秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

本林徹

0797/資料・史料-2009.04.24朝日新聞社「報道と人権委員会」見解

 資料・史料-2009.04.24朝日新聞社「報道と人権委員会」見解
 平成21年4月24日

 朝日新聞社報道と人権委員会//元森林組合長からの申し立てに対する見解
 2009年4月24日
 1.事案の概要と審理の経緯
 (1)本事案は、2009年1月11日付朝刊1面と2面に掲載された「ルポにっぽん解雇…そこに共産党」(見出しは東京本社最終版)について、記事に登場する奈良県川上村の元森林組合長が、事実に反する報道によって思想・信条を周囲から誤解され、名誉・信用が著しく傷つけられたとして、記事の訂正を求めて当委員会に救済を申し立てたものである。
 (2)当委員会は、朝日新聞社側(政治グループ)から申し立てに対する釈明を求めたうえ、委員会事務局が2月18、19の両日、現地で元森林組合長(以下、申立人)、その関係者や村民から聞き取り調査をした。さらに記事を執筆した政治グループの高橋純子記者からも聞き取りをした。それらの結果をもとに、3月4日に臨時の委員会を開き、争点を整理して論議したうえ、3月25、26の両日、長谷部恭男委員と事務局が現地に赴いて、申立人や関係者からヒアリングを行うとともに、村民からも再度の聞き取り調査をした。3月31日に第5期第1回報道と人権委員会を開催し、高橋記者のほか、中西豊樹・政治グループ次長、根本清樹・政治グループエディターからヒアリングを行った後、各争点について審議した。
 2.記事掲載までの経緯
 昨年11月下旬、共産党の党勢拡大の背景を取材していた高橋記者(以下、記者)が川上村を訪問し、同村で唯一の共産党所属の村会議員(以下、共産党村議)への取材から、「村の保守の重鎮でありながら、共産党村議とも話をする人格者」として申立人を知った。共産党村議から、次期総選挙では申立人との間で、「選挙区は民主、比例区は共産」という話が進んでいると聞き、共産党村議を通して取材を申し込んだ。かねて、時折訪ねてくる共産党村議と懇意だった申立人は、即座に取材に応じることを約束した。取材は翌日午後、申立人の自宅で共産党村議が同席して行われた。記事は、取材から約1カ月半後に掲載された。
 3.主な記述上の争点と委員会の判断
申立人は、記事に記載されている本人にかかわる内容のほぼすべてについて、事実に反すると主張しており、以下、検討する。
 (1)記事の記述の真実性
 ①「川上村の衆院奈良4区は、次の総選挙で自民と民主の一騎打ちとなる見込みだ。水面下で『選挙区は民主、比例は共産』という『選挙協力』が進む。主導しているのは、村の元森林組合長(85)。」
 (イ)申立人側の主張
 次の総選挙では、川上村出身で民主党から立候補する大西孝典氏を支持している。
 時折村議会の報告などにくる共産党村議とは昨年9月ごろ、「共産党は選挙区では勝てないのだから、民主党候補をよろしく頼む。選挙区で民主党に入れてくれたら、うちはオレと家内の2票あるから、それを比例で共産党に入れてやる」と話した。共産党村議は「共産党は奈良4区には出ない」と言い、話はそれで終わっている。記者にも、この話をしたかも知れないが、家内にも、まして他人にも「比例は共産」などと薦めたことはない。私は1級の視覚障害者で耳も遠く、肺がんにもかかっている。電話もほとんど自分でかけられない。車も手放しており、タクシーを使っての外出は診療所に月1度、散髪に隔月に行く程度だ。訪ねてくる人も少なく、17戸の集落で、妻と余生を静かに暮らしているのに、選挙協力の主導などできるはずがない。
 (ロ)朝日新聞社側(政治グループ、以下同じ)の主張
 記事でいう「選挙協力」は、申立人と共産党村議の間での話のことを指しており、共産党と民主党の間で協力が進んでいて、それに申立人が関与しているという意味ではない。相当数の支持政党が違う者同士が、票のやり取りをすることを「選挙協力」と表現した。その範囲も奈良4区ではなく川上村での話である。
 取材の際、申立人は「共産党とも話をし、個人党は民主、比例は共産党に入れようという話をしている」と言った。記者が「でも皆さんは、本当に共産党に入れてくれますかね」と尋ねると、申立人は「自分が頼めば入れてくれますよ。田舎の政治というのは政策なんかじゃないんですよ」と答えた。これらのやり取りを含め、申立人への取材ではメモもある。
 「主導」という言葉を使ったのは、取材の際に「私が頼めば入れてくれるんですよ」と言ったことや共産党村議から保守の重鎮であると聞いたこと、昨年の村長選で複数の村会議員が相談に来たことなどから、申立人が今でも、地元で政治的影響力を持つ人物であり、他の村会議員などが訪ねてきたときに、「比例は共産」という話をしていると判断したことに基づく。
 (ハ)委員会の判断
 ヒアリング結果から、記者が「選挙協力」に関心を寄せ、これに関する質問をした可能性は高いと思われる。そして、昨年9月に申立人と共産党村議の間で票のやりとりの話があったことなどを背景に、3人の間で「選挙協力」について話が及んだ可能性がある。しかし、共産党村議や申立人に対する取材の際に、いつどこで「選挙協力」の話し合いがなされ、どのように「主導」しているのかなどの「選挙協力」の具体的な内容が詰められていないこと、申立人から取材した後、裏付けのため村で他の人への取材が行われていないことを記者は認めている。
 一方、申立人などへのヒアリング結果からは、申立人と共産党村議の間で、「選挙区は民主、比例は共産」という話をしたのは、昨年9月ごろの1 回だけだったこと、組織的な話ではなく個人的なものであったことが認定できる。
 また、記者や共産党村議が想定した「選挙協力」は、申立人が訪ねてきた人や近くの村民に「比例は共産」と働きかけることだったと見られる。しかしながら、申立人が「比例は共産」と働きかけたり、働きかけようとしたりした事実は、2回の現地調査によっても見いだせなかった。共産党村議も、自身が実践している協力は、支持者に投票について聞かれれば「選挙区は民主に入れる」と言う程度で、積極的に働きかける意思はないことが、調査結果から認められる。
 日常生活についての申立人の主張は、他の村民の話と符合しており、申立人の自宅を村会議員が訪ねてきたのは、村長選のときを除けば共産党村議と縁戚の村議に限られていることがうかがわれる。
 申立人はかつて、村議会議員選挙や村長選挙などで選挙運動に参加していたが、1997年(平成9年)に両目の視力が極端に低下してからは、ほとんど選挙運動に関与していなかったことが、申立人のヒアリングのほか、調査結果から認められる。2008年の村長選(無投票)では現職村長の事務長を務めたものの、これも以前から務めてきたこともあり、村長から名前だけでも貸して欲しいと依頼されたためと判断される。その村長らも、今の申立人の政治的影響力には否定的である。
 今回のように、個人の間で相当数の票を融通し合うことを「選挙協力」と表現することは、一般読者が組織的な票のやりとりが行われていると誤解する可能性があるうえ、文章通りに読めば、川上村だけでなく奈良4区全体で「選挙協力」が行われているとも受け取れる。仮に「選挙協力」を朝日新聞社側が主張する意味に解し、その範囲を川上村に限ったとしても、共産党村議との間で個人的な票のやり取りについて話したことを超えて、申立人が村民に共産党への投票を働きかけている事実を確認できなかったことは先述した通りであり、申立人の身体状況や日常生活からみて、「主導」はほとんど不可能と判断される。申立人は、これからも「比例は共産」と働きかけることのみならず、共産党に投票する意思もまったくないことを明らかにしている。
 以上の理由から、記者が共産党村議の話などから政治的影響力を行使できる人物という印象を持ったことは理解できなくはないが、申立人である元森林組合長が「選挙協力」を「主導」しているとする記述を、事実として認めることはできない。記者の取材や記事の表現に問題があったと言わざるをえない。
 ②「50年来の自民党員だが、郵政民営化を契機に民主党支持に変わった」
 (イ)申立人側の主張
 郵政民営化に反対しているのは事実だが、民主党を応援するようになったのは地元出身の前田武志参院議員が自民党を離党し、その後、民主党が発足した1998年からだ。記者が「郵政民営化に反対して自民党を辞めたのか」と質問するので、「いや、視覚障害者になって自民党支部長を辞めたが、今でも自民党員だ。(昨年の)総裁選でも投票した」と答えた。郵政民営化については、村議会が党派を超えて反対の意見書を採択している。
 (ロ)朝日新聞社側の主張
 申立人は「自民党員でまだ党員証は送られてくるが、5年くらい前から民主党を応援するようになった」と言った。「郵政民営化が民主党支持のきっかけになったのか」という質問に対し、申立人は「そうだ」と答えたうえで、「それと前田先生が民主党へ移ったということも大きい」と話した。自民党総裁選については、「息子は投票したようだが自分は投票していない」と言っていたように思う。
 (ハ)委員会の判断
 申立人が、前田参院議員が自民党に所属していたころからの支持者で、前田議員が民主党に移ってからは、民主党を応援していることは、村民の話と合致している。郵政民営化が争点となった前回の総選挙では、民主党候補を熱心に応援したことは認められるが、「郵政民営化を契機に民主党支持に変わった」との表現は、適切さにおいて疑問が残る。
 なお、取材の席で、申立人が昨年の自民党総裁選で投票したと話したことは、共産党村議も認めている。申立人の長男は当委員会の調査に、自民党の総裁選では投票しなかったと述べており、朝日新聞社側の認識とは異なる。
 ③「共産党に投票することに抵抗感はないという」
 (イ)申立人側の主張
 「共産党に抵抗はありますか」と記者から聞かれたとき、はっきり「共産党は嫌いだ」と言っておけばよかった。舌足らずだった。言えなかったのは、そばに共産党村議がいたからだ。抵抗がないと話したのは、この村議を共産党とは思っていないという趣旨だった。これまで、村会議員選挙も含めて共産党に投票したことはないし、他人に投票を働きかけたこともない。
 (ロ)朝日新聞社側の主張
 「共産党に投票することに抵抗感はないか」と質問したところ、申立人は「それはない」と答え、「庶民のイメージ」「身近に感じている」とも話した。
 (ハ)委員会の判断
 川上村では、申立人が共産党支持を示唆する発言をしたとしても、申立人を知る人のほとんどは、真意とは受け取らないことが、調査結果からうかがわれる。共産党村議は過去の国政選挙で、申立人が近隣住民に共産党への投票を働きかけてくれたと思っているが、近隣住民は申立人からの働きかけを否定している。申立人が「抵抗感はない」という発言をした事実は認めることはできるが、その趣旨は、申立人の主張の通りだった可能性が大きい。
 ④「『自分の考えを持って行動しないと、村も政治もよくならないと思うようになった。それがなかったら、惰性で死ぬまで自民党支持だったかもしれない』」
 (イ)申立人側の主張
 記者に、記事に書いてあるようなことを言ったかどうかはっきりとした記憶がない。
 しかし、言ったとしても、その前に今でも自民党員であることを言っている。記事は真意に反している。
 (ロ)朝日新聞社側の主張
 「惰性で」「死ぬまで」という言葉は非常に強烈な言葉で、強く記憶している。惰性という漢字が思い出せず、取材後、メモに取れなかった部分の記憶をたどりながらメモに書いた。
 (ハ)委員会の判断
 言葉としては、記述のような内容が、申立人の口から出た可能性はある。しかし、「選挙協力」の記述等の検討結果と合わせて考慮したとき、申立人の真意を伝えているかどうか疑問が残る。
 4.匿名性の約束と「元森林組合長(85)」の表現
 (イ)申立人側の主張
 どのような原稿に書くのか、分からなかったが、記者には自分だと分からないように書いてくれ、と言った。記者からは「森林組合長と書いていいですか」という問いはなかった。年齢がなくても「元森林組合長」だけで、村内や知人の間では申立人であることが分かってしまう。
 (ロ)朝日新聞社側の主張
 「実名ではまずいですか」と聞いたら、「名前は出さないでほしい」と言われた。「それでは、元森林組合長ということで」と念を押した。年齢については、「記事の掲載日によって年齢が変わるので、生年月日を教えてください」と説明した。匿名については、社内に明確な規定はない。今回の場合、人物が事実上特定され、その点は申し訳ない。
 (ハ)委員会の判断
 取材での具体的やり取りについては、双方の言い分は違うが、匿名の約束があったことは争いがない。本件の対象記事は申立人の思想信条にかかわる内容を含んでおり、
氏名を匿名にしても、年齢や肩書を記載することで人物が事実上特定される点で、慎重さを欠いた。
 5.結論
 申立人は、本件記事が掲載されたことを家族や共産党村議から聞いて知ってから、食欲が減退し、夜も眠れなくなったうえ、人目を避けて外出を控えるようになったと訴えている。
 他方、調査結果では、申立人をよく知る村民たちは、本件記事にも冷静な反応を示し、申立人に対する評価を変えていないことがうかがえる。
 委員会としては、申立人の救済および読者への説明責任という観点から、この見解で示した判断を踏まえた対応をとることを朝日新聞社に求める。
 朝日新聞社報道と人権委員会
  本林徹
  長谷部恭男
  藤田博司//

 *ふたことコメント-①次期総選挙にも関係する、2009年1月時点での朝日新聞による共産党(および民主党)に有利な(=反自民党)「虚偽(捏造)」報道記事の一例で、朝日新聞社内<報道と人権委員会>は「申立人の救済および読者への説明責任という観点から、この見解で示した判断を踏まえた対応」を求めた。②問題の報道記事の直接の取材・執筆者名は、高橋純子
 *参照-問題の記事は以下のとおり。
 //「川上村の衆院奈良4区は、次の総選挙で自民と民主の一騎打ちとなる見込みだ。水面下で『選挙区は民主、比例は共産』という『選挙協力』が進む。主導しているのは、村の元森林組合長(85)。50年来の自民党員だが、郵政民営化を契機に民主党支持に変わった。『民営化は必ず、地方や弱者の切り捨てにつながる』。共産党に投票することに抵抗感はないという。
 『自分の考えを持って行動しないと、村も政治もよくならないと思うようになった。それがなかったら、惰性で死ぬまで自民党支持だったかもしれない』」//

0100/池津洋一・虚報-朝日新聞「NHK番組改編」報道-(新風舎文庫)に接して。

 すでに旧聞に属するが、NHKを被告として2001.01.30にNHK教育テレビが放映した「女性国際戦犯法廷」を報道する番組の「取材協力団体」が起こした損害賠償(慰藉料)請求訴訟の東京高裁判決が2007.01.29に出て、NHKの敗訴だった。
 その結論はともかく、傲慢さと欺瞞に満ちていて、怒りを覚えるほどだったのは翌2007.01.30の朝日新聞社説だった
 そもそもNHKが放送しようとしていた内容は、例えば天皇の戦争責任を肯定する某過激派団体の集会を、あるいは昨秋の佐高信らの週刊金曜日の集会をそのまま、何ら批判的コメントもなく放映するようなものだった。そして、元朝日新聞記者=松井やよりも含む主催民間団体(その集会には北朝鮮関係者も登場した)に親近感を持っていたに違いないNHKの担当ディレクター=長井暁が制作していたものだった。
 最終的には昭和天皇に対して一般的な戦争責任の故ではなく「対女性性犯罪」者として「有罪判決」を下すという偽法廷のやりとりの内容がそのまま放映されれば、客観的または常識にみて放送法3条2項に違反するもので(「政治的に公平」違反、「事実をまげない」違反、意見対立問題には「できるだけ多くの角度から」論点明確化違反)、NHKの、一般的には放送局、さらには報道機関の「政治的中立」性を著しく侵すものだった。
 上のごとき内容を知ったNHK幹部=松尾武放送総局長等が事前に是正・改変しようとしたのは当然のことだ。朝日の社説は松井やより等が主催・参加した「女性国際戦犯法廷」との集会がどのようなものだったかには全く触れていない。
 朝日社説は「NHKは国会議員らの意図を忖度し、当たり障りのないように番組を改変した」と冒頭に書いて、NHKの「政治への弱さ」をさも得意そうに批判している。だが、この件でのNHKの問題は、昭和天皇に有罪判決を下す偽法廷集会を放送しようとした長井暁というディレクターがいたこと、上層部が放映直前になるまで内容を知らず是正(改変)が遅れたこと、にある。その限りでは、当然にNHKは批判されるべきだ。
 そして、その遅れた是正(改変)の時期が安倍晋三・中川昭一両氏とNHK幹部が会った時期に近いことに着目して、両政治家の「圧力」によりNHKの番組が「改変」されたとのストーリーを4年後に考え出し、二人を批判し政治的に失墜させようと図ったのが朝日新聞だったのだ。朝日は2001年1月以降の頃には、政治家による政治的「圧力」の存在には何ら言及していなかった。本田雅和は01.03.02に「直前に大改編」と批判する記事を書いたが、この時は<政治家の介入>には全く触れていなかった。
 朝日社説は「NHK幹部は番組への強い批判を感じ取ったのだろう。…予算案の承認権を国会に握られている。それが番組改変の動機になったと思われる」と書く。「思われる」としか書けないのは自信がないからで、判決の認定によるわけではなく、当該NHK幹部も否定している。
 この朝日1/30社説の最大の欺瞞は次の文だ。
 朝日の報道につき「政治家とNHK」から事実につき反論があったので「検証を重ね…一昨年秋、記事の根幹部分は変わらないとしたうえで、不確実な情報が含まれてしまったことを認め、社長が「深く反省する」と表明」した。
 今回の判決の要点の一つは、「政治家による圧力」の存在を認定しなかったことだ。にもかかわらず、上の文はこの点を曖昧にしつつ、「記事の根幹部分は変わらない」との見解を確認的に述べて、実質的に判決の事実認定に反する主張をしている。自分たちに都合の悪い事実の隠蔽・誤魔化しがここにもある。
 ネット情報に依拠しておくが、本田雅和高田誠両記者による2005.01.12の朝日の記事の政治家関係部分はこうだ。
 リード-「中川昭一・現経産相、安倍晋三・現自民党幹事長代理が放送前日にNHK幹部を呼んで「偏った内容だ」などと指摘していたことが分かった」、「外部からの干渉を排した放送法上、問題となる可能性がある」。
 本文-2001年1月「29日午後、当時の松尾武・放送総局長…らNHK幹部が、中川、安倍両氏に呼ばれ、議員会館などでそれぞれ面会した」、「両議員は「一方的な放送はするな」「公平で客観的な番組にするように」と求め、中川氏はやりとりの中で「それができないならやめてしまえ」などと放送中止を求める発言もしたという。NHK幹部の一人は「教養番組で事前に呼び出されたのは初めて。圧力と感じた」と話す」等。
 上の記事に中川・安倍両氏、NHK幹部・松尾氏は事実に反すると抗議したが、朝日は訂正も謝罪しなかった。今回の判決は上の事実を逆に否定しているにもかかわらず、その点を曖昧にしか触れず、再述になるが、朝日にとっては都合の悪い筈のことを巧妙に誤魔化しているわけだ。
 朝日社説は「社長が「深く反省する」と表明」したなどと書いて、さも潔かったかの如き印象を与えているが、社長がのちに詫びたのは取材方法や「不確実な情報」も含んでいたことに対してである。「記事の根幹部分」については訂正も謝罪もしておらず、むろん「反省」もしていない。
 多少は関心を持っている人なら知っているこの辺りを明瞭に書かないまま、「この問題は朝日新聞が05年1月に取り上げ」などと社説に自慢げに書ける神経の人物がいるとは信じ難い。
 政治家二人が「放送前日にNHK幹部を呼んで…と指摘していた」というのは事実ではないだろう。この事実が判決によって認定されなくともヌケヌケと「記事の根幹部分は変わらない」と強情になお言い張り、まるで朝日が潔い態度をとったかの如く偽装しているのが、今回の社説だ。騙せるかもしれないのは、朝日新聞のみを講読し、かつ社説の<雰囲気>のみを感じている読者だけだろう。
 多少は多面的・総合的にこの問題に関心をも持っていた読者を、そして歴史の真実を、瞞着することはできない。何度でも言う、朝日新聞よ、恥ずかしくないのか
 そのような朝日のもともとの記事について、「真実と信じた相当の理由はある」等として一昨年秋の検証を実質的に支えた外部者の委員会メンバーは、次の4名だった。
 丹羽宇一郎・伊藤忠会長、原寿雄・元共同通信編集主幹、本林徹・前日弁連会長、長谷部恭男・東京大学法学部教授(憲法学)。
 この人たちは自らに疚しさを感じるところはないのだろうか。「真実と信じた相当の理由はある」としても、結果的には「真実」でないことが明らかになったことを書いてしまっているのであれば、それは訂正され、謝罪されるべきではないのか。
 朝日1/30社説には他にも奇妙な点がある。
 「今回の判決は政治家の介入までは認めるに至らなかったが、NHKの政治的な配慮を厳しく批判したものだ」。このように理解したいのだろうが、今回の訴訟はNHKと「取材協力者」間のもので、後者の法的地位こそが主たる争点だ。朝日は訴訟の第一の争点が何だったか自体を誤魔化している。
 「政治家の介入までは認めるに至らなかったが」と副文でさりげなく自社に都合の悪い部分に触れ、「NHK-裁かれた政治への弱さ」との見出しとともに、「NHKの政治への配慮」の有無が最大の争点だったと言わんばかりだ。これは朝日の主観的かつ「政治的」な理解の仕方に他ならない。
 一方で、読売社説と比べるとよく解るが、法的争点だった編集権と「取材協力団体」との関係、後者の「期待権」の存否及び侵害の有無については、言及が少ない。
 読売は冷静に、「政治家の介入」否定の旨の事実に二次的に触れてはいるが、一次的には、「メディアが委縮してしまわないか心配だ」、「報道の現場では、番組や記事が取材相手の意に沿わないものになることは、しばしばあ」り、「編集幹部が手を入れたり、削ったりする」のは「「編集権」の中の当然の行為だが、それすら、「期待権」を侵害する」のか、今回の判決では「期待権」の「範囲が…NHK本体にまで拡大された」等と疑問視し、最高裁の判断を持つ姿勢を示している。
 どちらが報道機関らしく、どちらが「政治運動団体」らしいだろうか。朝日は、自社に都合のよい部分を強調し悪い部分を巧妙に隠蔽しようとする「政治運動団体」だ。
 ……上のようなことを改めて書きたくなったのも、池津洋一・虚報-朝日新聞「NHK番組改編」報道-(新風舎文庫、2006.04)に接したからだ。
 この本は事実関係に関する資料として役立つとともに、内容も説得的、論理的でもあるように思える。
 上で書いた以上にNHK幹部と政治家二人の関係・会話や本田雅和の取材方法等々が詳細に叙述されている。改変開始の時期とNHK幹部と政治家の接触の時期(前者の方が早いこと)も指摘して、上で紹介した社説の、「NHKは国会議員らの意図を忖度し」とかNHK幹部は番組への強い批判を感じ取ったのだろう」とかの勝手な<推測>が成立し得ないことも示している。
 上記の4人の委員会の「検討」作業には全く言及がないのは残念だが、その代わりに、上では言及しなかった、2005.08.01発売の月刊現代誌上の「魚住昭レポート」のかなり長い批判的分析もある。
 著者・池津もまた、私と同様、朝日新聞の姿勢はジャーナリズムではなく「運動家」のそれだと言い切っている。
 「朝日新聞の態度にこそ現在のジャーナリズム、マスメディアの深刻な病理と頽廃を見ざるを得ない。…事実を伝えるよりも報道する側の価値観、信条から見て好ましいもの、正しいものを流布し、その結果、産み出された世論の力で彼らの価値観や信条に反する対象を否定し屈服させる…。その点は、…取材した側の思い込みの産物でしかなかったという事、…にもかかわらず朝日新聞は…自身にとって不利に展開するこをおそれ政治家が介入したという当の番組の内容は問題ではないと言うことによって読者の目をそらそうとしているところにはっきりと現れている。そして、…このような態度をとるのは、かつての従軍慰安婦問題の発端となった記事が全くの詐術であったことが暴露され、その結果、虚偽の報道を行って世論をミスリードしてでも自己の価値観、信条に反する対象はこれを否定し、あるいは屈服させるべきであるという誤った使命感にとらわれている事が…気づかれるのをおそれているからではないか。/…それはもはやジャーナリズム、マスメディアの態度ではなく、むしろある種の政治運動、社会運動の運動家のそれである」(p.199-200)。
 そう、そもそもが、NHKの番組の内容だった慰安婦問題=「戦時性犯罪」問題に火をつけたのも、吉田清治(「詐話師」)を少なくとも一時期は信用し、吉見某教授らの協力を得た朝日新聞そのものだった。
 池津洋一(1958-)の本は税込みでわずか682円(古書ではない)の、好著だ。

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