秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

民科

1362/憲法学者の平和安保法「違憲」論は正しくない-5(終)。

 一 一年以上前の2015年6/18に「さらに続ける」と書いたままだったので、律儀に?最終回を書く。
 2015年前半に話題だった安保法案は国会・両議院ですでに可決・成立し、2016年4月に施行された。
 いわゆる(限定的)集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈は、内閣法制局でも行政権の権限主体たる「内閣」でも内閣総理大臣の解釈でもなく、「国権の最高機関」であり「国の唯一の立法機関」(憲法41条)である国会の憲法解釈になった。安倍晋三が憲法を歪めるとか壊すとか、立憲主義に違反するとかの批判は、両議院での可決・改正諸法律成立以降、国会に向けられなければならない。日本共産党党員憲法学者その他の多くの憲法学者は、このことに反対できないはずだ。恨みたいならば、国会(両議院)を呪詛したまえ。
 二 さて、最後に論及しようと思っていたのは、いわゆる平和安全保障法制は違憲だとする憲法学者たち等は、日本の安全保障環境をどう認識しているのか、だった。もともと日本国家や日本国民の「安全・平和」に(口先だけの、あるいは政略的のみの)関心しか向けていない学者たちが多いのかもしれない。だが、法規範の「解釈」にも、ある程度は「現実の認識」が必要であるはずだ。
 民科(民主主義科学者協会)法律部会という一つの学会の前会長であり、ほぼ間違いなく日本共産党の党員だと言える浦田一郎は、安保法制の基礎となったとされる2014.07.01の「集団的自衛権行使容認」閣議決定を解説しつつ批判する中で、20015年の春につぎのように言っていた。
 「軍事的緊張が高まった側面が一面的に強調されている。冷戦下で米ソが核兵器によって軍事的に対抗していた状況より、現在ははるかに緊張は低下している。このような緊張の緩和という側面が無視されている」。
 以上、森英樹編・集団的自衛権行使容認とその先にあるもの/別冊法学セミナー(日本評論社、2015.04)p.179。
 これを読んで、なるほど、日本共産党は、いや「左翼」でもよいのだが、中国や北朝鮮の「危険」性・「脅威」を無視しているか軽視している、現実を客観的に見ようとはしていない、その背後には<親中国・反アメリカ>感情、かつての<社会主義幻想>、がある、と感じたものだ。
 日本共産党の党員学者にとっては、上のような認識は当然かもしれない。
 日本共産党はかつてソ連の解体直後には、仮想敵だったはずのソ連が崩壊したにもかかわらずアメリカは軍備を縮小しようとしない、などと(都合よく)主張していた。
 彼らにとって、中国等ではなく、党の綱領上、アメリカと日本「反動」勢力こそが<敵>なのだ(かつては、アメリカ帝国主義と(それに従属した)日本独占資本の「二つの敵」と言っていた)。
 日本共産党(党員)にとって、とりわけ1998年に同党と中国共産党が友好関係を再設定して以降は、中国(・共産党)や北朝鮮は日本の安全・生存にとっての現今の最大の脅威であってはならないのだ。
 このような現状認識から、まともな安全保障関係の憲法「解釈」論が出てくるはずはない。日本共産党党員以外の多数の(日本の)憲法学者もまた、受けてきた(法学教育を含む)教育や「左翼」的出版物・メディア等によって、目を曇らされてきた、と言えるだろう。
 三 日本共産党中央委員会「理論政治」誌・前衛2015年1月号(同中央委員会)の中に、「宮地正人さん(東京大学名誉教授)に聞く」「第二次世界大戦をどうみるか」というものがあり、宮地正人は最後につぎのように語っている。
 なお、この宮地正人は日本共産党党員だと理解して間違いない。同党員でない者が前衛や「赤旗」に登場して発言したり論考を寄せたりすることは、(記事の性格にもよるが)ありえない、と考えられるからだ。いかに○大学教授とか△大学名誉教授とかの肩書きになっていても、日本共産党々員だと理解する必要がある(朝日新聞社や日本評論社等の出版物にもこのような肩書きで執筆している者が、上記の別冊法学セミナーの浦田一郎や森英樹のように、少なくないことを銘記すべきだ)。
 「二一世紀の日本は、…。対米従属と軍事一辺倒、集団的自衛権にいくのではなく、憲法第九条を柱とする日本国憲法を表に立て、東アジアの地域的な結束をつくることです。…<中略>。…いまの安倍内閣はまさに逆行する、一番まずい方向に、日本と日本国民を追い込もうとしているのです。/
 この憲法と日本の民主主義をアジアの人たちへの旗印として、共同の目的として掲げる前提が、なによりも満州事変以降の日本の侵略戦争に対する戦争責任を総括し、謝罪することです。この前提はすでに『河野談話』と…政府の侵略と植民地支配への謝罪(『村山談話』)としてある
のです。それを堅持することが、日本の二一世紀の道を切り拓く前提だと私は思っています」。
 何とここには、「東アジア」と言いながら、中国あるいは北朝鮮の軍事的膨張政策・動向への言及がまるでない。これこそが日本共産党と同党員の思考であり「認識」だと、ふつうの正常な日本人は知っておかなければならない。
 また、明示的に「河野談話」と「村山談話」にこだわっていることも明らかだ。日本共産党と同党員たちにとって、橋頭堡を守るためにも、「河野談話」・「村山談話」を日本政府に堅持させることはきわめて重要なことなのだ。「村山談話」は克服されたとか、「河野談話」の継承は外交上必要だったとか主張して、これらの談話の継承と闘おうとしない論者は、決して<保守>ではなく、現在の日本共産党の路線に客観的には追随している。
 
 

1335/日本共産党の「影響力工作」-江崎道朗・月刊正論5月号論考。

 月刊正論5月号(2016、産経新聞社)の江崎道朗「『反戦平和』の本質と『戦争法反対』『民共合作』の怖さ-共産主義の『影響力工作』は甘くない-」(p.100-105)は、最近の雑誌の日本共産党・共産主義特集の中では、おそらく最も優れたものだ。
 優れているか否かやその程度の基準は、<現在の>日本共産党を批判する、またはその活動を警戒する、<有効な>内容を(どの程度)もっているか、だ。
 江崎道朗論考の優れているところはまた、日本共産党と日本の「左翼」との関係、前者の後者に対する「影響力」を意識して書かれていることだ。
 日本共産党と朝日新聞の関係、あるいは日本共産党の主張と朝日新聞社説の論調との関係、日本共産党の主張と岩波・世界の論調との関係等々は、保守派側によってもっときちんと分析される必要がある、と考える。
 江崎論考はまた、佐々木太郎の新著を紹介するかたちで(本欄は、E・フーバー→佐々木太郎→江崎道朗というひ孫引きになるのだが)、「共産主義運動に関与する」人間類型の5種を示していることだ。「日本共産党」の活動との距離別人間類型でもあるだろう。すなわち、①公然党員、②非公然党員、③同伴者、④機会主義者、⑤デュープス(Dupes)。
 興味深いのは上の⑤で、これはもともとは「間抜け、騙されやすい人々」を意味するが、共産主義(共産党)との関係では「明確な意思をもって共産党のために活動する人々ではなく、ソ連やコミンテルンによって運営される政党やフロント組織が訴える普遍的な『正義』に対して情緒的な共感を抱き、知らず知らずのうちに共産党に利用されている人々」のことを指す(p.102)。
 この欄で<何となく左翼>という語を使ったことがあるが、これにかなり近く、かつ上の定義はまさに表現したい内容を伝えてくれている。日本共産党との関係に即して書き直すと、
 <明確な意思をもって日本共産党のために活動しているわけではないが、日本共産党や同党系の大衆団体が掲げる普遍的な『正義』に対して情緒的な共感を抱き、知らず知らずのうちに日本共産党に利用されている人々>だ。
 このような人々が、諸学界、大学、マスメディア、官公庁の世界等々にいかに多いことか。これこそが、日本を危殆に瀕せしめかねない<ふわっとした左翼的雰囲気>の原因になっている、と思える。
 主観的には人間・個人の尊厳と「自由」あるいは「平和」と「民主主義」のために言論し行動しているが(それが何故か反安倍内閣・反自民党になっているのだが)、客観的には日本共産党のいう日本の「民主主義」化のために、長期的には同党のいう「社会主義・共産主義の社会」実現に寄与する役割を果たしている人が、うようよといる。そのような人々は、何となく産経新聞を全く読まなかったり、保守系雑誌には目もくれなかったりする。
 長谷部恭男は上の②ではなくとも、⑤にとどまらず、上の③か④だろう。
 江崎道朗は吉永小百合と山田洋次は上の③「かもしれない」としているが、私は山田洋次については②ではないかという疑いをもっている。
 なお、上の理解の仕方にいう「日本共産党系の大衆団体」とは、例えば、民主主義科学者協会法律部会(民科・みんか)が典型的だ。この学会の会員の中には、これが日本共産党系であることも知らず(代々の理事長は日本共産党の(公然?、非公然?)党員であることも知らず)、日本共産党に客観的には利用されているという意識もない法学者・研究者もいるに違いない。
 ともかく、上の①~⑤のいずれに該当するか、という観点から、<左翼的な(リベラルな?)>人々(・団体)を理解し分析することは、有意味だと思われる。
 日本共産党のまわりでウロウロしている者たちを、気の毒だが、暴き出す必要がある。
 ところで、月刊正論5月号の背表紙(総力特集)には「共産主義者は眠らせない」で日本共産党という文字はなく、4本の論考のタイトルのうち「共産党」が一部にあるのは筆坂秀世のもののみで、実質的にはほとんど日本共産党を扱っていると思える江崎道朗のものにもない。
 産経新聞や月刊正論は、中国(・同共産党)をしばしば批判対象として取り上げているにもかかわらず、正面から「日本共産党」と対決することを怖れているのではないか 、という印象がある。
 上で書き忘れたが、日本共産党と日本国内「左翼」との関係のほかに、日本共産党と中国共産党との関係も重要な認識・理解の対象だ。この後者の点については(も)、産経新聞を読んでも、月刊正論を読んでもほとんど分からないだろう。
 日本共産党と日本国内「左翼」との関係、日本共産党と中国共産党との関係についても、今週後半に発売されるらしい、産経新聞政治部・日本共産党研究(産経新聞社)は十分に又は適切に論及しているだろうか?
 産経新聞社の書物は、<現在の>日本共産党を批判する、またはその活動を警戒する、<有効な>内容をもっているだろうか? 期待は大なのだが。

1247/日本評論社・法律時報という「容共」・「護憲」雑誌。

 現物を手にしていないが、別の某雑誌に載っている広告によると、日本評論社という出版社発行の専門分野の雑誌らしき「法律時報」の編集部は、法律時報編集部編・「憲法改正論」を論じる(法律時報増刊)という書物(又は雑誌の特別号)を刊行している。そして、広告に謳われた惹き文章は次のとおりだ。
 安倍政権下で進行している『憲法改正』論に警鐘を鳴らし、理論的な対抗軸を示す。憲法学はもとより、隣接領域や諸外国からの知見をも盛り込む」。
 この日本評論社がかつて1970年代に<マルクス主義法学講座>という講座もの、たぶん全8巻程度、を刊行していたことはこの欄ですでに何度か触れた。その際に触れたかどうかは忘れたが、そのときの同講座の編集担当者だった林克行は、のちに同社の社長になった。「左翼」性の明らかな浦部法穂および辻村みよ子の憲法(学)教科書は日本評論社から発行されている。上記の法律時報編集部編・「憲法改正論」を論じるを含む広告欄の隣に掲載されている同社刊行の書物のタイトルは、家永三郎生誕一〇〇年で、誕生100年記念実行委員会編だから、家永三郎に批判的な本であるはずはない。
 日本評論社には、少なくともかつて、家永三郎の子息も勤務していた。
 家永三郎に関する書物の隣で広告されているのは、樋口陽一・森英樹・辻村みよ子ら編の国家・自由・再論、だ。
 したがって、この出版社発行の雑誌編集部が「『憲法改正』論に警鐘を鳴らし、理論的な対抗軸を示す」ことを図ることは当然かもしれないし、そのことをここで批判するつもりもない。改憲派の雑誌もあるし、護憲(又は憲法改悪阻止)派の雑誌もある。
 だが、朝日新聞社や岩波書店以外に、明確に憲法改正反対の方針をもつ法学関係の雑誌、そして出版社があることは広く知られておいてよいと思われる。いつか触れたが、日本共産党系又は親日本共産党の(当然に日本共産党員学者を含む)「民主主義科学協会法律部会」(民科・みんか)という学会の機関誌を発行しているのも、この日本評論社だ。
 関西系のテレビで夕方に「反安倍」の立場でコメントしていて今春頃に降りた(その理由は知らない)森田実は東京大学学生時代に日本共産党→ブントの活動家だったはずだ。
 森田実は、ネット情報によると2007年5月の自著出版記念会で、こう挨拶している。「来る7月22日の参院選を、日本国民が過去を反省し、国民の多数が誤った政治を支持してきたという過去の過ちを正し、再出発する日にしたい」、「そのためには、日本国民が安倍自公連立政権の側に立つ政治家を拒否すること、安倍自公連立政権の対極に立つ野党(民主党、社民党、国民新党)の候補者を当選させることが必要である」。
 そして、この会に出版社社長の中でただ一人メッセージを寄せたのは、日本評論社社長・林克行だった。
 どうやら、森田実は、少なくとも一時期、日本評論社で働いていたようだ。
 このような「政治的」立場の明確な出版社であることを知ってこの社から本を出している者もいるだろうし、また法学界には、日本評論社的な<親共、反・反共>の者が多いのかもしれない。
 だがもちろん、このような立場・考え方が<親中国・親北朝鮮>のそれでもあることを、とくに定見もなくこの出版社から本を出したり、この社の雑誌に執筆している(脳天気な)者たちは知らなければならない。

1146/左翼人士-民科法律部会役員名簿・第23期(2011年秋~2014年秋)等。

 民主主義科学者協会法律部会(民科)役員名簿・第23期(2011年秋~2014年秋)
 

 理事長 浦田一郎(明治大学)
 副理事長 浅倉むつ子(早稲田大学)、胡澤能生(早稲田大学)、吉村良一(立命館大学)
 全国事務局事務局長 白藤博行(専修大学) 
 理事(57名、50音順) 愛敬浩二(名古屋大学)、鮎京正訓(名古屋大学)、浅倉むつ子(早稲田大学)、井上英夫(金沢大学)、今村与一(横浜市立大学)、市橋克哉(名古屋大学)、浦田一郎(明治大学)、大島和夫(京都府立大学)、岡田章宏(神戸大学)、岡田正則(早稲田大学)、緒方桂子(広島大学)、小沢隆一(東京慈恵会医科大学)、川崎英明(関西学院大学)、神戸秀彦(関西学院大学)、桐山孝信(大阪市立大学)、葛野尋之(一橋大学)、胡澤能生(早稲田大学)、小森田秋夫(神奈川大学)、近藤充代(日本福祉大学)、笹倉秀夫(早稲田大学)、佐藤岩夫(東京大学)、白取祐二(北海道大学)、白藤博行(専修大学)、鈴木賢(北海道大学)、高村ゆかり(名古屋大学)、田中教雄(九州大学)、玉樹智文(島根大学)、土田和博(早稲田大学)、徳田博人(琉球大学)、富田哲(福島大学)、豊崎七絵(九州大学)、豊島明子(南山大学)、中富公一(岡山大学)、中村浩爾(元大阪経済法科大学)、名古道功(金沢大学)、新倉修(青山学院大学)、西村隆誉志(愛媛大学)、長谷河亜希子(弘前大学)、晴山一穂(専修大学)、人見剛(立教大学)、本多滝夫(龍谷大学)、松岡久和(京都大学)、松宮孝明(立命館大学)、水島朝穂(早稲田大学)、三成賢次(大阪大学)、三成美保(奈良女子大学)、村田尚紀(関西大学)、本秀紀(名古屋大学)森山文昭(愛知大学)、矢野昌浩(龍谷大学)、山本晃正(鹿児島国際大学)、吉田克己(早稲田大学)、吉村良一(立命館大学)、若尾典子(仏教大学)、渡辺治(一橋大学名誉教授)、和田肇(名古屋大学)
  監事(2名) 竹森正孝(岐阜市立女子短期大学)、田中則夫(龍谷大学)
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 「学会活動の記録」により会員とみられる者
 井端正幸(沖縄国際大学)、大内裕和(中京大学)、太田一男(酪農学園大学名誉教授)、太田直史(京都府立大学)、緒方賢一(高知大学)、奥野恒久(龍谷大学)、貝沢耕一、加瀬和俊(東京大学)、金井幸子(愛知大学)、金沢真理(大阪市立大学)、嘉門優(立命館大学)、小林武(沖縄大学)、佐々木健(北海学園大学)、佐藤元治(都留文科大学)、清水雅彦(日本体育大学)、首藤重幸(早稲田大学)、高田清恵(琉球大学)、武井寛(甲南大学)、立石直子(岐阜大学)、田中通裕(関西学院大学)、谷田川知恵(東京経済大学)、塚田哲之(神戸学院大学)、豊川義明(関西学院大学)、中坂恵美子(広島大学)、中里見博(福島大学)、二宮厚美(神戸大学)、丹羽徹(大阪経済法科大学)、根本到(大阪市立大学)、比屋定泰治(沖縄国際大学)、広渡清吾(専修大学)、洞沢秀雄(北海学園大学)、松本克美(立命館大学)、水林彪(早稲田大学)、三宅裕一郎(三重短期大学)、山形英郎(名古屋大学)、山口二郎(北海道大学)、山下竜一(北海道大学)、山田希(立命館大学)、吉田栄司(関西大学)、米田雅宏(北海道大学)、米津孝司(中央大学)、和田真一(立命館大学)、渡辺弘(活水女子大学)、など。
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 出所-同会機関誌『法の科学』の末尾(日本評論社刊)

1137/資料・史料-2012年04月28日民主主義科学者協会法律部会理事会声明。

 資料・史料-2012年04月28日民主主義科学者協会法律部会理事会声明
 「今年は、沖縄を米国の施政権の下においたサンフランシスコ講和条約と(旧)日米安保条約の発効から60年、沖縄の復帰から40年を迎える。しかし、今なお日本全国に多数の米軍基地が存在し、日本における主権と人権を制約している。とくに、日本の総面積のわずか0.6 %しかない沖縄に、いまも米軍専用基地の74 %が集中し、普天間基地や嘉手納基地をはじめ33もの米軍専用基地が置かれたままである。
 日米両政府は2月8日、米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の「移設」を在沖縄米海兵隊のグアム移転の前提にしていた現行の在日米軍再編計画を見直し、両者を切り離す協議を開始することを発表した。その狙いは、普天間基地の名護市辺野古への「移設」が、県民・市民の反対で行き詰まるなか、アジア太平洋地域重視を打ち出した米国の新国防戦略に基づきグアム移転を先行して進めることであり、米国は、その移転費用の増額や普天間基地の改修費用の支出を日本政府に迫ってきている。これにより、普天間基地が固定化される危険も強まっている。また、現在の民主党政権は、「武器輸出三原則」を緩和し、「基盤的防衛力構想」を放棄するなど、日本の軍事的プレゼンスの拡大、強化をもくろんでいる。
 私たち民主主義科学者協会法律部会は、3 月26 日から29日にかけて沖縄県那覇市で合宿研究会を開催した。そのなかで、沖縄と安保体制、日米地位協定をめぐる諸問題や、普天間基地の辺野古地区への「移設」反対運動、高江ヘリパット基地反対運動、歴史教科書検定・公民教科書採択をめぐる運動などさまざまな平和への取り組みを学ぶとともに、普天間基地や名護市辺野古地区の現地にも赴き、基地による多くの人権侵害や生活破壊、地域社会と地方自治体に対する重圧と、それらの問題点を改めて深く実感した。
 私たち民主主義科学者協会法律部会は、これまでにも法学の立場から安保体制に関する共同研究の成果を発表し、安保条約は、軍事同盟条約として国連の集団安全保障の理念に背馳し、憲法の平和主義および基本的人権の保障の理念と矛盾することを指摘してきた。いま改めて、それを再確認するとともに、安保条約と米軍基地は、日本国憲法前文の「平和のうちに生存する権利」やこんにち国連でも注目が高まりつつある「平和に対する人民の権利」を脅かすものであることを強調したい。
 日米安保条約の下で米軍基地の存在を永久化し、「日米同盟」を深化させるとして全世界的な軍事的関与を進め、また、普天間基地の名護市辺野古地区への移転に固執しつつ、それが果たせない場合は普天間基地を維持するとする日米両政府の方針は、国際社会の平和と日本国憲法の平和・人権・民主主義の原理を大きく損なうものとの認識の下、その方針の変更を強く求めるものである。」
 <出所-ネット上>
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 ・この主張がどの政党の主張・見解に添ったものであるかは言うまでもない。
 ・現在の民主党政権は、「武器輸出三原則」を緩和し、「基盤的防衛力構想」を放棄するなど、日本の軍事的プレゼンスの拡大、強化をもくろんでいる、らしい。「日本の軍事的プレゼンスの拡大、強化」はそもそも<悪>か?
 ・この「学会」によると、日米安保条約は日本国憲法の理念に矛盾し、「安保条約と米軍基地」は日本国民の<平和的生存権>等を脅かすものらしい。そして、最後に日米両政府に対して「
方針の変更を強く求める」というが、具体的にはどのようにしたいのか?。
 ・内容は法学のうち、とくに憲法学、国際法学に関連しているだろう。この「民科」に属する研究者(教授たち)には「学問の自由」はあるのだろうか?
 

1135/今谷明・天皇と戦争と歴史家(洋泉社、2012)に見る日本史学・「学問」。

 今谷明・天皇と戦争と歴史家(洋泉社、2012.07)p.125以下(「平泉澄と権門体制論」)の今谷による要約によると、1963年に岩波講座・日本歴史/中世2に書かれ、1975年に単著に収載されたようである、黒田俊雄(1926-1993)の、日本中世についての<権門体制>とは、例えば、次のようなものであるらしい。
 ①幕府論や武家政権論に還元された中世国家論・中世封建制論を「実体的に把握し直す」ための概念で、究極的には中世「天皇制」・「王権」の構造を究明する目的をもつ。
 ②<権門体制>論の趣旨は「人民支配の体系としての権力の構造」の究明にあり、史的唯物論にいう「上部構造」の解明を意図していて、「黒田の立論はすぐれてマルクス主義的国家論」だ。
 ③黒田の基本的認識は「公家も武家も等しく中世的な支配勢力」だということで、鎌倉幕府を「進歩的」・「革新的」と見る当時の通説(幕府論、領主制論)への疑問があり、同じくマルクス主義に立つ論者からも黒田の論は批判された(以上、p.126-128)。
 そのあと、黒田の論をめぐる石井進や佐藤進一らの議論も紹介されているが、今谷とともに、いや門外漢なので当然に、今谷以上に立ち入ることはしない。
 今谷が関心を持っているのは、黒田俊雄説の「学説史的背景」、「学説的前史」だ(p.125)。そして、この点についての叙述が、相当に興味深い。
 今谷の関心は、もう少し具体的にいうと、従来の通説は武家勢力とは異なり古代的・守旧的勢力と位置づけられる傾向にあった公家・寺社勢力を武家と同様に「中世的権門」と位置づける、という中世に関する時代・社会イメージを、黒田はいかにして獲得したのか、だ(p.133)。
 ここで平泉澄が登場してくる。今谷明は1926年の平泉の著書を読み、平泉がすでに、社寺・公家・武家の「三権門鼎立説」、国家統制(黒田のいう「人民支配」)のうえで三権門のいずれも単独では支配を貫徹できない旨を明記していたことを知る。
 そして、黒田俊雄説は「階級史観」の立場から平泉説を「換骨奪胎」し、装いを新たにして学界に公表したのではないか、という(p.137)。
 もっとも、慎重に、今谷は、黒田は平泉の著書を知らず、それに気づくことなく自ら「権門体制論」を構築したのだろうと、とりあえずは想像した。黒田俊雄は「平泉澄らのいわゆる皇国史観」、それは「国史」の「狂暴な反動的形態」などと平泉を罵倒していたからだ(p.138。黒田のこの文章は1984年)。
 しかし、さらに究明して、今谷は「平泉と黒田の言説の共通点」に「いやでも」気づいていく(p.139以下)。具体的な例がかなり詳しく紹介されているが、ここでは省く。そして、今谷が出した結論はこうだ。
 1975年の段階で黒田俊雄は平泉の1926年の著書を「熟知していたにもかかわらず、あたかも知らなかったかのように注記その他で全く平泉の名を出さなかった、ということになる」。平泉の高弟・平田俊春の論文等は随所に引用しているので、黒田は既往の研究のうち、平泉のもの「のみに関して引用を忌避した、とみてよいのではあるまいか」(p.144)。
 一般論的に、今谷は次のように述べて、この節を終えている。
 黒田批判が目的ではない。「問題は、当時の学界全体がそうした黒田の行論を看過し、黙認した、その事実」だ。「戦後歴史学界には、種々のタブーが現実に存在する。タブーの打破を標榜する歴史家にしてからが、自らタブーに手をかしているという現状は、…いささか奇妙なものに思われるが、ことは日本史学界の通弊として片付けられないものを含んでいる」。「学説を立論者個人から切り離し、学説として尊重する姿勢を拒み、立論者の存在とともに葬り去ってよしとしているならば、われわれはまだ『皇国史観』の亡霊から自由になってはいない、ということではないだろうか」(p.145)。
 以上で紹介は終えるが、最後の叙述・指摘は、学問一般、日本の学問研究風土一般にも当たっていそうで、はなはだ興味深いものがある。一つの契機にすぎなかったのかもかもしれないが、今谷がこのように述べる出発点が、マルクス主義歴史学者(とされる)黒田俊雄の著作にあったこともまた、別の意味で興味深い。
 唐突に前回紹介の<民科(法律部会)>を例に出せば、法学の世界でも、「民科」に加入している研究者の論文・著書は肯定的・好意的に紹介したり引用したりしながら、同じ内容または同程度に優れた内容の論文・著書は、論者が「民科」に入っていないことを理由として、場合によっては「民科」に敵対しているとみられることを理由として、いっさい無視する、といったことが行われていないだろうか。
 「学説を立論者個人から切り離し、学説として尊重する姿勢を拒み、立論者の存在とともに葬り去ってよしとしているならば、『日本共産党』や『マルクス主義』の亡霊から自由になってはいない、ということではないだろうか」。
 法学に限らず、教育学・社会学・政治学等々についても同様のことが言える。
 <学問>を「政治的」立場レベルでの闘いだと理解している日本共産党員は少なからず存在する、と思われる。そうでなくとも、論者の「名」によって引用等の仕方を変える程度のことは、「日本史学界の通弊」なのではなく、日本の人文・社会分野の諸学界において、<広く>行われていることではないかとも思われる。そして、そうした傾向は、学界全体が<左翼的>傾向に支配されていることが多いこともあって、<左翼的>学者が日常的に行っていることなのではあるまいか。
 それは黒田俊雄に見られるような(今谷明に従えばだが)「政治主義」・「党派主義」によることもあれば、「権威主義」というものによる場合もあるかもしれない(とりあえず、学界の権威・「大御所」に従い、例えば、引用を忘れない)。あるいは、そこにも至らないような、<趨勢寄りかかり主義>・<世すぎのための安全運転主義>といったものによるかもしれない。
 まともな「学問」は行われているのか。現在の「学問」状況はどうなっているのか。そんなことを考えさせるきっかけにもなる、今谷明の著書(の一部)だった。

1134/左翼人士-民科法律部会役員名簿・第20期(2002秋~2005秋)。

 民主主義科学者協会法律部会役員名簿・第20期(2002秋~2005秋

 理事長 戒能通厚(早稲田大学)
 副理事長 西谷敏(大阪市立大学)、広渡清吾(東京大学)、森英樹(名古屋大学)
 理事(55名、50音順) 浅倉むつ子(早稲田大学)、新垣進(琉球大学)、飯田泰雄(鹿児島大学)、五十嵐正博(神戸大学)、今村与一(横浜市立大学)、宇佐見大司(愛知学院大学)、浦田一郎(一橋大学)、大島和夫(神戸市外国語大学)、小沢隆一(静岡大学)、戒能民江(お茶の水女子大学)、戒能通厚〔上記〕、川崎英明(関西学院大学)、神戸秀彦(新潟大学)、胡澤能生(早稲田大学)、木間正道(明治大学)、小森田秋夫(東京大学)、近藤充代(日本福祉大学)、笹倉秀夫(早稲田大学)、佐藤岩夫(東京大学)、芝池義一(京都大学)、白取祐二(北海道大学)、白藤博行(専修大学)、杉浦一孝(名古屋大学)、鈴木隆(島根大学)、瀬川信久(北海道大学)、竹森正孝(岐阜大学)、辻村みよ子(東北大学)、土井政和(九州大学)、中村浩爾(元大阪経済法科大学)、中村芳明(青山学院大学)、名和田是彦(法政大学)、新倉修(青山学院大学)、西谷敏〔上記〕、西村隆誉志(愛媛大学)、原田純孝(東京大学)、晴山一穂(専修大学)、広渡清吾〔上記〕、本多滝夫(龍谷大学)、前田達夫(金沢大学)、前野育三(関西学院大学)、松井芳郎(立命館大学)、松田竹男(大阪市立大学)、見上崇洋(立命館大学)、水島朝穂(早稲田大学)、水林彪(東京大学)、三成賢次(大阪大学)、三橋良士明(静岡大学)、三輪隆(埼玉大学)、森英樹〔上記〕、吉田克己(北海道大学)、吉田省三(長崎大学)、吉村良一(立命館大学)、若尾典子(広島女子大学)、渡辺治(一橋大学)
 監事(4名、50音順) 生田勝義(立命館大学)、右崎正博(獨協大学)、斉藤豊治(東北大学)、吉井蒼生夫(神奈川大学)
 出所-同会機関誌『法の科学』の末尾(日本評論社刊)

 *若干のコメント ①民科法律部会とは、「民科=みんか」として知られる、日本共産党系の、より正確には日本共産党員、同党の強いシンパ、および少なくとも同党と対立せず「共闘」することを是としていると考えられる法学者たちが集まっている法学関係「学会」の一つ、②戦後当初は「歴史(学)部会」や「政治(学)部会」等もあったようだが、現在まで残存しているのは「法律部会」のみと見られる。従って、「民科・みんか」=日本共産党系(親日本共産党)法学者集団と理解して誤っていない。③法学部・法学科のある日本のほとんどの大学から「役員」が選出されている。複数を出しているのは(上記の時点で)、早稲田大学、大阪市立大学、東京大学、名古屋大学、一橋大学、埼玉大学、東北大学、北海道大学、立命館大学、関西学院大学、専修大学等で、これらの大学には上記の役員以外の「会員」が複数いるように推察される。④この欄でその主張・見解等を採り上げてコメントしたことがある憲法学者は、記憶にのみ頼ると、辻村みよ子(東北大学)と水島朝穂(早稲田大学)。前々回のエントリーで紹介した「九条の会講師団名簿」にも名が見られるのは、新垣進(琉球大学)、浦田一郎(一橋大学→明治大学)、川崎英明(関西学院大学)、白藤博行(専修大学)、中村浩爾(元大阪経済法科大学)の5名のようだ。1970年代末の『マルクス主義法学講座』(日本評論社刊、この欄で数回、執筆者名を紹介した)にすでに名を出していた者もいるようだが、確認は省略する。

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