秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

横田めぐみ

1715/日本会議の20年②と丘みどり「佐渡の夕笛」。

 横田めぐみさんが北朝鮮当局によって拉致(人さらい・人身の自由の侵害)から、今年10月で40年が経った。
 父の滋氏は日本銀行行員として新潟に赴任したはずで、転勤があったのだと思われる。あの転勤がなかったらとか転勤を固持してたいればとか等々の思いを、こ両親は何度も反芻されただろう。
 新潟でめぐみさんが特定されて狙われていたわけではなく、たまたま特定の地区・地域を彼女が通りかかったことで被害にあったのだろう。とすると、あの日に何とかしてあの地域・地区へ行かさないようにすればよかった、といった想いもまた、何度も想起されただろう。
 人生は、運命は、苛酷なものだ。もとより原始コミュニズム国家、実兄を公然と殺戮した首領がいる国家に責任はある。
 日本共産党は今は北朝鮮を<社会主義を目指している国>から除外しているが、かつては「友党」で、拉致についても疑惑の程度に応じた交渉をとか主張して拉致犯行者が北朝鮮国家であることを認めたがらなかったこと、北朝鮮はレーニン・スターリンのコミンテルンまたはロシア(ソ連)共産党の指導と援助で建設されたこと、金日成の指名も彼らによってなされたことは否定できないだろう。
 日本会議の20周年記念大会案内パンフの最終欄に、この20年間に<日本会議が取り組んだ主な国民運動」と題する26項が総括的に列挙されている。
 それらの中には、「北朝鮮拉致被害者救援国民運動」といったものは掲げられていない。
 西岡力等の日本会議関係者がこれに強く関与してはいるが、日本会議自体は、これを自らの団体の運動の実績の一つに挙げることをしない、あるいは、そうできないのだ。
 実績・成果がなかった・乏しかったことが理由にならないことは、選定・列挙されている26項を見ても分かる。
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 ところで最近にたまたま聴いた歌謡曲、丘みどり「佐渡の夕笛」の一番の歌詞は、横田めぐみさんの家族、とりわけご両親の滋・早紀江のお二人には、涙なくした聴けるものではないようにも思える。
 丘みどり「佐渡の夕笛」(2017)-作詞・仁井谷俊也/作曲・弦哲也。
 (一番)
  「荒海にあの人の船が消えて
  二とせ三とせと過ぎていく
  今年も浜辺に島桔梗
  咲いても迎えの文(恋文)はない
  待ちわびる切なさを
  佐渡の 佐渡の夕笛 届けてほしい」
もともとは船で他所に出かけた男を待つ女性の気持ちを歌った歌詞と曲だと思われるのだが、一番の歌詞だけは拉致被害者を、そして横田めぐみさんを連想させうる。
 佐渡島は、拉致されていく橫田めぐみさんを見ていたに違いない。
 「あの人の船が消えて」、「二年三年と過ぎていく」、「迎えの文はない」、「待ちわびる切なさ」、これらの言葉を、家族、とくにご両親はどういう想いで聴くだろう。
 丘みどり、1984年生まれ、2017年NHK紅白歌合戦初出場予定。

1064/渡部昇一の日本史年表には北朝鮮「拉致」がない。

 〇11/15は横田めぐみさんが北朝鮮当局に「拉致」された日だった。
 政府が認定しているかぎりでも、北朝鮮による「拉致」は1977年と1978年あたりに集中している。
 これらの「拉致」は、とりわけ最初のそれや重要なそれは、昭和史年表とか戦後史年表とかに、重要な歴史的事実として、きちんと記載されるべきだろう。
 渡部昇一は「保守」派らしく、かつあえて中川八洋によらずとも、<民族系保守>派のはずだ。
 しかし、書店で手にしてめくってみたかぎりでは、渡部昇一・読む年表/日本の歴史(ワック)には、北朝鮮による「拉致」実行の年月についてはいかなる記載もない。これが(かりに民族系でなくとも)<保守派>を自認しているはずの者の編む日本史年表なのだろうか。失望するし、やはり渡部昇一は信頼できないと感じる。
 信頼度が低いと思っているために、渡部昇一の日本歴史の全集もの(ワック)は一冊も、古書でも、購入していない。

 渡部昇一は月刊WiLL誌上に(立花隆ではなく)<渡部昇一はこんなものを読んできた>ふうの連載をしている(「書物ある人生」)。西尾幹二の少年時代の自叙伝ふうの本とは違い、<こんな本を読んでエラくなりました>という感じの、「保守」思想とはまるで関係のなさそうな内容なので、これまたまともに読む気にはなれない。

 〇信頼度の高い人の文章は、納得・同意するところが多いために、却って、この欄ではとり上げないこともある。
 遠藤浩一稲田朋美はそれらのうちに入り、この一年以内の産経新聞上での、衆議院解散要求や(民主党との)大連立反対などの文章は、その通りだと思って読み終えた。
 ジャパニズム第4号(青林堂、2011.10)の、稲田朋美=城内実(対談)「『詐術と裏切り』亡国の野田内閣」も、とくに大きな違和感なく読めてしまう。
 城内実の本はたぶん読んだことはないが、どのような人物かは経歴も含めて知っている。
 「頭」だけでっかちの、書くこと(語ること)だけは一人前の?<保守>派評論家・大学教授等よりは、石原慎太郎もそうだが、現実に「政治(・行政)」に直接関与している者の言葉の方に聞くに値するものが多いかもしれない。遠藤浩一はいちおう「評論家・大学教授」の肩書のようだが、経歴によるとふつうの「アカデミズム」の世界のみから生まれた人物ではなさそうだ。 

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  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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  • 1721/L・コワコフスキの「『左翼』の君へ」等。
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  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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