秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

日本国憲法無効論

1636/明治維新④-「歴史」なるものの論理。

 「ああ、それにしても。この空の青さはどうだ。この雲の白さはどうだ。
  ああ、それにしても。あの朝の光はどうだ。この樹々の緑はどうだ。」
  小椋佳「この空の青さはどうだ」1972年、より
 ---
 「明治維新に始まるアジアで最初の近代国家の建設は、この国風の輝かしい精華であった。」
 <日本会議>設立宣言(1997年5月)。
 「光格天皇の強烈な君主意識と皇統意識が皇室の権威を蘇らせ、高めた。その〔皇室の〕権威の下で初めて日本は団結し、明治維新の危機を乗り越え、列強の植民地にならずに済んだ。」
 櫻井よしこ・週刊新潮2017年2月9日号。
 この二つを合成すると、「明治維新」による「近代」国家の形成で「列強の植民地にならずに済んだ」という、大まかには誰でも承認しそうな立派な?歴史観の叙述がなされているようだ。
 余計だが、ここで興味深く感じるのは、<保守>代表のような印象を与えるかもしれない(少なくともそう意図していると見える)「日本会議」も、堂々と「近代国家」という、ごくありきたりの概念を採用していることだ。
 この「日本会議」は、ある意味では、あるいはある側面では、特殊な考え方を別に採用しているのではなく、ごくふつうの、平凡な、ある意味では目新しくない、そして-いろいろな形容句はありうる-陳腐な概念と論理を使って思考し、活動していると思われる。
 そしてむしろ、概念や論理をどれだけ掘り下げて緻密に考察しているかが、この団体の人々には問われているとも思われる。
 戻って、上の立派な?歴史観について、立ち入る。
 「明治維新」を通過したからこそ植民地にならずに済んだ(独立の近代国家になった)。
 この叙述自体に、論理的にはじつは問題が介在している、と考える。
 第一に、「明治維新」かそうでないか、という二項対立的思考に陥ってはいないか、ということ。この場合、「そうでない」とは、徳川幕府体制の維持を無意識に念頭に置いている可能性がある。
 つまり、「明治維新」だけが<植民地にならずに、独立の近代国家になった>という現実をもたらしたのか否かだ。
 少なくとも論理的には、そんなことはない。
 「明治維新」なるものを経ないで、かつ<徳川幕府体制のそのままの維持>もしないで、<植民地にならずに、独立の近代国家になる>可能性はあった、というべきだ。
 論理的に、そうだ。実際もそうだったと考えているが、その方向へとは立ち入らない。
 第二に、「明治維新」が<植民地にならずに、独立の近代国家になる>必要な条件だったとかりにして、「明治維新」という概念で何を理解するか、だ。
 現実にあった「明治維新」なるものを、西南雄藩等出身者が一部公卿と天皇・朝廷とともに遂行した変革または改革だったと理解するとするのが大まかには通念かもしれない。
 しかし、「明治維新」なるものが、現実にあった(<歴史になった>)それ以外のものでもよかった可能性が、論理的にはある。
 つまり、いろいろな要素があるので多岐の論点に言及すると複雑になり過ぎるので簡潔にいうが、かりに「西南雄藩等出身者」ということを前提にしても、現実にあったのとは違って、長州・薩摩両藩出身者たち以外のものが優位を占める下級武士(・藩主)が遂行した「明治維新」になる可能性もあった、と見るべきだろう。
 その場合に、最終的には現実には木戸孝允が確定し、その奏上方式の原案も作ったとされる<五箇条誓文>なるものが発表された、とは限らない。
 論理的に、そうだ。実際にも、なお種々の選択の余地が、主体・理念・組織等の面であり得たと思われる。そうであっても、<植民地にならずに、独立の近代国家になった>ということは生じ得た、と考えられる。
 ややこしいことを、書いたかもしれない。
 結局のところ言いたいのは、<現実化した>・<歴史になった>ものが「正しかった」・「やむを得なかった」・「それなりの根拠・理由があった」という、よくありがちな<歴史観>・<歴史の見方>から解放されなければならない、ということだ。
 いかに「明治維新」を肯定的に評価したくとも、それは、現実にあった「明治維新」を主導した中心人物たち、櫻井よしこがよく言う<明治の先人たち>を高く評価するという理解の仕方に必然的につながらなければならないのでは、全くない。。
 「明治維新」なるものの理解も問題にしなければならないし、それ以外の選択肢が(徳川幕府継続のほかに)あったかどうかもまた、考慮すべきだ。
 あまりに単純な(と私には思われる)歴史理解が評論家・運動団体に散見されるので、あえて記した。
 ---
 <歴史的決定論>あるいは<運命論>を過去に投影させるのは、将来に向けて日本共産党ら共産主義者が前提にしているかのごとき<不可避の歴史法則>と変わらないのではないか(不破哲三と櫻井よしこの発想の共通性・類似性をこの欄で指摘したことがある)。
 このような考え方を書いたのは、レーニン・「ロシア革命」のことを思い浮かべたにもよる。
 また、関連して、リチャード・パイプスの、<現実に生じてきたことを(無意識にであれ)必然・不可避のものと是認するのは、「勝者」のために釈明・弁明している>という趣旨の文章に接したことも大きい。
 幕末・明治維新そして明治期について、何となくこういうイメージを持つ者は、櫻井よしこや「日本会議」派以外にも多いのではないか。
 ロシアで1917年以降に起きた「現実」が<正しい>・<やむを得ない>・<それなりの理由がある>ものだったとすれば、その過程で、またレーニン時代にもスターリン時代にも、そして第二次大戦後においてすら、「体制」に反抗して(ときにはその旨を一言ふたこと洩らしただけで)殺された、しばしば残虐に殺された個々の人々の人生はいったい何だったのか。ロシア・ソヴィエト国家に限らない。
 <現実になった歴史>について、「正しい」とか「間違っている」とかの、価値判断を少なくとも簡単に下すのは、絶対に避ける必要がある。<歴史は勝者が作る>のであり、正しい・間違いというレベルの論争点ではない、ということをまずは確認すべきだろう。価値判断は関係がない。先にある問題は、<事実(歴史)になった>ことは何か、だ。
 ---
 日本の被占領期における「日本国憲法」制定(形式上は明治憲法改正手続による)についても、似たようなことは言える。 
 現憲法を全体として「否定」したい気分がある程度の範囲にあるのは分かるとしても、現憲法は<無効>だとか、明治憲法復元とかの主張になるのを見ると、社会通念や論理上の問題とは別に、ある程度において<精神病理学>上の問題がある、と思っている。
 この点は、いずれまた(再び、何度も)触れる。
 ---
 レシェク・コワコフスキは、「神は幸せか?」と題する論考の中で、明らかにつぎの二つを区別していた(凡人の私でも理解できた)。<*出典を、7/12に訂正した。>
 すなわち、経験(experience)の世界と想念(imagination)の世界。
 現実の世界と観念の世界。当たり前の区別のはずなのだが、これを十分に明確には区別していない文章を月刊雑誌や週刊誌に書いている人がいる。

0992/もはや解散・総選挙以外にない+渡部昇一の妄論。

 〇「もはや解散・総選挙以外にない」-遠藤浩一・産経新聞3/02正論欄。なお、この人は法学部出身。

 〇とりあえずごく簡単に書いておく-渡部昇一監修・日本は憲法で滅びる(総和社、2011.02)の「はじめに」を渡部昇一が書いていて、日本国憲法は「占領対策基本法」で憲法としては「無効」なので「無効宣言」をすべし、というこれまでもいろいろな所で書いてきている妄論を主張している(「憲法改正」反対論の一種。p.3)。

 たんなる渡部個人の著・論考ならまだよいが、「憲法」をタイトルに打った本の監修者の「はじめに」となると、座視できない。

 日本国憲法「無効」論については渡部昇一以外の者の詳論も読んで検討したことがある(今回は急いでいるのでかつてのエントリーへのリンク省略)。結論は、「無効論」に値せず(「無効」概念の誤用がある)かつ<憲法改正>または<自主憲法の新制定>を遅らせるだけの、議論の混乱を招くだけの妄論だ、ということだった。

 「無効宣言」すべしとする一部の論者に尋ねたいが、その宣言主体はいったいどの国家機関なのか(あるいはどのような手続を経てどの国家機関が行うのか)? 「国会」とする論者もあるようだが、渡部昇一は上の「はじめに」で、「その手続は意外と簡単」だなどと空論を述べ、「日本政府」がとにかく一度でも「無効宣言」すればよい、と説く(p.3、p.5)。

 そこで渡部昇一に一つだけ尋ねる。「日本政府」とはいったい何か。国会も含めて広く統治機構を「政府」と称する語法もあるが、現憲法(および大日本帝国憲法)の概念だと「内閣」をおそらく想定しているのだろう。そうでないと、漠然と「日本政府」と言うだけでは国家機関を特定したことにはならない。あるいは渡部は緻密に思考していないので、内閣を代表する内閣総理大臣を念頭に置いているのだろうか。その場合でも以下の論旨は同じ。

 しかして、渡部昇一のいう「日本政府」=「内閣」(または内閣総理大臣)は旧憲法上のものか、渡部昇一のいう日本国憲法=「占領対策基本法」上のものか??

 前者はすでに存在していない、と認識するのが(規範論としても現実論としても)妥当だろうと思われる。

 後者だとして、渡部昇一のいう日本国憲法=「占領対策基本法」にもとづく、かつそのもとで制定されてきた法律(「内閣法」)によっても構成されてきた内閣(または代表・内閣総理大臣)に、自らを生んだ日本国憲法=「占領対策基本法」を「無効」と判断し「宣言する」権限はあるのか??。自らの祖先を殺すようなもので、こういうことを平気で述べる著名な<保守>論客が存在すること自体が、悲痛な想いにさせる。

 「国会」を「無効宣言」の主体と考えても、同じことがいえる。衆議院と参議院から成る国会は日本国憲法のもとでの国家機関で、日本国憲法が生み出したものだ(旧憲法では構成も異なる「帝国議会」)。

 渡部昇一は、「日本政府」なのものの意味をより明確にするとともに(日本国憲法には前文を除き「政府」概念はない。旧憲法でも同じ)、その国家機関を「法的に」生み出した出所を明らかにされたい。

 占領下において、日本国憲法を上回る超憲法的な「権力」があり、諸施策が行われたことを否定はしない。現憲法が禁止する「検閲」はあったし、超憲法・超法規的に公職追放等もなされた。

 だが、そのようなことは、現在における日本国憲法「無効」論の根拠にはならない。

 不思議に思うのだが、渡部昇一の「はじめに」以外は未読だが、各執筆者のうち南出喜久治を除いて、その他の者は、例えば西尾幹二も(現憲法下の法制のもとでの)「法曹」資格ある稲田朋美も法学部出身の遠藤浩一も、監修者・渡部昇一の日本国憲法「無効」論・「無効宣言」すべし論に与しているのだろうか??

 一見新鮮なようでいてじつは無駄な議論だと、南出以外の者は感じていないのだろうか?

 そのように一致しているとは思えない主張を、監修者たる資格で渡部昇一はよくも堂々と書けたものだと思う。

 このような者が、<保守>の代表的な論者とされているのかと思うと、日本の将来に、やはり暗澹たる思いがする。かかる妄論が一冊の初めに堂々と主張されているようでは、「九条の会」参集者も、渡部昇一のいう「憲法を食い物にする敗戦利得者」=現在の日本の憲法学者(憲法研究者)のほとんども、せせら嗤って、何ら痛痒を感じないだろう。

 百地章、西修、稲田朋美、ついでに八木秀次らは、渡部昇一という名前に怯む?ことなく、日本国憲法「無効」論・「無効宣言」すべし論を批判すべきだ。こんな「はじめに」をもつ、<憲法>をテーマとするがごとき書物が<保守>派によって刊行されてよいのか? 百地、西、八木に学者としての「良心」はあるのか?

 以上述べたことは、個別の各論考にかかわるものではない。

 これまでこの欄でほとんど渡部昇一の本・主張を採り上げなかったのは、渡部が日本国憲法「無効」論にだらしもなく影響をうけていることが明瞭だったからでもある。誰か、勇気のある者は、退場勧告をつき突けた方が(日本の将来のためにも)よい。

0642/大石眞・憲法講義Ⅰ(有斐閣、2004)-日本国憲法はなぜ有効か。

 一 激しい議論にはかりになっていなくとも、日本国憲法の制定過程との関連で、①この現憲法は「無効」か有効か、②有効だとして、旧憲法(明治憲法・大日本帝国憲法)との関係で現憲法は「改正」憲法か「新」憲法か、という基本問題がある。
 憲法学者はほとんどこの論点に立ち入らないか、<八月革命説>(→「新」憲法説)を前提として簡単に説明しているだけかと思っていた。
 喜ばしい驚きだが、現在は京都大学(法)教授の大石眞・憲法講義Ⅰ(有斐閣、2004)は、「憲法制定史上の諸問題」という項目を設け(p.42-)、まず、現憲法制定は「占領管理体制の下におけるいわば強いられた『憲法革命』」で、それは(1946.02の)マッカーサー草案提示後の憲法草案起草過程にも議会での審議過程についても言えるとする。そして、「憲法自律性の原則(芦部信喜)」は「むしろ破られたとみるのが正当な見方であろう」と書く(p.42)。
 その上で、現憲法無効論と有効論とがあり、後者にはさらに次の4つがあるという。
 ①(明治憲法改正)「無限界論」-佐々木惣一。
 ②八月革命説(主権転換がすでにあったとする)-宮沢俊義。
 ③段階的主権顕現説(議会での審議過程で国民主権が次第に確立したとする)-佐藤幸治。
 ④法定追認説(主権回復時=平和条約発効日を基準に、現憲法の適用・履行によって完全に効力をもったとする)-長尾龍一。
 大石眞は最後の④説に立つ。
 二 大石は現憲法無効論については、1.(明治憲法改正限界論を前提にして)この限界を超え、無効というが、<瑕疵>あることと<無効>とは異なる(瑕疵があってもただちに無効とはならない(民法にもみられる取り消しうべき瑕疵と無効の瑕疵との区別)、2.今日までの法令・制度を「すべて無にしてしまう」という実際上の難点がある、として採用しない。
 現憲法無効論の論拠は明治憲法改正限界論だけではない(被占領下で改正・新制定できるのかという論点もある)。また、今日までの法令等を「すべて無にしてしまう」という正確な意味での<無効論>ではない<無効論>もある(「無効」という語の誤用としか考えられない)ので、上の実際的批判は、この不正確な<無効論>にはあてはまらない。
 だが、結論自体は、妥当なところだろう。
 つぎの<有効説>の論拠は、私見では、①説でよいのではないか。何と言っても、昭和天皇が議会に諮詢し、天皇の名で「改正」を公布している、という実態は、「改正説」に有利であり、かつ、明治憲法期に憲法改正限界論(例えば「主権」変更はできない)が通説だったとしても1946年ではそのような考え方は学界・政治界そして天皇陛下自身において放棄されていた、と理解できるのではなかろうか。枢密院への諮詢等という明治憲法下での慣行をなおも維持した手続を経て現憲法は作られたのだ。できるかぎり日本人の頭と手で現憲法が作られたという外観・印象を与えたかったGHQの意図に応えてしまうことにはなるが、この説が最も無難だと思える(改正の諮詢自体が、そして議会の審議自体が日本側の自由意思でなかったことは明らかだが…)。
 <八月革命説>を大石は(私も)採らない。
 大石は、この説には、①「ポツダム宣言の文言やバーンズ回答をめぐる問題」、②「国家主権なき『国民主権』論は虚妄ではないか」、③「ラジカルな国際優位一元論は不当」、④「非民主的機関」、つまり「枢密院や貴族院」の関与やこれらによる修正をどう見るか、などの問題がある、という。
 丸山真男も依拠していた宮沢俊義の<八月革命説>は成り立たないのではないか。  そういう否定的見解がきちんと書かれてあるだけでも意味がある。「法定追認説」なるものには分からない点もあるので、長尾龍一の文章を直接に読んで、なおも検討する。

0558/<言挙げ>したくはない、しかし。-八木秀次とは何者か・4。

 一 1 渡部昇一月刊Will7月号(ワック)の日下公人との対談(「『恋愛結婚制』と皇室伝統」)の中で、同誌上の「西尾論文を読んで非常によいと思ったのは、今の皇太子殿下が皇位を継承しなくてもよいという主旨のことが書かれていた」ことだ、と述べている(p.45)。次回に扱うが、<現皇太子皇位継承不可論>とでも称すべき<怖ろしい>主張を、八木秀次とともに明らかにしていることになる。
 上の点は、では誰が皇位を継承するのか、現皇太子殿下の皇太子たる地位はどのようにして否定(「廃太子」?)するのか、新しい皇太子はどのような根拠と手続でもって定めるのか、等の複雑な問題を生じさせるのだが、渡部昇一はそういった点には立ち入らず、いわば<思いつき>で発言しているようなところがある。
 2 そのような<思いつき>発言は、皇室典範にかかわって述べられる、次にも見られる、と思う。
 「あの〔占領〕時代に作られた法律はすべてご破算にして、一度、明治憲法に戻るべきです。その上で、日本国憲法のよい部分を入れ込めばよい」(上掲誌p.47)。
 上のことの厳密な意味、そしてそのために採るべき手続について、渡部昇一はきちんと考えているのだろうか。
 こんなことを書くのも、1年余り前に触れたことがあるが、渡部昇一は<日本国憲法無効論>の影響を受けていると見られるからだ。上では現憲法無効論のみならず、いわば<占領期制定法律無効論>も述べているようだ。  <日本国憲法無効論>は、①その正確な内容を理解するかぎりでは、「無効」概念の使い方を誤っている、②現国会による<無効決議(宣言)>を必要とする点で、将来の新憲法制定(現憲法改正)を却って遅らせる機能を果たす(また、現憲法を「無効」と考えている国会議員は現在一人もいないと思われる)、という大きな欠点をもつもので、とても採用できるものではない。
 なお、これを支持していると見られる者に、兵頭二十八(軍事評論家)、畠奈津子(漫画家)がいる。
 二 1 八木秀次・日本国憲法とは何か(PHP新書、2003)を全部は読んでいないが、八木秀次は<日本国憲法無効論>には立っておらず、問題点・限界を指摘しつつ「改憲すべきはどこか」(p.206-)等を論じていると見られる(p.180に<日本国憲法無効論>への言及があり、好意的ニュアンスもある。しかし、p.181には大日本帝国憲法「改正無限界論」に立てば現憲法は「有効に」成立している、「改正限界論」の帰結が<日本国憲法無効論>と所謂<八月革命説>だ、との叙述もある。何より、国会による<無効決議(宣言)>の必要性などには全く触れるところがない)。
 また、<日本国憲法無効論>の立場の者のブログの中で、八木秀次や百地章等は現憲法を有効視する(その上で改正を目指す)論者として厳しい批判(・攻撃)の俎上に乗せられていた記憶もある。
 2 そういう八木秀次ならば、渡部昇一が<日本国憲法無効論>者か、少なくともそれに影響を受けている者だくらいのことは知っているだろう。あるいは、むしろ、知っておくべきだろう。現実問題としては<日本国憲法無効論>の力は小さく、無視又は軽視をして、<小異を捨てて大同につく>のでよいのかもしれない。しかし、八木秀次は憲法学者(の筈)なのだ。渡部昇一について、<日本国憲法無効論>の少なくとも影響を受けている者だとの認識とそれにもとづく対応があっても何ら不思議ではないと思われる。
 3 渡部昇一=稲田朋美=八木秀次・日本を弑する人々(PHP、2008)には、渡部が現憲法無効を主張するような部分はなかったように思われる。だが、稲田朋美は「渡部先生が説明されたことへの反論ではないのですが」と述べつつ、講和条約11条についての渡部昇一とは異なる解釈を堂々と述べたりしている(p.139-140)のに対して、八木が渡部昇一の所説・議論に異を唱えている部分は全くなさそうだ(この点は、中西輝政=八木秀次・保守はいま何をすべきか(PHP、2008)での中西輝政に対する態度と同じ。なお、中西は<日本国憲法無効論>者ではない)。
 また、「鼎談を終えて」に見られる八木秀次の渡部昇一の評価はきわめて高いものがある。八木は次のように書く。
 「渡部先生はいつもながらの大旦那の風格で、泰然として」話に応じて「下さった」、「私は最近、渡部先生の若い頃の著作を読むことが多いが、その該博な知識と見識には敬服するばかりである」(p.266)。
 渡部昇一が「該博な知識」の持ち主であることを否定しないが、八木秀次は、渡部が<日本国憲法無効論>の少なくとも影響を受けている者だとの認識をもって、「見識には敬服するばかりである」などと書いたのだろうか。憲法学者にとっては、現憲法の有効・無効はその出発点的論点の筈だ。腑に落ちない。上のような認識がなかったのか、それとも、認識していながら、年輩の渡部に(儀礼的・表面的にのみ?)賛辞を送ったのか。
 ともあれ、八木秀次の書いている(語っている)ことに奇妙さ・不思議さを感じる点が、ここにもある。

0332/坂本多加雄、杉原志啓、東谷暁、富岡幸一郎。

 諸君!11月号(文藝春秋)の坂本多加雄を偲んでの座談会はなかなか面白い。杉原志啓、東谷暁、富岡幸一郎(年齢順)が発言者。全て私より若い(順に1951生、1953生、1957生)。この三人の本をいくつか探してみよう。
 この号の草野厚は予想どおり、ヒドい。というか、ひどく浅い。

 ----------------
  産経新聞社の中にもいるようである馬鹿を相手にしていてはそれこそ馬鹿ゝゝしいし、日本国憲法無効論を掲げて自民党や「産経文化人」を<右から>攻撃する者の一部を相手にすれば、不快になるだけだ。
 自分のための覚書、という基本を押さえて、このブログを利用する。

0176/1956年3月衆議院内閣委員会での神川彦松公述人と石橋政嗣委員の質疑。

 50年前の憲法大論争(講談社現代新書)に1956年3月の衆議院内閣委員会での公述人・神川彦松と委員(議員)石橋政嗣(日本社会党、のち書記長・委員長)のやりとりが掲載されていて、興味を惹く。
 神川彦松は他の二人の公述人(中村哲・戒能通孝)と違って「日本国憲法」を占領下憲法・マッカーサー憲法とか称して、制定過程・日本人の民主憲法ではないことを問題にする「公述」をした。
 これに対して、石橋政嗣は、「民主主義と平和主義と基本的人権尊重主義の三つの偉大なる原則」をもつことを「自民党諸君」も不可とはしていない、「現行憲法の三大原則-これが生命であります。これを是認しておる」ということは、「どのような成立の経過を経ようとも、りっぱなものではないか」、とまず言う(p.89-90)。
 ここで、1956時点でとっくに、1.「民主主義と平和主義と基本的人権尊重主義」という「三大原則」が語られていること、2.内容がよければ「どのような成立の経過を経ようとも」よいではないかとの考え方が示されている、ということが興味深い。
 以上のあと、石橋は神川に対して、内容は立派でも「制定の由来」からして「無効」と考えているのか、と問うている。そして、1.占領下だったからというなら独立と同時に「無効宣言」してもいいのに「自民党の諸君」がそれをする勇気がないのはおかしい、2.明治憲法の改正手続によっているので「無効」というなら了解もできる、とまで付け加えている。
 神川彦松の答えはこうだ。1.国際法上は占領終了と同時に「日本国憲法」は「失効」している。2.しかし、国内法上は「失効させるだけの手続」が必要だ。いくつか方法はあるが、「ひとつの方法は…、国会において…国際法上無効であるから失効すると宣言をしてよろしい」。
 国際法と国内法の関係は単純にそうなのか(国際法上無効→憲法も国内法上無効?)はよく解らないが、この1.2.はいちおうは理解の範囲内に収めることができる。だが、次の3.4.がややこしい。そのままの引用では相当に意味不明なのではなかろうか。
 3.「マッカーサー…ですらあれだけ驚くべきことを断行」しながら「明治憲法の七十三条」を利用したのだから、「われわれもマッカーサーの故知にならいまして…憲法九十六条の手続に従ってやったほうが穏当」。
 4.だが、「法理」的には「日本の憲法制定権を代表している日本の国会が無効の宣言をし、…続いて国民投票についていちおう念のためにやってみて、…大多数が大賛成と言えば…私はよろしい、こう思う」(p.100-1)。
 この神川の発言に対して、石橋政嗣は、最初に「理論の矛盾をみずから露呈」したと指摘し、「帝国憲法の七十三条の手続きを踏んでいるんだから無効を宣することはできないということは、…実質的に現憲法をお認めになっている」、これは「理論が一貫しておらない」と述べている(p.102)。
 以上は神川・石橋<論争>のごく一部にすぎないが、私には、噛み合っていないと思える。
 すなわち、解説者・保阪某は何ら言及していないのだが、石橋は神川意見を<明治憲法の改正手続によっているので無効宣言できない>旨理解しているが、その理解は正しくはないのでないか。
 神川は上の2.4.で明らかに国会による無効確認又は無効宣言が可能である旨を述べている。問題は3.だが、その趣旨は、マッカーサーは国民主権原理の憲法を明治欽定憲法の改正手続で<作らせた>くらいだから、「日本国憲法」の改正条項(96条)を利用して実質的には「改正」ではない(「日本国憲法」の無効を前提とする)新憲法を制定するくらいの<巧緻>さがあってもよい、ということではないか、と思われる。上の限定された部分だけをとっても、国会が無効宣言をできないとは一言も言っていないのだ。
 細かなことだが、こんなふうに論旨が噛み合っていない、相手の趣旨を正確に理解しないままでの議論のやりとりが明瞭に見られるのは、個人的には、又は<頭の体操>的には、相当に<面白い>。
 そんなことよりも、つぎの点の方が、憲法改正に関する議論にとっては重要かもしれない。
 第一に、神川は上の4.で「国会が国民の憲法制定権を代表」していると言っているが、「日本国憲法」の無効宣言はできるがそれまでは有効なので憲法制定権は「日本国憲法」により国民に移ったと理解しているようだ。実質的・本質的に「無効」ならば明治憲法の効力がなお残る余地がありそうで、その点は少なくとも議論の対象にはなりそうだが、こんなに簡単に、自らが国際法は「無効」で国内法的にも「無効宣言」できるとする「日本国憲法」の新原理を承認してしまっていいのだろうか。
 一方、「国民投票」は「念のために」するもので不可欠のものではないようだが、「国民の憲法制定権」を語るなら、1947年憲法に即して、「国民投票」は法的に必要なのではないか。むしろここに<論理一貫性>のなさを私は感じる。
 なお、既述のことだが、以下でも言及する現在の日本国憲法「無効」論者・小山常実の本は、「無効確認」に国会が関与することを法的に必要なものとは見ていない。
 第二に、上で<巧緻>という言葉を用いたのは私だが、神川が3.で「法理」的には厳密でなくとも、、「日本国憲法」の改正条項(96条)を利用して実質的には「改正」ではない(「日本国憲法」の無効を前提とする)「新」憲法を制定してもよい、と主張した(と思われる)のは興味深い。「法理」的にはともかく、その方が「穏便」だとの旨も述べている。
 この点は、現在の日本国憲法「無効」論者の方々に注目していただきたいものだ。
 大目的が<占領憲法>(日本国憲法)を廃止して<自主憲法>を制定することにあるならば、日本国憲法「無効確認」・明治憲法復原確認→明治憲法の殆どの効力停止→「日本国憲法」の殆どの条項を内容とする臨時措置法(法律)による自衛軍の創設→明治憲法の改正条項の改正等々という複雑な手続(小山常実・憲法無効論とは何かp.139以下による)をとることを要求することなく、(むろん相応しい内容に関する議論は必要だが)端的に現憲法96条を「利用」して実質的には「新しい」自主憲法を制定すればいいのではないか(かりに万が一、現憲法が「無効確認」できるような性格のものだったとしても、そのような純粋な「法理」を貫くことは決して<最高の価値>ではないのではないか。専門的法律家はあまり言わないだろうが、「法理」よりも大切なものはある)。
 これと同様のことをかつて、神川彦松は、少なくとも示唆していた、と理解できるのだ。神川の発言の中では、むしろこの点に着目したい。

0167/日本国憲法「無効」論とはいかなる議論か-たぶんその3。

 再び、小山常実・憲法無効論とは何か(展転社、2006)に言及する。
 .こう主張する(p.131)。「失効・無効の確認がなされるまでは、本来無効な「日本国憲法」が、一応有効であるとの推定を受ける」。
 <一応有効であるとの推定を受ける>という表現は、とくに「推定を受ける」は厳密にいうとややキツいだろう。
 より正しくは、<事実上、有効なものとして通用する>ではないかと思われる。その事実上の<通用力>のあることを認め、従うべきことが要求されている、ということではないか。
 どちらでもいいような細かなことだが、<有効性の推定>という表現はやや気になる。
 .「無効確認」の意味・効力につき、こう主張する。「無効確認の効力は、将来に向けてのみ発生するのであり、過去に遡ることはない」(p.141)。
 こうした「無効」または「無効確認」という語の使用法は通例の「無効」概念とは違うのではないか、ということをすでにたぶん4/28に次のように書いた。
 このように<「無効」という言葉を使うのは法律学上通常の「無効」とは異なる新奇の「無効」概念であり、用語法に混乱を招くように思われる。/無効とは、契約でも法的効果のある一方的な国家行為でもよいが、当初(行為時又は成立時)に遡って効力がない(=有効ではない)ことを意味する。無効確認によって当初から効力がなかったこと(無効だったこと)が「確認」され、その行為を不可欠の前提とする事後の全ての行為も無効となる。と、このように理解して用いられているのが「無効」概念ではなかろうか。
 こうした感想は今でも変わらない。「無効確認」がなされるまではそうではないが、「無効確認」が正規になされれば(その主体・手続につき議論がありうることは既述)、当初に遡って効力がなくなり、それを前提としていた全ての行為の有効性もなくなる(無効となる=法的にはなかったことになる)、というのが「無効確認」の意味であり、そういう意味があるからこそ「無効確認」決定をする必要もあるのだ、というのが通例の用語法だろう。民事訴訟(行政訴訟を含む)において問題になる(使われる)「無効」とは、このような意味なのではないか。
 異なる意味で用いると言うのならば、それを明確にしておけば問題はない、ともいえる。ただ、やはり新奇の「無効」概念だと私には思える。
 .上のように「無効」という語が使われるので、「違法確認」との区別がないか、少なくとも不明瞭だ、と感じる。
 著者も前提としておられるだろうように、違法な又は瑕疵ある国家行為がそのゆえにただちに「無効」となるわけでもないし、「無効確認」の要件が満たされるわけでもない。
 違法な又は瑕疵ある国家行為であっても有効なことはあるし、また正規の「無効」確認がなされるまでは有効との外観を呈することもある。だが、「無効」と判断できるだけの強い違法性又は瑕疵があれば「無効」確認をして、無効=効力が最初からなかったものとして扱うことができることは、上でも述べた。
 だが、将来においてのみ効力をなくすというのであれば、正規の「違法確認」行為がなされた場合とどう違うのだろう。違法→無効ではないことは上述のとおりだが、手続的に正規の「違法確認」行為・決定がなされれば、違法=少なくとも将来に向かっては効力がなくなる(という意味での「無効」)とするのが原則であり、それが(法の支配又は)法治主義の要請するところだろう。
 現在において「違法確認」することは、その行為の過去の効力に影響を与えない筈だ。とすると、主張されている「無効」論は「違法」論とどう違うのだろう。
 読解不足、私の知識不足かもしれないが、どうもよく分からない。
 .将来に向かってのみ「日本国憲法」の効力を否定することの意味・意義はそもそもどこにあるのだろう。
 著者によれば、新憲法制定までの<手続>・<段階>はこうだ。
 第一に「無効確認」と(ほぼ)同時に明治憲法の復原の確認がなされる。第二に、新憲法制定までの間は改正規定(明治憲法73条)以外の明治憲法の諸規定の「効力を停止し」、臨時措置法を制定する。この臨時措置法の内容は、前文・九条・改正手続規定(96条)以外は「日本国憲法」の条文を「基本的に採用する」。5-10年後に、第三に、明治憲法73条にもとづいて明治憲法を改正する新憲法制定に移るのだが、まずは改正手続規定である明治憲法73条を改正し「日本国憲法」96条のような規定にする。その上で、第四に、実質的には「日本国憲法」96条を内容とすることとなった明治憲法73条により国会の発議・国民の承認という手続で(明治憲法の改正による正当な)新憲法を制定する。
 何とも複雑な手続で容易には解りにくく(私は何とか理解できたが)、まさに<アクロバティック>な手続を経る必要があることになる。
 日本国憲法「無効」論のほとんど不可欠の帰結であるらしいこのような手続と、現在の日本が「現実」に置かれている状況と比較すると、今の現実は、上の第三までは終わっており、第四の段階に移ろうとしている段階にある。
 ということは、「現実」と比較すると、日本国憲法「無効」論とは、上の第一~第三の「段階」を余計に踏ませるための議論なのだ、と言い得る。
 むろん、日本国憲法が「無効」なのだからそうしないと「正統な」憲法は生まれない、ということなのだろうが、それにしても解りにくく複雑だ。また、日本国憲法を無効と考えていない者にとっては、<全く不要で余計な、かつ複雑な>行為の連鎖を要求していることにもなる。
 この説に従うと、(もともと議会による無効確認決議、天皇の裁可等の「現実」的可能性はほぼゼロだと思うがその点は別としても)現憲法の改正は「現実」よりもかなり遅れるだろう。現憲法九条は、臨時措置法の制定によってとりあえず削除されるようだが、日本国憲法無効確認と明治憲法の復原確認の後になることには変わりはなく、「現実」が進もうとしている時期よりも遅くなることは間違いないだろう。
 この議論の「現実」的通用性は別として論理的に言っても、<日本の現実は、そんなに悠長なことを言っておれる状況なのだろうか?>
 .著者のいう日本国憲法の「無効」事由には立ち入らない。説得的なものもあれば、首を傾げるものもある。
 芦部信喜(高橋和之補訂)・憲法第三版(岩波、2002)p.29がのどかにも?「完全な普通選挙により憲法改正案を審議するための特別議会が国民によって直接選挙され、審議の自由に対する法的な拘束のない状況の下で草案が審議され可決されたこと」を現憲法の制定過程は「不十分ながらも自律性の原則に反しない」ということの根拠の一つに挙げていることに比べれば、より現実に即していると思える部分もある。
 .だが、もう端的に結論だけ示しておきたいが、今頃になって日本国憲法の「無効」を主張するのは遅すぎる。主権回復後早々に同様の主張がなされて(明治憲法の改正手続を利用するか、制憲議会の設立・国民投票を特別に行うか等の問題は残るが)日本人のみによる「正統」な憲法制定がなされればまだ良かったかもしれない(「無効」論に全面的に組みしている訳ではない)。
 だが、憲法施行後60年も経った主権回復後でも55年も経った。<憲法学者等に騙されてきたのだ>と主張されるのかもしれないが、その55-60年の間、圧倒的多数の国民が、政府関係者、裁判所関係者、そしておそらくは昭和天皇も今上(明仁)天皇も、日本国憲法は「有効」な憲法だと信じて国政を運営し、生活を営み、現憲法を前提として皇位の継承も行われたのだ(正確な記録は持っていないが、昭和天皇も今上(明仁)天皇も何度も「日本国憲法に則り」とか「日本国憲法に基づき」とかの言葉を用いられた筈だ)。
 議論のために天皇陛下の主観を利用するつもりはない。再述すれば、天皇や皇室はかりに別としても、圧倒的多数の国民は日本国憲法は「有効」な憲法だと考えてきたのだ(そのことは現在の国会議員の全員が有効性を前提としていることでも証されるだろう)。
 それを今頃になって「無効」と主張し、「無効確認」を国家機関にさせようと主張するのは、第一に、民法でいう「権利濫用」にあたる、国家機関による<権限濫用>をそそのかしている疑いがある。関連して第二に、民法でいう「信義則」にあたる、国家行為への国民の<信頼の保護>原則を大きく損なう可能性がある。
 いちおう分けたが、国家行為への国民の<信頼の保護>を大きく損なうがゆえにこそ、無効確認行為は国家機関による<権限濫用>になる可能性が極めて高い、と言い換えてもよい。
 著者が言及している論点だけが、この問題に関係する論点なのではない。国家の<権限濫用>も国民の<信頼保護>も視野に入れるべきだ。
 さらに、法原理の中には、抽象的・究極的ではあれ、<法的安定性の維持・確保>という要請もある。違法又は無効の国家行為についてこの一般原理を濫りに使うべきではないのはいうまでもないが、しかし、55-60年という長期間の経過を考えると、<法的安定性の維持・確保>も視野に入れるべきだ。視野に入れているからこそ「無効確認」の効力は将来にのみ及ぶと主張していると反論されるかもしれないが、無効確認、そして明治憲法の復原確認という行為そのものが<法的安定性>を十分に害する、と考える。
 日本国憲法「無効」論は、現憲法の制定過程の<いかがわしさ>を明らかにし、現憲法を(当然に同96条と最近成立した憲法改正手続法に基づいて)改正して、日本人(のみ)による新憲法の制定=改憲をするために有利な議論として、個人的には利用させていただきたい、と考えている。

0166/小山常実の日本国憲法無効論に寄せて-その2。

 小山常実氏の日本国憲法無効論(同・憲法無効論とは何か(展転社、2006))について5/04に若干の感想を記した。以下はいちおうは第二回めになる。
 最初の感想又は意見と異なるのは、次の点だ。5/04では、無効確認手続について「政治的には、国会による決議がなければ立ち行かないだろう」(p.140)とあるのを疑問視し、「政治的」又は「現実的」な議論を混淆させている等のコメントを付した。
 だが、国会の決議が「政治的」にのみ要請されるとするのは疑問で、法的にも必要ではないか、という気がしてきた。少なくとも、後者の説も成り立ちうると思われる。
 理由は次のとおり。大日本帝国憲法(明治憲法)の改正手続、ポツダム宣言、現実のGHQや日本政府、昭和天皇の言動等々が複雑に絡む現「憲法」の制定過程の問題の処理又は論点整理がまずは必要なのだろうが、それらは今回は省略する。
 第一に、かりに明治憲法の改正手続によって現憲法が制定されたのだとすれば(改正内容が改正限界論を超えるとの論、さらにそれが無効事由となる論があるのは承知だが、とりあえずは措く)、その手続は、天皇が「議案ヲ帝国議会ノ議ニ付」し、「両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席」して「議事ヲ開」き、「出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得」て「改正ノ議決ヲ為ス」ことによって行われた(明治憲法73条1項・2項)。
 明治憲法の制定は法的には明治天皇によってなされたが、その改正については同憲法は天皇の専権とはせず、「両議院」の議員の各々2/3以上の出席と2/3以上の賛成による議決を要求していた。議会議員の意思を重視していた、と言ってよい。上の要求を充たさないと、天皇が憲法改正を「裁可」することはできなかったのだ。
 このことに着目すると、「法的に言えば」首相他の国務大臣の副署に基づき天皇が無効確認すれば「十分」である(p.140)ということにはならないように思える。
 改正(制定)時点で議会が重要な関与をしていたのだから、無効確認手続の場合も議会にしかるべき関与の機会を与えるのが「法的」な筋道のように見える。
 第二に、明治憲法の改正手続をとったのは全くのマヤカシだったということになると、現憲法の有効性を説明するためには、<国民の自由意思…>という言葉のあるポツダム宣言を受諾したことにより、<革命>によって憲法改正権力が国民に発生したという所謂<八月革命説>を採用するしかないのだろう(たぶん)。
 この場合も、無効であっても「失効・無効の確認がなされるまでは…「日本国憲法」が、一応有効であるとの推定を受ける」(p.131)のだとすれば、国民主権下における国民代表議会、あるいは「国権の最高機関」とされている国会(現憲法41条)による無効確認決議がやはり「法的」に必要なのではないか。
 (尤も、後述のように、第一の場合の議会と第二の場合の議会は同じか、衆議院のみか参議院も含むのか、等の問題はある)。
 第三に、<八月革命説>を批判してこれを採用しなくとも、しかし、もう一度書けば、無効であっても「失効・無効の確認がなされるまでは…「日本国憲法」が、一応有効であるとの推定を受ける(p.131)のだとすれば、同じことになるのでないか。
 小山において、上の部分に続けて「有効であるとの推定を受ける以上、失効・無効確認があるまでは、「日本国憲法」は守らなければならないことは当然である」と明言されているのだ(p.131)。
 但し、「日本国憲法」無効論を前提とする無効確認決議についてまで、「一応有効であるとの推定を受け
」るものであっても、日本国憲法41条等が適用されるのかはどうかはなおもよく解らないところがある。
 次に、無効確認をすべき議会とは何を意味するかいう問題に移ると、現実には貴族院が存在しないことを前提とすると、上の第一の立場からすると衆議院のみを意味することになるかもしれない。上の第二、第三の立場だと、衆議院の他に参議院も含まれることになるだろう。
 だが、第一の場合も、基本的な趣旨は選挙で選出された議員で構成された議会の意思を尊重するということなので、同じく国民(有権者)の選挙で選出された議員により成る参議院も含めてよいようだ。
 つまり、貴族院を「参議院によって代替させる」(p.144)というのではなく、実質的には又は基本的には衆議院と類似の性格をもつ参議院を無視しない、という意味で、あるいは衆議院のみよりは参議院も加えた方が選挙民の意思をより反映するだろうという意味で、参議院も加えるわけだ。
 なお、「憲法としては」無効とされる日本国憲法が無効確認手続がなされるまでは「一応有効であるとの推定を受ける」という場合、それは「憲法」として「一応有効」
との趣旨なのか、別の性格の法規範として「一応有効」
なのかは、読解に問題があるのかもしれないが、よく分からない。次回あたりで扱ってみよう。
 -というようなことを書いたが、私にとっては極めて興味を惹く法的問題に関する「頭の体操」に近いところがある。そして、<そんなアクロバティックな説明や手続要求をしなくても、日本にとって相応しい内容の憲法を日本人の手で作りあげる、ということに傾注すればいいのではないか、その方が生産的・建設的で日本国家のためにもなるのではないか>という想いを禁じえない。
 以上のような想いは次のような「現実」にもよる。
 「日本国憲法」無効論に立つ政党又は政治団体もあるようだ。しかし、管見の限りでは、各種選挙に候補者を立てているのかもしれないが、国会議員はゼロの筈だ。
 つまり、自民党・国民新党から共産党まで、少なくとも現時点では、全ての国会議員が、日本国憲法有効論に立った上で改憲賛成・反対等の議論をしているものと考えられる。このことの原因・背景として、むろん(「憲法」を「生業」とする)憲法学者の圧倒的大勢の考え方の影響も挙げうるかもしれないが、やはり「無効」論そのものに問題があることも挙げておいてように思われる(この点は別の機会に触れよう)。
 両院に設置された憲法調査会の報告書も、きちんと読んでいないので正確には言えないが、「日本国憲法」無効論には言及すら殆どしていないのではなかろうか。
 むろん、これからの選挙において、「日本国憲法」無効論に立つ議員が増えていく可能性はないとは言えない。しかし、そのような考え方が過半数を制するとはとても想定できないだろう。
 ということは、いかに衆議院単独または衆議院+参議院による現憲法「無効確認」決議は可能であるとしても、実際にそのような決議がなされることはほぼ100%期待できないのではないか。
 それでも「日本国憲法」は無効で国会は「無効確認」決議をすべきだ、と主張し続けることは、勿論自由にできる…。

0146/日本国憲法-「八月革命」説による<新制定>か「改正無限界」説による<改正>か。

 明治憲法(大日本帝国憲法)の憲法改正条項は同憲法73条で、つぎのとおりだった(カタカナをひらがなに直した)。
 「第73条 1項 将来此の憲法の条項を改正するの必要あるときは勅命を以て議案を帝国議会の議に付すべし

 2項 此の場合に於て両議院は各々其の総員三分の二以上出席するに非されは議事を開くことを得す出席議員三分の二以上の多数を得るに非されは改正の議決を為すことを得す
 現憲法96条が各議院の<3分の2以上>の賛成を「発議」要件としているのも、この旧憲法を踏襲したかに見える。
 それはともかく、この条項にもとづく明治憲法の改正という形で日本国憲法が成立したことは周知のとおりだ。
 日本国憲法の施行文はこう言う。-「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる
 このあとに、御名御璽、計15人の内閣総理大臣・国務大臣の連署、前文、第一章第一条…と続く。
 憲法学の専門家には当たり前のことを書いているだろうが、天皇が定めた「天皇主権」の欽定憲法である明治憲法の「改正」の形で「国民主権」の日本国憲法を制定できるのか、という、<憲法改正権の限界>という問題があった。
 形式的・手続的には明治憲法の改正であっても<憲法改正権の限界>を超えるもので、新憲法の制定に他ならず、ポツダム宣言の受諾によって「国民主権」への革命があったのだとするのが<八月革命説>で、宮沢俊義・東京大学法学部教授が1946年になってから唱えたこの説がどうやら主流の説らしい。
 だが、GHQができるだけ日本人の意思によって憲法が制定(改正)されたかの印象を作りたかったからかどうか、少なくとも表面的には、天皇の発議により両議院(衆議院と貴族院)が審議し、議決し、天皇が裁可し、公布せしめたのが日本国憲法だ。
 枢密顧問への諮詢を経て帝国議会に憲法「改正」案(じつはGHQ作成の原案に若干の修正を加えたもの)を附議した際の天皇の言葉は、「朕…国民の自由に表明した意思による憲法の全面改正を意図し…」だった。
 上の段落は、阪本昌成が憲法の制定過程やその「有効性」をどう叙述しているかに関心を持って見た、阪本昌成・憲法Ⅰ(国制クラシック)p.108(有信堂、2000)による。
 阪本は自説を展開することはなく、「学界では、主権在民をうたう新憲法(民定憲法)護持の立場が圧倒的で、改正無限界説からの分析は精緻になされることはなかった」とのみ記述している。改正無限界説に多少の<未練>はあるかの如き印象をうける。
 実際になされた天皇の発言、天皇に始まる手続、天皇による裁可と公布を見ると、<八月革命説>は相当にフィクションであり、<改正無限界説>に立って、明治憲法の「改正」により現憲法が生まれた(天皇自身も無限界説的な理解をしていた)、と説明する方が私にはわかりやすい。
 天皇主権と国民主権、欽定憲法と民定憲法とはそれぞれ正反対のようでもあるが、欽定憲法と言っても明治天皇が大日本憲法の具体的条文を策定されたわけでは全くないし、天皇主権といっても天皇の実際上の権限・地位が相当に限定された、殆ど「象徴」的なものだったことはよく知られている筈で、少なくとも天皇の地位については現憲法との<連続性>の方がむしろ強調されてもよい、と思われる。「革命」が起こった、と理解したのは一時期の(一部の者の)<熱狂>と<昂奮>の結果で、説明の仕方としては合理的ではないのではないか。
 天皇が自ら(および子孫の誰か)を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とすることに異存がなかったとすれば、<改正の限界>を超えていた、と理解する必要はなかったのではなかろうか。
 ここでこんなことを書いても無意味かもしれない。但し、現憲法の制定に昭和天皇の「意思」が深く関係していると思われることは確認しておきたい(占領下だったのであり、100%の「自由」な意思に基づくものだったとは一言も言っていない。念のため)。
 当初の関心の対象だった現憲法の「有効」性については、阪本昌成はいっさいこれを疑っていないようだ。憲法学の中の少数派と見られる阪本の教科書において、<日本国憲法無効論>は本文中のカッコの中で「無効だ、と主張する少数説もないではない」と言及されているにとどまる。これでもひょっとして<親切>な方かもしれない。

0116/小山常実・憲法無効論とは何か(展転社、2006)を少し読む。

 日本国憲法「無効」論について、小山常実の別冊正論Extra.06上の「無効論の立場から-占領管理基本法学から真の憲法学へ」を読んで、過日簡単に疑問を書いた。主として、1.「無効」の意味・この概念の使い方、2.「無効確認」主体、の問題だったかと思う。
 この2.については十分な説明がなく憲法学界が無効確認などできる筈がないなどの頓珍漢な指摘もしたのだが、別の方から、国会で可能だ旨の情報も提供していただいたものの、小山常実・憲法無効論とは何か(展転社、2006)によると、正確にはこうだ。この点にかかわる問題のみを今回は主として扱う。なお、小山・「日本国憲法」無効論(草思社、2002年)も所持しているので、「第一書」としてp.数だけを示しておく。
 新憲法制定のための「第一段階の第一作業」は、日本国憲法の「無効と明治憲法の復原を確認すること」で、「法的にいえば、首相他内閣を構成する国務大臣の副署に基づき、天皇が無効・復原確認を行えば十分である」(p.140。第一書、p.248)。
 答えは、天皇なのだ。そして、現日本国憲法を<裁可し、公布せしめ>たのは天皇であり、施行文後の御名御璽の後に「副署」したのは当時の首相他の閣僚なので、いちおう-後述の疑問はあるが-論理一貫している。但し、次の文は、いけない。
 「ただし、政治的には国会による決議がなければ立ち行かないだろう。それゆえ、国会による決議を経て、内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為を行う形がよい」(p.140。第一書にはないようだ)。
 これは一体何だろう。「政治的には」とは一体何だろう。法的議論をしている筈なのに、「政治的」又は「現実的」な議論を混淆させている。それに「政治的には、国会による決議がなければ立ち行かないだろう」というのも奇妙なことで、法的に全く問題がなければ、「首相他内閣を構成する国務大臣の副署に基づき、天皇が」行うので、それこそ「十分」な筈なのではなかろうか。
 こんな疑問がまず生じるが、できるだけ国民の総意でという形をとるために国民代表で構成される「
国会による決議」を経た方が望ましい、という趣旨だと理解することはできる。
 だが上にいう「国会」とは何だろうか。日本国憲法制定時には国会は衆議院と貴族院で構成されており、貴族院議員も審議に参加していた。ここでの「国会」とは衆議院なのか、それとも貴族院を復活させるのか(無効確認の段階ではまだ復活していない?)、いや参議院を含めるのか、が明らかではないようだ。
 但し、無効・復原確認後の明治憲法改正=真正な新憲法制定については、次のように書いている。
 「明治憲法第七三条によれば、天皇が発議して、貴族院と衆議院で可決されて憲法改正が行われる。貴族院はもう存在しないから、参議院によって代替すればよいだろう」(p.144。第一書、p.248)。
 何とここではあっさりと、参議院をもって貴族院に「代替」させるのがよい、と明記している。しかし、貴族院と参議院とは、第二院という点では共通性はあるかもしれないが、選出方法・構成はまるで異なっている。第二衆議院とか衆議院のカーボンコピーと言われることもある参議院に貴族院の「代わり」をさせるのは、明治憲法七三条の趣旨に適合的なのだろうか。少なくとも、復原した明治憲法の下での議論としては、「貴族院はもう存在しないから、参議院によって代替すればよいだろう」などと簡単に言い切ってはいけないのではなかろうか(明治憲法が復活したとすれば「貴族院」をいったん復活させて新「貴族院」を設置し(議員の選出・構成は難問だが)、憲法改正だけの任を与えることも考えられよう)。
 以上の他、次のような疑問もある。日本国憲法「無効」論が絶対に「正しく」、関係機関又はその担当者は全員がこの考え方を支持してくれる筈だ、という前提に立たないかぎり、当然に生じる疑問だと思われる。
 第一に、国会(この意味が不明なことは既述)が日本国憲法を「無効」と考えず、「無効」という「国会による決議
」ができないことも想定できる。この場合はどうなるのか。
 もっとも、「国会による決議」は「政治的には」
あった方が望ましいものであるならば、これを欠いても、無効・復原が確認できないわけではないということになるのだろう。
 では第二に、かりに天皇陛下は「無効」と考えられても、「首相他内閣を構成する国務大臣」
はそう判断せず、副署もしない場合はどうなるのだろうか。終戦詔勅の場合と同様に首相等の国務大臣は唯々諾々と服従するのだろうか。
 逆に、かりに首相等の国務大臣は一致して「無効」と考えても、天皇陛下はそうはお考えにならない場合はどうなるのだろうか。
 そんなことはあり得ないということを前提として立論されているのだろうとは思うが、しかし、現実的には、こういう場合も想定しての「法的」議論も用意しておかなければならないのではなかろうか(そういう場合は無効確認ができないだけ、という結論になるのだろうか。それなら簡単だが)。
 第三に、より現実的な疑問がある。現日本国憲法を<裁可し、公布せしめ>たのは昭和天皇であり、今上天皇ではなかった。「副署」したのは当時の首相等の国務大臣であり現在の首相等ではなかった。
 当時の天皇陛下や首相等の「本心」・「内心」というものが明瞭に分かる資料は恐らく存在しないのだが、昭和天皇は、こんな明治憲法改正・日本国憲法は「無効」だと思われつつも不本意に<裁可し、公布せしめ>たのだろうか。吉田首相等も、こんな日本国憲法は「無効」だと思いつつ不本意にも「副署」したのだろうか。
 むろん、天皇も首相等も国家機関の一種であり、担当者(?)が変われば異なる意思を持ちうる、という理屈は成り立つ。従って、「
内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為」を行うことが法的にも事実的にもできなくはない、と考える。
 しかし、現実論としては、昭和天皇等が「無効」だと感じつつやむを得ず「裁可」し「副署」したという事情が明瞭に伝えられていないかぎり、今上天皇等が「無効」との判断に至る可能性は極めて乏しく、現実的可能性は0.1%もないものと思われる。それよりは、天皇と首相以下の国務大臣との間で見解が齟齬する現実的可能性の方がほんの少し高いだろう。
 むろん、上のような事情は日本国憲法制定・施行後60年の「欺瞞」によるのだ、「大ウソ」の教育・報道等によるのだ、と主張したい(であろう)ことはよく理解できる。だがいかに「正しい」理論でも支持者が微少であれば、現実的な「力」をもちえない。「正しい」理論であれば大多数の者によって支持される筈だ、というのは理想かもしれないが、現実は必ずしもそうはならない。
 現在の国会議員にしろ、2005年の両院の憲法調査報告書はおそらく日本国憲法「無効」論に殆ど又は全く言及しておらず、有効論に立っての諸意見を記載しているものと推察される。近年の各政党の有力者の発言を聞いても、日本国憲法「無効」論に立つ発言は一つもない筈だ(日本共産党と社会民主党が現憲法の有効性を前提として、九条墨守論を主張しているのも明瞭なことだ)。
 昨5月3日に護憲・改憲両派を「無効」論に立って批判する集会等もあったのかもしれないが、残念ながら(おそらく)一切報道されていないようだ。
 このような状況を現内閣構成者は勿論、今上天皇陛下もご存知の筈だ。
 日本国憲法「無効」論者にとって、一般国民はまだしも、天皇陛下の支持を獲得することは決定的に重要なことだが、今上(明仁)天皇は日本国憲法を憲法としては「無効」と考えておられるのか。
 以上、要するに、法的にも事実的にも、「内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為」を行うことが不可能だとは思わない。だが、その現実的可能性は極めて乏しく、ほぼ(絶対に近いほどに)絶望的だ、と考えられる。
 以上のような判断には、そもそも日本国憲法が「無効」とする論拠が必ずしも説得的ではないという理由づけが付着しているのだが、この問題は今回は省略する。
 この機会に別の、誤りだと思う点を指摘させていただく。小山・上掲書p.142はこう書いている。
 旧西独は「半年かけてドイツ人自身が起草した「ボン基本法」のことを、占領下ではドイツ人の自由意思は存在しないという理由から、占領下の暫定的な基本法または暫定憲法にすぎないと位置づけた」/「…旧西ドイツは、占領中は少なくとも永久憲法を作ることは出来ないという立場を明確にした」。
 私は憲法学者ではないが、次のことくらいは知っている。端的にいえば、
「ボン基本法」が「暫定憲法」として位置づけられたのは、「占領下ではドイツ人の自由意思は存在しないという理由から」では全くなく、国土・国民が二つに分裂していたからだ(p.141の条項にいう「ドイツ人民」には東独領域のドイツ人を含むのだ)。
 
「暫定」ということの意味は、「占領」期間に限ってという意味ではなく、将来東西のドイツが統一するまでの「暫定
」、という意味なのだ(首都もフランクフルトにすると永続的印象を与えかねないということであえて小都市・ボンが選ばれた)。
 たしかに1949年9月の西独=ドイツ連邦共和国発足前の「占領」中の同年5月に「ボン基本法」(「ドイツ連邦共和国のための基本法律」)は制定・施行されているが、僅か4ケ月というタイムラグを考えても、「ボン基本法」は西独という一国家にとっての正式の憲法的意味あいを持つ法(正確には特別の性格をもつ法律)として施行されたのであり、西独の発足時にいったん「無効」とされたりはしていない。占領中に施行された憲法(・基本法)が無効なら、その改正も全て「無効」となる筈だが、西ドイツは頻繁に「ボン基本法」を改正してきた。
 従って、西ドイツの例は、日本国憲法「無効」論のために有利には利用できない。
 (なお、東独を吸収・統一して統一国家のための新「憲法」制定となるのかと思ったが、現実的発想というべきか、「ボン基本法」の一条項を利用して東独を併合し、むろん多少の改正をしたうえで「ボン基本法」(正式名称は上記)の名称を改めることなくそのまま旧東ドイツ領域にも適用している。)
 ところで、過日、日本国憲法「無効」論に多少の疑問を示す文章を書いたら、すみやかに「改憲論者の ドアホ!」(実際にはもっと大きい)と色付きで大書した一頁をもつブログ等がTBで貼り付けられた。「ドアホ!」という大きな字を見るのは不快なのでTB不許可の設定にしたら、今度は、同じハンドルネームの人から<TB不許可か、「よくやるね」>とのコメントが送られてきた。
 これも気持ちが悪いので、もっぱらこの人に対する防御を目的として、今のところTBもコメントも不許可にしている。どうかご容赦願いたい
 小山常実は上の著で、「党派を問わず、「日本国憲法」を憲法と認められない全ての方には、…加わっていただきたい」と書いておられる(p.161)。
 私は小山の二つの本を所持し部分的には読み、渡部昇一=南出喜久治の共著も(未読だが)所持している。珍しい、奇特な人間の一人ではないかと思っているが、「改憲論者の ドアホ!」(実際にはもっと大きい)との色付きの大きな字等を貼り付けるなどというのは(色は忘れたし、確認する気もない)、支持者を増やすのを却って妨げることになるのではなかろうか。
 議論は好んでするが、従うか・従わないかと詰問されるような雰囲気は、好みではない。

0105/潮匡人・憲法九条は諸悪の根源(PHP、2007)の渡部昇一による書評。

 産経新聞4/29に、渡部昇一による潮匡人・憲法九条は諸悪の根源(PHP、2007)の書評(紹介)が載っている。
 結論的に、「戦後の日本の平和が日米安保条約のおかげでなく、憲法九条のおかげだと言うのは誰にも分かる嘘である」、こうした「嘘を直視することのできる本書の出版を喜びたい」と評している。
 「誰にも分かる嘘」でありながら、立花隆呉智英はそれを信じているらしいことはすでに触れた。呉智英は、別冊正論Extra.06(産経新聞社、2007)に、「自衛隊、安保条約が平和を護ったのだと主張する人もいる。それも一理あるが、やはり中心にあるのは第九条である」と明言しつつ(p.190)、情報戦・謀略戦の重要性を説く、やや意味不明の一文を寄せている。
 それはともかく、渡部はこの潮の本を肯定的に評価していることは明らかだ。しかし、潮の本は、当然のこととして敢えて言及してもいないようだが、九条を含む現憲法が憲法として有効であること、「現行」憲法であることを前提にしている。
 一方、渡部はどうやら日本国憲法「無効」論を支持しているようで、この書評文の中でも、こう書く。
 「日本の常識が世界の常識からずれてしまった」のは「新憲法と呼ばれる占領軍政策の占領基本法を日本人が「憲法」であると考えるようになったから」だ、「憲法制定が、主権が失われた状態でできるわれがないという明白な事実を、当時の日本人はごまかし」、「そのごまかしは今まで続いている」。
 明瞭ではないが、<占領基本法を「憲法」と考えるごまかし>という表現の仕方は、私が多少の知識を得た日本国憲法「無効」論に適合的だ。
 かかる九条を含む現「憲法」無効論と九条を有効な憲法規範としたうえでそれを「諸悪の根源」とする本の「出版を喜びたい」とする評価は、両立するのだろうか。無効論・有効論に立ち入らずに、憲法としては本来は無効でも現実には通用しているかぎりで、九条が「諸悪の根源」と評価をすることもできるのだろうか。あるいは、渡部はそんな理屈あるいは疑問などを全く想定していないで書評しているのだろうか。
 というわけで、やや不思議な気がした書評文だった。
 潮匡人の本自体は、憲法制定過程には言及していないが、「憲法九条は諸悪の根源」であることを相当十分に論じており、何人かの九条護持論者を名指しで批判し、「戦後レジームからの脱却」のために(「日本の戦後」を終わらせるために)、「名実ともに、自衛隊を軍隊にすべきである」と最後に主張する、軍事問題に詳しい人の書いた、読みやすい好著だと思う。そうした「本書の出版を喜びたい」。 

0104/日本国憲法無効論はどう扱われてきたか(たぶん、その1)。

 日本国憲法無効論があるのを知り、この議論がどの程度の影響力をもっているかに関心を持ってネットで探していたら、「南出文庫」という文書ファイル名、「忘れられたもう一つの「憲法調査会」」というタイトルの文書に行き当たった。
 渡部昇一との共著がある南出喜久治の文章かと思われ、また1997年5月以降で国会両院に憲法調査会が設立される前に執筆されているようだが、いずれも確定的ではない(なお、「現行憲法破棄!、山河死守!、自主防衛体制確立!」と表紙にある「民族戦線社」のHP内に収載の文書のようだ)。
 この文書によると、こうだ。
 昭和31年の憲法調査会法にもとづき内閣に設置された「憲法調査会」は国会議員30名、学識経験者20名の計50名の委員で構成され、調査審議し、昭和39年7月3日に本文約二百頁、付属書約四千三百頁、総字数約百万字にのぼる「憲法調査報告書」を完成させて報告した。「ところが、…この報告書には、致命的な欠陥と誤魔化しがあった。それは、当時、現行憲法の制定経過の評価において、根強い「現行憲法無効論」があったにもかかわらず、無効論の学者を一切排除し、有効論の学者のみをもって憲法調査会が構成され、しかも、有効論と無効論の両論を公正に併記し、それぞれ反論の機会を与えるという公平さを全く欠いた内容となっていたからである」。/「この報告書では、当時の無効論をどのように扱ったかと言えば、僅か半頁、しかも実質には約百字で紹介されたに過ぎない。…百万字の報告書のうちのたった百字。一万分の一である。そして、報告書曰わく「調査会においては憲法無効論はとるべきでないとするのが委員全員の一致した見解であった」としている。誰一人無効論を唱える者を委員に入れずして、「委員全員の一致した見解」とは誠に恐れ入った話である」。
 上の報告書など読んだこともないが、これで当時の、すなわち1960年代前半の「雰囲気」はほぼ分かる。
 ちなみにこの文書の執筆者(南出?)は、次のようにも書く。
 「殆どの憲法学者というのは「現行憲法解釈学者」であって、これで飯を食っている御仁である。そのため、現行憲法が無効ではないかという議論がなされてくると、今まで、現行憲法の絶対無謬性を唱えてきた「現行憲法真理教」の教義が揺らぎ、今まで嘘を教えたと学生や大衆から非難され、オマンマが食べられなくなるからである。無効論に説得力がないと思うのであれば、堂々と議論して論破すればよいではないか。しかし、それは死んでもできない。なぜなら、無効論には明確な法的根拠と充分な説得力があるので、これと議論すれば必ず負けるからである」。
 現行憲法を有効視しないと「オマンマが食べられなくなる」というのはその通りかもしれない。だが、「無効論には明確な法的根拠と充分な説得力があるので、これと議論すれば必ず負けるからである」という部分には疑問符をつけておきたい。
 私は憲法学者(研究者)でも何でもないが、知的好奇心は旺盛なつもりなので、小山常実・憲法無効論とは何か(展転社、2006)も買って少し読んでみた。
 南出と渡部の共著は所持しつつ未読なので、南出の無効論と小山の無効論が全く同じなのか、どう違うかはまだ知らないが、少なくとも小山の上の本には、私でも「突っ込める」ところがいく点もある。上の言葉を借りれば、「明確な法的根拠と充分な説得力」があるとは必ずしも思えない。
 詳細はここでは省くとして、つぎには、すでに2005年に(内閣に設置ではない、1960年代のとは異なる、新しい)国会両院の憲法調査会がこれまた長い報告書をすでに出しているようなので、そこで「日本国憲法無効論」がどう扱われているかを(むろんすべて本来の仕事の範囲外のことなので、時間を見つけて)調べてみよう。
 なお、多数意見が誤っており、少数意見が「正しい」こともありうる。だが、そこでの「正しさ」とはいったい何なのだろう。こうした憲法・法学的分野では、総合的に観てより合理的・論理的で、より説得的なものがより「正しい」意見なのだろう。従って、全ての人間(日本国民全員)を納得させるような「(絶対的に)正しい」見解というのはそもそも存在しないのだと思われる。というような、余計なことが頭に浮かんだ。

0098/立花隆の現憲法論(つづき)と国民投票法反対姿勢。

 立花隆の現憲法九条に関する考えは前回に紹介したところだが、同じコラムの中で、憲法全体については、「押しつけ」られたことを肯定しつつ、こんなことを書いている。
 「押し付けの事実と、押し付けられた憲法の中身の評価は自ずから全く別である。押し付けられた憲法は、グローバルスタンダードから見ても立派な憲法であり、グローバルスタンダードからみて全くの“落第憲法”である松本草案などとは全く比較にならない。
 松本(蒸治)草案について立ち入ることはしない。立花が「グローバルスタンダードから見ても立派な憲法」と内容を評価していることが(九条も含めて)憲法改正反対の理由とされていることが窺える。
 だが、実証的資料の紹介は省くが、自衛「戦力」・自衛「交戦権」を否定する(と解釈される場合の)九条二項は、当時のグローバルスタンダードでは決してなかった筈だ。そして、立花は、グローバルスタンダードよりも「進んだ」又は「理想に近づいた
」条項と理解しているものと推察される。
 ここで対立が生じる。そもそもそのように肯定的に評価してよいか、という基本問題だ。例えば、二日前に入手した小山常実・憲法無効論とは何か(展転社、2006)は、「無効」とする12の理由(成立過程、内容、成立後の政治・教育に三分される)のうちの10番め(内容面の二つめ)の理由として、九条二項は国家の「自然権」を剥奪しており「自然法または条理に違反していること」を挙げている(p.128)。
 私は後者の<自然法論>を単純に支持はしないが(それに、上の理由は九条二項の「無効」理由でありえても現憲法全体の「無効」理由になるか、という問題もある)、いずれにせよ、この九条二項の評価が、それも現時点の現実をリアルに見たうえでの評価が(「現実」を規範より優先させよとの趣旨ではない)、憲法(とくに九条二項)の改正に関する賛成と反対を分けることになるのだろう。
 さらに追記すれば、立花隆のコラムのタイトルは「改憲狙う国民投票法案の愚/憲法9条のリアルな価値問え」だ。
 前半に見られるように、彼は国民投票法案にも「改憲狙う」ものとして反対しているわけで、与党案の内容を問題にして反対した民主党とは異なる立場に立っている。そして、現在まで60年間不存在のままの憲法改正国民投票(手続)に関する法律の制定それ自体に反対している共産党・社民党と同じ見解の持ち主だ。
 立花隆という人物を評価するとき、上の点も看過すべきではなかろう。

0096/渡部昇一は日本国憲法改正に反対している!

 渡部昇一(1930-)という人は不思議な人だ。つい前回、2001年の本では、日本国憲法の三大原則を守ってより良くする改正を、と発言していた、と書いた。
 月刊WiLL(ワック)の2007年6月号の彼の戦後史連載講座5回目は日本国憲法を扱っているが、そのタイトルは「新憲法は「占領政策基本法」だ」で、次のように書く(p.239)。
 「日本国憲法は条約憲法で、ふつうの憲法ではない…。正確に言えば、占領政策基本法でしょう」。/「日本政府は独立回復時に日本国憲法を失効とし、…ふつうの憲法の制定か、明治憲法の改正をしなければならなかった。日本国憲法をずるずると崇め、またそれを改正していくということをすべきではないのです」。
 渡部氏は最近、南出喜久治という人との共著・日本国憲法無効論(ビジネス社、2007.04)を刊行している(私は未読)。この南出の影響を受けたのか、上で語られているのは、明らかに日本国憲法改正反対論だ。十分に丁寧には説明していないが、有効な憲法ではなく占領政策基本法にすぎないのだから、それを改正しても憲法改正にはならない、「日本国憲法」が有効な憲法とのウソを更に上塗りすることになる、という趣旨だろう。
 渡部昇一という人は「保守派」の著名な論客だが、対談する、又は一緒に仕事をする人の考え方の影響を受けやすいのだろうか。今頃は改憲の主張を頻繁にしている方がむしろ自然に思えるのに、何と、日本国憲法無効論の影響をうけて(であろう)、2001年の本とは逆に、改憲に反対しているのだ。2001年の本以外にも彼は、現憲法9条2項の改正を主張する等の論稿・発言をこれまで頻繁に公にしてきたのではなかったのか。
 考え方が変わる、ということはありうる。だが、70歳を過ぎて基本的な問題に関する考えを変えるとは珍しい。また、改憲に反対とは、そのかぎりで、渡部昇一という人は大江健三郎や佐高信と同意見であることを意味する。客観的には、大江や佐高、そして朝日新聞等々を喜ばせる主張を、彼は月刊WiLL誌上で行っているのだ。
 西尾幹二等と比べれば、軽い(噛みごたえの少ない)文章を書く人という印象はあったが、渡部はもはや、かなりの程度、信用できない人のグループに入りそうだ。
 ところで、渡部は、「すべての根元はこの〔八月革命説を唱えた〕宮沢俊義東大名誉教授とその門下生です。病的な平和論者に芦部信喜東京大学教授、樋口陽一名誉教授がいます」と書き、「百地章さんや西修さん」は「まっとうな憲法学者」だとする(p.243、p.244)。
 渡部がじっくりと各氏の(論文は勿論)教科書類を読んだとは思えないのだが、とくに前半は、はたして、どなたから得た情報又は知識だろうか(なお、上半分のうち、宮沢、芦部両氏は故人の筈で、肩書きに一貫性がない。これは、潮匡人・憲法九条は諸悪の根源p.252-3を参照したからではないか、と推測する)。

0090/「日本国憲法無効」論に接して-小山常実氏の一文を読む。

 「日本国憲法無効」論というのがあるのを知って、先日、小山常実・「日本国憲法」無効論(草思社、2002)と渡部昇一=南出喜久治・日本国憲法無効論(ビジネス社、2007.04)の二つを入手し、おいおい読もうと思っていたのだが、昨日4/22に発売された別冊正論Extra.06・日本国憲法の正体(産経新聞社)の中に小山常実「無効論の立場から-占領管理基本法学から真の憲法学へ」があったので、「無効論」の要約的なものだろうと思い、読んでみた。
 大部分については、少なくとも「理解」できる。だが、大部分に「賛同」できるかというとそういうわけではなく、基本的な一部には疑問も生じる。小山氏の最新の憲法無効論とは何か(展転社、2006)を読めば解消するのかもしれないが、とりあえず、簡単に記しておこう。
 第一に、無効論者は(憲法としては)「無効」確認を主張しているが、「無効確認の効力は、将来に向けてのみ発生する」(p.109)、いずれの無効論も「戦後六十一年間の国家の行為を過去に遡ってなかったことにするのではない。…それゆえ、国家社会が混乱するわけではない」(p.112)とされる。
 このような印象を持ってはいなかったので勉強させていただいたが、しかし、上のような意味だとすれば、「無効」という言葉を使うのは法律学上通常の「無効」とは異なる新奇の「無効」概念であり、用語法に混乱を招くように思われる。
 無効とは、契約でも法的効果のある一方的な国家行為でもよいが、当初(行為時又は成立時)に遡って効力がない(=有効ではない)ことを意味する。無効確認によって当初から効力がなかったこと(無効だったこと)が「確認」され、その行為を不可欠の前提とする事後の全ての行為も無効となる。と、このように理解して用いられているのが「無効」概念ではなかろうか。
 選挙区定数が人口(有権者数)に比例しておらず選挙無効との訴訟(公職選挙法にもとづく)が提起され、最高裁は複数回請求を棄却しているが、憲法(選挙権の平等)に違反して無効であるが、既成事実を重く見て、請求は棄却する、と判示しているのでは、ない。憲法に違反しているが、無効ではない、という理由で請求を棄却している。無効と言ってしまえば、過去の(全て又は一部の選挙区の)選挙はやり直さなければならず、全ての選挙区の選挙が無効とされれば、選出議員がいなくなり、公職選挙法を合憲なものに改正する作業をすべき国会議員(両院のいずれかの全員)がいなくなってしまうからだ。
 余計なことを書いたが、民法学でもその他の分野でもよい、「無効」または「無効確認」を将来に向かってのみ効力を無くす、という意味では用いてきてはいないはずだ(なお、「取消し」も原則的には、遡及して効力を消滅せしめる、という意味だ)。
 さらに第一点に関連して続ければ、なぜ「過去に遡ってなかったことにするのではない」のかの理由・根拠がよくわからない。憲法としては無効だが、60年までは「占領管理基本法」として、その後は<国家運営臨時措置法>として有効だという趣旨だろうか。
 そうだとすると日本国「憲法無効」論というやや仰々しい表現にもかかわらず、憲法以外の法規範としての効力は認めることとなり、この説の意味・機能、そして存在意義が問題になる。
 第二に、「日本国憲法無効」論者は、憲法としては無効で、占領下では「占領下暫定代用法」、占領「管理基本法」又は「占領管理法」、「暫定基本法」又は「講和条約群の一つ」と「日本国憲法」を性格づけるらしい(p.109)。
 占領後についての<国家運営臨時措置法>に関してもいえるが、上の「講和条約群の一つ」が「日本国憲法」を条約の一種と見ているようであるものの、その他のものについては、それがいかなる法形式のものであるのか、曖昧だ。
 条約は別として、立法形式としては、法律以上では(つまり政令や条例等を別にすれば)、法律と憲法しか存在しないはずだ。
 ということは、「占領下暫定代用法」、占領「管理基本法」・「占領管理法」、「暫定基本法」、<国家運営臨時措置法>は法律のはずなのだ。そして、ということは、たんなる法律であれば、事後法、特別法の優先が働いて、その所謂「占領管理基本法」に違反する法律も何ら違法ではない、ということを意味する。法律として、効力は対等なのだ。さらに、ということは、現在は現実にときに問題となる法律の「日本国憲法」適合性は、全く問題にならないことを意味する。「占領管理基本法」等との整合性は(教育基本法もそうなのだが)法的にではなく、政治的に要請されるにとどまる。だが、それにしては、「占領管理基本法」等としての「日本国憲法」は、内閣総理大臣の選出方法、司法権の構成、「地方公共団体の長」の選出方法(住民公選)、裁判官の罷免方法等々、曖昧ではない「固い」・明確な規定をたくさん持っている(「人権」条項は教育基本法の定めと同様の「理念」的規定と言えるとしても)。
 「教育基本法」、「建築基準法」等と「~法」という題名になっていても「法律」だ。ドイツには、可決に特別多数を要する法律と、過半数で足りる「普通法律」とがあるらしいが、日本では(たぶん戦前も)そのような区別を知らない。
 「日本国憲法無効」論者が「日本国憲法」を憲法以外の他の性格のものと位置づけるとき、上のことは十分に意識されているだろうか。再述すれば、憲法と法律の間に「法」又は「基本法」という中間的な「法」規範の存在形式はないのだ。
 さらに第二点に関連して続れば、「日本国憲法」無効論者は瑕疵の治癒、追認、時効(私が追記すれば他に「(憲法)慣習法」化論もありうるだろう。「無効行為の転換」は意味不明だ)等による日本国憲法の有効視、正当化を批判しているが、このような後者の議論と、「占領管理基本法」等として有効視する議論は、実質的にどこが違うのだろうか。「無効」論者が「過去に遡ってなかったことにするのではない」というとき、瑕疵の治癒、追認、時効、慣習法化等々の<既成事実の重み>を尊重する議論を少なくともある程度は実質的には採用しているのではあるまいか。
 ちなみに、細かいことだが、<「治癒」できないような絶対的な「瑕疵」>との概念(p.112)は理解できる。だが、そのような概念を用いた議論のためには、「治癒」できる「瑕疵」と「治癒」できない絶対的な「瑕疵」の区別の基準を明瞭に示しておいていただく必要がある。
 第三に、(憲法としての)「無効」確認を主張しているようだが、「無効」確認をする、又はすべき主体は誰又はどの国家機関なのか。
 p.115は<「憲法学」は…「日本国憲法」が無効なことを確認すべきである>という。
 ここでの「憲法学」とは何か。憲法学者の集まりの憲法学界又は憲法学会をおそらくは意味していそうだ。
 だが、たかが「学界」又は「学会」が「無効」確認をして(あるいは「無効」を宣言して)、日本国憲法の「無効」性が確認されるわけがない。無効と考える憲法学者が多数派を占めれば「無効」確認が可能だ、と考えられているとすれば、奇妙で採用され難い前提に立っている。
 では、最高裁判所なのか。最高裁は「日本国憲法」によって新設された国家機関で、自らの基礎である「日本国憲法」の無効性・有効性を(あるいは「占領管理基本法」等と性格づければ自らを否定することにはならないとしても、いずれにせよ自らの存在根拠の無効性・有効性)を審査するだろうか。また、そもそもどういう請求をして「無効確認」してもらえるかの適切な方法を思い浮かべられない(いわゆる「事件性」の要求又は「付随的違憲審査制」にかかわる)。
 現憲法41条にいう「国権の最高機関」としての国会なのか、と考えても、同様のことが言える。(では、天皇陛下なのか?)
 要するに、無効である、無効を確認すべきである、とか言っても、一つの(憲法)学説にすぎないのであり、現実的に又は制度的に「無効」が確認されることは、ほぼ絶対的にありえないのではなかろうか。とすると、考え方又は主張としては魅力がある「日本国憲法」無効論も、実際的に見るとそれが現実化されることはほぼありえない、という意味で、やや失礼な表現かもしれないが、机上の空論なのではあるまいか。
 第四に(今までのような<疑問>ではない)、「日本国憲法」無効論は、このたび読んだ小山の一文が明示しているわけではないが、現憲法の有効性を前提とする改憲論・護憲論をいずれも誤った前提に立つものとして斥け、「日本国憲法」無効論にこそ立脚すべき、という議論のようだ。
 運動論として言えば、そう排他的?にならないで、内容や制定過程の問題も十分に(人によれば多少は)理解していると思われる<改憲派>と「共闘」して欲しいものだ、と思っている。
 ただ、次のような文は上のような「夢」を打ち砕く可能性がある。
 <将来「日本国憲法」がどのような内容に改正されようとも、改定「日本国憲法」は、引き続き、国家運営のための臨時措置法〔法律だ-秋月〕にすぎない>(p.111)。
 このように理解してしまうと、日本は永遠に「真正の」憲法を持てなくなってしまう可能性がある。
 もっとも、<「憲法学」は、「日本国憲法」無効論の立場に立ち、明治憲法の復元改正という形で改憲を主張しなければならない>(p.115)とも書かれているので、「明治憲法の復元改正」を経るならば、わが日本国も「真正の」憲法を持てるのだろう。その現実的可能性があるか、と問われれば、ほぼ絶望的に感じるが…。
 疑問を中心に書いてきたが、私もまた-別の機会に書くが-現在の憲法学界らしきものに対しては大きな不満を持っている。そして、次の文章(p.111)には100%賛同する、と申し上げておく。
 <戦後の「憲法学」は「日本固有の原理」を完全に無視し、「人類普遍の原理」だけを追求してきた。「憲法学者」は、日本固有の歴史も宗教も考慮せず、明治憲法史の研究さえも疎かにしてきた。彼らが参考にするのは、西欧と米国の歴史であり、西欧米国の憲法史であった。取り上げられたとしても、日本の歴史、憲法史は、西欧米国史に現れた理念によって断罪される役回りであった。そして、日本及び日本人を差別する思想を育んできたのである。
 憲法学者のうちおそらくは90%以上になると推定するが、このような戦後「憲法学」を身につけた憲法学者(憲法学の教師)によって法学部の学生たちは「憲法」という科目を学び、他の学部の学生たちも一般教養科目としての「憲法」又は「日本国憲法」を学び、高校までの教師になりたい者は必修科目(たしか「教職科目」という)としての「日本国憲法」を学んできたのだ。
 上級を含む法学部出身等の国家・地方公務員、他学部出身者を含むマスコミ・メディア就職者、小・中・高校の教師たち等々に、かかる憲法学の影響が全くなかったなどということは、到底考えられない。そして施行後もう60年も経つ。上に使ったのとは別の意味で、やや絶望的な気分になりそうでもある…。
 (不躾ながら、これまでにTBして貰った際の「無効論」のブログ元の文章は、文字の大きさ不揃い、私にはカラフル過ぎ等もあって-一番は「重たい」テーマだからだったろうが-読んでいない。)

-0060/小沢一郎・鳩山由起夫・岡田克也はもともとは自民党旧田中派系。

 「戦後」に「団塊」世代が享受しえたのは間違いなく経済成長に伴う生活水準の向上であり、「自由」保障も「民主主義」も戦前に比べて多少はマシだったかもしれない。
 但し、「自由」はしばしば放恣に流れて<規律・秩序>が損なわれはしなかったかという問題はあるし、「民主主義」はそれが日本的なものにならざるをえないとしても、成熟したとはとても言えない。
 何よりも、経済的豊かさと個人的「自由」は得たとしても、家族・地域・国家という<共同体>の無視・軽視は著しいものがあったような気がするし、かつては多くの日本人のもっていた自然や人知を超えた現象に対する<宗教的>感情も相当に失われてしまった。
 日本は、日本人は、と問うとき、とても「戦後」の全面的肯定など(立花隆のように「戦後」を享受して大満足の人もいるかもしれないが)できず、そのような時代に生き、時代に加担してきたことについては私もまた少なくとも部分的には「自己否定」的感情が生じることを否定できない。
 さて、衆院補選は予想どおり、自民党二勝。私の気分で正確にいえば、民主党は勝たなかった。安倍内閣発足後の民主党の主張等を見ていると、当然の結果ともいえる。
 もともと小沢一郎は鳩山・菅・岡田の後の前原がずっこけてようやく「昔の名前」ながらも知名度があったがゆえに民主党代表となったのであり、一時的・暫定的代表にすぎず、もはや「過去」の政治家ではないか。
 また、民主党は奇妙な政党で、小沢はもともとは自民党田中派の重要人物で少なくとも一時は金丸信の愛弟子だったし、鳩山由起夫も自民党田中派出身、岡田克也は自民党竹下派出身でのちに小沢と行動を共にした人物だ。
 民主党は自民党の「田中派」的なるものを継承している人々を抱え込んでいるのだ。小沢を「安倍さんよりも右」という人もいる。
 小沢が党首討論の際に自らの見解としてでなくとも占領下制定憲法の「無効」性問題に言及したというのも不思議でないし、今回の選挙でかつての自民党のごとき「どぶ板選挙」をやったというのも分かる。
 そのような小沢のもとで旧社会党左派の某、「市民運動」出身の某とかがよく同居しているものだ。前原誠司らが周辺事態法適用問題につき小沢・鳩山・菅で合意したという適用反対論に反対しているらしいが、ひょっとしてこの党は来年の7月までに小さな分裂くらいはするのでないか。
 「政権交代」はあくまで諸政策・主張の勝利(相対的多数国民の支持の獲得)の結果であり、これだけを唱えても支持が増えるわけがない。

ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
  • 0840/有権者と朝日新聞が中川昭一を「殺し」、石川知裕を…。
  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。
  • 0794/月刊正論9月号の長谷川三千子による朝日新聞、竹本忠雄による「厄災としてのフランス革命」論。
  • 0790/小林よしのり・世論という悪夢(小学館101新書、2009.08)を一部読んで。
  • 0785/屋山太郎と勝谷誠彦は信用できるか。櫻井よしこも奇妙。
記事検索
最新記事