秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

小林よしのり

0620/再び八木秀次の文章について。天に向かって唾を吐くとはこのような…。

 一 小林よしのり責任編集わしズム(小学館)28号(2008秋号)に、八木秀次が連載風随筆欄で「作法も品格もない皇室報道が跋扈している」と題して書いている(p.178-)。
 八木によると、①「保守系論壇誌は、この10年間ほど」、「北朝鮮、中国、朝日新聞、NHK、左翼市民団体などを激烈な言葉で批判し、部数を伸ばしてきた」が、「読者もそろそろ飽き始め、部数が落ちてきた」。②「そこで新たな批判・攻撃の対象として登場してきたのが皇室である」。
 ①の「伸ばしてきた」・「落ちてきた」は実証的根拠がないので説得力が十分ではない。また、後半に「読者」が「飽き始め」た、とあるが、何を根拠にこう推測しているのか?
 より問題だと感じるのは、②。すなわち、「そこで」と簡単に繋げうるほどに、部数が「落ちてきた」ことと最近の皇室「報道」との間に関係があるのか?
 根拠のない推測にすぎないのではないか。

 二 八木秀次の上の文章全体の問題又は<異様さ>は、上に記した点よりもむしろ、その80%以上、全3頁弱、計ほぼ10段のうち8段が、西尾幹二の皇室関係評論への攻撃に向けられていることにある。
 この欄の9/21で八木の竹田恒泰との対談本に言及して、「八木秀次は西尾幹二の主張内容を、批判しやすいように歪めているところがある」と批判的にコメントしたこととは関係はないだろうが、上の今回の文章では西尾幹二の言い分をかなり詳細に紹介又は引用したうえで批判している。
 それはよいとしても、やはりこれだけ続けて西尾幹二批判を継続するのは、本来は<保守派>どうしの間柄なのだとすれば、異様に感じるし、みっともない(とこの欄で書いているのも以下も含めて執拗かもしれないが、影響力は活字になっている八木の文章とはまるで違うし、書いておきたいことなので書いておく)。「左翼」の中の多少とも<戦略>を意識している者たちは大喜びしているだろう。
 三 また、再言になるのだが、そもそも八木秀次に西尾幹二を批判する資格はあるのか? わしズムの上の文章は「最近の皇室報道や評論は慎みや作法・品格を失い、明らかに言論の矩を越えている。『傲慢の罪』を犯しているのはどちらの方なのか」で終わっている。これが、西尾幹二に対して、少なくとも西尾幹二を主たる対象にして述べられていることは明らかだ。
 だが、これまた再述になるが、執拗にも再確認しておく。月刊諸君!(文藝春秋)という「保守系論壇誌」の今年7月号が企画した<皇室>関係報道・評論に「参加」して、次のように明言したのはいったい誰なのか??
 「問題は深刻である。遠からぬ将来に祭祀をしない天皇、いや少なくとも祭祀に違和感をもつ皇后が誕生するという、皇室の本質に関わる問題が浮上しているのである。皇室典範には『皇嗣に、……又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、……皇位継承順序を変えることができる』(第三条)との規定がある。祭祀をしないというのは『重大な事故』に当たるだろう」。
 八木秀次自身ではないか。
 少しは新しいことを記しておけば、現皇太子が将来は(=天皇になれば)「祭祀をしない」と公言し明言されないかぎりは、皇太子殿下が皇位を継承したあとでなければ、将来の天皇(現皇太子)が「祭祀をしない」かどうかは分からない筈なのだ。にもかかわらず、八木は現時点において、皇室典範第三条を適用しての「皇位継承順序」の変更を主張している、少なくともその可能性に言及している。将来の天皇(現皇太子殿下)が「祭祀をしない」だろうということを、八木は現時点においてどうやって認定するつもりなのか? 八木の言っていることには、基本的な、論理的問題点もある。
 そしてまた、上のようなことを書くということは、「慎みや作法・品格を失った」皇室関係評論にあたらないのだろうか。
 月刊正論(産経新聞社)誌上に連載随筆欄を持ちながら、まるで自分が「保守系論壇誌」とは無関係の第三者であるかのごとき書き方であることも含めて、やはり八木秀次は信用できない。
 <保守の純度>が落ちていると西尾幹二によって論評されている産経新聞は相変わらず武田徹を本誌(新聞)上で起用し、相変わらず月刊正論では八木秀次を使うのだろうか。もともと全面的に100%支持できる論客も新聞もないと考えているので、八木のような存在にも産経新聞の現状にもとくに驚きはしないが。

0598/中島岳志=西部邁・パール判決を問い直す(講談社現代新書)は駄書。

 中島岳志=西部邁・パール判決を問い直す(講談社現代新書、2008.07)はひと月以上前に通読している。

 あらためて精読したわけでもないが、昨日ケルゼンを最初に持ち出したのはたぶん西部邁と書いたのは誤りで、中島岳志。
 中島はp.23で言う-「法」の「背景」には「自然法」や「慣習法」がある。「保守派」なら「実定法至上主義、あるいは制定法絶対主義」の立場は「本来、手放しではとれないはず」なのに、「東京裁判や戦争犯罪をめぐっては、きわめて純粋法学のハンス・ケルゼンの立場、あるいは法実証主義と言われる立場で東京裁判批判を展開するという転倒が起きている」。
 きわめて不思議に思うのだが、中島は法学または法理論なるものについて、これまでにどれだけの基礎的素養を身に付けているのだろうか(まさかウィキペディアで済ませていると思ってはいないだろう)。
 経歴を見ると、中島岳志は法学部又は大学院法学研究科で「法学」の一部をすらきちんと勉強してはいない。むろんそのような経歴がなければ法学・法理論について語ってはいけないなどと主張するつもりはない。
 しかし、上のような論述を平気で恥ずかしげもなく公にできる勇気・心臓には敬服する。

 そもそも、第一に、少なくとも「慣習法」は「法」の「背景」にあるものではなく、すでに「法」の一種だ。「自然法」となると「法」の一種かについて議論の余地があるが、「法」の「背景」につねに「自然法」があるとは限らないことは-中島は別として-異論はないものと思われる。
 第二に、「きわめて純粋法学のハンス・ケルゼン」という言い方は奇妙な日本語文だ。「純粋(法学)」に「きわめて」という副詞を付ける表現自体に、法学やそもそものケルゼンについて無知なのではないか、という疑問が湧く。
 上に続けて中島は言う-「保守派」なら「道徳や慣習、伝統的価値、社会通念は『法』と無関係であるという法実証主義をこそ批判しなければなりません。…しかし、パールを援用した自称保守派の東京裁判批判は、全面的に法実証主義に依拠している」。
 この中島岳志は、①「法実証主義」(Rechtspositivismus)というものの意味をきちんと理解しているのだろうか。②「保守派」は、「法実証主義」を批判する(すべき)というが、では「左翼」は「法実証主義」者たちだ、ということを含意しているのだろうか。③そもそも「(自称)保守派」は「全面的に」「法実証主義」の立場で東京裁判を批判している、という論定は正しいのだろうか。
 じつはこの二人のこの本はほとんど読むに値しないと私は感じている。法学や国際法のきちんとした又は正確な知識・素養のない二人が、適当な(いいかげんな)概念理解のもとに適当な(いいかげんな)議論・雑談をしているだけだ、と思っている。講談社が月刊現代を休刊させるのも理解できるほど(関係はないか?)、講談社現代新書のこの企画はひどい。
 (朝日新聞社と毎日新聞社が授賞したという、もともとの中島岳志の本もじつは幼稚で他愛ないもので、授賞は<政治的>な匂いがある。)

 中島岳志に尋ねてみたいものだ。①現在の日本において、つまり現行日本国憲法のもとで「法実証主義」は採用されるべきものなのか、そうではないのか? 「法実証主義」なるものは、一概にその是か非かを答えることができないものであるのは常識的ではないのか(従って、その賛否が左翼-保守に対応するはずもない)。
 ②現憲法76条3項は
「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」と規定する。この裁判官は「良心」と「憲法及び法律」に拘束される(~に「従う」べき)という規定を、中島岳志は、「法実証主義」という概念を使ってどのように説明・解釈するか?

 幼稚な理解に立った(この人は誰から示唆・教示を受けたのか知らないがケルゼンを理解できていないと思う)、長講釈など読むに耐えない。
 上の中島の文章は東京裁判にまだ関係させているが、のちに西部邁はp.160で次のように言って論点をずらしている、あるいは論点を拡大させている。
 「日本の反左翼」は「ケルゼンにおける価値相対主義、法実証主義」を「受け入れるのか否かはっきりしていただきたい」。「法と道徳は全く別物だ、法に道徳や慣習が関与する余地がないという形式主義」を「自称保守派」が採るというなら、「保守」ではなく「純粋の近代主義(左翼)」に与していることが明瞭になる。
 東京裁判批判者が「法実証主義」に立っているという前提的論定自体に議論する余地があるが、それは措くとしても、「法実証主義」とは「法に道徳や慣習が関与する余地がないという形式主義」であるかの如き表現・理解だが、そもそもこの立論又は理解自体が適切なのだろうか。例えば、「法」(「実定法」でもよい)の中に「道徳や慣習」が(一部にせよ)含まれていることは当然にあり、そのことまで「法実証主義」は否定しないだろう。

 60年安保前にマルクスの一文も読まないまま日本共産党入党を申し込んだらしい西部邁は法学部出身のはずだが、まともに法学一般をあるいはケルゼンを理解しているのだろうか。平均人以上には幅広い知識・素養にもとづいて、しかし、厳密には適当ではないことを語っているように見える。
 それに何より、「ケルゼンにおける価値相対主義、法実証主義」に賛成するのか否かという問題設定・問いかけを(「反左翼」に対して)するようでは、パール意見書にかかわるより重要な論争点から目を逸らさせることになるだろう。こんな余計なことを書いて(発言して)いるから、小林よしのりや、さらに東谷暁による、瑣末な論点についての時間とエネルギーを多分に無駄にするような文章が書かれたりしているのだ。
 もっと重要な論点、議論すべき点が、現今の日本にはあるのではないか。
 八木秀次や西尾幹二のような者たちが、皇室に関する(しかも現皇太子妃に相当に特化した)議論に<かなり夢中に>なっているのも、気にかかる。
 中島岳志=西部邁・パール判決を問い直す(講談社)のような駄書が出版されたのも、日本にまだ余裕があることの証左だと、納得し安心でもしておこうか。

0597/ケルゼンの理解は東京裁判・「パール判事意見」に関する論争の重要テーマか。

 一 東谷暁について、一般的な嫌悪感はない。
 だが、月刊正論11月号(産経新聞社)の論壇時評「寸鉄一閃」(p.172-)の4頁にわたる小林よしのり批判は少しおかしい。
 おかしい、というのは内容それ自体ではなく、むしろテーマの取り上げ方だ。
 小林よしのりがパール真論(小学館)を出版する一方で、西部邁=中島岳志の対談本が二つ出たりして、東京裁判・パール判事の少数意見書の理解の仕方について論争が生じている(又は続いている)。
 月刊正論10月号で小林よしのりも執筆して、西部邁らを批判していた。
 そもそもの最大の争点はパール意見書の正確な内容・趣旨の理解だ。そして、基本は、「あの」戦争をどう理解するかにある(はずだ)。
 この観点から見ると、①日本<国家>「無罪」論かA級戦犯<個人>「無罪」論か、②判決意見書(<法的>文書)か<政治>文書か、という議論はさほど重要だとは思われない(とくに後者の論争?は、この議論の意義自体が判りにくい)。全く無意味だとは思わないし、多少の差異はもたらすのだろうが、これらは本質的な問題ではないだろう。
 ましてや、西部邁・中島岳志がパール意見書を読む(理解する)際に又はその結果として用いた、かつまた小林よしのりが読み方を誤っていると上記論文(サピオにも書いてあったか?)で西部邁らを批判した、ケルゼンの「純粋法学」や「法実証主義」の理解につつき、両陣営?のどちらが正確かどうかなどという問題は、基本的な問題からすると末端の、瑣末な問題だ。
 ケルゼンの所論の理解の仕方が現代日本にとって、あるいは直接には東京裁判やパール意見書に関する論争にとっていかほどの重要性をもつのか。
 東谷暁はしかるに、4頁にわたって小林よしのりのケルゼン理解は誤っていると指弾している。
 たしかに小林によるケルゼンの「根本規範」(Grundnorm)の理解は、「聖徳太子の十七条憲法」に論及するなど奇妙に思うところがないではない。
 だが、もともとケルゼンを持ち出して議論を始めたのは西部邁・中島岳志(たぶん西部邁が先)だった。だとすると、西部邁・中島岳志によるケルゼン理解が適切かどうかにも論及しないと、「論壇時評」としてはアンフェアなのではないか。
 東谷暁は、だが、西部邁・中島岳志によるケルゼン理解については一言も触れていない。小林よしのりのケルゼン理解を誤りと批判することが西部邁・中島岳志によるケルゼン理解の正しさ・適切さを論証することになるわけではないし、そのような趣旨を東谷暁は書いているわけではない。小林よしのりのケルゼン理解を誤りと批判することはいったい何を目的としているのか?
 純粋にケルゼン理解の問題なら、ケルゼンに関する専門家に委ねるがよい。東谷はケルゼンの書物の一部をいくつか引いているが、小林よしのりがそうであるように、また西部邁・中島岳志もそうであるように、ケルゼンに関する「専門的」研究者ではないだろう。
 「専門的」研究者を一般的に尊重するつもりは全くないが、純粋にケルゼン理解の問題なら、ケルゼンに関する専門家に委ねた方がよい。
 だが、今日(論壇?の一部で)議論されているのは、純粋にケルゼン理解の問題なのではない。東京裁判・パール判事意見書、そして「あの」戦争に関する歴史認識、なのだ。これらに全く触れずして、小林よしのりのケルゼン理解を誤りと批判し、その「知的不誠実さ」を指摘することによって、東谷は何を意欲しているのか? 西部邁・中島岳志を支持し応援するつもりなのか、というと、そうでもなさそうだ(一切こちら側には言及していない)。
 首を傾げたくなる「時評」類は多いが、最近よく目にする名前の東谷暁の文章であることもあり、久しぶりにこの欄に書く気になった。
 二 この数ヶ月に限っても読んだ本、雑誌・新聞記事は数多いし、それぞれ何らかの感想・印象をもったが、いちいちこの欄に書いてはいないし、その気もない。
 三 この機会についでに一言触れておこう。
 月刊正論11月号には牛村圭「小林よしのり氏に答える-やはり『パール判決』は『日本無罪論』ではない」も掲載されている。
 この議論に立ち入るつもりはないし、その余裕もない(たぶん能力・資格も乏しいだろう)。
 だが、一部に限定するが、牛村圭が最後のp.117で、パールの(私人としての)1966年の「日本は道徳的責任はあっても、法律的には責任はないという結論に達しました」という発言を有力な(またはこの論文では最大の)論拠として、「『パール判決』は『日本無罪論』ではない」と主張又は理解しているのは奇妙だ。
 パールの原文(英語?)を知らないで書くが、「日本は道徳的責任はあっても」という日本語の唯一の意味は、日本には<道徳的責任がある>ということではない。その意味である可能性もなくはないだろうが、通常の読み方からすると、<かりに(万が一)日本に道徳的責任があったとしても>という意味で、<道徳的責任がある>か否かを断定・論定していない、とも理解できるはずだ。
 牛村はこの発言をパールは「日本の道義的有罪論」だったとする根拠としている(としか読めない)。
 問題はそもそものテキストの読み方だ。<かりにA的責任はあってもB的責任はない>というテキストは、論理的に見て、<A的責任はある>という意味を絶対的に含んでいるのか? 私の日本語理解だと、そのように<絶対的>には読めないのだが。

0582/板倉由明は田中正明を全否定したわけではない。西尾幹二・GHQ焚書図書開封(徳間)を半分読了。

 前回のつづき又は補足-田中正明の『松井石根大将の陣中日記』を批判した板倉由明は1999年に逝去し、遺作として、そして研究の集大成として同年12月に『本当はこうだった南京事件』(日本図書刊行会)を出版した。
 だが、その著の中には田中正明を批判した『歴史と人物』誌上の論文を収録せず、かつその名を巻末の「主な著作・評論」のリストにすら記載していない。
 小林よしのりもある程度のことは書いているが(パール真論)、推察するに、自分の学問的研究(田中正明の著の批判)が朝日新聞と本多勝一に「政治的に」利用されてしまったことへの後悔又は本多勝一等に対する憤懣があったからではないだろうか。
 小林によると「改竄の事実を指摘した板倉由明でさえ、田中正明の全ての言説を信用できないと言っていたわけではない」(p.212)。
 大部数を誇る全国紙を使って自分たちの考えと異なる史実を指摘し主張している本を<抹殺>しようとしたのだから、朝日新聞とは怖ろしい新聞(社)だ。
 だが、小林よしのりによると、「学界・マスコミ」では今だに「軍国日本を糾弾する論文を書けば、論壇の寵児になれる」体制が続いている(p.213)。そして、中島岳志の「パール判決書をねじ曲げたペテン本」が出る事態に至る。そしてこの本は、朝日新聞と毎日新聞から「賞」まで与えられた。怖ろしい、怖ろしい。
 有名な江藤淳・閉ざされた言語空間-占領軍の検閲と戦後日本(文藝春秋、1989)と櫻井よしこ・「眞相箱」の呪縛を解く(小学館文庫、2002)は所持しながらも意識的に未読で、<最後に>残しておこうというくらいの気持ちだった。
 だが、被占領期のGHQの言論統制について、西尾幹二・GHQ焚書図書開封(徳間書店、2008.06)を半分くらい読んでしまった。購入して目を通していたらいつのまにか…、という感じ。
 この西尾幹二の本を読んでも思うが、先の大戦、日本の対中戦争や対米(・対英)戦争に関する正確な事実の把握(とそれにもとづく評価)は、数十年先には、遅くとも50年先にはきっと、現在のそれとは異なっているだろう(と信じたい)。
 松井石根とは-知っている人に書く必要もないが-東京裁判多数意見によりA級戦犯として死刑となった者のうち、ただ一人、<侵略戦争の共同謀議>によってではなく南京「大虐殺」の責任者として処刑された人物だ。南京「大虐殺」が幻又は虚妄であったなら、紛れもなく、この松井石根は、無実の罪で、冤罪によって、死んだ(=殺された)ことになる。もともと「裁判」などではなく<戦争の続きの>一つの<政治ショー>だった、と言ってしまえばそれまでなのだが。
 アメリカの公文書を使っている西尾幹二とは別に、中西輝政らもソ連共産党・コミンテルン関係の文書を使って、かつての共産主義者の<謀略>ぶりを明らかにしている。
 毛沢東・中国共産党の戦前の文書はどの程度残っているだろうか。残っていれば、いずれ公表され、分析・解明されるだろう。
 いずれにせよ、中国や(GHQや)日本の戦後「左翼」の日本<軍国主義>批判という<歴史認識>を決定的なもの又は大勢は揺るがないものと理解する必要は全くない。まだ、早すぎる。それが事実的基礎を大きく損なったものであることが判明し、現在とは大きく異なる<歴史観>でもって日本の過去をみつめることができる日(私の死後でもよい)の来ることを期待し、信じたいものだ。

0581/戒能通孝と朝日新聞・本多勝一-日本無罪論と南京「大虐殺」否定論にかかわって。

 小林よしのり・パール真論(小学館、2008)は読み終えていない。だが、すでにいろいろと知らなかったことを書いてくれている。
 1 日本の被占領が終わった日・1952年4月28日に、バール判事・田中正明編・日本無罪論-真理の裁き-が出版されたが、翌5月28日の読売新聞紙上の書評欄で、戒能通孝は、この出版を「誠に奇怪とし、遺憾とする」、「この題名」では「絶対に通用させたくない」と書き、さらに「本書のようなインチキな題名」の本が一掃されるのを「心から切望したい」とまで述べた(p.190)。
 「この題名」とは<日本無罪論>というタイトルを指す。
 小林は、この題名がパールの意向に添ったものであったことを論証的に叙述している。
 あの戦争についての<日本有罪>論が当時の知識人をいかに強く取り憑いていたかの証拠の一つでもあろう。
 戒能通孝は、記憶のかぎりでは(あの)岩波新書で入会権について書いていた。
 ちなみに、戒能通厚(1939~。東京大学→名古屋大学→早稲田大学)は通孝の実子で、この人は元民主主義科学者協会法律部会々長(理事長?)だったらしい。親子そろっての日本共産党員かと思われる。
 2 朝日新聞の(あの)本多勝一は、1972年に、既連載の「中国の旅」を単行本化した。同年に田中正明は、「日本無罪」を題名の一部とする、編書を含めて三冊目の本を出版した。小林よしのりによると、「日本人が自ら東京裁判史観を再強化」しようとする本多勝一の本のキャンペーンを「黙視するに忍びなかったからに違いない」(p.205-6)。
 メモしておきたいのは以下。
 田中正明は1985年に、『松井石根大将の陣中日誌』を出版した。小林によると、陣中日誌を公表して南京「大虐殺」の虚妄を示す決定的な史料にしたかったようだ。
 この田中書に対して、板倉由明が『歴史と人物』という雑誌上で一部の「改竄」を指摘した。不注意(誤読)の他に、主観的には善意の、意図的「改竄」(原文の修正)もあったらしい。
 板倉由明は田中正明個人に対しては「悪意も敵意もなかった」。歴史家としての客観的で正当な指摘も多かったのだろうと思われる。
 ところが、この板倉由明論文が載る雑誌の発売日の前日11/24に、朝日新聞は、「『南京虐殺』史料に改ざん」という見出しの「8段抜きの大々的な記事」を載せ、翌11/25には「『南京虐殺』ひたすら隠す」という見出しの「7段の大きな記事」を載せた。執筆した記者は、本多勝一。南京「大虐殺」否定論に立つ田中正明の本を徹底的に叩くものだった。
 小林よしのりは言う-「朝日新聞が2日連続でこれだけ多くのスペースを割いて、たった一冊の本を批判した例など前代未聞」だった(p.209)。
 朝日新聞および本多勝一は田中正明の基本的な主張に反論できず、板倉由明論文を利用して「田中個人の信頼性をなくそうという意趣返し」をやった(p.209)。
 小林よしのりのこれ以上の叙述の引用等は省略するが、朝日新聞はこの当時とっくに異様な<左翼謀略政治団体>だったわけだ。
 <売国奴>という言葉は好きではない。だが、一人だけ、本多勝一にだけは使ってもよい、と思っている。

0578/小林よしのり・(一五、六流の自称評論家)山崎行太郎と月刊日本・産経新聞。

 一 月刊日本2008年6月号小林よしのり「『月刊日本』読者様へのご挨拶」を読む。
 沖縄集団自決・大江健三郎に関する内容に異論はない。
 最初の見出し「保守思想家を名乗る気などございません。」は、一五、六流の自称評論家・山崎行太郎から「論争から逃げるような打算的な保守思想家に保守思想家を名乗る資格はない」と書かれたことへの反応のようだ。どう見ても山崎行太郎と<論争>をする意味・必要性はない。半分以上は歪んで倒錯している人物と対論・対話が成り立つ筈がない。
 二 「保守思想」といえば、小林よしのり・パール真論(小学館、2008)は西部邁の「保守思想」を疑っている(p.82あたり以下)。
 西部邁の諸君!2008年1月号論文(私も当時に読んだような気がする)は小林の言い分の方が優っているが中島岳志の<日本の保守派は安易にパール意見書を利用しすぎた>旨の指摘は当たっているところがある、というような印象のものだった。
 小林よしのりは丁寧に西部邁の論述をフォローして、「新説珍説」・「デマはこうやって膨らんでいくものだという実例」(p.76)、「混乱の極みに達する」(p.79)、「思想家の思い上がりもここまできたかと嘆息をもらす」(p.80)等々と厳しく批判し、西部邁の文章の一部の正確な引用と思われる「その講和で『政治的みせしめを甘受することにした』ということで話を御仕舞いにしなければならないのだ」という部分についてとくに、これはA級戦犯は犯罪者だと甘受せよというに等しく、靖国神社分祀論等の「サヨクの術中に落ちるだけ」とし(p.83)、西部邁に対して「保守思想家としての実績という財産すべてをドブに捨てることになりますよ」と忠告し(「もう手遅れか」とも。p.87)、次のようにまとめる。
 「西部邁は、たかが自分におべっかを使ってくれる中島岳志を守りたいという私心を満足させるために……国の恩人〔パール判事〕を誹謗中傷した」。「代わりに言うことが『東京裁判の政治的見せしめを甘受して御仕舞いにしろ』だ。これで保守思想を強化したつもりなのか。/わしは一抜けた。金輪際『保守派』になど分類されたくはない」(p.88)。
 「『保守派』になど分類されたくはない」という部分は、上記の「保守思想家を名乗る気などございません」という言葉のつづきのようだ。
 中島岳志の本を読んでいないし(所持はしている。その頁数の少なさ(薄さ)、1/3~半分がパール判事の文章の引用という内容的な薄さ、研究書とはとても感じられないことが印象に残る)、上記の西部邁論文もうろ覚えだが、小林よしのりの言いたいことはよく分かる。つまり、<東京裁判の甘受>を<保守思想家>が主張してよいのか?。<東京裁判史観の甘受>こそが戦後日本を覆った<左翼・親米>イデオロギーのもとではないのか?
 日本に<保守>論壇又は<保守>派というのがあるとすれば、小林よしのりのような有能な人物に、「保守思想家を名乗る気などございません」・「わしは一抜けた。金輪際『保守派』になど分類されたくはない」などと書かせることは(外野席からながら)非常に拙(まず)い、と思われる。
 なお、西部邁は表現者という隔月刊雑誌(イプシロン出版企画)の「顧問」の一人で(もう一人は佐伯啓思)、毎号「保守思想の辞典」というのを連載している。こういう<保守>中の<保守>の論客らしき人物が、その「保守思想」性を疑問視されているのだから(しかも相当に根拠はあると私は感じる)、なかなかに(外野席からながら)面白い。
 三 元の月刊日本の小林の文章に戻ると、最後の方にこうあるのが印象に残る。
 「わしは『月刊日本』をお金を払って定期購読している。これ以上、山崎〔行太郎〕の愚にもつかない左翼擁護を見たくもないから、編集長がこれを続けるというのなら定期購読を打ち切るつもりだ」(p.54)。
 山崎行太郎がこの雑誌上で対小林よしのり闘争宣言を書いたらしいという程度のことしか知らなかったが、山崎は沖縄集団自決に関して大江健三郎擁護そして反小林でどうやら3回連載したらしい。また、なんと、上記の6月号にも「山崎行太郎の『月刊・文芸時評』第49回」というのが掲載されていて、「『南京問題』も『沖縄集団自決』も、そして他の様々な問題において、どんなに多くの証拠をかき集めたところで、真偽の最終決着はつかない。せいぜい、発言や証言や告白の自己矛盾を指摘することができるだけだ」(p.133)などとアホなことを書いている。
 山崎において南京<大虐殺>はあった、のであり、「沖縄集団自決<命令>」もあった、のではないのか?という疑問がまず生じるが、上のように「真偽の最終決着はつかない」と述べるのも誤っている。まっとうな・合理的判断能力をもつ大多数の人びとによって<真偽>の決着がつけられる問題はあるし、上記の例はそのような問題だろう(ここでの<真偽>の決着とは、訴訟上・裁判上のそれを意味させているつもりはない)。将来において大多数の人びとによって<真偽>の決着がつけられた問題に、歪み倒錯した山崎行太郎は一人で、いやおかしい、と叫び続けていればよいだろう。
 やや回り道をしたが、月刊日本という雑誌はどう見ても<保守派>の、又は<保守的>傾向の雑誌だが(その他の執筆者の名を見ればすぐに分かる)、なぜこの雑誌は山崎行太郎などという<左翼>の一五、六流の自称評論家を使っているのか、不思議でしようがない。「編集・発行人」は、南丘喜八郎、という名前になっている。ときどきは購入しようかと思ったが、山崎行太郎が毎号出てくるのでは(今回は知らなかった)、とても購入する気にならない。
 四 なぜ(半分は倒錯し歪んだ一五、六流の自称)評論家・山崎行太郎を使うのだろうと感じるのは産経新聞も同様で、産経新聞の6/15には山崎の「私の本棚」というコラム的なものが載っている。
 産経新聞は<左翼>に(も)活動の場を提供している。山崎行太郎が「勧進元」の意向次第でどのようにでも動く「思想」性の欠如した融通無碍の人物である可能性もある。
 だが、上のコラム的な文章の中で山崎は、親大江健三郎気分を明記している。また、近年の対大江・岩波自決「命令」名誉毀損損害賠償請求訴訟に関しても原告たちを揶揄し大江を守ろうとしてしいる。さらに、何といっても、この人物は、1年ほど前に、当時の安倍晋三首相について<気違いに刃物>と自分のブログで明言して、反安倍の妄言を吐き続けていたのだ。
 朝日新聞等々のまともな?<左翼>メディアに相手にされなくなって、山崎行太郎は月刊日本や産経新聞に「拾われ」たのだろうか。あるいは、産経新聞(・月刊日本)は山崎行太郎ごときに原稿を依頼しなければならないほど、執筆者不足に陥っているのだろうか。
 五 安倍晋三首相について<気違いに刃物>と言っていた(とくに憲法改正への重要な権限を与えられていたことを指す)人物が堂々と産経新聞紙上に登場してくるとは、やはりこの世の「終わり」、日本の「自壊」は近い、と感じてしまう。
 月刊日本(K&Kベストセラーズ)や産経新聞(社)(の関係者)は<頭を冷やす>のがよいと思う。

0572/樋口陽一のデマ2+櫻井よしこの新しい本+小林よしのり編・誇りある沖縄。

 〇櫻井よしこ・いまこそ国益を問え―論戦2008(ダイアモンド社、2008.06)はたぶん半分程度は既読のものをまとめたもの。数えてみると70ほどの項目があったが、見出しに「皇室」・「皇太子妃」を含むものは一つもない。
 この1年間の<国家基本>問題又は「国益」関係問題としては、対中国、対北朝鮮、これらにかかわる対アメリカや台湾問題の方がはるかに重要で、福田首相問題、(日本の)民主党問題もこれらに関係する。地球温暖化防止のための日本の負担の問題、公務員制度改革問題、さらに「道路改革」、集団自決・大江「沖縄ノート」等々と、櫻井よしこの関心は広い(にもかかわらず、「皇室」・「皇太子妃」に言及がないのは<静かにお見守りする>姿勢なのだろうと思われる)。
 〇小林よしのり・誇りある沖縄へ(小学館、2008.06)の最終章「『沖縄ノート』をいかに乗り越えるか」とまえがき・あとがきを読了。
 曽野綾子の本が初版は「巨塊」で増刷中に「巨魁」になった(p.189)というのは本当だろうか。私の持っているものは「巨塊」だ。小林はサピオ(小学館)では山崎行太郎を無視しているが、ここでは「オタク的言い掛かり」などと言及している。
 まえがきで小林よしのりが、大江健三郎の「日本人とはなにか、このような日本人ではないところの日本人へと自分をかえることはできないか」との文(大江・沖縄ノート)に「しびれる~~」と書いているが、似たような趣旨の文章をどこかで読んだ気がした。
 思い出した。樋口陽一の、同・自由と国家(岩波新書、1989.11)の最後のつぎの文章だ。
 「その名に値しようとする憲法研究者=立憲主義者は、立憲主義―その起源は西欧にあるが、しかし、くり返すが、その価値は普遍的である―を擁護するためには、彼の、あるいは彼女のナショナル・アイデンティティから自分自身を切りはなすだけの、勇気とヴィジョンを持たなければならない」(p.215)。
 「普遍的」な「立憲主義」を擁護するために、憲法学者は、自らの「ナショナル・アイデンティティ」を捨てる(「自分自身から切りはなす」)「勇気とヴィジョン」をもつ必要がある、つまりは、式上は日本国民であっても<日本人>たる「アイデンティティ」を捨てよ、と樋口は主張している。
 これは、大江健三郎のいう「このような日本人ではないところの日本人へと自分をかえること」ではないだろうか。
 だとすれば、反日・亡国・日本国家「帰属」嫌悪者は、似たようなことを(いずれも相当にわかりにくく)言うものだ。
 すでに触れていることだが、「ナショナル・アイデンティティ」(日本国民意識・日本国家帰属意識)を「勇気とヴィジョン」を持って「切り離す」こと求めるこの樋口陽一の主張を、<樋口陽一のデマ2>としておこう。

0570/小林よしのり・パール真論(小学館)の一部からの連想。

 小林よしのり・パール真論(小学館、2008)の主テーマ・主論旨とは無関係だが、次の言葉が印象に残った(初出、月刊正論2008年2月号(産経新聞社))。
 「『反日』を核として国家の正当性を維持するしかないという厄介な国が、ヨーロッパにではなく、アジアにあった、それがドイツの幸運であり、日本の不幸であった」(p.83)。
 小林よしのりはここで中国と韓国を指しているようだが、北朝鮮も含めてよいだろう。
 たとえばサルトル以降の「左翼」フランス思想等のヨーロッパからの「舶来」ものを囓っている者たちは強くは意識しないのだろうが、日本は欧州諸国とは異なる環境にある。ドイツにせよフランスにせよ、日本にとっての
中国、韓国や北朝鮮にあたる国はない。異なる環境にある日本を、現代欧州思想でもって(又は-を参考にして)分析しようとしても、大きな限界がある、ということを知るべきだ。
 やや離れるが、欧州に滞在するのは、ある意味でとてもリフレッシュできる体験だ。なぜなら、ドイツにもイギリスにもイタリアにも「…共産党」がない。フランス共産党は現在では日本における日本共産党よりも勢力が小さいといわれる。また、日本共産党的組織スタイルの共産党が残るのはポルトガルだけとも言われる。
 そういう地域を、つまり共産党員やそのシンパが全く又は殆どいない地域を旅すること、そういう国々に滞在することは何とも気持ちがよいことだ。むろん、デカルト以来の<理性主義>や欧州的<個人主義>の匂いを嗅ぎとれるような気がすることもあって、「異国」だとはつねに感じるが。
 <左翼>系新聞はあるだろう。しかし、多くはおそらく社会民主主義的<左翼>で、日本の朝日新聞のような<左翼政治謀略新聞>は日本のように大部数をもってはきっと発行されていない(たぶん全ての国で、日本のような毎日の「宅配」制度がない)。すべての言語をむろん理解できないにしても、これまた清々(すがすが)しい。
 というわけで、しばしば欧州に飛んでいきたい気分になる(アメリカにも共産党は存在しないか、勢力が無視できるほどごく微小なはずだが)。先進資本主義国中で、日本はある意味で(つまり元来は欧州産の共産党とマルクス主義勢力―正面から名乗ってはいなくとも―がかなりの比重をもって東アジアに滞留しているという意味で)きわめて異様な国だ、ということをもっと多くの日本の人びとが知ってよい。

0569/古田博司・新しい神の国(ちくま新書、2007)等々を読む。

 〇小林よしのり・パール真論(小学館、2008)p.235まで読了。あとはパール判決書解題と最終章だけなので、殆ど終わったと言えるだろう。
 〇安本美典・「邪馬台国畿内説」徹底批判(勉誠出版、2008)のp.213まで読了。
 上の二つは、後者の問題には考古学等という介在要素が増えるが、何が事実だったか、という問題を論じている点では共通性がある。そして、それぞれの知的な論理的作業は興味深い。
 いま一つの共通点は、どちらの問題についても、朝日新聞という<左翼政治(謀略)団体>が関係していて、それぞれ<悪質な>ことをしている、又は<悪質な>影響を与えている、ということだ。具体的に書き出すと長くなるので、別の回に時間があれば書く。朝日新聞(社)は至るところで害悪をもたらしていて、嘔吐が出る。
 〇大原康男・象徴天皇考(展転社、1989)はp.149まで読了。今後さらに調べてみたいテーマはこの本に最も近いかもしれない。
 〇古田博司・新しい神の国(ちくま新書、2007)はp.166までとほぼ3/4を読了。単発短篇の寄せ集めでまとまりは悪いが、区切りがつけやすいのは却って読みやすい。
 1.著者・古田は1953年生。もっと上の世代の論者の中に、60年安保世代(「全学連」世代)と「全共闘」世代(70年安保世代)を混同して、あるいは一括して論評しているのを読んだことがあるが、さすがに私より若い人で、両世代の差違に言及する部分がある。以下、古田による(p.36以下)。
 全学連世代は戦争を知っておりナショナリズムの残滓をまだ抱えていたため「体制否定」まで進まなかったが、「全共闘」にはこの「防波堤がない」。「全共闘」の克服すべき対象は資本主義の成長により消失しつつあったのに、「革命の可能性と資本主義の終焉を信じ切り」、「暴力革命」を実践し始めた。「貧困」はなくなりつつあったのに学費値上げ反対等の闘争をした。さらに、「ナショナリズムが希薄」なため、全学連世代がもった「対東アジア侮蔑観」も薄く、「中国や北朝鮮からの悪宣伝にやすやすと踊らされ」、「悪漢日本を自分たちが懲らす」との「正義の闘争」を始めた。……
 この「全共闘」観は、「全共闘」運動の中での相当に職業的な<革命>運動党派を念頭に置いているようで、異論・違和感をもつ人びとも多いかもしれない。だが、非日本共産党・ノンセクト「左翼」学生たち(こうなると「ベ平連」学生にすら接近する)に焦点を当てた「全共闘」論よりは、私には感覚的に共感するところがある。<ナショナリズム>や「対東アジア侮蔑観」の有無・濃淡も、完全に同意又は理解はできないが、興味深くなくはない。
 2.古田によると、日本のインテリの「愛国しない心」には「三つの歴史的な層」があり、最後のものの「上に」いくつかの「派」が広がっている(p.56-57)。
 第一は、明治以来の対西洋劣等感。「劣った日本」ではなく「舶来」ものに飛びつくのがインテリの本分と心得る。
 第二は、スターリン(コミンテルン)の32年テーゼ(「日本共産主義者への下賜物」)の影響で、天皇制度は「絶対的に遅れた」「後進性の象徴」と思い込んだこと。「愛国するならソ連とか、社会主義国にしなさい」。
 第三は、「マルクスの残留思念」としての「カルチュラル・スタディーズ、ポスト・コロニアリズム」の層で、「国家なんか権力者の造りだした幻想」だ、「愛国心」は権力者が都合よく利用しようとするものだ、と考える。
 この上に、次のような「さまざまな雑念がアナーキーな広がりを見せている」。
 一つは、「地球市民派」-自分は「自由な市民だから国家なんか嫌いだ」。
 二つは、「反パラサイト派」-「アメリカの寄生国家なんか愛せない」。
 三つは、「似非個人主義派」-自分という「個人に圧力を加えるから愛国心なんか厭だ」。
 なるほど、なるほど。

0566/小林よしのり・パール真論(小学館)を100頁余読む-中島岳志は学者としてまだ生きていけるか。

 一 中島岳志-北海道大学「公共政策大学院」(正式には「公共政策学教育部・公共政策学連携研究部」)准教授。インド語(ヒンドゥー語?)ができ、専門は「南アジア地域研究」とされているので(北海道大学HPによる)、元来、歴史の専門家ではないし、まして日本の近現代史の専門家ではない。だが、同・パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義(白水社、2007)なるものを著して、戦争・(占領期・)東京裁判という<左右>激突が予想される分野に足を踏み入れてしまった。
 想像・憶測にすぎないが、日本近現代史・東京裁判についての先行研究業績のない者が一躍こういう本を書いて登場するとは、よほどの感情・情緒―あるいは特定の「イデオロギー」―に支えられているのだと思われる。そして、それは、東京裁判のパール判決書(反対意見書)を<保守派>(<右派>)に利用されてはいけない、という感情・情緒又は「思い込み」ではないか。
 二 中島の上の本に関する牛村圭・小林よしのりの批判的反応、西部邁の小林よしのりに分があることを認めつつ中島を一部擁護し(一部の)<保守>をも問題にする論はすでに知っていたが、小林よしのり・パール真論(ゴーマニズム宣言スペシャル)(小学館、2008.06)のp.108までを読んで、上のように感じた。
 p.108までのうち、計42頁は漫画ではなく普通の文章(論述)で、一気に読んだわけではない(但し、パール・「平和の宣言」(小学館、2008.02)の小林よしのり「復刊にあたって」はすでに読んだことがあった-上掲書p.101-108に再録)。
 三 内容を詳細に紹介するわけにもいかない。細かな論点の紹介もしない。以下、いくつかのメモ。
 ①パール意見書等のパール文献をきちんと読むことなく(と思われる)中島岳志の上掲書を読み、その影響を受けて、中島著を肯定的に評価した者の(小林よしのり作成の)氏名リストがp.137-8にあるが、記憶に留めておきたい著名?人は次のとおり。
 井上章一長田渚左加藤陽子(日本史、東京大学)、佐高信〔これは当然だろう〕、堤堯(月刊Willの常連、なるほど)、長崎暢子(龍谷大学)、西部邁原武史明治学院大学、やはり)、御厨貴(東京大学)、山内昌之(東京大学)。
 西部邁も元東京大学だとすると、東京大学関係者が多いのが目立つ(原武史も出身は東京大学のはず)。東京大学所属者は書評執筆を依頼されることが多いのかもしれないが、やや異様ではないか(中島岳志自身は大阪外語大→京都大学大学院)。東京大学の社会・人文系は<左翼>傾向が強いと、あくまで断片的印象ながら感じていたが、幾分か、さらにその印象が強まった(なお、最近この欄で御厨貴の本の一部を紹介したが、<保守派>と認識した上でとり上げたわけでは全くない。後半で内容的に異なることも述べた)。
 ②中島岳志の上掲著は相当に問題の多い、欠陥の多い本だと思うが(小林よしのりの批判的論述は詳細で徹底的だ)、朝日新聞社・大仏次郎論壇賞と毎日新聞社・アジア太平洋賞を受賞したとか(p.27)。唖然とする。朝日・毎日の両「左翼」新聞社だから当然と見れなくはないが、しかし、授賞するためには関係専門家等による<推薦>、少なくとも一つの候補化があったはずで、やはり、日本近現代史(学)、政治史(学)の現在の有力な何人かが支持をしたものと見られる。<怖ろしい>ことだ。
 古代史(とくに邪馬台国・卑弥呼論)について、安本美典説を無視し続けている歴史学アカデミズムというものの驚くべき<怖ろしさ>も感じたことはある。小林よしのりとともに、「『デモクラシー』の土台が『デマゴギー』となっているこの日本社会が実に不愉快である!」(p.54)と言いたい。
 憲法学の樋口陽一らも学生や日本国民に<デマ>を撒いている<デマゴーグ>だ。すでに言及してはいるが、別にさらに何回か取り上げる予定。
 ③何故自分はヒトとして生まれたのか、何故日本人として、男(又は女)として、今の時代に生まれ生きているのか。これらを理屈で考えても無意味で、人智を超えた不合理なもの、合理的には説明できないことは間違いなくある。何故自然現象による災害に特定の者が遭遇しなければならないのか、何故犯罪や事故に偶々巻き込まれたのか、等々、本人も家族(遺族)も「理性」で納得できないことはあるに違いない。少し種類は違うが、何故日本には<天皇>という地位・人物がある(いる)のか、という問いも、かなり似たようなところがある。人為的なものに違いはないが、その歴史性・伝統性を考えると、もはや<理屈>うんぬんではないのではないか。
 というような、議論しても解答は出ないような問題はあると思うが、しかし、日本語(場合によっては原語)の文章の読解力や解釈、論理展開の厳密さ、文献・資料の適切な選択等々によって、どちらが、あるいは誰が最も適切な又は合理的な理解又は主張をしているか、を判断できる問題はある。パール判決書(反対意見書)の理解の仕方もそのような問題で、現在は数の上では少数派なのかもしれないが、おそらく、勝負は小林よしのりの勝ちだ。
 問題は左か右か、イデオロギーの当否ではない。まさに、小林よしのりの言うように「国語力」の問題であり、<「権威主義」と「デマゴギー」の問題>なのだ(p.64)。
 ④中島岳志に人間としての良心があるなら、「嘘と歪曲と誤謬だらけのおのれの罪を全て認め、きちんと謝罪して、ただちに偽造本の回収」(p.93)をすべきものと思われる。
 しかし、朝日新聞・毎日新聞に「可愛がられ」る<薄らサヨク>の世界からはたぶん脱することはできず(p.94参照)、西部邁との対談で近代日本の「しっかりとした保守主義者」は「一人は西部さんで、もう一人は福田恆存」などと発言したりしながら(p.87)、大江健三郎樋口陽一のように<日本人ではない何者か>になってゆく可能性がある。中島岳志の専門分野からして、東京裁判に関する次回作があるというわけでもなさそうなのに、気の毒なことだ。まだ若いのに(1975年生)、今後も関係学界で生きていけるだろうか。

0557/<言挙げ>したくはない、しかし。-八木秀次とは何者か・3。

 一 今年の2/04にすでに言及したが、小林よしのり責任編集長・わしズム25号(2008冬号)は「デマと冷笑の『テレビ』」を特集テーマとしていて、八木秀次は、「テレビキャスター&コメンテーター『思想チェック』大マトリックス」という論稿を寄せている(p.56-p.61)。
 そこではテレビのキャスター・コメンテイターを、ヨコ軸をリベラル←→保守、タテ軸を自立←→国際協調に置いて、「思想」によって大きく四グループに分けて図示している(「程度」の数値化を含む。p.58-59)。
 上の2/04ではさほど強くは指摘しなかったが、「表を見ていてスッキリしないところが残るのは、『国際協調』の意味の曖昧さ」で、<保守>についてはこれの強いのが<親米・日米同盟堅持>であるのに対し、<リベラル>についてはこれの強いのが<アジア外交重視>とされている。同じ「国際協調」と言っても全く異質なものを、同じであるかの如く捉えて「マトリックス」を作っているのだから、率直に言ってデキはあまりよくない(余計ながら、「保守思想」の理論化・体系化をしようとする者がこんな<遊び>仕事をしていてよいのだろうか)。
 また、録画して見ているのかも知れないが、このように表にできるまで、多くの番組のキャスター・コメンテイターの諸発言をチェックする「ヒマ」があったものだと妙な点に関心しもする。
 二 さて、今回述べたいのは、上の「大マトリックス」に関する細かなことではない。まず、四つのうち、あるいは八木は<保守>の筈だから<保守+反米・自主防衛>(第一群)と<保守+親米・日米同盟堅持>(第四群)の二つのうち、八木自身はいずれのグループに属すると自分を位置づけていたか、ということだ。
 このように<保守>を単純に二分すること自体に問題がある可能性はある。しかし、八木自身が行っている分類なので、さしあたりこれによる。
 結論的に言って、八木秀次は<保守+親米・日米同盟堅持>グループに自らを位置づけているようだ(以下、たんに<親米保守>)。その根拠は次のとおり(以下、すべてp.61)。
 ①この<親米保守>を「現実的な保守の立場」と説明する。
 ②この<親米保守>グループに入れている辛坊治郎(日本テレビ系)につき、「その発言は常に共感をもって聞くことができる」、辛坊は「朝日新聞を批判し、…産経新聞を好意的に取り上げる」、と明記して支持・同調の姿勢を露わにしている。
 ③同じく<親米保守>とする橋本五郎(読売新聞)の発言を肯定的に引用する。
 ④櫻井よしこを<保守+反米・自主防衛>(第一群)の中の<親米保守>に近い所に位置づけ、「『闘う保守言論人』の第一人者だが、近年は自立を志向する感もある」とコメントする。「…だが、…自立…感もある」という書き方は、やや距離を置いている印象を与える。
 三 これに対して、中西輝政=八木秀次・保守はいま何をすべきか(PHP、2008)では、八木は巧妙に(?)<親米・日米同盟堅持>の立場を強く表明することを避けている。八木自身の考え方が変わったか(微調整をしているか)、対談相手の中西輝政に(そのときだけ?)<合わせている>か、のいずれかではないだろうか。
 興味深いのは、上の対談本のp.142-151だ。この10頁の間、喋っているのは殆どか中西輝政で、かつ中西は<反米>的または<侮米>心情を述べている。そして、八木秀次はとくに反論しようとはしていない。
 これ自体興味あるテーマだが、中西輝政は、西部邁や佐伯啓思が何故アメリカを徹底的に問題視してアメリカに対抗する議論をするのかよくわからなかったが、「ようやくわかってきた」、問題視するのは「間違っていない」と理解するようになった、と発言している(p.146。かかる疑問は私も佐伯啓思についてもったことがある)。
 そして、中西は、「価値観では『侮米』、戦略的には『親米』」だと明言する(p.147)。「価値観」次元の問題と「戦略」とを区別しているのだ。そしてそもそも中西が「戦略的」という言葉を使ったのは、八木の「現実政治の国際政治を見た場合、とりあえず日米同盟が有効であるという……〔原文ママ〕」との発言に対して「まったく戦略的なものですね」と反応したことに始まる(p.144)。
 以降の八木はほとんど聞き役で、西部邁は「価値観でも反米、戦略的な発想でも反米」だ旨の、中西に迎合するような(?)西部邁批判を挿んでいるのが目につく程度だ(p.147)。
 やや反復になるが、八木秀次が上のわしズム25号に見られるように<親米・日米同盟堅持>を「現実的な保守の立場」と考えているのなら、中西輝政に少しは抵抗してでも積極的にその旨を述べるべきではなかったのだろうか。あるいは、わしズム25号で、「価値観」(「思想」)次元の問題と「戦略」とを区別しないで、<保守>を<反米・自主防衛>と<親米・日米同盟堅持>に単純に分けてしまったことを反省的に自覚して<沈黙>していたのだろうか。
 ともあれ、八木秀次の対米姿勢は、<保守>派の中でも曖昧なのではないか、と思う。また、八木の「経済の問題も、日本の保守としては、経済学者に任せておけばすむ話では、どうもなくなってきていますね」(p.154)との発言は、<規制緩和>・<構造改革>の問題を「経済学者に任せて」、<保守>としての自分は問題関心をもって考察・検討してこなかったことの告白に他ならない、と思われる。
 私自身がどうなのかは、ここでは問題ではない。八木秀次に、「保守思想」の理論化・体系化をする資格・能力があるのか、八木は将来の<保守>のリーダーの一人になれるほどの人物なのか、<保守>の立場から適切に「教育再生」を議論できる能力・知見がある人物なのか、私は相当に疑問に思っている。

0556/サピオ6/11・6/25の小林よしのり、1998年の小浜逸郎の本-沖縄・大江健三郎。

 〇やや遅いが、サピオ6/11号(小学館)。小林よしのりは、私は見ていない(その予定もない)映画「靖国」を観て書いて(+描いて)いる(p.55-)。
 靖国神社のご神体を知らず、かつ「剣」と「(日本)刀」の区別もついていない、要するに<神道>一般に関する知識のない中国人監督の作ったものものだから、その「作品」のレベルも容易に想像がつく。もっとも、恥ずかしくも、三種の神器の一つでもある「剣」(諸刃でまっすぐ)と「日本刀」(片刃で反っている)の区別を私も知らなかったのだが。
 そういえば、胡錦涛がちょうど来日していて東京宿泊中の夜に、NHKの「クローズアップ現代」は、<表現の自由>への圧迫問題として、この映画問題を取り上げたのだった。司会者・国谷裕子が一生懸命、上映中止圧力は<表現の自由>への圧迫ですよね、とコメンテイターに質問していたが、希望にそった回答ではなかったことを記憶している。
 ネットで調べてみると、コメンテイターは吉岡忍。この人は、少なくとも、<単純な左翼>ではなさそうだ。
 また、この放送(5/07)の意図は、「去年末の週刊誌記事で"反日的"と指摘されたことをきっかけに、国会議員向けの試写会、右翼の街宣活動、さらにネットでの抗議活動などの"見えない圧力"へと波紋が拡大。映画館は相次いで上映中止を決定し、「表現の自由」をめぐる議論が巻き起こった。その後名乗りをあげた映画館も妨害活動などを警戒し、緊張した空気の中で準備を進めている。なぜ中止は広がったのか、公開までに何を乗り越えなければならなかったのか、関係者の証言や配給会社の密着取材などをもとに検証。『靖国』をめぐる波紋が、いまの社会に何を問いかけているのか、考えていく」と書かれている(NHKのウェブサイト内。現在時点で読めた)。
 NHKは下請けに相当程度任せているのだろうが、国費による助成の当否には全く触れていないこのような制作「意図」は、中立的・客観的と言えるだろうか。
 〇同じくサピオ6/25号(小学館)。小林よしのりは、沖縄集団自決訴訟や大江健三郎に触れている。
 ①私は大阪地裁判決の全文を読んでいないが、小林は読んだのだろう。同感できるところが、少なくない。
 とくに、大江が岩波新書・沖縄ノートを初めて刊行した時点では、日本軍(隊長)による「命令」があったと信じた合理的根拠がかりにあったとしても、その後30年以上の間、反証も出てきたり実際に訂正・削除した本もあったりしたのにそのまま刊行し続けた合理的根拠こそがさらに問われる必要があった旨の指摘はそのとおりだ。しかし、小林によると「裁判長は、今後の出版について、何も触れなかった」のだという。
 ②小林によると、15000超の大江支持の署名が沖縄から(大阪地方)裁判所に届けられた、という(p.58)。法的判断の枠組みの中での心証形成過程にこうした「外圧」は影響を与える可能性がある(それを実証するのはほぼ不可能だが)。それ以上に、結論それ自体に早々に影響を与えていたのだとすると、この訴訟の地裁の裁判官たちは自ら、憲法上保障された「独立」を放棄していることになる。
 第二次大戦や沖縄問題について、戦後教育の<優等生>の裁判官たちがまともに(幅広く)勉強している筈がない。裁判官たちの殆どは<何となく左翼>の心性から仕事の経歴を歩んでいると見てほぼ間違いない。この人たちが明瞭な<左翼>、そして<アジア諸国や沖縄地域への贖罪意識>の持ち主ならば、いくらまともな法的議論をしても無駄になるだけだろう。控訴審を担当する裁判官たちがまともであることを期待する。
 ③小林によると、岩波書店は、判決後に大江・沖縄ノートを増刷したのだ、という(p.59)。岩波は大江とともに被告だったが、名誉毀損等の疑いがかけられている(但し、基本的には損害賠償請求の要件の一つとして)というのに、無神経で傲慢なものだ。この岩波書店に<良心的>などという形容詞を絶対に使ってはならない
 ④小林は、大江・沖縄ノートを「究極の差別ブンガク」だと規定する。「土民」・「屠殺」といった語が平気に使われているということもある。
 小林いわく-「すでに大江は日本人ではないところの何かになっている!」(p.61)。
 現在73歳の大江健三郎は<晩節を汚しまくっている>のだが、そうとも知らずにいずれ死んでいくのだろう…。
 〇もう1カ月ほど前に読んだ部分だが、小浜逸郎・いまどきの思想、ここが問題。(PHP、1998)の第二章にあたる、「自虐するあいまいな私―現象としての大江健三郎批判」(p.36-61、初出・月刊正論1995年5月号(産経新聞社))は、読み応えがあり、大江という人物の理解・分析のために参照されてよい、と思う。
 要約はしない。印象に残った文章を一部省略しつつ、列挙しておく。
 ①「晦渋な文体と教養主義的な観念の連鎖によって埋めつくされた、驚くべき饒舌の合い間にいつも露出しているのは、…押しつけがましくかつ単純な、サヨクの政治主題以外のものではなかった」(p.42-43)。
 ②ノーベル賞という「より普遍的な」賞は受け、文化勲章という「村落的」栄誉を拒否することで、「自分が『日本国家』という村落よりも優位なところに立っていることを示そうとした」(p.46)。
 ③大江は、「日本人は原爆を投下させるような戦争を起こした国の人間としての反省」を行うべきだが、していない、と言った(p.54。岩波新書・あいまいな日本の私所収の講演録にあるようだ)。〔何という自虐!、あの戦争についての何という対米批判意識のなさ!〕
 ④「内に向かっては…無責任に日本国家を批判して自分の反体制的スタンス」を示す一方で、中国・韓国からの日本非難に対しては「たちまち日本国家の罪を自分の罪であるかのようにひっかぶってみせること」により、「少しも自分が日本国家から自立していないことを暴露している」(p.55-56)。
 ⑤大江はある時期から、「核や障害者やエコロジーといった倫理的主題」によるしか「文学的活路」を見いだせなくなり、彼の「天才的な空想力は、これらの主題の奴隷として酷使」された。かくして、大江作品は「物語としても面白くなくなり、表現や文体も、みずみずしい初発の文学的感性の欠落をただ教養主義と饒舌で覆い隠すためだけのようなこけおどしの性格をますます深めていった」(p.59-60)。
 以上。なお、小浜逸郎の姓はオバマではなくコハマ。上記の本のタイトルの末尾の「。」は、原書のまま。

0505/日本の<保守派>内の対立は「思想」・「理論」次元では解消不能か?

  ①サピオ5/28号(小学館)で小林よしのりがこんなことを言っている。
 <「言論の自由」が保障された国に長く住んでいると、国際社会の中国への眼差しも分かってくる。「中共の洗脳」が解け、「自由や民主主義」の意味も知るような中国人が海外でもっと増えてもよいが、圧倒的に少ない。>(p.56)
 ここでは、「言論の自由」・「自由や民主主義」は、「中共」の支配する中国には欠落しているか極めて不十分なものとして、中国を批判するために用いられている、と理解してよいだろう。
 ②櫻井よしこ産経新聞5/08のコラムで「民主化」・「人権など普遍的価値観の尊重」等を中国の現状とは矛盾するものとして、中国を批判するために用いている。
 ③櫻井よしこ・田久保忠衛連名の「国家基本問題研究所」の意見広告「内閣総理大臣・福田康夫様」(産経5/06)には、こんなくだりがある。
 「自由、基本的人権、法の支配、民主主義。わが国と国際社会が依って立つこれらの価値観を踏みにじる中国共産党に、いま毅然としてものを言うことが、首相の責任です」。
 ④5/07の「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」(福田康夫・胡錦涛)の中には、こんな文章があった。
 「国際社会が共に認める基本的かつ普遍的価値の一層の理解と追求のために緊密に協力する…〔以下は、…とともに、長い交流の中で互いに培い、共有してきた文化について改めて理解を深める〕」。
 ここでの「基本的かつ普遍的価値」を中国・中国共産党・胡錦涛がどのように理解・認識しているかは問題だが、口先又は言葉の上では中国も「国際社会が共に認める基本的かつ普遍的価値」が存在することを認め、かつその追求等のために「協力」すると、外交文書で<公言>したわけだ。
  数日前に、佐伯啓思・学問の力(NTT出版、2006)を全て読了。同・日本の愛国心(NTT出版)等を読んで既に書いたことの同旨だが、佐伯はこんなことを指摘している。
 ①「自由や民主主義という戦後的な価値」による日本再建という考え自体が「きわめてアメリカ的な考え方」で、かつ「本来の保守主義」とは異なる「きわめて進歩主義的な考え方」だ(p.166~168)。
 ②「自由、平等、平和と大きく書いた」所から戦後日本は出発した。これは「自民党」も「保守系の知識人」も同じで、「すべからく本当の意味での保守主義ではなかった」(p.173~174)。
 このように、「自由や民主主義」は<普遍的>ではなく、<普遍>を装うアメリカに独特の<進歩主義(左翼)>思想だ、これを支持・主張するのは「本当の意味での保守主義」ではない、とこの本でも述べている(同・日本の愛国心の方がより詳しかったかもしれない)。
 そして、この本では、「冷戦は基本的には終わっています」と述べたのち、北朝鮮と中国について、次の文章を示す。
 「北朝鮮の崩壊はいずれ時間の問題でしょう。中国は共産党政権ですが、なし崩し的にグローバル資本主義のなかへ入ってきています」(p.174)。
 この本の中で、北朝鮮と中国に言及のあるのはこれだけだ(同・日本の愛国心には、かかる文章すらなかったと思う)。
 また、靖国神社・東京裁判問題に関連して、<親米保守>と位置づけられると思われる岡崎久彦を名指しで、実質的には厳しく批判している。論点の拡大・拡散を避けるために詳細には紹介しないが、次の如く言う-「アメリカの価値観」・「歴史観」を認めるということは占領政策や「東京裁判を認めることに等しい」。だが岡崎久彦らの「日本の保守派」が東京裁判を批判しているのは、「私には矛盾しているとしか思えない」(p.246~247)。
  さて、一で言及した小林よしのり櫻井よしこ等も<保守派>とされている筈だが、佐伯啓思によると、アメリカ的価値観を<普遍的>と誤解しており、「本当の意味での保守主義」者ではない、ということになりそうだ。佐伯啓思も<保守派>と自己規定している筈で、同じ<保守派らしき>者たちの間にあるかかる対立を、どう整理し、どう理解すればよいのだろうか。
 すでに書いたのは、<冷戦>は東アジアではまだ現実には続いており、「思想的」・「理論的」にはともかく、<外交・政治>の上では、中国・北朝鮮には欠如している「自由と民主主義」等の「価値観」を掲げて、これらの近隣諸国に批判的に対峙することは当然だし、戦略的にも意味がある、ということだった(「価値観外交」・「自由の弧・構想」の肯定)。
 今もこれに変わりはないが、「思想」・「理論」レベルでも佐伯啓思と櫻井よしこ・岡崎久彦らとの間には懸隔が横たわるだけなのだろうか。佐伯はあまりにも「自由と民主主義」等が西欧「左翼」から出自していること、アメリカが<普遍的>と自称する「価値観」であること、を強調又は重視しすぎるのではないだろうか。また、あまりに中国・北朝鮮への関心が乏しいのではなかろうか(「思想」的・「理論」的には勝負はついた、だけではまだ済まないのではないか)。
 一方、櫻井よしこ・岡崎久彦(・小林よしのり?)らは、あまりにも無条件に「自由と民主主義」等を<信奉>する旨を語りすぎているのだろうか(日本の「自由と民主主義」に全く問題がないとは考えていない筈だが…)。この点、佐伯啓思の論旨はなかなか鋭いところがあることも認めざるをえないのだが…。
 というわけで、少々当惑している。佐伯啓思の本が知的刺激に富むのはいつもながらで、それは結構なことではある。

0454/小林よしのりがサピオ4/23号で深見敏正裁判長の大阪地裁判決を批判。

 サピオ4/23号(小学館)。小林よしのりが、沖縄集団自決「命令」損害賠償等請求にかかる大阪地裁2008.03.28判決につき、「裁判官の『無知』、そして大江健三郎氏と朝日新聞の『詭弁』」というサブ・タイトルで「緊急発言」を書いている(p.96-97)。
 この訴訟は「右派がイデオロギーや運動のためにやっているのではないか」、原告の一人・梅澤裕元座間味戦隊長は被告をむしろ沖縄タイムス社とすべき、という最初の方については賛否を留保したいが、あとは、小林の主張・指摘を全面的に支持する。
 小林は深見敏正裁判長は「朝日新聞の愛読者」と見て「差し支えない」と断言する。上記判決は集団自決の場所にはすべて日本軍が駐屯していた、非駐屯地では集団自決は発生しなかった旨書いたようだが、小林によると、この旨は朝日新聞が「必ず引き合いに出すフレーズ」だ、という。
 その他は、私がすでに指摘したのとほとんど同旨。<「朝日は論理のすり替えを行った」。「軍の命令」と「軍の関与」は「まったく違う」>。
 また、1年ほど前にも私は大江の<創作力>=<捏造力>に言及したのだったが、小林は、大江健三郎は「延々6ページにもわたって赤松隊長の誹謗中傷を続けている」とし、大江の『沖縄ノート』からかなり直接引用して例示し、「自分勝手に赤松隊長の心情をつくり上げている」と書く。そして言う、「これが名誉毀損でなくて一体何というのだ」、「極限の中傷であり、これで名誉毀損でなければ、もはや何でも書ける」。
 小林よしのりはなかなか鋭い。大阪地裁という第一審の判決が出たにすぎないのに朝日新聞3/28夕刊が「軍の関与・司法も明言」との見出しを付けたことを皮肉っている。そのとおりで、「司法」の確定的判断はまだ出ていないのだ。<「司法」の一部の大阪地裁という下級機関>、が正しい。
 それにしても、p.96の写真によると、朝日新聞3/28夕刊は一面右上トップで「大江さん側」が勝訴等の見出しとともにこの判決を大きく取り上げ、記者会見する大江の顔の大写し的写真も掲載している。喜んで、<はしゃいでいる>。
 翌日の社説の内容しか知らなかったが、朝日新聞とは異様な新聞だとますます確信する。

0440/サピオ4/09号(小学館)の一部を読む。

 サピオ4/09号(小学館)。小林よしのりは依然として東京裁判・パール意見書に関して吠えている。知らなかったが、彼によると、太平洋戦争研究会編・東京裁判「パル判決書」の真実(PHP、2006.12)はとんでもない本で、編者と区別されている執筆者・森山康平(1942-)は南京大虐殺30万人説、「三光作戦」実在説を採る別の本を出している「まるでシーラカンス」(p.57)の人物のようだ。PHP研究所の出版物の中に、なぜそんな「左翼」又は「自虐」丸出しの者の書いたものが混じるのだろう。
 小林はいろいろとよく読んでいる。というのは、「中島〔岳志〕のような保守オタクも、森山〔康平〕のようなシーラカンスも、保阪正康や半藤一利あたりの連中も、みんな同じ穴の狢である」と書いている(p.60)。半藤一利は昭和史の専門家の如く振る舞っているが、その著の昭和史・戦後篇は骨格のないつまらない本だし、九条の会への賛同者の一人で九条護持論者だ。保阪正康と半藤一利を並べて位置づけてくれるとは、小林と私は(そのかぎりでは)同じ感覚で、親しみ?を覚える。
 あまり言及したことはないが、井沢元彦の多数の著書の愛読者でもある。
 井沢もサピオにしばしば登場するが、上掲号には「いまからでも遅くはない/北京五輪をボイコットせよ」を書いている。
 その中で、井沢は中国は「帝国主義思想にとらわれた『19世紀の国家』なのである」と断言する(p.95)。当然の見方だと思うが(その説明もある)、こう明瞭に書かれると却って新鮮だ。そして、「中国というのは巨大な泥舟」で、「どんなに大きなエンジンを積もうが、いずれ沈むことは間違いない」と締め括る(p.97)。
 一部に「市場経済」を取り込んでいても、社会主義・共産主義を標榜する、共産党=国家権力の国が永続せず、いずれソ連や東欧諸国のように<崩壊>するのは、マルクス主義者の言葉を借用すれば、<歴史の必然>だろう(北朝鮮も同様)。
 日本共産党もいずれ「沈む(=消滅する)ことは間違いない」。同党は1970年前半に「70年代の遅くない時期」に<民主連合政府(の樹立)を>とか言っていたが、現在では「21世紀の遅くない時期に」へと変えているようだ。「21世紀の遅くない時期に」とは、2050年までなのか、それとも-残り1/3が「遅い時期」だと考えて-2065年くらいまでなのか。そのどちらにせよ、日本共産党自体が「21世紀の遅くない時期に」存在しなくなっている(消滅・解体している)と予想される。その瞬間を何とか生きて体験したいものだが、はたして。

0426/小林よしのりはサピオ(小学館)等で中島岳志らアカデミズムを批判する。

 ほとんど登場させていないが、小林よしのりからは、ある意味、ある程度、影響を受けている。ヴィジュアルな手法での主張内容の<明快さ>によることも大きいだろう。
 その小林よしのりが、おそらく月刊正論2007年11月号(産経新聞社)以来、同誌2008年2月号とともに、雑誌・サピオ(小学館)の2007年11/28号あたりから同誌上で毎号継続して、<パール判事「意見書」>の理解をめぐって、主として中島岳志・パール判事-東京裁判批判と絶対平和主義(白水社、2007年)を批判している。なお、牛村圭も、雑誌・諸君!(文藝春秋)の2008年1月号に「中島岳志著『パール判事』には看過できない矛盾がある」(p.198~)を書いている。
 パール判事「意見書」そのもの(邦訳でも)、中島岳志の上掲書、牛村圭・「戦争責任」論の真実-戦後日本の知的怠慢を断ず(PHP、2006)を読んでいないため、<論争>に参加する資格はそもそもないが、小林の書いたものを読んでいると、<小林・中島論争>のかぎりでは、小林が自信満々で書いているように-それが理由ではないが-小林よしのりの理解・中島に対する主張の方が適切だろうと思える。
 議論又は戦線は広がって小林は西部邁のパール理解(月刊正論1月号p.150-、「パール判事は保守派の友たりえない」)も批判しているが、その西部邁自体が、(小林・中島の)「応酬については、小林の言い分のほうに圧倒的に歩がある。そう評するのが公正というものであろう」と言い切っているのだ(上掲p.150冒頭。但し、二人の間の「応酬」の具体的または正確な内容を私が詳細に知っているわけではない)。
 かりに小林はもちろん西部や牛村の中島著に対する指摘が正当なものだとすれば、中島岳志の上掲書に肯定的評価を与えた書評者・論者・新聞等のマスコミは、過ちを冒したことになる筈だ。
 小林よしのりはサピオ3/12号で、中島著を種々の表現で「絶賛」した「学者」として、御厨貴(東京大学)、加藤陽子(東京大学)、赤井敏夫(神戸学院大学)、原武史(明治学院大学)、長崎暢子(龍谷大学)の5名を明示している(p.59。なお、中島岳志北海道大学)。
 「絶賛」という表現は正確ではなく、「肯定」した(「肯定的評価」を述べた)、又は問題点・欠点に言及しなかった、と表現した方がよい可能性もある。だが、一般雑誌上で明示的に名指しで批判され、パール意見書(「判決書」は正確ではない)を「読んでいないか、読んでいるとしたら、…小学入試不合格の国語力しかない者たち…。バカデミズムである」とまで書かれているのだから、弁明・釈明または反論をきちんと公にすべきだろう。学歴だけみると高校卒業の(筈の)小林にこうまで指弾されて沈黙しておれるのだとすれば、大学を卒業し大学の先生・「学者」になった方々は、なんと<無神経な>あるいは<傲慢な>ことだろう。
 ついでに、小林はサピオの上記号に「中島岳志や保阪正康ら『薄らサヨク』…」と記している(p.62)。最近この欄で保阪正康に批判的な書き込みをしたばかりなので、保阪正康を「サヨク」と明瞭に評する者がいる、と感じて、些細なことだが自分の感想・評価は大きくは誤っていないだろうと心強く感じた。
 もっとも、小林よしのりの論じ方をすべて肯定的に見ているわけではない。
 瑣末なことかもしれないが、基本的に重要な点だとも思える。すなわち、サピオ3/26号(小学館)p.55~も含めて、東京裁判を「認める(認めない)」とか、同裁判を「肯定する(肯定しない=否定する)」ということの意味をもう少し厳密に示した上で叙述・議論する必要があるのではないか(同じく「東京裁判」との概念にもその設定・手続・管轄なのか「判決」内容(多数意見)なのかという問題もあるだろう)。このことはむろん、小林よしのり以外の東京裁判を論じる全ての者についても言える。

0385/わしズム25号の八木秀次・テレビ界「思想」大マトリックス。

 <マスメディアと政治・民主主義>に関心をもつ者として、「デマと冷笑の『テレビ』」を特集テーマとするわしズム25号(2008冬号、小林よしのり責任編集)はいずれの記事・論稿も興味深い(少なくともその予感がする)。
 八木秀次「テレビキャスター&コメンテーター『思想チェック』大マトリックス」も面白く読んだ(p.56-p.61)。
 三、四点のことを感想文的に書いておく。
 第一に、政治的に公平、意見対立問題はできるだけ多くの角度から、等ゝと規定している放送法の定めは、日本のテレビ局には「ほぼ有名無実」で、テレビ朝日は…を除き「放送法違反」、「TBSに至っては放送法を無視している」と、あっけらかんと断言している。八木を批判しているのではない。そのような<違法>(法律違反)状態をほとんど誰も<法的には>問題にしない、または問題にできない状態が奇妙だ。
 第二に、新聞よりもテレビ(とくに地上波テレビ)の一般世論への影響力の方が大きいという指摘も、そのとおりだろう。かつ、テレビ局のワイドショー作成者にとって最も権威がある(あるいは番組作りのために依拠している)新聞は、各テレビ局の系列新聞ではなく朝日新聞だという記事又は文章をどこかで先日読んだことがある。想像するに、こうした番組作成に関与しているのは25歳~45歳くらいの(多くは)男性でないか。現在45歳以下の、マスコミ(テレビ局)に入社するような心性・性格の者たちがどのような<世界認識>・<歴史認識>・<日本認識>を身に付けているか(身に付けてきたか)は従って、世論または社会のムード形成にとってきわめて重要な要因になっているはずだ。調査・分析できるといいのだが。
 第三に、八木が指摘するように、新聞と異なり文書として残らないテレビ放送は、体系的・総合的な批判的分析がし難いものだろう。TBSのニュース23にはきちんとしたウォッチャーがいてこの番組に関する文春新書も出ているが、また朝日新聞やNHKに限っての批判的観察の連載記事をもつ雑誌もあるが、多くのニュース番組・ワイドショーはきちんとした国民的「監視」体制の対象から抜け落ちているのではないか。だとすると由々しい事態だろう。(それにしても、TBSのサンデー・モーニングの関口宏はいつまで続けるつもりなのだろう。じつはこの半年間ほど観ておらず録画もしていないが-イヤになったので-まだこの人が司会をしているようだ。)
 第四に、キャスター・コメンテイターの、四つの象限に分けての紹介・分析が八木論稿の「ウリ」で、参考になる。
 四つの象限とは、ヨコ軸をリベラル←→保守、たて軸を自立←→国際協調に置いてできる4つのゾーンだが、八木によると、リベラル・国際協調(第三)が筑紫哲也を筆頭に最も多く、三宅久之・辛坊次郎らの保守・国際協調(第四)がそれに次ぐ(第二のリベラル・自立は太田光のみ、第一の自立・保守は勝谷誠彦・橋下徹・桜井よしこの3人)。
 参考にはなるのだが、しかし、表を見ていてスッキリしないところが残るのは、「国際協調」の意味の曖昧さのゆえだろう。すなわち、第一と第四の「保守」における「自立」と「国際協調」の区別は、明瞭に「反米・自主防衛」と「親米・日米同盟堅持」の意味だとされているが、第二と第三の「リベラル」における「自立」と「国際協調」の八木による区別は、「反米」か「親米」かではないように見える。東アジア諸国との外交優先という立場も「国際協調」の中に含まれていると理解できるからだ。「国際協調」派であっても、アメリカ最優先とアジア優先(そしてむしろ反米の場合もある)では全く異なるだろう。この点が、せっかくの「大マトリックス」の価値を減じている。
 ところで、ここでの対象は(テレビに登場する)キャスター・コメンテイターだが、文化人・論壇人まで含めるとどうなるのだろうか。
 八木秀次自身がどこに位置するのかも興味深いのだが(本人は書いていない)、たぶん「現実的保守」と表現している第三の「保守」・「国際協調」=「親米・日米同盟堅持」なのだろう(なお、八木は桜井よしこにつき「闘う保守言論人」の「第一人者」だが「近年は自立を志向する感もある」とコメントしている)。ここに岡崎久彦も入りそうだ。
 一方、第一の「保守」・「自立」=「反米・自主防衛」には西尾幹二、西部邁、小林よしのりが含まれそうな気がする(後の二人には西部=小林・アホ・腰抜け・ビョーキの親米保守(飛鳥新社、2003)という本もある)。
 佐伯啓思は「反米」か「親米」か。どちらかというと前者のように私には彼の論述が読めるが、しかし、上の二つは程度問題で、かつ佐伯に限らず、対米問題は具体的問題に応じて議論する必要があるだろう。例えば、「自立」論者も(私もある意味ではこの考え方を支持する)、日米安保条約の即時廃棄を主張しているわけではあるまい。

0384/読売新聞も<寝呆けて>いないか。

 時機遅れだが、書いておく。
 読売新聞1/08(2008)社説は、「『ねじれ』が生む政治の停滞」との副見出しを打ち、国会のいわゆる「ねじれ」のために「今日の日本政治の停滞は深刻」になつており、「国としての意思決定を困難にしている」と憂いている(そして、「連立」の追求が必要との結論に繋げていっている)。
 「連立」うんぬんはともかくとして、不思議に思うのは、同じことだが腑に落ちないのは、次のことだ。すなわち、読売新聞もまた「ねじれ」国会の誕生、つまり昨年参院選での自民党「敗北」に(少なくとも客観的には)加担していた、にもかかわらず、今ごろになって「ねじれ」を憂う資格がそもそもあるのか
 昨年参院選直後(7/30)の私の文章の一部を引用する。
 <読売新聞はどうだったか。投票日7/29の1面左には橋本五郎・特別編集委員の「拝啓有権者の皆さんへ」を載せていちおうまともなことを言わせている。社説も朝日に比べればはるかに良い。だが、1面右を見て唖然とする。大きく「参院選きょう投開票」とあるのは当然だろうが、そのすぐ右に白ヌキで大きく「年金」「格差」「政治とカネ」と謳っているのだ。これをこの三つが(最大の)争点なのだと(読売は考えている)と理解しない読者がいるだろうか。
 橋本五郎が何を書こうと、社説で何を主張しようと、文章をじっくりと読む読者と、1面は見出しを眺めた程度の読者とどちらが多かっただろうか。少なくとも過半は、「参院選きょう投開票」のすぐ右に白ヌキの「年金」「格差」「政治とカネ」の三つの言葉のみを見たかそれの方に影響を受けたのではないかと思われる。そして、読売新聞の読者でも民主党に投票した者は相当数に上るだろう。
 読売は7/30社説で「国政の混迷は許されない」と主張している。読売の社説子や論説委員に尋ねてみたいものだが、読売新聞自体が「国政の混迷」を生み出すような、少なくともそれを阻止する意図のない、紙面づくりをしたのではないか。もう一度書くが、投票日の読売の1面最右端の見出し文字は白ヌキの「年金」「格差」「政治とカネ」の三つの言葉だったのだ。
 よくもまぁ翌日になって、「国政の混迷は許されない」などと説教を垂れることができるものだ、という気がする。
 読売は、いったい何を考えているのか。官僚界・一部知識人を通じて<反安倍>気分が少しは入っているのではなかろうか。何と言っても1000万部を誇る新聞紙だ、その影響力は大きいと思うが、結果としては、朝日新聞と似たような役割を(少なくともかなりの程度は)果たしてしまったのではないか。この新聞社が安倍内閣をどう位置づけ・評価し、日本国家・社会をどういう方向に持って行きたいと考えているのか、私には、少なくとも極めて分かりにくかった。まっとうな<保守>路線と<大衆迎合>路線とが奇妙に同居しているのではないか。>
 以上。朝日新聞(社)が先頭に立って選挙前の<反安倍(反自民)報道>に狂奔したのだったが、読売新聞もまた客観的にはその片棒の一つくらいは担いでいたのではないのか。
 これまたすでに書いたことだが(昨年8/01)、読売新聞7/31夕刊の読売新聞編集委員・河野博子のコラムによっても上のような印象は弱まるどころか逆に強まった。この人は、次のように書いたのだ。参院選の結果の肯定的評価を前提としていたことは明らかだと思われる。
 <「有権者の投票」という「アクション」が「自民党大敗をもたらした」。「年金、政治と金の問題、閣僚の問題発言に、国民は肌で「これはおかしい」と感じ、反応した。頂点に達した不信がはっきりした形で示された」。これをどう今後に生かすかが問題で簡単ではないが、「しかし、信じたい。人びとのアクションの積み重ねが世の中を、一つ、一つ変えていくのだ、と」。>
 さらに指摘すれば、これまた産経報道に依って書いたように(昨年12/29)、昨年参院選2日後の7月31日に、読売グループ代表・渡辺恒雄と氏家斉一郎・日テレ取締役会議長が「招集」して、山崎拓、加藤紘一、古賀誠、津島雄二の計6人が「ひそかに集結」し、「早々に安倍を退陣させ、次期総裁に福田康夫を擁立する方針を確認した」、という。
 もともと安倍ではなく福田を支持していたという渡辺恒雄のこうした動きを前提にすると、読売は、昨年の参院選で安倍・自民党が<敗北してもかまわない>という基本スタンスだった、と疑われてもやむをえないのではないか。
 上の<敗北>が自民党の過半数割れ、さらには参院での民主党の第一党化まで見越していたとはむろん断言できない。だが、読売の上のような基本スタンスもまた、参院での民主党の第一党化を伴う自民党敗北の原因になったのではないか。
 以上、断片的に記したのみだが、<ねじれ>を後になってから嘆き、憂うのであれば、その方向で、つまり<ねじれ>が生じないような方向で昨年の参院選に関して報道しなければならなかったのではないか。そのような報道ぶりを読売は昨年6~7月にしたのか。朝日新聞とは対照的な、冷静で客観的な報道ぶりをしたのか。朝日新聞の狂乱ぶりを断固として批判し、「国としてなすべき意思決定を困難」にしないような報道をしたのか。
 <ねじれ>を嘆き<連立の追求を>などと後になってから主張するのでは、それこそ時機遅れというものだろう。
 マスコミ(マスメディア)と政治・民主主義(>選挙)の関係についてはまた別の機会にも書くが、以下に一つだけ要約して紹介しておく。
 小林よしのり責任編集・わしズム25号(2008「冬」-2/29)号の佐伯啓思「どうでもよいことだけが政治家も大衆も動かすデマゴギーの時代」は、昨年参院選について、こう書いている(p.77-78)。
 民主党も朝日新聞等のマスメディアも「戦後レジーム」を問題にしたくなく、「消えた年金」・「政治と金」等に飛びつき、本筋から大きく逸脱した「どうでもよいこと」が選挙を動かした。さらにいえば、「民主党も朝日新聞も」大衆を扇動したというより、大衆には「戦後レジームからの脱却」という大問題に関心がなく、彼ら(民主党・朝日新聞)は「大衆の好奇心に寄り添い、大衆が求めるものを提示しただけともいえる」。かくして、「マスメディアと大衆」の共同作業として「安倍おろし」が「民意」となった。/「民主政は大衆化するほど、それ自体が『デマゴーグ的なもの』へと流れてゆく」。「大衆はデマゴーグを求めている。この構造をうまく利用したものが…即席のデマゴーグになる」。…
 読売新聞(社)には、「大衆の好奇心に寄り添い、大衆が求めるものを提示しただけ」ではなかった、と言い切る自信があるだろうか読売新聞(社)は、「デマゴーグ」ではないし、かつ「デマゴーグ」を助ける報道ぶりを一切しなかった、と自らに誇りを持って断言できるのだろうか
 朝日新聞については、殆ど諦めている(〇〇は死ななきゃ治らない)。読売新聞にはまだ期待するところがあるので、あえて苦言を呈する。

0375/NHKはどのように真摯に反省・総括しているのか。

 昨年8月のNHKの東京裁判・パール判事に関する特集番組は(おそらく録画はしたが)観ていない(おそらく時間がなかったから)。
 昨日の夜か今日未明の読書?に関するNHKの番組に、聞き流していただけだが、中島岳志『パール判事-東京裁判と絶対平和主義』(白水社)の著者らしき人物が登場して、自らの理解・見解・主張を述べていた。夏の番組もそうかもしれないが、中島と異なる理解・意見の持ち主もあるならば(牛村圭小林よしのり等、あることは諸雑誌を見ていると分かる)、その異なる理解・意見の持ち主も登場させるか、紹介しないとバランス・公平さを欠くと思われるのだが。印象だけだが、数時間前に出ていた男は、批判対象を(批判しやすいように)歪めて又は単純化して理解しておいて、そのうえで批判している可能性がある(なお、誰でも、ある意味、ある面では、「絶対平和主義」なるものに反対はしていない)。
 これも観ていないが、NHKは小田実の特別・追悼番組も放映した。小田実とは、そのような扱いにふさわしい人物だったのか。彼の後半生、彼はいったいどの程度の仕事をしたのか。万が一していたとして、それは彼の死を深く追悼すべきほどの仕事だったのか。
 ときどき、自分も受信料不払い運動に参加しようと考えることがある。
 NHKは、2005年に<朝日新聞と通じたラディカル左翼>のディレクター(チーフ・プロデューサー)・長井暁によって組織自体が<掻き回された>ことについて、どのように反省又は総括をしているのだろうか。

0174/石原慎太郎の米国講演、西尾幹二・水島総の朝日新聞等批判。

 少し古いが、産経5/19によると、石原慎太郎はニューヨークでの講演で、次のようなことを述べたらしい(イザ!ニュースなし)。
 1.日本有事に際し米国が安保条約による責任を果たさない場合は<日本は自分で守る努力をする。核保有もありうる>。
 2.中国経済は2008年までと英国エコノミスト誌編集長と一致した。経済が破綻した中国は「軍事的冒険主義」に出てきて「台湾や尖閣諸島に向けられる」可能性がある。
 3.尖閣諸島有事の際に米国が何をできるかは疑問。日米関係の将来は米国が中国をどう認識・評価するかに依るところが大きい。
 4.米国と中国が全面戦争になった場合、米国は必ず負ける。
 産経ですら小さく扱ったのみだから、他紙やテレビで大きくは報道されなかっただろう。
 私としては、上の2と3に現実的な関心をもつ(1と4に関心がないわけではないが)。簡単には、1.中国の経済・社会状況は今後どうなるか、2.米国は「社会主義」中国を(日本との比較が当然に含まれるが)どう認識・評価していくか、だ。
 岡崎久彦はかなり<親米(保守)>のようだが、<反米(保守)>と言ってたぶんよいだろうと思われるのが、西尾幹二だ。
 その西尾幹二が、月刊WiLL7月号(ワック)で「朝日新聞「社説21」を嗤う!」というのを書いている。そして、上の石原講演の内容とあえて関連させると、以下が興味深い。
 私は朝日新聞の「社説21」は読んでいないしデータ保存もし忘れたが、1.朝日は日米安保を前提として議論している。西尾によれば、朝日は「極めて保守的」で、「今まで反米的」だったが、「左翼のくせに親米」だ。
 冷戦構造の中で日本は経済的利益拡大の僥倖に恵まれたが、「朝日新聞は今後もその特権を保守し、なにも責任をとらず、きれい事を言ってアメリカの力にすがりましょうと声高に言っている」。
 2.朝日新聞は、米国に近寄り過ぎると怖い(「直接には関係のない紛争に巻き込まれる危険性がある」)が、遠ざかると相手にしてもらえなくて怖い(「いざという時に守ってもらえないという心配…」)、その「微妙な間合いをとるのに役立ったのが憲法9条」だった、と書いているが、世界情勢が変化し、九条護持を唱え続けることができなくなっていること、「自国を自国で守ろうとする日本の意志がなければアメリカも見放す時が来ている」ことが、「全くわっかっていない」(p.40)。
 上の二つの朝日新聞の社説批判は要するに、米国の対日姿勢が変わりうる(既に変わっているかもしれない)という現実、従ってまた憲法九条の持ちうる意味も変わらざるをえないという「現実」をまるで認識していない、ということに(たぶん)尽きるだろう。
 朝日新聞批判の中で述べられているが、西尾氏自身の言葉としての、3.米国はしばしば歴史上のミスをしてきたが、「例えば、日本を敵に回して中国の共産化を招いたというのは、おそらく歴史的にアメリカが犯した最大の判断ミスでしょう」(p.41)。
 この後で西尾は、ビンラディン登場により米国は「中国という悪魔」と手を結ぼうとしているし、「金正日という小悪魔とさえ、手を組まざるを得ない醜態」見せている、と記す。
 このあたりは私の知識の及ぶところではないが、石原とも共通して、米国が日本を無視又は軽視して中国(・北朝鮮)を重視する(=と友好的になる)ことを懸念し、かつ批判している、と言える。
 やや離れるが、歴史的にみて、日本軍が大陸にいるときに完全に中国側に立ったことは米国の判断ミスだった、と思われる。ルーズベルトの周辺にはマルクス主義シンパがかなりいて、どの政策が「ソ連」の利益かで判断していた可能性が高いが(ゾルゲ・尾崎秀実もそうだった)、中国が「共産」化する可能性の程度を米国は予測し誤ったのだと思われる。それは、二次大戦終了後も続いた。1949年に中国が中国共産党支配の「中華人民共和国」になることを予測できていれば、日本国憲法九条の内容は現在のそれとは違っていた筈だ。
 現憲法九条は戦後の一時期のロマンティックな平和幻想の所産で、冷戦開始(=米ソの対立。1949年の東西ドイツ別々の建国、「中共」成立、朝鮮戦争勃発で完全に明確になった)後にすみやかに、「現実」には不適合の条項になっていた、あっという間に「賞味期限」を過ぎた、のだ。そこで、憲法改正(九条改定)が無理ならばと登場してきたのが、「戦力」ではないとされる、警察予備隊→保安隊→自衛隊だったわけだ。
 上のように振り返れば、現在の憲法九条に関する国論の「分裂」は、「一時期のロマンティックな平和幻想」に陥り、また日本の将来の「軍事大国化」を怖れたがゆえに九条を日本に事実上は「押し付けた」(私は幣原発案説は無理だと考えている)、GHQ・マッカーサーに、そもそもの責任がある、とも言える。
 そのような米国だから、日本に十分な連絡なく突如として米中(大陸の中国)国交を回復したことがあったように、米国の利益に関する判断で今後も動くだろうことは明らかで、米国を中国ではなく日本に引きつけるとともに、米国の判断からの自律性を徐々に身につけることもまた、今後の日本にとっては重要だろう。
 と言って、<親米保守>と<反米保守>(小林よしのりは後者だろう)のいずれかの立場に立っているわけではない。私にはよく分からないことは沢山ある。
 中途だが、西尾の論稿にはまた別の機会にも触れることとして、同じ月刊WiLL7月号には水島総「無惨なり、三大新聞論説委員長!!」もあり、5/06のサンプロの読売・毎日・朝日の論説委員長(論説主幹)の揃い組みをリアルタイムで(保存だったか?)観ていただけに、興味深かった。
 水島総によると、そもそも新聞の論説委員長がテレビ番組で顔を出すこと自体が失敗だった。「みっともない姿をさら」して、「あのおっさん」がこの社説を書いているとのイメージを与えた悪影響は大きい、という。そうかもしれない。
 私の記憶と印象では、朝日新聞の若宮啓文が最も緊張しており、落ち着きがなかった(自社系のテレビ局だったのに、と言いたいが、まぁ無関係だろう)。
 このときの若宮啓文発言についてはすでに批判した。毎日の論説委員長が<論憲>とだけ言い、その具体的内容については<これから考えます>と悪びれることもなく<微笑をたたえて>答えていたことに呆れた記憶もある。
 もう忘れていたが、水島総によると、朝日・若宮啓文氏は、次のような醜態をさらけ出したらしい。
 司会・田原総一朗が「湾岸戦争と同じ状況」になれば「朝日新聞は、今度は国連が正式決議すれば、自衛隊参加に賛成するんですね」と質問したところ、朝日・若宮啓文は、「かなり慌てた表情で、言いよどみ、それは、そのとき、その場で、よく状況を考えていくということで…と、あいまいな答え」しか出来なかった。
 水島は「笑ってしまった」と書き、毎日新聞の出演者とともに「その時に対応を考えます」では「常識で考えても、世間一般では、とても通用しない理屈である」、と批判している(p.138-9)。
 以上、日米関係(中国問題が絡む)と朝日新聞批判がいちおうのテーマの、冗文になった。

0151/小林よしのり・新ゴーマニズム宣言スペシャル/脱正義論(1996)。

 じつは(と大袈裟に言うことでもないが)、小林よしのりゴーマニズム宣言は旧・新を含めて、(古書もあるが)全部所持し、読んでいる(と思う)。内容の記憶はほとんど朧げになっているが、雰囲気・イメージの記憶は残っている。
 そのスペシャル版もたぶん全て所持し、読んでいる。そのうち、新ゴーマニズム宣言スペシャル・脱正義論(幻冬舎、1996)は、小林が1994年に「HIV訴訟を支える会」の代表となり、弁護士等と運動の仕方等について軋轢を生じさせながら活動し、1996年03.29に加害企業と「和解」が成立して、彼の影響も受けて「支える会」会員となった者たちを含む若者(学生)たちに、<さぁ日常に戻ろう>と呼びかけたところ、「支える会」の支部等の「代表も事務局長も会計もすべて左翼系団体の同盟員というところもある。民青が仕切ってたりするところもあるらしい」(p.70)ことを知って愕然として原告患者青年の川田龍平に伝えたところ、彼は「知ってますよ」とニヤリと笑って答えた(p.78)、なんていうことが生々しく描写されていて、とても印象的だ(とても長い一つの文だ)。
 「HIV訴訟を支える会」の実際がどうだったのかの知識はないが、純粋な善意で始まった「市民」運動も、いつの間にか政党等の「色のついた」(多くの場合は「左翼系」の)運動に変質していくことは、十分に考えられる。この本が描くように「支える会」を日本共産党・民青同盟系の者たちが実質支配したのだとかりにすれば、さすがに「大衆団体」を党・民青等近接団体の<下請け>化することに手慣れていて、巧いものだ。また、こうした訴訟の場合、手がける弁護士たち自体がとっくに日本共産党員又は同党シンパであることも十分にありうるだろう。
 「政治」と何らかの関係のある問題についての、多数の「個」の純粋な「連帯」は、小林が正義感をもって当初想定したよりはやはり相当に困難なのが現実だろう。
 その他、書き残しておきたいことが二つある。
 1.「あとがきにかえて」に、「もっと腹が立つのは佐高信ら、『絶対の正義』と薬害エイズが世間に認定された後に近寄ってきて自分の言い分にこれを利用しようとするハイエナみたいな言論人」とある(p.256)。
 なるほど、佐高信は、自分たちの「運動」に利用しようとして小林又は「支える会」にも接近してきたのだ。
 佐高信は、巧妙に隠しているものの「週刊金曜日」共同編集人でテレビ・コメンテイターをしている石坂啓もそうだと思うが、決して<評論家>ではなく、<(社会)運動家>だ。「ハイエナみたい」と表現されているのも、ずばり適切で、よく分かる。
 「週刊金曜日」編集人たちは、選挙に候補者を立てないから政治資金規正法上の「政治団体」ではないだけで、昨秋に反皇室演劇つきの集会を行うなど実態は「政治団体」に他ならず、「週刊金曜日」はその機関誌だと思われる。
 2.川田龍平は7月参院選に東京選挙区から立候補するらしい。日本共産党・民青そのものには加入しなかったようだが、訴訟等の運動の中で「左翼的」活動家に成長したのだろう。
 小林の上の本の中に、「支える会」の若者の間でカール・ヴォルフレンの本がよく読まれているという話が挿入されていたが、彼の日本・権力構造の謎(上・下)(早川書房、2000)は日本の国家・社会を欧米的観点から「異常視」する、偏見に満ちた本で、なるほど(反発がありうる)モロの共産党・民青の本よりは、外国人が書いた(客観的ふうの)日本の「権力構造」批判の本として、読者を「反体制」化・「左翼」化するのに役立ったに違いない。

0142/小林よしのり「ゴー宣・暫」(サピオ5/23号)はスジ論で正しくはないか?

 米国下院の慰安婦日本非難決議案はその後どうなったのだろうか。
 サピオ5/23号(小学館)の小林よしのり「ゴー宣・暫」は、安倍首相等を「事なかれ主義」、「腰砕け」等と非難し、<どの国にも慰安婦はいた。しかし日本には「性奴隷」はいなかった>と明言して闘え、と書いて(描いて)いる。
 安倍首相等の日本政府の言動は岡崎久彦の助言が大きいのではないかと勝手に推測しているが、果たして首尾よくいったのかどうか。
 安倍首相は「気の毒」、「同情する」というだけの気分が強いだろうが「詫び」という語を用いたことは事実だ。そして、日本語の「詫び」という言葉はapologyと訳され、結局は「謝罪」したのと同じことになる。安倍首相を助けるつもりだったのかどうか、ブッシュ大統領は「首相の謝罪を受け容れる」などと余計にも思える発言をしていた。いずれにせよ、安倍個人の本意ではないかもしれないが、いずれかの時点から<河野談話を継承する>の一本槍で済ませてきたのだ。
 よく分からないが、上の小林の主張は正論であるような気がする。また、小林が指摘しているように(p.57)、<広義の強制はともかく「狭義の強制」はなかった>旨をいったん国会答弁したが、狭義・広義うんぬんは「慰安婦の強制連行がなかったと実証された後で、左翼が議論をわざとややこしくして煙を巻くために創った、トリック・ワード」で、安倍首相はこれに嵌ったのではなかろうか(全否定のように米国マスコミに受け止められて批判が生じたようだ)。
 慰安婦問題の火元は朝日新聞で、このトリックを考えたのも朝日新聞だ。朝日新聞のかつての報道さえなければ、河野談話も今日の米国での問題もない。あらためて、売国的・国辱的新聞社だと思う。

-0048/サ講和条約11条の<裁判>・<判決>に意味はあるか。

 安倍首相の「歴史認識」問題よりも北朝鮮核実験問題の方が重要と思いつつも、いくつかの本で読んだ講和条約・戦犯問題が国会で現に議論されていたのはなかなか興味深かった。
 講和条約11条の解釈については、「裁判」は「諸判決」のことと反論する保守派もいるが(小林よしのりも)、この欄の08/11で述べたように、そんな「訳語」のことを問題にしない安倍の解釈が適切と思う。
 簡単に買える小さな六法(例えば有斐閣ポケット六法)にも掲載されている講和条約(日本国との平和条約、1952.04.28発効)11条第一文は次のとおり。
 「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする」。
 全27条や11条の第二文以下との関係・位置づけから見ても、これから日本国が東京「裁判」等の事実認定・理由づけ等を細かなことも含めてすべてに同意し、将来も国自体の「歴史認識」として有し続けるなどという解釈が出てくるはずがない。
 「承諾し」という語は、第一文後段の前提として、個々の諸判決の結論(とくに拘禁刑判決)に国としては異議を唱えない(異論を述べない、従う)との意味で用いられているのだ。
 再言になるが、誰が「戦争犯罪人」かの結論はもちろん事実認定・理由づけについてもそのまま将来にわたって自らの「歴史認識」とすべき旨を東京裁判終了後に述べていたのが、朝日新聞だった。
ギャラリー
  • 2230/L・コワコフスキ著第一巻第6章②・第2節①。
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  • 2203/レフとスヴェトラーナ12-第3章④。
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  • 2179/R・パイプス・ロシア革命第12章第1節。
  • 2152/新谷尚紀・神様に秘められた日本史の謎(2015)と櫻井よしこ。
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  • 2092/佐伯智広・中世の皇位継承(2019)-女性天皇。
  • 2085/平川祐弘・新潮45/2017年8月号②。
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  • 2083/団まりな「生きているとはどういうことか」(2013年)。
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  • 2081/A・ダマシオ・デカルトの誤り(1994, 2005)②。
  • 2080/宇宙とヒトと「男系」-理系・自然科学系と<神話>系。
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  • 2013/L・コワコフスキ著第三巻第10章第3節①。
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  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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