秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

岡崎トミ子

0925/岡崎トミ子は「警察庁」と「警視庁」の区別ができているか?

 岡崎トミ子は国家公安委員会委員長というブラックジョークのような地位についているが、11/02に、警視庁の内部資料のネット掲載問題につき、閣議後の記者会見で<情報管理の重要性は「きちんと警察に指示している」と述べた>らしい。そのあと、<「警察で管理しなければならないものがネット上に出ていると、こういうことですよね?」と逆質問>という珍?問答もしたらしい。

 上の後半はさて措くとして、国家公安委員会委員長に、「警察に指示」する法的権限はあるのか?? とりわけ今回の文書管理者は警視庁という、法的または形式的には東京都に属する組織だ。

 国家公安委員会は内閣府設置法により、その外局として置かれる(同64条)。

 具体的な権能・権限等は警察法が定めていて、国家公安委員会は五人の委員により構成される(同4条2項)。この委員会の委員長には「国務大臣」があてられるが(同6条1項)、委員長が独自に権限を行使するのではない。いわゆる合議制の行政委員会であり、委員長は「会務を総理し、国家公安委員会を代表する」にすぎない(同6条2項)。

 以上からでもすでに、岡崎が、<警察に指示した>などと簡単に発言していることに疑問符がつく。いつ、そのための委員会の会議は行われたのか?

 国家公安委員会規則である国家公安委員会運営規則によると、「委員会は、会議の議決により、その権限を行う」(同2条1項)。 いつ、<警察への指示>のための国家公安委員会の会議・議事は行われたのか? とり巻いている新聞記者たちは、そういう疑問をまったく持たなかったのだろうか。

 委員会は警察法が定める委員会の任務・所掌事務の「運営の準則その他当該事務を処理するに当たり準拠すべき基本的な方向又は方法」を示す「運営の大綱方針」を定めることができ、「この大綱方針に適合していないと認めるとき」には「警察庁長官」に対して「必要な指示をするものとする」とされているが(2条4項)、第一に、これは委員会の権限で委員長かぎりでの権限ではないし、第二に、指示の相手方は国の機関の一つである「警察庁長官」であり、今回の件の「警視庁(総監)」とは直接の関係がない。
 また、警察法12条の2は「国家公安委員会は、第五条第二項第二十四号の監察について必要があると認めるときは、警察庁に対する同項の規定に基づく指示を具体的又は個別的な事項にわたるものとすることができる 」ととくに定めているが、ここでもまた、この権限の行使主体は委員長ではなく委員会であり、かつ、相手方は「警察庁」であって「警視庁」ではない。さらに、もともとこの条項は、対象事項を「第五条第二項第二十四号の監察」にとくに限定している。

 岡崎が述べたという<きちんと警察に指示している>とはいったい何だったのか。いかなる法的根拠にもとづいて、岡崎は、そんな大それたことを行うことができたのか。この人物をとり巻いている新聞記者たち等は、疑問に思わなかったのだろうか。寒心に堪えない。 

 ついでに書いておくが、第一に、国家公安委員会(委員長ではない)の基本的な任務は、「警察庁」を「管理」することだ。上のようの特段の定めがないかぎり、「警察庁(・長官等々)」の権限行使・事務処理に関して、個別具体的な指揮監督権を持っているわけではない。ましてや、委員長となると、委員会を代表するが、その構成分肢にすぎない。

 第二に、警視庁を「管理」するのは東京都公安委員会だ。国家公安委員会ではない。

 岡崎が「警察」と言ったとき、国の「警察庁」と東京都の「警視庁」の区別はついていたのだろうか。そもそも、「警視庁」とはいかなる行政組織なのかを理解していたのだろうか。

 委員会と委員長の区別も含めて、こんなことすら知らないで、「警視庁の内部資料」についてうんぬと述べているのだとすれば、当然に資質・資格が問われる。この人物をとり巻いている新聞記者等々は、何の疑問も持たなかったのだろうか。寒心に堪えない。

 新聞記者はともあれ、岡崎が上のとおりならば、即刻、辞任した方がよい。菅直人は罷免してもよい。ここに書いたことだけでも、十分な理由になる。

 なお、警察法5条4項に、「国家公安委員会は、都道府県公安委員会と常に緊密な連絡を保たなければならない」、とある。前者は後者に(直接に)<指示>する権限をもっているわけではない。念のため。

0918/佐伯啓思・日本という「価値」(2010)は民主党の「日本を外国に売り渡す」政策も語る。

 一 民主党政権になった一年余前、<左翼(=容共)・売国>政権だとこの欄で位置づけた。朝日新聞が嫌いなはずの、鳩山・小沢・輿石三人の「談合」の結果としての菅直人への(総選挙を経ない)政権「たらい回し」ののちには、この欄で<本格的「左翼」政権>誕生、と書いた。

 菅・民主党政権の具体的なことに言及するのは精神衛生に悪いので、極力書かないようにはしている。

 仙石由人官房長官はかつて日韓基本条約(1965年)締結に対する反対運動をしていた社会党系活動家で、のちに社会党から国会議員になった筈だから、社会党の党是、すなわち「社会主義への道」を少なくともかつては信奉していたはずだ。現に(おぞましき)「社会主義」の道を共産党・労働党指導のもとで歩んでいるらしい中華人民共和国や北朝鮮に、仙石が<甘く・優しく>ならないわけがない。

 拘禁後の中国人(船長?)釈放は、菅→仙石(または仙石→菅→仙石)→某法相→最高検総長→那覇地検という<事実上の>上意下達の結果であることはほぼ明らかだ。地検の<自主的な>判断という大嘘は当然に<卑怯だ>(検察一体の原則からして、もともと最高検が諒解していたかその指示によるかのどちらかであることは法制度上少なくとも明確で、那覇地検かぎりでの判断などはありえない)。

 田嶋陽子(かつて国会議員)らと「従軍慰安婦」個人補償法案を提案し、ソウルで韓国人運動家たちとともに日本大使館に向かって拳を突き上げた岡崎トミ子が国家公安委員会委員長(国務大臣)なのだから、呆れて大笑いしたくなるほどの、ブラック・ジョークのような現菅直人内閣だ。

 かかる「左翼・反日」政権とそのもとでの生活への<嫌悪に耐えて>、生きていかねばならないとは…。

 二 佐伯啓思・日本という「価値」(2010、NTT出版)は、民主党政権の<売国(・反日)>性をこの人にしては明瞭に語っている(以下の初出は2010年1月)。

 佐伯いわく-民主党の基本政策は「対米依存からの脱却」、「市場原理主義的な経済自由主義の見直し」、「土建型公共事業による経済成長」から「福祉に軸足を置いた生活中心社会への転換」で、これらに「特に異論はない」。だが一方でこの政権は①「二酸化炭素」25%削減を国際公約にし、②「外国人参政権」を認めようとし、③「夫婦別姓」も打ち出している。/「こうなるとよくわからなくなる」。「対米依存からの脱却」・「新自由主義路線の修正」は「国家の自立性を高める」という意図をもつ筈だが、他方で、「外国人参政権」を唱え、「聞こえのよい国際公約」を行って、「小々大げさにいえば」、「日本を外国に売り渡す」類の政策を促進する。「一体これらがどのような関係にあるのか」、マスメディアを含めて誰も問題にしていない(p.146-7)。

 佐伯は続ける-この「支離滅裂」は「国家や国民の捉え方の曖昧さ」が生んでいる。叙上のような基本政策は結構だが、その種のことを唱えるには、①「日本という国家の防衛をいかに行うのか」、②「経済成長に代わる価値観をどうするのか」、③「日本社会の将来像をどのように描くのか」、という「国家像がなければならない」。しかも、「相当な国民的な結束」が不可欠だ。「国家像」を描き、それを実現するためには「国民の道徳的な力」が必要なのだ。なぜ、「そのことを言わないのか」。言わないがために「政策に厚みがなく、他方で、『日本を外国に売り渡す』類の政策が平然と」行われる。民主党の政策は「ご都合主義的でファッショナブルなものへの追従かその羅列に過ぎない」ように見える。政策の背景にあるのは「幾分のサヨク・リベラル路線」をとっての「世論の流れと時代状況への追従」の「終始」ではないか(p.147-8)。

 佐伯啓思は私よりも民主党の具体的政策をよく知っていそうだから、あえて異は唱えない。おそらくは昨年末に書かれた文章にしては、民主党の<脆うさ>を、適確に指摘していると思われる。

 但し、民主党全体を評価するにしても、「サヨク・リベラル」と性格づけるのは(p.118も)、「リベラル」の意味が問題にはなるが、やや甘いかもしれない。

 にもかかわらず、「新自由主義路線」が<対米依存>でその「見直し」は「国家の自立性を高める」ことを意味するはずだということも含意しての、佐伯啓思による明確な、民主党政権の<売国性>の指摘は重要だろう。佐伯は8月の<菅談話>も一例として挙げるだろうか。

 なお、菅直人内閣についても、櫻井よしこ等の保守論者は「国家観なき…」とか「国家観のない」と(お題目のように?)言って批判することが多いが、彼ら民主党の要人たちにも何らかの「国家観」はあるのであり、ないのは、佐伯が上に指摘するような、具体的な「国家像」だ、と考えられる。

 仙石や菅らは(そして、その他の仲間たち諸々は)、<国家なんて本当はなくてよいのだ>、<国家意識を過分にもつことは危険だ>、等々の「国家観」を持っているように思われる。対立は、<国家観>の有無・存否ではなく、<どのような国家観をもつか(そしてどのように日本の将来像を描くか)、というその内容にある、のではないか。

0409/高市早苗編・小沢民主党は信用できるか(PHP研究所)の中西輝政論文。

 たぶん3/01だったが、高市早苗編・小沢民主党は信用できるか(PHP研究所、2008.03)の中西輝政の論稿二つのみをとりあえず読んだ(p.94-116、p.150-173)。いずれも月刊雑誌・ヴォイス(PHP)に既発表のものだが、この雑誌は買っていない。
 小沢一郎はそもそも信用していないので(民主党もそうだ)新鮮味にはやや欠けるが、面白く読める。
 参院選後の日本の大きな三つの対立点を中西が示しており、かなり参考になる(p.165以下)。
 第一は、「改革」の是非。但し、これではじつは曖昧かつ誤解誘発的で、中西輝政によると正確には、「行き過ぎた改革を修正しつつ改革の第二段階に進むのか、それとも改革そのものを後退させるのか」
 第二は、改憲か護憲か
 第三は、親アメリカか親(東)アジアか
 これは相当に分かりやすい。第一点も正確な表現かつ妥当な分け方ではないか。中西は、「行き過ぎた改革」には反対しつつ、「改革の第二段階に進む」ことを主張していると読める。<小泉改革>とか一部自民党議員のいう「改革、改革」の意味はよく分からなかったが、(上にいったん書いたような)<「改革」の是非>という問題設定では無意味なわけだ。
 それにしても、あるべき「改革」の具体的内容に関する議論はむつかしい。単純な、<基本的思想>いかんの問題で決せられる問題ではないからだ。手元に置かずに書くが、関西空港会社への外資規制について、産経新聞の「正論」欄で屋山太郎(評論家)は反対論を稲田朋美(弁護士・自民党議員)は賛成論を主張していた。はてはて。
 上の第二点に関連してふと思い出して書けば、立花隆は月刊現代(講談社)誌上でまだ冗長な「私の護憲論」とやらを連載している。自ら別の(半年前の)文章で九条発案者が誰であったかは些細な問題だと書いておきながら、最近はこの点にこだわって、幣原喜重郎説を支持する主張をしている(立ち読みによる)。立花隆くらいになると、いかに冗長でも、いかなるテーマ展開でも許されるのだろう。講談社・現代編集部にも少し呆れている。
 上の第二、第三に関連して、後藤田正純に言及がある。この人の名を<日本国憲法のどこが悪いんだ>とか発言した自民党議員としてのみ記憶していたが、中西によると、「典型的な護憲リベラルの立場」の人物で、参院選後に「『構造改革の即刻中止、護憲、親中国』という反安倍路線を明確に打ち出している」(p.167)。
 この人のような自民党内勢力が「政界再編の端緒となる可能性」があるかは分からないが、後藤田正純から稲田朋美まで(?)、自民党も<幅広い>ものだ。
 もっとも、岡崎トミ子や(山梨県教組委員長だった)輿石東から(?)松原仁まで、民主党の方がもっと<幅広い>のは確かだろう。
 さて、福田康夫内閣は、上の三点につき、いかなる基本姿勢なのか。国会対策に忙しくて、考える余裕がない、ということはないだろう。

0317/産経・山本雄史記者への質問と助言・4。

 一 産経・山本雄史のブログ上にはまだ、<秋月氏に答える>、<…に反論する>というタイトル又は内容の文章は掲載されていない。但し、コメントに対して8/06付で「返信」はしているようだ(私の質問等1は8/4夜)。私もこれまでのものも含めて「コメント」欄に記述してみようか? そうすれば「返信」を頂戴できるだろうか?
 二 山本自身の発言(記述)内容を補足しておく。
 安倍首相につき-⑧会見のやりとりを見て「安倍首相はあまりにもズレているように思」った、⑨「国民の審判を安倍首相は本当に受け止めているのか、会見の受け答えをみていて…そう思った」。⑩「地位と権力にしがみついている印象、安倍首相の一連の発言や態度などから十分に感じられると思う」。
 他マスコミの報道および産経新聞の紙面につき-⑤「産経紙面は、赤城大臣の事務所費問題、発覚2~3日は驚くほど報道量は少なかった…。選挙前にこういう問題が発覚すること自体は、十分ニュースであると私は思っていたので、もう少し産経も報道した方が良かったのでは」と感じた、⑥「安倍首相の理念がなぜ国民に伝わらなかったのか、メディアだけの責任ではない」。
 前回小沢一郎について触れた部分を①として、小沢につき-②「小沢氏のどぶ板っぷりは見事だったと思います」。
 三 ところで、山本はまだ入社6年余りの20歳代の記者らしい。経験も経験の抽象化・理論化も基礎的な文献等による勉強も不十分であるに違いない。
 大学を卒業して就職した人々の中の一部にありがちなのは、大学を卒業したくらいでは、そして就職試験に合格したくらいでは社会人として実際に生活し仕事をするいかほどの能力も資格もないにもかかかわらず、<一人前>の社会人になったように<錯覚>してしまうことだ。この<錯覚>がマスコミ人の中に出てくると、大変なことになる。
 山本のブログ文やコメントへの返答を読んでいても感じる。この人は、大きな錯覚をしているのではないか?、政治(も)担当の記者になって一般人・平均的国民よりも適切に<政治>を語れる資格・能力があると、<傲慢>にも<錯覚>しているのではないか?、と。入社6年余程度で一体何が語れるというのだ。そして既に質問もした中に含意させたつもりだが、<政治>に関して、いかほどの知識・見識があり批判・分析能力(を生んだ経験・勉強の蓄積)があるというのだ
 そもそもの問題は、大した力量もない「若造の」政治(も)担当記者が、首相の出所進退という大きな政治問題について、<感覚>または<思いつき>程度で、諸問題を十分に考慮することなく、結論的なことを書いてしまった(少なくとも示唆した)ということにある、と思われる。今回のような内容の<感想>程度のものは本来はいくら個人的に感じたことでも<記者ブログ>に適当に書くのは適切ではなかった(少なくとも、まだ山本には早すぎた)、と私は思う。そのことによって、この私の一文もその一つだが、かなり多くの人に余計な(反発を含む)エネルギーをかけさせている。
 叙述の内容・結論自体よりも前に、日本政治上の重要なかつ現実的だった争点について、<感想>程度のものを<適当に>書いてしまったこと自体にまず問題があり、そのことを職業人・山本雄史はまず反省すべきだろう。
 書いたときは産経読者やイザ!読者はともかく、一般国民レベルでは圧倒的に支持される筈の思い・感想・主張だと感じていたかもしれないが、その後の反応を知ってこの人はようやく自らの軽率ぶりを少しは反省しているのではなかろうか(と期待する)。自民党敗戦の責任は安倍首相にはないとの意見の方が多いという世論調査結果を示している新聞もあるのだ。(山本の本意とは異なる主張らしい)産経のみならず、読売も日経も続投を明瞭に支持したのだ。ネット上で、この人は一種の「ピエロ」になっている。恥ずかしく感じているだろう(と期待する)。
 四 以上のように書くとやや筆致も鈍るが、予定どおり、前回につづく第四点に入る。
 第四に、山本雄史記者は7/30のブログ文で(安倍政権が?)「労働組合批判を繰り返すのは得策ではない」との「見解も示してきた」、と簡単に書いている。この「労働組合」とは社会保険庁の労働組合のことだろう。
 さて、まず瑣末で技術的な知識の問題かもしれないが、1.非現業公務員らには労組法上の「労働組合」はなく職員団体しかない、2.社会保険庁の職員はかつて都道府県に置かれた機構に勤務しながらも身分は「国家公務員」とされた(所謂「地方事務官」制度)、3.分権改革関連法令によって同制度は廃止されたにもかかわらず、職員団体(世間で不正確にいう労組)は2007年4月までは都道府県のそれに属するとされ、上部団体は所謂「自治労」(かつては日本社会党系。今は民主党系らしい)だった。
 上の3.に関して、読売8/06朝刊には興味深い記事がある。すなわち、2000年の分権改革法令施行後も2007年まで国の機関である筈の社会保険庁職員1万人を都道府県職員と同じく自治労傘下にすることを2000年の分権改革関連法令で認めたことについて、1999年に当時の社民党・村山富市元首相から「自治労が困っている…」と言われたので自民党・自由党に働きかけた結果だ、と公明党の草川昭三(今回、比例区で落選)が明らかにし、「内心忸怩たるものがある」と「悔や」んでいる、という。
 私も書いたことがあるのだが、社会保険庁職員(団体)の労働慣行のヒドさは、「地方事務官」制度とその廃止(=正規の国家公務員化)にもかかわらず職員団体は「自治労」加入を認めたことと無関係ではないだろう、と理解している。
 さて、今日の草川昭三のコメントはともあれ、その上の段に1.2.3.と記述したようなことを、「労働組合批判を繰り返すのは得策ではない」と何気なく書いた山本雄史は知っていたのだろうか。そんな知識はなかっただろうと想像するのだが、いちおう質問しておく。イェスかノーかで答えていただきたい。
 こういう細かな?ことよりも問題にしたいのは、山本雄史は、労働組合というもの、その上部団体の「自治労」、そしてそうした上部連合組織を指導した<労働運動>理論について、山本氏はどの程度理解し、どのように評価しているのか、ということだ。
 現在は民主党支持の労組・労組全国組織の幹部は今はもはや、内心でも日本をソ連のような社会主義国にしようとは思っていないだろう。ソ連はもはや存在しないからだ。また、存在する社会主義国(中国・ベトナム等)のように…ともさすがに公言はできなくなっているだろう。
 だが、詳細は知らないが、かつて「自治労」等が支持した、逆にいえば「自治労」等が<指導>を受けた日本社会党には(欧州の社会民主主義政党とは異なり)マルクス主義者(・社会主義者)が有力なグループとして存在しており、一時期は明瞭に日本の「社会主義」化を本気で狙っていた。むろんそうした社会党左派をさらに理論指導する知識人・大学教授もいた。
 かかるかつての時代と現在はむろんだいぶ異なっているだろう。だが、「社会主義」化を公然と標榜しないにせよ、反「資本主義」感覚、反「自由主義」感覚さらには-適当な言葉がないので困るのだが-<反日・自虐的>感覚は、一部の職員団体・労働組合やその上部団体の幹部には脈々とまだ受け継がれている、と私は考えている。自治労とは関係ないかもしれないが、今回も当選した民主党の岡崎トミ子の行動、かつて社民党にいた田嶋陽子のアホらしい(ピエロ役の)発言内容等を思い起こせばわかるだろう。
 そこで、憲法九条改正には賛成らしい山本雄史に質問する。労組の一部をかつて決定的に支配し、かつ現在もその可能性のあるコミュニズム(マルクス主義・社会主義)の<問題点と怖さ>をどのように認識しているのか。たんにもはや古い、支持しない、という回答だけでは困る。<問題点と怖さ>をできるだけ長く叙述してご回答いただきたい。
 この質問は、前回に述べた第二点とも関係している。
 山本雄史は安倍首相や安倍内閣にはなぜか厳しく、朝日新聞等や労組にはなぜか「甘い」のだ。簡単に表現すれば-再び適当な概念がないので困るのだが-この人はなぜか、<左に甘い>のだ。
 こういう心情は珍しくもないが、産経の記者としては珍しいのではなかろうか。だからこそ関心が涌く、何故にこんな心情が形成されたのだろうか、<左翼>の核心に(亜流・亜種も含めれば現在も)あるマルクス主義の<問題点と怖さ>をこの人はきちんと理解しているのだろうか、という関心が。
 ぜひ、質問に答えていただきたく、せつにお願い申しあげる。まだ触れていない重要なテーマは次回に。

0298/参院選前の新聞・テレビの一部。

 産経の7/24と7/25の1面は<何たる選挙戦1・2>、大きな見出しは「誰を利する「国家」なき迷走」(北朝鮮が安倍退陣希望を明瞭に等)、「醜聞・年金だけの争点は恥だ」ときた。
 そのとおりだと思うが、産経が朝日新聞と同数程度の読者を擁していればなぁと、歯がゆい想いが強い。
 一方、読売は社説ではきちんとした主張をしているとは思うが、一般紙面では決して親安倍・親自民党ではない。少なくとも安倍首相に対して<温かい>とは思えない。朝日新聞の減紙のあとを狙って、この新聞は<左にウィングを伸ばして>いるのかとも勘ぐってしまう。
 諸予測・諸情報の中には楽しい又は興味深いものとそれらの逆のものとが当然にある。
 産経の選挙結果予測(7/23)によると、日本共産党は現有(非改選を含む)9で7~9、社会民主党は現有6で5~6。両党合わせて現有15で予測は12~15。要するに、両党ともに増加はなく、減少の可能性あり、ということだ。
 両党国会議員は確実に憲法九条二項の改正に反対するので、なかなか楽しい予測だ。共産党は消滅へとさらに一歩近づいてもらいたい。
 政治・政党の対立軸は、最も基本的なのが共産主義対自由主義だ。アジアで冷戦が終わっておらず、北朝鮮や中国が近隣にあるかぎり、まず第一には、この対立軸で選択をしなければならない。日本共産党はもちろんだが、同党支持者・同調者のほか、共産主義(>日本共産党)と闘う姿勢が弱い政党や人びともまた警戒し、場合によっては<敵視>する必要がある
 上の点さえしっかりしておけば、民主党議席の増大もさほど怖れる必要はないともいえる。民主党は、外交・防衛、憲法問題について統一した政策を打ち出せないで、代表・小沢一郎が「憲法改正は喫緊の課題とは認識していない」などと言って曖昧にしている<選挙互助組合>政党で、外交・防衛、憲法問題が対立軸として明瞭に設定された場合、不可避的に分裂する政党だ。松原仁・西村真悟(元)と岡崎トミ子・平岡秀夫が同じ党員だという(西村は元)信じ難い政党だ。憲法改正等に関して分裂、一方の自民党への合流又は連立、はかなり現実的な予測だろう。
 だが、民主党の中にも、そして今回の候補者の中にも、日本共産党・社会民主党と同様に九条絶対護持の者がいる。はたして、参院でも改憲派が2/3を超えて発議に賛成できるかどうかは、そうした者たちの数によることになる。
 前後するが、共産党につき、朝日新聞によると大阪選挙区で共産党は自民党と最後の三番目の議席をめぐって「接戦」を演じている。産経によると共産党は4位で「追って」いる。どちらが正しいだろうか。複数立てている訳でもない自民党がここでも負ければ、全国的な趨勢も最悪かもしれない。
 一方、東京選挙区でも朝日新聞によると共産党は最後の議席をめぐって、自民党(新人)や無所属(川田某)と「接戦」。産経によると、定員5で自・民・公が優位で残る2議席を民・自(新人)・無(川田某)の3人が争う(ということは共産党は圏外)。どちらが正しいだろうか。ここは6年前は共産党が1を獲得したので、今回当選しないと、自動的に現有からマイナス1となる。定員が5もある大都市選挙区で共産党1の当選が少なくとも確実視されていないとは、かつてを知っている者としては隔世の感がある。共産党は減少、消滅へと確実に歩んでいるのだ。
 昨夕の朝日新聞系のテレビ放送局のニュースをたまたま観ていたら、与党過半数割れの場合の安倍首相の進退を話題にしていて、自民党支持者(どの範囲か、どの程度の人数かは忘れた)のアンケート結果を図示し、「自民党支持者でも30数%の人が退陣すべきとしています」とのみコメントした。だが、その図には53%の者が「退陣する必要はない」との意見であることも示されていた。こちらの方はコメントしないで、<退陣すべき>という声のみ紹介したわけだ。
 選挙結果がまだ確定していないのに、まるで結果が出たあとのような、この<前のめりの>報道姿勢は一体何だろう。読んでいないが、きっと、朝日新聞は<退陣>に焦点をあてた同様の報道・紙面づくりをしているのだろう。
 昨夕のテレビニュースを観て、なるほど、世論調査をしてそれを<客観的に報道する>という実質的<倒閣運動>があるな、と感じた。<全体で何%が、自民党支持者でも何%が安倍首相は退陣すべきだと考えています>と報道しまくって(「何」の数字が低いと使えないだろうが)、<辞めろ>イメージ・雰囲気を醸成していくわけだ。
 さっそくすでに加藤紘一のような自民党内異分子が、<潔く投げ出すものだ>などとコメントしているようだ。この人は自分を何様と思っているのだろう。朝日新聞だけは持ち上げてくれるので、その<虚像>のために自分の客観的姿を誤解しているのではないか。
 まだ、山崎拓の方がマシそうで、彼は<憲法改正で大連立>との将来予測を述べたらしい。安倍首相の進退よりも、じつはそのような将来の国家のあり方・憲法のあり方の方が重要な問題だ。むろん、安倍退陣は将来の国家・憲法のあり方に大きな(消極的)影響を与えるからこそ、退陣すべきではない、と私は考えているのだが。以上、気軽な雑文。

0179/現在国会議員を有する全政党が<改憲>政党。

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