秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

岩田温

2074/西尾幹二の境地・歴史通11月号①。

 月刊WiLL2019年4月号(ワック)に、つぎの対談が掲載されたようだ。
 西尾幹二=岩田温「皇室の神格と民族の歴史」。
 これが、歴史通/WiLL11月号別冊(ワック)に再掲されている。
 前者を読んでいないので知らなかったが、後者を読むと、今年の初めに西尾幹二が考えていたことが分かり、興味深いとともに、いささか驚き、また呆れる。
 その西尾発言部分を、まずは引用する。一行ごとに改行する。
 「女性天皇と女系天皇の区別」はかなり理解されてきたようでもある。<中略>
 「女性天皇は歴史上あり得たが、女系天皇は史上例がないという認識は、今の日本で神話を信じることができるか否かの問いに他なりません
 大げさにいえば、超越的歴史観を信じるか、可視的歴史観しか信じられないかの岐れ目がここにあるといってもいいでしょう。
 126代の皇位が一点の曇りもない男系継承であるからといって、今や…情勢が変わったのだから政治世界の条件は少しは緩めて寛大にしてもよいのではないかと考える人が急速に増えているようです。
 しかし残念ながらそれは人間世界の都合であって、神々のご意向ではありません。//
 神話は歴史と異なります。
 日本における王権の根拠は神話の中にあるのであって、歴史はそれを支えましたが、歴史はどこまでも人間世界の限界の中にあります。
 歴史は…、諸事実の中から事実の選択を前提とし、事実を選ぶ人間の曖昧さ、解釈の自由を許しますが、神話を前にしてはわれわれはそういう自由はありません
 神話は不可知の根源世界で、全体として一つであり、人間の手による分解と再生を許しません。
 ですから神話を今の人に分かるように絵解きして無理なく伝えるのは容易な業ではなく、場合によっては危険でもあり、破壊的でもあるのです。//
 例えば、女系天皇の出現を阻止するのは…今や無理であり、…女性宮家を創設して、…が合理的で、男系継承一点限りの原則論ではもはややっていけない、と囁く声が保守派の中からさえ聞こえてきます。
 それでいいのですか。」
 ここで、いちおう区切る。
 これまでのところで、原理的な問題として西尾幹二が取り上げているのは、<神話と歴史>という問題だ。そして、明確に、前者を尊いものとしている。
 池田信夫は「天皇が『万世一系』だとか、男系天皇が日本の伝統だと主張するのが保守派ということになっているが、これは歴史学的にはナンセンスだ」と書いているが(同11月11日ブログマガジン)、ひょっとすれば?、「歴史学的にはナンセンス」であることは、西尾も容認するのかもしれない。
 しかし、西尾幹二は、「歴史学」が示す「可視的世界観」に立ってはならず、「人間世界の限界の中」にある「歴史」によらず、また「人間世界の都合」によらないで、「神々のご意向」に添わなければならない、という見解を主張しているようだ。
 なぜなら、「歴史」には「事実を選ぶ人間の曖昧さ、解釈の自由」があるが、「神話を前にしては」「そういう自由」はない。
 「神話」と「歴史(学)」と関係は、一般論として、興味深い主題ではある。
 ごく最近に読んだジョン・グレイの書物の一部は、近代人文社会科学は「ヒューマニズム」を基礎としており、それはまた一種の「信仰」であり「迷信」だ、と主張しているとみられる。
 むろん、J・グレイの方が、西尾幹二よりも視野が広く、思索は深い。
 まだこの欄で紹介していないが、つぎの書物には、つぎのような印象深い一文がある。
 J・グレイ/池央耿訳・わらの犬-地球に君臨する人間(みすず書房、2009)=John Gray, Straw Dogs -Thoughts on Human and Other Animals (2002)、邦訳書p.85。
 「曇りのない知見は、歴史、地理、物理学など、広い分野に学んで身につくものである」。
 西尾幹二の知見は、幼稚な秋月瑛二の目から見ても、「曇りのない知見」だとは思えない。
 以上はさておき、「歴史(学)」の対象には「神話」も含み、またJ・グレイの示唆するように「歴史(学)」もまた何らかの「宗教」(近代ヒューマニズム、近代啓蒙主義にもとづく人文社会系学問)を基礎にしているとも言えるから、西尾のように「神話」と「歴史」を対比させること自体が、なおも説得力を欠くところがあるだろう。
 しかし、それにしても、公然たる、明確な「神話」優越論だ。
 これが、日本人、あるいは世界も含めてもよいが、人間多数の支持を受け得るとは考え難い。
 「神話は不可知の根源世界で、全体として一つであり、人間の手による分解と再生を許しません」と何やら深遠なことを言っているようでもあるが、じつはほとんど無意味だ。
 「人間の手による分解と再生」を許さないのが「神話」であり、人間はそれに従うほかはない。これを西尾は「可視的歴史観」と区別される「超越的歴史観」と称しているようだ。要するにこれは、「神話を信じるべきだ」、という主張だ。
 世界観、人間観、人生観として、これは成り立つ可能性はある。キリスト教も含めて、真に敬虔な「宗教信者」は、たぶんそう考えているのだろう。
 だが、論じるまでもなく、そして残念ながら、普遍的な、または日本と日本人に不変の「世界観、人間観、人生観」として西尾が勝手に他者に押しつけることができるものではない。西尾幹二の「虚しい思い込み」にすぎない。
 この点ではまだ、岩田温のつぎの言葉の方が冷静だ。
 「神話をすべて信じろというのは現代人にとって難しいでしょうが、神話を敬う態度は必要だと思います」。上掲書、p.220。
 秋月もまた、「敬う」と表現できるかは別として、日本書記であれ古事記であれ、日本と日本人の歴史を考察するにあたって、これらのうちの「日本神話」を無視してはならないと思っているし、「事実」・「史実」ではないものがあると注記しつつ諸記述・諸「物語」を学校教育の場にも導入すべきだと思っている。
 しかし、むろん「神話を信じる」べきだ、という前提に立っているのではない。
 なお、上に引用部分にはないが、西尾幹二は、原理的・基本的な論点として、つきの主張を行っていることにも注目される。以下、引用。上掲雑誌p.222。
 「女系天皇を否定し、あくまで男系だという一見不合理な思想が、日本的な科学の精神です。
 自然科学ではない科学が蘇らない限り、…へひた走ってしまいます。
 それが行きつく先はニヒリスムです。<一文略>
 自分たちの歴史と自由を守るために、自然科学の力とどう戦うか。
 現代の最大の問題で、根本にあるテーマです。」
 ここでは私は、「ニヒリズム」観念には関心がない。
 興味深い一つは、「自分たちの歴史と自由」の大切さを説いて、ここでは(「神話」ではなく)「歴史」を重視していることだ。西尾幹二における諸概念の使い方には、そのときどきの、文章の流れの中に応じたむら気に対応して、結構いいかげんなところ、がある。
 それよりも決定的に重要だと感じられるのは、最後にある、「自然科学の力とどう戦うか」、これが「現代の最大の問題で、根本にあるテーマ」だ、という主張・見解だ。
 むろんこれも、西尾幹二の独自の主張の一つにすぎない。
 すでに言及した部分を含めて言えば、西尾幹二は、こういう図式を描いているようだ。
 「神話」>「歴史」>「自然科学」
 これまた面白い理解の仕方だ。J・グレイによると「曇りなき知見」を得るためには「物理学など、広い分野」を学ぶことが必要なのだが、西尾によると、「自然科学」と戦うことが必要なのだ。J・グレイとは真反対にあるとも言える(なお、この人物は<容共>主義者ではない)。
 岩田温もこれにほぼ追随していて、「皇室は、近代的な科学に抗う日本文化」の「最後の砦」だとか、「無味乾燥な『科学』」だとか発言している。上掲雑誌、p.224。
 ここに、はしなくも、日本の「文学」系人間に特徴的であることが多い無知蒙昧さが明瞭に示されている、と秋月は感じる。人間である日本人を理解するためには、人体・脳等々を学問対象とする「医学」、その基礎にある物理学、化学等々、そして脳神経生理学、進化生物学等々もまた必要なのだ。
 これら現代「自然科学」を無視しては、さらには「戦う」などという姿勢・感覚では、日本人も、その歴史も、西尾幹二もときに用いる「日本精神」なるものも、理解することができない、議論することすら不可能だと思われる。
 さて、以上は全体をいちおう一読したあとでの原理的、基本的な論点の所在の指摘だ。
 とりあえず問題になるのは、しかし、つぎにあるだろう。
 万が一「神話」と「歴史」(と「自然科学」)の関係が西尾が考えるようなものだとして、つまり西尾の見解にかりに従うとして、つぎの問題がただちに生じる。
 西尾のいう「神話」とは少なくとも日本書記上の「神話」だろう。あるいは古事記も含んでいるかもしれない。
 そして、第一に、日本書記(8世紀初頭成立)が記述する「神話」は、「神々のご意向」として、上に西尾の言葉を引用したような意味での「神話」としてそのまま「信じる」必要があるのか。あるいは「信じる」ことができるのか?
 第二に、「126代の皇位が一点の曇りのない男系継承である」ことは、日本書記(+古事記)が記述する「神話」に照らして、疑い得ないものなのか?
 岩田温は西尾に迎合して?、つぎのように語る。上掲雑誌、p.220。
 「人の世を扱う歴史には人間の自由があるが、神話には人間の自由がないとのご指摘、大変勉強になります。
 確かに歴史は解釈の余地がありますが、神話はその神話を受け入れるか、受け入れないかという二者択一を迫られます。」
 大いに「勉強」すればよいが、西尾の「神話」・「歴史」の対比とともに、これは少なくとも日本書記(+古事記)につては<妄言>・<誤謬>だ。
 ①日本書記と古事記では、記述内容が異なっている場合も少なくない。
 ②日本書記の記述は「解釈」を許さないほどに「一義的に明確な」ものではない。「神話」であっても、あるいは「神話」部分だからこそ、「受け入れるか、受け入れないかという二者択一を迫られる」ような意味明瞭な記述にはなっていない。
 日本書記の記述にだって、「解釈」の争いがあることがある。これは、ほとんど常識ではないか。
 西尾と岩田の二人は、いったい何を喚いているのだろうか。とりわけ、<日本の「保守派」知識人>西尾幹二は、いったい何を考えており、いかなる境地に達しているのだろうか。
 (つづく)

1241/宮崎哲弥が「リベラル保守」という偽装保守「左翼」を批判する。

 宮崎哲弥が週刊文春1/16号(文藝春秋)で「リベラル保守」を批判している。正確には、以下のとおり。
 「最近、実態は紛う方なき左翼のくせに『保守派』を偽装する卑怯者が言論界を徘徊している」。「左派であることが直ちに悪いわけではな」く、「許し難い」のは、「『リベラル保守』などと騙って保守派を装う性根」だ(p.117)。
 宮崎は固有名詞を明記していないが、この批判の対象になっていることがほぼ明らかなのは、中島岳志(北海道大学)だろうと思われる。
 中島岳志は自ら「保守リベラル」と称して朝日新聞の書評欄を担当したりしつつ、「保守」の立場から憲法改正に反対すると明言し、特定秘密保護法についてはテレビ朝日の報道ステ-ションに登場して反対論を述べた。明らかに「左派」だと思われるのだが、西部邁・佐伯啓思の<表現者>グル-プの一員として遇されているようでもあり、また西部邁との共著もあったりして、立場・思想の位置づけを不明瞭にもしてきた。だが、「左翼」だと判断できるので、西部邁らに対して、中島岳志を「飼う」のをやめよという旨をこの欄に記したこともあった。
 「リベラル保守」または「保守リベラル」と自称している者は中島岳志しかいないので、宮崎の批判は、少なくとも中島岳志に対しては向けられているだろう。
 適菜収も、維新の会の協力による憲法改正に反対すると明言し、安倍晋三を批判しているので、月刊正論(産経)の執筆者であるにもかかわらず、「実態は紛う方なき左翼」である可能性がある。但し、宮崎哲弥の上の文章が適菜収をも念頭においているかは明らかではない。なお、産経新聞「正論」欄執筆者でありながら、その「保守」性に疑問符がつく政治学者に、桜田淳がいる。「保守」的という点では、さらに若い岩田温の方にむしろ期待がもてる。
 ところで、宮崎哲弥は「自らのポリティカルな立ち位置」を明確にするために、「リベラル保守」を批判しており、自らは「保守主義者」を自任したことはなく、「あえていえばリベラル右派」だと述べている。そして、安倍政権を全面的に支持するわけでは全くないが、特定秘密保護法に対する(一定の原理的な)「反対論には到底賛同できない」とする。単純素朴または教条的な?「保守」派論者よりは自分の頭で適確によく考えているという印象を持ってきたところでもあり、自称「保守主義者」でなくとも好感はもてる。また、「仏教」・宗教に詳しいのも宮崎の悪くない特徴だ。もっとも、彼のいう「リベラル」の意味を必ずしも明確には理解してはいないのだが。
 同じ「リベラル」派としてだろう、宮崎は護憲派でありながら特定秘密保護法に賛成した(反対しなかった)長谷部恭男(東京大学法学部現役教授)に言及している。この欄で長谷部は「志の低い」護憲論者(改憲反対論者)としてとり上げたことがある。長谷部が特定秘密保護法反対派に組みしなかったのは、この人が日本共産党員または共産党シンパではない、非共産党「左翼」だと感じてきたことと大きく矛盾はしない。長谷部恭男が特定秘密保護法に反対しなかったことは、憲法学界で主流的と思われる日本共産党系学者からは(内心では)毛嫌いされることとなっている可能性がある。その意味では勇気ある判断・意見表明だったと評価しておいてよい。
 宮崎哲弥が長谷部恭男の諸議論をすべてまたは基本的に若しくは大部分支持しているかどうかは明らかではない。
 ヌエ的な中島岳志を気味悪く感じていたことが、この一文のきっかけになった。

1136/西尾幹二「私の保守主義観」と中島岳志。

 一 西尾幹二全集第3巻(国書刊行会、2012.07)所収の、「私の保守主義観」(p.45~、初出・1964)を読む。以下は、私なりの要約。
 ・「保守的な生き方というものはあっても、保守主義という特定の理論体系は存在しないし、また存在すべきではない」。
 ・「革新派」の「進歩主義」のごとき、特定の「主義」を、「保守派」は掲げるべきではない。ドグマを奉じた集団形成、イデオロギーによる現実裁断は「保守主義」と言えない。
 ・「未来への明確な見通し」により「世界や歴史を理路整然と説明」するのは「革新派の身上」で、「保守派は革新側に規定されてはじめて、自分が保守派であることを意識する」。
 ・E・バーク以来、「保守主義とはつねにそういうもの」で、彼はフランス革命に「急進的な自由主義の暴走」を見て批判・抵抗した。「革新思想」は「社会主義に衣装をかえていった」が、「保守主義」の本質的あり方に変化はなかった。「保守主義とは、一個の抽象的理論なのではなく、革新側が主張する特定のドグマや世界観に対し、そのつど具体的な状況に応じて提出される懐疑であり、批判であり、警告のことば」なのだ。
 ・「保守と革新」、「反動と進歩」という対立概念は「革新側」が過去の裁断のために作った標語で、「保守派」は関知しない。対立図式により規定するには現実は手に余るものであることを、「保守派」は知っている。
 ・「保守的な生き方・考え方とは、自己についても、世界についても、割り切れないものを割り切ろうとはしない態度、理論より理論の網目からもれたものを尊重する態度」、「楽観的な合理主義に虚偽をかぎつける本能」だ。
 ・「保守派」は「進歩を否定しているのではない」。ただ、「進歩」を最高の価値・究極の目的とする「観念的な未来崇拝」に与しないだけだ。
 ・「保守主義は進歩や改革を否定しているのでは決してない。むしろその逆である」。日本では、「もっとも自覚的であるべきはずの革新主義がもっとも無自覚な偶像崇拝のとりことなり、もっとも近代的であるべきはずの知識階級の意識が、実業の世界に生きる人々にくらべてはるかに遅れているのが現状」だ。
 ・「自由な、現実的な姿勢」で対処することが必要で、それを「保守的」と呼びたい者は呼ぶがよい。肝要なのは「呼称ではなく態度、理論ではなく理論をあつかう主体の姿勢」だ。
 以上、1960年安保騒擾時に見られたような「革新勢力」・知識人の「固定観念と集団陶酔」等への批判等は割愛したが、基本的な内容はこのようなものだ。
 私は「保守」について、思考方法ないし態度ではなく一定の「価値」の選択・選好だと書き、それは今日の日本では<反コミュニズム=反共>だ、という旨を記したことがある。
 かかる考え方は西尾幹二のそれとは異なるようでもある。しかし、西尾は「革新思想」は「急進的自由主義」から「社会主義に衣装をかえていった」という叙述もしているように、「革新派(左翼)」に規定されて意識される、<反革新(反左翼)>としての「保守派」の主張内容は、今日では(今日でも)基本的には<反社会主義=反共>だろう、と思われる。それは(反マルクス主義と当然に同義であるとともに)、反日本共産党でもあり、反中国・反北朝鮮でもある。あるいは、「革新派(左翼)」によって、歴史認識や政策を含む「そのつど具体的な状況に応じて提出される」種々の論点について、「自由な、現実的な姿勢」でもって対決、あるいは反論していくことでもある。
 したがって、西尾の考え方と私のそれが全く乖離している、矛盾しているとは、感じていない。
 二 ところで、中島岳志は某雑誌(表現者)上で「私の保守主義」なるものを語って、中島なりの「保守主義」理解を<理論的・体系的に>提示しようとしているようだ。また、中島岳志は、橋下徹を「保守」ではないと断じるとともに、「保守主義」の立場から演繹した<反原発>の主張も(同じ雑誌上で)しているように理解できる。
 中島岳志は、何らかの「保守主義という特定の理論体系」を前提としているように解される。そして、そのような前提的発想は、そもそも西尾幹二のいう「保守的な考え方」ではないのではないか。
 中島岳志は、月刊・論座2008年10月号(朝日新聞社)で、つぎのように語ってもいる(p.33)。
 ①「保守とは、人間の理性によって社会を進歩させることは不可能だという立場」だ。
 ②「保守主義本来の発想」は、「伝統や慣習、常識、共同性、といった人智を超えた所与のものに依拠する方が、世の中の秩序は安定し、よりましな社会が漸進的に続いていくんだ」、というものだ。
 三 「保守主義」と言わなくとも「保守的な考え方」は「態度」・「姿勢」にある旨を強調する西尾幹二の上の叙述にもいくばくかの疑問はあり、西尾幹二が参照していると見られ、類似点のある福田恆存「私の保守主義観」同・評論集第5巻(麗澤大学出版会、2008、初出・1959)p.126以下に、岩田温・政治とはなにか(総和社、2012)は従わず、一定の内容・価値を「保守」概念に意味させている(とりあえずは詳しくは紹介しない)。
 四 上の点はともあれ、中島岳志の述べる上の①は、<理性による社会の進歩は不可能>とするのが「保守」だ、というもので、これは西尾幹二の理解とも(そして福田恆存の理解とも)異なっている、と思われる。
 西尾幹二において(但し、1964年)、「保守主義は進歩や改革を否定しているのでは決してない。むしろその逆」なのだ。その「進歩や改革」に「人間の理性」は不要だとは言えないだろう。
 中島岳志は、「保守」という「主義」を想定している点で西尾幹二・福田恆存と異なっていると考えられ、また、「保守」の理解が(その態度・心性に着目するとしても)あまりに単純すぎるか、過度に一定の面を強調しすぎている。
 また、中島岳志は上の月刊・論座の座談会の中で「保守」への不満を述べ、(<中国や韓国への感情的反発>に偏った)日本の「保守」を変えようとしたいらしき発言をしてもいるのだが(なお、中島岳志は憲法現九条改正に反対する-p.37)、そのような日本の「保守派」の現状批判と変革について、彼自身がその「理性」を働かせているはずなのだ。
 また、中島岳志は日本の「保守」は「設計主義的」すぎるとも批判しているが、「保守主義」という主義・理論に立って日本の「保守派」や原発問題等についてあれこれと論じること自体も、ある意味では<設計主義的>だと思われる。
 要するに、まともな?「保守派」・「保守主義者」らしく振る舞っているようである中島岳志は、じつは本質的に「保守派」ではない、のではないか。
 こうした疑問または結論は、すでに何度か述べたことがある。

0608/岩田温・チベット大虐殺と朝日新聞(オークラ出版)ほか。

 一 いつになるときちんと読めるのか分からないが、岩田温・チベット大虐殺と朝日新聞(オークラ出版、2008.09)を入手。
 帯にある目次(内容見出し)を見るだけでもなかなかにスゴい。以下、丸うつし。
 「はじめに-朝日新聞の呪縛から自由になるために
 第1部 朝日新聞のチベット報道
 第1章 豹変する朝日新聞(1945~1956)
 第2章 無神論集団・朝日新聞の暴走(1956~1959)
 第3章 口をついて出る朝日新聞の「嘘」の数々(1960~1980)
 第4章 中立を装う悪質な偽善集団・朝日新聞(1980~2008)
 第2部 朝日新聞が伝えないチベット問題の真実
 第5章 朝日新聞が報道しないチベット侵略の歴史
 第6章 中華思想という侵略イデオロギー
 第7章 中国に媚び諂う恥ずべき政治家の面々
 第8章 日本が赤旗に侵略される日~長野「聖火リレー」レポート~」
 帯にはまた、「1945年からの朝日新聞のチベット報道約6000件を徹底検証」ともある。
 著者は今年、25歳。
 二 朝日新聞といえば、月刊雑誌・論座は10月号で休刊した。同号の表紙には「進化を続ける『論座』的空間」とあるが、「『論座』的空間」が「進化を続け」ていれば月刊雑誌・論座が休刊(廃刊)する筈もなく、この雑誌の最後の<大ウソ>。
 要するに、売れなかった、購読者が少なかったのだ。
 週刊朝日、アエラ、そして朝日新聞本体も、「休刊」していただきたい。そして朝日新書も。いずれは朝日新聞社自体の消滅を。そうなれば、将来の日本に期待が持てる。

ギャラリー
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  • 2047/茂木健一郎・脳とクオリア(1997)②。
  • 2013/L・コワコフスキ著第三巻第10章第3節①。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
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  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
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  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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