なくともマルクス主義を敵視しない(警戒しない)憲法学者はまだきわめて多いようだ。以下に、2013年10月11日付の「秘密保護法の制定に反対する憲法・メディア法研究者の声明」の内容と呼びかけ人・賛同人の氏名リストを掲載しておく(出所-ウェブサイト)。コメントは別の機会に行うが、これまでこの欄で言及してきた、水島朝穂(早稲田大学教授)、浦部法穂(神戸大学名誉教授)、奥平康弘(九条の会呼びかけ人)、愛敬浩二(名古屋大学教授)、杉原泰雄(一橋大学名誉教授)、浦田一郎(民科法律部会現理事長、明治大学法学部教授)らが「呼びかけ人」になっており、先日に反対声明を紹介した「刑事法」学者たちと同様に、日本共産党系または少なくとも日本共産党に反対しない<容共>の学者たちであると思われることだけさしあたり記しておく。「賛同人」の中には、樋口陽一や<反天皇制>論者として言及したことのある横田耕一らの名もある。
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 秘密保護法の制定に反対する憲法・メディア法研究者の声明
 安倍政権は、9月26日、かねて準備を進めてきた 「特定秘密の保護に関する法律案」を示し、臨時国会への提出を目指している。しかしながら、この法案には憲法の基本原理に照らして看過しがたい重大な問題点があると考えるので、私たちは同法案の制定に強く反対する。
 1 取材・報道の自由、国民の知る権利などさまざまな人権を侵害する
 取材・報道の自由は、国民が国政に関与することにつき重要な判断の資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するものであって、憲法21条が保障する表現の自由の保護が及ぶものであることは言うまでもない(博多駅事件最高裁大法廷決定など)。ところが、本法案は、防衛・外交・特定有害活動の防止・テロリズム防止の4分野の情報のうち特に秘匿が必要なものを行政機関の長が「特定秘密」として指定し、その漏えいに対して懲役10年以下の厳罰でもって禁止するだけでなく、特定秘密保有者の管理を害する行為により取得した場合も同様の処罰の対象とし、さらに漏えいや取得についての共謀・教唆・扇動にも罰則を科し、過失や未遂への処罰規定も置いている。
 以上のような仕組みが導入されてしまうと、まずなによりも、重要で広範な国の情報が行政機関の一存で特定秘密とされることにより、国民の知る権利が制約される危険が生じる。また、特定秘密を業務上取り扱う公務員や民間の契約業者の職員が萎縮することにより情報提供が狭められるのに加えて、漏えいへの教唆や取得なども犯罪として処罰されることにより、ジャーナリストの取材活動や市民の調査活動そのものが厳しく制限され、ひいては報道の自由や市民の知る権利が不当に侵害されかねない。なお、法案には、「報道の自由に十分配慮する」との規定も置かれているが(20条)、この種の配慮規定により、法案そのものの危険性を本質的に取り除くことはできない。
 このほか、本法案は、特定秘密を漏らすおそれがないよう秘密を取り扱う者に対する適性評価制度を導入し、評価対象者の家族関係や犯罪歴、病歴、経済的状態などを詳細に調査しようとしているが、これは個人のプライバシーを広範囲に侵害するものであり、不当な選別、差別を助長し、内部告発の抑止にもつながりかねない。また、秘密とされる範囲は広範囲に及び、かつ、漏えい等が禁止される事項も抽象的に書かれており、漠然としていて処罰の範囲も不明確であり、憲法31条が要求する適正手続の保障に反する疑いも強い。さらに、本法案が実現すると、秘密の中身が明らかにされにくく公開裁判が形骸化するおそれがあり、憲法37条が保障する公平な裁判所による迅速な公開裁判を受ける権利が脅かされかねない。
 2 憲法の国民主権の原理に反する
 憲法の国民主権の原理は、主権者である国民の意思に基づいて国政のあり方を決定していく政治のあり方を指しているが、これが十分に機能するためには、一人ひとりの国民が国政に関する事項について十分な情報にアクセスでき、その提供を受けられ、自由な表現・報道活動が行われ、これらによって主権者の意思が形成されることが前提である。
 ところが、本法案が提示しているのは、そのような国民主権の前提に反して、1にも記したとおり、防衛、外交、有害活動防止やテロ防止など国民が大きな影響を受ける重要な情報について、その入手、取材、伝達、報道、意見交換がさまざまな形で制限される仕組みとなっている。これでは、国民主権が拠って立つ基盤そのものが失われてしまうことになろう。
 そもそも、本法案の準備過程そのものが秘密の闇に包まれ国民に明らかにされないまま進められてきた経緯がある(NPO法人「情報公開市民センター」が、情報公開法によって本法案に関する情報の公開を請求したところ、内閣情報調査室は、「国民の間に不当に混乱を生じさせる」との理由で公開を拒否したと報告されている)。また、本法案が制定されることになれば、国会議員の調査活動や議院の国政調査権なども制限を受ける可能性が高く、国民主権の原理はますます形骸化されてしまいかねない。現に法案では、秘密の委員会や調査会に特定秘密が提供された場合、それを知りえた議員も漏洩等の処罰対象とされているからである。
 3 憲法の平和主義の原理に反する
 憲法は、戦争の放棄と戦力の不保持、平和的生存権を定める平和主義を宣言している。これからすれば、軍事や防衛についての情報は国家の正当な秘密として必ずしも自明なものではなく、むしろこうした情報は憲法の平和主義原則の観点から厳しく吟味し、精査されなければならないはずである。
本法案は、防衛に関する事項を別表で広く詳細に列記し、関連の特定有害活動やテロ防止活動に関する事項も含め、これらの情報を広く国民の目から遠ざけてしまうことになる。秘密の指定は行政機関の一存で決められ、指定の妥当性や適正さを検証する仕組みは何も用意されていない。しかも、本法案により、現在の自衛隊法により指定されている「防衛秘密」はそのまま「特定秘密」に指定されたものと見做され、懲役も倍化されるという乱暴なやり方が取られている。本法案のような広範な防衛秘密保護の法制化は憲法の平和主義に反し、許されないと言わなければならない。むしろ、防衛や安全保障に関する情報であっても、秘密を強めるのではなく、公開を広げることこそが現代民主国家の要請である。
 政府は、安全保障政策の司令塔の役割を担う日本版NSC(国家安全保障会議)の設置法案とともに本法案の制定を図ろうとしている。また自民党は先に「日本国憲法改正草案」を公表し、「国防軍」を創設するとともに、機密保持のための法律の制定をうたい、さらに、先に公表された「国家安全保障基本法案」では、集団的自衛権の行使を認めるとともに、秘密保護法の制定を示したが、本法案は、想定される武力の行使を見越して秘密保護をはかろうとするもので、憲法改正草案、国家安全保障基本法案と一体のものと見る必要がある。その背後には、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)締結にも示されるように、日米の情報共有の進展を踏まえた秘密保護強化の要請がある。
 以上のように、本法案は基本的人権の保障、国民主権、平和主義という憲法の基本原理をことごとく踏みにじり、傷つける危険性の高い提案に他ならないので、私たちは重ねてその制定に強く反対する。
            2013年10月11日

 [呼びかけ人] (24人)
愛敬浩二(名古屋大学教授)、青井未帆(学習院大学法務研究科教授)、石村善治(福岡大学名誉教授)、市川正人(立命館大学教授)、今関源成(早稲田大学法学学術院教授)、上田勝美(龍谷大学名誉教授)、*右崎正博(獨協大学教授)、浦田賢治(早稲田大学名誉教授)、浦田一郎(明治大学法学部教授)、浦部法穂(神戸大学名誉教授)、奥平康弘(憲法研究者)、小沢隆一(東京慈恵会医科大学教授)、阪口正二郎(一橋大学大学院法学研究科教授)、*清水雅彦(日本体育大学准教授)、杉原泰雄(一橋大学名誉教授)、*田島泰彦(上智大学教授)、服部孝章(立教大学教授)、水島朝穂(早稲田大学教授)、本秀紀(名古屋大学教授)、森英樹(名古屋大学名誉教授)、*山内敏弘(一橋大学名誉教授)、吉田栄司(関西大学法学部教授)、渡辺治(一橋大学名誉教授)、和田進(神戸大学名誉教授)
(*印は世話人)
 [賛同人](2013年11月5日現在、131人)
<現役と見られる国公立大学(法人)教員のみ太字化しておく-掲載者>
 青木宏治(関東学院大学法科大学院教授)、浅川千尋(天理大学人間学部教授)、梓澤和幸(山梨学院大学法科大学院教授・弁護士)、足立英郎(大阪電気通信大学工学部人間科学研究センター)、荒牧重人(山梨学院大学)、飯島滋明(名古屋学院大学准教授)、池端忠司(神奈川大学法学部教授)、井口秀作(愛媛大学法文学部教授)、石川裕一郎(聖学院大学准教授)、石塚迅(山梨大学生命環境学部准教授)、石村修(専修大学法科大学院教授)、井田洋子(長崎大学教授)、伊藤雅康(札幌学院大学法学部教授)、稲正樹(国際基督教大学教授)、井端正幸(沖縄国際大学法学部教授)、浮田哲(羽衣国際大学現代社会学部教授)、植野妙実子(中央大学教授)、植松健一(立命館大学教授)、植村勝慶(國學院大學法学部教授)、江原勝行(岩手大学准教授)、榎透(専修大学准教授)、榎澤幸広(名古屋学院大学講師)、大石泰彦(青山学院大学教授)、大久保史郎(立命館大学教授)、太田一男(酪農学園大学名誉教授)、大津浩(成城大学法学部教授)、大塚一美(山梨学院大学等非常勤講師)、大藤紀子(獨協大学教授)、大野友也(鹿児島大学准教授)、岡田健一郎(高知大学講師)、岡田信弘(北海道大学法学研究科教授)、緒方章宏(日本体育大学名誉教授)、奥田喜道(跡見学園女子大学マネジメント学部助教)、奥野恒久(龍谷大学政策学部)、小栗実(鹿児島大学教員)、柏崎敏義(東京理科大学教授)、加藤一彦(東京経済大学教授)、金澤孝(早稲田大学法学部准教授)、金子匡良(神奈川大学法学部准教授)、上脇博之(神戸学院大学大学院実務法学研究科教授)、彼谷環(富山国際大学准教授)、河合正雄(弘前大学講師)、河上暁弘(広島市立大学広島平和研究所講師)、川岸令和(早稲田大学教授)、菊地洋(岩手大学准教授)、北川善英(横浜国立大学教授)、木下智史(関西大学教授)、君島東彦(立命館大学教授)、清田雄治(愛知教育大学教育学部教授)、倉田原志(立命館大学教授)、古関彰一(獨協大学教授)、越路正巳(大東文化大学名誉教授)、小竹聡(拓殖大学教授)、後藤登(大阪学院大学教授)、小林武(沖縄大学客員教授)、小林直樹(東京大学名誉教授)、小松浩(立命館大学法学部教授)、笹川紀勝(国際基督教大学名誉教授)、佐々木弘通(東北大学教授)、笹沼弘志(静岡大学)、佐藤潤一(大阪産業大学教養部)、佐藤信行(中央大学教授)、澤野義一(大阪経済法科大学教授)、志田陽子(武蔵野美術大学教授)、清水睦(中央大学名誉教授)、城野一憲(早稲田大学法学学術院助手)、鈴木眞澄(龍谷大学法学部教授)、隅野隆徳(専修大学名誉教授)、芹沢斉(青山学院大学教授)、高作正博(関西大学教授)、高橋利安(広島修道大学教授)、高橋洋(愛知学院大学大学院法務研究科)、高見勝利(上智大学法科大学院教授)、高良鉄美(琉球大学教授)、田北康成(立教大学社会学部助教)、竹森正孝(大学教員)、多田一路(立命館大学教授)、只野雅人(一橋大学教授)、館田晶子(専修大学准教授)、田中祥貴(信州大学准教授)、塚田哲之(神戸学院大学教授)、寺川史朗(龍谷大学教授)、戸波江二(早稲田大学)、内藤光博(専修大学教授)、永井憲一(法政大学名誉教授)、中川律(宮崎大学教育文化学部講師)、中里見博(徳島大学総合科学部准教授)、中島茂樹(立命館大学法学部教授)、永田秀樹(関西学院大学教授)、仲地博(沖縄大学教授)、中村睦男(北海道大学名誉教授)、長峯信彦(愛知大学法学部教授)、永山茂樹(東海大学教授)、成澤孝人(信州大学教授)、成嶋隆(獨協大学法学部教授)、西原博史(早稲田大学教授)、丹羽徹(大阪経済法科大学)、根本博愛(四国学院大学名誉教授)、根森健(新潟大学法務研究科教授)、野中俊彦(法政大学名誉教授)、濵口晶子(龍谷大学法学部准教授)、韓永學(北海学園大学法学部教授)、樋口陽一(憲法研究者)、廣田全男(横浜市立大学都市社会文化研究科教授)、深瀬忠一(北海道大学名誉教授)、福島敏明(神戸学院大学法学部准教授)、福島力洋(関西大学総合情報学部准教授)、藤野美都子(福島県立医科大学教授)、船木正文(大東文化大学教員)、古川純(専修大学名誉教授)、前原清隆(日本福祉大学教授)、松田浩(成城大学准教授)、松原幸恵(山口大学准教授)、丸山重威(前関東学院大学教授)、宮井清暢(富山大学経済学部経営法学科教授)、三宅裕一郎(三重短期大学)、三輪隆(埼玉大学特別教員・名誉教授)、村田尚紀(関西大学法科大学院教授)、元山健(龍谷大学法学部)、諸根貞夫(龍谷大学教授)、森正(名古屋市立大学名誉教授)、山崎英壽(都留文科大学非常勤講師)、山元一(慶応義塾大学教授)、横田耕一(九州大学名誉教授)、横田力(都留文科大学)、吉田稔(姫路獨協大学法学部教授)、横山宏章(北九州市立大学大学院社会システム研究科教授)、吉田善明(明治大学名誉教授)、脇田吉隆(神戸学院大学総合リハビリテーション学部准教授)、渡辺賢(大阪市立大学大学院法学研究科教授)、渡辺洋(神戸学院大学教授)

1019/西尾幹二による樋口陽一批判②。

 前回のつづき。西尾幹二は、「ルソー=ジャコバン型モデルの意義を、そのもたらす痛みとともに追体験することの方が重要」という部分を含む樋口陽一の文章を20行近く引用したあと次のように批判する。
 ・「まずフランスを上位に据えて、ドイツ、日本の順に上から序列づける図式的思考の典型例」が認められる。「後進国」ドイツ・日本の「劣等感」に根拠があるかのようだった「革命待望の時代にだけ有効な立論」だ。革命は社会の進歩に逆行するという実例は、ロシア・中国で繰り返されたのだ(p.73-74)。
 ・中間団体・共同体を破壊して「個人を…裸の無防備の状態」にしたのが革命の成果だと樋口陽一は考えているが、中間団体・共同体の中には教会も含まれる。そして、王制だけではなく「カトリック教会」をも敵視した「ルソー=ジャコバン型」国家は西欧での「一般的な歴史展開」ではなく、フランスに「独自の展開、一つの特殊で、例外的な現象」だ。イエ・家族を中間団体として敵視するフランス的近代立憲主義は「日本の伝統文化と…不一致」だ(p.74-75)。
 ・日本では「現に樋口陽一氏のようなフランス一辺倒の硬直した頭脳が、国の大元をなす憲法学の中心に座を占め、若い人を動かしつづけている」。「樋口氏の弟子たちが裁判官になり、法制局に入り、…などなどと考えると、…背筋が寒くなる思いがする」(p.75)。
 ・オウム真理教の出現した戦後50年めの椿事は、「『個人』だの『自由』だのに対し無警戒だった戦後文化の行き着いた到達点」で、「解放」を過激に求めつづけた「進歩的憲法学者に煽動の責任がまったくなかったとは言いきれまい」。「解放と自由」は異なる。何ものかへの「帰依」なくして「自我」は成立せず、「信従」なくして「個性」も芽生えない。「共同体」をいっさい壊せば、人間は「贋物の共同体に支配される」(p.75)。
 ・「樋口氏の著作」を読んでいると、「社会を徹底的に『個人』に分解し、アトム化し、その意志をどこまでも追求していく結果、従来の価値規範や秩序と矛盾対立の関係が生じた場合に、『個人』の意志に抑制を求めるのではなく、逆に従来の価値規範や秩序の側に変革を求めるという方向性」が明確だ。「分解され、アトムと化した『個人』の意志をどこまでも絶対視する」結果、「『個人』はさらに分解され、ばらばらのエゴの不毛な集積体と化する」(p.75-76)。
 ・「『個人』の無限の解放は一転して全体主義に変わりかねない。それが現代である。ロベスピエールは現代ではスターリンになる可能性の方が高い」。実際とは異なり「概念操作だけはフランス的で…『個人』を無理やり演出させられていく」ならば、東北アジア人としての「実際の生き方の後ろめたさが陰にこもり、実際が正しければ正しいほど矛盾が大きくなる」、というのが日本の現実のようだ(p.76)。
 以上。法学部出身者または法学者ではない<保守>論客が、特定の「進歩的」憲法学者の議論(の一部)を正面から批判した、珍しいと思われる例として、紹介した。  樋口陽一らの説く「個人主義」こそが、個々の日本人を「ばらばらのエゴの不毛な集積体」にしつつある(またはほんどそうなっている)のではないか。
 本来は、このような批判的分析・検討は、樋口陽一に対してのみならず、古くは宮沢俊義や、新しくは辻村みよ子・浦部法穂や長谷部恭男らの憲法学者の議論・主張に対して、八木秀次・西修・百地章らの憲法学者によってこそ詳細になされるべきものだ。  「国の大元をなす憲法学の中心」が<左翼>によって占められ続けているという現実を(そしてむろんその影響はたんに憲法アカデミズム内に限られはしないことを)、そして有効かつ適切な対抗が十分にはできていないことを、少数派に属する<保守>は深刻に受けとめなければならない。

0869/外国人参政権問題-あらためてその5・憲法学界④

 ⅠとⅡの二冊で憲法全体をかなり詳しく叙述する野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利・憲法Ⅰ〔第四版〕(有斐閣、2006)の第5章「人権総論」は中村睦男が単独執筆している。

 中村睦男は刊行当時は北海道大学学長(!)。なお、高橋和之は刊行当時は明治大学教授とされているが、芦部信喜の指導を受けたと見られる、前東京大学法学部(法学研究科)教授。

 中村は上の章の「第三節・人権の享有主体」の「三・外国人」のうち、「(2)保障される人権の範囲」、そして②の「参政権」の項で、次のように叙述する(p.221-2)。

 ・「国政レベルでの参政権」につき、これは一定の外国人にも保障されるべきとする説(=浦部法穂)もあるが、日本国憲法の「国民主権原理は伝統的な国民主権原理を維持している」と解されるので、「日本国民に限られる」。

 ・「地方公共団体レベルの参政権」については、「禁止説」・「要請説」・「許容説」がある。

 ・上の「禁止説」は憲法93条2項の「住民」は同15条1項の「国民」を前提とすると理由づける。「しかしながら、外交、国防、幣制などを担当する国政と住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務を担当する地方公共団体の政治・行政とでは、国民主権の原理とのかかわりに程度に差異があること」を考えると、「選挙権を一定の居住要件の下で外国人に認めることは立法政策に委ねられているものと解される」。

 このあとで中村は、「最高裁も」として平成7年判決を挙げて、「許容説の立場に立っている」と書いている。

 平成7年最高裁判決や芦部信喜説の影響もあるかもしれないが、中村睦男は明確に外国人地方参政(選挙)権についての<許容説>だ。そして、最高裁平成7年判決の関係部分について、「傍論だが…」と書いていないし、ましてや<傍論だから無視してもよい>とは書いていない。最高裁判例としての意味があるものとして、所謂「傍論」部分を援用していると思われる。

 この中村の叙述内容は、中村が参照要求している浦部法穂や明示はないがこの欄ですでに言及した辻村みよ子の説に比べると、穏当なものだ。国政については明確に「禁止説」で、浦部法穂や辻村みよ子とは異なる。

 しかし、外国人地方選挙権については明瞭に「許容説」だ。したがって、外国人の範囲にもよるが、「一定の居住要件」を充たす外国人に地方選挙権を付与する法律案を支持する、少なくともそれを違憲視することはない、ということになるだろう。

 辻村みよ子が「禁止説」よりも「許容説」が「有力となった」と書いていることはすでに紹介した(同・憲法〔第三版〕p.148)。おそらくそのとおりで、上の中村睦男のような考え方が、芦部信喜のそれも含めて、近時の日本の憲法学界の<主流>ではないか、と思われる。

 <地方>にとりあえず限るが、日本の憲法学界は、外国人の選挙権に<優しい>のだ。こんなこともあらためて知っておいてよいだろう。

 ついでに、国の政治・行政も「住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務を担当」しているし、地方公共団体の政治・行政も例えば「国防」に関係する仕事を担当することがある、国と地方公共団体(の政治・行政)は中村が想定または想像している以上に複雑で複合的な関係にある、とだけ中村の叙述を批判しておこう。

0748/大月隆寛「『論壇』は歴史的限定を超えられるか」(月刊正論7月号)と「左翼」・日本共産党。

 月刊正論7月号(産経新聞社)のp.240~、大月隆寛「『論壇』は歴史的限定を超えられるか」
 本当にメモ、引用したいのは以下の第三だが、他にもついでに触れる。
 第一に、月刊・諸君!廃刊にかかわり、実質的には(株)文藝春秋批判がある。以下のごとし。 
 (株)文藝春秋は雑誌「文学界」はなお維持する。赤字は同様で経営的視点からは同じ。「文学」畑の老舗との「意地」があるのだろうが、それは「諸君!」には何故機能しなかったのか。
 月刊WiLL(ワック)の如き編集方針でやってみる可能性もあったはず。それができないのは(株)文藝春秋の「プライド」で、「そこまではしたくない、堕ちたくはないという一線」を感じていた。
 「なりふり構わず『保守』ブランドでまだしぶとく商売」するとの<論壇馬鹿>の「心意気など、良くも悪くも初手から無縁」の会社だった。等々。
 大月の指摘のとおり、(株)文藝春秋はこの程度の会社だったと思われる。同業(同様傾向?)各誌・各社による<内輪褒め>・<楽屋褒め>に通じる月刊・諸君!廃刊への<残念>ぶりは白々しい。
 第二に、とくに「論壇」誌編集者と執筆者の<共同体>幻想への批判。
 ノンフィクション・ライターと雑誌編集者が「仲間」・「同志」という気分が感じられるのは気持ちが悪い。大手出版社の編集者ともの書きは「共闘」相手などではとっくになくなっている。
 「学生運動的な、文化祭チックな」「内輪」気分の「共同体」があるとの「勘違い」、出版・ジャーナリズムはただの商売ではない「文化」的事業との「勘違い」。そんな状況は「内側から確実に腐り始めて」いた。
 さて、第三。月刊・諸君!の廃刊とは無関係に、時代認識・時代表現として、興味深い文章が並んでいる。
 ・「ある時期以降」メディアの「左翼的」「もの言い」は、書き話す当人たちにとって「そういうものだから」というだけで「習い性としてやっている程度のこと」。
 ・「学校とその延長線上に連なる空間で、世渡りの作法としてのサヨク/リベラル系言説」は「必須」だった。「ある時期までは確実に」。
 ・「学校」や「その繋累の場であるマスコミ周辺」ではその「世渡り作法は長い間温存されて」いた。「実利があればこそ温存されていた」。「サヨク/リベラル系言説を身につけておれば、ひとまずいらぬ摩擦や軋轢を回避しながら、…超伝導のようにあらかじめ設定されたチューブの中を滑走」できたのだ。
 ・小中学校のホームルームでの「耳ざわりのいい」「もの言い」や「立ち居振る舞い」こそが、「反日マスコミ」に象徴される「サヨクぶり」・「プロ市民的もの言い」の発生地点。それは「ある意味で『優等生』の身だしなみ」。「学校」と「その延長線上の世界」、例えば「マスコミ、大学などの学者・研究者から学校の教員、そして役所に医者、弁護士…」、何のことはない、「勝ち組」とも称される「職種の多くは」、「学校民主主義の型通りが跋扈するにふさわしいものになっている」。「反日」の「身振り」はかかる「優等生」たちの「身だしなみ」で、戦後日本の「エリートカルチャー」の「あるコアの部分、でもあった」。
 ・「身だしなみ」である限りいちいち考える必要はない。「マナーとしてのサヨク、…『反日』」。「反日マスコミ」の「反省のなさ」、世間の視線についての「自覚の欠如」は、それほどまでに彼らの「反日」が「単なる習い性」で、「深く考えた上で自覚的に選択されたものではとうになくなっていることの、雄弁な証拠にすぎない」。
 ・「サヨク」は、「特に高度成長期の大衆化をくぐっていく過程」で、「ある『自由』の表象」、「『個人』であることを最も手軽にかつ効率的に身にまとうことのできるアイテムと化して」いった。「お手軽なジーンズみたいなものになった」。
 以上。このあと、「保守」は「大衆アイテム」になれなかった。だが、「少数派」だから「正義」だとの倒錯も生じた、との叙述や「田母神現象」の捉え方等への言及もあるが、省略。
 上の引用・紹介部分は、感じていたことを巧く言葉で表現してくれているようだ。
 法曹(弁護士・裁判官等)・行政官僚・大学教授等の多くが戦後教育の「優等生」である、日本国憲法の下での<平和・民主主義>教育によって彼らはほとんど自然に<何となく左翼>になっている、というような旨は、この欄で私もいく度か述べた。
 大月は「身だしなみ」・「マナー」としての「左翼」(・「反日」)という表現を用い、かつ、「世渡りの作法としてのサヨク/リベラル系言説」という表現も使っている。

 「左翼」がかなりの程度において広く「世渡りの作法」になっているという現実は事実として確認しておく必要がある。換言すると、<処世のための左翼>だ。
 だが、それ以上に、あるいは「処世」の中身として、昔風にいうと<立身出世>あるいは<著名人化>するための「左翼」、という者もいることも確認しておく必要があるだろう。
 この場合はたんに「左翼」というよりも、「確信左翼」・「組織左翼」と称してもよく、「左翼」思想ではなく、マルクス主義又は親マルクス主義という語を使った方がより理解しやすくなる。
 そして結局は<処世のため>に、そして<立身出世>・<著名人化>するために、(「綱領」をきちんと理解しているか、「マルクス主義」を本当に<正しい>と言えるかの自信は本当にはないままで)日本共産党に入党するような研究者・文化人等々もいる、ということも広く知られてよいだろう。
 「文化人」ならまだよいかもしれないが、大学に所属する研究者の場合、真の意味における「学問の自由」が彼らにある筈はない。固い枠の中で、真否の判断や発言・執筆内容に<政治的な>考慮を加える「共産党員」研究者は、(米国・英国・ドイツ等に比べると日本には)ウジャウジャと棲息していると思われる。
 少なくとも「深く考えた上で自覚的に選択されたものではとうになくなっている」、「サヨク」・「反日」の<身だしなみ>を持つ者として、NHKの日本デビューの制作者たち(浜崎憲一・島田雄介ら)及び放送総局長・日向英実や会長・福地茂雄挙をげることができよう。
 そういう「左翼」たちを生み出すことに役立っているのが、執筆者に日本共産党員も紛れもなく含まれていると推定される、実教出版の教科書、高校/政治・経済(宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂ほか執筆)でもある。
 大月隆寛の文章を読んで、こんなことまで書きたくなった。

0745/「社会契約説」等、なぜ外来思想が必要なのか、等。

 一 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七七名が表紙に明記されている「執筆・編修」者(全て大学教授又は名誉教授)である実教出版による高校/政治・経済〔新訂版〕(2009.01。2007.03検定済み)p.8以下は、「民主政治」のもとになる理念は「社会契約説」で、その代表的な思想家はホッブズ、ロック、ルソーだとし、「とくに市民革命による民主政治の誕生」に影響を与えたのはロックとルソーだとする。
 この「民主政治」(又は「近代民主主義」)の考え方は日本国憲法に採用され、日本にも基本的に妥当する、と考えられていると思われる。
 だが、かねて感じてきたのだが、「近代」国家にせよ、国家一般にせよ、その成り立ちを「社会契約説」によって説明するのは、日本には馴染まないのではないか。
 言語の異なる多「種族」又は「民族」がいてかつ地続きだった欧州諸国を風土的前提とする「社会契約説」は、ほぼ単一民族で方言はあってもほぼ同じ言語をもつ人々が集団で生きていた島国・日本の「国家」の成り立ちにはあてはまらないのではないか。
 さらにいうと、「社会契約説」などを説かなくとも、日本「国家」は(天皇とともに)古くから存在しており、人々にとって、「国家」の存在は、論じるまでもない所与の前提だったのではないか。
 マルクス主義も含めて、「国家」を外国・外来の<思想>で語る必要はないのではないか。

 二 高坂節三・経済人からみた日本国憲法(PHP新書、2008)には、全部を読んでいないが、興味深い指摘がある。
 1.孫引きになるが、法哲学者・長尾龍一は、日本国憲法につき、「上半身は啓蒙期自然法論、下半身は功利主義」だと表現した。<啓蒙期自然法論>の中にルソーらの社会契約論も入ってくる。
 著者・高坂節三(正顕の子、正嶤の弟)は「現在の国民感情は、上半身がぴったり収まらず、下半身が異常に発達した結果」ではないか、とする(p.224)。
 少なくとも<啓蒙期自然法論>のみで説明するのは無理がある。それを試みるのは、一種の<大嘘>か<偽善>だと思われる。
 2.孫引きになるが、岡崎久彦は某著の中で、クロムウェル時代の英蘭戦争の前の時期の<オランダは「平和主義の国」で、グロティウスを生み、画家たちも「戦争を呪い、戦争の悲惨さを訴える絵画」を描いた。「問題はオランダが、その国是ともいうべき平和主義のために戦争の危険に直面しようとせず、迫る危険に眼をつぶっていたことである」>と書いた(p.219)。
 社民党の福島瑞穂、「戦争の悲惨さを訴える」番組作りに熱心なNHKの関係者等々に読んでもらいたい。

0744/実教出版・高校/政治・経済〔新訂版〕-日本共産党・マルクス主義・「左翼」の浸透2。

 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七の7名を表紙明記の「執筆・編修」者とする実教出版・高校/政治・経済〔新訂版〕(2009.01。2007.03検定済み)の一部の内容紹介のつづき。
 4.引用はほとんど省略するが、日本国憲法の称揚。とくに-「日本国憲法は、これらのいずれよりも徹底した軍備廃止を宣言している点で、まさに世界史的意義をもつ画期的なものである」(p.26)。
 5.p.33-他にも類似の文章はあるが、ここでは以下の次の如し-「日本国憲法の平和主義の理念は、まさしく人類共通の指針とされるべき…。…平和主義の理念を全世界の国民の共通財産としてひろめていくことこそが、国際社会における日本の重要な役割のはずである」。
 恥ずかしくなるような空虚な言葉の羅列。美しい「理念」が雑多な諸国に簡単に「ひろめ」られるとよいのだが。
 6.住民基本台帳ネットワークにつき、「個人情報が一元管理することで、プライバシー侵害の危険を指摘する声も強く、住基ネットに加わらない自治体もある」(p.48)。
 これでは、「住基ネットに加わらない自治体」(なお、この態度は法律違反。法律が違憲でないかぎり従うべき)を応援しているようなものだ。「…の危険を指摘」しない「声」は小さかったのか?
 7.引用はほとんど省略するが、①「直接的な住民参加」・②「活発な住民運動」・③「住民投票」制度の称揚。③につき「地域からの民主主義の新しい動きとして注目される」(p.66)。
 これらはイデオロギーとまでは言わなくとも、ありうる「見解・主張」の一つの表明。<直接>民主主義がお好きであるのは、ルソー、ロベスピエールの「人民主権」論、紙の上だけのフランス1793年憲法の影響だろうか。いつか述べたように、<代表>民主主義よりも<直接>民主主義の方が国民・住民にとって<より正しい>・<より合理的な>・<より利益となる>決定を導く保障は全くない。
 他にもまだまだ「左翼」教条的叙述はある。別の回に。
 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七よ。君たちは、あなたたちは、こんな教科書を作成して成長過程の高校生に特定の「思想」あるいは少なくとも特定の「見解」を注入しようとしていることにつき、<良心の呵責>は感じないのか。広く多様な見解に言及することなく、あるいは触れてもいずれかの見解を支持して誘導することを「教科書」で行ってよいのか。マルクス主義者は「厚顔」なので、心には届かないかもしれないが。

0742/日本共産党・マルクス主義・「左翼」の浸透-1。

 書き写すのは面倒だし、精神衛生にも悪いが、以下の叙述を含む本がある。
 1.「ナチスによるユダヤ人大量虐殺は、ファシズムの非人道的、反民主主義的な性質を示した惨劇であった。日本軍国主義の中国・朝鮮への侵略、南京事件での中国人虐殺や朝鮮人の強制連行なども同じような非人道的行為である」(p.18)。
 第一に、ドイツ・ナチスによる「ユダヤ人大量虐殺」=ホロコースト・ジェノサイドと、「日本軍国主義」によるとされる後段の諸行為は、いかなる意味で「同じような非人道的行為」なのか。ここにはドイツ・ファシズム(ナチズム)と「日本軍国主義」を、同様の「罪」を犯した、似たようなものだった、という印象を与えようとする<大嘘>がある。
 第二に、「日本軍国主義」による①「中国・朝鮮への侵略」、②「南京事件での中国人虐殺」、③「朝鮮人の強制連行」は事実なのか。
 ③は意味不明なところもあるし、①の「朝鮮への侵略」とはいったい何を意味しているのか。<植民地化>という表現自体にも疑問をもつが、<朝鮮侵略>とはいったい何のことか。むろん、中国「侵略」との呼称についても「南京事件での中国人虐殺」という事実についても、異論はある。上のようになぜ断定できるのか。
 2.「こんにちのテロリズムは、…世界の富が一部の国に集中して、イスラム世界やアフリカに貧困や飢餓がひろがり、文化的にも西欧的な価値観や信仰がイスラム文化に破壊的な作用をもたらしたことに対する、恨みの結果だという見方もある。だとすれば、テロを武力だけで封じ込めることはむずかしい。国際社会に寛容や信頼をとり戻すことが、最も基本的な課題だともいえる」(p.20)。
 2001年09.11のテロその他の「自爆テロ」に関係する叙述だが、第一に、テロにも<それなりの根拠>があり、「国際社会」の「寛容」さが「最も基本的」だと主張しているのだから、<テロリズム>に対する<優しさ>が甚だしく、異様だ。
 第二に、福島瑞穂(社民党)か田嶋陽子の言葉の如く、「国際社会」の「寛容と信頼」を「とり戻す」ことが重要なのだという。そのためにどうすべきかを語らないと、美辞麗句を<言うだけ>にすぎない。また、「とり戻す」までに繰り返されるテロによって失われるかもしれない多数の生命については、執筆者はどう考えているのか。
 3.A「憲法改正問題/…『改憲』論議では、憲法9条を『改正』して自衛隊の存在と活動を憲法上明確に位置づけることが一つの大きな争点とされ、また…全面改定を前提とする議論が行われている。一般に、憲法の『改正』とは現行憲法の存在を前提としてこれに部分的な変更を加えることと理解されており、憲法の基本的な原理を大きく変更するような改定や、憲法の全面改正は、『改正』ではなく、『新憲法の制定』とみなすべきとされる。こんにちの『改憲』論は、この観点からからすると、『憲法改正』論ではなく『新憲法制定』論だということになる」(p.25)。
 例を自民党憲法改正案に採ると、同案は現憲法の「全面改定」・「全面改正」案ではない。<白紙>の出発点に立って一から条文自体を変えていくことも「憲法改正」に含まれうると私は考えるが、その点はともかく、上の指摘は自民党憲法改正案にはあてはまらない。とすると、「改正」論ではなく「新憲法制定」論だとの指摘が適切であるためには、「憲法の基本的な原理を大きく変更するような改定」論・案であることを示す必要がある。しかし、例えば現憲法9条が「憲法の基本的な原理」であるとの叙述も説明も何らなされていない。かつまた、現在の憲法学の通説又は多数説において、「改正」できない「憲法の基本的な原理」として憲法9条のいわゆる「平和主義」(の具体的規定内容。当然に第二項を含む)は挙げられていない。
 上の主張は不備・不十分さを含み、かつ憲法学の通説・多数説に反する見解を前提にしていると考えられる。
 3.B(上に続けて)「新憲法の制定は、政治体制の重大な変更をもたらすことになるが、はたしていまの日本でその必要があるのか、そしてなによりも、『新憲法』によってどのような国をつくろうとするのか、といった点についての慎重な議論の積み重ねが要請されよう」(p.25)。
 「新憲法の制定」という表現の問題性は上で述べた。ここでは実質的には「改憲」反対論が明確に主張されている。
 その理由として語られるのは①「その必要があるのか」と②「どのような国をつく」るのか「慎重な議論」が必要、ということで、これでは理由になっていない。改正の「必要」性自体が改憲・護憲の争点なのだから、前者は問いに問いで答えている。
 また、改憲・護憲について(改正の内容も含めて)「慎重な議論」をすればよいのだから、後者もまた何も言っていないに等しい。
 他にも問題のある叙述があるが、別の回に移す。
 とりあえず以上の三点(A・Bを分けると四点)に限る。これらの叙述は、ふつうの何らかの本に書かれていても、とり挙げて批判したくものだ。
 だが、「ふつうの何らかの本」に書かれている叙述ではない。文科省の教科書検定に合格した高校用の「政治・経済」の教科書に書かれている。
 実教出版による高校/政治・経済〔新訂版〕(2009.01。2007.03検定済み)で、表紙に明記されている「執筆・編修」者七名(全て大学教授又は名誉教授)は次のとおり。
 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七。上の三A・Bは「憲法学者」の浦部法穂(東京大学卒・名古屋大学教授)の執筆だろう。
 誰とは書かないし、書いても推測になるが、これらの中にはほぼ明らかに複数の日本共産党員がいる。そうでなくとも、日本共産党シンパの者であり、マルクス主義者又は親マルクス主義者であり、そして全員が間違いなく「左翼」だ。
 上の1.2.は一つの「イデオロギー」表明であり、3.も公正な叙述ではなく、「改憲」反対という見解の明確な表明だ。
 こうした内容を含む教科書が高校生に「教科書」として読まれている。慄然とする。中学生・高校生の段階で、「左翼」的主張・思想の注入が行われている。
 日教組(民主党系)や全教(共産党系)やこれらに属する教員の活動を問題にしてもよい。だが、より問題にすべきなのは、彼らが教育する<内容>そのものだろう。
 また、より問題にすべきなのは、日教組(民主党系)や全教(共産党系)・これらに属する教員の活動を<指導>している(指導してきた)、大学教授であることが多い<進歩的・「左翼的」>知識人だろう。大学教授たちの活動には<教科書執筆・作成・刊行>も含まれる。
 日教組・山梨県教組出身の輿石某の言動を問題にするのもよいが、より構造的には、「左翼」大学教授による教科書・「教育理論」指導→組合幹部活動家→一般活動家→一般教員という流れのあることを意識しておくべきだ(戦後ずっと基本的には変わっていないともいえる)。
 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七よ。君たちは、あるいはあなたたちは、上のような叙述を含む教科書の執筆又は作成に関与して、人間として、学者として、恥ずかしくはないのか。人間として、学者としての<良心>はないのか。マルクス主義者は<厚顔>なので、こんな言葉が心に届くとは思っていないが。
 別の回にもさらに言及する。

0692/フランス1793年憲法・ロベスピエール独裁と辻村みよ子-2。

 辻村みよ子・憲法/第3版(日本評論社、2008)がフランス1793年憲法に触れる第三番目は以下。
 ③辻村によると、外国人の参政権(選挙権・被選挙権)につき、国政・地方の別、憲法による要請・許容の別によって、学説は以下のように6つに分類される。
 ①全面(国政・地方)禁止説、②全面(国政・地方)許容説、③全面(国政・地方)要請説、④国政禁止・地方許容説、⑤国政禁止・地方要請説、⑥国政許容・地方要請説。そして、④「国政禁止・地方許容説」が「最近の有力説」で、奥平康弘は②「全面(国政・地方)許容説」、浦部法穂は③「全面(国政・地方)要請説」で、自らもこの③説に含める(p.148-9。さすがに「左翼」憲法学者こそが外国人への参政権付与の論を張り、運動を支えている)。なお、「許容」説とは、憲法が参政権付与を要求・要請していないが、立法政策によって(法律レベルで)付与することも憲法は許容している(従って参政権付与は違憲ではない)と解釈する説のこと。
 上の議論にかかわって、辻村みよ子は「国民」・「住民」概念は未成年者も含む観念的集合概念なので、欧州連合条約上の「欧州市民権」論や「フランスの『人民(プープル)主権』論にもとづく1793年憲法(主権主体である人民を構成する市民が選挙権者となる)のように、選挙権者に該当する具体的な『市民』の観念を介在させることも理論上は有効である」。
 フランス1793年憲法がフランス国籍を有しない者の「参政権」をどう扱っていたかは知らない。辻村みよ子も曖昧にしたままだ。
 が、いずれにせよ、辻村は、現下の日本国憲法の解釈の一問題につき、200年以上前の特定の外国(フランス)の(施行されなかった)憲法の、<主権主体である人民を構成する市民が選挙権者>という基本的理念らしきものを参考にする(「介在させる」)ことが有効と述べているわけだ。

0617/外国人(地方)参政権の理論的根拠としての「プープル(人民)主権」論-辻村みよ子。

 杉原泰雄の指導を一橋大学で受けたと見られるのが、やはり若い頃はフランス革命期の憲法史を研究していた辻村みよ子(1949~、現東北大学教授)。
 辻村は、日本国憲法の解釈論としても「プープル(人民)主権」の方向の解釈が望ましいとする。
 浦部法穂=棟居快行=市川正人編・いま、憲法学を問う(日本評論社、2001)の中の棟居快行との対談「主権論の現代的展開」で、以下のように語る。見出しは秋月が付した。
 ①ナシオン(国民)主権論とプープル(人民)主権論―「ナシオン主権論」は「フランス革命当時に一握りのブルジョアジーが権力を独占するために抽象的・観念的な建前としての全国籍保持者を主権主体としつつ、実際には自分たちだけが国民代表となって主権を行使するために構築した理論」。「代表制と必然的に結合し」、「制限選挙とも結びついて非民主的に機能することができる」。
 「プープル主権論」では「抽象的・観念存在としての国民」ではなく「具体的に主権行使できる主権主体、すなわち政治的意思決定ができる市民の全体をプープルと呼」ぶ。「ナシオン主権」の場合は「赤ん坊も主権者に入る」ために「代表制が不可欠」だが、「プープル主権論のもとでは、それぞれの主権主体の主権行使自体が前提で、これが尊重される制度が求められ」る。以上、p.58-59。
 辻村において、「ナシオン主権」=<代表制>、「プープル主権」=<(半)直接制>のごとく理解されているようだ。
 上の点よりも分かりにくいのは、「プープル主権論」について語られている中での「政治的意思決定ができる市民」という場合のそのような「市民」の意味、とりわけ国籍保持を要件としないのかどうか、だろう。ともあれ、最初から「国民」と「市民」という語が異なるものとして使い分けられていると見られる。
 ②日本国憲法と「ナシオン主権」・「プープル主権」―現憲法43条の「代表」という語、議員の免責特権(51条)・不逮捕特権(50条)、前文(<国民は代表者を通じて行動>-秋月)は「間接民主制」を採用しており、「ナシオン主権に適合的な規定ともいえ」る。しかし、15条の国民の公務員選定罷免権、95条・96条の「住民投票や国民投票」は「直接民主制の手続を採用」している点では「半直接制としてプープル主権に近い構造だ」。
 このように混在があるが、「現代憲法として、より民主的な制度を採用しうるプープル主権の方向に解釈することが望ましい」。以上、p.60。
 辻村の所論で基本的によく分からないのは、①にも出てきていたが(いわく、「ナシオン主権」論は「非民主的に機能」しうる)、「ナシオン主権」(論)よりも「プープル主権」(論)の方が「より民主的」だ、ということの理由・根拠だ。なぜ、そう言えるのか。あるいはそもそも、「より民主的」とはいかなる意味なのか。

 辻村は、フランス革命期の1791年憲法よりも1793年憲法(ジャコバン憲法)の方が「より民主的」・<より進歩的>と考えていると推察される。この点の確認は別の機会に行うが、簡単には、以下に紹介するように、この本でも言及されている。
 簡単にいえば「ナシオン主権」論→「代表制民主主義」・「間接民主主義」、「プープル主権」論→「(より)直接的な民主主義」というふうに整理できるだろう。このように対置した場合において、「間接民主主義」よりも「(より)直接的な民主主義」の方がより<望ましい>・より<優れている>と、なぜ論定できるのか。
 いずれも<民主主義>だ。そして、「民主主義」を国民(とりあえずは人民でも市民でもよいが)にとって<よき>あるいは<幸福な>国家決定をもたらすための手段(に関する考え方の一つ)と理解する場合、「(より)直接的な民主主義」の方がより<よき>あるいはより<幸福な>決定を生じさせる、となぜ言えるのか。その保障は論理的にも現実的にも全くない。
 <合理的な>国家決定という語を使ってよい。「(より)直接的な民主主義」の方が「間接民主主義」よりもつねにより<合理的な>決定をもたらす保障は全くない。より多数の者がより直接的に<参加>することと、その結果としての決定の<合理性>あるいは国民の「幸福」・「福利」との間に論理的な因果関係があるわけでは全くない。
 「直接民主主義」の方が「間接民主主義」よりも<合理的>な、あるいは<正しい>決定を生じさせる、という暗黙の前提に立っているとすれば、そのこと自体の適切さをまずはきちんと論証しておいてもらわないと困る。
 辻村は、「直接民主主義」の方が「間接民主主義」よりも<合理的>な、あるいは<正しい>決定を生じさせる、と単純に<思い込んでいる>(そういう考え方に取り憑かれている)だけではないのか。
 むろん何が又はいずれが<合理的>な、又は<正しい>決定かという問題はある。しかし、少数意見の方が客観的に見て、あるいは「歴史的」評価の上ではより<合理的>で<正しかった>、ということはありうるはずだ。
 (代表制にせよ、直接制にせよ)多数意見が現実には<通用力>を持つが、そのことと<合理性>・<正しさ>、国民の「幸福」・「福利」にとっての客観的意味とは、別の問題なのだ。<民主主義>が(あるいは<民意>が)<誤った>決定を生じさせる、ということは、論理的にも現実的にも、十分にありうる。
 ③外国人の参政権―現憲法上「国民」には、第一に「国籍保持者としての国民」、第二に「主権行使者としての国民」の二つの意味がある。両者は「必ずしも…一致しているわけでは」ない。
 フランス1793年憲法において「主権者人民」=「市民の総体」で、この「市民」の中に「一定の外国人も含めて」いた。「国籍と切り離された市民の観念」の導入によって「主権者を国籍から離脱させることを可能とする理論的枠組みを、プープル主権論はもっていた」。
 「欧州市民権」観念を創出するため、今日のフランスには1793年憲法に言及して「国籍と切り離された市民権の観念」を説明する研究もある。
 「日本でも同じように、一定の外国人に参政権を認めるという要請を実現するため、この市民権観念を用いることが有効」だ。以上、p.61-62。
 まず、欧州ないしフランスにおける議論が日本の外国人参政権問題にいかほど「有効」かが問われる必要があろう。すなわち、ヨーロッパという新しい次元の「国家」を作ろうとしている地域における(おそらくは従来の国家の中での)「地方参政権」の付与の何らかの理念的根拠があるとしても、それが、同じ状況にはない日本に役立つとは全く思われない。
 そうだとすると、重要なのは、「主権者を国籍から離脱させることを可能とする理論的枠組みを、プープル主権論はもっていた」という辻村の理解かつ主張だ。
 ここで「プープル主権論」の当否が外国人の(地方)参政権問題に関する日本国憲法の解釈論としても、あるいは憲法のもとでの立法政策論にとっても大きな意味をもつことになる(p.63の棟居発言参照)。
 だが、<参政権>保有者を「国籍から離脱させることを可能とする理論的枠組み」を現憲法が、あるいはその他の種々の議論が用意しているだろうか。
 辻村みよ子は「定住外国人」=「永住市民」=「永住資格保持者」を「主権者国民としての人民を構成する市民の中に加えることを可能にする『永住市民権説』という考え方」に立っている、と言う(p.62)。
 「永住市民」=「永住資格保持者」も「主権者国民」(の一部)だと主張しているわけだ。
 上のような主張・考え方の背景には、フランスの(ジャコバン独裁開始期の、施行されなかった1793年憲法が謳った)「プープル主権論」があることを十分に銘記しておく必要がある。

0448/天皇制度と「宗教」-伊勢神宮式年遷宮費用問題から発展させて。

 皇室経済法(昭和22法律第4号)によると、「予算に計上する皇室の費用」には次の三種がある。①内廷費、②宮廷費、③皇族費、だ(法律上の順序による)。
 ①は皇族の「日常の費用その他内定諸費」に充てられ、②は①以外の「宮廷諸費」に充てられ、③は「皇族としての品位保持」のためのもので、皇族に年額、皇族であった者・皇族を離れる者に一時金額として出費される。
 園部逸夫・皇室制度を考える(中央公論新社、2007.09)も参照。但し、この本には、次の疑問の答えは明示されていない。そもそも(伊勢)神宮などという言葉は一回も出てこない。
 伊勢神宮をはじめとする神社や仏閣に天皇(家)から何らかの「金銭」が支出されているとすれば、上のどの種別に含まれるのか?
 日本国憲法第3条は「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」と規定して、天皇は<国事行為>をするが、すべてに「内閣の助言と承認」が必要だと定める。この<国事行為>とは、同6条による内閣総理大臣・最高裁長官の「任命」のほかは、同7条が定めるものに限られると一般に解されているようだ(「「憲法改正、法律、政令及び条約」の「公布」、「国会」の「召集」、「衆議院」の「解散」、四~六<略>、七「栄典」の「授与」、八・九<略>、十「儀式を行ふこと」)。
 これらの国事行為と天皇の<(純粋な)私的行為>の区別は、財源的には、上の②と①の区別に対応する。①内廷費は皇族の「日常の費用その他」のいわば「私費」として使われる、とされる。
 天皇(皇族)の活動・行為は(憲法上の)国事行為に限られるのか、<(純粋な)私的行為>とも区別される第三の「公的行為」との類型もあり、これも存在しうるのか、については、「公的行為」肯定説と同否定説が憲法学界にはあるようだ(野中=中村=高橋=高見・憲法Ⅰ〔第四版〕(有斐閣、2006)の高橋和之(前東京大学)執筆部分のp.136-141参照)。
 少なくともマルクス主義「的」と見られる浦部法穂が関係部分を執筆している芦部信喜監修・注釈憲法(1)(有斐閣、2000)で浦部法穂は、国事行為以外は「純粋な私的行為」のみ=「ひとりの人間としてなす純然たる私的行為(起居動作や趣味の行為など)」に限られる、とする(上掲書p.201、p.220~)。
 実務あるいは現実は<公的行為>を一定範囲で肯定しているようだが(国会開会式での「お言葉」など)、皇室が社寺とかかわる行為は<公的行為>とはされていないようだ。
 高橋和之(前東京大学)は上掲書p.131で憲法上の国事行為の一つの「儀式を行うこと」に触れて、「その儀式は私的ではなく国家的な性格なものでなければならず、かつ、政教分離の原則から宗教的なものであってはならないとされる」と書き、p.132では「儀式的行為が国事行為」になるには「国家的、全国民的性格のもの」の必要があり、「宗教的性格をもってはならないことはいうまでもない」と、「いうまでもない」との語尾をつけて強調しており、伊勢神宮等への関与が(現憲法上の)国事行為になる余地はなさそうだ。
 さらに、高橋(前東京大学法学部教授)は、昭和天皇の葬儀は「皇室の宗教儀式」としての「葬場殿の儀」と「国事行為」としての「大喪の礼」の二つを含んでいたこと、かつ両者が「同じ日に隣接した場所」で「あたかも一連の儀式であるかのような外観」で行われたので「政教分離の不徹底さが批判を受けた」と明記している。
 また、高橋は、現天皇陛下の即位にかかわる「皇室の宗教儀式」としての「大嘗祭」の費用は(国事行為とされなかったが)「宮廷費」から出費された、一方、現天皇陛下の婚姻の儀全体は当時の天皇=昭和天皇の「国事行為」として行われつつも、そのうち「賢所での宗教的儀式」=「神事」の費用は(「宮廷費」ではなく)「内廷費」で賄われた、という「あいまいさを残した」とも書いている(p.132-3)。
 こうして見ると、明記は以上のどの本にもないが、伊勢神宮への関与(式年遷宮費の一部負担)は「内廷費」から出費されていると理解しておそらく間違いないだろう。
 だが、極端とも思われる浦部法穂によれば、「内廷費」とは「ひとりの人間としてなす純然たる私的行為(起居動作や趣味の行為など)」について出費されるものになるが、はたして天皇(家)にとって、皇室と関係の深い社寺への<御下賜金>の交付が「純然たる私的行為」というような性格のものか否かは疑問も生じる。
 園部逸夫・上掲書p.298は「宗教的性格」をもつ「皇室財産は私有財産」とされ、「宗教的性格を有すると見られる行為は私的な立場の行為とされている」と書く。これがどうやら、現憲法のもとでの現在の一般的理解なのだろう。皇室と関係の深い社寺への<御下賜金>の交付が「宗教的性格を有する」と見られる限り、「私的な立場の行為」としか性格づけられないことになる(従って、「内廷費」で賄われる)
 だが、前東京大学の高橋和之は「いうまでもない」と書いて当然視しているが、現憲法上存置されている天皇と天皇制度はかくも全面的に<政教分離原則>に服しなければならないものなのだろうか。
 GHQがどの程度<天皇制度>の意味や歴史を理解していたかが問題になるが、いつか書いたように、とくに<神道>との密接な関連性をもつということは、<天皇制度>のうちに元来内包されている要素であり、そのようなものとして現憲法も<天皇制度>を存続させた、という解釈も可能なのではないだろうか。だとすれば、天皇(家)と<神道>の関係について厳格に<政教分離の原則>を適用するのは、むしろ憲法の趣旨には合致していない、とも解釈できるのではないだろうか。
 園部逸夫・上掲書p.同も、「宗教的性格」の財産や行為を従来通り「私的な位置づけ」とするとしても、「財産や行為の内容によっては」、それらの「文化的・歴史的意義に鑑み、…費用を、公費から支出することが可能なものもあるのではないか」と提言又は試論的に述べ、その例として、「文化的・歴史的な側面から」「宗教的意義」を評価しての、「古くから伝わる宗教的財産や古くから行われている祭祀等」を挙げている。
 「公費から支出」とは皇室経費以外の国費支出の場合の他に、「宮廷費」からの支出も含む、と理解できるのではないかと思われる。
 「古くから行われている祭祀等」の中に大嘗祭や婚礼のための「賢所での宗教的儀式」は含まれるかもしれないが、伊勢神宮の式年遷宮への<御下賜金>の交付も含まれるかは明らかではない。だが、少しばかりの可能性は生じうるだろう。
 以上は現日本国憲法を前提としての話なのだが、そもそも、政教分離に関する条項も、日本の宗教、とくに<神道>と<(日本化された)仏教>についてのいかほどの見識・知見をもって制定されているのかも問題にしなければならない。原文を作ったGHQの担当者は殆ど詳細な知識もなく、自国(アメリカ)又は欧州の有力諸国の憲法を大きな参考にしたのではなかろうか。
 だとすれば、宗教にかかわる国情も歴史も異なる日本に、米国(又は欧州)産の宗教関係条項をそのまま持ち込むのは無理がある、と言うべきではないか。
 そしてまた、<政教分離>の観点から、天皇(家)の宗教的活動を否定するかできるだけ制限することを志向している憲法学者の議論は、<天皇制度>への不信、将来におけるそれの廃棄を心の奥底では狙っているもののように思えなくもない。
 最もよいのは、<天皇と宗教>というテーマに関しても十分に議論・検討をして、新憲法を制定する(現憲法の関係条項を改正する)ことだろう。だが、自由民主党の新憲法草案を見てみると、新20条は現行規定と内容は殆ど(全く?)変わっていない。いつ憲法改正が具体的政治日程に上がるのか不明になってしまったが、目配りすべき部分は自由民主党の新憲法草案立案者が想定していたよりも多いのではないか。

0277/立花隆の「護憲論」(月刊現代)を嗤う-その6。

 10番目ということにしておくが、立花隆という人は、内容のない罵詈雑言的言辞を好む品性の物書きのようだ。
 私自身もかなり批判的な言葉を使うこともあるので完全に他人事にすることはできないが、立花の表現技術?もなかなかのものである。
 月刊現代8月号p.44によれば、彼のいう「自明の理が見えない政治家は愚か」で、「自明の理が見えずに改憲を叫ぶ政治家は最大限に愚か」で、「金の卵を産む鵞鳥の腹を裂いて殺してしまう農夫と同じように愚か」である。この「愚か」というのは、立花隆お得意の批判の言葉のようだ。相手を見下して、<莫迦>と言っているわけだ。
 こうも言う-「いまの改憲論者のほとんど」は「安倍首相も含めて」、「憲法に関して基本的知識をちゃんと持ち、深くものを考えた上での改憲論者というよりは、頭の中が軽くて浅いだけの軽佻浮薄な改憲論者か、時の勢いに安易に乗るだけの付和雷同型の改憲論者と思われる」。
 本人は気持ちよく書いているのかもしれないが、論理も内容もないこうした殆ど罵倒だけの文章は、改憲論者に対して何の影響も与えないだろう。少なくとも私に対してはそうだ。
 私から見れば、立花隆こそが、「憲法に関して基本的知識をちゃんと持ち、深くものを考えた上での」護憲論者ではない。彼が「頭の中が軽くて浅いだけの軽佻浮薄な、「時の勢いに安易に乗るだけの付和雷同型の」護憲論者である可能性も十分にある。護憲論、とくに九条護持論は巷に溢れており、その中には「軽佻浮薄」あるいは「付和雷同」的なものも多いからだ。
 ところで立花隆は「いずれ軽佻浮薄派と付和雷同型が多数を占めて、憲法改正が実現してしまう日がくると私は見ている」とやや唐突に書いている(p.45)。
 これは一体何だろう。この人が「私の護憲論」を書いているのは憲法改正を阻止したいからではないのか。だとすれば、かりに内心思っていても、こんな予想を書くべきではないのではないか。
 この文を見て、立花隆という人は、歴史又は政治の当事者では全くなく、安全な場所に身を置いて社会を論評する、無責任な評論家だとあらためて感じた。結局は、現実がどうなってもよい、あれこれと自由に論評でき、駄文を綴れる自由があればよいとだけ考えている、歴史という舞台の鑑賞者にすぎないのではないか。
 第一一に、立花隆は憲法九条が「占領軍の押しつけではなく、日本側の発案でできたものだということを明らか」にする、という。
 ここでの「日本側」とは幣原喜重郎のことで、マッカーサーと二人での密室の会談において幣原が提案したという、これまでも語られた又は主張された歴史上の理解の一つだ。但し、支配的見解ではない。
 さて、幣原がかりに提案したのだとしてもそれを「日本側」の発案と表現するのは厳密にはおかしい。内閣の承認を受けた内閣総意の発案ではないし、国会の多数派の意見でも(天皇の意見でも)ないからだ。
 そんなことよりも、そもそも、憲法九条が「占領軍の押しつけではなく、日本側の発案でできたものだということを明らか」にすることによって、立花隆は何が言いたいのだろうか。
 <押しつけ>られたのではなく「日本側の発案」によるものだから、現在及び今後いっさい改正してはならない、ということなはならないことは明らかではないか。
 このことをじつは立花隆も認めている。日経BPのサイト上の連載コラム「改憲狙う国民投票法案の愚・憲法9条のリアルな価値問え」において、立花自身がこう書いていたのだ(今年4月)。
 「
憲法9条を誰が発案したかについては、いまだに多くの議論があり、いずれとも決しがたい。参照すべき資料はすでに出尽くした感があり、いまつづいている議論は、どの資料をどう解釈するかという議論である。同じ人物の同じ発言記録をめぐって、そのときその人がそう発言していたとしても、その真意はこうだった(にちがいない)というような形で、いまだに延々と生産的でない議論がつづいている。
 
私はそのような議論にそれほど価値があるとは思わない」。
 「いま大切なのは、誰が9条を発案したかを解明することではなく(究極の解明は不可能だし、ほとんど無意味)、9条が日本という国家の存在に対して持ってきたリアルな価値を冷静に評価することである」。
 立花隆は月刊現代誌上で、自らつい最近に「生産的でない」とか「それほど価値があるとは思わない」と書いた議論を展開するつもりのようだ(まだ終わっておらず、9月号へと続く)。
 私は幣原発案説は採用し難いと考えている。だが、そんなことよりも、幣原発案説の正しさを論証しようとし、かつかりに論証し得たとして、一体何に役立つのか。立花隆自身が4月に述べていたように、「大切なのは、誰が9条を発案したかを解明することではなく」、9条の現在・今後の存在意義ではないか。
 立花隆は月刊現代の誌面を無駄に費しそうだ。
 なお、このブログでも既述だが、憲法<押しつけ>論に対しては、国民主権原理の明記や基本的人権条項のいくつかは「日本側」の私的な研究会(鈴木安蔵らの「憲法研究会」)の案がかなりの影響を与えた、あるいは採用されたとの議論があり、小西豊治・憲法「押しつけ」論の幻(講談社現代新書、2006)がほぼ全面的にこのテーマを扱っており、実教出版の高校「政治経済」教科書にまで書かれている(執筆はおそらく浦部法穂。6/14参照)。
 立花隆はなぜか、こちらの方には関心はないようで、「憲法全体は基本的に押しつけだったのに、どうも問題の憲法九条だけは…」(p.49)という書き方をしている。
 立花の議論は、どうやら、かなりムラがありそうな気もがする。せっかくの「日本側」の鈴木安蔵らの「憲法研究会」案には一切の言及がないのだから。
 月刊現代9月号発売は先のことになる。とりあえず「嗤う」シリーズはこれで終えておこう。
 立花隆、老いたり、の感が強い。

0262/辻村みよ子はなぜ<人民主権>の方を選好するのか。

 先日言及した棟居快行ほか編・いま、憲法学を問う(日本評論社、2001)には、「主権論の現代的展開」と題する、棟居快行と辻村みよ子の対談がある。
 辻村はフランス革命期の分析をふまえて近代以降の主権論にも<ナシオン(国民)主権><プープル(人民)主権>があるとする論者で著名らしい(詳しくは知らない)。前者についてこう説明する。
 「ナシオン主権論は、歴史上、もともとフランス革命時に一握りのブルジョアジーが権力を独占するために抽象的・観念的な建前としての全国籍保持者を主権主体としつつ、実際には自分たちだけが国民代表となって主権を行使するために構築した理論です」(p.58)。
 ほう、<ナシオン(国民)主権>とは歴史的限界のある理論なのかという気がするが、それにしても、「一握りのブルジョアジー」などというマルクス主義的言葉をいとも簡単に使えるのはこの人らしいのだろう。また、ここで言っている趣旨は、この人の指導教授らしい杉原泰雄の1971年の本にも書いてあった。
 そのあと「プープル(人民)主権」の説明もあり、日本国憲法は「両者に適合的な規定の両方が混在している」とする。
 だが、基本的な疑問は、日本の<主権>構造あるいは<代表制>のありようを、なぜフランスでの概念を使って説明する必要があるのか、だ。欧米諸国の全て又は殆どが上記の二種の主権概念を知っており、それらを使って議論しているのならは別だが、フランスだけだとしたら、何故日本の問題をフランスの議論を使って説明する必要があるのか。この人に限らないだろうし、憲法学/法学にも限らないだろうが、外国の法制又は法理論によって日本のことを説明したり議論するのはもうやめた方がよいのではないか。
 もともと、上の二つの区別は、私には、<間接民主主義>と<直接民主主義>という語を使って説明し議論もできるように感じる。
 次の叙述も私にはきわめて疑問だ。
 日本国憲法を「どちらの方向に解釈してゆくのか、という解釈論の問題」については、「現代憲法として、より民主的な制度を採用しうるプープル主権の方向に解釈することが望ましいと考えます」(p.60)。
 杉原泰雄の国民主権の研究(1971)でも<人民主権>は「民衆」、<国民主権>は「ブルジョアジー」という対置があり、前者がより<進歩的>に理解されていたと思うが、この点でも、辻村は指導教授を継承しているようだ。
 基本的な問題は、なぜ、「プープル主権の方向」の方が「より民主的な制度を採用しうる
」のか、だ。これは間接民主主義よりも直接民主主義の方が「より民主的」と言っているに等しい。第一に、そもそも「民主的」ということの意味に関係するが、なぜ、このように簡単に言えるのか
 第二に、かりに間接民主主義よりも直接民主主義の方が「より民主的」だと言えるとしても、そのことのゆえに直接民主主義の方が制度として<より優れている>と、なぜ言えるのか<民主的>であればあるほど<より優れて>いるなどというのは、ただの<思い込み>ではないのか
 こんなふうに「プープル(人民)主権」を私が警戒するのも、その淵源がルソーにある、「人民」の名による(「人民民主主義」の下での)圧制・専制政治を実際の歴史は経験しているからだ。
 辻村の憲法教科書は序章で特段の定義も説明も限定もなく「平和憲法」という語を登場させていることに気づいたくらいで、未読のままだ。また、岩波ブックレット・有事法制と憲法(2002)計54頁のうち32頁を執筆して「有事法制」批判をしているのは知っているが、これもまだ読んでいない。
 <憲法再生フォーラム>の会員(少なくとも2001年時点)であることも含めて見れば、辻村が相当に固い九条護持論者であることは容易にわかる。
 さらには、おそらくは浦部法穂と同様に、あるいは少なくともかつての杉原泰雄と同様に、日本における「民主主義」の徹底→<社会主義革命>という歴史的推移を予想していたマルクス主義者又はマルクス主義シンパではなかろうか。この人が説いているという「市民主権」論の内容とともに、そのような徴表・痕跡がないかどうかにも関心をもって、辻村みよ子の文献を今後読んでみたい。

0256/日本評論社の本(2001)の中の浦部法穂・常岡せつ子「平和主義」対談。

 いま、憲法学を問う(2001)という本は日本評論社出版なので原則的には入手したいと思う本ではないが(資料としてのみ教条的な論文、文章を読むのは辛い)、三人の編者の一人に棟居快行の名があるので、面白いかもしれないと思い、古書で入手した(あとの編者は浦部法穂、市川正人)。
 三人のいずれかが対談者の一人となり、テーマによって異なる三人以外の憲法学者一人と対談する、というものだが、予想したよりも面白い。憲法学に全く素人の本や対談書もあるが、基本的なところで誤解があったりすると興醒めがする。その点、この本はそのような心配はしなくてよさそうだ。
 「平和主義」とのテーマはあの浦部法穂(私の6/01、6/14参照)とあの常岡せつ子(私の5/24、5/27、5/30など参照)が対談している。九条と憲法改正の限界というテーマまで含めていないようなので、改正限界論で常岡氏はボロを出してはいない。
 ここに記しておきたいのは次の四点だ。
 第一に、常岡せつ子の現憲法九条の解釈だ。この人によると、現憲法は「日本が攻められる可能性があることも想定しつつ、たとえ攻められても、あえて戦争という手段には出ないと言っている」と解釈している(p.78)。その際、九条の二項があるからではなく、一項からその旨を読み込んでいるようだ。
 さらにこの人は言う、日本の一部にミサイルが落ちて何十万人が死ぬという場合に迎撃ミサイルくらいは持っていないとという議論があるかもしれないが、「第一発目に関しては、その限りであるである程度は国民の被害を少なくするかもしれませんが」、迎撃ミサイル発射によって「さらなる軍事力のエスカレートを招いていまいます」、「反撃をすれば、もっと大きな攻撃が返ってくる」、と。つまりは迎撃ミサイルを発射するな従って迎撃ミサイルを保有するな、というのがこの常岡先生の主張となる。
 その能力の詳細は知らないが、現実には迎撃ミサイルをわが自衛隊も保有している、とだけ記して、私とは意見の異なる、上の常岡の主張・議論(非武装・無抵抗主義型の平和主義)には立ち入らない。
 第二に、常岡せつ子によると、他の国からミサイル攻撃されるという事態に至るには何らかの理由がある筈だ。そのとおりだと思うが、その際、この人が述べるのは次のことだけだ。関係する所を全部引用する。
 「ある日突然に攻めてくるということはありえないということです。そこに至る前段階に、外交政策にまずい点があったり、日本の平和構築の努力が足りないということがあるはずです。攻められるという状況に至るまで、何もしないでただ黙って見ているだけなのかと逆に問う必要があります」。
 この部分には、かなり唖然とする。これではまるで、ミサイルで攻められるのは日本の平和構築の努力が足りない」等、日本の側に全面的な原因、責任があるかの如くだ
 外交政策にまずい点」はなく、「平和構築の努力」を十分にしても、なおも日本をミサイル攻撃(この本は2001年刊だが、その後も視野に入れると、一般論としては核攻撃もありうる)してくるような外国は存在しない、とこの常岡先生は判断している、と理解して、まず間違いなさそうだ。そこまで、現実の東アジアで、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」(現憲法前文)できるのかどうか。
 第三に、浦部法穂常岡せつ子ともに「正しい戦争」はありえない、という点では一致している。さすがに日本評論社の本だとも言える。浦部が「私も…同じ考え方なので論争しにくいですね(笑)」と発言するくらいだ(p.87)。
 憲法学者の多くが明確にかかる考え方から九条護持論に立っているかどうかは不明だが、二人のこの前提が、政治家を含む一般国民に容易に受け容れられているとは思えない。
 第四に、上のことに関連して、浦部法穂がこう発言しているのが目を惹いた。
 「私自身も、昔は漠然とですが、理論上は人民解放のための戦争は正しい戦争としてありうるという前提で議論してきた…。しかし、それでは通用しないと、数年前に転向しました(笑)」。
 ここでの(かつては「正しい」と考えていたという)「人民解放のための戦争」とはいったい何だろうか。北ベトナムが南ベトナムにいる同じ民族の「人民」を「解放」するためであるとしていた対米ベトナム戦争のような戦争だろうか。それに限らず、日本「人民」を解放するために社会主義国(のすべて又は一部)の軍隊が例えば米軍と日本の(「人民」の一部ではない)自衛隊を相手に起こすような戦争も想定していたのではなかろうか。
 そうだとすると、同じ核兵器保有や核実験でも社会主義国=進歩勢力のそれらは「正しく」、米国等の資本主義国=反動勢力のそれらは「非難されるべき」というのと同じ単純な、(マルクス主義の)公式的教条主義に陥っていたことがあることを、浦部法穂は<告白>していることになる。
 これまで一部であれ読んだことのある浦部法穂の文の内容からすると、この人がかつて(勝手に推測すればおそらくソ連崩壊前後まで)上のように考えていたとしても驚きではない。十分にありうることだ、と思える。そして、そのような人物が、今の日本の憲法学界の中である程度は重要な位置を占めているようであることを、怖ろしい、と私は感じる。

0223/実教出版・高校政治経済教科書ー憲法は再び浦部法穂。

 6/01に高校教科書、実教出版・高校現代社会に批判的にコメントした。同じ出版社・実教出版高校政治・経済(2007.01発行、2003検定済み)を今回は見てみる。表紙に記載されている執筆・編修者は次の7名だ。
 宮本憲一(大阪市大→立命館大/経済学、1930-)、山口定(大阪市大→立命館大/政治学・政治史、1934-)、加茂利男(大阪市大/政治学)、浦部法穂(神戸大→名古屋大/憲法学、1946-)、菊本義治(神戸商科大→兵庫県立大/経済学、1943?-)、成瀬龍夫(滋賀大/経済学、1944-)、杉本昭七(京都大→阪南大/経済学)。
 この教科書はまず初めの方の2つの写真で驚かせる。
 1.目次の前、表紙裏とその次の2頁を使った世界地図めくって次にあるのは、何と、「沖縄サミット参加の各国首脳へ「基地も戦争もない21世紀」を訴える人間の鎖」と題された嘉手納基地周辺の<人間の鎖>の写真だ。
 これだけで驚いてはいけない。2.第1編・現代の政治の始まりの頁を飾るのは、「同時多発テロへの報復攻撃に反対するワシントン平和集会」の写真で、「プラカードには「目には目という報復主義は、全世界を盲目にする」と書かれている」との解説が付いている。
 この教科書が、<「基地も戦争もない21世紀」を訴える人間の鎖>に参加した「市民」や、「同時多発テロへの報復攻撃に反対するワシントン平和集会」に参加した「市民」を肯定的に評価し、支援していること又は望ましい行動と見なしていることは明らかだ。
 だが、このようにこれら「市民」の行動を評価してよいのか。とりわけ、その旨を高校生用の教科書に示してよいのか、という疑問が湧いて当然だろう。
 とくに上の後者は、「同時多発テロ」への批判的姿勢は全く示すことなく、これに対する米国の行動を掣肘しようとする「市民」を好意的に見ている。朝日新聞がこういうスタンスをとるならば、分からないでもない。だが、高校生用教科書がこんなことでよいのか?
 奇妙と思える叙述は本文の中にもある。
 3.政治学者のいずれか(山口定加茂利男だ)の執筆によると思われるが、<社会主義の誕生と崩壊>との見出しの文章はこうだ。
 「1917年、…社会主義政権…。レーニンらに指導されたこの革命は…。…資本主義国の包囲のなかで社会主義の建設をめざした結果、スターリンのもとで共産党一党支配や自由の制限、少数派の弾圧などが強まり、民主主義が失われた。…1991年、…ソビエト連邦は消滅するにいたった」(p.19)。
 この文章を正確に理解すれば、レーニンの時代には「共産党一党支配や自由の制限、少数派の弾圧などが強」くなかったかの如くであり、「民主主義
」があったかの如くだ。
 意図的なのかどうかは不明だが、レーニンは間違っておらず、スターリンから誤った(社会主義国でなくなった)という現在の日本共産党の主張と同じ叙述の仕方をしている。
 それに引用は省略しているが、この部分の叙述では、なぜソビエト連邦・東欧「社会主義」が崩壊したかの原因がさっぱり解らない。強いて探せば、上記の「スターリンのもとで共産党一党支配や自由の制限、少数派の弾圧などが強まり、民主主義が失われた」という部分しかない。これでは「社会主義」崩壊の理由説明としては不十分だろう。
それに東欧諸国については言及が一切ない。
 
4.将来の展望を書いていると見られる第一編5の中の最後の<民主政治の課題>にこういう文章がある。
 「…このような混乱が、民主政治の発展によって解決できるのか、それとも新たな独裁政治の台頭に道をひらくのかが、21世紀に問われることになる」(p.20)。
 執筆者(山口定加茂利男)は、「新たな独裁政治の台頭
」の具体的イメージをきちんと説明できるのだろうか。また、そもそもこういう対立軸で21世紀の課題を捉えてよいのか。
 これよりも、すぐ下方の次の文章の方が問題かもしれない。
 21世紀の問題は「20世紀の体制や制度の枠をこえた方法で、解決をはからなければならない。地球環境保全の市民運動などに見られるように、国家の枠をこえた地球的民主主義がいま求められている」(p.20)。
 「20世紀の体制や制度の枠をこえた方法」とは「地球環境保全の市民運動」のような「国家の枠をこえた地球的民主主義
」だ、との趣旨のようだ。
 政治学者はもう少しリアルに現実を把握する必要があるのではないか。国連も飛び越えて「国家の枠をこえた地球的民主主義」の提唱とは、大いに笑わせてくれる。かかる「市民運動」賛美意識が1.2.で触れた写真の掲載になっているのかもしれないが、国家の枠をこえ
」ることがまだ困難な時代であることは殆ど常識のことではないのか
 朝日新聞が5/03に<地球貢献国家>とか何とか喚いていたらしいが、この教科書の非現実的・空想好きも朝日新聞に似ている。だが、この本は高校生用教科書だ。美しい、しかし偽善的な」言葉で教育すれば、そのような大人たちがやがてまた育ってくる。
 5.第一編第2章の日本国憲法に関する執筆者は上記のような執筆者・編修者名を見ると、実教出版・高校現代政治と同じく、おそらく、浦部法穂だろう。何点か指摘しておく。
 ア.現憲法の制定過程につき、日本の民間草案発表者として唯一「憲法研究会」を挙げ、「高野岩三郎、森戸辰男、鈴木安蔵ら7人の…研究会。…マッカーサー草案は…これを参考にしたのではないか、ともいわれている」との4行の解説を載せている。
 これはどう見ても「憲法研究会」に肩入れしすぎだ。この研究会については古関彰一・新憲法の誕生(中公文庫、1995)や小西豊治・憲法「押しつけ」論の幻(講談社現代新書、2006)も触れていて、とくに後者は「押しつけ」論否定の根拠にすらしているが、4/09に書いたように、それほどに評価はできないだろう。
 また、鈴木安蔵は日本共産党員又は少なくとも同党系マルクス主義憲法学者で「ふつうの」学者でないこともすでに書いた。
 高野岩三郎も個人的には天皇制廃止を構想していた、戦後の日本社会党創立に参加した「社会主義」者だ。
 叙述の紙幅を考えると、執筆者があえて高野岩三郎鈴木安蔵等(
森戸辰男についても書けるが省略)の固有名詞を出して叙述するのは<異様>で、執筆者の何らかの政治的意図すら私は感じる。
 イ.「唯一の被爆国として、非核3原則を堅持し、さらには、全世界の核廃絶にむけて努力することが求められよう」と書く。
 これは一つの主張・考え方だ。教科書に書くべきではないと思うし、又はもっと抑制的な文章であるべきだ。
 上の点を除くと、すでに実教出版・高校現代社会の浦部法穂執筆(と見られる)部分について書いたのと同様のことが言える。なぜなら、文章までよく似ていて、又は殆ど同じで、現代社会の教科書に書かれていることが、政治経済の教科書にも書かれているからだ。
 すなわち、ウ.「日本国憲法は、…徹底した軍備廃止を宣言している点で、まさに世界史的意義をもつ画期的なもの」だと(p.25)、九条二項が積極的・肯定的に高く評価される。
 エ. 現代社会の教科書にはこう書かれていた。-「日本国憲法の平和主義は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」」したもので、「国際社会の現実」はかかる「全面的な信頼関係には、まだ遠い」ことから、「ときに非現実的だとの批判を受けることもあった。しかし、…日本の地理的条件は…大きな弱点である。また、日本は、食糧やエネルギーの大半を輸入にたよっているから、諸外国との友好関係を維持していかなければ、国民生活は成り立たない。こうした実情を考えると、軍事力によって日本の安全を確保するという考え方の方が、むしろ現実性に乏しいとさえいえるのである」。
 今回見た政治・経済の教科書にはこう書かれている。
 「国際社会の現実」は憲法が前提とする「全面的な信頼関係には、まだ遠い」ことから、「ときに非現実的だとの批判を受けることもあった。しかし、…平和主義はたんなる理想論ではない…。とくに、…日本の地理的条件は…大きな弱点である。また、日本は、食糧やエネルギーの大半を輸入にたよっているから、諸外国との友好関係を維持していかなければ、国民生活は成り立たない。こうした実情を考えると、軍事力によって日本の安全を確保するという考え方の方が、むしろ現実性に乏しいとさえいえるのである
」(p.31-32)。
殆ど同じ文章だ。
 殆ど同じ文章であることを問題にしているのではない。むろん、その内容が問題だと改めて感じている。上の部分についてはすでに6/01で批判したので反復しないが、6/01と同様に、こう書いておきたい。
 「大学の学者たちよ、おそらくは浦部法穂氏よ、決して一般的・客観的ではない自分の主張を、教科書を利用して、その中に潜りこませるな。
 こうして改めて(一部だが)高校教科書・政経の中身を見てみると、「左翼」又は日本共産党系ではないかと推測される大学の学者たちが、堂々と教科書を書き、それが全国のある程度の高校で使われているのが明確だ。
 教科書として採択される(その前に検定を受けて合格する)という方途を通じて、日本共産党系又は少なくとも「左翼」の考え方が、高校生の頭の中に注入されている
 日本共産党系又は少なくとも「左翼」は、教科書の世界では完全に「体制内」化している。特定の<イデオロギー>の持ち主が大学教授との肩書きに隠れて、それを利用して、正規の教科書に自分たちの特定の考え方を堂々と叙述している。
 思わず哄笑したくなるほどに?怖ろしい現実だ。
 日本共産党や朝日新聞を好ましく思わない方々の子女が現在高校生で、かつ政経・現代社会の教科書が実教出版のものであれば、<用心>するにこしたことはないだろう。

0182/実教出版・高校現代社会(たぶん浦部法穂執筆部分)のひどい叙述。

 憲法(改正)論が活発になると思って、とくに現憲法制定過程や九条の解釈論議の基礎的なところを知っておくために憲法(学)のいくつかの本を収集していたのだったが、今のところは(常岡せつ子朝日新聞投書内容に関係して)憲法改正権の限界の問題について一番役立つことになるとは、予想もしていなかった。
 社会系の高校(・中学)の諸教科書も、新刊でも価格は安いので、基礎的な知識を確認するために(および教科書を「監視」するために)いくつか買い揃えようと思っている。
 既購入の教科書に実教出版高校現代社会(新訂版)(2006.03検定済、2007.02発行)がある。表紙に出ている6人の執筆・編修者は、専門を()で私が調べて記入すると、次のとおりだ。
 伊東光晴(経済学)、中村達也(経済学)、加茂利男(政治学)、浦部法穂(法学/憲法)、奥脇直也(法学/国際法)、井上義朗(経済学)。
 こういうメンバーだと、編修協力者がいるとはいえ、日本国憲法に関する叙述の実質的な最終責任者は浦部法穂だと推測して間違いないだろう。そう、浦部法穂(神戸大学教授→名古屋大学教授)とは、日本評論社発行の自著の中で、憲法改正権の限界につき珍しく?常岡と同旨のことを述べていた人物だ。
 さて、「日本国憲法の三大原理は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義である」と明記している(p.163)。そして、平和主義の内容について「第9条が、戦争の放棄と戦力の不保持、交戦権の否認を定めている」と九条二項の内容も含めて説明し(p.163)、さらに「日本国憲法は、…軍備廃止を宣言している点で、いっそう徹底した平和主義に立つ画期的なものといえる。そして、この点に。日本国憲法の平和主義の世界史的な意義を認めることができる」と書く(p.165)。この辺りになると議論のある点をすでに一つの見方で処理しており、問題があると考えるが、ギリギリ許すとしよう。
 だが、次のような叙述を教科書に載せているのには驚き、極めて問題だと感じた。
 日本国憲法の平和主義は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」」したもので、「国際社会の現実」はかかる「全面的な信頼関係には、まだ遠い」ことから、「ときに非現実的だとの批判を受けることもあった。/しかし、…日本の地理的条件は…大きな弱点である。また、日本は、食糧やエネルギーの大半を輸入にたよっているから、諸外国との友好関係を維持していかなければ、国民生活は成り立たない。こうした実情を考えると、軍事力によって日本の安全を確保するという考え方の方が、むしろ現実性に乏しいとさえいえるのである/日本国憲法の平和主義は、今こそ人類共通の指針とされるべきものである」。
 まず感じたのは、1.かかる叙述でも、文科省の教科書検定をパスするのか、ということだった。この叙述は、社会民主党のパンフの文と言われても違和感なく読めそうだ、また、九条二項改正反対論に容易につなかっていく。
 これで検定済みとなるのであれば、上の文章とは逆に、<
ときに軍事力によって日本の安全を確保するという考え方は現実性に乏しいとの批判を受けることもあるが、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」」した「日本国憲法の平和主義」は「国際社会の現実」から見ると非現実的になっている>との文章でも検定をパスしないとおかしいのではないか。
 つぎに、2.おそらくは浦部法穂が軍事力による安全確保は「むしろ現実性に乏しい」とする論拠は適切だろうか。その論拠は、再述すれば、1.「せまい国土に人口が密集…、…中枢が東京に集中…という地理的な条件は、軍事的観点からは、攻撃目標をしぼりやすいという意味で、大きな弱点だ」、2.「
日本は、食糧やエネルギーの大半を輸入にたよっているから、諸外国との友好関係を維持していかなければ、国民生活は成り立たない」の二点だ。
 この人の頭の中の思考経路は「狂って」いるのではないか。上の二つが、<軍事力による安全確保>の政策に反対する理由になぜなるのか。
 とくに2.などは、軍事力をもつこと(なお、今でも「自衛隊」という実質的な軍事力はある)と「
諸外国との友好関係を維持」しようとすることは何ら矛盾していないのに、対立・矛盾するかの如く説く<妄言・暴言>だ
 
1.にしても、軍事力の質・配備の仕方・行使の方法等の問題に還元される問題で、<事力による安全確保>という政策自体を批判する論拠には全くならない
 学者様が<インチキ>を書いている。
 こうした教科書が平然と高校の現場で教えられているのか、上で紹介したような文章を今の高校生が現実に読んでいるのか、と考えると、大袈裟にいえば、身体が震えるような空恐ろしさを感じる。
 大学の学者たちよ、おそらくは浦部法穂よ、決して一般的・客観的ではない自分の主張を、教科書を利用して、その中に潜りこませるな。

0181/福島瑞穂の憲法学の先生?小林直樹も常岡説と異なる。

 社民党の福島瑞穂は、誰から、又は誰の本を読んで憲法を勉強したのだろうか。
 この人は1955年生れ、1974年東京大学入学、1980年同卒業、1984年に司法試験合格、1987年弁護士登録、という経歴のようだ。
 東京大学の当時の憲法学の教授は、まず、小林直樹(1921-)かと思われる。福島が大学入学した年は、小林氏が53歳になる年の筈で、現役バリバリだっただろう。そしてこの人は日本社会党のブレインで、マスコミや雑誌類への露出度は(次の芦部に比べて)はるかに高かった。
 もう一人は、故芦部信喜(1923-99)だ。福島が大学入学した年、芦部もまた51歳になる現役教授だった。
 他にも助教授も含めていたかもしれないが、主としてはこの二人の憲法学を中心にして憲法を学んだのだろうと推測される。
 そして、小林直樹は上記のとおりだが、芦部信喜もまた、その憲法教科書の九条や制定過程あたりを読むと、日本の憲法学者としては別に珍しくもないのだろうが、明瞭に「左翼」だ。
 福島は、こうした「先生」たちの本や講義で日本国憲法を学んだ優秀な学生だったのだろう。そして九条の意味も「しっかりと」伝授されたのだろう。もっとも、29歳の年の司法試験合格は決して早くないし、「優秀な学生」だったことと、「優秀な政治家」又は「優秀な人間」かどうかは全く別のことだが。
 話題を変える。古書のため1972年刊とやや古いが、小林直樹・憲法講義〔改定版〕(東京大学出版会)の憲法改正権の限界に関する部分を見てみた(この本は、福島が勉強に使った可能性もある)。p.864は、次のように叙述している。
 「前文および第9条の平和主義そのものは、憲法の基本原則として確定しているかぎり、その削除や否認は許されないであろう。しかし、…非武装規定(9条2項)も、同様に考えるべきかどうか、問題になる。「…永久にこれを放棄する」という規定から、…改正することは「憲法の同一性を失わせることになる」(鵜飼・憲法、25頁)、と解する見解にも十分な理由があろう。しかし、平和主義とそれを実現するための手段(軍備の放棄もしくは禁止)とは、法理論上はいちおう別個であり、平和主義の立場を守りながら一定限度の軍隊をもつために後者を改正(削除)しても、民主憲法の同一性は失われない、と解してよいだろう。したがって、具体的にいえば、対外侵略の意図も能力ももちえない限度での自衛の軍備のための改定は-…-その政策的是非をまつたく別にすれば、法的に不可能なこととはいいがたい」。
 小さい活字の次の注記のような文が続いている。
 「…。再軍備は、たしかに徹底した平和主義をとろうとした日本国憲法に、大きな変更を加えることになるけれども、それが直ちに根本的な「憲法破壊」を意味するものではなく、憲法の同一性は、それによって失われない…。それはあくまでも、高次の憲法政策の問題であり、そのようなものとして、政治の場で徹底的に是非論が闘わさるべきだ、と思う」。
 憲法学者として朝日新聞に最近投書した常岡せつ子には不利な文献をまた一つ見つけたことになるようだ。
 1971年といえば、日本社会党の影響力はまだ強く、九条二項の改定の現実的可能性などなかった頃だが、芦部信喜とは別の東京大学教授によっても、上のようにきちんと、九条二項の改正は「憲法的に不可能なこととはいいがたい」と明記されていたのだ。
 但し、常岡せつ子(?)と同じと思われる考え方を説く憲法教科書もついに?見つけた。浦部法穂(1946-)・憲法学教室Ⅰ(日本評論社、1988)だ。p.25は改正できない規定に関する叙述だが、本文の中のカッコ書きでこんなふうに書いている。
 「九条二項の非武装規定については、…説と…説とに分かれている。けれども、日本国憲法の掲げる平和主義の画期的な意味は、まさに非武装規定にあるから、改正限界説に立ちながら、これを改正できるとするのは、おかしい」。
 さすがに、日本評論社出版の本だという感じもある。また、この人は東京大学出身で、この本の時点では神戸大学教授だが、のちに名古屋大学教授になっている。
 こう見ると、上で小林直樹が言及している鵜飼信成(この人の本は所持せず)とこの浦部法穂の二人は、いわば<九条二項憲法改正範囲外説>に立っていることになる。だが、この説がとても「通説」とは言えないことは、何回も述べた。<ゼロ人説>ではなく「ごく少数説」と言ってよいが、「通説によれば」と表現することは絶対にできず「大ウソ」だ。常岡せつ子には、失礼乍ら、何らかの<錯覚>があるようだ。

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