秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

歴史科学協議会

1302/歴史関係団体「性奴隷」声明と日本共産党。

 一 歴史科学協議会(れっかきょう)などの歴史関係団体の2015.05.25声明は、<日本軍による「慰安婦」強制連行>は「事実」だとしていわゆる河野談話を擁護するとともに、朝日新聞や元記者の植村隆を明確に応援している。
 その場合に「強制」はどのような意味で理解されているかが問題だが、次のように述べている。
 「強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(…)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含むものと理解されるべきである」。
 また、「慰安婦」とされた女性は「性奴隷」だったと述べたのち、次のように述べている。
 「近年の歴史研究は、動員過程の強制性のみならず、動員された女性たちが、人権を蹂躙された性奴隷の状態に置かれていたことを明らかにしている。さらに、『慰安婦』制度と日常的な植民地支配・差別構造との連関も指摘されている。たとえ性売買の契約があったとしても、その背後には不平等で不公正な構造が存在したのであり、かかる政治的・社会的背景を捨象することは、問題の全体像から目を背けることに他ならない」。
 つまり、「動員過程の強制性」がある場合のみならず、「たとえ性売買の契約があったとしても」、背後の「不平等で不公正な構造」・「政治的・社会的背景」を捨象しないで理解すれば、「強制」だった、と言っているようだ。
 このような「強制」概念の用法は、当初の概念の拡大・変質であり、かつ問題の本質をはぐらかすものだ。
 すなわち、もともとの問題・争点は、日本国家・日本軍による<慰安婦>とするための女性の「強制」連行があったか否か、もう少しだけ広く言っても、日本国家・日本軍によって<慰安婦>となるよう「強制」された女性がいたか否か、だったはずだ。
 にもかかわらず、この声明では、「本人の意思に反した連行」はすべて日本国家・日本軍によるものであるかのような不当な叙述をしており、また、背後に「日常的な植民地支配・差別構造」がある場合の「性売買の契約」もまた日本国家・日本軍による「強制」だったと理解している。
 ほとんどが日本共産党系団体だと思われるので別に驚きはしないが、「本人の意思に反した連行」はすべて日本国家・日本軍の「強制」、そして私人間の契約(あるいは私人間の勧誘・働きかけ等)であってもすべて日本国家・日本軍の「強制」だったというのだから、無茶苦茶だ。とても「歴史」を正視しているとは思えない。
 二 このような声明がなぜ出されのか。おそらくは、日本共産党中央による、歴史関係団体に属して役員等になっている同党構成員=日本共産党員に対する働きかけがあったものと思われる。したがって、たんに日本の大学の文科系学部の実態を問題視するだけでは足りないようだ。
 2014年08月以降、ネット情報によると、日本共産党の小池晃らは、次のような発言をしている。
 2014.08.10のフジテレビ番組で小池晃-「(「慰安婦」問題で問われている)強制性というのは、無理やり連れて来たかどうかという手段だけの問題ではない。甘言や人身売買などで、本人の意思に反して連れてくれば、それは強制です」。これは後日、新聞・赤旗に掲載されている。
 この部分は、上の声明における「強制」概念の用法とほとんどか全く同じだ。
 「甘言や人身売買などで、本人の意思に反して連れてくれば、それは強制」だ、というのは一瞬は分かりやすい表現かもしれない。<意思に反して=強制して>というのは通りやすいかもしれない。しかし、問題の本質は、「甘言や人身売買などで、本人の意思に反して連れてく」ることが日本国家・日本軍によってなされたか否かだ。日本共産党・小池晃の発言にはゴマカシ、あるいはペテンがある。
 なお、2014.10.21の国会委員会で山下芳生-「ひとたび日本軍『慰安所』に入れば、自由のない生活を強いられ、強制的に多数の兵士の性の相手をさせられた、性奴隷状態とされた事実は、動かすことができない」。
 ここでは「慰安所」内のことに「強制」という語が使われている。これまた、問題の本質をゴマカすものだ。
 ややはずれるが、このような言い方をすれば、当然に、小池晃や山下芳生は日本共産党(の上位者)によってこのような発言をするようにきっと「強制」されたのだろう、ということになる。
 三 というわけで、必ずしもはっきりはしないが、上の声明と日本共産党・小池晃発言は対応している。
 日本共産党・小池の発言内容を支持し補強するために歴史関係団体の声明が使われている、という見方をすることは不可能ではない。
 また、あらためて言えば、重大なのは、上の声明が「強制」の有無の判断に、「日常的な植民地支配・差別構造」、背後の「不平等で不公正な構造」、かかる「政治的・社会的背景」を持ち込んでいるこんでいることだろう。
 こんな論法を採ることが許されるならば、戦時中の現象はすべて日本国家・日本軍の「強制」だったということも可能になってしまう。呆れてしまう物言いだ。
 さらには、次のようにも言える。上の声明は、<戦後日本>の現在の、日本共産党が公然と存在する「政治的・社会的背景」のもとで、日本共産党によって「強制」されたものだ。そのような「強制」に喜んで従っているのかもしれないが。

1301/資料・史料/2015.05.25「慰安婦」問題歴史学関係団体声明。

 「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明

 『朝日新聞』による2014年8月の記事取り消しを契機として、日本軍「慰安婦」強制連行の事実が根拠を失ったかのような言動が、一部の政治家やメディアの間に見られる。われわれ日本の歴史学会・歴史教育者団体は、こうした不当な見解に対して、以下の3つの問題を指摘する。
 第一に、日本軍が「慰安婦」の強制連行に関与したことを認めた日本政府の見解表明(河野談話)は、当該記事やそのもととなった吉田清治による証言を根拠になされたものではない。したがって、記事の取り消しによって河野談話の根拠が崩れたことにはならない。強制連行された「慰安婦」の存在は、これまでに多くの史料と研究によって実証されてきた。強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(インドネシア・スマラン、中国・山西省で確認、朝鮮半島にも多くの証言が存在)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含むものと理解されるべきである。
 第二に、「慰安婦」とされた女性は、性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴力を受けた。近年の歴史研究は、動員過程の強制性のみならず、動員された女性たちが、人権を蹂躙された性奴隷の状態に置かれていたことを明らかにしている。さらに、「慰安婦」制度と日常的な植民地支配・差別構造との連関も指摘されている。たとえ性売買の契約があったとしても、その背後には不平等で不公正な構造が存在したのであり、かかる政治的・社会的背景を捨象することは、問題の全体像から目を背けることに他ならない。
 第三に、一部マスメディアによる、「誤報」をことさらに強調した報道によって、「慰安婦」問題と関わる大学教員とその所属機関に、辞職や講義の中止を求める脅迫などの不当な攻撃が及んでいる。これは学問の自由に対する侵害であり、断じて認めるわけにはいかない。
 日本軍「慰安婦」問題に関し、事実から目をそらす無責任な態度を一部の政治家やメディアがとり続けるならば、それは日本が人権を尊重しないことを国際的に発信するに等しい。また、こうした態度が、過酷な被害に遭った日本軍性奴隷制度の被害者の尊厳を、さらに蹂躙することになる。今求められているのは、河野談話にもある、歴史研究・教育をとおして、かかる問題を記憶にとどめ、過ちをくり返さない姿勢である。
 当該政治家やメディアに対し、過去の加害の事実、およびその被害者と真摯に向き合うことを、あらためて求める。
 2015年 5月25日
 歴史学関係16団体
 日本歴史学協会/大阪歴史学会/九州歴史科学研究会/専修大学歴史学会/総合女性史学会/朝鮮史研究会幹事会/東京学芸大学史学会/東京歴史科学研究会/名古屋歴史科学研究会/日本史研究会/日本史攷究会/日本思想史研究会(京都)/福島大学史学会/歴史科学協議会/歴史学研究会/歴史教育者協議会
    
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