秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

宗教教育

0463/「神道」とはそもそも何なのだろうか。

 神道に関心をもつのは、一つは、日本の伝統・歴史という場合、あるいは日本(人)の「愛国」心を考える場合に、神道(・神社)を避けて通るわけにはいかない、という潜在的な直感があるからだ。
 「直感」からすでに結論めいたことを紹介するのは<飛躍>してはいるが、すでに一部は読んだ形跡のあった井沢元彦・仏教・神道・儒教集中講座(徳間書店、2005)には、こんな文章がある。
 ・「神道」とは「日本古来の神様を、日本人のやり方で祀っていく宗教」だ(p.121)。
 ・キリスト教が欧州キリスト教国の政治行動の理由になったように、「日本人独自の信仰である神道も、日本人独自の政治制度や文化、あるいは歴史に大きな影響を与えて」いる(p.143)。
 ・「神道がわかれば日本史の謎が解ける」(p.162-一節の見出し)。
 ・「神道」は「やはり我々日本人の考え方の根本にあるもので」、「日本人の生き方にさまざまな影響を与えている」(p.163)。
 ・「理性や理屈では必ずしもそうだと言い切れないものをそうだと信じること」が「信仰」だと思うが、「その国の人間の信仰を知らなければ、その国の歴史はわからないはず」だ。日本は「自分たちの信仰をないがしろにしてき」たため、「アイデンティティがわからなくなってしまっている」(p.164)。
 ・「日本人のアイデンティティ」は、しかし、「明らかに存在」しており、それは「神道」だ(p.164)。
 ・「我々日本人は、実は神道の信徒」なのだ(p.165)。
 ・日本人が本当に「無宗教」だったら、何かの宗教(例、キリスト教)にたちまちに染まっても不思議ではないが、そうなっていないということは、「日本には実はキリスト教に対抗し得る強力な原理があった」ことを意味する。「神道こそがその原理だった」(p.165-6)。
 引用はこの程度にしておく。日本人に特有の思考方法・感受性等についての具体的言及は省略するが、たぶん井沢の言うとおりだろうという気がしている。イザヤ・ベンダサン(山本七平)はたしか「日本教」という概念を使って日本人独特の心理・考え方等を論じていたかに記憶するが、「日本教」とは「神道」に相当に類似したものの表現ではないだろうか。
 現在の神社本庁は神道それ自体についてどう説明しているか。神社本庁教学研究所監修・神道いろは(神社新報社、2004)によると、こうだ(p.14-15)。
 ・「神道の起源はとても古く、日本の風土や日本人の生活習慣に基づき、自然に生じた神観念」だ。
 ・「開祖」はいないし、聖書のような「教典」もない。但し、古事記・日本書紀・風土記等から「神道の在り方や神々のこと」は窺える。
 (なお、途中で挿むが、井沢・上掲書p.137は「神道の教典と考えてもいいのではないか、というもの」は「古事記」だ、と述べている。)
 ・仏教の伝来以降に「それまでの我が国独自の慣習や信仰が…『かむながらの道(神道)』として意識される」ようになった。
 ・特色の一つは「外来の他宗教に対する寛容さ」。(この点は、井沢・上掲書も指摘している。)
 ・神道は「自然との調和」を大切にする。「多くの神が森厳なる神社の境内の中にお鎮まりに」なっている。
 ・神道は「神々を敬い祖先を大切にする(敬神崇祖)」。
 (祖先崇拝を「儒教」と結びつける説明も別の論者又は文献によってなされていることがあるが、それは神道とも矛盾せず、むしろ神道の特色の一つなのだろう。もっともアジアの宗教(あるいは古来の東アジア人の精神)に共通する心性の可能性もある。)
 要約すると、以上の程度のことしか書かれていない(これは必ずしも批判ではない。単純素朴さ、簡明さは仏教とも異なる神道の特徴だと感じている)。
 一方また、「神社本庁」に関する次の説明も、神道の理解にとって参考になる(上掲の神道いろはp.44-45)。
 ・神社を国から分離するGHQの「神道指令」後、1946年2月3日に、「全国の神社と神社関係者を統合するための宗教法人神社本庁」が設立された。
 ・設立に際して、「教義が明確化された組織(神社教)の形態」を採らず、「各神社の独立性を尊重し全国の神社が独立の組織として連盟を結成する(神社連盟)を結成する」という考え方が基本とされた。
 ・従って、「他宗教にある統一的な教義といったもの」はない
 ・しかし、次の三項目を掲げる「敬神生活の綱領」を定めてはいる。①「神の恵みと祖先の恩に感謝し、明き清きまことを以て祭祀にいそしむこと」、②「世のため人のために奉仕し、神のみこともちとして世をつくり固め成すこと」、③「大御心(おおみこころ)をいだきてむつぎ和らぎ、国の隆盛と世界の共存共栄を祈ること」。
 以上。なるほどという感じもし、新鮮な感じもする。また、この程度の「綱領」を掲げる程度では、いく度か「神」が出てくるとしても、そして形式的には各神社や神社本庁は「宗教法人」だとしても、そもそも「宗教」といえるのだろうか、という基本的な疑問も湧いてくる
 さらに、いちおう神道も<宗教>だとして進めると、戦後は<無宗教>教育だったからこそ、「明き清きまこと」・「むつぎ和らぎ」といった心持ち、「世のため人のために奉仕し」といった公共心・他者愛心が教育されなかったのではないか、という気がしてくる(「国の隆盛世界の共存共栄(…を祈る)」のうちとくに前者(「愛国心」に直接につながる)は、公教育において殆ど無視されてきただろう)。
 よく指摘されている道徳観念・規範意識の欠如の増大傾向も<宗教教育>の欠如と無関係だとは思われない。ここでの<宗教教育>はやや大袈裟な表現で、<道徳教育>、さらには単純に<情操教育>と言い換えてもよいかもしれないが。
 今回の冒頭に「一つは」と記したが、もっと関心を持って書きたかったのは別の「一つ」にかかわる。回を改める。

0461/天皇(家)と神道・神社の関係、そして政教分離-つづき。

 戦後教育は戦後民主主義教育とも言われるが、戦後「無宗教」教育と称してもよいと思われるくらい、「宗教」教育をしていない。その体験者は私自身で、じつのところ、神道にせよ仏教にせよ(キリスト教・イスラム教は勿論)それらに関して何を知っているかというと甚だ覚束ない。歴史(日本史)の時間に鎌倉仏教の種々の宗派と開祖を教えられた(憶えさせられた)記憶はあるが、そんなものを記憶したって仏教を理解することには全くならない。郷里には鎮守の森の中に神社=<八幡さん>もあって幼少期は境内でよく遊んだものだが、はて神道とは?、あの神社の祭神は誰?、とか考えると何も知らなかったし、今でも殆ど知らないことに気づく(のちの知識だと、たぶん「八幡」とは「崇神」天皇を祀っている筈だが確認は省略-のちに思い出し確認したが、正しくは「応神」天皇)。神道・神社関係者には常識的なことかもしれないが、メモを続ける。
 ④「皇室と最も縁深い格別なる神社は伊勢の神宮」で、その理由は「八咫鏡」が(伊勢)神宮の「御神体としてお祀り」され、「その写し」が宮中でも「お祀り」されていることにある。
 この「八咫鏡」=「宝鏡」を祀るのが宮中「賢所」。宮中三殿と言われる残りの「皇霊殿」は「歴代の天皇・皇后・皇族」を祀り、「神殿」は「八百万の神々」を祀る。(神道いろはp.214-5)。
 ⑤現在でも、「特に皇室と歴史的にも関係がある神社」に対しては、天皇陛下から、「例祭」時などに、「勅使(掌典)が差し遣わされ、幣帛が奉奠され」る。
 上にいう「幣帛(へいはく)」とは絹・麻・木綿等の<布>のこと。それを用意するための金銭は「幣帛料」という。
 上にいう「特に皇室と歴史的にも関係がある神社」をとくに「勅祭社」という。この「勅祭社」ではまた、「天皇のお使い」=「勅使」が参加して「祭祀」が行われる(だからこそ「勅祭社」と称される)。「勅祭社」は現在、次の16だとされている。近畿地方に多い。
 賀茂御祖神社、賀茂別雷神社、石清水八幡宮、氷川神社、春日大社、熱田神宮、橿原神宮、出雲大社、明治神宮、靖国神社、宇佐神宮、香椎宮、鹿島神宮、香取神宮、平安神宮、近江神宮。(以上、神道いろはp.214-5、p.47)。
 この中には(伊勢)神宮は含まれておらず、(伊勢)神宮はそもそも<別格>扱いだ。このことは上の④でも書いたが、(伊勢)神宮は内宮・外宮の他125社の総称で、中でも「内宮の御祭神である天照大御神は皇室の御祖神(みおやがみ)として尊い御存在であるとともに、常に我々国民をお守り下さっている日本の総氏神様であり、全国で約八万社ある神社の神社の中でもその根本となるお社」だからだ(但し、本山・末寺の如き関係ではない)と神社本庁によって説明されている(p.200-201)
 また、上の中に「靖国神社」も含まれていることに注目しておく必要があろう。天皇(または皇族)による同神社参拝は一時期以降はなされていないようだが、上のような叙述からすると、「勅祭社」の一つとして、毎年何回かあると思われる「例祭」の際には、天皇の代理人=「勅使」も参加して祭祀が行われ、かつ天皇陛下から「幣帛が奉奠され」ている筈なのだ。
 こうした物品またはそのために必要な金銭は、現行法令上は私的経費=「内廷費」から出されている、ということになるのだろう。
 なお、先だって言及した(伊勢)神宮の式年遷宮の祭儀には天皇陛下(・皇太子殿下)は同席されない。しかし、やはり天皇又は皇族のいわば代理人としての「皇族」(または旧皇族?)の一人が、同席するというよりも、主宰者格で列席するようだ(前回のときを撮ったDVDに映っており、その様子を描いた大きな絵画もある)。
 天皇・皇室と神道・神社(>伊勢の神宮)の関係にかかわるメモはさらに続ける。

ギャラリー
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
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