秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

憲法改正

中西輝政の憲法<改正>論。

 中西輝政・中国外交の大失敗 (PHP新書、2014.12) の最終の第八章のタイトルは「憲法改正が日中に真の安定をもたらす」であり、その最終節の見出しは「九条改正にはもはや一刻の猶予もならない」だ。そして、「九条改正という大事の前では、集団的自衛権の容認など、取るに足らない小事」で憲法九条を改正すれば「集団的自衛権の是非などそもそも問題にはなりえない」等ののち、「日本人はいまこそ一つの覚悟を固めて」、「日本国憲法の改正、とりわけ第九条の改正」にむけて「立ち上がらなければならない」等と述べて締めくくられている。
 このように中西輝政は憲法「改正」論者であり、<改正というべきではない、廃棄だ>とか<明治憲法に立ち戻ってその改正を>とか主張している<保守原理主義>者あるいは<保守観念主義(観念的保守主義)>者ではない。
 ではどのような憲法改正、とくに九条改正を、中西は構想または展望しているのだろうか。中西輝政編・憲法改正(中央公論新社、2000)の中の中西輝政「『自己決定』の回復」の中に、ある程度具体的な内容が示されている。
 すなわち、「九条の二項を削除し代わりに、自衛のための軍隊の保有と交戦権の明示、シビリアン・コントロールの原則と国際秩序への積極的関与に、それぞれ一項を立てる、というのが私の提案である。そして慎ましい『私の夢』である」(p.98)。
 そして、このような「九条二項の逐条改正を『最小限目標』とすべきである」ともされている(p.96)。
 この中西の案はいわば九条1項存置型で、同2項削除後の追加条項も含めて、基本的には、自民党改正案(第二次)や読売新聞社案とまったくか又はほとんど同じもののようだ。
 注目されてよいのはまた、「一括改憲」か「逐条改憲」かという問題にも言及があることで、「戦略」的な「現実の改憲」の容易性(入りやすさ)が意識されている。
 中西によれば、私学助成、環境権、プライバシー権など(の追加による逐条改憲)は「入りやすく」とも「『自己決定』の回復」とは到底いえず、一方、一括改憲は「改憲陣営の分裂を生じさせる」可能性があり、「何よりも時間がかかる」(p.96)。
 昨年末に田久保忠衛の論考(月刊正論(産経)所収)を読んで、ただ憲法改正を叫ぶだけではダメで、どの条項から、どういう具体的内容へと改正するのかを論じる必要がある、<保守派の怠惰>だと書いたのだった。しかし、中西輝政はさすがによく考えていると言うべきで、上のような議論を知ると、中西輝政を含めた<保守派>全体にあてはまる指摘ではなかったようだ(この中西編の著も読んだ形跡があるのだが、少なくともこの欄で取り上げたことはなく、-よくあることだが-中西論考の内容も忘れていた)。
 なお、上の2000年の中西論考は、中西輝政・いま本当の危機が始まった(集英社、2001)p.214以下、およびその文庫版(文春文庫、2004)p.196以下にも収載されている。
 とくに中西輝政と西尾幹二の諸文献、諸論文を、読む又はあらためて読み直すことをするように努めている。この稿はその過程でしたためることになった。

日本共産党は「将来、情勢が熟したとき」<天皇制>を廃止する。

 産経新聞5/18で日本共産党・小池晃(政策委員長)は、現行憲法の「全条項を守る」と明言している。
 しかし、これは日本共産党独特の言い方、あるいは<ペテン>であって、<今のところは>または<当面は>という副詞が隠されている、と理解しなければならない。
 軍・戦力の保持を一般に禁止している九条2項についてもそうなのだが、とりわけ一条以下の「天皇」の存在を前提とする諸規定も含めた「全条項を守る」つもりであるとは思えない。
 小池によれば、1946年6月に同党が発表した日本人民共和国憲法草案は「歴史的文書」で、現在における憲法改正案として掲げているのではないらしい。
 だが、そうであるとしても、戦前に<天皇制打倒>を掲げた政党が戦後にその目標を降ろしたとは考え難い。また、日本共産党系の、鈴木安蔵を初代の代表理事とした「憲法改悪阻止各界連絡会議」(「憲法会議」)が、<護憲>ではなく<憲法改悪阻止>と謳っているのも、日本共産党にとっての(改悪ではない)<改正>は追求する趣旨を込めていると解することができるし、実際、そうであるはずだ。
 日本共産党は1961年綱領を2004年に改定した。同綱領は、日本の戦後の変化を、①「アメリカの事実上の従属国」になったこと、②政治制度が「天皇絶対の専制政治から、主権在民を原則とする民主政治」になったこと、③「戦前、天皇制の専制政治とともに、日本社会の半封建的な性格の根深い根源となっていた半封建的な地主制度が、農地改革によって、基本的に解体されたこと」の三点にまとめ、②についてはさらにこう書いている。
 ②の変化の代表は日本国憲法で、「民主政治の柱となる一連の民主的平和的な条項を定めた。形を変えて天皇制の存続を認めた天皇条項は、民主主義の徹底に逆行する弱点を残したものだったが、そこでも、天皇は『国政に関する権能を有しない』ことなどの制限条項が明記された」。
 また、今後について、次のように書いている。これ以外に綱領上の言及はないようだ。
 「天皇条項については、『国政に関する権能を有しない』などの制限規定の厳格な実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する。/党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のため民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」。
 ここでは、<将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって><天皇制度の存廃>が解決される、と言っている。
 これについて、2004年党大会では「国民の総意に転嫁するのは無責任」等の意見があったようで、不破哲三(中央委議長)は次のように「報告」している。以下、不破哲三・報告集/日本共産党綱領p.33-(同党中央委出版局、2004)による。
 党の立場は「明確」だ。「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく」と、その「評価を明確にして」おり、今後についても、「国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだ」という方針を明示している。だが、天皇制について「国民の現在の多数意見はその存在を肯定する方向にあ」り、「その状態が変わって、国民多数が廃止あるいは解消の立場で合意しない限り、この問題での改革は実現でき」ない。「天皇制の問題」については「なんらかの改変」自体が、「憲法の改定を必要とする」。「一方、戦前のような、天皇制問題の解決を抜きにしては、平和の問題も、民主主義の問題もないという、絶対主義的天皇制の時代とは、問題の位置づけが根本から違っていることも、重視すべき」だ。
 「いま、憲法をめぐる中心課題は、第九条の改悪を主目標に憲法を変えようとする改憲のくわだてに反対し、現憲法を擁護することにあ」る。「わが党は、当面、部分的にもせよ、憲法の改定を提起する方針をもちません」。だから、「天皇制の廃止の問題が将来、どのような時期に提起されるかということもふくめて、その解決について」は、「将来、情勢が熟したとき」の問題だ、と「規定するにとどめている」のだ。
 このように、綱領上の文章ではやや曖昧ではあるが、天皇制度廃止を明記しないのは天皇制度を現在の国民の多数は肯定している、したがって廃止論が多数にならないかぎり改憲による天皇制度の廃止はできないからだ、現在の「憲法をめぐる中心課題」は「現憲法を擁護」することだが、平和・民主主義にとって「天皇制問題の解決」は不可欠なので、その解決は「将来、情勢が熟したとき」の問題だ、という趣旨を述べている。
 要するに、当面は「現憲法を擁護」するが、国民多数の意見の動向によって「将来、情勢が熟したとき」に、憲法改正によって「天皇制の廃止」を図る、と主張していると理解して差し支えない。
 このような理解に、小池晃も反対はできないだろう。不破哲三が述べた内容の合理的な理解のはずだからだ。
 したがって、当面は「守る」が、将来は「廃止」する、というのは、やや複雑な言い方をしているが、日本共産党の既定の方針だ、ということになる。日本共産党は、このような、<戦術的>な政策表明をするので、注意しなければならない。
 <未来社会-社会主義・共産主義社会>を目指す手段・過程としての(「自由」と「民主主義」の擁護・徹底を通じての)<民主主義革命>なのであって、この政党にとっては「自由」と「民主主義」も、第二段階の「革命」のための手段あるいは<便法>であることは言うまでもない。

1305/長谷部恭男は九条改正反対論者、「人選ミス」では済まない。

 「人選ミス」では済まないだろう。
 6/04の衆院憲法審査会で、与党等(自民党・公明党・次世代の党)の推薦で参考人となった長谷部恭男は、安保法制整備法案について、「憲法違反」だと言い切った。
 産経新聞社のネット情報によると長谷部を選んだのはまずは衆院法制局のようだが、もちろん自民党等の委員、船田元や北側一雄(公明党)らが了解しないと参考人になれるはずがない。
 長谷部恭男はひっょとして、依頼を受けて驚くとともにほくそ笑んだのではなかろうか。
 長谷部は特定秘密保護法案には反対を明言しなかったようだが、憲法九条の改正については、<志は低い>とはいえ、明確な<護憲>つまり改憲反対論者だ。このことは、この欄でも紹介してきた。
 また、2005年の<NHKに対する安倍晋三ら政治家による圧力>という朝日新聞の記事が問題視されたあとの第三者的検証委員会のメンバーとして朝日新聞には<優しい>報告書作成に関与し、今年2015年4月にはNHK「クローズアップ現代」の<やらせ>問題でも調査委員会の一員となってNHKには<優しい>報告書をまとめた。もともとは、民主党が推薦したらしい小林節の方が<より保守的>であり、長谷部は小林節よりも<左>の人物なのだ(東京大学→早稲田大法という履歴でもすでにある程度は分かってしまう)。
 このような人物が、今次の安保法案は合憲ですと発言してくれると思っていたのだろうか。信じ難い。
 長谷部恭男は昨2014年夏の、日本共産党系「左翼」憲法学者たちの集団的自衛権行使容認閣議決定に対する反対声明に参加してはいない。純粋な日本共産党的な(教条的な?)「左翼」ではない。だが、そのような「左翼」学者もまた多いのであって、この声明に加わっていないことが集団的自衛権行使容認解釈は合憲と理解していることの保障には全くならないことは自明のことだろう。木村草太(首都大学)もまた、非共産党系「左翼」憲法学者のようだ。
 船田元は「ちょっと予想を超えた」と言ったらしいが、マヌケにもほどがある。憲法学者の中にまともな人物が少ないのは残念なことだが、それでも、自民党内で憲法改正を扱う中心的な人物の一人であるならば、憲法学界の状況、どういう学者・大学関係者が憲法改正、とくに九条2項改正に明確に賛成しているのかぐらい、きちんと把握しておくべきだろう。
 維新の党が安保法制についてどういう立場なのかは知らないし、同党の人選結果についての反応も知らない。だが、同党が推薦したらしい笹田栄司(現早稲田大)についても、長谷部恭男についてとほぼ同様なことが言えそうだ。
 どうやら、国会議員の方が、現実の憲法学界の動向・雰囲気を知らないという<浮き世離れ>した世界に生きているようだ。それはひょっとすれば、<保守>派・<改憲>派の人々にもあてはまるのではないか。

1304/西修・…よくわかる!憲法9条を読む-4。

 西修・いちばんよくわかる!憲法9条(海竜社、2015)を読んでの感想は、最後に、改憲派あるいは憲法九条改正を主張する論者においても、その改正の具体的内容についてはおそらくは基本的な点についてすら一致が必ずしもない、ということだ。これは西修の責任ではない。但し、読売新聞社案、産経新聞社案の作成に関与し、「美しい日本の憲法をつくる会」の代表発起人の一人であることから、もう少し何とかならなかったのか、という気もする。
 最大の論点は、現九条1項を基本的にそのまま残し、2項のみを削除・改正ないし追加するかだ。西修自身は、全体をかなり分解した改正案を考えているが(上掲p.115-)、現1項の趣旨をより明確化した文章に変えたうえで現2項を全面的に改めるもので、基本的趣旨・構造自体は現1項存置型に近いもののように解される。西修案は、同・憲法改正の論点(文春新書、2013)p.186でも示されている。
 明確に1項存置型の読売新聞社案と産経新聞社案とは基本的に同じだという西修の説明もあるが、産経新聞社案「起草委員会委員長」だった田久保忠衛は「第一項も含めて全面的に改める」こととしたと明記していることはすでに何度か記した(田久保忠衛・憲法改正/最後のチャンスを逃すな!p.172-5(並木書房、2014))。また一方では、既述のとおり、田久保忠衛は「美しい日本の憲法をつくる会」の共同代表の一人だが、同会による「改正案骨子」は現九条について「9条1項の平和主義を堅持するとともに、9条2項を改正して、自衛隊の軍隊としての位置づけを明確にします」と述べて、現1項は存置する考え方であるような主張をしている。
 櫻井よしこ=民間憲法臨調・日本人のための憲法改正Q&A(産経新聞出版、2015)はこの点についてどう書いているだろうか(なお、西修は民間憲法臨調の「副代表・運営委員長」のようだ)。
 まず、「例えば、第9条2項だけを改正し、1項は残す」としているのが目につき(上掲、p.36)、「例えば」とあるところからすると、この考え方も一案にすぎないものと理解されているように読めなくはない。
 しかし、改憲諸案で現1項の<侵略戦争>放棄の趣旨部分を提案するものはないと書き、1項を存置しても「平和主義の原則」は変わらない旨も記している(p.35)。
 また、<第9条を改正すると、「平和主義の理想」を捨てることになりませんか?>という質問を設定しつつ、「第9条2項を改正して軍隊を持っても、第9条1項に掲げられた『平和主義の理想』を捨てることにはなりません」という回答を述べ、その説明をしている(p.54-55)。
 こうしてみると、この本の考え方は、現九条1項は基本的に残したうえで2項を改正又は削除して「軍隊」保持を明記する、というもののようだ。
 とすると、田久保委員長ら「起草」の産経新聞社案はやはり最も異質な改正案の文言になっている。 
 奥村文男は産経新聞5/17の「憲法講座」94回で自民党案と産経新聞社案を比較して、「両者の基本的視点は共通ですが、自民党草案は、現9条1項を踏襲した上で、自衛権の発動を認めるとする点で、回りくどい表現が気になります。この点では、産経案の方がより簡明です」と述べて、産経新聞社案が最良であるかのごときコメントをしている。しかし、各改正案を見てみれば、このような評価は、「簡明」さの問題はさておき、決して多数に支持されているわけではないと思われる。
 このように諸改正案を見てみると、西修案にも見られる「簡明」さは魅力的ではあるが、結局のところ、現に政党の中で唯一九条改正案を提示し、今後も改憲運動の中心になるだろう自民党の案を基本として九条改正を議論する、あるいはそれに向けて運動するのが妥当だろうと考えられる。
 政権政党でもある自民党の案は、たんなる「私」企業である新聞社の案や学者等の「私案」とは異なるレベルのものと理解されるべきで、同列に並べて比較するのはもともと適切ではない。
 細かな文言等々について種々の議論が-おそらくは「美しい日本の憲法をつくる会」の役員の内部でも-あるのだろうが、私的団体間や個人間の議論ではなく、九条に関する自民党改正草案を支持するか、あるいはどのようにそれをよりましに修正するか、という議論をした方が生産的だと思われる。また、かりに九条にかかる自民党改正草案が支持されてよいのだとすれば、それを採用して各団体や論者の主張・意見としてもよいのではないか、と考えられる。
 九条の改正の具体的内容について些細なあるいは細かな、字句をめぐるような、不毛な・非生産的な議論は避けるべきだろう。 

1299/日本共産党「海外で戦争できる国…」は2005年に。

 一 日本共産党の「海外で戦争できる国づくり」反対のポスターは、昨年末の総選挙時に初めて見かけたように思う。では「日本国領域内での戦争」ならばよいのか、と皮肉りたくなったものだったが。
 もっとも、このような決めつけ、レッテル貼りを、日本共産党は遅くとも2005年には行なっている。
 志位和夫・日本共産党はどんな党か(新日本出版社、2007)は、小泉純一郎首相時代の2005年に自民党第一次憲法改正草案が現九条2項の削除と「自衛軍」保持の明記を掲げたことに論及して、「憲法九条をかえる」、「とくに九条二項」の「戦力」不保持条項を変えて「自衛軍がもてる」ようにする「憲法改定の…ねらい」は、「海外での武力の行使」を可能にすること、「海外で戦争する国」にすることだ、という旨を明記している(p.57)。志位によれば、小泉首相はこの狙いを「ひた隠しに隠」しており、それは「一番知られたくないこと」なのだそうだ(同上)。
 また、上の書p.62は、志位和夫が2005年05月の時点で、<九条2項削除・自衛軍保持>の憲法改正は日本を「海外で戦争をする国」に「つくりかえることに道を開くもの」だと述べたことも記している。この「からくり」を「しっかり見破る」ことが大切なのだ、という(同上)。
 憲法改正(九条2項削除等)ではなく集団的自衛権行使容認等の憲法解釈をふまえた安保法制の整備に反対してであるが、日本共産党は遅くとも10年前には、現在と同じことを言っている。
 「戦争反対」について言えば、厳密には、自衛目的の正当な戦争もあると考えるので、「戦争」一般をすべて<悪>として否認する考え方は採らない。おそらくは日本共産党も、社会主義国の核は善、資本主義国の核は悪と見なしてきた時代もあったくらいだから、厳密には「戦争」一般を<悪>だとは考えていないはずだ。
 にもかかわらず「戦争」一般が<悪>であるかのごとく主張しているのは、第一に、日本国民に根強い<反戦・平和>の感情に媚び、それを取り込んで自分たちの勢力を少しでも拡大したいからだろう。
 あるいは第二に、自分たちとは異なる勢力が起こす「戦争」はつねに<悪>だ、と見なしているからだろう。自分たちとは異なる勢力とは、より正確には、日本共産党が綱領上「敵」と見なすアメリカ(帝国主義)とそれに従属した日本の「反動」勢力(>日本独占資本)だ。
 このような<堅い>考え方をしている政党の党首等と議論・討議しても、本当は時間が無駄なだけだ。建設的・生産的な議論になるはずがない。安倍首相らには、適当に(あるいは適切に?)<お相手をしてあげて>、とだけ申し上げたい。
 二 2015年05月28日の衆院平和安全法制特別委員会で、民主党の辻元清美は「日本が戦争に踏み切る基準の変更について議論しているのか」と質問の冒頭で述べたらしい。また、同党の後藤祐一は、「この法案は石油を求めて戦争を可能にする法案なのか」と述べたらしい。
 「戦争」という語を平気で用いて、国民の不安を煽っているのだろうこの二人のメンタリティもまた、日本共産党のそれとほとんど異ならないようだ。まともに議論しても、回答しても、おそらく意味がない。
 三 質疑の内容については、古森義久産経新聞5/30の「緯度経度」欄で「安保法制、日本の敵は日本か」と題して語っていることに、ほとんど異論はない。
 もっとも、古森の上のような適切な分析と批判を行なっても、日本共産党には何ら意味がないようだ。
 日本共産党は1998年に中国共産党と関係を修復して<社会主義をめざす>友好党になっている。中国共産党が率いる中国を正面から批判するはずがない。「日本を軍事的に威嚇し、侵略しようとする勢力」への「歯止め」(古森)をこの政党が問題にするはずがない。この政党にとってのリスク、いや「敵」は、上記のとおりアメリカと日本の安倍晋三たちなのだ。民主党の中にも、同党に移ってもよいような議員がいるのだろう。 

1297/西修・…よくわかる!憲法9条を読む-3。

 西修・いちばんよくわかる憲法9条(海竜社、2015)を読んでコメントしておきたい第三は、以下のことだ。
 西修は現九条をどう改正するかについて①自民党案(2012)、②読売新聞社案(2004)、③産経新聞社案(2013)を挙げ(もう一つ旧民社党議員たちの「創憲会議」案(2005)も挙げているが、ここでは省略する)、1.現九条1項の「基本的な踏襲」、2.自衛戦力(軍隊)保持の明記、等で共通している、とするが(p.112)、この1.は、はたしてそうなのだろうか。
 現九条1項-「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」。
 これに対応する各改正案の条文は次のとおりだ。
 ①自民党案-「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない」。
 ②読売新聞社案-「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを認めない」。
 ③産経新聞社案-「日本国は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国が締結した条約および確立した国際法規に従って、国際紛争の平和的解決に努める」。
 西修は各改正案が1.現九条1項の「基本的な踏襲」で共通している理由として、①を除く各案の「作成に関し、かかわりをもっているから」だとしている(p.116)。この著によると西は、②については読売新聞社内の1992年設置の憲法問題調査会に1委員として参画し、2004年案作成にも関係した。また、この欄でも既述のように、③については、産経新聞社内「国民の憲法」起草委員会5委員の一人だった。だから各案には「私の考えが大なり小なり反映されて」いる、というのだが、上記のとおり、ほとんど明らかに、産経新聞社案だけは異なっている。
 他の案は現九条1項の条文をほとんどそのまま維持している。「…は、国際紛争を解決する手段としては、」の部分をそのまま生かしており、そのあとが①「用いない」、②「永久にこれを認めない」。と少し変えているだけだ。
 これに対して、③産経新聞社案には、「…は、国際紛争を解決する手段としては」否認する、という、パリ不戦条約以来の歴史のある、<侵略戦争の放棄>の趣旨を、少なくとも明文では残していない。「…、国際紛争の平和的解決に努める」という部分でその旨を表現した、と主張されるのかもしれないが、その旨は明確ではない、と理解するのが自然だと考えられる。
 それに、この欄ですでに触れたことだが、産経新聞社案にかかる「国民の憲法」起草委員会の委員長だった田久保忠衛自身が、その著で次のように述べている。以下、田久保・憲法改正、最後のチャンスを逃すな!(並木書房、2014)による。
 「第一項は…そのまま残し」、第二項を「全面的に改める」説に「じつは私も…賛成だった」が、現第一項に「問題はないだろうか」。「国際紛争」の理解によっては「支障が出てくる」。第一項があると「国連決議にもとづく国際紛争にかかわる集団的安全保障に参加できないことになる」、また「米国が多国籍軍に入っている」ときに米国に対する武力攻撃を日本が「自国が攻撃されていないにもかかわらず」実力で阻止しようとすると「動きがとれなくなってしまう」=「集団的自衛権の行使に踏み切ることができなくなる」。そこで現第一項を含めて全面的に改める」こととした(p.172-5)。
 上にいう「国連決議にもとづく国際紛争にかかわる集団的安全保障」への参加については現一項は何も定めて(語って)いないのではないかとすでに書いたが、そうでない場合の米国との関係での「集団的自衛権の行使」については、現一項のもとでも一定の要件のもとに認められると閣議決定で解釈され、それにもとづく法案が(現一項のもとで!)国会に提出されている(2015.05)。
 この実際の動きはさしあたり別論としても、③産経新聞社案が他の、現一項をほとんどそのまま残す①や②とは異なることは、田久保忠衛が明言するようにほとんど明瞭なことではないか、と思われる。
 この産経新聞社案が絶対的に拙劣で<悪い>案だと言うさもりはない。だが、①や②には、現九条の全体に問題があるのではなく(<侵略戦争>放棄の第一項に問題はなく)、現九条二項こそが問題であってこの項こそが改正すべきなのだ、という主張・見解を国民に対して明確にアピールできる効用はあるだろう。
 自らが関係した二つの案が基本的に同じ趣旨だと主張したい気分は理解できるが、やはり、産経新聞社案だけは異質なのではないだろうか。
 全体の趣旨・論調からすると些細なことかもしれないが、気になった点であることは間違いない。
 なお、西修の改正私案は「…他国に対する侵略の手段として、国権の発動たる戦争、武力による威嚇または武力の行使を永久に放棄する」というもので(p.115-6)、「侵略」という語の使用によって趣旨をより明確にしつつ、③産経新聞社案よりも①自民党案・②読売新聞社案に近いものだ。 

1292/西修・…よくわかる!憲法9条を読む-2。

 西修・いちばんよくわかる憲法9条(海竜社、2015)にかかわってコメントしたい第二は、保守派または改憲派、あるいは正確には現九条改正論者において、現在「公」的に通用している(例えば、自衛隊を法的に支えている)、政府の九条解釈の理解は一致しているのか、という疑問がある、ということだ。
 西修の理解については、すでに触れた。もう少し言及すれば、政府解釈は①「憲法は戦争を放棄した」とするものであり(上掲p.15)、「自衛戦争」も「認めていない」(p.17)、また、②憲法は自衛目的の「戦力」=「自衛戦力」も認めていない、とするものだ(p.19)。そして、③自衛隊は、禁止されている「戦力」ではない「必要最小限度の実力」として合憲である(p.16、p.21)。
 政府解釈を、このように私も理解してきた。①については、A/すでに1項からか、B/2項からかという解釈の分かれがあるが、とりあえず省略する。
 産経新聞の5/03と5/10に「中高生のための国民の憲法講座」として、奥村文男が憲法九条について解説している(なお、失礼ながらこの人の名は見聞きしたことがなかった)。
 この解説の最大の問題は、自説、つまり自らの解釈を述べることに重点を置いており、政府の解釈はいかなるものかについての丁寧な説明がないことだ。これでは、なぜ現九条を改正しなければならないのかが殆ど分からないままだと思われる。
 奥村は自らの解釈としては西修と同じ解釈を主張している。つまり、1項は「国際紛争を解決する手段として」の戦争(侵略戦争)のみを禁止(放棄)しており自衛戦争等は認めている、そのような(2項にいう)「前項の目的」のために、「自衛戦争」(や制裁戦争)・自衛目的の「戦力」保持は許容される、と解釈する。
 かかる解釈を主張するのはむろん自由だが、すでに述べたように、この解釈に立てば、現九条、とくにその2項を改正しなくとも、自衛隊を自衛「軍」と性格変更する法律制定、換言すると<自衛軍>あるいは<国防軍>設置法(法律)を制定することによって「陸海空軍その他の戦力」を保持することができ、「自衛戦争」も行なうことができる。
 なぜ現九条、とくにその2項を改正しなければならないかの理由が、かかる解釈の披瀝だけでは全くかほとんど分からない。
 また、政府解釈に言及する部分もあるが、奥村文男の理解は正確ではないと見られる。
 2項の「戦力」の意味についての、「戦力の保持は認められないが、自衛のための必要最小限度の実力の保持は認められるとする」のが「何度か変更」はあったが「政府解釈」だ(丙2説)と説明する部分は(5/03)、誤っていないだろう。
 しかし、2項の「前項の目的」についての、「国際紛争を解決する手段として」の戦争等を放棄するものだと限定的に解し、「自衛戦争や制裁戦争は禁止していないとする」のが「現在の政府見解」だとする説明は(5/03)、政府解釈の理解としては、誤っている。
 このように解釈すると、<自衛戦力>は保持できないにもかかわらず<自衛戦争>は認められている(!!)、というじつに奇妙な結果になってしまう。奥村は、そして読者はお判りだろうか。
 したがってまた、奥村が示す甲説から丙2説までの解釈の分かれの分類とそれらの説明も、適切なものではない、と考えられる。
 奥村文男の個人的な見解が自らの著書等に書かれているのならばまだよい。しかし、代表的な?<保守派>・改憲派の新聞に、このような現九条に関する説明が掲載されているのは由々しきことだと感じる。九条の解釈問題は複雑だ、ややこしいという印象が生じるだけならばまだよい。誤った理解・情報が提供されるのは問題だろう。
 田久保忠衛の書物にも櫻井よしこら編の書物にもアヤしい部分があることは、すでに触れた。
 こんなことで大丈夫なのだろうか。自民党の改正草案をまとめた人たちはさすがに政府解釈をきちんと押さえていると思われるので、憲法改正、九条改正運動のためには、田村重信らの自民党関係者または防衛省関係者の解説書を読む方が安心できるようだ。

1286/西修・いちばんよくわかる憲法9条(2015)を読む。

 西修・いちばんよくわかる憲法9条(海竜社、2015)を、当面関心をもつ部分のみに限って読む。
 最近読んだ憲法改正ものの本の中で、田村重信著につづいて非常によく分かる。さすがに憲法学者の書物だ。いかに志は高く、同じであっても(?)、非専門家の叙述には、奇妙だと感じたり、趣旨が分からないものもあった。
 きちんとフォローしておこうと思っていた政府解釈の内容(・変遷)も、残念ながら原文どおりではないかもしれないが(p.15-17)、基本的なところは紹介されているので、役に立つ。
 西修が紹介している政府解釈のポイント(p.17-23)も、私も同様の理解であるので、目くじらを立てる(?)ところはない。
 というわけで上だけの言及で十分とも言えるのだが、いくつかの感想・コメントを記しておく。
 第一。西は憲法九条(とくに二項)についての自らの解釈を(も)示している。それは、いわゆる芦田修正を文理どおりに生かし、九条二項により保持が禁止されているのは「侵略戦争を目的とする」戦力であり、認められないのは「自衛権」の範囲を超える「交戦権」だ、というものだ(p.40)。
 むろんこのような解釈は成り立つし、また文理に即していえば最も素直な解釈だ。ゼロ・ベースで考えると、私もこう解釈したい。さらに、芦田が挿入した意図もこのような解釈を可能にすることだったかとも思われる。
 しかし、西修もよく理解しているように、かかる解釈を一貫して日本政府は採用してこなかった、ということが重要だ。西説もいわば私的な、成立しうる解釈の一つにすぎず、自衛隊の現在までの存立を法的に支えているのは政府解釈という「公的」解釈だ(そしてこれを最高裁も少なくとも否定したことはない)、ということが重要だ。
 この区別が明確に意識されているとは思われない叙述も、改憲派の文献の中に見られる。
 櫻井よしこ=民間憲法臨調・日本人のための憲法改正Q&A(産経新聞出版、2015)p.39以下はいわゆる芦田修正の文言の意味を解説しているが、この部分の執筆者の憲法解釈を示しているのか、それとも(現実には通用している)政府解釈の説明をしているのかが明確ではない。そして、「自衛のためであれば、軍隊や戦力を保持できることを明確にすべく」「前項の目的を達成するため」との文言を入れた、と書いており、これは上の西修の解釈と同じだ。
 しかし、このように政府は解釈していないことが重要なのであり、その旨をきちんと記しておくべきだろう。
 上の櫻井ら著が記すように、この著が示す解釈が採用されているならば、つまり「文意にそって解釈していけば」、「自衛のための組織である自衛隊は、憲法に何ら違反していない」ことになる。
 さらに重要なのは、そうだととすれば、九条2項はあえて<改正>する必要がないことになる、ということだろう。
 もちろん種々の疑義を晴らしておくための条文改正もありうるところだが、芦田修正文言が文字通りに解釈され、政府・国会議員・国民等々の間に疑問が生じていなければ、自衛隊は名実ともに憲法適合的な存在であったはずなのであり、その点については憲法改正は不要であるのだ。
 この辺りを上の櫻井ら著は理解しているのかはっきりしない。例えば、この著は「…自衛隊は、憲法に何ら違反しない」に続けて、「また、政府見解も『自衛力』としての自衛隊を合憲としています」と書いているが、この続け方は意味不明だ。自衛隊が自衛力の行使のための(必要最小限度の)実力組織であって合憲であるということと、九条2項にいう「軍隊その他の戦力」であって合憲(上述の文理解釈)であるというこことはまったく意味が異なる。
 西修は理解していると思うが、西修解釈そして櫻井ら著の解釈(p.40)を強調すると、じつは九条2項の改正という、改憲派が最重要視しているかもしれない課題の達成は不要になってしまう、という逆説的状態が生じる、ということにも留意が必要だ。
 さらにいえば、西修解釈・櫻井ら著の解釈が占領期、遅くとも1950年段階で採用されていれば、「自衛隊」ではなく「国軍」・「国防軍」等の名称の正規の?軍隊を(現九条2項のもとで)設置することも憲法上可能であったわけだ。だが、現実の歴史はそうは動かなかった。
 なお、コメントの最後にまで至っていない、田久保忠衛・憲法改正/最後のチャンスを逃すな!(並木書房、2014)のp.112は「芦田解釈」で「何ら不都合はなかったはずだ」、しかし「芦田修正案は政府の見解ではない」と、上の櫻井ら著よりも正しく明確に記述している。但し、「芦田解釈」を「政府解釈にしていれば、日本は自衛隊を改め、…軍隊を持って」よかった、と語っている(p.112)。揚げ足取りのようだが、上記のとおり、「自衛隊を改め、…軍隊」に、という必要はなく、当初からあるいは主権回復時から(自衛隊という中間項?を経ることなくただちに)「軍隊を持って」よかったことになる、と解される。
 第二点以降は、さらに続ける。

1283/「保守原理主義」者の暗愚2-兵頭二十八・日本国憲法「廃棄」論。

 兵頭二十八が日本国憲法<無効>論者であることは早くから知っていたが、おそらく一回だけこの欄で触れただけで、無視してきた。その間も、月刊正論(産経)は冒頭の連載コラム(?)の執筆者として、けっこう長い間、兵頭を重用してきたはずだ。
 兵頭二十八・「日本国憲法」廃棄論(草思社文庫、2014)はそのタイトルとおりの主張をする書物だが、同時に憲法「改正」に反対する旨をも明確に語っている。
 ・「偽憲法〔日本国憲法〕を『改正』などしてはなりません。改正は、国民史にとって、とりかえしのつかない、自殺的な誤りです。偽憲法は、まず廃棄するのでなければなりません」。
 ・「改憲」〔=憲法改正〕は、1946年に日本人が天皇を守れなかった「歴史を意思的に固定する行為」で、それをすれば、かつての「全面敗北」の再現という「どす黒い期待」を外国人に抱かせてしまう。(以上p.11-13)
 ・「『改憲』〔=憲法改正〕しようと動きまわっている国会議員たちのお仲間は、じぶんたちが国家叛逆者であるという自覚がない」。
 ・主権在民原理に反する憲法・詔勅等の禁止を宣言する前文をもつ「偽憲法など、もう捨てるほかにない」。「改憲」によりそんな宣言を「有効にしようと謀るのは、ストレートに国家叛逆」だ。
 ・「…偽憲法に対するわたしたちの態度は、破棄であり、廃用であり、消去でなくてはなりません」。(以上、p.46-47)。
 ・有権者国民の「国防の義務」を定めない日本国憲法は「西洋近代憲法の共通合意」を否定するもので、「そもそも、最初から『違憲』なんです」。
 ・そんな「偽憲法の規定などを墨守して『改憲』を目指そうとしている一派は、囚人がじぶんの引っ越し先の新牢舎を建設しているだけだという己が姿に、じぶんの頭では気がつけないのでしょう」。(以上、p.276)
 このように憲法改正論者・同運動を強烈に?批判しているから、日本共産党や朝日新聞等々の憲法改正(とくに九条2項削除等)を阻止しようとしている「左翼」たちは、小躍りして?喜ぶに違いない。
 また、憲法<改正>によって「美しい日本の憲法」あるいは「自主憲法」を作ろうとしている「一派」?である櫻井よしこ・田久保忠衛・中西輝政・百地章等々や平沼赳夫等は、「改憲」を目指す政党である自民党の安倍晋三等々とともに、「国家叛逆者」であり、「じぶんの引っ越し先の新牢舎を建設している」「囚人」だと、罵倒されることになる。
 では、「改正」ではなく「廃棄」あるいは「破棄・廃用・消去」(以下、「廃棄」とする)を主張する兵頭は、「廃棄」ということの法的意味・法的効果をどのように理解しているのだろうか、また、どのようにして(誰がどのような手続をとって)「廃棄」すべき(又は「廃棄」できる)と考えているのだろうか。
 この問題についての兵頭の論及は、はなはだ少ない。上の書物の大部分は日本国憲法の制定過程の叙述だからだ。そして、「廃棄」ということの厳密な法的意味について明確に説明する部分はないと見られる。しかし、「廃棄」の方法または手続については、おそらく唯一、つぎのように述べている。
 「『そもそも不成立』であったことの国会決議が望ましい」。(p.47。なお、p.273でも「国会」での「不成立確認決議」なるものを語っている)。
 不成立であるがゆえに効力がない(無効である)ということと、成立はしているが瑕疵・欠陥があるために成立時から効力がない(無効である)ということは、厳密には同じではない。しかし、この点はともあれ、おそらく「廃棄」を<不存在>の確認または<無効>の確認(または宣言)と理解しているのだろう。
 しかし、驚くべきであるのは、その確認または(確認の)決議の主体を「国会」と、平然と記していることだ。
 この議論が成り立たないことは、日本国憲法「無効」確認・決議を国会がすべし(できる)とする日本国憲法「無効」論に対する批判として、すでに何度か、この欄で述べてきた。倉山満ですら?、この議論は採用できないとしている。
 繰り返せば、兵頭が戻れとする大日本帝国憲法のもとでは「国会」なるものはない。帝国議会は衆議院と貴族院によって構成されたのであり、「参議院」を両院の一つとする「国会」などはなかった。また、帝国議会議員と「主権在民」下での有権者一般の選挙によって選出される日本国憲法下の国会議員とでは、選出方法・手続自体も異なっている。
 兵頭が「帝国議会」ではなく「国会」という場合のそれが日本国憲法下のものであるとすれば、論理矛盾・自己撞着に陥っていることは明らかだろう。
 兵頭が毛嫌いしている「主権在民」原理のもとで成立している参議院を含む日本国憲法下の「国会」が、なぜ日本国憲法、兵頭のいう「偽憲法」を「廃棄」できるのか? 論理的にはひょっとすれば、「廃棄」と同時に自ら(国会)も消滅するということになるのかもしれないが、自らの親である憲法を子どもが否定することは、自らを否定することに他ならず、そのようなことはそもそもできない(絶対的に不能である)とするのが、素直でかつ論理的な考え方だろう。
 それにまた、「…が望ましい」とはいったいいかなるニュアンスを含ませているのだろうか。他にも、望ましくはないけれども「廃棄」できる方法または主体はあるとでも考えているのだろうか。
 このような、容易に疑問視できる兵頭の思考の欠陥(暗愚さ)は、つぎのような叙述において、さらに際立っている。
 ・「最高裁判所」は長沼ナイキ訴訟において「憲法九条の二項(の少なくとも後半部分)は無効である」と判断すべきだった。
 ・「日本国政府」の側から、「長沼ナイキ訴訟」のような裁判を起こし、「最高裁判所に」、「九条二項の文言は、…国際法、および自然法の条理に反し、制定時に遡って無効である」との「判断」を求めるべきだ。(以上、p.293)
 兵頭は上の部分の直前に、国家の自衛権という自然権を禁じる憲法は「最初から『違憲』に決まっている」と書いている。この点について立ち寄れば、集団的自衛権も含めて現憲法は禁止しておらず行使もすることも可能という憲法解釈が現内閣によって採られたことは周知のことで、その意味で現憲法は「自然権を禁じる」という理解は正確ではないだろう。
 が、しかし、重要なのは、日本国憲法は不成立とか当初から「無効」だとか兵頭は言っておきながら、平然と?、日本国憲法下のもとでその定めに従って成立している「日本国政府」とか「最高裁判所」の行動・役割を語っていることだ。唖然とするほかはない。
 兵頭は、日本国憲法は「無効」で「廃棄」すべしとしつつ大日本国憲法の復活とその改正を主張している(p.273-4)。一方で「日本国政府」や「最高裁判所」を語る部分は、日本国憲法の成立とその有効性を前提としていると理解する他はない。明治憲法下では「最高裁判所」なる司法機関はない(「大審院」があった。またその権能は現憲法下の最高裁判所と同じではない)。この概念矛盾又は論理矛盾に気づいていないとすれば、相当に暗愚であって、<保守原理主義>という<主義>を私が語るのも恥ずかしいレベルにあると思われる。
 さらに言えば、長沼ナイキ訴訟やその「ような裁判」について語る部分は、現憲法下の現在の訴訟制度を前提にするかぎり、まったく成立しえない、<空虚な>議論だと思われる。
 第一に、現在の最高裁判所は法律等の違憲審査権をいちおうは持つが、現憲法・その条項の一部が(国連憲章等に違反して?)「無効」だとの判断を示す権限を持たない。憲法は「最高法規」とされている。
 第二に、政府が最高裁判所に現憲法・その条項の一部の「無効」判断を求める訴訟などそもそもありえない。
 高校生に説くようなことだが、森林伐採を認める具体的行為を争う中で目的としてのナイキ基地建設が憲法九条に違反すると長沼ナイキ訴訟の原告たちは主張し、第一審判決はその憲法問題に立ち入ったのだった。憲法九条自体が何らかの上位法に違反して「無効」であると被告・国側は主張したのではなかった。従って、同様の裁判を「今度は政府側から起こす」などという発想自体が幼稚なもので、誤っている。
 ついでにいえば、具体的事件を離れて、政府が法律や個別的行為の合憲性又は違憲性の確認を最高裁判所に求めることのできる訴訟制度などは現行法制上存在していない。ましてや、現憲法・その条項の一部の「無効」の確認を求める訴訟制度が存在しているはずがない。そもそもが、「政府」自体が現憲法の有効性を前提にして成立していることはすでに述べた。
 このように、日本国憲法制定過程に関する叙述には興味深いものがあるとしても、現実の問題解決方法に関する兵頭の上記書物の考え方はまったく採用できないものだ。このような議論を「左翼」憲法学者が読めば、一読して大笑いしてしまうに違いない。それもやむをえないほどに、その論理・主張内容は幼稚で問題が多い(最近に言及した渡部昇一のそれも同様だ)。
 Japanism21号(青林堂、2014.10)の中の「左翼アカデミズムを研究する会」名義の文章の中に、以下のようなものがある。
 ・「大学における左派インテリの学術的業績の高さは、保守系知識人が束になってもかなわないレベルにあるといっても過言ではない」(p.119)。
 同様の感想を、残念ながら憲法に関する議論について持たざるをえないところがある。<保守派>論者・知識人は、「左翼」学者たちと同等以上にわたりあえる主張と議論をしなければならない。隙だらけの粗っぽい議論をしていれば、(身内が読むだけならばそれでよいかもしれないが)「左翼」が大嗤いして喜ぶだけだ。
 やや唐突だが、百地章、西修、八木秀次らの<保守>派憲法学者は(八木は憲法学者を廃業したのだろうか?)は、兵頭二十八、渡部昇一、あるいは倉山満らの日本国憲法<廃棄>論が理論的・概念的にも現実的にも成立し難いことを、月刊正論(産経)等においてきっぱりとかつ明確に述べておくべきだ。渡部昇一らに対する「自由」がないとすれば、もはや学問従事者ではありえないだろう。

1282/日本人・日本国民は憲法改正「すら」できないのか。

 4/08夜にチャンネルを変えていたら、たまたま某BS局で西尾幹二小林よしのりが対談しているのに気づいた。ややのちに思いついて録画ボタンを押したのだったが、間に合わず録画していないときに、日本国憲法改正にも言及があった。
 もっぱら記憶に頼るしかないが、小林が憲法改正もアメリカの意向の範囲内だというようなことを言ったのに対して、西尾が<その改正すらできないのか、ということなんですよ>とか述べていた(正確ではないかもしれない)。両人の発言の趣旨は必ずしも同じではないように思われた。そのあとは、この問題への論及は続かなかったと思われる。
 西尾が「改正すら」という言葉を発したのはおそらく確かで、印象に残った。
 さて、池田信夫が国会改革をしないような憲法改正はほとんど無意味というようなことを彼のブログサイトに書いていたが、なるほど九条2項の削除・「軍」設置の明記も現状を根本的に変えるようなものではないかもしれない。
 渡部昇一は憲法九条(2項)は現憲法前文から「導かれる必然的な話」、「当然の帰結」だとして、「前文の見直し」から始めるべきだとする(月刊正論5月号p.63(産経))。しかし、前文の法規範的意味から考えると、前文のみを対象とした「改正」の発議・国民投票は想定されるのだろうかという疑問を持っている。また、現在の前文のままでも集団的自衛権の行使を容認する政府解釈が採られたのであり、現在の前文を何ら変えないままでの憲法九条2項の削除・「軍」設置の明記も可能であるように考えられる。前文中の「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分は保守派論者によってしばしば非難と嫌悪・唾棄の対象とされるところだが、そして私もこれを残すことに積極的に賛成するわけではないが、しかし、この部分と「軍その他の戦力」の不保持は論理的に不可分のものとは思われない。つまり、もともと現前文は厳密な法規範ではなく、緻密な法解釈が要求されるされるものではなく、基本的な方向性または「理念」を抽象的に叙述したものと理解すれば、現前文のもとで集団的自衛権行使容認の解釈をすることも(これはすでになされた)、「軍」設置を憲法典に明記することも、まったく不可能ではないと思われる。
 民主党の参院議員・小西洋之は集団的自衛権行使容認の解釈が現在の前文と九条に違反すると、前文と九条はセットのものだとする(前者の必然的な帰結が九条であるという旨の)理解に立って主張している(小西のウェブサイト参照)。むろん憲法制定時にはあるいは憲法制定者においては前文と九条の間の密接な論理的関係が意識されていたのしれないのだが、保守派は「左翼」の憲法解釈と同じ前提に立つ必要はないのではないか。繰り返せば、現前文と改正後の「軍」設置の明記とは矛盾するとただちに理解してしまう必要はなく、両者は併存しうると憲法解釈することは十分に可能だと思われる。現在の前文のもとでも日本国家の「自衛権」が否定されるのではないと解釈されてきた(昨年にはその一部である「集団的自衛権」の行使は可能と解釈されるに至った)。そうだとすれば、「自衛権」行使のための実力組織を「軍」と称することがただちに現在の前文(とくに上記の部分)と矛盾するとはとても言い難いと考えられる。
 現在の自衛隊は日本国憲法上は「軍隊」ではないが国際法上は「軍隊」であるらしい(最近の政府答弁書)。そうだとすると、日本国憲法を改正して、現在の自衛隊にあたる組織等を「軍隊」と称することができるようにしても、実態にさほどの大きな変更は生じないとも言えそうだ。
 ここで、冒頭で記したことに戻る。現在における諸議論のテーマのうち最重要なものは憲法改正問題ではないという含意が西尾の言葉の中には含まれていたように感じられる。対アメリカ(あるいは対中国)姿勢はどうあるべきかがより基本的な問題かもしれない。あるいは、「左翼」等との対立軸の最大のものは憲法改正問題ではないかもしれない。
 そして、あらためて感じさせられる。日本人は、日本国民は、主権が実質的にはなかった時期に制定された、内容的にも少なくとも決して日本人・日本国民だけで決定したとはいえない日本国憲法・現憲法の<改正>「すら」できないのか、と。
 近年に何やら<本格的な保守派らしき>雰囲気をばら撒いている倉山満は現憲法の「改正」は、1/3以上の護憲勢力がつねにいるのだから不可能だと断じている。あきらめてしまっているのだが、では倉山はどうすれば新しい「自主」憲法を作ることができるかについてはほとんど何も語っていないに等しい。大日本帝国憲法に戻れ、そこから出発せよ、と言葉だけで言ったところで、そのための方法・戦略・手続等が具体的に示されていないと、たんなる「喚き」にすぎない。
 「改正」ではなく「廃止(廃止)」をとか「無効」宣言をとか言ったところで、そのための方法・権限主体・手続等を適切に明らかにすることができなければ、とても現実に通用する主張・議論にはならない。現憲法を「廃止」はするが当面は「効力は維持する」という渡部昇一の主張・議論に至っては、奇妙奇天烈な意味不明のもので、「左翼」が容易にかつ喜んで批判・攻撃できるようなものだ。
 石原慎太郎が現憲法「破棄」論を唱えていたことから次世代の党という政党はこのような主張を採用しているのかもしれないという印象もあったが、同党の代表・平沼赳夫は次のように述べて、その立場ではないことを明らかにしている。
 「思想的には現行憲法は無効だという『無効論』の立場に私は立ってい」る、「しかし、…現実論としては難しい」。「現実の政治の場では改正手続を経ながら自主憲法を制定するやり方が妥当だと考え」る(月刊正論2015年4月号p.116(産経))。
 同じ政党の議員・中山恭子は安倍晋三に対して<憲法全体の一括改正>もありうるのではないかという旨を国会・委員会で質問し、安倍は<世論の動向を見極めつつ優先順位を考えていきたい>という旨の、噛み合っていない回答をしていたが(先月)、かりに全体の「一括」改正であっても(それは不可能だと予想しているが、それはともかく)、<改正>であることには変わりはない。そして、「改正」とは対象となる条項の効力を失わせることおよび同時にその代わりに新しい規範的な意味内容の条項を設けること(別の定めに法的効力を持たせること)を当然に意味することを知っておく必要がある。
 ともあれ、次世代の党もまた憲法改正(による自主憲法制定)を目指すのだとすると、渡部昇一の主張は論外として、日本国憲法「廃止」・「無効」論に立ってそれらの宣言・確認をいずれかの国家機関が行なうべきだとする主張をしている政党はおそらくゼロであるはずだ。国会議員や地方議会議員の、多く見積もっても1%ほども、日本国憲法「廃止」・「無効」論を支持してはいないだろう。
 このような現実の政治状況のもとで、日本国憲法「廃止」・「無効」論者は、いったいどのようにして自分たちの主張を現実化するつもりなのだろうか。
 もともと日本国憲法は「無効」であるとは、制定時においてすでに効力がなかった(無効であった)ことを意味し、それを現実化するためには日本国憲法のもとでだからこそ生じたすべての法的行為・法現象の効力を否認することを意味する。そんなことは遅くともサ条約の批准・発効、再「独立」の時点以降は不可能になったというべきだ。
 選挙無効訴訟において選挙制度の憲法違反(違憲)判断が裁判所により示されることがあるが、そうであっても問題とされた選挙を「無効」とした判決はいっさい出ていない。違憲・違法=無効、ではまったくない。そして、裁判官たちは、かりに無効とすれば、問題とされた選挙の「やり直し」をしなければらならないこと、いったんは選出されたはずの国会議員が関与して制定・改正した法律もまた「無効」になるのか等の<後始末>の問題が生じざるをえないこと、を考慮して、分かりやすくはない判決を下しているのだ。
 そのような苦慮を(本来の意味での)「廃止・無効」論者はしているのだろうか。
 現実の政治状況を見ても理論的・概念的問題を考慮しても、現憲法を「廃止」はするが当面は「効力は維持する」という渡部昇一の主張・議論はもちろんだが、日本国憲法「廃止」・「無効」論を採ることはできない。あるいはかりにこうした議論の影響を受けて行動・運動すれば、憲法改正はそれだけ遅れる。
 倉山満とは違い、憲法改正が不可能であるとは考えない。自民党内においてどの条項から(今のところ「前文」は含まれていないようだ)改正を始めるべきかの議論がなされ、形だけでも国会内に憲法問題の審査会が発足していることは、一〇年ほど前と比べても、2009-12年の民主党政権下と比べても、大きな変化だ。
 ひょっとすれば思っているほどには、また「左翼」が不安を煽っているほどには、改正の実質的意味は少ないかもしれないのだが、現憲法九条2項の改正くらい「自主的に」行うことが、日本人・日本国民はできないのだろうか。日本人・日本国民は現憲法の改正「すら」できないのだろうか。
 この程度ができないのでは、日本国憲法全体の「廃止」・「無効」宣言ができるわけがないのは自明のことだ。
 日本国憲法「廃止」・「無効」論者は、<護憲・左翼>陣営を客観的には応援することとなるようなことをしてはいけない。

1281/「保守原理主義」者の暗愚1-渡部昇一・月刊正論2015年5月号の日本国憲法「廃止」論。

 渡部昇一の主張・議論のすべてではないが、その日本国憲法「廃止」論については、「保守原理主義」らしきものを感じ、「暗愚」はおそらく言い過ぎだろうが、間違いなく「意味不明」な議論だと感じる。
 南出某ら等々の日本国憲法「無効」論・「廃止」論にはこの欄ですでに論及しているので、参照していただきたい。以下は、渡部昇一「反日との我が闘い」月刊正論5月号p.60-63の叙述に対する批判的コメントだ。渡部のこのような叙述が月刊正論(産経)の実質的な「巻頭」を飾っているのだから、戦慄を覚えないではない。
 渡部昇一は、敢えて「憲法改正」とは言わないようにしてきた、それは「憲法改正」は「今の憲法を承認したうえで、それを改正する」ことを意味するからで、「占領統治基本法」である、「嘘に塗り固められ、国家の恥に満ちた」日本国憲法という認識にもとづけば、「今の憲法はまず廃止されるべき」である、とする(p.62)。
 このあたりは、これまで読んできた日本国憲法「廃止」論(・「無効」論)とほとんど変わりはなく、渡部の主張としてとくに目新しいものではない。また、最初の小見出しになっている「日本国憲法は憲法ではないという認識を」(p.61)も、<日本国憲法はまともな憲法ではないという認識を>というふうに改めていただければ、賛同することができる。問題は、p.63上段の半ば以降の叙述にある。
 渡部昇一は、「とにかく、まず一度、明治憲法に戻って今の憲法を廃止し、皆がつくった憲法を廃止する」、これが「筋の通ったやり方だ」とする。ここにもすでにその意味内容が分かりにくいところがあるが、決定的には、つぎの文章には唖然としてしまった。
 渡部はいう。日本国憲法を「廃止」すれば「大混乱に陥る」という反論があるかもしれないが、「新憲法のもとで一つ一つを変えていくまでは、現行憲法が効力を維持するとすればいいのです」。
 「現行憲法が効力を維持する」とはいったいいかなることを意味するのか。渡部は、新憲法のもとでの「法改正」が一つ一つできるまでは、「今までどおりでOKとすれば、何の混乱も生じない」とも書く。
 これまで、日本国憲法「無効」論は同「廃止(廃棄)」論と基本的趣旨は同じだと理解して、「無効」・「廃止」の宣言・確認の主体や手続に関する主張は非現実的だ、論理矛盾がある、等と指摘してきた。
 上の渡部昇一の主張からすると(渡部の諸文献での主張をここで網羅的に参照することはできないので、上記部分に限る)、この人の主張は日本国憲法「廃止」論であっても「無効」論ではない。なぜなら、「廃止」後の一定の時期までは日本国憲法は「効力を維持する」と明瞭に述べているからだ。
 小児に語るようなことだが、「効力を維持する」とは<無効ではない>、<有効である>ということを意味する。「有効」であるとは「効力をもつこと」、「効力を維持」していることを意味する。「効力を維持する」とは、「無効」とはしない、ということを意味しているのは明らかなことだ。
 では、渡部のいう日本国憲法の「廃止」とはいったい何のことなのか。
 通常、法律等の成文法の「廃止」とは、<効力を否定する>こと、<効力を失わせる(=失効させる)>こと、つまりは<効力がないことにする>=<無効とする>ことを意味するはずだ。
 日本国憲法を「廃止」はしても同憲法は「効力を維持する」とは、いったい何のことなのか? いったい、何が言いたいのか? これが唖然としてしまった点だ。渡部において、効力の有無とは無関係なものとして語られている「廃止」とは、いったい日本国憲法に対するいかなる働きかけのことを意味しているのだろうか。
 なるほど、違憲な法律、違憲の行為であっても効力は維持する、つまり無効ではない、とすることはありうる。国会議員選挙の違憲・無効訴訟の諸判決の中にも、このような論法を示すものがある。
 では、日本国憲法を<無効とする(無効を確認する)>のではないが、<廃止>する、とはいったいどういう論法なのだろうか。問題は法律や具体的行為の<合憲性・無効性>ではなく、日本国憲法を<廃止>するということの意味だ。
 明治憲法に違反すること、あるいは国際法(?)に違反することを「確認」することを意味するのだろうか。
 しかし、成文法の「廃止」とは上述のとおり<無効とする>=<効力を維持させない>ことを意味させるのが通常であるはずなので、渡部昇一における「廃止」は、新奇な意味をもたされていると理解するほかはない。そして、その意味はほとんど理解不可能だ。
 渡部昇一においても、概念の混乱・不明瞭さがある。「無効」を、制定時にさかのぼってではなく、<将来にむかってのみ>効力をなくするという意味で用いている「無効」論者にも、通常の意味での「無効」とは異なる「無効」概念の誤用があると思われるが、渡部は、日本国憲法が将来において「効力を維持する」ことを一定時期までは認めつつ、「廃止」を語っている。上の意味での「無効」論以上に意味不明だと言わざるをえない。
 先に留保したところだが、p.63の半ばでは、国会の承認を得ての「憲法草案」策定→政府による明治憲法に「帰る」ことの宣言=日本国憲法の「廃止」→新憲法の発布、という手続・過程が想定されている。
 この辺りもよく分からないことが多い。①「政府」とは何か、それが「内閣」のことだとすれば、日本国憲法の規定にもとづいて同憲法下の国会によって指名された内閣総理大臣とそれの任命した大臣によって構成される「内閣」=政府に、自らの生誕の母体ともいえる日本国憲法を「廃止」する権限・権能がそもそもあるのか、②明治憲法に「帰る」べきと主張しながら、天皇に何ら論及がないのはなぜか、新憲法を「発布」する権限は政府にあるかのごとき書き方だが(①のような問題がすでにあるが)、天皇陛下の少なくとも何らかの関与を明示的には認めていないのはなぜか、という疑問が容易に生じる。
 p.61-62あたりの叙述にも首を傾げる部分があるが、省略する。
 厳密にはとても採用できそうもない議論がごく少数の論者によってなされているならば、無視しておいてよいかもしれない。しかし、月刊正論の冒頭に置かれている渡部の論稿の少なくとも一部は、倉山満の日本国憲法「改正」=<恥の上塗り>論等とも共鳴しつつ、憲法「改正」運動を批判するもので、客観的には妨害する可能性がある。
 「保守」派意識の旺盛な人が、現憲法の制定過程の不正常さを知るのはよいが、そのことで(知ったかぶりをして?)<現憲法は無効>あるいは<現憲法はいったん廃止>と簡単に言ってしまうことがあるのを知っている。無駄な手続を要求することによって、またあえて<廃止>論や<無効>論を主張することによって、憲法「改正」を遅らせることがあってはならないだろう。現在の憲法「改正」運動の主軸は自民党内にあると見るほかなく、「美しい日本の憲法をつくる会」にあるのではない。そしてまだ決戦の火蓋は切られていない。自民党の船田元、保岡興治、磯崎陽輔
らは渡部昇一らの「観念的・原理的」議論の影響を受けていないようであることは、安心できることだ。

1280/倉山満は「憲法改正」を「恥の上塗り」等と批判する。

 〇 渡部昇一が日本国憲法無効論者であることはすでに触れてきたし、彼が依拠している書物のいくつかにもすでにこの欄で言及して批判してきた。
 あらためて、渡部の主張を、渡部・「戦後」混迷の時代に-日本の歴史7・戦後篇(ワック、2010)から引用して、確認しておこう。
 ・「…帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」との昭和天皇の上諭は、連合国軍総司令部長官に「嘘を言わされた」ものだ(p.118)。
 ・日本政府は独立時に「日本国憲法を失効とし、普通の憲法の制定か、明治憲法に復帰を宣言し、それと同時に、その手続に基づき明治憲法の改正をしなければならなかった」。
 ・「…日本国憲法をずるずると崇め、またそれを改正していくということをすべきではないのである」。
 ・新憲法の中身は日本国憲法と同じでもいいが、「今の憲法は一度失効させなければならない」(以上、p.119)。
 ・日本国憲法96条の「改正条項だけで日本をあげて何年も議論している」のは「滑稽極まりない」(p.119-120)。
  <失効>させる方法(手続)・権限機関への言及は上にはない。ともあれ、渡部昇一が憲法「改正」反対論者であることは間違いない。彼が、美しい日本の憲法をつくる国民の会の「代表発起人」等の役員になっていないのは、上のような見解・主張からして当然のことだろう。
 〇 最近に名前を知った倉山満は、いかなる見解のもち主なのか。先月に、田久保忠衛が起草委員会委員長だった産経新聞社案「国民の憲法」に対するコメントをする中で、日本国憲法無効論の影響をうけているのではないかという疑問を記し、倉山満の考え方をつぎのように紹介した。勝谷誠彦=倉山満・がんばれ!瀕死の朝日新聞(アスペクト、2014)の中で語られている。
 「日本国憲法の廃止」を「本当にできるなら」それが一番よい。そして、それをするのは「天皇陛下」のみだ。議会には廃止権限はない。憲法を廃止するとすれば「一度天皇陛下に大政奉還するしかない」、「本来はそれが筋」。日本国憲法改正手続によって「帝国憲法を復活」することは「論理的には可能」だ。
 「論理的には」とか「本来は」とかの条件又は限定が付いていたし、その他の倉山の著を読んでいなかったので最終的なコメントは省略していたのだが、彼の見解をほぼ知ることができたと思うので、以下に紹介しつつ批判しておく。
 まず、上ですでに語られている「天皇陛下」による日本国憲法の「廃止」は、「政府」あるいは「国会」による<無効>・<失効>・<廃止>決議・宣言を主張する考え方に比べて目新しいし、少しはましなようにも思われる。しかし、残念ながら論理的にも現実的にも成立せず、かつ現実的にも可能であるとは言えない。
 倉山が「天皇陛下」という場合の天皇とは、日本国憲法を「公布せしめ」た、日本国憲法制定時(・明治憲法「改正」時)の昭和天皇であられるはずだ。自らの名において御璽とともに現憲法を「裁可」されたのは昭和天皇に他ならない。そして、その当時の「天皇陛下」である昭和天皇が、渡部昇一の言うように「嘘を言わされた」ものでご本意ではなかったとして、主権回復時に<無効>・<失効>・<廃止>の旨を宣言されることは論理的にはありえないわけではなかったと思われる。しかし、昭和天皇は薨去され、今上陛下が天皇位に就いておられる。今上陛下が(血統のゆえに?)昭和天皇とまったく同じ権能・立場を有しておられるかについては議論が必要だろう。また、今上天皇は天皇就位の際、明らかに「日本国憲法にのっとり」と明言されている(「日本国憲法に基づき」だったかもしれないが、意味は同じだ)。天皇位はたんに憲法上のものではない、憲法や法律とは無関係の歴史的・伝統的なものだという議論は十分に理解できる。しかし、今上天皇に、現憲法を<無効・失効・廃止>と宣言されるご意向はまったくない、と拝察される。渡部昇一は、あるいは倉山満も、今上天皇も<騙された>ままなのだ、と主張するのだろうか。
 さて、日本国憲法<無効>論者によると、現憲法に対する姿勢は、<無効>と見なすか、<有効>であることを前提とするかによって、まず大きく二分される。こちらの方が大きな対立だと見なされる。ついで、<有効>論の中に「改正」=改憲論と「改正反対」=護憲論の二つがあることになる。後者の二つは<有効>論の中での<内部対立>にすぎないことになる。倉山満は、どの立場なのか?
 倉山満・間違いだらけの憲法改正論議(イースト新書、2013.10)は、以下のように述べている。
 ・安倍晋三内閣の政治を支持するが、「憲法論だけは絶対に反対」だ。自民党の改憲案は「しょせんは日本国憲法の焼き直しにすぎない」のだから「戦後レジームそのもの」だ(p.239)。
 ・日本国憲法「無効」論は、「法理論的には、間違いなく…正しい」。これによると、日本国憲法を「唯々諾々と押し戴いていることが恥なら、その条文を改正することは恥の上塗り」だ(p.244)。
 ・講和条約発効時に「無効宣言をしておけば、なんの問題もなかった」のだが、:現在の国会議員や裁判官は現憲法のもとで選出されているので、(これらが)「いまさら無効を宣言しようにも自己否定になるだけ」だ(p.244-5)。
 ・「天皇陛下が王政復古の大号令を起こす」か、「国民が暴力革命」を起こして現憲法を「否定するしかなくなる」が、いずれも「現実的」ではない(p.245)。
 このように「法理論」と「現実」の狭間で揺れつつ?、倉山はつぎのように問題設定する。
 「本来なら無効の当用憲法〔日本国憲法〕を合法的に改正するにはどのような手続きが妥当なのか」。
 論の運びからするとしごくもっともな問題をこのように設定したのち、倉山は「本書での回答は、もう少しあと」で述べる、としている(p.245)。
 だが、「どのような手続きが妥当なのか」という問題に答えている部分は、いくら探しても見つからない。
 むしろ、「憲法改正」は現実には不可能だ旨の、つぎの叙述が目を惹く。
 ・護憲勢力が一定以上存在するので、「憲法改正は戦争や革命でも起こらないかぎり、不可能」だ。いまの状況で「憲法の条文だけ変えても、余計に悪くなるだけでしょう」。「死ぬまでに…憲法改正を見たい」と「実現不可能な夢を見ても労力のムダ」だ(p.259)。
 そして、つぎの三点を「憲法典の条文を変える」ために不可欠の重要なこと、憲法の条文より大事なこと、として指摘してこの書を終えている(p.260-2)。これらは「手続」というよりも、憲法についての<ものの見方>あるいは<重要論点>だ。すなわち、「憲法観の合意」、「憲法附属法」(の内容の整備-「憲法典の条文だけ変えても無意味」だ)、「憲法習律」(運用・憲法慣行)。
 上の三つは、第一のものを除けば憲法改正に直接の関係はない。むしろ、憲法改正をしないでよりマシな法状態を形成するための論点の提示にとどまると思われる。
 つぎに、倉山満・保守の心得(扶桑社新書、2014.03)は上の書よりも新しいもので、倉山が日本国憲法の「改正」を批判し、それを揶揄する立場にあることを明確に述べている。以下のとおりだ。
 ・「自民党案も産経新聞案も、戦後の敗戦体制をよしとするならばよくできた案」だが、「戦後七十年間の歴史・文化・伝統しか見ていない」という問題点をもつ(p.179)。
 ・「日本の歴史・文化・伝統に正しく則っているのは、日本国憲法ではなく大日本帝国憲法」だ。
 ・「私の立場」は、「改憲するならば、日本国憲法ではなく帝国憲法をベースにすべきだ」にある。
 ・「少なくとも、…〔日本国憲法という〕ゲテモノの手直しなど、何の意味があるのでしょうか」。「恥の上塗り」だ(以上、p.180)。
 上掲の2013年の書では「無効」論に立てば現憲法改正は「恥の上塗り」だとしていたが、ここでは明確に自らの見解として同旨のことを述べている。
 上のあと、「実際に生きた憲法を作る」ために必要なものと表現を変えて、先の著でも触れていた「憲法観の合意」・「憲法習律」・「憲法附属法」の三つを挙げて、前著よりは詳しく説明している。
 憲法改正との関係では、「憲法観の合意」のところで次のように主張しているのが注目される。
 ・「まず、日本国憲法を改正するという発想を捨てる」。「もう一度、帝国憲法がいかに成立したかを問い直す」。「これが出発点」だ。
 ・「強硬派は日本国憲法を破棄せよとか、無効宣言をしろという論者もいますが、実現不可能にして自己満足の言論」だ。
 ・護憲派が衆参両院のいずれかにつねに1/3以上いたが、「今後、それを変えられる可能性がどれくらいあるの」か。「マッカーサーの落書きを手直ししたようなものを作ったところで、何かいいことがあるの」か。
 ・「日本という国を考えて」制定されたのは「帝国憲法」だ。「なぜ国益を損なう日本国憲法をご丁寧に改正する必要があるの」か(以上、p.182-6)。
 以上で、倉山満という人物の考え方はほぼ明らかだろう。とはいえ、先に示した分類でいうと、この人の立場はいったいどこにあるのかという疑問が当然に生じる。
 上記の紹介・引用のとおり、単純な日本国憲法「無効」論ではない。では憲法改正を主張しているかと言うとそうではなく、「恥の上塗り」等として批判し、(客観的には)<揶揄・罵倒>している。そして、憲法改正は現実には不可能だとの諦念すら示す。かといって、現憲法護持派に立っているわけでもない。
 じつに奇妙な<ヌエ>的な見解だ。
 「強硬な」<無効・破棄>論は「実現不可能にして自己満足の言論」だと倉山は言っているが、では倉山のいう「憲法観の合意」は容易に達成できるのだろうか。日本国憲法の改正ではなく明治憲法の改正という発想から出発すべきだという主張は、それこそ「実現不可能にして自己満足」の議論ではないか。
 また、憲法改正は現実には不可能だと想定しているのは、憲法改正運動に水をかける<敗北主義>に陥っていると言わざるをえない。この人物は、この点でも、地道な「憲法改正」の努力をしたくないのであり、現在の最も重要だとも考えられる戦線から、最初から逃亡しているのだ。
 倉山満とは、護憲派が「左翼」から憲法改正運動に抵抗しているのに対して、「右翼」からそれを妨害しようとしている人物だ、といって過言ではない。
 読んでいないが、倉山は産経新聞の「正論」欄にも登場したことがあるらしい。そこで、上に紹介したような見解・主張を明確にはしていないとすれば、原稿依頼者の意向に添うことを意識した<二枚舌>のもち主だろう。
 むろん、倉山満の<気分>を理解できる部分は多々ある。しかし、その主張の現実的な役割・機能を考えると等閑視するわけにはいかない。<保守派>らしい、ということだけで、警戒を怠ることがあってはならない、と断言しておく。

1278/毛利透(京都大学)の憲法制定過程の日独の差異を無視する妄言。

 毛利透(京都大学・憲法専攻)が、昨年7月半ばに、共同か時事に配信された憲法改正に関する文章を、地域新聞に載せている(先に読売新聞と記したのは誤り)。そこに、つぎの、デタラメな文章がある。
 「ドイツ基本法も占領下で制定されたが、与野党が支持しており、『自主憲法でない』などと主張すると極右扱いされる」。
 この一文は、ドイツを模範として?、同じ占領下に制定された憲法であるにもかかわらず日本国憲法を「自主憲法でない」、「おしつけ憲法」だと(与党が?)主張するのはとんでもない「極右」だ、という意味を込めている、ということは間違いない、とみられる。
 上の一文のうち「占領下で制定された」という点で西ドイツ憲法(いわゆるボン基本法)と日本国憲法には共通性があるという指摘のみは誤っていないが、あとは、ドイツと日本の各新憲法の制定過程や位置づけの差異を全く無視したもので、こんな一文をもって日本の改憲派・憲法改正の主張を揶揄したいという、卑劣で下司な心情・意識にもとづいている、と断じてよい。
 第一。日本国憲法は<ほぼ押しつけ(られた)憲法>だと先日にも書いたが、西ドイツ憲法(現在は統一ドイツの憲法)は<ほぼ自主憲法>だ、と言える。この違いを毛利は無視している。
 毛利と同じく憲法護持派の「活動家」学者・水島朝穂は自らのウェブサイト上で、以下のように記している(本日現在で読める)。長いが、できるだけそのまま引用する。
 「連邦道9号線沿いにあるこの建物〔アレクサンダー王博物館〕で、1948年9月1日、基本法制定会議(議会評議会)が開会された。その2週間前、バイエルン州の景勝地ヘレンキームゼー城で専門家の会議が開かれ、憲法草案がまとめられた。そこでは、先行するドイツの諸憲法(とくにフランクフルト憲法とヴァイマール憲法)のほか、諸外国の憲法、とくに米英仏とスイスの憲法が参考にされた。たとえば、基本権関係では、外国憲法だけでなく、国連の世界人権宣言草案も影響を与えた(とくに前文、婚姻や家族、一般的行為の自由、人身の自由)。また、集会の自由はスイス憲法がモデル。連邦憲法裁判所はアメリカ最高裁が参考にされた。ただ、全体として、特定の憲法がモデルになるということはなかった(〔文献略-秋月〕)。特筆されるべきは、ドイツを分割占領した米英仏占領軍の影響である。3カ国軍政長官は、3本のメモランダムや個々の声明などを通じて直接・間接に制定過程に介入。たとえば、48年11月22日の「メモランダム」は、二院制の採用、執行権(とくに緊急権限)の制限、官吏の脱政治化など、内容に踏み込む細かな指示を8点にもわたって行っていた。その干渉ぶりは、米占領地区軍政長官クレイ大将に対して、米国務省はもっと柔軟に対応すべきだとクレームをつけるほどだった。/約8カ月の審議を経て基本法が可決されたのは、49年5月8日。日曜日にもかかわらず、この日午後3時16分に会議は開始された。賛成53、反対12(共産党と地方政党)で可決されたのは午後11時55分。日付が変わるわずか5分前だった。〔一文略-秋月〕 5月12日、3カ国の軍政長官たちは、基本法制定会議の代表団と州首相に対して、基本法を承認する文書を手渡したが、この段階に至ってもなお、個々の条文を列挙して条件を付けた。5月21日までに、基本法はすべての州議会で審議され、バイエルン州を除くすべての州で承認された。このような状況下で制定された基本法を『押しつけ憲法』と見るか。当初はそういう議論もあったが、50年の歴史のなかで『押しつけ』といった議論はほとんどない。実際、軍政長官の影響は、財政制度、競合的立法権限、ベルリンの地位などに絞られ、全体として基本法制定会議で自主的に決定されたと評価されている。占領下の厳しい状況のなかでアデナウアーらは、占領軍の顔をたてつつ、したたかに実をとっていくギリギリの努力をした。その結果生まれた基本法は、その後の世界の憲法に重要な影響を与えるとともに、憲法学の分野で必ず参照される重要憲法の一つとなった」。
 以上のとおり、水島の叙述を信頼するかぎりは、その制定過程において米英仏占領軍・同軍政長官の介入・関与はあったようだが、「全体として基本法制定会議で自主的に決定されたと評価されている」。「自主憲法でない」という見解がもともとごく少数派なのであり、日本と同一でない。
 なぜ「自主憲法でない」という見解がもともとごく少数派なのか。それは、ドイツ憲法の制定過程が日本国憲法のそれに比べれば、はるかに<自主的>だからだ。
 上の水島の文章でも触れられているが、名雪健二・ドイツ憲法入門(八千代出版、2008)および初宿正典「ドイツ連邦共和国基本法/解説」初宿・辻村みよ子編・新/解説世界憲法集-第3版(三省堂、2014)によって、あらためて記述しておこう。
 ・ソ連占領区域を除く英米仏占領地域(西ドイツ)について憲法制定をすることを三国が合意したのが、1948.06.07のロンドン協定。
 ・当時の上の地域の各州(ラント)の首相は主権未回復の状況では正規の「憲法制定会議」設立は適切でないと判断して、各ラントの代表者から成る「議会評議会(・基本法制定会議)」をボンで開催することを決定。これが、1948.07.08-10のコブレンツ会議。
 ・各ラント議会によって「基本法制定会議」議員が選挙されたのが、上につづく1948.08。
 ・各ラントの首相により「専門委員会」が設立され(むろん全員ドイツ人)、これがオーストリア国境に近い湖上の島・キーム・ゼー内のヘレン島で「基本法」(憲法)の草案を議論して起草。1948.08.10-23だ。これが<ヘレンキームゼー草案>とも呼ばれて、のちのボンの「基本法制定会議」の審議の基礎になった。
 ・「基本法制定会議」は70人(むろんドイツ人)の各ラント代表者によって1948.09.01から討議を開始。議長はコンラッド・アデナウワー。
 ・1949.05.08に53対12で「基本法制定会議」が「基本法」(憲法)を採択。さらに1949.05.22までにバイエルンを除く各ラント議会の採択により成立。翌05.23に公布。その翌日、1949.05.24に施行。
 上の経緯のうち、2週間のドイツ人専門家から成る<ヘレンキームゼー草案>の審議が基礎となって「基本法」(憲法)が採択され、公布・施行されたということが重要だろう。なお、基本法(憲法)施行後の1949.08.14に新憲法上の国家機関である連邦議会の議員選挙、09.07に連邦議会と連邦参議院発足、09.12に初代大統領ホイスを選出、09.15に初代首相アデナウワー選出、09.20に同内閣発足。
 日本国憲法の制定過程にはここでは立ち入らない(すでに何度か言及したことがある)。GHQによって条文から成る草案そのものが政府に手交されたのであり、上に見たドイツとは大きく異なる、と言ってよい。また、<憲法制定議会>と称してもよいかもしれない、<明治憲法改正>のための衆議院の議員選挙に際してGHQの改憲案は正確には知られておらず(民意は反映されておらず)、かつ<GHQの圧力>のもとでの衆議院の<改正>の議論は決して<全体として自主的に>になされたとは言い難い、と考えられる。
 第二。上でもすでに触れているが、西ドイツ憲法(基本法)の施行は同時に西ドイツ・ドイツ連邦共和国という新しい国家の成立・発足をも意味している。西ドイツ発足は1949.05.23とされるが、それは西ドイツ憲法(基本法)の公布日であり、同法は1949.05.24の午前0時0分の施行だった。
 この点でも、日本国憲法と大きく異なる。日本国憲法施行後も占領は継続し、新憲法上は禁止されているはずの「検閲」がGHQにより行われるなど、<超憲法>的権力が日本にはなお存続した。
 このような大きな違いがあるにもかかわらず、たんに「同じ占領下に制定された憲法」というだけで、西ドイツ憲法に関するドイツでの議論が日本にもあてはまるかのごとき毛利透の言説は、きわめて悪質だ、毛利透(京都大学)は恥ずかしいと思わないか? 詳細を知らない新聞読者に対して、日本の改憲派の主張の一部にある「押しつけ憲法」論がさも異様であるかのごときデタラメを書くな、と言いたい。

1276/田久保忠衛・憲法改正最後のチャンス(並木)を読む-4。

 〇 現憲法九条について、その1項と2項とを分けて論じることは、決して「左翼」憲法学者の解釈ではない。彼らはむしろ、1項によって自衛(防衛)戦争を含むすべての戦争が「放棄」されていると読みたいかもしれない。学者ではなく、吉永小百合を含む「左翼」一般国民は、九条1項ですべての戦争が放棄され、2項はそれを前提にして確認的に具体化した規定であると漠然と理解している可能性が高い。
 <保守派>憲法学者である百地章は、2013年参院選直前の産経新聞7/19の「正論」欄で「『憲法改正』託せる人物を選ぼう」と題して、次のように述べていた(この欄の2013.07.20で既述)。
 「9条2項の改正だが、新聞やテレビのほとんどの世論調査では、『9条の改正』に賛成か反対かを尋ねており、『9条1項の平和主義は維持したうえで2項を改正し軍隊を保持すること』の是非を聞こうとはしない。なぜこれを問わないのか。」 
 このとおり、<9条1項の平和主義は維持したうえで2項を改正し軍隊を保持すること>を提言することは、<保守>派の者であっても何ら奇異なことではない。産経新聞社案「国民の憲法」とその解説は、むしろ異質で少数派に属するかもしれない。
 ここで再び不思議なことに気づく。百地章は田久保忠衛とともに産経新聞案「国民の憲法」の起草委員の一人なのだが、何と前回に言及した「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の<幹事長>でもあるのだ(ウェブサイト、本日現在で同じ)。
 ということは、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の共同代表の一人と幹事長は、産経新聞社案起草の際は現九条1項を含めて九条を全面的に改めることに同意していたが、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の共同代表と幹事長としては、九条1項の「平和主義」は堅持する考えであることになる。きわめて奇妙で不思議だ。
 合理的に考えられるのは、産経新聞社案起草の際と上記の「国民の会」設立の際とでは考え方を変えた、ということだろうが、憲法改正論上の重要な論点についてこのように簡単に?基本的考え方を変えてよいのか、そして、そのような方々を信頼してよいのか、とすら感じてしまう。田久保忠衛は2014年10月30日刊行(奥付による)の本でも産経新聞社案と同じ考え方であることをその理由も挙げて積極的に記している。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の設立は、2014年10月01日だ。はて??
 なお、憲法学者の西修(駒沢大名誉教授)も、5人の産経新聞案「国民の憲法」の起草委員の一人であるとともに、上記「国民の会」の<代表発起人>だ。
 〇 上の問題はこのくらいにして、「前文」に移る。既述のように、田久保忠衛はその著で憲法の具体的内容については、前文・天皇条項・九条にしか触れていない。国会についても、衆議院と内閣の関係についての衆議院「解散権」の所在・要件についても、「地方自治」等々々についても、むろん「人権」または国民の権利・義務条項についても論じられるべき点は多いにもかかわらず、上の三論点あたりに関心を集中させてきたのが<保守派>の憲法改正論の特徴だ。田久保が触れていない問題については、別のテーマとして扱ってみたい。
 さて、田久保は縷々述べたのちに、現在の前文を産経新聞社案「国民の憲法」のそれに「一日も早く…差し替えたい」としている(p.107)。
 感想の第一は、そもそも憲法の前文とはいかなる法的性質をもつのか、に関する議論が必要だ、ということだ。産経新聞社・国民の憲法(産経)を見ないままで書くが、現日本国憲法のような長い前文をもつ憲法は世界でもむしろ少ないように思われる。あっても、制定の経緯のほかは基本的原理・理念をごく簡単に述べているにとどまるようだ。
 現憲法前文が日本の「国柄」に合わないこと、これを改めてしっかりと日本の「国柄」を書き込みたいという気持ちは理解できるし、あえて反対はしない。しかし、もともと前文とは本文(の個々の条文)のような法規範的意味は持たず、個々の条項の解釈に際して「参照」または「(間接的に)援用」されるものにすぎないと考えられる。
 したがって、過大なエネルギーを割くほどのものではないし、文章内容について激しい議論・対立が生じるようであれば、いっそ現在のものを削除して、新しい前文は改正(「新」憲法の制定でもよい)の経緯を記録として残す程度にして、内容的なものはいっさい省略する、というのも一つの考えだと思われる。
 むろん、日本の「国柄」を示す10ほどの文からなる文章について、容易に合意が成立し、過半数国民も理解し、納得できるならばそれでもよい。あえて反対はしないし、する必要もない。
 第二の感想は、田久保が「差し替えたい」と望んでいる新前文の内容について、上のような合意・納得が得られるのだろうかという疑問が生じる、ということだ。
 例えば、「国家の目標として独立自存の道義国家を目指す」というが、「道義国家」とは何か。ほとんど聴いた又は読んだことがない「国家」概念だ。むろん、「道義」をもつ国家であろうとすることに反対はしないが、「国家の目標」として憲法前文に書き込むほどのことなのだろうか。
 上のことよりも、より疑問をもち、問題を感じたのは、「道義国家」文の一つ前の「日本国は自由主義、民主主義に立脚して基本的人権を尊重し…」というくだりだ。
 櫻井よしこの週刊新潮1/29号の連載コラムには最後に、「自由、民主主義、法治という人類普遍の価値観」を肯定的に語っている文章がある。
 安倍晋三首相も同じまたは類似の発言をしばしばし行っていて、本心で又は心底からそう思ってなのか、対中国(・北朝鮮等)を意識して欧米(かつての西側)むけに<戦略的に>言っているのか、と訝しく思っている。
 「日本国は自由主義、民主主に義に立脚」するという場合の「自由主義、民主主義」とはいったい何を意味しているのだろうか。櫻井よしこが言うように「人類普遍の価値観」なのだろうか。アフリカ・イスラム圏を含む「人類普遍の価値観」だとは到底思えない。これらは近代西欧に由来する<イデオロギー>で、日本ではそのままでは採用できず、そのままでは定着することはない、と考えている。こんなに簡単に前文の中に取り込むためには、その意味等々について相当の議論が必要だと思われる。
 とくに「民主主義」は、日本共産党を含む「左翼」の標語であり、そのうちに(人民民主主義・プロレタリア民主主義という「独裁」の一形態を経ての)「社会主義」・「共産主義」というイデオロギーを胚胎している、と私は理解している。
 私どころか、有力な<保守派>論客も、「民主主義」の危険性を説いてきた。
 長谷川三千子・民主主義とは何なのか(文春新書、2001)のある長谷川は、最近の長谷川=倉山満・本当は怖ろしい日本国憲法(ビジネス社、2013)の中でも、民主主義・「国民主権」の<怖ろしさ>を語っており(p.34-48など)、倉山満は、「長谷川先生は『平和主義』『人権主義』『民主主義』というのは、そもそも怖いものだということを力説しています」とまとめてもいる(p.155)。
 長谷川三千子は産経新聞社憲法案とは無関係のようだが、上記、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の「代表発起人」の一人ではある。長谷川が上記の「日本国は自由主義、民主主義に立脚して基本的人権を尊重し…」という部分に容易に賛同するとは考え難い。
 自民党憲法改正草案はいわゆる<天賦人権論>に立つと言ってよい現憲法97条を削除することとしており、産経新聞社案も同様のはずなのだが、そこでなおも語られる「人権」・「権利」ではない<基本的人権>とは何のことなのか、近代西欧的<天賦人権論>が付着した、それと無関係に語ることはできないものなのではないか、という問題もある。
 田久保忠衛の推奨する産経新聞社案の前文が<保守派>のそれだとすれば、私はきっと<超保守的>であるに違いない。<戦略的に>?「自由主義、民主主義」等を語ることも考えられるが、真意ではない文章を掲げるくらいならば、いっさい省略してしまう方がよい、と思う。
 というようなわけで、田久保のせっかくの長い叙述にかかわらず、「国柄」を書く文章はむつかしい、と感じざるをえない。
 フランスのように自由・平等・博愛(友愛)をなおも理念として前文に書いたり(1958年第五共和国憲法)、ドイツ憲法(ボン基本法)のように「ドイツ連邦共和国は民主主義的かつ社会的な連邦国家である」という明文条項をもつ国家はうらやましいものだ。「国柄」をどう表現するかについて、過半の日本国民に一致はあるのだろうか、合意は得られるのだろうか。

1275/田久保忠衛・憲法改正最後のチャンス(並木)を読む-3。

 田久保忠衛・憲法改正、最後のチャンスを逃すな!(並木書房、2014.10)は、筆者の、「体系的」憲法論ではなく、「体感的な」憲法論だとされているので(p.252)、国際政治が専門らしい田久保に専門的な憲法論を期待するのは無理かもしれない。しかし、表紙裏の経歴には「産経新聞『国民の憲法』起草委員会委員長」と明記されているのだから、産経新聞案「国民の憲法」に関する(委員長個人としてであれ)、産経新聞社の本にはない説明または解説がある程度詳しくはあるものと期待しても不思議ではないだろう。
 また、今年に入って気づいたことだが、田久保忠衛は「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の共同代表の一人(あとの二人は櫻井よしこ、三好達)だ。この団体は2014.10.01に設立されたようで、同日に設立宣言を発表している(同会のウェブサイトによる)。そして、たんにこういう名称の会の設立だけだと、さっそく「美しい日本の憲法」の具体的内容は何かと問いたくなるが、同会はQ&Aのかたちで、条文案ではないものの、目指す憲法の骨子を7点に整理しまとめたものを公表している。
 そうすると、時期的には田久保の上掲書は上の会の設立前に書かれてはいるが、一年も前ではない直前の時期に書かれていると推測されるので、同著は「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の代表(の一人)が書いたものだ、という<権威>をもってしかるべきことになるだろう。
 だが、期待しもした産経新聞社案「国民の憲法」のより詳しい説明はほとんどないし、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が公表している7つの骨子の過半についてはまったく触れるところがない。
 しかも、一方では起草委員会の委員長を、片方では共同代表を努めながら、両者が提言する憲法案の具体的内容には<一致していない>、<矛盾する>部分がある。これはきわめて奇異なことだ。
 矛盾しているとほぼ明らかに言えそうなのは、九条についてだ。産経新聞案「国民の憲法」と田久保の上掲書は矛盾してはいないが、田久保の上掲書の九条(およびその改正案)に関する叙述と「美しい日本の憲法をつくる国民の会」公表の改正案骨子は矛盾している。
 先に「美しい日本の憲法」案の方から紹介すると、第三の柱として「九条…平和条項とともに自衛隊の規定を明記しよう」との見出しが掲げられ、その第三文では、こう書かれている(ウェブサイトのそれとまったく同一文ではない同会のパンフレットによる。ウェブ上では以下の「軍隊」は「国軍」になっている)。
 9条1項の平和主義を堅持するとともに、9条2項を改正して、自衛隊の軍隊としての位置づけを明確にします」。
 すでに書いたことだが、このような文章の考え方にもとづく改正案づくりと憲法改正(おそらくは1項の基本的な維持と現2項の削除、そして自衛隊を正規に「軍隊」と位置づける条項の新設)に私は賛同する。
 だが、田久保忠衛が起草委員会委員長だった産経新聞社案「国民の憲法」は、このような考え方に立っていないことはすでに記したとおりだ。
 自民党草案も読売新聞社試案も現9条1項は基本的に維持することとしているのだが(また、北岡伸一も、1項の平和主義は維持し2項の戦力不保持は改正しようとする意見を無視して、朝日新聞は一括して改憲論>九条改正論=「平和」主義・「平和憲法」否定というデマを撒き散らしている旨を述べて朝日新聞を批判していたが)、くり返せば、産経新聞社・国民の憲法(産経、2013)は、自民党草案について、つぎのように書いていた。
 <自民党草案は1項に「自衛権の発動を妨げるものではない」を追記して「工夫を重ねている」が、「主権の行使に制限を課している条文をそのままにしている意味では不徹底で不完全だ」>(p.140)。
 そして、現9条1項の断片のみを残した「平和」希求と国際紛争の「平和的解決」を志向する新たな条文を作り、別の条文で、「軍を保持する」ことを明記することとしている(同案15条・16条)。
 「美しい日本の憲法」案が「9条1項の平和主義を堅持する」と記しているのは現1項の条文を基本的に維持するとの趣旨ではなく、この産経新聞案「国民の憲法」のような書きぶりでも「平和主義」の堅持にあたる、という可能性がないではない。
 しかし、「美しい日本の憲法」案の文章が続けて「9条2項を改正して、自衛隊の軍隊としての位置づけを明確にします」と書いていることからすると、9条1項は(基本的に)改正しないという趣旨だと解釈するのが自然で、やはり、、「美しい日本の憲法」案と産経新聞社案「国民の憲法」は異なる、と理解することができるものと思われる。
 そして、田久保忠衛の上掲書は、現9条1項は基本的にであれ維持することはしないという考え方を明確に語っている。つぎのとおりだ(p.172-5)。
 <当初は九条1項はそのまま残す説に賛成だったが、森本敏の次の指摘(森本ら・国防軍とは何か(幻冬舎ネネッサンス新書)に「まったく同感」して、産経新聞社案では「現行憲法第九条第一項を含めて全面的に改める」ことした。>
 森本の指摘とは、①第一項があると、「国連決議にもとづく集団安全保障に参加できなくなる」、②第一項があると、「多国籍軍」に入っているアメリカ軍が攻撃された場合に「集団的自衛権の行使」ができなくなる、をいう。
 要約したし、もとの森本の発言内容を読んではいない。また、私自身の知識と勉強の不足かもしれないが、これらの理由が当たっているのかは理解困難だ。だが、<集団的自衛権>の行使は現憲法のままでも行使可能と閣議決定されたところであるし、「国連決議にもとづく集団安全保障」措置への参加の許容性については現憲法は何も語ってはいないのではないのだろうか。また、正規に認知された軍ができたとすれぱ直ちに「国連決議にもとづく集団安全保障」措置に参加できるというものではなく、法律(+条約?)による正当化が必要だろう。
 この問題には立ち入らない。ともかくも、現九条1項も「改め」る見解である旨を田久保忠衛は上掲書で明確に述べている。しかるに、共同代表を務める会の「美しい日本の憲法」案はどうも現九条1項は「堅持」するつもりのようだ。
 これは明らかに矛盾で、田久保は上掲書の考え方に立つのであれば、「美しい日本の憲法」案の内容に反対するのが論理的な筋のはずだ。にもかかわらず、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」による公表後に、それと異なる見解を明らかにしている書物を公にしているのは、奇異・奇妙だと言う他はない。
 もともと、p.110以下の叙述を読んでいても、現九条に関する田久保の理解の仕方には疑問が生じるところである。例えば、「芦田修正案は政府の見解ではない」という理解はそのとおりだが、「戦力」ではない「必要最小限度の実力の行使」による相手国兵力の殺傷及び破壊等を行うことは「交戦権の行使」としてのそれとは「別の観念」という政府答弁は「何を意味するのかよくわからない」と書いている(p.113-4)。しかし、私にはよく分かる。現憲法の政府解釈によるかぎりは、自衛権はあり、そのための実力行使は「交戦」ではない(実力行使組織=自衛隊は「軍その他の戦力」ではない)、ということになる。
 憲法学上の「多数説」に従って私は記してきているのだが(最近にあらためて憲法学文献で確かめておいた)、諸説が成り立つものの、1項は自衛権を否定するものではなく<自衛のための軍>設置・「自衛戦争」を否定するものでもない。しかし、2項が一般に「軍その他の戦力」の保持等を否認している結果として、「自衛」目的であれ「軍」は保持できず「戦争」もできない。但し、「自衛」のための「必要最小限度の実力の行使」は可能であり、そのための組織の保持も許容される。このような、政府解釈も基本的に拠っていると思われる(むろん、但し以降は相当に苦しい)論理構造くらいは、民間団体とはいえ、憲法改正案起草委員会の委員長や新憲法制定運動団体の共同代表の方には、理解しておいていただきたいものだ。

1273/田久保忠衛・憲法改正最後のチャンス(並木書房)を読む1。

 2014衆院選で与党圧勝とは言うが、自民党は定数減を考慮してほとんど橫バイで、議席数を増やしたわけではない。大阪府下の小選挙区で維新の党から奪い返した議席が10ほどあるから、それ以外では10議席ほどマイナスだった。産経新聞などの300議席超えが確実という旨の予測と比べると、むしろ後退の印象がある。
 その他の衆院選結果で印象的なことは次世代の党とみんなの党の大幅減または壊滅だ。その分を増やしたのが民主党と日本共産党だから、全体としても<保守派>は後退した、というのが客観的な把握だろう。
 維新の党が何とか「踏みとどまった」のに対する次世代の党の壊滅状態は、<保守化>とか<右傾化>の現象があるわけでは全くないことを意味していると思われる。
 田母神俊雄には当選してほしかったし、山田宏・中田宏という<反共>・<反・反日>の明確な人物が比例復活もならなかったのは残念だ。とくに中田宏はまだ若いのだから、再起を期して、将来は橋下徹らとともに新しい風の担い手になってほしい。
 大阪維新の会と立ち上がれ日本→太陽の党が合流して石原慎太郎・橋下徹共同代表による日本維新の会ができたのち、旧立ち上がれ日本グループは橋下徹に対する違和感を隠さなかった印象があったが、2012年総選挙で日本維新の会は議席を伸ばし、旧立ち上がれ日本グループ(石原グループ)もかなり当選した。石原グループの議員たちの多くは自分たちの「保守」の力で当選したと思ったかもしれないが、石原・橋下コンビの清新さへの期待もかなり大きかっただろう。その後も橋下徹批判を平気で続ける者もいたが、自分の当選に橋下徹人気も寄与していることを忘れているのではないか、と感じたことだった。
 橋下徹グループと別れて、旧立ち上がれ日本グループ=次世代の党は二名しか当選させることができなかった。維新の党の松野某らは何とか比例復活したにもかかわらず、比例復活させるほどの票をまんべんなく集めることはできなかった。
 次世代の党という名前自体、自分たちはすでに旧世代の年寄りたちだという自覚の表れのようで、魅力を感じさせないものだった。それに、彼らは、<保守化>について、何らかの「錯覚」をしていたのではないか。安倍晋三政権が比較的に安定して支持され続けたことが自信を生じさせたのかもしれないが、有権者国民は、自民党よりも「右」の<保守>政党に期待することが少なかったわけだ。
 江田憲司は、石原慎太郎らの「自主憲法」制定という主張に「憲法破棄」論を感じるとして、石原らまたは次世代の党とは組めないとか言っていたが、「自主憲法」制定という語をそこまで穿って理解することはないだろうと思われた。だが、次世代の党の正確な公約または政策提言は承知していないものの、また正式に表明しているかどうかは別として、石原慎太郎も含めて、日本国憲法「破棄」論や同「無効」論の主張者・支持者が同党には多いだろうという印象はある。日本国憲法「無効」論は現として存在しているが、2009年や2012年の総選挙でそれを明示的に主張した政党は(維新政党・新風も含めて)なかったように思われる。そしてまた、次世代の党が醸し出している?日本国憲法「破棄」論・同「無効」論は、今回の選挙でも、支持されなかった、と言ってよい、と思われる。
 日本国憲法「無効」論が決して微々たる存在ではないことは、勝谷誠彦=倉山満・がんばれ!瀕死の朝日新聞(アスペクト、2014)に、「日本国憲法は日本の憲法ですらない」と題する章の中に「日本国憲法の改正では意味がない」と題する節があることでも分かる(p.122-)。そこでは、二人のこんな会話がある。
 勝谷/僕の意見は「廃憲」・「今の日本国憲法の廃止」。倉山/「本当にできるなら」それが一番よい。そして、それをするのは「天皇陛下」のみ。議会には廃止権限はない。憲法を廃止するとすれば「一度天皇陛下に大政奉還するしかない」、「本来はそれが筋」。日本国憲法改正手続によって「帝国憲法を復活」することは「論理的には可能」。
 こうした議論は、日本国憲法は「本来は無効」という考え方を前提としているとみられる。上の天皇陛下による憲法廃止論にも、倉山が上のあとで述べている、「改憲派すら」日本国憲法の「条文をどうやって変えようかという議論しかしていない」(p.126)という批判にも、反論することができる。但し、別の本、倉山満・間違いだらけの憲法改正論議(イースト新書、2013)はニュアンスの異なることを書いているので(上でも「論理的には」と述べている)、別の機会に譲って、ここではこの問題には立ち入らない。
 ともあれ、日本国憲法「無効」論はあり、それを<保守派>論者の中で明確に述べてきたのは渡部昇一で、渡部は、日本国憲法を「占領基本法」とも称してきた。
 さて、田久保忠衛・憲法改正、最後のチャンスを逃すな!(並木書房、2014)には、現日本国憲法は「占領基本法だ」、との旨を書いている部分が、少なくとも2カ所ある。
 ①集団的自衛権容認に対する反対論には「…国際情勢の中で占領基本法だった現憲法がいかに旧式になってしまったかという説明は皆無だった」(p.212)。
 ②「日本を危機にさらすのは占領基本法を死守しようとする護憲派だ」(p.249)。
 <保守派>の重鎮?・渡部昇一の使っている表現を<保守派>の慣用句?のごとく無意識に使っているのかもしれず、「占領基本法」なるものの意味は説明されてはいない。
 しかし、将来に「国民投票」に参加するかもしれない有権者国民の感覚で質問するが、「占領基本法」とはいったい何のことか。
 日本国憲法が本来の、まっとうな憲法ではないという意味をもっていることは何となく分かるが、それ以上に何を意味しているのか? この語を用いることにいかなる意味・効用があるのか? また、この概念の前提には日本国憲法「無効」論があると見られるが、田久保は明確にその立場に立っているのだろうか?
 少し踏み込んで言えば、憲法ではなく占領基本「法」だとすれば、憲法でも法律でもない「法」は(不文法を除けば)存在しないので、占領基本「法」は法律の一種になるのだろうが、それでは昭和天皇の<憲法改正の詔勅>とはいったい何なのか。、法律の一種だとすると後法優先・特別法優先が働いて、事後の法律によっていかようにも特則・例外を作れることになるが、法律の「憲法」適合性を審査する規範・基準として現日本国憲法は機能して、最高裁によって<違憲>とされた法律(の条項)もすでにいくつかあることをどう理解すればよいのか。
 <保守派>の常套句のつもりで簡単に用いているのかもしれないが、もともと渡部昇一の議論は、サ条約上のJudgementsは「裁判」ではなく「諸判決」だと、鬼の首を取ったように主張していることも含めて(この点はすでにこの欄で言及している)、信用することができない。
 有権者国民から質問されて適切には回答することができないような術語を、そしてまた憲法改正のためには不可欠でもない用語を、用いない方がよい、と思われる。
 周辺部分の、やや些細なことから始めてしまったが、少しずつ、上掲の本によって、田久保忠衛の<憲法論>についてコメントする予定だ。

1272/「憲法改正」の事項的「単位」と産経新聞社案「国民の憲法」。

 1/06に、次のように書いた。-「憲法改正とは、現憲法の全体を一挙に廃棄・廃止して、新しい憲法を一括して創出する、というものではない」。「憶測にはなるが、ひょっとすれば産経新聞『国民の憲法』案は、渡部昇一らの現憲法『無効』論や石原慎太郎の現憲法『破棄』論の影響も受けて、現憲法の全体に新しい『自主』憲法がとって代わる、というイメージで作成されたのではないか、という疑問が生じなくはない」。「現憲法と『新』憲法案のどちらがよいと思うか、というかたちで一括して憲法改正の発議と国民投票が行われるはずがない。確認しないが、憲法改正手続法もまた、そのようなことを想定していないはずだ」。
 この問題は、「憲法改正」の発議および「国民投票」の仕方、より正確には、発議や賛否投票の<対象>または<単位>の問題だ。先には憲法改正手続法と書いたが、この問題、とくに発議の<対象>・<単位>についての関係既定は、(改正された)国会法にある。以下、憲法制度研究会・ポイント解説Q&A/憲法改正手続法-憲法改正手続と統治構造改革ガイド(ぎょうせい、2008)に依って説明しておく、なお、憲法制度研究会が編者だが編集代表は川崎政司だ。この人は地方自治法・行政法の書物もあり、慶応大学法科大学院の客員教授だが、もともとは参議院法制局の職員・官僚(いわば立法・法制官僚)である人、またはそうだった人で、<とんでもない左翼>の人物ではない。叙述内容も、できるだけ客観的になるように努められている、という印象がある。
 上の本はやや古いが、言及されている関係条項は現在でも変わっていない(総務省・現行法令データベースによる)。国会法6章の2の表題は「日本国憲法の改正の発議」。その中の、現行規定でもある、国会法68条の3は次のように定める。
 「第六十八条の三  前条の憲法改正原案の発議に当たつては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする。
 上掲書は、つぎのように「解説」する(p.30-31)。
 ・例えば九条改正と環境権の創設という別々の事項が一括して投票に付されると、一方には賛成だが別の一方には反対である、という国民はその意思を適切に投票に反映できない、そこで、「内容において関連する事項ごとに区分して」発議することとされた。
 ・問題は、何が「内容において関連する事項」に当たるか、だ。憲法改正手続法の国会審議では上の例の場合に一括発議・一括国民投票は「好ましくない」という点で一致したが、自衛軍の設置とその海外活動は一括できるか、自衛軍と軍事裁判所の設置は一括できるか、などについては「明確な判断は示されてい」ない。
 ・結局、個別の案ごとに国民の意思を問う要請と「相互に矛盾のない憲法体系を構築する」要請から決定されるべきもので、「個別具体的事例については、国会が発議するに当たって、しかるべき判断を行うことにならざるを得ない」ようだ。
 ・この点について、参議院では「発議に当たり、内容に関する関連性の判断は、その判断事項を明らかにするととともに、外部有識者の意見も踏まえ、適切かつ慎重に行うこと」との付帯決議がなされた。
 ・この条文により「全部改正」が不可能になったのかも問題になったが、「すべて相互に密接不可分である、つまり内容の上で分かち難いというものであれば一括して発議がなされるという場合も論理的にないことはない」とのむ答弁が提案者からなされている。
 ・国民投票のイメージとしては、個別の事項の案ごとに投票用紙を受け取り、投票(投函)を済ませてから次のブースに移り、そこで次の別の事項に関する投票をする形が間違いないという見解、その場合10も20もブースを作ることは困難で、3~5問程度が限度だとの見解も提案者から示されていた。
 以上のとおりだが、はたして、産経新聞社「国民の憲法」案は、このような国会法等の規定も十分に意識して作成されたのだろうか。
 なるほど、「すべて相互に密接不可分である、つまり内容の上で分かち難いというものであれば一括して発議がなされるという場合も論理的にないことはない」ということに「論理的には」なるのだろう。しかし、同社案は「すべて相互に密接不可分である」ものとして作成されたのだろうか。そのように主張する起草委員および産経新聞関係者も存在する可能性はある。だが、「基本的人権」または「国民の権利義務」の章の個別の条項の書きぶりはさらにいくつかに区分することが可能であると見られるし、いかに「産経憲法観」?によっているとしても、例えば「財政」や「地方自治」の章の具体的内容までが前文や「国防」の章(の案)と「密接不可分である」とまでは言えないように考えられる。
 ともあれ、産経新聞社「国民の憲法」案が、「憲法改正」運動のためには、形式面において「使いづらい」ところがあることは否定できない、と思われる。
 「憲法改正」発議の仕方、発議の対象となる<単位>には少なくともある程度の、「内容において関連する事項ごとに」、という限定があることもふまえて、「憲法改正」は議論されなければならない。そして、だからこそ、どの条項から優先して「改正」していくか、という問題があり、その問題に関する議論もしなければならないわけである。

1267/丸山真男と現憲法九条・「軍事的国防力を持たない国家」論。

 〇 竹内洋・丸山真男の時代(中公新書、2005)は丸山真男に対して批判的であり、竹内・革新幻想の戦後史(中央公論社、2011)も同様だ。竹内の上の前者によると、1996年8月に丸山真男が逝去したのち朝日新聞はある一面のすべてを「丸山の業績と人をしのぶ」座談会で埋めたが、産経新聞は元慶応大学・中村勝範の「丸山政治学は思想的に日本人を混乱させた元凶でした。過去の分析も戦後の状況判断も完全に誤っていた」とのコメントも掲載した。
 水谷三公・丸山真男-ある時代の肖像(ちくま新書、2004)を、私は丸山真男(の思想)に対する訣別の書として読んだ。だが、長谷川宏・丸山真男をどう読むか(講談社現代新書、2001)のような、丸山真男を称揚する書物は今日でも新たに刊行され続けている。
 戦後「左翼」のなお強固な残存の源流の一つは、丸山真男にあるだろう。
 〇 ジャパニズム21号(青林堂、2014.10)によって気づかされたのだが、丸山真男は、亡くなる一年前以内の雑誌・世界(岩波)の1995年11月号に、「サンフランシスコ講和・朝鮮戦争・60年安保」と題する回顧談的文章を載せている。その中に、つぎの文章がある。丸山真男全集第15巻(岩波、1996)から直接に引用する(p.326)。
 平和問題談話会の法政部会で憲法第九条の問題を論じたときは、民法専攻の磯田〔進〕君のような左派は、『軍備のない国家はない。軍備がないというのはおかしい』と批判しました。正統左派ではない大内〔兵衛〕先生も、『国家である以上は、完全非武装というのはありえない』というのが、このときのお考えでした。そこで僕は、こうなったら国家観念自体を変革する以外にない、今日の言葉でいえば、…『普通の国家』論でいえば、軍備のない国家はないんだけれども、憲法第九条というものが契機の一つになって一つの新しい国家概念、つまり軍事的国防力を持たない国家ができた、ということも考え得るんじゃないかといって、磯田君と議論した。(ジャパニズム上掲p.118と引用の部分・仕方が少しだけ異なる)。
 ジャパニズム上掲号の「左翼アカデミズムを研究する会」という実質的には無署名の書き手は、上の文章から、大内兵衛ですら武装肯定の時代にすでに<非武装中立>を信念としていた、というまとめ方をしているが、私には、丸山真男が現憲法九条を「国家観念自体」の「変革」、「新しい国家概念」提示の契機と理解しようとしていた、ということが興味深い。
 いずれにしても、「丸山という知の権威がつくりあげた憲法九条イデオロギーは、さまざまな形で、今日の左翼アカデミズムに大きな影響を及ぼしている」(同上p.118)のはおそらく間違いない。ここにいう「憲法九条イデオロギー」は、たんに<反戦・平和>の気分に支えられているのではなく、「左翼」が夢想したい「新しい国家概念」の展望によっても基礎づけられているかに見える。
 憲法九条2項改正(・削除)論・論者に対する強固で執拗な、あるいは脊髄反射的な反発は、現実的・具体的な議論によって成り立つているというよりも、まさに「イデオロギー」に依拠するものだろうと考えられる。
 そうだとすると、やはり、それを打ち砕いておくために、憲法九条2項の改正(・削除)は日本にとって絶対になすべき課題だ、と感じられる。
 池田信夫はそのブログ2014.12.25付で「憲法改正は『大改革』ではない」と題して、憲法>「第九条を改正しても、自衛隊の名前を『国防軍』と変える以外の変化はほとんどない。大事なのは一院制にするとか衆議院の優越を明確化するなどの国会改革だが、自民党の改正案は参議院にまったく手をつけない。これでは改正する意味がない」
等と書いている。
 後段の指摘には賛同したい部分があるが、九条改正による「変化はほとんどない」、したがってその改正に大きな意味はないというかのごとき主張には、賛同し難い。九条2項を「改正(・削除)」しなくとも、すでに自民党中心の政権による憲法解釈によれば合憲とされている自衛隊によって、かなりのことが可能になっていることは確かであり、改憲反対派・憲法九条2項護持派によるデマ宣伝が言うほどには実態は大きくは変わらず、これまでの変化・実態の蓄積の延長線上にあるものにすぎないかもしれない。その意味では「質的」・「革命的」変化を生じさせるものではないかもしれない。
 しかし、「軍その他の戦力」の保持が明確に禁止されているにもかかわらず自衛隊を合憲視するのは相当に苦しい解釈ではあり、その「おとなのウソ」を解消する必要はやはりある、正規に「軍」と認知することによって日本の安全保障に一層寄与する、という点をかりにさしおいても、丸山真男のいう「軍事的国防力を持たない国家」という「新しい国家」観を、そして「憲法九条イデオロギー」を、きちんと打ち砕いておく課題と必要はある、と考えられる。問題は安全保障に関する現実だけではなく、<精神>・<国家観>にもあるのだ。
 〇 なお、丸山真男の、上の1995年の文章は「平和問題談話会から憲法問題研究会へ」という副題をもっている。
 前者の「平和問題談話会」については戦後<進歩的文化人>生成の重要な場であるという関心からそのメンバーの探索・確定や、安倍能成らの「オールド・リベラリスト」の排除による<純化>の過程の叙述を、たぶん竹内洋等々の文献を手がかりに、この欄でメモしていったことがある。そこでも触れたことがあるような経緯・構成員の一端を当事者の一人だった丸山も語っていて興味深い。また、後者についても、宮沢俊義(憲法学者)、我妻榮(民法学者)が政府系の憲法調査会ではなく、「憲法問題研究会」に入会したことは社会的に、また東京大学法学部内部でも大きな話題になった、等が語られていて興味深い。機会(・余裕)があれば、また言及しよう。

1265/産経新聞社案「国民の憲法」について2-天皇条項の一部。

 現憲法一条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」、と定める。
 「象徴」ではなく「元首」化をという議論についてはさておき、後段は、とくに「主権の存する」は、いわゆる「国民主権」(昔風には主権在民)を憲法上明記するために、やや無理して挿入された、とも説明されてきた。この条文以外に、<国民主権>を規定する明文は現憲法にはない。
 この「象徴」天皇制度の規定をふまえて、現憲法二条が「皇位は、世襲のものであ」ると明記していることは、占領期の憲法という特殊性を考慮すれば、刮目すべき重要なことだったと言える。なぜなら、日本の敗戦という結果にもかかわらず、日本の長い伝統に近い<世襲天皇>制度を明記して容認しているからだ。竹田恒泰がどこかで言っていたように、天皇制度が廃止されて<共和制>になっていたことを想像すると、それよりは優れた選択を現憲法はしている(GHQもそれを認めた)ことになる。連合国のうちかつてのソビエト連邦が戦後日本の憲法を企図したとすれば、あるいは原案作成に強く関与していれば、このような条項は採用されなかっただろう。
 さて、<世襲による象徴天皇制度>は憲法上のものであり、かつそれは「主権の存する日本国民の総意に基く」ととくに規定されているのだから、制定時の理解・解釈はさておき、それとは独自に成立しうる憲法解釈として、現一条(+二条)は現憲法上の重要な<原理>として、憲法改正の限界を画す、つまり、憲法改正によっても変更・削除することはできない、と理解することも不可能ではないと考えられる。このように解釈すれば、憲法改正によって、<世襲による象徴天皇制度>を廃止することはできない。もし廃止しようとすれば、それは法的には非連続の一種の<革命>になる。
 だが、以上は成り立ちうる解釈だとは思うが、戦後の憲法解釈学において、現一条(+二条)は憲法改正の対象にできない、という議論はまったくなかったように見える。それよりも、逆に、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」のだから、「主権の存する日本国民の総意」によって変更する、そして廃止することもできる、と解釈されてきた。この点を意識または強調して、将来の天皇制度廃止を展望する論者は、明言しないにせよ、現在の憲法学界には多いのではないか、と推測される。
 しかし、そのような解釈しか成り立たないのではないことは上記のとおりだ。<憲法制定権者である憲法制定時の国民の総意>にもとづくと明記されているのだから、将来の国民もこれに拘束される(改正・廃止はできない)と解釈することが、さほど荒唐無稽なものだとは思われない。一条の上記部分の通例のまたは多数の解釈は、<政治的>色彩をやはり帯びているように考えられる。
 ところで、産経新聞社・国民の憲法(2013)のうち、同社案「国民の憲法」と自民党改正案の違いを記した部分には、天皇条項について、つぎのような叙述がある(p.139)。
 自民党案には「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という部分が残ったままで、これは「あたかも国会の議決で天皇の地位を自在に改変できるかのような誤解を招きかねない」。そして、この条文を使って「天皇制廃止」を「堂々と主張する憲法学者もいる」ので、「このような誤解を生み出す記述は削除し」た。以上、抜粋引用。
 この文章・論理は奇妙だ。少なくとも二人の憲法学者が起草委員会には加わっていたはずなのだが、このような叙述をお二人とも了解しているのだろうか。
 根本的に言って、「主権の存する日本国民の総意」=「国会の議決」ではありえない、ということはほとんど自明なことで、ほとんど誤解を生じさせない、と考えられる。誤解する一部の者には誤解だと説明すれば足りる。それに、この条文を使っての「天皇制廃止」論は憲法改正によるそれを展望していると容易に想定できるのであり、国会の議決=(ほとんどが)法律、による「天皇制廃止」を主張する憲法学者など皆無なのではないか。そのような議論・主張を読んだことは一度もない。
 以上のとおりで、憲法(改正)レベルの問題と法律(改正)レベルの問題の混淆が、上の叙述にはある、と見られる。
 ひょっとすれば、明言はしていないが、「主権の存する日本国民」という理解に対する反発・懸念が産経新聞社「国民の憲法」立案者にはあるのかもしれない。たしかに「主権」概念の法的意味と効用は議論されてよいものの、そのまま残しておいてさしたる弊害は生じないものと私は考える。むしろ、これを残すことによって、<世襲による天皇制度>は憲法改正の対象にはできないという解釈を導くことが不可能ではないことは、上述のとおりだ。なお、読売試案2004年は「その地位は、国民の総意に基づく」、として「主権の存する」との部分を削除しているが、産経新聞社案に比べれば、はるかに現行の上記条文を残す自民党案に近い。この点でも、産経新聞社案は異質だ。
 さらにいうと、産経新聞社案「国民の憲法」によれば、「天皇制廃止」の主張は排撃され、、「天皇制廃止」は不可能になるのだろうか。そんなことはない。同案によれば(117条)、各議院の過半数議員の賛成による国民への提案にもとづく国民投票での国民の過半数の賛成でもって憲法改正が可能である。産経新聞社案「国民の憲法」上の天皇条項は、なんと現憲法によるよりも容易に改正される(廃止される)ことになっている(「憲法改正の限界」に関する明文はないようだ)。「天皇制廃止」を「堂々と主張する憲法学者もいる」ので上記部分を削除したというが、削除したところで、憲法改正による「天皇制廃止」を「堂々と主張する」ことを封じることはできないのだ。
 以上、二回めの、産経新聞社案「国民の憲法」についての感想とする。
 なお、産経新聞社・国民の憲法(2013)の奥付の前の頁には、産経新聞社の名のもとに小さく、「近藤豊和、石川水穂、湯浅博、石井聡、安藤慶太、榊原智、小島新一、溝上健良、田中靖人、内藤慎二」と記載されている。この人たちが(おそらくは起草委員会メンバーではなく)この本を執筆・編集しているのだろう。したがって、完全に産経新聞社の名のもとに隠されているわけではない。だが、今回に言及した部分も含めて、個々の部分の文章作成の(内部的な)責任者の個人名は明らかでない。

1264/産経新聞社案「国民の憲法」について。

 田久保忠衛の名も出しつつ、<憲法を改正しよう>と主張するだけでは意味がない、と前回に書いた。
 これに対して、田久保忠衛は、改正の優先順位も政治的な戦略・戦術にも触れていないが、産経新聞社の「国民の憲法」起草委員会の委員長として、改正の具体的内容は検討・議論して、公表している、と反論するかもしれない。
 そのとおりで、産経新聞は「国民の憲法」(憲法改正要綱)を公表している。そして、産経新聞社・国民の憲法(2013.07、産経新聞社)の中には、自民党改正草案との違いを(わずか3頁だが)叙述している部分もある(p.138-140)。従って、かりにその部分を田久保が執筆しているか、または了解しているのだとすると、田久保が産経新聞社案と自民党案との違いをまったく説明していないというわけではない。
 以上のかぎりで田久保に対する批判的コメントは一部取消させていただく。もっとも、上記書物は「国民の憲法」の個々の条項に即して自民党案を採用しなかった理由を述べてはいない。上の3頁の中で触れられているのは、のちに触れる基本的スタンスの他は、天皇条項・現九条・前文のみだ。
 それに、あらためて上記書物を手がかりに産経新聞「国民の憲法」要綱を見てみると、基本的なよく分からない点があり、また奇妙に感じる点もある。
 まず第一に、この産経新聞「国民の憲法」案の発表主体はいったい誰なのか。どうやら、上記委員会ではなく、産経新聞社という会社法人(新聞会社)そのもののようだ。上記書物の「はじめに」の執筆者(署名)は「産経新聞社」になっている。そして、この書物は「起草委員会の議論をもとに…編集」したものだとされているが、「国民の憲法」案を最終的に完結的に作成したのは田久保を委員長とする起草委員会なのか、それとも起草委員会の議論の過程に産経新聞社の社員・記者たちがすでに関与したのか、も分かりにくい。起草委員会なるものの性格・位置づけにかかわるが、おそらくは上の後者で、起草委員会の「事務局」としての社員・記者たちがすでにかなり関与したように推測される。そして、その産経新聞の社員・記者たちの固有名詞・人名が「産経新聞社」の名の中に隠されていることも特徴の一つだろう。
 このような曖昧さは、読売新聞社の<読売試案2004年>の作成過程とはかなり異なっている。
 読売新聞社編・憲法改正-読売試案2004(2004.08、中央公論社)によると、この試案が読売新聞社の名によるものであることが明らかだが、この書物の「はじめに」は同社の「調査研究本部長」が執筆し、「おわりに」は同社「調査研究本部」員が執筆して、それぞれ固有名詞(個人名)まで明らかにしている。また、読売試案の作成には(社外の専門家の助言等を得たかもしれないが)「起草委員会」なるものがかかわっているわけではない。
 つぎに第二に、時期的に私が産経新聞を定期購読しなくなって以降のことだったことに原因がある勉強不足のためかもしれないが(もっともネット上で改正案作成の動きや結論の公表があったことは知っていた)、あらためて産経新聞「国民の憲法」案を見て、大きな違和感を抱いたことがある。
 それは、自民党案との違いとして記述されていることでもあるが、「現行憲法をゼロベースで見直して」いて、自民党案や、さらに読売試案とも違って、現憲法の条項との関係がはなはだ分かりにくいことだ。現憲法の△条を改めて「…」とする、という書き方をしておらず、現憲法の「構成」や各条項とは無関係に、一体として、「新」憲法案が提示されていることだ。
 この点について、上記書物p.138は、自民党案は現憲法を「下敷き」にしているので「現行憲法の抱えるさまざまな欠陥をそのまま引き継い」でいる、と述べている。論理的に見て、「下敷き」にしていれば必ず「欠陥を引き継ぐ」ことにはならないとは思うが、それは別としても、現実の憲法改正(の発議と国民投票)のためには、産経新聞「国民の憲法」案ははなはだ使いづらい。
 なぜならば、憲法改正とは、現憲法の全体を一挙に廃棄・廃止して、新しい憲法を一括して創出する、というものではないからだ。
 ここで、憶測にはなるが、ひょっとすれば産経新聞「国民の憲法」案は、渡部昇一らの現憲法「無効」論や石原慎太郎の現憲法「破棄」論の影響も受けて、現憲法の全体に新しい「自主」憲法がとって代わる、というイメージで作成されたのではないか、という疑問が生じなくはない。
 総選挙における<次世代の党>の衰退とも関連させて、現憲法「無効」論・現憲法「破棄」論についてはあらためて触れる予定だ。ともあれ、現憲法と「新」憲法案のどちらがよいと思うか、というかたちで一括して憲法改正の発議と国民投票が行われるはずがない。確認しないが、憲法改正手続法もまた、そのようなことを想定していないはずだ。
 より具体的に、あるいは個々の条項に即して、例えば(自民党案によれば)現九条2項を削除して九条の二(国防軍の設置)を新設することに賛成か反対かで、あるいは(読売試案2004年によれば)①現九条1項を一部修正する、②現九条2項を削除して、別内容の条文に代える、③新たに別の条を追加して「自衛のための軍隊」保持可能等を明記する、のそれぞれについて、またはこれらだけを一括して賛成か反対かで、国民投票は行われるはずだ。
 産経新聞「国民の憲法」案の個々の条項を見て、かつ優先順位さえ決定すれば、上のような技術的?問題は解消できる、というのが産経新聞社案の意図なのかもしれない。しかし、現憲法との比較対照表を作れない(作っていない)案は、かなり分かりにくいし、上記のような(革命的?な一挙の)一括的「改正」をイメージしているのではないか、との疑問が生じなくはない(そうした気分がまったく理解できないわけではないが、非現実的で、却って「改正」を遅らせる)。
 さらに第三に、ここで書いてしまっておけば、産経新聞社の上記書物における現憲法九条1項の理解はいぜんとして奇妙だ。すなわち、p.140は、現九条1項は「主権の行使に制限を課している」、「不徹底で不完全」なものだ、と記している。
 しかし、自民党改正案も読売試案2004年も、基本的には現在の現九条1項の条文をそのまま残すこととしている。
 歴史的由来のある「国権の発動たる戦争」等の意味が理解しやすいものではなく、大きな誤解も招くことになっているのは確かで、<侵略戦争>の否定の趣旨を書き直すことは考えられてもよい(そうした趣旨の規定に対する、<侵略戦争>否定は「主権の行使に制限を課す」不適切なものだ、との批判はあたらないだろう)。
 しかし、産経新聞「国民の憲法」案よりもより長い時間と議論を経て作成されたとみられる自民党の最新改正案や読売試案2004年が現九条1項を基本的にはそのまま維持しているのと比較すると、同じく<保守派>の中では異質な案になっていることを、田久保忠衛や産経新聞関係者は意識・自覚しておいてよいと思われる。
 なお、産経新聞社の上記書物は、自民党案は「戦争放棄の規定(9条)をほぼ踏襲している」と書いて疑問視している(p.139)。しかし、(侵略)戦争放棄の規定は「9条」ではなく、同条1項だ。法学者ではない北岡伸一でもしているような理解を、どうやら産経新聞関係者および上記起草委員会は採用していないようだ。不思議で仕方がない。
 とりあえず、憲法改正の仕方・内容に関して若干のことを述べた。最優先されるべきは、現九条2項の廃止(削除)と実質的に自衛隊を正規の「軍」と認めることとなる条項の新設だ(法律改正により名称等々の変更が必要だが)、と考えている。「自衛軍」でも「国軍」でもよいが、「国防軍」で差し支えないのではないか。
 憲法の専門家ではない者が書いていることだが、憲法改正にむけての議論に小さな渦でも生じさせることがあれば、幸い。

1263/具体的・建設的で戦略も意識した議論を-憲法改正をめぐる保守派の怠惰。

 月刊正論1月号(産経新聞社)に、田久保忠衛「衆院選で忘れてはならぬ/憲法改正のラスト・チャンス」がある(p.158-)。産経新聞の憲法改正案起草委員会の一員だった人物(かつ国家基本問題研究所の幹部)が憲法改正の必要性を説き、衆院選の重要な争点とすべき旨を主張してるのだが、これを概読して、2010年11月03日の産経新聞「正論」に掲載された、やはり田久保忠衛の「憲法改正の狼煙上げる秋がきた」を読んで感じたのと似たようなことを感じた。
 当時感じたことは、この欄の2013.08.12投稿でも繰り返されている-「問題は、いかにして、望ましい憲法改正を実現できる勢力をまずは国会内に作るかだ。/この問題に触れないで、ただ憲法改正を!とだけ訴えても、空しいだけだ」。
 当時は民主党政権下だったので現在とはやや状況は異なるが、発議自体に各議院議員の2/3以上の賛成が必要であることに変わりはなく、これが達成されている状況にあるとは、衆議院に限っても明確には言い難い。
 また、国会議員の構成は民主党政権下に比べれば改憲のためにより有利にはなっているだろうが、そもそも憲法「改正」の具体的内容は改憲派(あるいは「保守派」)において明確になっているのか、という根本的問題がある。
 田久保は月刊正論1月号で現前文・現九条の改正と緊急事態対処条項の三つに少なくとも触れているようだが、田久保には尋ねてみたいことがある。
 まず、産経新聞社「国民の憲法」草案起草委員の一人として、すでに公表されていた自民党の憲法改正案を知っていたはずだが、産経「国民の憲法」案・要綱と自民党改憲案はまったく同じではないはずのところ、なぜ両者には違いがあるのか?、自民党の改憲案をそのまま採用しなかった具体的理由は何なのか?
 これくらいのことを明らかにしてくれていないと憲法改正のための具体的な議論はできないのではないか。
 また、憲法改正は-いずれまた触れるだろうように、明治憲法を全体としてそのまま復活させるという主張を採用しないかぎり-現憲法全体に対して改正案全体を提示して、全体について一括して支持するか否かを国民投票によって決する、というのではない。一箇条(の改正または新設)のみについて一回の記載か、複数の条項についての改正案(新設を含む)に即して複数回の(賛否の)記載を国民に問うのか、というやや技術的な(とはいえ現実には重要な)問題もあるが、いずれにせよ、改正が優先されるべき個々の条項について改正(・新設)の賛否を国民に問うことになるはずだ。
 しかして、田久保はいったい現憲法のどの条項から改正を始めるべきだと考えているのか。この点も明らかにしてくれていないと、憲法改正についての具体的な議論はできない。
 田久保忠衛に限らない。月刊正論2月号(産経新聞社)に、八木秀次「見え始める憲法改正への道筋」という魅力的なタイトルの論考があるが(p.58-)、総選挙結果の政治評論家的分析が3/4を占め、憲法改正に関する、上のような疑問に答えるところはない。ただ一つ、「憲法改正を政治日程に載せるためには1年半後の参議院選挙で改憲派の議席を確保しなければならない」等の、率直に言って改憲派ならば誰でも書けるようなことを書いているにすぎない。
 たまたま田久保忠衛と八木秀次の名を出したが、①両議院に2/3の改憲派を生み出し、国民投票でも国民・有権者の過半数の支持を得るための戦略・戦術、②すでにある改正案もふまえて、具体的にどのような内容の条文にするかのより突っ込んだ検討(ちなみに、櫻井よしこは「国防軍」ではなく「国軍」でよいと、どこかに書いていた)、③そもそもどういう順番で、改正案を国民に提示していくのか、についてのきちんとした検討、はいずれも、改憲派(「保守派))において、決定的に遅れているか、まったくなされていない。
 実に悲観的(・悲惨的)で危機的な状況にある、とすら言える。改憲派の論者たちは、本当に、真剣に、現憲法を変えたい、「自主憲法」を制定したい、と考えているのだろうか。
 このような状況では、安倍晋三首相が、憲法改正について具体的なことを語ることができないのも、当然だ。適当に何かを論じ、書いていれば済む立場に、安倍首相はいるわけではない。発議に必要な要件を彼は痛いほど理解しているだろうし(96条改正問題にもかかわる)、また、具体的な改憲条文を示した上で国民投票にかける必要があることも、どの条項から始めるべきかという問題があることも、当然に強く意識しているはずだ。
 にもかかわらず、安倍首相の問題意識・問題関心に応え、具体的にサポートする議論を改憲派(「保守派))が行ってきているとは思えない。
 優先順位にしても、公明党の「加憲」論に配慮して、安倍首相は緊急事態対処条項から始めたいのでは、という憶測記事を新聞で読んだことがあるが(何新聞だったかは忘れた)、かかる程度の<優先順位>論すら、改憲派(「保守派))は何もしていないのではないか。現九条か、前文か、緊急事態条項か、それとも「環境権」か?
 改憲派(「保守派」)の怠惰だ。
 もともと自民党は安倍晋三が言うとおり、「自主憲法の制定」を悲願としてきたのだから、改憲派(「保守派」)が、たんに、<憲法を改正しよう>と主張しても、訴えても、ほとんど意味はない。いいかげんに、それだけの主張や議論はやめるべきだ。
 ついでに言うと、周知のとおり、憲法改正反対(とくに現九条2項護持)の政党・運動団体があり、憲法学者の大半は<護憲派>とみられるところ、現96条改正や現九条改正に反対する憲法学者等の主張・議論に、改憲派(「保守派」)は適確に反駁してきているだろうか。
 例えば、昨2014年に、東京大学の現役教授・石川健治は朝日新聞に「乾坤一擲」の長い文章を載せ、京都大学の現役教授・毛利透は読売新聞紙上で護憲の立場で論考(・インタビュー回答)を載せていたが、これらに、迅速に改憲派(「保守派」)は反応し、これらを批判したのだろうか。
 <憲法改正を>だけ叫ぶのはいいかげんにしてほしい。具体的かつ建設的で戦略も意識した議論が、そして<護憲派>に対する執拗といってよいほどの批判が、必要だ。

1262/憲法九条2項改正と北岡伸一による朝日新聞の批判的分析。

 一 自民党の憲法改正案において、現憲法九条の全体が削除または改正されるのではなく、現1項はそのまま残されて新9条の全体になるとともに、新たに九条の二を設けて「国防軍」の設置が明記されることになっている。
 現在の第二次案ではなく「自衛軍」としていた第一次案の時期のものだが、自民党本部の担当者だった者による、田村重信・新憲法はこうなる(2006.11、講談社)p.120-1は現1項の趣旨をイタリア・ドイツ等の憲法(・基本法)も有し、「国権の発動たる戦争」とは1928年パリ不戦条約に由来する表現で<侵略戦争>を意味し、それを放棄・禁止するものであっても「自衛権に基づく戦争」を放棄・禁止するものではない、と明確に説明している。
 上の趣旨を理解していないかに思えた産経新聞社説があったので上の点を(そのときは上の田村著を知らなかったが)この欄で指摘し、かつ<「九条を考える会」という呼称はゴマカシだ、正確に<九条2項を考える(護持する)会>と名乗るべきだ>という旨を書いたことがある(2012.03.15)。
 前回にやや厳しい感想を述べた柳本卓治の文章も、上の点を明確に意識して書かれてはおらず、現九条=日本的「平和主義」について、<左翼>がふりまいているデマ宣伝に部分的には屈している印象がある。
 現九条の2項のみの削除・改正を主張しているにもかかわらず九条全体を削除・改正しようとしていると<すりかえ>をして改憲派を反平和主義者・好戦論者のごとく批判するのは、悪質なデマゴギーに他ならない。
 二 12/23に朝日新聞の<慰安婦報道検証・第三者委員会報告書>が公表された。その一部を成すと思われる各委員の個別意見において、北岡伸一は以下のように、適切に朝日新聞を批判している。日本共産党・「九条の会」のみならず、朝日新聞もまた、上のようなデマ宣伝を展開してきたからだ。
 朝日新聞には「言い抜け、すり替えが少なくない。/たとえば憲法9条について、改正論者の多数は、憲法9条1項の戦争放棄は支持するが、2項の戦力不保持は改正すべきだという人である。朝日新聞は、繰り返し、こうした人々に、『戦争を放棄した9条を改正しようとしている』とレッテルを貼ってきた。9条2項改正論を、9条全体の改正論と誇張してきたのである。要するに、他者の言説を歪曲ないし貶める傾向である」。
 北岡は、読売新聞12/26のインタビュー記事でも、「憲法9条についても、1項の『戦争放棄』は支持するが、2項の『戦力不保持』は改正すべきだという人に対し、戦争放棄を改めようとしているとレッテルを貼って批判する」と述べている。
 このような北岡伸一の朝日新聞批判は適切であり、こうして活字になった九条1項と2項をきちんと分けての議論を初めて読んだような気がする。
 <九条を世界遺産に>という運動があった(ある)ようだが、その運動者・活動家はおそらく九条2項を念頭に置いているのだろう。ちなみに、潮匡人・憲法九条は諸悪の根源(2007.04、PHP)という書物があるが(読了)、正確な趣旨は、「憲法九条2項は諸悪の根源」なのではないか。憲法学者・百地章もかつては憲法九条改正という言い方をしていたかにも見えるが、近年では正確に九条2項改正と記述していることを、この欄でコメントしたことがある。
 三 ところで、北岡伸一の上記朝日新聞紙上の文章は朝日新聞の問題のある傾向の第6点「論点のすりかえ」の例として書かれている。それ以外は、第一・「粗雑な事実の把握」、第二・「キャンペーン体質の過剰」、第三・「物事をもっぱら政府対人民の図式で考える傾向」、第四・「過剰な正義の追求」、第五・「現実的な解決策の提示の欠如」、である。
 北岡に対しては<保守>派からの批判もあるようだが、朝日新聞批判の著・文章は数多くあると見られるところ、北岡の上のような、決して長くはない文章における体系的・総合的な?整理・分析は、的確で、なかなか優れていると感じられる。以上の諸点はすべて、かつての<進歩的文化人>と同様に社会主義・共産主義への憧憬を残した、目的のためならば歪曲・虚報も許されるという心情の「記者」たちによって構成された<政治団体>だからこそ生じている傾向・問題点であるかもしれないが。

1261/月刊正論1月号・柳本卓治論考を読む。

 月刊正論(産経新聞社)2015年1月号に柳本卓治「世界最古の『憲法の国』日本の使命」がある(p.168-)。
 自民党議員で参議院の憲法審査会会長に就任したという人物が書いているもので、共感するところもむろんあるが、大いに気になることもある。
 この論考は大きく五つの柱を立てているが、その二は「国家や国民という歴史と文化・伝統を縦軸に、国民主権・基本的人権・平和主義の三大原理を横軸に据えた憲法を」だ。「国民主権・基本的人権・平和主義の三大原理」を基軸の一つにする、と言うのだが、より詳しくは次のように語られている(p.170)。
 「現行の日本国憲法は、占領下の翻訳憲法ではあるが、その根幹には、国民主権、基本的人権、そして平和主義(戦争の放棄)という三大原理が謳われてい」る。「国民主権(主権在民)も基本的人権も、自由と民主主義に立脚する近代国家には、普遍的な原理」だ。「また、戦争放棄と平和主義も、人類国家として実現していかなければならない理想でもあ」る。
 これはいけない。第一。すでにこの欄で述べたことがあるが、まず、現憲法が「国民主権・基本的人権・平和主義」を「三大原理」とするというのは、多くの高校までの教科書には採用されている説明かもしれないが、<左翼>憲法学者たちが説いてる一つの解釈または理解の仕方にすぎない。阪本昌成のように七つの<後日訂正-六つの>原理を挙げる憲法学者もあり、大学レベルでの憲法教科書類が一致して説いているわけでは全くない。少なくとも、権力分立原理と「象徴」天皇制度の維持・採用も、現憲法の重要な原理だろう。前者には、司法権により立憲主義を維持・確保しようとしていること(立法を含む国家行為の憲法適合性の審査)も含めてよい。
 ともあれ、素朴で、幼稚ともいえる「三大原理」の持ち出し方は、適切であるとは思えない。
 つぎに、その「三大原理」を「自由と民主主義に立脚する近代国家」に「普遍的な原理」だと語るのは、まさに<左翼>的な戦後教育の影響を受けすぎており、とても<保守>派の政党・論者が語るものとは思えない。そもそも、日本において、アメリカの独立革命やフランス革命とそれらが生んだ憲法をモデルとして「近代憲法」を語ることの意味が問われなければならないだろう。西欧+アメリカの「近代」原理を日本も現憲法で採用し、それは「普遍的原理」だ、というのは、典型的な<左翼>の主張であり、理解である、と考えられる。
 欧米を「普遍的」原理を提供しているモデルと見るのではなく、日本的な国政あるいは国家統治の原理を創出しなければならず、「自由と民主主義」といっても、それは日本的な「自由と民主主義」でなければならない。
 柳本のような論調だと、欧米的「近代」・「普遍的な原理」によって、「国家や国民という歴史と文化・伝統」は害され、決して両者は調整・調和されないことになるのではないか。
 柳本の教養・素養の基礎は経歴によると経済学にあるようだが、上のようなことを書く人が参議院憲法審査会会長であるというのは、かなり怖ろしい。
 さらにいえば、柳本・参議院憲法審査会会長は、「戦争の放棄」とか「平和主義」をどのような意味で用いているのだろうか。いっさいの「戦争の放棄」をしてはならず、正しい又は正義の戦争=自衛戦争はある、と私は考える。
 また、<左翼>が「平和憲法」などと称して主張する場合の「平和主義」とは、決して戦後および現在の世界諸国において一般的・普遍的なものではなく、「戦力の保持」をしないで他国を信頼して「平和」を確保しようとする、きわめて非常識かつ異常な「平和主義」に他ならない。
 にもかかわらず、柳本は次のように書く-「いま最も大切なことは、この憲法9条の精神を今後も高々と掲げると共に、同時に、…独立国としての自衛権と、自衛のための自衛軍の整備をきちんと明文化すること」だ。
 ここには現9条の1項と2項の規範内容の違いへの言及がまるでないし、「憲法9条の精神を今後も高々と掲げる」という部分は、実質的に日本共産党の別働団体になっている「九条の会」の主張と何ら異ならない。せめて、9条1項の精神、とでも書いてほしいところだ。
 柳本は「憲法9条とは、先の大戦を通して、国民が流し続けた血と涙の池に咲いた、大輪のハスの花である」とまで言い切る。憲法9条は、その2項も含めて全体として、このように美化されるべきものでは全くない、と私は考える。このような言い方も「九条の会」と何ら異ならない。
 繰り返すが、現憲法の文言から素直に読み取れる「平和主義」とは、「軍その他の戦力」の不保持・「交戦権」の否認を前提とする、それを重要な構成要素とする<世界でも稀な、異様な>「平和主義」だ。その点を強調しないままで、現9条は「大輪のハスの花」だとか、「戦争放棄と平和主義」は「人類国家として実現していかなければならない理想」だ、などと自民党かつ参議院の要職者に語られたのでは、げんなりするし、憲法改正・自主憲法制定への熱意も薄れそうだ。
 第二。五つめの柱の「日本人は世界初の『憲法の民』」も、そのまま同感はしかねるし、また議論のために不可欠の論点だとは思われない。
 柳本は、聖徳太子の「十七条の憲法」を持ち出して、「近代国家の憲法とは、一律には比較でき」ないと断りつつも、「日本人は、世界初の『憲法の民』なの」だ、という(p.175)。
 日本と日本人が<世界初>・<世界で一つ>のものを有することを否定はしない。しかし、日本の明治期に欧米の近代「憲法」の原語(Constitution, Verfassung)がなぜ「憲法」と訳されたのかという歴史問題にもかかわるが、柳本も留保を付けているように、日本が世界初の「憲法」を持った、というのはいささか牽強付会の感を否めない。これはむろん「憲法」という概念・用語をどう理解するかによる。今後の憲法改正にあたっては、この点の指摘または強調はほとんど不要だろう。
 憲法改正に向けての多少の戦術的な議論の仕方を一切否定しようとするつもりはないが、柳本の基本的論調はあまりに<左翼>の影響を受けた、あるいは、表現を変えると<左翼>に媚びたものではないか。稲田朋美ならば、このような文章にならないのではないか。
 問題は、現憲法の諸条項を、どのように、どのような順序で改正するか(新設も含む)、そのための勢力を国会両議院内および国民・有権者内でどのように構築していくか、にある。

1247/日本評論社・法律時報という「容共」・「護憲」雑誌。

 現物を手にしていないが、別の某雑誌に載っている広告によると、日本評論社という出版社発行の専門分野の雑誌らしき「法律時報」の編集部は、法律時報編集部編・「憲法改正論」を論じる(法律時報増刊)という書物(又は雑誌の特別号)を刊行している。そして、広告に謳われた惹き文章は次のとおりだ。
 安倍政権下で進行している『憲法改正』論に警鐘を鳴らし、理論的な対抗軸を示す。憲法学はもとより、隣接領域や諸外国からの知見をも盛り込む」。
 この日本評論社がかつて1970年代に<マルクス主義法学講座>という講座もの、たぶん全8巻程度、を刊行していたことはこの欄ですでに何度か触れた。その際に触れたかどうかは忘れたが、そのときの同講座の編集担当者だった林克行は、のちに同社の社長になった。「左翼」性の明らかな浦部法穂および辻村みよ子の憲法(学)教科書は日本評論社から発行されている。上記の法律時報編集部編・「憲法改正論」を論じるを含む広告欄の隣に掲載されている同社刊行の書物のタイトルは、家永三郎生誕一〇〇年で、誕生100年記念実行委員会編だから、家永三郎に批判的な本であるはずはない。
 日本評論社には、少なくともかつて、家永三郎の子息も勤務していた。
 家永三郎に関する書物の隣で広告されているのは、樋口陽一・森英樹・辻村みよ子ら編の国家・自由・再論、だ。
 したがって、この出版社発行の雑誌編集部が「『憲法改正』論に警鐘を鳴らし、理論的な対抗軸を示す」ことを図ることは当然かもしれないし、そのことをここで批判するつもりもない。改憲派の雑誌もあるし、護憲(又は憲法改悪阻止)派の雑誌もある。
 だが、朝日新聞社や岩波書店以外に、明確に憲法改正反対の方針をもつ法学関係の雑誌、そして出版社があることは広く知られておいてよいと思われる。いつか触れたが、日本共産党系又は親日本共産党の(当然に日本共産党員学者を含む)「民主主義科学協会法律部会」(民科・みんか)という学会の機関誌を発行しているのも、この日本評論社だ。
 関西系のテレビで夕方に「反安倍」の立場でコメントしていて今春頃に降りた(その理由は知らない)森田実は東京大学学生時代に日本共産党→ブントの活動家だったはずだ。
 森田実は、ネット情報によると2007年5月の自著出版記念会で、こう挨拶している。「来る7月22日の参院選を、日本国民が過去を反省し、国民の多数が誤った政治を支持してきたという過去の過ちを正し、再出発する日にしたい」、「そのためには、日本国民が安倍自公連立政権の側に立つ政治家を拒否すること、安倍自公連立政権の対極に立つ野党(民主党、社民党、国民新党)の候補者を当選させることが必要である」。
 そして、この会に出版社社長の中でただ一人メッセージを寄せたのは、日本評論社社長・林克行だった。
 どうやら、森田実は、少なくとも一時期、日本評論社で働いていたようだ。
 このような「政治的」立場の明確な出版社であることを知ってこの社から本を出している者もいるだろうし、また法学界には、日本評論社的な<親共、反・反共>の者が多いのかもしれない。
 だがもちろん、このような立場・考え方が<親中国・親北朝鮮>のそれでもあることを、とくに定見もなくこの出版社から本を出したり、この社の雑誌に執筆している(脳天気な)者たちは知らなければならない。

1242/「積極的平和主義」を批判する朝日新聞。

 朝日新聞1/15朝刊の「今村優莉、清水大輔」との署名のある<安倍首相の言う「積極的平和主義」って?>というタイトルの記事は、朝日新聞らしくて面白い。
 安倍首相が使っている「積極的平和主義」(に立つ)という表現の仕方はなかなかうまいものだと感じていた。つまり、従来は「平和」は<革新>または<左翼>の標語で、これに対する「戦争」または「好戦」とは<保守>または<右翼>の好むものだというイメ-ジを「左翼」は撒いてきたのが、安倍首相は逆手にとって自らを「積極的平和主義」者と位置づけ、従来の<左翼>の「平和」主義とは「消極的平和主義」、「何もしない平和主義」に他ならないことを皮肉をも込めて?明らかにしているように思えたからだ。
 上のことがどうやら朝日新聞記者には気にくわないらしい。上の記事は安倍の「積極的平和主義」の意味をあえて特定の意味に理解しようとし、そしてそれを批判している。
 その前にこの記事には意味が不明確な概念・語が無前提に使われている。第一に、「平和憲法の改正を目指す安倍氏…」という表現がある。ここでの「平和憲法」とはいったい何を意味しているのか? 朝日新聞または同新聞の愛読者には自明なのかもしれないが、「平和」主義にも非武装平和主義から(例えばスイスのような、徴兵制による正規軍をもつ)武装平和主義まで種々のものがあることを考えても、「平和憲法」という語の意味は自明ではない。おそらくは前者のごとき意味で用いているのだろうが、それのみが「平和憲法」なるものの意味内容であるとは限らないことを知るべきだろう。「平和憲法の改正をめざす」という表現によってすでに、安倍首相は非平和的・好戦的というイメ-ジを提示してしまっているのだ。第二に、坪井主税という平和学専門らしき札幌学院大名誉教授の引用コメントの中に「9条の平和主義」という語があり、これまた厳密には意味不明であるとともに、これを改正すること=悪という前提に立った叙述をしている。自民党の改憲案も9条第一項は残すのであり同条項の「平和主義」を捨てているわけではない。朝日新聞的な論理または単純素朴な護憲派のイメ-ジを全く知らないものにとっては、奇妙な叙述であり、不思議な前提だ。
 上記のことだけでもすでに朝日新聞らしさは十分に出ているが、<積極的平和主義>については以下のごとくイチャモンをつけている。①青井未帆(学習院大教授・憲法学)の、安倍首相は「平和」概念の広さを利用して「狡猾」で、「アメリカのつくる『世界平和のあり方』、つまり軍事力介入をいとわない“平和”を前提」とするものだ、とのコメントを用いる。②都築勉(信州大教授・政治学)の「国際協調主義に基づく積極的平和主義」という意味ならば現行憲法の尊重で足りる、等のコメントを用いる。③坪井主税の、安倍首相国連演説の「積極的-」の英訳は「Proactive」だが、これは「『先攻的にやっつける』という意味にもとれ、日本が9条の平和主義を捨て、自衛隊という軍事力を行使する意志を示したととらえられてもおかしくない」とのコメントを用いる、など。
 結局のところ、第一には、安倍首相の憲法改正志向や「集団的自衛権」の政府解釈や「武器輸出三原則」見直しの志向を批判する、という前提に立って安倍が「平和」という概念を用いることに文句をつけて(矛盾するなどとして)「積極的平和主義」を批判しているのであり、従来かつ現在の朝日新聞の立場を反復するものにすぎない。第二には、安倍首相の「積極的」を「軍事力介入をいとわない」あるいは「先攻的にやっつける」という意味だと分析?して批判しており、ここには批判したさがゆえの歪曲または単純化が見られる。「積極的平和主義」とは「軍事力介入をいとわない」・「先攻的にやっつける」平和主義だ、との解釈は、かなりの特定・限定または歪曲を施した、批判しやすくするための概念理解に他ならないだう。「積極的」=「Proactive」は「先攻的にやっつける」という「意味にもとれ」とは、悪意に満ち満ちた理解だ。
 世界各地に見られる<非平和>状態・地域に関して、あるいは日本もまた直面している「平和」の危機に際して、今村優莉清水大輔はいかなる対応策あるいは政策・戦略を考えているのだろうか。軍事的要素に脊髄反射的な反発をするだけ、という「平和ボケ」の典型的な姿が、この朝日新聞の記事にも見られるようだ。
 ところで、朝日新聞のおそらくはまだ若い方の記者の署名入り記事をときどき読んで思うのだが、朝日新聞の若い記者たちは、若い間に<朝日新聞的>な主張・考え方に添った文章をどれほどうまく書ける能力があるかによって、上司に<勤務評定>されているのだろう。安倍晋三あるいは自民党を批判することは当然のこととして、それをいかに面白い観点からいかに洒落た文章で行えるかが試されているのだと思われる。朝日新聞社内で「出世」するためにこのようなことで競わなければならないとは、特定の政治団体に入ってしまったがための仕方がないこととはいえ、まことに可哀想で気の毒なことだと感じる。

 

1241/宮崎哲弥が「リベラル保守」という偽装保守「左翼」を批判する。

 宮崎哲弥が週刊文春1/16号(文藝春秋)で「リベラル保守」を批判している。正確には、以下のとおり。
 「最近、実態は紛う方なき左翼のくせに『保守派』を偽装する卑怯者が言論界を徘徊している」。「左派であることが直ちに悪いわけではな」く、「許し難い」のは、「『リベラル保守』などと騙って保守派を装う性根」だ(p.117)。
 宮崎は固有名詞を明記していないが、この批判の対象になっていることがほぼ明らかなのは、中島岳志(北海道大学)だろうと思われる。
 中島岳志は自ら「保守リベラル」と称して朝日新聞の書評欄を担当したりしつつ、「保守」の立場から憲法改正に反対すると明言し、特定秘密保護法についてはテレビ朝日の報道ステ-ションに登場して反対論を述べた。明らかに「左派」だと思われるのだが、西部邁・佐伯啓思の<表現者>グル-プの一員として遇されているようでもあり、また西部邁との共著もあったりして、立場・思想の位置づけを不明瞭にもしてきた。だが、「左翼」だと判断できるので、西部邁らに対して、中島岳志を「飼う」のをやめよという旨をこの欄に記したこともあった。
 「リベラル保守」または「保守リベラル」と自称している者は中島岳志しかいないので、宮崎の批判は、少なくとも中島岳志に対しては向けられているだろう。
 適菜収も、維新の会の協力による憲法改正に反対すると明言し、安倍晋三を批判しているので、月刊正論(産経)の執筆者であるにもかかわらず、「実態は紛う方なき左翼」である可能性がある。但し、宮崎哲弥の上の文章が適菜収をも念頭においているかは明らかではない。なお、産経新聞「正論」欄執筆者でありながら、その「保守」性に疑問符がつく政治学者に、桜田淳がいる。「保守」的という点では、さらに若い岩田温の方にむしろ期待がもてる。
 ところで、宮崎哲弥は「自らのポリティカルな立ち位置」を明確にするために、「リベラル保守」を批判しており、自らは「保守主義者」を自任したことはなく、「あえていえばリベラル右派」だと述べている。そして、安倍政権を全面的に支持するわけでは全くないが、特定秘密保護法に対する(一定の原理的な)「反対論には到底賛同できない」とする。単純素朴または教条的な?「保守」派論者よりは自分の頭で適確によく考えているという印象を持ってきたところでもあり、自称「保守主義者」でなくとも好感はもてる。また、「仏教」・宗教に詳しいのも宮崎の悪くない特徴だ。もっとも、彼のいう「リベラル」の意味を必ずしも明確には理解してはいないのだが。
 同じ「リベラル」派としてだろう、宮崎は護憲派でありながら特定秘密保護法に賛成した(反対しなかった)長谷部恭男(東京大学法学部現役教授)に言及している。この欄で長谷部は「志の低い」護憲論者(改憲反対論者)としてとり上げたことがある。長谷部が特定秘密保護法反対派に組みしなかったのは、この人が日本共産党員または共産党シンパではない、非共産党「左翼」だと感じてきたことと大きく矛盾はしない。長谷部恭男が特定秘密保護法に反対しなかったことは、憲法学界で主流的と思われる日本共産党系学者からは(内心では)毛嫌いされることとなっている可能性がある。その意味では勇気ある判断・意見表明だったと評価しておいてよい。
 宮崎哲弥が長谷部恭男の諸議論をすべてまたは基本的に若しくは大部分支持しているかどうかは明らかではない。
 ヌエ的な中島岳志を気味悪く感じていたことが、この一文のきっかけになった。

1226/月刊正論・桑原聡編集長等に対する批判的コメント一覧。

 桑原聡が月刊正論編集長になって半年も経っていないとき、民主党政権下の月刊正論2011年3月号で、桑原はこう書いていた。-「かりに解散総選挙となって、自民党が返り咲いたとしても、賞味期限の過ぎたこの政党にも多くを期待できない」。

 ということは現在の自民党も「多くを期待できない」のか。桑原聡という人は「政治感覚」がどこかおかしかったように感じる。
 上のことを以下で記した。

 ①2011.04.06

 「月刊正論(産経新聞社)編集長・桑原聡の政治感覚とは。」

 ほかに、月刊正論の編集方針等について書いたものに以下がある。存外にたくさん、非生産的なことに時間を費やしてきた想いが生じ、あまり楽しくはないが。再度同旨のことを繰り返すのはやめにし、リストアップにとどめておくことにする。

 ②2012.04.06 「月刊正論(産経)編集長・桑原聡が橋下徹を『危険な政治家』と明言1。」

 ③2012.04.09 「月刊正論(産経)編集長・桑原聡が橋下徹を『危険な政治家』と明言2。」 

 ③2012.04.10 「月刊正論(産経)編集長・桑原聡が橋下徹を『危険な政治家』と明言3。」

 ④2012.04.11 「月刊正論(産経)編集長・桑原聡が橋下徹を『危険な政治家』と明言4。」 

 ⑤2012.04.13 「『B層』エセ哲学者・適菜収を重用する月刊正論(産経)。」

 ⑥2012.04.15  「『保守』は橋下徹に『喝采を浴びせ』たか?」

 ⑦2012.05.17  「月刊正論の愚-石原慎太郎を支持し、片や石原が支持する橋下徹を批判する。」

 ⑧2012.06.06 「月刊正論編集部の異常-監督・コ-チではなく『選手』としても登場する等。」

 ⑨2012.08.06 「憲法改正にむけて橋下徹は大切にしておくべきだ。」

 ⑩2012.08.21 「月刊正論(産経、桑原聡編集長)の編集方針は適切か?①」

 ⑪2012.08.29 「月刊正論(産経、桑原聡編集長)の編集方針は適切か?②」

 ⑫2012.09.03 「月刊正論(産経、桑原聡編集長)の編集方針は適切か?③」

 ⑬2013.09.08 「適菜収が『大阪のアレ』と書くのを許す月刊正論(産経新聞社)」

 ⑭2013.10.04 「月刊正論(産経)・桑原聡は適菜収のいったい何を評価しているのか。」

 ⑮2013.10.13 「錯乱した適菜収は自民+維新による憲法改正に反対を明言し、『護憲』を主張する。」

1222/錯乱した適菜収は自民+維新による憲法改正に反対を明言し、「護憲」を主張する。

 10/04に、適菜収が月刊正論2013年8月号で、「反日活動家であることは明白」な橋下徹を「支持する『保守』というのが巷には存在するらしい」のは「不思議なこと」とだと書いていることを紹介し、「適菜収によれば、石原慎太郎、佐々淳行、加地伸行、西尾幹二、津川雅彦らは、かつ場合によっては安倍晋三も、『不思議』な『保守』らしい。そのように感じること自体が、自らが歪んでいることの証左だとは自覚できないのだろう、気の毒に」とコメントした。「保守」とされているのが「不思議」だ(「語義矛盾ではないか」)という言い方は、橋下徹を支持する人物の「保守」性を疑っている、ということでもあるだろう。

 それから一週間後の10/11に、明確に安倍晋三の「保守」性を疑問視する適菜収の文章を読んでしまった。週刊文春10/17号p.45だ。適菜収は「連載22/今週のバカ」として何と安倍晋三を取り上げ、「安倍晋三は本当に保守なのか?」をタイトルにしている。その他にも、驚くべきというか、大嗤いするというというか、そのような奇怪な主張を適菜は行っている。

 ①まず、簡略して紹介するが、橋下徹と付き合う安倍晋三を以下のように批判する。

 ・付き合っている相手によって「その人間の正体」が明らかになりうる。橋下徹の「封じ込めを図るのが保守の役割のはず」、日本の文化伝統破壊者に対して「立ち上がるのが保守」であるにもかかわらず、「こうした連中とベタベタの関係を築いてきたのが安倍晋三ではないか」。
 ②また、安倍晋三個人を次のように批判する。

 ・組んでよい相手を判断できない人間は「バカ」。「問題は見識の欠片もないボンボンがわが国の総理大臣になってしまったこと」だ。

 ③ついで、安倍内閣自体をつぎのように批判する。

 ・「耳あたりのいい言葉を並べて『保守層』を騙しながら、時代錯誤の新自由主義を爆走中」。
 ④さらには、次のように自民+維新による憲法改正に反対し、「護憲」を主張する。
 ・「維新の会と組んで改憲するくらいなら未来永劫改憲なんかしなくてよい。真っ当な日本人、まともな保守なら、わけのわからない野合に対しては護憲に回るべきです」。

 ビ-トたけしあたりの「毒舌」または一種の「諧謔」ならはまだよいのだが、適菜収はどうやら上記のことを「本気」で書いている。

 出発点に橋下徹との関係がくるのが適菜の奇怪なところだ。与えられた原稿スペ-スの中にほとんどと言ってよいほど橋下徹批判の部分を加えるのが適菜の文章の特徴だが、この週刊文春の原稿も例外ではない。よく分からないが、適菜は橋下徹に対する「私怨」でも持っているのだろうか。何となく、気持ちが悪い。

 それよりも、第一に、安倍晋三を明確に「バカ」呼ばわりし、第二に、安倍晋三の「保守」性を明確に疑問視し、第三者に、「野合」による憲法改正に反対し、「護憲に回るべき」と説いているのが、適菜収とはほとんど錯乱状態にある人間であることを示しているだろう。

 少し冷静に思考すれば、憲法改正の内容・方向にいっさい触れることなく、「維新の会と組んで改憲するくらいなら」と憲法改正に反対し、「野合」に対して「護憲に回るべき」と主張することが、憲法改正に関するまともな議論でないことはすぐ分かる。

 適菜収は論点に即して適切な文章を書ける論理力・理性を持っているのか?

 適菜といえば「B層」うんぬんだが、そのいうA~D層への四象限への分類も、思想・考え方または人間の、ありうる分類の一つにすぎない。容共・反共、親米・反米(反中・親米)、国家肥大化肯定的・否定的(大きな国家か小さな国家か)、自由か平等か、変革愛好か現状維持的か、等々、四象限への分類はタテ軸・ヨコ軸に何を取り上げるかによってさまざまに語りうる。適菜のそれの特徴は「IQが高い・低い」を重要な要素に高めていることだが、少なくとも、ある程度でも普遍的な分類方法を示しているわけではない。
 さらにまた、適菜のいうA~D層への四象限への分類は、適菜自身が考えたのではないことを適菜自身が語っている。適菜はある程度でも普遍的だとはまったくいえない「B層」・「C層」論等を、「借り物の」基準を前提にして論じているのだ。
 そしてどうやら適菜は自らは規制改革に反対(反竹中平蔵・反堺屋太一)で「IQが高い」という「C層」に属すると考えているようなのだが、この週刊文春の文章を読むと、「D層」ではないかと思えてくる。

 また、自民党・維新の会による憲法改正に反対し、「護憲」を主張しているという点では辻元清美、山口二郎等々々の「左翼」と何ら変わらない(中島岳志とも同じ)、安倍晋三を「バカ」と明言するに至っては、かつて第一次内閣時代の安倍について「キ〇〇〇に刃物」とも称していた、程度の低い「左翼」(またはエセ保守)文筆家(山崎行太郎だったか天木直人だったか)とも類似するところがある。

 この適菜が「橋下徹は保守ではない!」という論考で月刊正論(産経)の表紙をよくぞ飾れたものだ。

 もう一度10/04のこの欄のタイトルを繰り返しておこうか。

 <月刊正論(産経)・桑原聡は適菜収のいったい何を評価しているのか。> 

1197/六年半前と「慰安婦」問題は変わらず、むしろ悪化した。これでよいのか。

 この欄への書き込みを始めたのは2007年3/20で、第一次安倍晋三内閣のときだった。当初は毎日、しかも一日に3-6回もエントリーしているのは、別のブログサイトを二つ経てここに落ち着いたからで、それらに既に書いていたものをほとんど再掲したのただった。

 当時から6年半近く経過し、内閣は再び安倍晋三のもとにある。かつて安倍内閣という時代背景があったからこそ何かをブログとして書こうと思い立ったと思われるので、途中の空白を経て第二次安倍内閣が成立しているとは不思議な気もする。
 不思議に思わなくもないのは、定期購読する新聞や雑誌に変更はあっても、政治的立場、政治的感覚は、主観的には、6年半前とまったく変わっていない、ということだ。

 当時に書いたものを見てみると、2007年3/21に、「憲法改正の発議要件を2/3から1/2に変えるだけの案はどうか」という提案をしている(5回めのエントリー)。たまたま谷垣禎一総裁時代に作成された現在の自民党改憲案と同じであるのは面白い。但し、この案には、政治状況によっては、天皇条項の廃棄(「天皇制打倒」)も各議院議員の過半数で発議されてしまう、という危険性があることにも留意しておくべきだろう。

 同年3/25、16回めに、「米国下院慰安婦問題対日非難・首相謝罪要求決議を回避する方法はないのか!」と題して書き、同年4/12、63回めでは、「米国下院慰安婦決議案問題につき、日本は今どうすべきなのか?」と再び問題にしている。

 上の後者では、岡崎久彦や「決議案対策としての河野談話否定・批判は『戦術として賢明ではない』」等との古森義久の見解を紹介したあとで、「河野非難は先の楽しみにして、当面は『臥薪嘗胆』路線で行くしかないのだろうか。私自身はまだスッキリしていないが。」と書いている。
 この決議案は採択され、河野談話は否定されておらず、慰安婦問題という「歴史」問題は、まだ残ったままだ。残るだけではなく、さらに悪化している、とも言える。そして、「私自身はまだスッキリしていない」。今年の橋下徹発言とそれをめぐるあれこれの「騒ぎ」のような現象は、今後も間違いなく生じるだろう。

 急ぎ、慌てる必要はないとしても、自民党、安倍晋三内閣はこのまま放置したままではいけないのではないか。
 「歴史認識」問題を犠牲にしても憲法改正(九条改正)を優先すべきとの中西輝政意見もあるが、「歴史認識」問題には「慰安婦」にかかるものも含まれるのだろう。

 これを含む「歴史認識」問題について国民の過半数が一致する必要はなく、例えば<日本は侵略戦争という悪いことをした>と思っている国民も改憲に賛成の票を投じないと、憲法改正は実現できないだろう。

 しかし、河野談話や村山談話をそのまま生かしていれば、第二次安倍内閣は<固い保守層>の支持を失うに違いない。今のままで放置して、「臥薪嘗胆」路線で行くことが賢明だとは考えない。憲法改正を追求するとともに、河野談話・村山談話等についても何らかの「前進」措置を執ることが必要だと思われる。

1193/歴史戦争・歴史認識・歴史問題-中西輝政論考の一部。

 中西輝政のものを読んでいたら、引用して紹介したい部分が随所にある。すべてをという手間をかける暇はないので、一部のみを、資料的にでも引用しておく。

 〇阿比留瑠比との対談「米中韓『歴史リンケ-ジ』の何故?」歴史通7月号(ワック)p.36、p.41

 「いまやマルクス主義や共産主義を真面目に信じている人はいなくなりましたが、敗北した戦後左翼の人々の社会に対する怨念、破壊衝動は残っています。日本国内で長い間社会主義に憧れてきた人たちは、突然社会主義が崩壊してしまったのを見て、日本を攻撃するタ-ゲットを『侵略戦争』すなわち、歴史認識問題へと移しました」。「国際的なリアリズムを踏まえたうえで、歴史問題を考えなければいけません。全ての元凶はどこにあるのか。それは憲法九条です憲法九条さえ改正できれば、歴史問題を持ち出されても対応できるでしょう。憲法改正、歴史談話、靖国参拝の三つで賢く敵を押し返さねばなりません」。

 基本的趣旨に賛成だから引用した。以下はとるに足らないコメント-1.「マルクス主義や共産主義を真面目に信じている人はいなくな」ったのかどうか。生活のため又は惰性ではない日本共産党員もいるのでは。2.「戦後左翼」は「敗北」したと思っているだろうか。3.「突然社会主義が崩壊してしまった」のはソ連・東欧で、中国・北朝鮮はなお「社会主義」国の一つではあるまいか、他の要素・側面が混じっているとしても。4.「憲法九条」は「憲法九条2項」としてほしい。

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