秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

東京大学出版会

1858/笹倉秀夫・法思想史講義(下)(2007)①。

 マルクス主義法学講座(日本評論社、全8巻、1976-1980)の編者5名のうちの一人、講座・革命と法(日本評論社、全3巻、1989-1994)の編者3名のうちの一人で、それぞれに文章を複数回掲載していた者に、渡辺洋三(1921-2006)という人物がいた。元東京大学社会科学研究所教授。
 その渡辺洋三は1996年に、つぎの岩波新書を刊行していた。
 渡辺洋三・日本をどう変えていくのか(岩波書店/岩波新書、1996)。
 自社さ連立政権の頃で、この年に首相は村山富市から橋本龍太郎に替わった。
すでにこの欄で多少は触れたことだが(№0041)、この書物の最後で当時の「政局」との関連で憲法問題を論じ、小沢一郎批判から始めて、自民党・新進党・(新)社会民主党に対して批判的に言及し、その中で公明党や「さきがけ」にも触れている。
 ところが何と、日本共産党には何ら言及せず、「日本共産党」または「共産党」という言葉をいっさい出していない(p.234~p.240)。
 その直後に渡辺は「日本社会の改革目標」を平和大国・生活大国・人権大国・民主主義大国とまとめるのだが(p.241-2)、上のことからして、こうした主張は日本共産党員である自らの主張であり、かつまた同党の主張・路線と一致していることを「問わず語り」に暴露している、と言えよう。
 真偽は定かではないが、渡辺洋三のことを日本共産党の「大学関係」責任者だと述べていた人もいた。
 さて、笹倉秀夫・法思想史講義(下)(東京大学出版会、2007)。
 この書物にも、たぶん一度触れた(№1408)。
 あらためてこの本を捲ってみると、目次(構成内容)からしてじつに興味深い。
 最終の「部」である「近代の変容・現代」のうち、14(章)以降の構成・叙述内容を「目次」から紹介してみよう。以下、省略部分はあるが、それ以外は忠実な再現だ。
 「14」の表題は<「近代の疎外」との対峙>、「15」のそれは<社会主義>、「16」のそれは<近時の主な法思想>(17はここでは略す)。
 14-1/マルクス 14-1-1 マルクスの思想形成、14-1-2 史的唯物論の素描
 14-2/自由主義と民主主義の再結合へ (1) ミル、(2) ラスキ
 14-3/ヴェーバー
 14-4/フロム 14-4-1 学説史的位置、14-4-2 現代社会論
 14-5/フーコと「紀律化」 14-5-1 フーコの議論、14-5-2 私見
 15-1/社会主義思想の形成
 15-2/スターリニズム 15-2-1 スターリニズムの問題点、15-2-2 スターリニズムの要因、15-2-3 スターリニズム批判とその後
 15-3/まとめ
 16-1/価値相対主義、16-2/「実践哲学の復興」、16-3/ポストモダニズム  
 以上
 ここですでに明らかなのは、マルクスに論及があり、かつスターリニズムについての詳細らしき叙述はあるが、「レーニン」という語が全く出てこないことだ。
 これはこの人物の<政治的立場>をすでに「問わず語りに」示唆しているのではないだろうか。
 もっとも、さらに下の項を見ると、「15-2-2 スターリニズムの要因」の中の(3) として「マルクス・レーニンらの問題点」が叙述されている。
 そこではマルクス(・エンゲルス)とレーニンに関しては構成上は「一括して」叙述されており、「レーニン」という小見出し(黒ゴチ)がある部分は、15-2-2-3-2-2のところに位置する(正確な又は的確な言葉を知らないが、「ディレクトリ」の階層的に示すと「レーニン」はここに位置する)。
 内容には別途立ち入るとして、このように「マルクス・レーニン」と「スターリン(スターリニズム)」を明瞭に区分していること、レーニンをマルクス(・エンゲルス)と「一括して」、正確にはおそらく「引きつけて」理解して同様にレーニンとスターリンとを切り離していること、これらは、この人のこの書物の時点での、少なくとも過去の一定の時点での<政治的立場(・心情)>を示唆しているように感じられる。
 全集・世界の大思想(河出書房)の一つの巻を「レーニン」が占めていた(1965年)。「法思想」と「思想」は同じではないのだが、この笹倉秀夫は、レーニンを大々的には、あるいは正面からは論述の対象にはしたくないのではなかろうか。

0622/宮沢俊義・元東京大学憲法教授とオークショット・佐伯啓思-「平等」と進歩・保守。

 一 宮沢俊義・新版補訂憲法入門(勁草、1993、初版1950)における<ごった煮「民主主義」観>についてはすでに書いた。
 宮沢俊義・憲法と天皇-憲法二十年・上-(東京大学出版会、1969)にはこんな一文もある-「平等主義は、いうまでもなく、民主主義のコロラリイである」(p.40)。
 宮沢において「民主主義」とは、肯定的に評価されるべきすべての価値・主義が何でも飛び出してくる玉手箱のようだ。上のような文を書いて、恥ずかしくなかったのだろうか。
 最も気の毒なのは、こんな概念・論理関係の曖昧な人物を師と仰ぎ、<尊敬>しなければならなかった東京大学の憲法学の後裔たちかもしれない。
 二 平等といえば、宮沢俊義・憲法講話(岩波新書、1967)は、ルソー・人間不平等起源論の基本的内容を紹介したのち、こんなことを書いている(以下、p.73)。
 自然状態での人間の平等という主張は大昔には実際にそうだったという意味ではない。「この社会に現に存する不平等は、自然のものではなく、すべて人が作ったものであるから、必要があれば、人が変えることのできるものだ」、との意味だ。
 ルソーに好意的な点も含めて、マルクス主義者ではなくともさすがに昭和戦後の<進歩的>知識人の一員らしい文章だろうか。
 だが、ルソーの原意の詮索はさておき、「この社会に現に存する不平等は、自然のものではなく、すべて人が作ったものである」との上の前提的叙述は正しくはないのではないか。
 体力・知力・種々の能力、さらには容貌等も含めて(容貌はもちろん他の要素も客観的な優劣を決めがたいとしても)、「不平等」は「すべて人が作ったものである」という認識は決定的に誤っているだろう。個々の人間は体力・知力・種々の能力、容貌等について、<生まれながらに>平等であるはずがなく、これらの「すべて」について、後天的に人為的な差違を作られた、などと言える筈がない。

 これらの「すべて」が<生まれながらに>平等な人間ばかりの社会は奇妙で、気持ちが悪いに違いない。オーウェルの描いた1984年の社会管理者にとっては好都合かもしれないが。
 ひょっとして宮沢は
、「この社会に現に存する不平等」という語で<社会的>不平等を意味させているのかもしれない。だが、その場合であっても、体力・知力・種々の能力、容貌等についての<生まれながらの>不平等に起因するとしか考えられない<社会的>不平等=異なる社会的取り扱いもあるわけで、「すべて」の<社会的>不平等の解消が望ましく、かつそれは可能だ旨の叙述は、あまりに単純素朴すぎると思われる。
 東京大学教授が、「この社会に現に存する不平等」=<社会的>不平等は「すべて人が作ったものである」ので「必要があれば、人が変えることのできる」と単純(ほとんど=幼稚)に書いてよかったのだろうか。
 いつか触れたように、平等と「自由」の間には、今日的でもある困難な問題がある。単純素朴に<平等化>を説けたのは戦後の一時期か、純粋な平等主義者、すなわち観念上の存在としての共産主義者に限られるだろう。
 東京大学出身で現京都大学教授の佐伯啓思が引用すると些かの反発も生じないとは言えないだろうが、佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)p.23は、オークショットの保守主義論に言及して、オークショットの「保守的であるとは」のあとの文を、次のように紹介している。
 「自己のめぐりあわせに対して淡々としていること、自己の身に相応しく生きて行くことであり、自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを追求しようとしないことである」。
 むろん一概に「自己のめぐりあわせに対して淡々と」すべきだとは思えない(理不尽な差別的取扱いや不当な批判・非難もありうる)。怒り、闘うべき場合もあるだろう。だが、第一次的又は基本的な考え様として、「自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを追求しようとしないこと」は大切であり、宮沢と比べて、リアルな認識を背景としているように思える。
 戦後の<平等化>思想、そして<平等>教育は、「自己の身に相応しく生き」ようとしない、あるいは「自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを追求しよう」とする大量の人々を生んだ、と考えられる。
 その結果は何だったのだろう。横並びを善とし、<より上>の人々を妬み、誹る心理の蔓延ではなかったか。政治家・上級官僚は当然にその対象になる。朝日新聞、TBSをはじめとするマスメディアもまた、そのような嫉妬の感情を煽り、記者自身がそのような感情にもとづいて記事を書き、キャスターやコメンテイターがテレビで喋る。
 あるいはまた、具体的な他の誰の<責任>でもなく、場合によっては本人の<責任>かもしれない状況について、<生まれながらの、平等に生きる権利>がある筈ではないのか!、それが保障されていないのは国家・政治・社会が悪い!、と思いこみ、鬱屈した生活を送ったり、鬱憤を晴らすために他人を殺傷したりする者が少なからず出現するに至っている。
 「誰でもよかった」などと言って一般国民・市井の人に刃を向ける者が現れたりしているのは、究極的には悪しき<平等主義>・<平等教育>に原因があるのではないか(つい最近の厚生省元事務次官事件ではなくもっと前の秋葉原事件等を想定して書いている)。
 平等、平等、競争しなくてもみな同じ、という学校教育からこそ、あるいはそれを含む<戦後民主主義>の風潮の中からこそ、現実の社会には生じる、あるいは存在する<不平等>=<格差>に対する、不相応の又は過度の又は方向違いの<不平・不満>が結果として多く生まれ出ているのではないか。一億総嫉妬社会(妬み=ねたみ、嫉み=そねみ)
の出現だ。

0300/大嶽秀夫・新左翼の遺産(東京大学出版会、2007)もある。

 大嶽秀夫の本を最近二つ利用?した。一つめの中公新書の際にすでに知っていたのだが、同氏には新左翼の遺産―ニューレフトからニューモダンへ(東京大学出版会、2007)という本もあり、その最後に「一九六〇年代前半期の新左翼的雰囲気を筆者とともに駆け抜けた妻…に捧げる」との言葉(自註)がある。
 と書きかけて自信がなくなってきたが、この言葉から、大嶽は「一九六〇年代前半期」、つまり彼の大学生時代には、「新左翼的雰囲気」の中で、かつそれを支持又は受容していたのではないか、と感じた。
 政治学者が自らの個人的な政治的価値観または政治的志向を持ってはならない、ということはないだろう。だが、それと研究対象・研究内容・結論的な分析や認識そのものとの間の間には多少は緊張関係があるに違いない。
 朝日新聞の紙面は一つの左翼団体の「政治ビラ」と化してしまっているが、政治学者の論文や本が特定の政治的主張のための「政治ビラ」であってはマズいだろう。
 この点に大嶽に問題がある、というわけでは全くない。二つの中公新書や上の本に政治的な<偏向>は全くといいほど感じないし、優れた、政治現象の認識にとっておおいに参考となる分析を示してくれている、と思われる。
 ただ、上に紹介のような言葉を読んでしまうと、上の本の対象の選択も含めて、この方は少なくともかつての一時期は「新左翼」で、現在もそれに親近感をもっている可能性があると、世俗的な私は感じてしまったのだ。
 上の新左翼の遺産という本も、「新左翼」への親近感又は親近的関心があるからこそ執筆した、と感じられなくもない。そして、日本のそれも含めて、「新左翼」にさほどに関心を持たなくてもよいのではないかと思うし、のちに諸々に又は千々に分かれて変異していったとしても所詮はマルクス主義・共産主義の一種だったのではないか、つまりは日本共産党と兄弟のような関係だったのではないか、という感想を禁じ得ない。
 もっとも、かりに大嶽が主観的に「新左翼」に親近感又は親近的関心を持っていたとしても、上の本の価値が下がるわけでもないだろう。
 また、中公新書による小沢一郎の理念・行動の分析などは、そういう立場に基本的には立脚しているからこそ(と断言できる自信はないが)、正しくかつ鋭いものになっている、と言えなくもない。
 上の「新左翼」に関する本は70頁程度しかまだ読んでいないが、その段階での、上に紹介した最後の言葉(自註)に刺激を受けた、とりとめのない<つぶやき>になった。

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