秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

弁論術

2285/西尾幹二批判011—『国民の歴史』③。

 西尾幹二・国民の歴史(1999、2009、2017)について、<歴史随筆>・<広義での歴史読み物>にすぎない、とすでに書いた。
 これの「随筆」ぶりは、第27章に該当するだろう「27・終戦の日」(全集版p.516-)が「私の父には異母弟が二人おり」から始まって、終戦直後に西尾が父親に出したという文章の<原文写し>までが掲載されていることでも容易に知られる。
 そのあとには「29・大正教養主義と戦後進歩主義」と題する戦後<進歩派>知識人批判とか、「31・現代日本における学問の危機」「32・私はいま日韓関係をどう考えているか」などの「国民の歴史」を扱う<歴史書>らしくはない主題が続き、最後の章(らしきもの)は「34・人は自由に耐えられるか」という表題だ。
 それぞれ、「随筆」または「評論」(・「時事評論」)に該当するとしても、もちろん「学術書」とか「研究書」と言われるものに該当しない。
 したがって、西尾がつぎのように2009年に書いた(ようである)のは、勘違いも甚だしい、と考えられる。
 「私の思想が思想としては読まれず、本の意図が意図どおりに理解されないのは遺憾でした」。全集第18巻p.695。
 いったいどこに、「思想」があるのだろう。いろいろな書物の何らかの複写・西尾の脳内での「編集」があるとしても、「思想」はない。
 あるとすれば、この書がもともと<新しい歴史教科書をつくる会>の運動を背景として出版された、という背景を考えると、強いていえば<日本主義>・<日本民族主義>・<愛国主義>、きわめて曖昧な(頻繁には使いたくない一定の意味での)<保守主義>ということになるのだろうが、これらの<主義>は至るところに、あるいは現在の「いわゆる保守」や日本会議という活動団体の中や周辺にはどこにでも見られるもので、一般的・抽象的・観念的に語ることはできても、詳細な研究に値する「思想」ではない。
 言い換えると、西尾幹二はもともと一つの「社会運動」のためにこの書物を書いたのであって、自分の「思想」うんぬんを語るのは、相当に<後付け>的説明だ。
 西尾の表現によるとまるで少なくとも本質的には「思想」書のごとくだが、一方で、「学術」書とか「研究」書とかは自称していない(ようである)ことは興味深い。
 「学問」よりも「思想」が、したがって「学者」よりも「思想家」の方がエラい、と考えているのかどうか。もちろん、この人は「思想家」ではなく、「評論家」または「時事評論家」、もっと明確には、一定の出版業界内部での<文章執筆請負自営業者>にすぎない、のだけれども。
 少し戻ると、第二代の「つくる会」会長だったらしい田中英道は、「月報」ではなく西尾幹二全集の中に本文と同じ活字の大きさの「追補」執筆者として登場して(このような「編集の仕方」の異様さはまた別に触れる)、西尾著のかつての批判者・永原慶二の文章をつぎのように紹介・引用している。原文を探しはしない。
 「直感と結論を何の証明もなく、無媒介に、弁舌だけで意味ありげに提示することは学者に許されることではない」。全集上掲巻p.735。
 日本共産党の党員だった、または少なくとも完全に<容日本共産党>の学者だった永原慶二を全体として支持する気持ちはさらさらない。
 しかし、「直感と結論を何の証明もなく、無媒介に、弁舌だけで意味ありげに提示」しているとの批判?は、おそらくは相当に適切だ。西尾幹二には「直感」と「弁舌」がある。
 だが、この永原の指摘が決定的に奇妙なのは、「学者に許されることではない」と批判?していることだ。
 すなわち、西尾は「学者」として『国民の歴史』を執筆したのではない。
 西尾幹二は、「学者」ではない。「学術」書・「研究」書として『国民の歴史』を刊行したのではない。
 したがって、上の表現を借用すれば、「直感と結論を何の証明もなく、無媒介に、弁舌だけで意味ありげに提示」しているという批判は、当たらない。なぜならば、西尾幹二は「学者」ではないからだ。「学者」ではない西尾には、そのようなことはもともと「許される」ことなのだ。
 西尾よりも神がかり?しているらしい田中英道が書いている永原に対する反論・批判や西尾擁護は、当然に的確ではない。
 なお、アリストテレスによる<学問分類>に孫引きで言及して、西尾幹二のしていることは<制作的学問/弁論術>に該当し、隣接させている<制作的学問/詩学>ではない、等と指摘したことがある。No.2251ー2020.07.09。
 その際アリストテレスの<学問>体系によると学問・科学は大きく三分類されるが、「制作的学問」はつぎのとおり、最も下位に位置づけられる(らしい)。
 A/理論的学問、B/実践的学問、C/制作的学問。
 「弁論術」・「弁舌」あるいは「レトリックの巧みさ」は、もともと「学問」性の低いものだ。今日の常識的な語法では、創作=詩・小説・映画・音楽・演劇等々とともに「学問」ではそもそもない。相手や読者・公衆を「説得」する、「その気にさせる」ことはできるものではあっても、<事実>・<真実>を追及するものではない。
 さらになお、アリストテレスが「詩学」に含めているとみられる詩・小説・演劇・音楽等々は人々の「こころ」を「感動」させる力が十分にあり得るが、西尾幹二が生業としてきた「弁論術」には、そのような力はないか、あっても、上記のものよりは程度が小さい、と言えるだろう。
 

2266/西尾幹二批判006。

 可能なかぎり多数の例証を示して書こうと思っていたが、とれだけ先になるか分からないので、今のうちに書いておく。
  L・コワコフスキによるニーチェ論述にあるように、ニーチェは相当に「レトリック」に長けていたようだ。ニーチェのレトリックに刺激され魅了された多数の者がいる旨も語っている。
 やや唐突にアリストテレスによる学問(科学)分類を持ち出して、西尾幹二がしてきたのは<製作的学問/弁論術>に該当するだろう、とこの欄で記した。
 →No.2251・アリストテレスの「学問分類」—西尾幹二批判003。
 西尾はレトリックに長けた人物であり、その意味で「弁論術」に秀れている。
 西尾は若いときにニーチェの原書を毎日のように読んで、ある程度はニーチェの「レトリック」に魅了されまたは影響を受け、レトリックの秀れた人物(書き手)は「えらい」・「秀れた」人だと思い込んだように見える。
 ここでレトリックを用いる「弁論術」とは、アリストテレスがその隣に位置づけている「詩学」とは異なるもので、後者は、詩や小説等の「創作」活動を広く含むと見られる。つまり、アリストテレスは今日にいう狭義の<文学>あるいは(主としては言葉を用いる)<芸術>活動を意味させていると思われる。そして、西尾幹二は<創作家>でも<芸術家>でもない。
 しかし、大学院を含む学生時代に「文学」か「思想」かと(自分が立身出世する??)進路を迷ったと何かに書いていたように、結局は後者を選択したのだったが、元々根っこにあった(狭義の)「文学」的気分を残したまま、社会・政治・歴史等に関する「評論」活動を行なってきた。そして、彼が決して無視しないのは、狭義の「文学」または「文章表現の技術」であり、内容とは別に「うまい表現」あるいは「美文」に感心する側面がある。また、自分の文章・「レトリック」に酔っている印象を受けるときもある。
 長々と述べて最後は賛成か反対か、高く評価するか消極的にしか評価しないかの結論を5〜6文字で書けるところを、あえて3行ほども用いていることがある(付与された原稿枚数・紙面の都合かもしれないが)。
 以上はたんなる印象・感想だが、大きくは誤っていないだろう。
 <芸術>に傾斜しがちな<弁論>家なのであり、そこでは、<レトリック>は重要なのだ。しかし、<レトリック>にいくら長けていても、その文章作成「技巧」が秀れていても、言うまでもなく、叙述・論述の内容の適正さと関係はない。
 なお、ニーチェにはきっと<アフォリズム>が多数残されているのかもしれない。西尾も好きなようで、自分のブログサイト上に、第三者が抜粋している自分自身の<アフォリズム>を掲載している。「文芸評論的おしゃべり」のためにはレトリックも、それが生んだアフォリズムも意味があるのかもしれないが、問題は、何とでも言える「言葉・文章」ではない。
  上の点は、しかし、些細な論点だ。
 L・コワコフスキのニーチェに関する論述のうち、西尾幹二にもあたっていると感じた大きな点は、二つある。一つは、<反科学>性だ。
 西尾にとって重要なのは事実・真実ではなく、「言葉」によるその「解釈」だ。極限すると、事実・真実などは「言葉」によって、つまり「言葉を通じた解釈」によっていかようにも変更し、認定することができる、と考えているのではないか(極限すると、だが)。
 その<反科学>性はニーチェと共通性・類似性があるが、ニーチェの場合は、キリスト教のもとで育まれ進展した西欧的「近代科学」、「近代(西欧)文明」を敵としていたのだろう。
 そのような歴史的背景とはおそらく無関係に、西尾は「自然科学」を軽蔑し、無視しようとしている。前回にも触れたとおり。「自然科学」ではない「日本の科学」が西尾には重要なのだ(すでに紹介した)。
 そして、ニーチェによるキリスト教に対する敵視(L・コワコフスキは強調している)は、西尾による「宗教」嫌悪にもつながっているように見える。この人物はかつて、自分は<(何らかの)宗教に嵌まることはできない>と明記したことがある。
 きっと、本質的にはニーチェと同様に、「無神論」者なのだろう。
 しかし、2019年に西尾は、こう発言していたことを思い出す必要がある。
 西尾は対談の中でこう言った(複数回に言及済み)。月刊WiLL2019年11月号別冊、p.225。
 「日本人には自然に対する敬愛の念があります。日本には至るところに神社があり、儀式はきちんと守られている。…、やはり日本は天皇家が存在するという神話の国です。決して科学の国ではない。だからそれを守らなくてはなりません。
 「神社」を持ち出すところをみると、西尾は「神道」信者、少なくとも「神道」に愛着を感じる者、なのだろうか。また、「日本人には自然に対する敬愛の念があります」というからには、自分自身も「自然に対する敬愛の念」を抱いているのだろうか。
 いずれも、否、でないかと思われる。西尾幹二にとっては何よりも<自分の精神>が重要なのであって、神道を本当は崇敬してはいないし、「自然」を敬愛してもいない。むしろ自分を「自然」と対立・対峙させている。
 自然と人間の対比・対立、自然と「自分」の対比・対立はこの人にとっての出発点であり、絶対的なものだ、と考えられる(西尾に限られるわけでもないが)。
 しかし、秋月瑛二は、究極的には自分自身もまた「自然の一部」だと考えている。
 「私」・「自己」というものは、さほどに重大・深刻なものではない(と別のテーマになってしまった)。
 第二は、<反大衆>性だ。別の回にするが、つぎの歌詞(と旋律)に、西尾はきっと何の感動も持たない可能性がある、とだけ記しておく。
 「夢がなくても 希望がなくても 生きがいがなくても いつか見つかる
  悲しいことでも つらいことでも 報われる日がくる そう信じてる
  小さなともしびを 消さないようにと 肩をすくめながら 歩いてきたんだ

 2013年、辻井伸行/作曲=ピアノ演奏、Exile ATSUSHI/作詞=歌唱。「それでも、生きてゆく」の一部。正確な歌詞を見ていないので、漢字の使い方は原詞と違うかもしれない。
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