秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

民法

2018/池田信夫のブログ011-identity①。

 池田信夫のブログ検索欄で「アイデンティティ」を探して見ると、数十件も出てきたので驚いた。 
 NHKについて、「公共放送なのか有料放送なのかというアイデンティティをはっきりしないまま…」(2008年8月8日)。
 最も新しいのは、「ユダヤ人というアイデンティティ…」(2019年2月17日)。
 日本語としてのこれに言及してこうある。2019年1月17日付より。
 -「2010年代の政治の特徴はidentity が前面に出てきたことだが、これは日本人にはわかりにくい。
 そもそも日本語には、これに対応する言葉さえない。
 1万年以上前から、地理的にも文化的にも自然なアイデンティティをもつ日本人は『私たちは何者か』と問う必要もないからだ。」
 この指摘にもあるように、identity をどう「訳す」か自体が、日本語を用いる日本人にはむつかしいところがある。
  「1万年以上前から、地理的にも文化的にも自然なアイデンティティをもつ日本人は『私たちは何者か』と問う必要もない」という一文自体もきわめて興味深く、含蓄が多いと思われる。素朴な(そして健全な範囲にある)民族意識、ナショナリズムを日本人はふつうに有している(と思われる)ので、日本会議という政治運動団体のように、これを「皇室を戴く」という点を結合させたうえで狂熱的に煽るのはむしろ異常だと感じる。だが、今回はこの点に触れない。
 identity はこの欄での試訳作業でもよく出てくる。最近も多いが、かつてS・フィツパトリクはその<ロシア革命史>叙述の中で、レーニン時代の人たちの「アイデンティティ」は職業だったか出身階層だったかとかいう問題に関心を示していた(この欄に既出)。
 さらに論理的に遡ると、対応する・該当する言葉自体がない、という意味では、レーニンがボルシェヴィキ党の中で占める地位の名称(中央委員会「委員長」?)や1917年新設のソヴナルコム(人民委員会議)で占める地位の名称(首相?、議長?)がはっきりしない、ということも興味深かった。
 「トップ」であることが当然視されていると、特別の言葉は必要なかったのだろう。
 人民委員会議の構成委員だった最初の外務人民委員のトロツキーには、外務人民委員あるいは「外務大臣」という呼称があった。
 元に戻ると、identity とは一体性、同一性、自己帰属性、自己認識等と種々に訳出することが可能で、identification という名詞もある。。
 一方、identify という動詞は当然に上にかかわる意味も持つが、<見分ける>、<見極める>、と訳出することのできる場合がある。
 (ときには主体自身も含めて)対象物は何であるかを明瞭に認識する、という意味だが、その場合にはその対象物の他者の何かとの同一性あるいは同一視可能性を肯定することによって対象物を明瞭に認識する(見分ける、見極める)という認識の過程?の意味が包含されているので、上のようなidentity の訳と矛盾しているわけではない。
 ***
 さて、我々は、あるいは現在の日本人は、どのようなidentity をもつのだろうか。
 上に出てきた、「日本人」は除く。ヒトとしては最も基礎的なidentity かと思われる<男か女か、オスかメスか>も除く。また、他の生物、すなわち脊椎動物、哺乳類等々と区別されるヒト、というidentity (これもあり得るだろう)も、論外とする。
 前近代と近代を分かつ標語的なものとして、かつて<身分から契約へ>を語った人がいた。
 各人間がしぱしば世襲の<身分(・地位)>に束縛されていた、またはそれによって予め決定されていた時代から、本人自身の「意思」または<契約>、つまり自分の「自由意思」または原理的には対等当事者相互の「自由意思」の合致でもって自分自身の行動を決定することができる時代への大きな変化だ。
 いつから日本は「近代」に入ったのか。こう思弁的に?議論してもたいした意味はない。いわゆる「明治維新」後の時代に一気に「近代」になってしまったのでもなさそうだ。
 「日本」よりも(いやその「日本国民」意識は大いに形成されていったのだが)、薩摩、長州、土佐、会津、等々の「旧藩」ないし新しい地域の<出自>意識は各人において相当にまだ強かったのではないだろうか。
 大正時代になっても、当時の皇太子(昭和天皇)の婚約・婚姻をめぐって旧「薩摩」への対抗意識から「宮中某重大事件」が生じたとの風聞(と強調しておく)があったくらいだから、政権中枢?の中ですら、薩長の対抗意識はたぶんまだあったわけだ。
 それに戦前にはまだ、士族・平民等の区別が公式にあった。
 華族も含めて、まだ「身分」意識はある程度は残っていただろう。
 戦後の日本国憲法施行や改正新民法(但し、民法典のうち<家族法(親族法・相続法)>部分)によって、皇族以外の国民はみな「平等」となり、ほとんど<身分>意識は喪失したように思われる。
 自分はどの<身分>にあるのかは、旧皇族または旧士族の人々には「かつての」ことの記憶・意識としてまだ残ってはいそうだが、政治的・社会的にこれによる差違が生じるわけではない。
 日本国憲法14条は、「社会的身分又は門地によ」る「政治的、経済的又は社会的関係にお」ける「差別」を禁じている。これと符合して、戦後の「家族」法制は存続してきた。
 ところで、いつか書こうと思っていたので脱線するが、日本国憲法「無効」論者の無知・論理的一貫性の欠如は、上のことにも関係する。
 すなわち、昭和天皇はGHQにダマされたのだ(渡部昇一)等々の種々の理由で日本国憲法は「無効」だとする、あるいは<原理的には否定されるべきものだ>とする者たちは、現憲法と同時に、現憲法と一体のものとして制定・改正され施行された多数の法律もまた「無効」(原理的否定)と主張しないと、まったく一貫性がないのだ。
 多くの人が、戦前と戦後の大きな違いは「家族」(・相続)制度にあるという意識を持っているだろう。もはや「戸主」はなく成年男女の婚姻に親の「同意」は不要だ。
 日本国憲法は「無効」だ(少なくともいったん大日本帝国憲法を復活させるべきだ)と喚いていた(いる)人々には、では民法・家族法部分も戦前体制に(いったん)戻すのか?と問い糾さなければならないだろう。
 民法の中の「家族」法制だけではない。
 国会法、内閣法、裁判所法、地方自治法、(学校教育制度の基本である)学校教育法や地方教育行政の組織及び運営に関する法律、等々の多数の諸<法律>が新憲法と同時に施行されて、戦後の日本を形成してきた。
 上に挙げた諸法律だけでも、戦後日本にとってきわめて根幹的なものだ。
 要するに、「憲法」だけを問題にするのは一貫していないし、かつほとんど無意味なのだ。
 <美しい日本の憲法>に憲法改正したいらしい田久保忠衛らは、上に書いた意味が理解できるだろうか?
 元に戻る。では、戦後の日本人は、<身分>ではなく、どのような自らのアイデンティティ感覚を有しているのだろうか。
 つまり、自己認識規準、自己が帰属する集団意識、他者との同一性・類似性を意識する要素、といったものを、無意識にせよ、自覚的にせよ、どう考えているのだろうか。
 この点にもすこぶる「戦後日本」的な、または「日本人」的なものがあるのではないかと思っている。つづける。

1207/最高裁の婚外子相続「差別」違憲判決をめぐって。

 〇最高裁大法廷平成25年9月4日判決の特徴は、婚外子(非嫡出子)に対する民法上の相続「差別」を憲法違反とした理由が明確ではないことだ。
 全文を大まかに読んで見ても、そこに書かれているのは、一文だけをとり出すと、「前記イ及びウのような世界的な状況の推移の中で,我が国における嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等も変化してきた」、ということにすぎない。この問題をめぐる環境の変化に言及しているだけで、直接になぜ「平等原則」違反になるのかは述べていないのではないか。述べているらしき部分はのちに言及する。
 上の前者の世界的状況とは、国連の自由権規約委員会が「包括的に嫡出でない子に関する差別的規定の削除を勧告」したこと、加えて児童の権利委員会も日本の民法改正を促す勧告や当該規定の存在を「懸念する旨の見解」を改めて出したことをいう。

 上の後者のわが国の法制等の変化とは、「住民基本台帳事務処理要領の一部改正」、「戸籍法施行規則の一部改正」等をいう。

 この判決は一方で、日本ではまだ「法律婚を尊重する意識が幅広く浸透している」こと、婚外子の割合は増えても2%台にすぎないことを指摘しつつも、これらは合憲・違憲という「法的問題の結論に直ちに結び付くものとはいえない」とわざわざ述べていることも、興味深い

 〇この判決の結論自体については、産経新聞社説も含めて反対の論評はないようだ。
 ここでも反対意見は書かないが、最高裁裁判官中に一つの反対意見もなく、14名全員一致だというのは、ある程度は気味が悪い。最高裁判決は「正しい」または「最も合理的」なのではなく、権威をもって世俗的に通用する、というにすぎないことは確認されておくべきだ。

 最高裁判決が触れていない論点を指摘しておこう。

 第一。同じ父親から生まれた子が母親または両親の婚姻形態の違いによってその父親の資産相続につき同等に扱われないのは、たしかに、子どもの立場からすると「不平等」・「不公平」ではある。
 しかし、母親のレベルから見ると、法律上の妻と事実上の妻とが同等に扱われる結果になることは、法律上の妻との婚姻関係が基本的には正常・円滑に継続しており、事実上の妻あるいは「愛人」・「二号さん」とは同居もしておらず、事実上の夫婦関係が一時的または断続的である場合には、法律上のまともな配偶者(とその子ども)を不当に差別することになりはしないだろうか。
 むろん男女関係はさまざまで、法律婚の方がまったく形骸化し、事実婚の方が愛情に溢れたものになっている場合もあるだろうので、上のように一概にはいえない。しかし、上のような場合もあるはずなので、今回の最高裁判決および近い将来の民法改正によって、不当な取り扱いを受けることとなる法律上の妻や婚内子(嫡出子)もあるのではないかと思われる。しかるに、最高裁が裁判官全員一致で今回のような一般的な判断をしてしまってよかったのだろうか。

 むろん民法の相続関係規定は強行法規ではないので、被相続人の遺言による意思の方が優先する。もともと国連の関係委員会等の「権威」を信頼していないことにもよるのだが、個々のケースに応じた弾力的運用がまずは関係者私人の間で必要かと思われる。

 第二。本最高裁判決は、「子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず,子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきている」と格調高く?述べて、実質的な理由らしきものにしている。

 しかしかかる理由でもって子どもすべてを同一・同等に扱うべきだという結論を導くことはできない、と考えられる。この点は、産経9/12「正論」欄で長谷川三千子もつぎのように、簡単に触れている。

 「自ら選択の余地のない事情によって不利益をこうむっているのは嫡出子も同様なのです。その一方だけの不利益を解消したら他方はどうなるか、そのことが全く忘れ去られています。またそれ以前に、そもそも人間を『個人』としてとらえたとき、(自らの労働によるのではない)親の財産を相続するのが、はたして当然の権利と言えるのでしょうか? その原理的矛盾にも気付いていない。」

 前半の趣旨は必ずしもよく分からない。だが、親が誰であるかによって実際にはとても「平等」ではないのが人間というものの本質だ。例えば、資産が大きく相続税を払ってもかなりの相続財産を得られる子どもと、親には資産らしきものはなく相続できるプラス財産は何もない子どももいる。これは平等原則には違反しないのか。あるいは例えば、頭が賢く、運動能力も優れた子どもがいる一方で、いずれもそうではない子どもも実際には存在する。この現象に「親」の違いは全く無関係なのだろうか。

 「子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許され」ないなどと言うのは、偽善的な美辞麗句にすぎない、と断じることができる。「親」が異なれば「子」も異なるのだ。嫡出・非嫡出などよりも、こちらの方がより本質的な問題だろう。

 さらに、長谷川が上に後半で指摘していることは正しい。
 今回の最高裁判決を「個人」主義・「平等」主義大賛成の「左翼」法学者・評論家等は大いに支持するに違いない。しかし、上に少し触れたように、例えば親の資産の有無・多寡が相続を通じて子どもの経済生活に「格差」を生じさせるのは、「個人」主義・「平等」主義に反するのではないか。
 つまり、「左翼」論者が本当に「個人」主義・
「平等」主義を貫きたいのならば、<相続制度>自体に反対し、死者の財産はすべて国庫に算入する、つまり国家が没収すべし、と主張すべきだと考えられる。

 「子ども」は親とは全く別の「個人」であり、親の財産を相続することを認めるのは、子ども「個人」の努力や才覚とはまったく関係のない、たまたまの(非合理的な)「血」縁を肯定することに他ならない。「個人主義」者は、これに反対すべきではないのか。また、そのような相続を認めることが親の違いを理由とする相続財産の有無・多寡という「格差」=「平等原則」違反につながるのだとすれば、「平等」主義者はますますもって反対すべきではないのか。
 本最高裁判決を肯定的に評価しているらしき棚村政行(早稲田大学」、二宮周平(立命館大学)らは、上の論点についてもぜひ回答していただきたいものだ。

1169/朝日新聞4/11天声人語の「法的」素養の欠如。

 朝日新聞4/11朝刊の天声人語がエラそうに、じつはアホなことを書いている。
 自民党の憲法改正案を皮肉り、それとの比較で橋下徹の見解を「常識的な見解」と持ち上げる過程で、次のような馬鹿な言辞を吐いている。
 「憲法は国民が国家を縛るもの、法律は国家が国民を縛るもの。向きが逆さになる。」

 このあとこの旨を「憲法99条が象徴的に示している」と続けているのだが、憲法99条のどこに「法律は国家が国民を縛るもの」という趣旨が含まれているのか。
 そもそも「法律は国家が国民を縛るもの」という理解が間違いであり、戯けた言辞だ。
 法律は議会(立法権)が制定し、国家の中の行政権と司法権を拘束する(「縛る」)もので、第一次的機能は「国民を縛る」ものではない。行政権の諸活動や司法権(裁判所)の判決を拘束する(「縛る」)ことこそが、憲法に違反していないかぎりでの法律の本質的な機能だ。行政は「法律を誠実に執行」しなければならず、司法(を担当する裁判官)は憲法と良心のほか「法律」にのみ拘束される。

 天声人語執筆者はそのお好きな日本国憲法の73条1号と76条3項を読んでみたらどうか。

 なるほど法律は直接に特定の又は一定範囲の国民を拘束する(「縛る」)ことがあるが、それはその他のもしくは別の一定範囲の国民の利益を、又は社会公共の利益を守るためのものだ。
 「法律は国家が国民を縛るもの」と書いてしまう天声人語執筆者は、いったい何のために縛っているのか考えたことがあるのか。

 刑法は(特定の、又は特定行為をする)国民を縛っていると言えるかもしれないが、どの刑法入門書にもそれは「個人的」・「社会的」または「国家的」法益を守るためのものだと書いているはずだ。また、罪刑法定主義によって、法律の定めによらない(国家=裁判所による)刑罰の賦課を阻止しようとしている点をとらえれば、刑法という法律は当然に国民を守る重要な機能を持っている。

 民法はどのように、いかなる意味で「国民を縛るもの」なのか。朝日新聞・天声人語執筆者は具体的例を挙げてみるがよい。きっとできないだろう。基本的には、民法は国民相互の権利義務に関する紛争を解決するための、司法権(裁判所)を拘束する裁判規範として機能するものだ。決して単純に「国民を縛るもの」ではない。
 個々の行政法規は、直接に(民法とは違って国民が出訴しなくとも)行政権・行政機関を拘束するものだ。国民を拘束する命令等を行政機関に授権することもあるが、法律がないかぎりで国民を拘束する命令を出せないという意味では、国民を守っている。またそもそも例えば生活保護法という法律のように、国民に「権利」を付与するもので、決して「国民を縛るもの」という性格づけをできない法律も少なくない。
 議会(立法権)は他の二権と違って国民により選出された議員により構成されているので、むしろ議会制定法=法律は、国民代表が司法権と行政権を「縛る」ものだ、と言える。お分かりかな? 朝日新聞、天声人語殿。
 天声人語が「憲法は国民が国家を縛るもの、法律は国家が国民を縛るもの。向きが逆さになる。」などというバカげたことを書いているのは、日本のマスメディアの知識レベルの低劣さを示す典型でもあろう。
 憲法改正に関する議論でも、日本のマスコミが産経新聞も含めて、いかほどに適切な記事や論評を書いたり、議論を展開させることができるのか、はなはだ疑わしいと思っている。何しろ、<よりよい・よりマシな憲法を>という問題意識を欠落させたまま、長い間眠り続けてきた日本人を作りだし、その
先頭に立ってきたのは、朝日新聞を筆頭とする日本のマスメディア(に従事する天声人語子等)に他ならない。
 産経新聞ですら、改憲の必要はしばしば訴えてはいるものの、具体的な諸論点についての「法的」な理解は心もとないところがある。護憲派の朝日新聞・毎日新聞となるとなおさらだ。「法的」素養の欠如は、4/11朝日新聞・天声人語が見事に示してくれている。そもそも朝日新聞・天声人語に、憲法や法律に関する(以上では言及を省略したが)「そもそも」論を述べる資格はない、というべきだろう。

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