秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

森友文書

1756/「日本会議」問題としての森友問題と決裁文書⑤。

 小川榮太郞の昨年の著というのは、つぎだ。
 小川榮太郞・徹底検証「森友・加計事件」-朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪(飛鳥新社、2017.10)。
 小川はまた、同じく飛鳥新社を出版元とする、花田紀凱編集長の姓を名とする月刊Hanadaでしきりと朝日新聞を攻撃している。後者は、別に、<日本の保守>の項あたりで触れたい。
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 小川榮太郞もまた、言葉の厳密な使い方をしていないように見える。
 もまた、というのは、安倍晋三首相と同様に、という意味だ。
 3/19・20あたりの安倍首相国会答弁は、1年余り前の「かかわる」・「関係する」を「関与する」に変えているように感じる。
 関係すると、関与するは、意味・ニュアンスが異なる。
 つまり、<関与>の方が主体的・積極的だ。
 <関係>だと、意に反して<関係させられた>、<かかわったことになった>ということが語義上は認められると思われるが、<関与>の場合は、そのような語法が適切である可能性はより低いと考えられる。
 上の小川榮太郞著は、p.29で昨年2月17日のいまや有名な「間違いなく総理大臣も国会議員も辞める」の発言部分を引用している。
 一方で、小川は、こういう表現の仕方をする。
 p.1-①「森友学園問題、…は、いずれも安倍とは何ら関係のない事案だった。」
 p.5-②「朝日新聞自体が、…安倍の関与などないことを知りながらひたすら『安倍叩き』のみを目的として、疑惑を『創作』した」。 
 p.25-③「現実の政治を知れば関与などあり得ない-そういう地方案件が今回の森友の土地払い下げ問題」だ。
 安倍晋三首相の昨年の発言中の「かかわる」・「関係する」の真の意味は、<働きかけ>を含みうる「関与」だった可能性はあるだろう。対象を「この認可にもあるいは国有地払い下げにも関係していない」と明言していて、「日本会議」との関係を否定しているのでもない。
しかし、言葉それ自体としては、「関係」と「関与」は同じではない、というべきだ。これらを同じ意味で使ったのだとすれば、厳格さが足りないし、総理答弁としては不用意で、これに限っても「問題視」されうるのではないかと思われる。
 これと同様に、小川榮太郞もまた、上の①~③のように、「関係」と「関与」を意識的にかどうか、混用している。文学部出身の文芸評論家<あがりの政治評論家?>だとは思えない。
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 つぎに、前回に論及した、小川による佐川局長答弁の(結果としての)擁護・支持部分はつぎのとおり。p.43~p.44。小川が引用する佐川答弁(2017年2月24日)も、そのままここでも引用する。
 小川-「佐川は、交渉の詳細を幾ら質問されても、全て交渉記録は破棄して残っていないの一辺倒で通した」。
 A・佐川局長(当時)「…確認しましたところ、近畿財務局と森友学園の交渉記録というのはございませんでした。/面会等の記録につきましては、財務省の行政文書管理規則に基づきまして保存期間一年未満とされておりまして、具体的な廃棄時期につきましては、事案の終了ということで取り扱いをさせていただいております。」
 (同・つづき)「本件につきましては、平成28年6月の売買契約締結をもちまして既に事案が終了してございますので、記録が残っていないということでございます。」 
 B・小川榮太郞<いくつかに分け、適宜番号を付す>①「国の行政文書は、よほどの特例でない限り一年未満に破棄する規則がある。」
 ②「この規則は、森友、加計の二例に鑑みれば明らかに問題だ。二例とも国政と関係のない細かな行政事案で、記録がない為に国会が重大な遅滞を呈した。行政文書の保存基準は大幅に見直すべきだろう。」
 ③「だが、現状では佐川の答弁は規則通りで、特例ではない。」
 小川は財務省に対して批判的な記述もするが、ここの文書管理部分では明らかに、財務省・理財局・佐川局長を擁護・支持している-③。「現状」ではやむをえない旨を明記している。
 既述のように、不審をもったのは、奇妙だと「直感」したのは、この部分だ。
 立ち入っていくと、佐川答弁についてもいろいろと不思議なことが出てくる。
 しかし、とりあえず書けば、小川榮太郞は、財務省の行政文書管理規則あるいは現状である「行政文書の保存基準」を見て、きちんと精査したうえで、昨年秋に上の文章を書いたのか?(同じことは、この答弁を聞いたメディア関係者もなぜ吟味しなかったのか、と言える。)
 上の①は、対象を「行政文書」全体にまで拡張していて、文書管理のあり方自体を知らない、全くのウソだ。「行政文書」の定義もおそらく知らず、つぎの規則も見ず、堂々と書いているのが怖ろしい。
 財務省行政文書管理規則(・同細則)の読み方(解釈の仕方)は別の機会にでもさらに触れるだろうとして、「面会等の記録」は「一年未満」だとは前回言及の「別表第一」には少なくとも明記されていない(同細則でも同じ)。
 「別表第一」は正確にはまだあくまで「基準」であるので、大臣官房文書課または理財局内部での「文書管理者」が(局長であることがありうる)かなり個別的な決定をして「面会等の記録」は「一年未満」だと定め可能性がある。
 つぎを参照-「別表」 の「備考」/「六 本表が適用されない行政文書については、文書管理者は、本表の規定を参酌し、当該文書管理者が所掌する事務及び事業の性質、内容等に応じた保存期間基準を定めるものとする。」
 もう一つの不審は、「面会等の記録」と「売買契約締結」に関する文書を明確に分けることができるのか、だ。まず、面会「等」の「等」は何を含むのか不明瞭だが、貸付または売買(予定者又は具体的にその方向である者)の一方当事者と会うことや、話を聞くことを、ふつうはたんなる「面会」とは言わないように感じられる。すでに「交渉」だ。
 つぎに、より重要なのは、「売買契約締結」に関する文書の中に、「面会」を含めてもよいが、交渉過程、つまり当該契約締結に至るまでの過程はいっさい含まれないのか?だ。 
 これは、<含む>と解される。なぜなら、前回言及の財務省行政文書管理規則・別表第一の「28」の項の一つめの列の見出しは「…の実施に関する事項」だが、二つめの列には「国有財産の管理(取得、維持、保存及び運用 をいう。) 及び処分の実施に関する重要な経緯」 とある。そして保存期間30年とされる取得・処分にかかる文書の例として明記されるのが「売払決議書」だ。なお、貸付にかかる文書(例、貸付決議書)については、保存期間は、貸付期間終了後の10年とされている。
 小川榮太郞は佐川局長の言い分をそのまま信じて、本の叙述の前提にしているのだが、前提自体が怪しいと感じるべきだろう。感じないのは「ど素人」の証拠だ。すなわち、「面会等」あるいは「交渉」にかかる文書と「売買契約締結書」またはそのための「決裁文書」は明確に区別されてはいないし、区別してはいけないのだ(上記のとおり規則「本文」と一体である「別表」上に「重要な経緯」と書かれている。)
 前回にこの欄で紹介した、2017年2月24日午後の-佐川答弁より後の-菅官房長官発言は、すでに?なかなか的確だ(あるいは意味深?)だと思われる。
 「基本的には、決裁文書についてはは30年間保存するのだから、そこに、ほとんどの部分は記録されているのではないでしょうか」。
 佐川局長のつぎの言い分も、したがってまた、奇妙だ。
 「平成28年6月の売買契約締結をもちまして既に事案が終了してございますので、記録が残っていない。」
 2017年2月は「平成28年6月の売買契約締結」後の半年余の後だ。
 佐川局長は「面会等の記録」は「1年未満」で廃棄してもよいからそうしたのだ、という趣旨を言いたかったのだろう。
 しかし、「平成28年6月の売買契約締結」に関する文書自体は30年とされていることを、局長クラスが全く知らないとは想定し難い。
 この時点の佐川氏について、推測できるのは、つぎの二つのいずれかだ。
 A「売買契約締結」文書・決裁文書に「交渉過程・経緯」まで書かれていることを知らなかった。そして、迂闊にか、意識的にか、「面会等の記録」の中には書かれていたかもしれないが、廃棄して今はない、というストーリーにした。
 B 上のこと及びその詳細な内容をすでに知って驚き?、書き直し・改竄をすでに指示して、「交渉過程・経緯」を含む(前の)決裁文書が存在しないようにしていた(答弁時点で完璧に終了していたかは別として)。だからこそ、かなりの自信を持って、断定的に答弁できた。
 いずれについても、不思議さは残る。さらに言及する。
 小川榮太郞に戻ると、この人は、現実の政治や行政についての知識が乏しい、ということを自覚した方がよいと思われる。今回は書かなかったことで、そういう例、言葉遣いがまだ多くある。

1754/「日本会議」問題としての森友問題と決裁文書④。

 今夕の日本テレビ/読売テレビ系番組で、しっかりと報道されていた。
 2017年2月24日午後の記者会見で、菅官房長官は、財務省の国有地売却等「決裁文書」の保存期間について、つぎのように明言していた。
 秋月瑛二が前回に「すでに私自身は判明させたつもりでいる」と書いたとおりだ。30年だ。
 そして、なぜこんな単純なことに誰も気づいていなかったのだろう、財務省の文書管理関係職員はきっと知っていたに違いない、と思っていた。
 私は知らなかったのだが、一年も前に政府高官・菅官房長官が、つぎのように語っていた。
 したがって、第一に、佐川元理財局長が、交渉に関する記録は「残ってございません」と答弁していたのは、虚偽だったと思われる。実際の決裁文書に「交渉過程」も記されていることを知らなかったのか?
 第二に、小川榮太郞著の<政治的偏見に満ちた>叙述も、間違いだったことが判明する。
 小川は、昨年の書物で、森友文書関連質問を受けて「面会等の記録(の保存期間)は1年未満だ」旨の佐川答弁をそのまま支持し、<廃棄してしまっていたことに何ら問題はない>と昨年の本で叙述していた。
 以下、菅官房長官・2017年2月24日午後記者会見にかかる、ネット上の映像・動画情報による。 http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201702/24_p.html -首相官邸ホームページ。
 記者質問「今日の予算委員会の方で、財務省の佐川理財局長が、森友学園と財務局側の交渉記録について、記録は残っていないと、事案が終了したのですみやかに廃棄されていると思うと答弁しているが、その点について、これは適当だと思うか」。
 菅官房長官「財務省においては公文書管理法の規定にもとづいて制定されている。
 そして、その財務省の行政文書管理規則にもとづいて国有財産の取得および処分に関する決裁文書については、30年の保存期間が定められている。
 ですから、30年間は保存するのです。
 一方で、面会等に関する記録文書については、その保存期間は1年未満とされている。そこで、具体的な廃棄がされている。その時期については説明したとおりだと思っている。」
 記者質問要旨/<面会等に関する記録についての1年未満を再検討する考えはないか>。
 菅官房長官「いずれにせよ、各省庁とも公文書管理法の規定にもとづいて行っているのだろう。そのことで、著しい弊害があるのであれば、また見直しする必要があると思うが、基本的には、決裁文書については30年間保存するのだから、そこに、ほとんどの部分は記録されているのではないでしょうか」。
 これの基礎にある、財務省側からこの日に資料提供を受けたのではないかと見られる、財務省行政文書管理規則の定めは、つぎのとおり。
 「第13条1項 文書管理者は、別表第1に基づき、標準文書保存期間基準を定めなければならない。
 2項 第11条第1号の保存期間の設定については、前項の基準に従い、行うものとする。」
 「別表第1・行政文書の保存期間基準」。
 <秋月注-以下は一部で、全体が表の形式をとっているため、表の最上部にある「列」の見出し-事項・業務の区分・当該業務に係る行政文書の類型・保存期間・具体例-を書き加え、かつ後の三者は一括して同じ行で記載する。いずれによ、実質的に原文ママ。> 
 『28・事項/国有財産の管理及び処分の実施に関する事項。
 業務の区分/国有財産の管理(取得、維持、保存及び運用をいう。)及び処分の実施に関する重要な経緯。
 当該業務に係る行政文書の類型 (令別表の該当項)/保存期間/具体例/
 ①国有財産(不動産に限る。)の取得及び処分に関する決裁文書/30年/・引受決議書 ・売払決議書。
 ②国有財産の貸付けその他の運 用に関する決裁文書で運用期間を超えて保有することが必要な文書/運用終了の日に係る特定日以後10年/・貸付決議書。
 ③国有財産の管理及び処分(① 及び②に掲げるものを除く。 )に関する決裁文書又は管理及び処分に関する重要な実績が記録された文書/10年/・行政財産等管理状況等監査報告。』
 この<保存期間>に関心をもったのは、小川榮太郞著が<「面会等の記録」は1年未満とされているのだから、文書が残っていなくとも何ら問題はない>と書いているのを、不審に思ったことによる。
 国有地の貸付・売却(処分)に関する「決裁文書」が「面会等の記録」の中に含まれるのか、1年未満というのはこの「決裁文書」についてはいかにも短かすぎるだろう、という直感による。
 小川榮太郞著の正確な引用と批判は、別の回に行う。

1745/「日本会議」問題としての森友問題と「決裁」文書①。

 共産主義や「日本会議」にのみ秋月瑛二が関心をもっているわけではないことを、ときには知らせておこう。
 「日本会議」、月刊正論編集部および産経新聞社主流派について昨年からずっと感じてきたのは、つぎのことだった。
 安倍晋三がいつまでも首相であるわけではない。かりに2020年時点で首相・内閣総理大臣だったとしても、いつか辞める。そのとき、この人たちはいったいどの人物を、あるいは自民党でないとすればどの政党を支援するのだろう、と。
 そう感じさせるほどに、この人たちの安倍晋三・自民党びいきは目立った。
 「日本会議」、月刊正論編集部および産経新聞社主流派は昨年の総選挙でも、日本共産党や立憲民主党を叩き、批判することよりも、「希望の党」、正確には小池百合子を批判の主対象にしていたように感じる。
 2017総選挙については、当時の池田信夫のブログ・コメントに大いに共感するところがあったが、今回は立ち入らずに、別の機会に、余裕があれば触れる(秋月瑛二は前回の総選挙について、感じることは多々あったが、この欄に記していない)。
 「日本会議」は、<保守>運動の中心的位置という立場を守りたい、維持したいのだ、と思われる。
 以上については、もっと書かなければならない。
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 「決裁」文書と国・省の意思決定について。
 森友学園問題について詳細にフォローはしていないので、第二に言及したい「日本会議」問題とは別の、「決裁」文書なるものに関する一般論を記しておく。
 メディア関係者・テレビや新聞関係者(とくに記者)および多くのコメンテイターはきちんと知って、きちんとした情報を提供してほしい。以下は、行政の実務経験者であれば、あるいは企業等の組織管理経験者には、おそらく常識的だろう。しかし、メディア関係者にはー「左翼」意識は強くてもーしばしば一般的知識に欠ける人がいる。
 まず、国有地を含む国有財産の売買(売却をむろん含む)契約の当事者は、一方はふつうは私人で(法人の場合もむろんある)、他方の当事者は、「国」だ。この場合の「国」は正確には裁判所や国会を含みうるが、とりあえず<行政>担当法人のことを意味させる。
 しかして、個々の行政、あるいは個々の売買契約の法的な最高責任者は、一般論として語るが-現行法制上は-首相・内閣総理大臣ではなく、個別省庁の長、財務省関係だと財務大臣のはずだ。
 個別の法律による特殊な売買を除いて(強制買収に該当する場合はどうだったかな?)、今回の森友問題におけるような契約締結の法的な最高責任者は財務大臣だと解される。
 ではなぜ、「決裁」文書書き換えにかかる「責任」がとくに理財局長について問題になっているのか。
 それは、財務大臣の「決裁」権限の<内部委任>が行われているからだと思われる。
 つまり、「国」を当事者とする契約締結には本来はすべて省庁の長(とざっくり言う)の最終「決裁」が必要だが、大臣・長官が全てに関与して全てに押印または署名するわけにはいかない。
 そこで、いわば<便法>として、案件に応じて、<理財局長>あるいはその下の課長等に<決裁権限>を「内部的に」委譲しているのだ。よく知らないが、軽微なものだと近畿財務局長に「内部委任」されているものもあると考えられる(森友問題は文部科学省・内閣府も関係するので形式上・内部的にも最後は本省扱いになっているのだろう)。かつまた、この決裁権限の「内部委任」はおそらくは正規の「法令」によるものではない。省庁「内部」の(それこそ大臣等の名前で決定された)規程類にもとづくもののはずだ。
 したがって、政治的にはともかく、全ての案件について大臣には行政上の法的「責任」がある。大臣にそのような「責任」をとらせることになったのは誰か又はどの機関かは、あくまで「国」または省の「内部」問題にすぎない。
 この点をしっかりふまえて報道等をしてほしいものだ。
 むろん、財務省「内部」の問題を報道して悪いわけではない。すべきだろう。しかし、局長に<責任転嫁>してのトカゲの頭か尻尾かを切る、というのは、きわめて<政治的>または<政治家的>発想だ、ということは知っておく必要がある。官僚機構や組織の問題等を<大筋>の問題と混同させてはいけない。
 ついでに、安倍首相の問題。首相には内閣を構成する各大臣に対する指揮権・指導権は、憲法上重要な位置を占める「内閣」の一体性や国会に対する<政治的・行政的>責任の観点からもあると見られる。
 したがって、<政治的>観点以外でも、当然に首相の責任は問われうる。
 では、安倍首相夫人の明確な<関与>が証されたとすれば、いったいどうなるのか?
 おそらくもはや契約自体の有効性の問題にはならないのだろう。だが、これとは別に「違法性」は問われ得る。また、違法でなくとも、正当ではない、正義・適正さの観点から疑問だ、ということはあり得る。こうなると安倍晋三と椛島有三を事務総長とする「日本会議」の関係にかかわるので、回を改める。
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