秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

安倍首相

資料・史料-2015.12日韓「慰安婦問題」合意の一部の英訳公文

 2015.12.28日韓「慰安婦」問題合意の1(日本側)の(1)序文とアは、以下のとおりだった。
 「(1)岸田外務大臣による発表は,以下のとおり。
 日韓間の慰安婦問題については、これまで,両国局長協議等において、集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき、日本政府として、以下を申し述べる。」
 「ア 慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から,日本政府は責任を痛感している
 安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する。
 以上の部分の英訳公文は、以下のとおり。「ア」は「(i) 」になっている。<出所はすべて、(日本)外務省HP>

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  (1) Foreign Minister Kishida announced as follows.
 The Government of Japan and the Government of the Republic of Korea (ROK) have intensively discussed the issue of comfort women between Japan and the ROK at bilateral meetings including the Director-General consultations. Based on the result of such discussions, I, on behalf of the Government of Japan, state the following:
   (i) The issue of comfort women, with an involvement of the Japanese military authorities at that time, was a grave affront to the honor and dignity of large numbers of women, and the Government of Japan is painfully aware of responsibilities from this perspective. As Prime Minister of Japan, Prime Minister Abe expresses anew his most sincere apologies and remorse to all the women who underwent immeasurable and painful experiences and suffered incurable physical and psychological wounds as comfort women.
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資料・史料/2015.12.28「慰安婦問題」日韓合意

 日韓「慰安婦問題」外相合意 2015年12月28日
  <出所、(日本)外務省HP>
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 12月28日午後2時から3時20分頃まで,岸田文雄外務大臣は,尹炳世(ユン・ビョンセ)韓国外交部長官と日韓外相会談を行い,直後の共同記者発表において,慰安婦問題について以下のとおり 発表した。
 1
 (1)岸田外務大臣による発表は,以下のとおり。
 日韓間の慰安婦問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,日本政府として,以下を申し述べる。
  ア 慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
 安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。
  イ 日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ,その経験に立って,今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には,韓国政府が,元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。
  ウ 日本政府は上記を表明するとともに,上記(イ)の措置を着実に実施するとの前提で,今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。
 あわせて,日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。
 (2)尹外交部長官による発表は,以下のとおり。
 韓日間の日本軍慰安婦被害者問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,韓国政府として,以下を申し述べる。
  ア 韓国政府は,日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し,日本政府が上記1.(1)(イ)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で,今回の発表により,日本政府と共に,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は,日本政府の実施する措置に協力する。
  イ 韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。
ウ 韓国政府は,今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で,日本政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。
 2 なお,岸田大臣より,前述の予算措置の規模について,概ね10億円程度と表明した。
 3 また,双方は,安保協力を始めとする日韓協力やその他の日韓間の懸案等についても短時間意見交換を行った。
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 秋月注記-以下の①~③の、公式の英語訳文はつぎのとおり。<出所、(日本)外務省HP>
 ①「慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」
 =the issue of comfort women, with an involvement of the Japanese military authorities at that time(, was --)
 ②「日本政府は責任を痛感している」
 =the Government of Japan is painfully aware of responsibilities
 ③「安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて、…、心からおわびと反省の気持ちを表明する」
 =as Prime Minister of Japan, Prime Minister Abe expresses anew his most sincere apologies and remorse

<共産主義>と闘ってこそ「保守」だ-1/渡部昇一批判。

 一 今年2016年春に、目覚めて再び秋月瑛二になろうかと考える契機になった、既述のほかのもう一つは、中西輝政=西岡力・なぜニッポンは歴史戦に負け続けるのか(日本実業出版社、2016.03)および中西輝政「『さらば、安倍晋三』-政治に譲った歴史認識・完」歴史通2016年5月号(ワック)だった。
 判る人には判然としているテーマ・論点にかかわる。
 いくつかのテーマを平行させているが(2015年以来の残し物も二つある)、このテーマもようやく?扱うすることにする。
 二 「大物保守」と称されている(月刊正論2015年11 月号p.408)人物は、呆れたことに、こんなことを書いている。渡部昇一「日韓慰安婦合意と東京裁判史観」月刊WiLL2016年4月号(ワック)p.37。
 「戦後、言論界における対立軸は明らかに『共産主義を信奉するか、反共産主義か』であった」。
 「1991年、ソ連が崩壊してからは対立軸が鮮明ではなくなり、中国は台頭してきたが、改革開放によって延命している中国は『共産主義の理想』を体現する存在ではなかった。『最後の楽園』であった北朝鮮の厳しい現実も知られるようになった。共産主義の夢は瓦解したのである」。
 「次に鮮明になってきたのが、『東京裁判史観を認めるか否か』という対立軸なのである」。
 これを含む文章の雑誌表紙のタイトルには、上の表題に「保守分裂の愚」と追記されている。
 この雑誌の号は花田紀凱編集長最後のものだが、同編集長自体の意向も上の渡部昇一論考に反映されているのだとすれば、月刊Hanadaの購読も警戒しなければならない。
 中国についての理解とか、<共産主義・反共産主義>から「東京裁判史観を認めるか否か」へという対立軸の認識の問題には、書き出すと長くなるだろうので、立ち入らない。
 結論的に言っておきたいのは、共産主義との闘いをしない、共産主義との闘いは必要がない、共産主義はもはや敵ではない、という主張をするのは、「保守」言論人ではない、ということだ。
 「保守分裂の愚」という<左翼>が喜びそうな言葉が表紙についているのも気になるが、渡部昇一が昨年2015年夏以降に行なっているのは<保守崩壊の愚>だ。つまり「保守」の名前で、「保守」論壇を崩壊させようとしている。「暗愚」もひどすぎる。
 三 中西輝政「共産主義と日米戦争-ソ連と尾崎がやったこと・上」月刊正論2016年7月号には、つぎの文章がある。
 「日本人が冷戦を忘れてはならぬもう一つの理由は、軍備や核戦力の増強に励み、核兵器を使用する意図をちらつかせて他国を威嚇する現旧の共産主義国が日本を囲むように存在している、ということである」。
 「彼ら〔中国、北朝鮮、ロシア-秋月〕の体制は、いまや十全な意味での共産主義とは言えないかもしれない。しかし、彼らの体制が依拠しているのは、間違いなく『共産主義的価値観』である。…。この全体主義的ナショナリズムは、今日の中国、ロシア、北朝鮮のいずれにもはっきりと見られる価値観である」。
 「東アジア、日本周辺においては、冷戦は終わったとは到底言えない。マルクス流に言えば、 "ネオ共産主義" ともいうべき妖怪が、アジア・太平洋、特に東アジア、西太平洋といった日本周辺を徘徊しているのである」。以上、p.150.
 「にもかかわらず、日本人はなぜ、共産主義の脅威とそれによって起こされた冷戦を忘れ、それ以前の戦争について一方的で無条件の反省と謝罪を強いられ続けるのか」。p.151.
 「日本のアカデミズムに籍を置く近現代史研究者や昭和史家たちはこうした共産主義の裏面史や謀略工作の歴史をいっさい視野から除外して研究してこなかった。戦後長年にわたり左翼・リベラルが牛耳ってきた日本の知的風土は、共産主義や『進歩派』の思想にきわめて寛容で、共産主義の脅威などは存在しないかのように振る舞ってきたのである。それどころかソ連や共産中国を『平和陣営』などと呼び、逆に……」。p.153-4.
 「さすがにいま、ロシアや中国、北朝鮮のネオ共産主義国家・体制を『平和陣営』と呼ぶ知識人はいないしメディアもない。しかし、『平和陣営』を奉った勢力の系譜につらなる現代日本の左派・リベラルは、それらの脅威になぜか全く目を背け、あたかも『ないもの』とし、加えて、そうした脅威に適切に対処しようとする動きを『戦争を招く動き』と、かつてと同様、"ネオ共産主義" 陣営を利するかのように喧伝している」。//
 「こうした知的空間の中で出来上がったのが、『冷戦忘却』あるいは『冷戦隠蔽』史観である。安倍首相の『70年談話』が、全く冷戦体験に触れなかったのは、今も日本に残る、こうした『冷戦隠蔽史観』に屈したからである」。以上、p.154。//は原文では改行ではない。
 この中西輝政の文章のうち「いまや十全な意味での共産主義とは言えないかもしれない」という部分については、「十全な…」の意味が不明確ではあるものの、ロシアと北朝鮮には当てはまるかもしれない。しかし、市場経済政策を採用している中国も、少なくともわが日本にある日本共産党によれば、レーニンが見つけ出した<市場経済を通じて社会主義へ>の道を歩んでいる国家として(今のところは、かつ全体としては)肯定的に評価されているのであり、その意味では、れっきとした<社会主義国>であることに注意しなければならない、と蛇足的には考える。
 しかしともあれ、中西の基本的趣旨には全面的に賛同できる。中国は「改革開放によって延命して」おり、社会主義(・共産主義)国ではなくなっているかのごとき渡部昇一の認識と比べて、天地の差があるほどに優れている。
 渡部昇一は、「冷戦隠蔽史観」に、まさしく立っているのだ。本来の「保守」からすれば、敵の側にある。
 四 渡部昇一は「東京裁判史観を突破した『縦の民主主義』の歴史力」月刊正論2015年10月号(産経)p.64以下で、安倍晋三首相「戦後70年談話」について、「高く評価したい」、「大変良かった」、「眼前の歴史戦に大きくプラスに働く」等と高く評価した。
 また、渡部昇一は、「『安倍談話』百点満点だ!-東京裁判史観を克服」月刊WiLL2015年10月号p.32以下でも、「これ以上の内容は現時点ではありえない」、「全体として『東京裁判史観』を払拭する」等々と述べ、「村山談話はおろか、東京裁判史観をも乗り越えた安倍総理の、そして日本の勝利である」、「『戦後』は安倍談話をもって終わりを告げることになった」、とまで言い切った。
 2015年8月、「安倍談話」の内容を初めて知ったとき、秋月瑛二が感じたあの<違和感>を、今でも覚えている。談話の文章内容に即して立ち入りはしない。
 だが、月刊正論2015年11月号p.396に掲載されている、同誌読者の一人の「安倍談話」(正確にはその一部)に対する感想に、まさしく共感を覚える。
 すなわち、「これでは靖国で眠る英霊は、浮かばれない」。
 渡部昇一は「東京裁判史観」を乗り越えたとか払拭したとか評価しているが、いったいどこからそのような言葉が出てくるのだろう。例えば、まさしく「東京裁判」判決によって死刑判決を受け、「首を吊られて」死んだ7人のいわゆる「A級戦犯」たちの<霊>は、「戦後70年談話」によって癒されただろうか、名誉が回復したと喜んだだろうか。
 渡部昇一は、静岡県熱海の伊豆山・興亜観音にまで行って、松井石根らにまともに向き合うことができるのか。あの「談話」では、処刑された「戦犯」たち、かつての戦争を闘った「英霊」たちは「浮かばれない」。これが、まっとうな、日本人の感覚だ、と思う。
 五 いわずもがなだが、とくに渡部昇一には申しておきたい。
 かりに自民党を支持しているとしても、自民党のすべての政策に賛同しているとは限らない。かりに安倍内閣を支持しているとしても、安倍内閣のすべての政策を支持しているとは限らない。かりに安倍晋三を全体として支持しているとしても、安倍晋三のすべての個々の発言・行動を支持しているとは限らない
 これらは、多少は理屈の分かる中学生・高校生であれば、当たり前のことではないか?
 「安倍談話」を支持しなければ安倍内閣支持者(・自民党支持者?)ではないかの如き主張の仕方であるとすれば、論理的にも誤っている。
 ましてや、「安倍戦後70年談話」を基本的に又は全体として支持しなければ、あるいは一部についてであれ批判するような者は<保守>派ではない、と言いたいかの主張をしているとすれば、<ほとんど発狂している>。
 言葉はきついだろうが、論理的には、上のとおり、のはずだ。
 「安倍戦後70年談話」に盲従して?それを賛美せよ、と言うのは、<教祖>または<何とか党の最高指導者>を批判するな、と言っているに等しい。花田紀凱なのか渡部昇一なのか知らないが、何が「保守分裂の愚」だ。笑ってしまう。
 まっとうな<保守派>の人々は、冷静に物事を見て、思考しなければならない。
 六 安倍晋三の「戦後70年談話」や2015年12月の<慰安婦問題最終決着>文書についての、以上に言及した文献以外のものも、当然に読んでいる。
 秋月瑛二は、この論点について、断固として、中西輝政・西尾幹二・西岡力等の側に立ち、渡部昇一・産経新聞社主流派(?)等に反対する。
 <このテーマ、つづける。>

資料・史料/安倍晋三首相・戦後70年談話

 安倍晋三首相/戦後70年談話 2015.08.14
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 平成27年8月14日 内閣総理大臣談話

 [閣議決定]
 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。
 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。
 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
 そして七十年前。日本は、敗戦しました。
 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。
 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。
 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。
 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。
 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。
 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。
 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。
 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。
 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。
 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。
 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。
 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。
 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。
 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。
 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

 平成二十七年八月十四日
 内閣総理大臣  安倍 晋三
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憲法学者の安保法案「違憲」論は正しくない-3。

 一 何とも奇妙で異様な事態が生じているようだ。池田信夫によると「空気の読めない」人物・長谷部恭男の安保法案「違憲」発言によって法案審議が原点に戻ったと言う者もいる。
 前々回に書いたように、今次の法案やその基礎となった憲法解釈(の変更)が合憲か否かという問題に、簡単に明確な結論など出せるはずがない。6/15に長谷部恭男は外国特派員協会の記者会見であらためて「明らかに違憲」だと述べたようだが、このように断定的に述べていること自体にすでに信用できないところがある。今後もこの問題について断定的に又は明確に述べる憲法学者や弁護士が登場してくるかもしれないが、すべて信用し難いと感じなければならない。
 そもそも集団的自衛権行使容認(や今次法案)が憲法違反、憲法九条に抵触するものと断定できるならば、昨年2014.07.01の閣議決定に対する反対・抗議の声明において、その旨を最初から述べておくべきだっただろう。まず冒頭に集団的自衛権行使容認の解釈は<憲法違反>と断じておくべきだっただろう。
 しかるに、この欄で紹介・言及した昨年の日本共産党系憲法学者たちの声明は、「憲法解釈変更の閣議決定」は従来の政府解釈を「国会での審議にもかけずに、また国民的議論にも付さずに、一内閣の判断で覆してしまう暴挙であり、断じて容認できない」という一文から始めている。同様にこの欄で触れた日本共産党員憲法学者・森英樹の前衛6月号の文章も、憲法九条違反だと断定することから始めているわけではない。
 長谷部恭男は上の声明に関与しておらず日本共産党員でもないので、この違いは当然だと反論?するむきもあるかもしれないが、そうであるとすれば、上の声明参加者や日本共産党は、今さら長谷部と同様に<違憲>だなどと騒ぎ立てない方がよい。その方が論旨一貫している。
 なお、上の声明は途中で「徹底した平和外交の推進を政府に求めている憲法9条の根本的変質」だと批判し、森英樹は途中で「壊憲」という言葉を用いて批判してもいるが、憲法九条の解釈に明確に違反する解釈を安倍内閣が採用しているのだとすれば、その旨を冒頭に明確に述べれば、簡単なかつ明確な政府解釈批判、政府解釈の法案化阻止のための論理・理屈を示したことになったはずなのだ。そうは述べなかったこと自体に、長谷部恭男とは違って、じつはかなり多くの憲法学者は、明確に違憲と断じることを躊躇していたかに思える。
 にもかかわらず、長谷部恭男発言が報じられるや、違憲だと明言し始める学者が増えているように見えるのは奇妙なことだ。恥ずかしいのは民主党の岡田克也や辻元清美らで、「学者発言」を政治的に利用して違憲だと言い始めている。代表・岡田克也は、この法案にかかる最初の党首討論で、一言でもこの法案自体が憲法違反だと断言・明言したのか?
 もともと、政府解釈よりも国会・法律制定者による憲法の解釈の方が上位にある。内閣提出の法律案の成立を、違憲性を理由として国会は拒否することができる。そのような国会の構成員であるならば、学者の意見うんぬんを利用したりすることなく、自分たちの(安倍内閣とは異なる)詳細な憲法解釈を示すべきだろう。
 正確な知識はないが、自衛隊の設置法や周辺事態法等々のこれまでの安全保障立法がすでに違憲だ(だった)と主張しているのならば、日本共産党等は、これらの諸法律の廃止をまずは主張すべきなのだ。
 そうではなく、個別的自衛権行使は合憲で、限定つきの今次の集団的自衛権行使が違憲だと言うのならば、憲法の文言・条文等の総合解釈(?)に照らして、なぜ限定つき集団的自衛権行使からは違憲となるのかという憲法解釈論を詳細に示すべきだろう。
 二 前回に、今回の法案がその行使を認めようとする集団的自衛権は国際法または国連憲章上のそれではなく、いわゆる新三要件の第一によって限定されたものだとの記した。<外国に対する武力攻撃>の発生が<同時に>、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」であることが要求されている。<同時に>というのは、ここで挿入した字句だ。
 この点を捉えて、今次の法案が認めようとしているのは集団的自衛権ではなく個別的自衛権の範疇に入る、と理解する論者もいるらしい(なお、森英樹・前衛6月号p.48あたりも参照)。最終的には面白い(?)議論をして違憲論に立つ木村草太(首都大学。上の声明に加わっていない)は、個別的自衛権説のようだ。
 しかし、「自国が直接攻撃されていない」場合の自衛権の行使なのだから、いかに上のような限定が付いても、個別的自衛権の行使ではない、と理解するほかはないと思われる。この理解を変えるためには、<個別的自衛権>概念とその意味自体に関する議論が必要だろう。
 三 さて、長谷部恭男は、読売オンライン上で、集団的自衛権行使に「条件」が付いているから合憲だとする説明があるとしてこれを厳しく(?)批判している。
 「必要最小限のものであること等」等は当然のことで「条件」に値しない、という主張はいちおう是認できる。
 しかし、第一に、「違憲であるはずのものを合憲にする論拠にはなりません」という批判は、集団的自衛権行使否定こそが合憲解釈だという強い<思い込み>を前提にするもので、つまり行使容認は「違憲であるはずのもの」という前提的認識そのものが正しくないもので、到底賛同できない。
 第二に、「集団的自衛権の行使に日本独自の条件を付けるとしても、それは憲法が要求する歯止めにはなりません」とも言っている。ここにいう「日本独自の条件」が、又は少なくともその重要要素が、いわゆる新三要件の第一のものだと解される。そして、次のように説明している。
 「条件」とされるものは「現在の政府の政策的判断に基づく条件にすぎず、政府の判断で簡単に外すことができるということになります。これで歯止めになるはずがありません」。憲法解釈を「その時々の政府の判断で変えられるという人たち」に、「国民の生死にかかわる問題についての判断を無限定なまま委ねてよいのか、そこまでこの人たちを信用できるのか。それが問われています」。
 ここで述べられていることは、法律家の、あるいは憲法学者の「学問」的作業の結果ではない。いわゆる新三要件該当性の判断は「現在の政府の政策的判断」、「その時々の政府の判断」に委ねられる、そして従来の憲法解釈を変更するような「人たち」の判断は「信用」できない、と語っているが、これは法律論・法学専門家の緻密な議論ではまったくない。いかに厳しそうな限定又は条件があっても、それに該当するかどうかを個別に判断する「現在の政府」の「人たち」は「信用」できない、と述べているだけのことだ。これは<政治論・政策論>であって憲法学者の「学問的」議論ではない。
 長谷部恭男に問いたいものだ。では「時々の政府」が現在とは違って、民主党内閣であればよいのか?、日本共産党も閣僚に入っている政権ならば「信用」できるのか?
 憲法解釈というのは、あるいは一定の憲法解釈にもとづく合憲論・違憲論というのは、問題になっている当該解釈のの主張者が誰であろうと、同じ内容で成り立つ、また同じように論評されるものでなければならないのではないか。これは<法律学のイロハ>ではないのか。
 四 長谷部恭男の発言がどの程度の影響を与えているのかは知らないが、最近の世論調査で安倍内閣支持率は数%下がり、不支持率は数%上がって、場合によっては両者が拮抗しているとの数字を発表している調査媒体もある。それが少しでも、「憲法学者」の<専門的知見>にもとづく綿密な見解(?)を知って、安倍内閣に対する不信感が増したということの表れであるとすれば、怖ろしいことだ。
 もともと専門家であっても明確に断定できるような問題ではないと上述してきたところだが、長谷部恭男の主張・議論は、じつはきわめて<政治的>なもので、とても「学者」が行なった「学問」の結果ではない。
 長谷部恭男らがいう、<立憲主義>違反という主張等々については、さらに別に扱う。
 安倍晋三首相は、今次の法案の「正当性、合法性については完全に確信を持っている」(6/17の対民主党・党首討論)と、堂々と主張し続けてよい。堂々と主張し続けなければならない。

資料・史料/2015.04.29安倍首相アメリカ議会演説

 2015.04.29/安倍晋三首相アメリカ議会演説(全文)
   2015年04月29日(アメリカ東部時間)
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 ■はじめに
 議長、副大統領、上院議員、下院議員の皆様、ゲストと、すべての皆様、1957年6月、日本の首相としてこの演台に立った私の祖父、岸信介は、次のように述べて演説を始めました。
 「日本が、世界の自由主義国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」。以来58年、このたびは上下両院合同会議に日本国首相として初めてお話する機会を与えられましたことを、光栄に存じます。お招きに、感謝申し上げます。
 申し上げたいことはたくさんあります。でも「フィリバスター」(長時間演説による議事妨害)をする意図、能力ともに、ありません。皆様を前にして胸中を去来しますのは、日本が大使としてお迎えした偉大な議会人のお名前です。
 マイク・マンスフィールド、ウォルター・モンデール、トム・フォーリー、そしてハワード・ベーカー。民主主義の輝くチャンピオンを大使として送って下さいましたことを、日本国民を代表して、感謝申し上げます。
 キャロライン・ケネディ大使も、米国民主主義の伝統を体現する方です。大使の活躍に、感謝申し上げます。私ども、残念に思いますのは、ダニエル・イノウエ上院議員がこの場においでにならないことです。日系アメリカ人の栄誉とその達成を、一身に象徴された方でした。
 ■アメリカと私
 私個人とアメリカとの出会いは、カリフォルニアで過ごした学生時代にさかのぼります。家に住まわせてくれたのは、キャサリン・デル・フランシア夫人。寡婦でした。亡くした夫のことを、いつもこう言いました、「ゲイリー・クーパーより男前だったのよ」と。心から信じていたようです。
 ギャラリーに、私の妻、昭恵がいます。彼女が日ごろ、私のことをどう言っているのかはあえて聞かないことにします。デル・フランシア夫人のイタリア料理は、世界一。彼女の明るさと親切は、たくさんの人をひきつけました。その人たちがなんと多様なこと。「アメリカは、すごい国だ」。驚いたものです。
 のち、鉄鋼メーカーに就職した私は、ニューヨーク勤務の機会を与えられました。
 上下関係にとらわれない実力主義。地位や長幼の差に関わりなく意見を戦わせ、正しい見方ならちゅうちょなく採用する。
 この文化に毒されたのか、やがて政治家になったら、先輩大物議員たちに、アベは生意気だと随分言われました。
 ■アメリカ民主主義と日本
 私の名字ですが、「エイブ」ではありません。アメリカの方に時たまそう呼ばれると、悪い気はしません。民主政治の基礎を、日本人は、近代化を始めてこのかた、ゲティズバーグ演説の有名な一節に求めてきたからです。
 農民大工の息子が大統領になれる――、そういう国があることは、19世紀後半の日本を、民主主義に開眼させました。日本にとって、アメリカとの出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした。出会いは150年以上前にさかのぼり、年季を経ています。
 ■第2次大戦メモリアル
 先刻私は、第2次大戦メモリアルを訪れました。神殿を思わせる、静謐(せいひつ)な場所でした。耳朶(じだ)を打つのは、噴水の、水の砕ける音ばかり。一角にフリーダム・ウォールというものがあって、壁面には金色の、4000個を超す星が埋め込まれている。その星一つ、ひとつが、斃(たお)れた兵士100人分の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました。
 金色(こんじき)の星は、自由を守った代償として、誇りのシンボルに違いありません。しかしそこには、さもなければ幸福な人生を送っただろうアメリカの若者の、痛み、悲しみが宿っている。家族への愛も。
 真珠湾、バターン・コレヒドール、珊瑚海……、メモリアルに刻まれた戦場の名が心をよぎり、私はアメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙とうをささげました。
 親愛なる、友人の皆さん、日本国と、日本国民を代表し、先の戦争に斃れた米国の人々の魂に、深い一礼をささげます。とこしえの、哀悼をささげます。
 ■かつての敵、今日の友
 みなさま、いまギャラリーに、ローレンス・スノーデン海兵隊中将がお座りです。70年前の2月、23歳の海兵隊大尉として中隊を率い、硫黄島に上陸した方です。近年、中将は、硫黄島で開く日米合同の慰霊祭にしばしば参加してこられました。こう、おっしゃっています。
 「硫黄島には、勝利を祝うため行ったのではない、行っているのでもない。その厳かなる目的は、双方の戦死者を追悼し、栄誉をたたえることだ」
 もうおひとかた、中将の隣にいるのは、新藤義孝国会議員。かつて私の内閣で閣僚を務めた方ですが、この方のおじいさんこそ、勇猛がいまに伝わる栗林忠道大将・硫黄島守備隊司令官でした。これを歴史の奇跡と呼ばずして、何をそう呼ぶべきでしょう。
 熾烈(しれつ)に戦い合った敵は、心の紐帯(ちゅうたい)が結ぶ友になりました。スノーデン中将、和解の努力を尊く思います。ほんとうに、ありがとうございました。
 ■アメリカと戦後日本
 戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代首相と全く変わるものではありません。
 アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない。自らに言い聞かせ、歩んできました。この歩みを、私は、誇りに思います。焦土と化した日本に、子ども達の飲むミルク、身につけるセーターが、毎月毎月、米国の市民から届きました。山羊も、2036頭、やってきました。
 米国が自らの市場を開け放ち、世界経済に自由を求めて育てた戦後経済システムによって、最も早くから、最大の便益を得たのは、日本です。下って1980年代以降、韓国が、台湾が、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国が、やがて中国が勃興します。今度は日本も、資本と、技術を献身的に注ぎ、彼らの成長を支えました。一方米国で、日本は外国勢として2位、英国に次ぐ数の雇用を作り出しました。
 ■環太平洋経済連携協定(TPP)
 こうして米国が、次いで日本が育てたものは、繁栄です。そして繁栄こそは、平和の苗床です。日本と米国がリードし、生い立ちの異なるアジア太平洋諸国に、いかなる国の恣意的な思惑にも左右されない、フェアで、ダイナミックで、持続可能な市場をつくりあげなければなりません。
 太平洋の市場では、知的財産がフリーライドされてはなりません。過酷な労働や、環境への負荷も見逃すわけにはいかない。許さずしてこそ、自由、民主主義、法の支配、私たちが奉じる共通の価値を、世界に広め、根づかせていくことができます。
 その営為こそが、TPPにほかなりません。しかもTPPには、単なる経済的利益を超えた、長期的な、安全保障上の大きな意義があることを、忘れてはなりません。
 経済規模で、世界の4割、貿易量で、世界の3分の1を占める一円に、私たちの子や、孫のために、永続的な「平和と繁栄の地域」をつくりあげていかなければなりません。日米間の交渉は、出口がすぐそこに見えています。米国と、日本のリーダーシップで、TPPを一緒に成し遂げましょう。
 ■強い日本へ、改革あるのみ
 実は……、いまだから言えることがあります。20年以上前、関税貿易一般協定(GATT)農業分野交渉の頃です。血気盛んな若手議員だった私は、農業の開放に反対の立場をとり、農家の代表と一緒に、国会前で抗議活動をしました。
 ところがこの20年、日本の農業は衰えました。農民の平均年齢は10歳上がり、いまや66歳を超えました。
 日本の農業は、岐路にある。生き残るには、いま、変わらなければなりません。私たちは、長年続いた農業政策の大改革に立ち向かっています。60年も変わらずにきた農業協同組合の仕組みを、抜本的に改めます。
 世界標準にのっとって、コーポレート・ガバナンスを強めました。医療・エネルギーなどの分野で、岩盤のように固い規制を、私自身が槍(やり)の穂先となりこじあけてきました。人口減少を反転させるには、何でもやるつもりです。女性に力をつけ、もっと活躍してもらうため、古くからの慣習を改めようとしています。
 日本はいま、「クォンタム・リープ(量子的飛躍)」のさなかにあります。親愛なる、上院、下院議員の皆様、どうぞ、日本へ来て、改革の精神と速度を取り戻した新しい日本を見てください。日本は、どんな改革からも逃げません。ただ前だけを見て構造改革を進める。この道のほか、道なし。確信しています。
 ■戦後世界の平和と、日本の選択
 親愛なる、同僚の皆様、戦後世界の平和と安全は、アメリカのリーダーシップなくして、ありえませんでした。省みて私が心から良かったと思うのは、かつての日本が、明確な道を選んだことです。その道こそは、冒頭、祖父の言葉にあったとおり、米国と組み、西側世界の一員となる選択にほかなりませんでした。
 日本は、米国、そして志を共にする民主主義諸国とともに、最後には冷戦に勝利しました。この道が、日本を成長させ、繁栄させました。そして今も、この道しかありません。
 ■地域における同盟のミッション
 私たちは、アジア太平洋地域の平和と安全のため、米国の「リバランス」(再均衡)を支持します。徹頭徹尾支持するということを、ここに明言します。
 日本はオーストラリア、インドと、戦略的な関係を深めました。ASEANの国々や韓国と、多面にわたる協力を深めていきます。日米同盟を基軸とし、これらの仲間が加わると、私たちの地域は格段に安定します。日本は、将来における戦略的拠点の一つとして期待されるグアム基地整備事業に、28億ドルまで資金協力を実施します。
 アジアの海について、私がいう3つの原則をここで強調させてください。第1に、国家が何か主張をするときは、国際法にもとづいてなすこと。第2に、武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと。そして第3に、紛争の解決は、あくまで平和的手段によること。
 太平洋から、インド洋にかけての広い海を、自由で、法の支配が貫徹する平和の海にしなければなりません。そのためにこそ、日米同盟を強くしなくてはなりません。私たちには、その責任があります。
 日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき、日本は、危機の程度に応じ、切れ目のない対応が、はるかによくできるようになります。この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすでしょう。
 戦後、初めての大改革です。この夏までに、成就させます。ここで皆様にご報告したいことがあります。一昨日、ケリー国務長官、カーター国防長官は、私たちの岸田外相、中谷防衛相と会って、協議をしました。いま申し上げた法整備を前提として、日米がそのもてる力をよく合わせられるようにする仕組みができました。一層確実な平和を築くのに必要な枠組みです。
 それこそが、日米防衛協力の新しいガイドラインにほかなりません。昨日、オバマ大統領と私は、その意義について、互いに認め合いました。皆様、私たちは、真に歴史的な文書に、合意をしたのです。
 ■日本が掲げる新しい旗
 1990年代初め、日本の自衛隊は、ペルシャ湾で機雷の掃海に当たりました。後、インド洋では、テロリストや武器の流れを断つ洋上作戦を、10年にわたって支援しました。その間、5万人にのぼる自衛隊員が、人道支援や平和維持活動に従事しました。カンボジア、ゴラン高原、イラク、ハイチや南スーダンといった国や、地域においてです。
 これら実績をもとに、日本は、世界の平和と安定のため、これまで以上に責任を果たしていく。そう決意しています。そのために必要な法案の成立を、この夏までに、必ず実現します。
 国家安全保障に加え、人間の安全保障を確かにしなくてはならないというのが、日本の不動の信念です。人間一人ひとりに、教育の機会を保障し、医療を提供し、自立する機会を与えなければなりません。紛争下、常に傷ついたのは、女性でした。わたしたちの時代にこそ、女性の人権が侵されない世の中を実現しなくてはいけません。
 自衛隊員が積み重ねてきた実績と、援助関係者たちがたゆまず続けた努力と、その両方の蓄積は、いまやわたしたちに、新しい自己像を与えてくれました。いまや私たちが掲げるバナーは、「国際協調主義にもとづく、積極的平和主義」という旗です。繰り返しましょう、「国際協調主義にもとづく、積極的平和主義」こそは、日本の将来を導く旗印となります。
 テロリズム、感染症、自然災害や、気候変動――。日米同盟は、これら新たな問題に対し、ともに立ち向かう時代を迎えました。日米同盟は、米国史全体の、4分の1以上に及ぶ期間続いた堅牢(けんろう)さを備え、深い信頼と、友情に結ばれた同盟です。自由世界第一、第二の民主主義大国を結ぶ同盟に、この先とも、新たな理由付けは全く無用です。それは常に、法の支配、人権、そして自由を尊ぶ、価値観を共にする結びつきです。
 ■未来への希望
 まだ高校生だったとき、ラジオから流れてきたキャロル・キングの曲に、私は心を揺さぶられました。
 「落ち込んだ時、困った時、……目を閉じて、私を思って。私は行く。あなたのもとに。たとえそれが、あなたにとっていちばん暗い、そんな夜でも、明るくするために」
 2011年3月11日、日本に、いちばん暗い夜がきました。日本の東北地方を、地震と津波、原発の事故が襲ったのです。そして、そのときでした。米軍は、未曽有の規模で救難作戦を展開してくれました。本当にたくさんの米国人の皆さんが、東北の子供たちに、支援の手を差し伸べてくれました。
 私たちには、トモダチがいました。被災した人々と、一緒に涙を流してくれた。そしてなにものにもかえられない、大切なものを与えてくれた。希望、です。米国が世界に与える最良の資産、それは、昔も、今も、将来も、希望であった、希望である、希望でなくてはなりません。
 米国国民を代表する皆様。私たちの同盟を、「希望の同盟」と呼びましょう。アメリカと日本、力を合わせ、世界をもっとはるかに良い場所にしていこうではありませんか。希望の同盟――。一緒でなら、きっとできます。ありがとうございました。
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1306/2016年<伊勢・志摩サミット>と伊勢神宮。

 安倍晋三首相が6/05、2016年サミットの開催地を<伊勢・志摩>と決定したことを発表した。
 候補地がいくつかあることを知って、伊勢志摩がベストだと個人的には感じてきた。それは、<神宮(伊勢神宮)>が開催地域に属しているか、少なくとも近いからだ。
 志摩市に決定とのニュースを知ってただちに、首脳たちは神宮を訪問することになるのかが気になった。
 のちの報道によると、安倍首相は決定理由として、①「悠久の歴史をつむいできた」伊勢神宮を訪れて(主要国のリーダーたちに)「日本の精神性に触れていただく」ためによい場所であること、②「日本の原風景といえる美しい自然」、「日本のふるさとの情景」を感じてほしいことを挙げた。
 上の②よりも①が先にあることに、安倍首相が<日本の>首相であることを感じる。剛速球のストレート勝負といったところか。
 この決定に三重県選出の岡田克也、維新の党の柿沢未途はそれぞれの理由で歓迎しているようだが、「左翼」の日本共産党、社民党(+生活の党ナニヤラ)の反応は今のところ明らかではない。
 神宮(伊勢神宮)は自民党総裁・谷垣禎一が言うように「日本の」「歴史と伝統」がつまったところで、日本の「聖地」といってもよいところだ。
 しかし、言うまでもなく、伊勢神宮は「神道」という宗教の施設でもある。むろん私は気にしないし、むしろこの点こそが開催地域になることを望んだ理由でもあるが、この点に着目して、気に懸け、さらには反対したり、抗議したりする「一部」勢力があるのではないか、と考えられる。
 どういう理屈が考えられるだろうか。
 ①国際的会議のために特定の「宗教」を利用してはいけない。あるいは、その機会に、特定の「宗教」に有利になるようなことをしてはいけない。これは日本国憲法上の政教分離、あるいは国家の宗教にかかる中立性に関係がある。
 ②「神道」はかつて、<国家神道>として、かつての戦争の精神的支柱になってきた。そのような神道の施設である神社の中でも伊勢神宮は実質的に最高位だ(だからこそ正式名称はたんに「神宮」だ)。日本政府が先の戦争への反省をすることなくそのような施設を訪れることを外国首脳が訪れることを求めるのは、日本による戦争の被害者である<アジア諸国・諸国民>が許さないし、また、先の戦争で日本と戦った国々の首脳は、そのような「悪」の歴史と結びついた伊勢神宮を訪れるべきではない。このような批判は、中国共産党の中国および韓国であれば、行なう可能性がある、と思われる。
 こういうクレームあるいは「いちゃもん付け」はありうるので、志摩市開催であっても伊勢神宮訪問にはただちには言及されない可能性もあると想定していたが、上記のとおり、安倍首相は真っ先に、伊勢神宮=「日本の精神性」に論及した。剛速球のストレート勝負という感想をもったのも、そういう事情がある。
 ここで、この欄でいく度か述べてきたこと、すなわち、毎年一月初旬に内閣総理大臣がおそらくは公式に(個人的・私的にではなく)参拝するという慣例がほぼできあがっていると見られるところ、朝日新聞をはじめとする「左翼」マスメディアはこれを<政教分離>違反だとか言って問題視することはしていないとみられること、は意味をもってくる、と考えられる。
 最近に確認したことだが、日本共産党は首相の靖国神社参拝に反対する理由として、①A級戦犯合祀、②政教分離違反の二つを挙げている。社民党・福島瑞穂も同じことを言っていたのをテレビで見聞きしたことがある。
 そうすると、靖国神社と同じ「神道」の伊勢神宮参拝もまた上の②の理由から問題視されなければならないはずだが、この二つの党が伊勢神宮参拝をどう判断しているのかの知識は今のところない。
 しかしともあれ、朝日新聞を含む大手マスメディアが首相の伊勢神宮参拝を問題視して騒いだことはないはずだ。また、この欄に書いたことがあるが、民主党・菅直人は、首相時代に、地元の神社の祭りに参加して、神輿を担いだりしたことがある。
 上のことは「神道」・「神社」やその行事が<特定の>宗教とはほとんど意識されないようにもなっている場合があることを示している。京都市の葵祭り、時代祭り、祇園祭りはいずれも本来は(かりに実行委員会催行であっても)三つ又は計四つの神社の宗教行事だ。あるいはまた、安倍晋三首相は昨年、伊勢神宮の式年遷宮の最後の行事に「臨席」したと伝えられた。これも内閣総理大臣としての参席だったはずだが、しかし、朝日新聞・NHKも含めて、政教分離の観点から問題視するようなことはなかったはずだ。
 こうした流れ、または雰囲気の中で、サミットにおける外国首脳らの伊勢神宮訪問(参拝ではない)が平穏に行われれば、まだ来年のことだが、けっこうなことだ。
 しかし、中国政府、同じことだが中国共産党、あるいは韓国政府は、上に想像?したような批判をしてくる可能性があるようにも思われる。少しばかりは懸念することだ。これらの批判があれば、当然に、朝日新聞等は<騒ぎ出す>。
 欧米に行ってキリスト教の教会等を見ても、各国の国民等がそれぞれの宗教・信仰を持っていることを何ら不思議に思ったことはない。日本もまた、あるいは日本人の多くもまた、「神道」という宗教を許容し大切にしてきていることを、何ら奇妙に感じることなく、外国首脳らが伊勢神宮を訪れてくれるとよいのだが。

1294/日本共産党のデマ-安倍首相らは「ネオナチ」か。

 デマゴギーとは、政治的目的をもって、または政治的効果を狙って、意図的に発信・流布する虚偽の情報のことらしい。略して、デマ。これを行なう者をデマゴーグという。
 日本で歴史上も現在でも最大の、手のこんだデマゴギー流布団体は、日本共産党だ。
 マルクス(・レーニン)主義自体が、古代史家の安本美典が適切に、端的に語るように、<大ホラの体系>だろう。これを「科学的社会主義」と言い換えていること自体、「科学」を愚弄するデマゴギーだと言える。
 日本共産党・不破哲三が前衛2015年3月号で、安倍晋三首相らを「日本版『ネオナチ』そのものだ」と言っている(p.135)。あるいは、「安倍内閣-…日本版『ネオナチ』勢力」という見出しをつけている(p.131)。
 このように断定する論拠は何か。つぎのような論旨の展開がある。
 ①河野談話や細川護煕首相の1993.08の「侵略戦争」発言に危機感をもった自民党内「戦争礼賛」派が同月に党内に「歴史・検討委員会」を作った。当選1回生の安倍晋三も参加した。
 ②上の委員会は1995.08に検討結果を著書・大東亜戦争の総括(展転社)でまとめた。この戦争の呼称自体が戦争を「美化」するもので、同書は、「アジア解放と日本の自存・自衛の戦争、正義の戦争」だったとし、南京事件も慰安婦問題も「すべてでっち上げ」だとした。
 ③かかる「戦争礼賛」論を教育に持ち込むために「礼賛」派を集めてその戦での歴史教科書づくりを始めた。新しい歴史教科書をつくる会発足が1996.02。
 ④上の運動を「応援」する国会議員団〔名称省略〕を1997.02を発足させ、事務局長に安倍晋三がなった。2001.01に「戦争美化」のつくる会教科書が文部省の検定に合格した。
 ⑤このように、安倍晋三は「戦争礼賛」の教科書づくりの「張本人」。要職を経て、「大東亜戦争」肯定論という「異様な潮流の真っただ中で育成され、先輩たちからその使命を叩き込まれて」、2006年に首相になった。
 ⑥政権と自民党を安倍晋三を先頭とする「戦争礼賛」の「異様な潮流」が「乗っ取った」状態にあるのが現在。
 ⑦上の潮流に属する「ウルトラ右翼の団体」のうち、「最も注目」されるのは、「日本会議」と「神道政治連盟」。それぞれ国会議員懇談会をもち、安倍晋三は首相就任後も前者の特別顧問、後者の会長だ。また、第二次安倍内閣の閣僚は全員かほとんどが上のいずれかに属しており、内閣は「ウルトラ右翼」性をもち、「侵略戦争の美化・礼賛一色の内閣」だ。
 ⑧「ネオナチ」とは要するに「ヒトラーの戦争は正しかった」というもの。
 ⑨安倍首相中心の日本の政治潮流は「ヒトラーと腕を組んでやった日本の侵略戦争」を「あの戦争は正しかった」と言っているのであり、「主張と行動そのもの」が「ネオナチ」と「同質・同根」。あの戦争を「礼賛」する「安倍首相率いるこの異質な潮流こそ、日本版『ネオナチ』そのものだ」。
 さて、間にいくつかのことを挿んでいるが(新しい歴史教科書をつくる会を結成させたのは自民党(の一潮流)という書き方だが、事実に即しているのだろうか。それはともかく)、安倍首相らは「ネオナチ」だとするその論旨は、A/安倍らはあの戦争を「美化」・「礼賛」している。B/あの戦争は「ヒトラー〔ナチス〕と腕を組んでやった」ものだ。C/したがって、安倍らは「ネオナチ」だ、という、じつに単純な構造を取っている。
 不破哲三とはもう少しは概念や論理が緻密な人物かと思っていたが、上の論理展開はヒドいだろう。政治的目的をもって、政治的効果を狙って、あえて虚偽のことを述べている、と思われる。
 まず、上のAは適切なのか。物事を、あるいは歴史を、単純に把握してはいけないことは、別の問題については、日本共産党はしきりと強調している。戦争の「美化」・「礼賛」とだけまとめるのは、単純化がヒドすぎる。
 大東亜戦争の総括(展転社)を読む機会を持ってはいないが、安倍首相らの<歴史認識>がこれほどに簡単で単純なものとは到底考えられない。たしかに、日本共産党のような?GHQ史観または東京裁判史観にそのまま立ってはいないだろうが、もう少し複雑にあるいは総合的に、あるいは諸局面・諸要素ごとに判断しているように思われる。
 また、例えば、より具体的には、安倍首相らの「潮流」に属する団体としてとくに「日本会議」が挙げられているが、田久保忠衛は同会の代表役員であるところ、田久保・憲法改正最後のチャンス!(2014、並木書房)を読んでも、-この点は別の機会にも触れるが-田久保があの戦争を全体として「美化」・「礼賛」しているとは到底感じられない。長谷川三千子も同じく代表役員だが、GHQ史観・東京裁判史観に批判的だったとしても、あの戦争を単純に「美化」・「礼賛」しているわけではないだろう。
 さらに、今手元にはないが、初期のいわゆるつくる会の歴史教科書を読んだことのある記憶からしても、まだ十分に<自虐的>だと感じたほどであり、あの戦争の「美化」・「礼賛」一色で叙述されていたとは到底思えない。そのような教科書であれば、そもそも、検定には合格しなかったのではないか。
 いずれにせよ、安倍首相らを批判し、悪罵を投げつけたいがための、事実認識の単純化という誤り(虚偽)があると考えられる。批判しやすいように対象や事実を単純化して把握することによって、じつは、存在しない異なる対象や事実を批判しているにすぎなくなる、というのはデマ宣伝にしばしば見られることだ。
 つぎに、ドイツ(・ナチス)と<腕を組んだ>戦争という、あの戦争の理解は適切なのか。なるほど、日独伊三国同盟というものがあった。しかし、日本とドイツは共同しての戦闘は行っていないし、その同盟の意味は時期によって異なる。ドイツ(・ナチス)と「社会主義」ソ連が「腕を組んだ」時期もあったのだ。また、政府ではないにしても、南京事件に関してドイツ人の中には<反・日本>で行動した者もあったことはさておくとしても、<保守派>の中には、ドイツと同盟したことを批判的に理解する者もいる。「日本会議」や「神道政治連盟」の役員の中にも、そういう論者はいるだろう。
 詳しくは歴史あるいは日独関係の専門家に任せるとして、<ドイツ・ナチスと手を組んだ戦争を「礼賛」しているから「ネオナチ」だ>というのは、子供だましのような幼稚で杜撰な論理だ。安倍首相らを批判し、悪罵を投げつけたいがための、論理展開の単純化という誤り(虚偽)があると考えられる。
 このような論法を日本共産党について採用したらどうなるのだろうか。上の論理よりももっと容易に、「ネオ」大粛清組織、「ネオ」大量殺戮組織、「ネオ」人さらい組織、「ネオ」侵略戦争支持組織、等々と批判することができる。
 「ソ連型社会主義」とか称して、誤りはあるものの(生成途上の)「社会主義」国だと見なしていたはずのソ連を、1991年末にソ連が崩壊した後では平然と<社会主義国ではなかった>と言い繕えることができるように、「ウソ、ウソ、ウソ」を得意とするコミュニスト集団・日本共産党のことだから、別に驚きはしない。言ったところで無駄だろうが、いちおう言っておきたい。党員と熱心なシンパにだけ通用するような、幼稚で単純なデマを撒き散らすな。 

1269/安倍首相は大阪都構想に好意的で、橋下徹は改憲のため「何でもする」。

 安倍晋三首相は昨年10/06の衆議院予算委員会で、維新の党の「大阪都構想」について「二重行政の解消と住民自治拡充を図ろうとするものだ。その目的は重要だ」と述べていた。
 昨日の1/14の大阪・関西テレビでの生発言でも、「二重行政をなくし住民自治を拡充していく意義はある。住民投票で賛成多数となれば必要な手続きを粛々と行いたい」と述べたらしい。
 これは重要なニュースだ。
 第一に、大阪市・府の自民党議員団は(したがって大阪府本部も)「大阪都構想」に反対で、住民投票にも反対している。公明党は住民投票実施には賛成に(なぜか?)回ったので、大阪の自民党は公明党よりも<反・橋下>姿勢が強固なのだ。にもかかわらず、公明党の姿勢が変化し、大阪・自民党は従来のままである中で、首相であり自民党総裁でもある安倍晋三が上記のごとく、「大阪都構想」には「意義」があるとし、「住民投票で賛成多数となれば必要な手続きを粛々と…」と語ったのだから、かりに一般論であり、かつ仮定形の発言だったとしても、ふつうであれば、驚くべきことだ。
 安倍首相は昨年10月には大阪府連の姿勢について質問されて「地方自治のことなので、そこまで私が『ああせよ、こうせよ』ということは差し控える」とだけ述べたようだが、大阪の自民党とは真っ向から異なる見解を明らかにしているに等しいだろう。
 安倍首相には、自民党大阪府連を困らせてもかまわない、という大局的判断があるものと思われる。そしてまた、この欄ですでに記したように、大阪の自民党は、橋下徹・維新の党よりも民主党や共産党と<仲良く>するような愚行をいま以上続けるな、と言いたい。大阪の自民党は<保守政党>の支部なのか、それとも<容共>の「左翼」的支部なのか。あるいは、そんなことはどうでもよい、面子と自分の選挙当選にのみ関心を持って周囲を見渡している<日和見>者たちの集団なのか。
 第二に、安倍首相の親維新・親橋下徹の姿勢だ。橋下徹は1/15に「ありがたい。僕はうれしくてしょうがない」と述べて喜び、憲法改正について、「絶対に必要で、〔安倍〕総理にしかできない。何かできることがあれば何でもする」と語ったらしい。
 安倍首相が出演したと思われる関西テレビの夕方の番組の水曜のゲスト・コメンテイターの青山繁晴はいつぞや、安倍から直接に<橋下徹をどう思うか>と尋ねられたことがあり、安倍は橋下徹に期待をもっているようだ、という旨を語っていた。
 安倍首相の、橋下徹に期待し、少なくとも<反・橋下>姿勢を示さない、という感覚、政治的センスは優れていて、1/14の発言も、大局的かつ戦略的な判断にもとづいている、と思われる。すなわち<保守>勢力を糾合し、拡大し、ひいては憲法改正を成就するためには、橋下徹あるいは現維新の党の協力が必要だ、少なくとも<敵に回す>ようなことをしていいけない、と判断しているものと思われる。地方議会議員を中心とする、自民党大阪府連の面々とは、考えていることの次元・レベルがまるで異なる。
 産経新聞社・月刊正論1月号p.377の「編集者から」はかなり露骨な安倍晋三政権擁護の回答をしており、質問者・意見者である読者を斬って捨てている観があり、気になる。この点はあらためて触れるとして、ここにも見られるように、月刊正論編集部は親・安倍晋三、親安倍自民党姿勢を採っているように見える。
 しかるに、前編集長の桑原聡は橋下徹を「危険な政治家」だ、日本を「解体」しようとしている、と明言した。そして、「今週のバカ」を某週刊誌(週刊文春)に書いて<毎週のバカ>ぶりを示し、安倍+橋下徹による憲法改正には反対だと明言した適菜収に<反・橋下徹>論考を巻頭に書かせ、さらには適菜を「賢者」の一人として扱っていさえした。
 このかつての編集長の文章は取消しされていないし、むろん謝罪の言葉があるはずもない。むろん政治家等について月刊雑誌またはその編集長がどのような評価をしようと自由なのだが、自由に評価したその結果は誤っていることを認め、自覚しておくくらいはしておいてもらいたいものだ。
 なぜなら、むろん、簡単に言って、安倍晋三擁護・支持と橋下徹批判・悪罵が両立することはありえない。安倍晋三の橋下徹に対する姿勢だけは誤っている、という見解もありうるが、そうならば、そのような趣旨を含む文章を掲載すればよいだろう。
 月刊正論の出版母体・産経新聞社は橋下徹に対して決して暖かくないし(例、1/15社説)、松本浩司のように皮肉まじりの文章を書いている者もいる。
 産経新聞社、そして月刊正論には、<堅い>読者層の支持と購読さえ得られればよい、<そこそこに>収益が出ればよい、といった程度の気構えで仕事をしてほしくない、と思っている。できるならば、<憲法改正>のための情報センターのような役割を果たすことを期待して、産経新聞には厳しいことも書いているのだが、月刊正論の執筆者に見られると感じられる偏りや(おそらくは産経新聞が想定していない定期購読者だろう)橋下徹のような人物まで<取り込む>姿勢がないように見られることは、残念なことだ。
 ついでながら、上に<憲法改正>という語を何度か使っているが、それでは本来はいけないことは別に述べる。また、産経新聞社「国民の憲法」案の地方自治条項について、橋下徹は<これではダメだ>と言い放ったが、これは橋下徹の感想の方が適切だ。いずれも、別の機会に触れる。
 安倍首相と橋下徹の関係から、産経新聞社に論点が移ってしまった。
 さらについでに、私自身は維新の「大阪都構想」に双手を上げて賛同しているわけではない。
 大都市制度がどうあるべきかは、現地方自治法制定時にも、基本的には都道府県のもとにある一市とする、どの都道府県にも属さない「特別市」とする、の二案があったところ、妥協・折衷の結果として、<政令指定市>制度ができた。近時にも、名称・細かい制度設計は違うが、似たような議論・政策提言があった。そして、砂原庸介・大阪-大都市は国家を越えるか(中公新書、2012)p.223-が述べるように、「仮に彼〔橋下徹〕がはじめから大阪市長になっていれば、現在とは異なるかたちで特別市構想が復活していたかもしれない」、と言える。橋下徹は最初に府知事になったからこそ、政令指定市・大阪市域について知事の権限が及ばない部分があることに疑問を持ったのだと推測される。最初に市長になっていれば、府知事が大阪市に関与・介入できる余地を削減し又はゼロにする運動すらしたかもしれない、とも思われる。
 「大阪都構想」の是非は、イデオロギーの問題ではなく、日本における大都市制度のあり方という、法制度・行政制度の設計にかかわる、すぐれて政策的・技術的な問題だ。それに、「大阪都構想」の具体的な制度内容はまだ詳細には詰められていないように見える。それでも、「ファシスト」であり安倍首相とも親しい憲法改正派だというだけで、橋下徹・維新提案の「大阪都構想」に絶対反対の姿勢をとる日本共産党などもいるに違いない。大阪の自民党が親橋下か反橋下かだけで態度を決めるとすれば、愚かしいことだ。

1263/具体的・建設的で戦略も意識した議論を-憲法改正をめぐる保守派の怠惰。

 月刊正論1月号(産経新聞社)に、田久保忠衛「衆院選で忘れてはならぬ/憲法改正のラスト・チャンス」がある(p.158-)。産経新聞の憲法改正案起草委員会の一員だった人物(かつ国家基本問題研究所の幹部)が憲法改正の必要性を説き、衆院選の重要な争点とすべき旨を主張してるのだが、これを概読して、2010年11月03日の産経新聞「正論」に掲載された、やはり田久保忠衛の「憲法改正の狼煙上げる秋がきた」を読んで感じたのと似たようなことを感じた。
 当時感じたことは、この欄の2013.08.12投稿でも繰り返されている-「問題は、いかにして、望ましい憲法改正を実現できる勢力をまずは国会内に作るかだ。/この問題に触れないで、ただ憲法改正を!とだけ訴えても、空しいだけだ」。
 当時は民主党政権下だったので現在とはやや状況は異なるが、発議自体に各議院議員の2/3以上の賛成が必要であることに変わりはなく、これが達成されている状況にあるとは、衆議院に限っても明確には言い難い。
 また、国会議員の構成は民主党政権下に比べれば改憲のためにより有利にはなっているだろうが、そもそも憲法「改正」の具体的内容は改憲派(あるいは「保守派」)において明確になっているのか、という根本的問題がある。
 田久保は月刊正論1月号で現前文・現九条の改正と緊急事態対処条項の三つに少なくとも触れているようだが、田久保には尋ねてみたいことがある。
 まず、産経新聞社「国民の憲法」草案起草委員の一人として、すでに公表されていた自民党の憲法改正案を知っていたはずだが、産経「国民の憲法」案・要綱と自民党改憲案はまったく同じではないはずのところ、なぜ両者には違いがあるのか?、自民党の改憲案をそのまま採用しなかった具体的理由は何なのか?
 これくらいのことを明らかにしてくれていないと憲法改正のための具体的な議論はできないのではないか。
 また、憲法改正は-いずれまた触れるだろうように、明治憲法を全体としてそのまま復活させるという主張を採用しないかぎり-現憲法全体に対して改正案全体を提示して、全体について一括して支持するか否かを国民投票によって決する、というのではない。一箇条(の改正または新設)のみについて一回の記載か、複数の条項についての改正案(新設を含む)に即して複数回の(賛否の)記載を国民に問うのか、というやや技術的な(とはいえ現実には重要な)問題もあるが、いずれにせよ、改正が優先されるべき個々の条項について改正(・新設)の賛否を国民に問うことになるはずだ。
 しかして、田久保はいったい現憲法のどの条項から改正を始めるべきだと考えているのか。この点も明らかにしてくれていないと、憲法改正についての具体的な議論はできない。
 田久保忠衛に限らない。月刊正論2月号(産経新聞社)に、八木秀次「見え始める憲法改正への道筋」という魅力的なタイトルの論考があるが(p.58-)、総選挙結果の政治評論家的分析が3/4を占め、憲法改正に関する、上のような疑問に答えるところはない。ただ一つ、「憲法改正を政治日程に載せるためには1年半後の参議院選挙で改憲派の議席を確保しなければならない」等の、率直に言って改憲派ならば誰でも書けるようなことを書いているにすぎない。
 たまたま田久保忠衛と八木秀次の名を出したが、①両議院に2/3の改憲派を生み出し、国民投票でも国民・有権者の過半数の支持を得るための戦略・戦術、②すでにある改正案もふまえて、具体的にどのような内容の条文にするかのより突っ込んだ検討(ちなみに、櫻井よしこは「国防軍」ではなく「国軍」でよいと、どこかに書いていた)、③そもそもどういう順番で、改正案を国民に提示していくのか、についてのきちんとした検討、はいずれも、改憲派(「保守派))において、決定的に遅れているか、まったくなされていない。
 実に悲観的(・悲惨的)で危機的な状況にある、とすら言える。改憲派の論者たちは、本当に、真剣に、現憲法を変えたい、「自主憲法」を制定したい、と考えているのだろうか。
 このような状況では、安倍晋三首相が、憲法改正について具体的なことを語ることができないのも、当然だ。適当に何かを論じ、書いていれば済む立場に、安倍首相はいるわけではない。発議に必要な要件を彼は痛いほど理解しているだろうし(96条改正問題にもかかわる)、また、具体的な改憲条文を示した上で国民投票にかける必要があることも、どの条項から始めるべきかという問題があることも、当然に強く意識しているはずだ。
 にもかかわらず、安倍首相の問題意識・問題関心に応え、具体的にサポートする議論を改憲派(「保守派))が行ってきているとは思えない。
 優先順位にしても、公明党の「加憲」論に配慮して、安倍首相は緊急事態対処条項から始めたいのでは、という憶測記事を新聞で読んだことがあるが(何新聞だったかは忘れた)、かかる程度の<優先順位>論すら、改憲派(「保守派))は何もしていないのではないか。現九条か、前文か、緊急事態条項か、それとも「環境権」か?
 改憲派(「保守派」)の怠惰だ。
 もともと自民党は安倍晋三が言うとおり、「自主憲法の制定」を悲願としてきたのだから、改憲派(「保守派」)が、たんに、<憲法を改正しよう>と主張しても、訴えても、ほとんど意味はない。いいかげんに、それだけの主張や議論はやめるべきだ。
 ついでに言うと、周知のとおり、憲法改正反対(とくに現九条2項護持)の政党・運動団体があり、憲法学者の大半は<護憲派>とみられるところ、現96条改正や現九条改正に反対する憲法学者等の主張・議論に、改憲派(「保守派」)は適確に反駁してきているだろうか。
 例えば、昨2014年に、東京大学の現役教授・石川健治は朝日新聞に「乾坤一擲」の長い文章を載せ、京都大学の現役教授・毛利透は読売新聞紙上で護憲の立場で論考(・インタビュー回答)を載せていたが、これらに、迅速に改憲派(「保守派」)は反応し、これらを批判したのだろうか。
 <憲法改正を>だけ叫ぶのはいいかげんにしてほしい。具体的かつ建設的で戦略も意識した議論が、そして<護憲派>に対する執拗といってよいほどの批判が、必要だ。

1242/「積極的平和主義」を批判する朝日新聞。

 朝日新聞1/15朝刊の「今村優莉、清水大輔」との署名のある<安倍首相の言う「積極的平和主義」って?>というタイトルの記事は、朝日新聞らしくて面白い。
 安倍首相が使っている「積極的平和主義」(に立つ)という表現の仕方はなかなかうまいものだと感じていた。つまり、従来は「平和」は<革新>または<左翼>の標語で、これに対する「戦争」または「好戦」とは<保守>または<右翼>の好むものだというイメ-ジを「左翼」は撒いてきたのが、安倍首相は逆手にとって自らを「積極的平和主義」者と位置づけ、従来の<左翼>の「平和」主義とは「消極的平和主義」、「何もしない平和主義」に他ならないことを皮肉をも込めて?明らかにしているように思えたからだ。
 上のことがどうやら朝日新聞記者には気にくわないらしい。上の記事は安倍の「積極的平和主義」の意味をあえて特定の意味に理解しようとし、そしてそれを批判している。
 その前にこの記事には意味が不明確な概念・語が無前提に使われている。第一に、「平和憲法の改正を目指す安倍氏…」という表現がある。ここでの「平和憲法」とはいったい何を意味しているのか? 朝日新聞または同新聞の愛読者には自明なのかもしれないが、「平和」主義にも非武装平和主義から(例えばスイスのような、徴兵制による正規軍をもつ)武装平和主義まで種々のものがあることを考えても、「平和憲法」という語の意味は自明ではない。おそらくは前者のごとき意味で用いているのだろうが、それのみが「平和憲法」なるものの意味内容であるとは限らないことを知るべきだろう。「平和憲法の改正をめざす」という表現によってすでに、安倍首相は非平和的・好戦的というイメ-ジを提示してしまっているのだ。第二に、坪井主税という平和学専門らしき札幌学院大名誉教授の引用コメントの中に「9条の平和主義」という語があり、これまた厳密には意味不明であるとともに、これを改正すること=悪という前提に立った叙述をしている。自民党の改憲案も9条第一項は残すのであり同条項の「平和主義」を捨てているわけではない。朝日新聞的な論理または単純素朴な護憲派のイメ-ジを全く知らないものにとっては、奇妙な叙述であり、不思議な前提だ。
 上記のことだけでもすでに朝日新聞らしさは十分に出ているが、<積極的平和主義>については以下のごとくイチャモンをつけている。①青井未帆(学習院大教授・憲法学)の、安倍首相は「平和」概念の広さを利用して「狡猾」で、「アメリカのつくる『世界平和のあり方』、つまり軍事力介入をいとわない“平和”を前提」とするものだ、とのコメントを用いる。②都築勉(信州大教授・政治学)の「国際協調主義に基づく積極的平和主義」という意味ならば現行憲法の尊重で足りる、等のコメントを用いる。③坪井主税の、安倍首相国連演説の「積極的-」の英訳は「Proactive」だが、これは「『先攻的にやっつける』という意味にもとれ、日本が9条の平和主義を捨て、自衛隊という軍事力を行使する意志を示したととらえられてもおかしくない」とのコメントを用いる、など。
 結局のところ、第一には、安倍首相の憲法改正志向や「集団的自衛権」の政府解釈や「武器輸出三原則」見直しの志向を批判する、という前提に立って安倍が「平和」という概念を用いることに文句をつけて(矛盾するなどとして)「積極的平和主義」を批判しているのであり、従来かつ現在の朝日新聞の立場を反復するものにすぎない。第二には、安倍首相の「積極的」を「軍事力介入をいとわない」あるいは「先攻的にやっつける」という意味だと分析?して批判しており、ここには批判したさがゆえの歪曲または単純化が見られる。「積極的平和主義」とは「軍事力介入をいとわない」・「先攻的にやっつける」平和主義だ、との解釈は、かなりの特定・限定または歪曲を施した、批判しやすくするための概念理解に他ならないだう。「積極的」=「Proactive」は「先攻的にやっつける」という「意味にもとれ」とは、悪意に満ち満ちた理解だ。
 世界各地に見られる<非平和>状態・地域に関して、あるいは日本もまた直面している「平和」の危機に際して、今村優莉清水大輔はいかなる対応策あるいは政策・戦略を考えているのだろうか。軍事的要素に脊髄反射的な反発をするだけ、という「平和ボケ」の典型的な姿が、この朝日新聞の記事にも見られるようだ。
 ところで、朝日新聞のおそらくはまだ若い方の記者の署名入り記事をときどき読んで思うのだが、朝日新聞の若い記者たちは、若い間に<朝日新聞的>な主張・考え方に添った文章をどれほどうまく書ける能力があるかによって、上司に<勤務評定>されているのだろう。安倍晋三あるいは自民党を批判することは当然のこととして、それをいかに面白い観点からいかに洒落た文章で行えるかが試されているのだと思われる。朝日新聞社内で「出世」するためにこのようなことで競わなければならないとは、特定の政治団体に入ってしまったがための仕方がないこととはいえ、まことに可哀想で気の毒なことだと感じる。

 

1238/安倍首相が靖国神社を参拝してなぜいけないのか。

 〇朝日新聞12/27朝刊は「狂い咲き」をしていた。
 安倍首相靖国参拝をうけて「参拝制止を一蹴」が最大の活字での一面橫見出しになるのだから、奇怪な新聞だ。
 毎日新聞も一瞥してみたが、かなり似ている。
 〇日本の首相の靖国神社参拝には種々の論点があることを、あらためて考えさせられる。
 安倍首相が堂々とむろん疚しい心理など一切示さずに発言していたのには感動したが、同首相の同日の「談話」の内容を全面的に支持しはしない。わざわざ談話など出し、また外国語訳して各国に伝えることをしなければならないのは、本来は異常なことだ。
 それよりも、<不戦の誓い>をすることは構わないが、「日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道を…」等と述べて戦後日本を全体として肯定的に評価しているようであるのは、安倍本来の<戦後レジームからの脱却>という思想とは少なくとも完全には合致していない、と感じる。ともあれ、それは政治的判断の混じった「談話」だとして、ここではこれ以上は触れない。
 アメリカは自国の都合と利益のために「失望」という声明を出した。これを、朝日や毎日は「援軍」のごとく理解して喜んでいるようだ。このアメリカの立場にも触れないが、靖国神社の祭神となっている(合祀されている)いわゆるA級戦犯を作り出したのは他ならぬアメリカ主導の「東京裁判」であったのだから、<A級戦犯認定=東京裁判>批判との印象が生じる可能性のある靖国神社参拝を、いかに現在の「同盟国」の首相の行為であろうとも、少なくとも素直には支持・応援できないだろうことは不思議ではない。靖国神社参拝は、従って当然に、「反米」的性格または側面をもつに至っている、とも言える。
 〇日本の首相の靖国神社参拝についての種々の論点については、この欄で断片的にせよ何回も言及してきた。論点の所在と簡単なコメントを記しておく。
 第一に、憲法上の「政教分離」に反しないか。12/26朝刊では朝日新聞よりも毎日新聞がこの論点の所在に触れて批判的な記事を書いている。そして、平野武(龍谷大名誉教授)の<首相在任中は避けるべき>との旨のコメントを紹介している。この点にやや立ち入れば、月刊WiLL2014年1月号で加地伸行が、「平野武という人物」が伊勢神宮「遷御の儀」に安倍首相が臨席したことを「政教分離に反し、違憲性があると言う」と紹介したうえで、「平野某は政教分離ということの初歩的な意味も分かっていない」等と批判している(p.18)。平野武にとってみれば、一貫した主張なのかもしれない。なお、社民党・福島瑞穂も今回の靖国参拝を「政教分離」違反だと主張したらしい。
 だが、この欄でも述べたことがあるが、「政教分離」違反であるならば、A級戦犯合祀問題以前の憲法問題であり、吉田茂も佐藤栄作も中曽根康弘も小泉純一郎も憲法違反の行為をしてきたことになる。
 毎日新聞はこれまでの首相靖国参拝のそのつど、「政教分離」違反または疑いという報道・主張をし続けてきたのだろうか。今回に限って、またはA級戦犯合祀以降に限って「政教分離」違反という論点を持ち出すのは、論理的には成り立ちえないことだ。
 それに何より、毎年正月の4日あたりに首相が伊勢神宮に参拝することはほとんど「恒例」になっているが、伊勢神宮もまた戦後は神道という宗教の一施設であるところ、毎日新聞は(朝日新聞も)何ら問題にしてきていないのではないか。そのくせ、靖国神社についてだけ「政教分離」違反問題を持ち出すのは論理的に完全に破綻している。なお第一に、社民党が民主党と連立政権を組んで福島瑞穂が大臣だったときもあったかと思うが、民主党の鳩山由紀夫も菅直人も野田佳彦も首相として伊勢神宮参拝をしたはずだ。民主党・社民党連立政権時代、福島瑞穂は、伊勢神宮正月参拝に反対する旨を大々的に主張したのか? 第二に、上記の加地伸行の文章によれば、平野武は首相の伊勢神宮正月参拝は(少なくとも明示的には)問題にしていないらしい(p.19)。学問的に一貫させるつもりならば、首相の伊勢神宮正月参拝を「違憲」視する大?論文を書くべきだろう。
 大きな第二に、靖国神社は首相が参拝すべきではない「死者」が祭神として祀られているか。これが最大の問題だが、いくつかの基本的論点やさらに細かな論点に分岐していく。
 朝日新聞の東岡徹は12/27朝刊で「侵略された中国や、植民地支配を受けた韓国の人々には、靖国神社への嫌悪感が強い」とあっさりと書いている。先の戦争は中国「侵略」戦争で、当時は韓国を「植民地支配」していたということを当然のごとく前提にしている。そのような<悪業>をした指導者たちは断罪されるべきであり(だからこそ「A級戦犯」であり)、彼らを合祀する靖国神社参拝はすべきではない、という理屈のようだ。
 上の前提自体に、少なくとも論じられるべき余地がなおある。1+1=2のごとき当然の前提にしてはならない。前者にも大きな疑問があるが、後者の「植民地支配」という概念の使用にも私は疑問をもっている。ドイツ(・ナチス)の侵攻によるチェコ、ポーランド、バルト三国等の支配は「植民地支配」だったのか。同様に朝鮮(大韓帝国)についても「合邦」か少なくとも日本の事実上の施政権の地域的対象の拡大であって、決して「植民地」として支配したわけではないのではないか。この問題はこの欄でまだ言及したことがない、かねてより有してはいた関心事項だ。
 さてここでの基本的な第一の論点だが、かりに日本がかつて「侵略」や「植民地支配」をしていたとして、その当時の(といっても時期により異なるが)日本の政治指導者たちの「責任」はどのように問われるべきなのか。
 上の「政治指導者たち」という言葉の範囲は不明確だ。「東京裁判」法廷は「平和に対する罪」という新奇の犯罪概念を作り出し、<A級>戦犯という犯罪者として刑罰を下した(ということになっている)。
 ここでむろん、「東京裁判」なるものの合法性・正当性、そして具体的な<A級>戦犯者の範囲の特定の正確さ・合理性・適切さ、という別の第二の論点も出てくる。そしてまた、なぜ特定の25名が<A級>戦犯被告として判決をうけ、なぜそのうち7名は「死刑」だったのか?も論点になりうる。 <A級戦犯合祀の神社参拝はけしからん>と主張する者は、「死刑」ではなくのちに死亡した者も含む被合祀者14名(のようだ)のそれぞれの「罪状」をきちんと語り、説明できなければならない。
 「東京裁判」あるいは実質的にはアメリカまたはGHQ任せで「侵略」・「植民地支配」の指導者の範囲を画定してしまうのは、他人・他国任せのじつに無責任なことではないのか。
 なお、7名の死刑が執行されたのは、1948年12/23で今上天皇(当時、皇太子)の誕生日で、むろん偶然ではない(起訴は4/29で昭和天皇の誕生日)。
 基本的な第三に、絞首刑にあった者は生き返らないが、それ以外の者は「終身(無期)刑」を受けた者も日本の再独立後(主権回復後)には関係各国の同意を得て解放され、政治家として活躍した者もいる。そしてその前提として、もはや「犯罪者」扱いはしない旨の国会決議までなされている。そのうえで、「B・C級戦犯」としての刑死者の遺族に対しても遺族年金が給付されている。「A級戦犯」だった者も、犯罪者扱いしてはいけない、と言うことができる。死刑と終身刑の区別が正確にまたは厳格になされたとはとても思われず、終身刑だった賀屋興宣がのちに大臣になったことを考えると、「A級戦犯」としての刑死者(法務死者、昭和殉難者といいうらしい)は、死刑判決でさえなければ、政治家等としてのちの人生を全うできたかもしれない。
 要するに、日本人は「A級戦犯」者をもはや犯罪者として扱ってはいけないのではないか、という論点がある。朝日や毎日は「A級戦犯」合祀を問題にはしても、そしてこれにかかわる昭和天皇の発言らしきものを「政治利用」しつつも、上記の国会決議等のその後の法律レベルの問題にはまったく言及していない。不正確で、不当な記事づくりではないか。
 これに関連して第四に、サンフランシスコ講和条約で主権回復に際して日本が東京裁判の「諸判決を受け容れ」た、ということの意味が論点になりうる。この欄で触れたことがせあるが、民主党の岡田克也が国会・委員会で条約と法律とはどちらが上位かと質問して、サ講和条約(の理解)に日本はその後ずっと拘束されるのではないか旨を主張した論点だ。
 「裁判」と訳そうと「諸判決」と訳そうと本質的な違いはない(渡部昇一の言説は的を射ていない)。この点は、この欄で紹介したが、稲田朋美は私と同旨のことを記していた。
 この問題は、あるいはサ講和条約の当該条文の意味は、終身刑判決を受けた者や期限のきていない有期刑者は、「諸判決」どおりにきちんと執行する(そうしない場合は関係各国と協議し同意を得て解放する、という趣旨を含む)、という趣旨だ、と解釈して差し支えないと考えている。つまり、日本を当事者とする先の戦争が「侵略」戦争だった等の「東京裁判」の基礎にある考え方または歴史認識まで受容したわけではない、と私は理解している。
 とりあえず思い浮かぶのが、以上のような大きな論点、基本的な論点だ。
 A級戦犯も合祀されている靖国神社を日本の首相は参拝すべきではない、という主張の前提にある、A級戦犯=「犯罪者」=「悪い」政治指導者=「侵略」・「植民地支配」をした「悪者=犯罪者」、という理解は、それぞれの等号=同一視の段階で、きちんと吟味すべきではないのか、とりわけ日本の報道機関は。中華人民共和国や大韓民国の「御用新聞」(・ご注進機関)でないかぎりは。
 その他、「村山談話」などというややこしいが大きな論点もあったが、今回はこれくらいで。

1237/資料・史料-靖国神社参拝後の安倍晋三内閣総理大臣談話。

資料・史料
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 靖国神社参拝・安倍晋三内閣総理大臣談話
    平成25年(2013年)12月26日

 本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。また、戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも、参拝いたしました。
 御英霊に対して手を合わせながら、現在、日本が平和であることのありがたさを噛みしめました。
 今の日本の平和と繁栄は、今を生きる人だけで成り立っているわけではありません。愛する妻や子供たちの幸せを祈り、育ててくれた父や母を思いながら、戦場に倒れたたくさんの方々。その尊い犠牲の上に、私たちの平和と繁栄があります。
 今日は、そのことを改めて思いを致し、心からの敬意と感謝の念を持って、参拝いたしました。
 日本は、二度と戦争を起こしてはならない。私は、過去への痛切な反省の上に立って、そう考えています。戦争犠牲者の方々の御霊を前に、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を、新たにしてまいりました。
 同時に、二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代をつくらなければならない。アジアの友人、世界の友人と共に、世界全体の平和の実現を考える国でありたいと、誓ってまいりました。
 日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道を邁進してきました。今後もこの姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。世界の平和と安定、そして繁栄のために、国際協調の下、今後その責任を果たしてまいります。
 靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があります。
 靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが、私が安倍政権の発足した今日この日に参拝したのは、御英霊に、政権一年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです。
 中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません。靖国神社に参拝した歴代の首相がそうであった様に、人格を尊重し、自由と民主主義を守り、中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたいと願っています。
 国民の皆さんの御理解を賜りますよう、お願い申し上げます。
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1236/安倍晋三内閣総理大臣靖国神社参拝。

 12/26の正午すぎに安倍首相の靖国参拝のテレビ報道があり、予期していなかったので驚くとともに、安倍首相の参拝後のインタビュ-回答を聞いていて、思わず涙がこぼれた。
 当然のことが当然のように行われ、当然のことが語られている。
 欺瞞と偽善に満ちた報道、発言や声明類に接することが多いだけに、久しぶりに清々しい気分になった。
 日本共産党・志位和夫は「侵略戦争を肯定、美化する立場に自らを置くことを、世界に宣言することにほかならない。第二次世界大戦後の国際秩序に対する挑戦であり、断じて許すわけにはいかない」とコメントしたらしい。①誰が先の戦争を「侵略」戦争だったと決めたのか、②万が一そうだったとして戦没者を慰霊することが、なぜそれを「肯定、美化する」ことになるのか、③いわゆるA級戦犯が合祀されていることを問題にしているとすれば、そのいわゆるA級戦犯とはいったい誰が決めたのか、いわゆるA級戦犯合祀が問題ならばB級戦犯、C級戦犯であればよいのか、④「第二次世界大戦後の国際秩序に対する挑戦」とは最近中国政府・中国共産党幹部が日本についてよく使う表現で(かつての仲間ではないかと米国をゆさぶる発言でもある)、日本共産党の親中国信情を示している、⑤戦没者への尊崇・慰霊行為が「戦後の国際秩序に対する挑戦」とは、何を血迷っているのだろう。神道式の参拝だが、もともと「死者」の追悼なるものに重きを置かない唯物論者に、「死者への尊崇」とか「慰霊」とかの意味が理解できるはずがない。日本の「カミ」ではなく、インタ-ナショナルな?<共産主義>を崇拝し続ければよいだろう。
 社民党・福島瑞穂は「アジアの国々との関係を極めて悪化させる。国益に明確に反している。強く抗議したい」とコメントしたらしい。NHKもさっそく中国・韓国政府の反応を丁寧に報道していたが、「アジアの国々」というのは大ウソ。タイ、カンボジア、マレ-シア、インド等々、西部のトルコまで含めなくとも、アジア諸国の中で内政干渉的または信仰の自由侵害的にいちゃもんをつけているのは中国、韓国(・北朝鮮)といういわゆる「特定アジア諸国」だけ。ウソをついてはいけない。あるいはひょっとして、福島にとっては、アジアとは中国・韓国(・北朝鮮)と日本だけから成り立っているのだうろか。
 ところで、特定秘密保護法に反対した大学教授たち、ジャ-ナリスト、映画人等々の多くは、例えばかつての有事立法反対運動にも参画していた人々で、先の戦争は「侵略戦争」で、日本は「悪いことをした」と、信じ込み、思い込んでいる人たちだろう。そして、かつての「悪」を繰り返させるな、<戦争をしたい保守・反動勢力>が「軍靴の音」を響かせつつあるので、戦後<平和主義>を守るためにも、保守・反動の先頭にいる安倍晋三(・自民党)をできるだけ早く首相の座から下ろさなければならない、と考えているのだろう。
 このような<基本設定・初期設定>自体が間違っている。
 先の戦争は民主主義対ファシズムの戦争で、日本は後者の側に立って「侵略戦争」をした、という歴史の認識は、戦後・とくに占領下において勝者の側・とくに米国(・GHQ)が報道規制・特定の報道の「奨励」、あるいは間接的に日本人教師が行う学校教育等を通じて日本人に事実上「押しつけた」ものであり、正しい「歴史」認識または把握であったかは大いに問題になる。ソ連や米国の戦時中の資料がまだすべて公開されていないので、今後により詳細な事実・真実が明らかになっていく可能性があるだろう。
 先の戦争はソ連共産党・コミンテルンと米国内にいたコミュニストたち(コミンテルンのスパイを含む)により影響を受けたル-ズベルト大統領がまともに国内を支配できていなかった(分裂していた)中国よりも日本を攻撃して潰しておくことがそれぞれ(ソ連・アメリカ)の国益に合致していると判断しての<日本攻撃・日本いじめ>だった可能性は十分にある。ソ連は日本敗戦後の日本での「共産革命」(コミュニスト・共産党中心の政権樹立。それが民主主義(ブルジョア)革命か社会主義革命かの理論的問題よりもコミュニストに権力を奪取させることが重要だった)を画策していたに違いない。
 毛沢東の中国共産党の拡大と1949年の政権奪取(中国人民共和国の成立)を予想できなかったアメリカにも大きな判断ミスがあった。こともあろうに日本よりもスタ-リンの「共産」ソ連と一時期は手を結んだのだから大きな歴史的誤りを冒したことは間違いない。ようやく対ソ連措置の必要を感じて、ソ連参戦の前にアメリカ主導で日本を敗戦させたかったのだと思うが、それは原爆製造とその「実験」成功によって対ソ連で戦後も優位に立つことが前提でなければならなかった(吉永小百合のように日本の二都市への原爆投下は終戦を遅らせた日本政府に第一次的責任があるかのごとき文章を書いている者もあるが、間違っている)。
先の戦争について連合国側に全面的に「正義」があったなどと日本人まで考えてしまうのは-戦後の「洗脳」教育のためにやむをえないところはあるが-じつに尾かなことだ。
 大学教授、ジャ-ナリスト、映画人といえば、平均的な日本国民よりは少しは「賢い」のではなかろうか。そうだとすれば、自らの歴史の把握の仕方の基本設定・初期設定自体を疑ってみる必要がある。少なくとも、異なる考え方も十分に成り立つ、という程度のことは「賢い」人ならば理解できるはずだと思われる(但し、例えば50歳以上の日本共産党員または強い日本共産党シンパは、気の毒ながら今からではもう遅いかもしれない)。
 先の戦争についての(付随的に南京「大虐殺」問題、「百人斬り競争」問題、朝鮮「植民地支配」諸問題等々についての)理解が、今日まで、首相の靖国参拝問題を含む諸問題についての国内の議論の基本的な対立を生んできた、と考えられる。靖国参拝問題は戦後の「中国共産党王朝」成立以来一貫して問題されてきたわけではなく1980代になってからなのだが、しかし、日本や韓国(・北朝鮮)がかつての日本の「戦争責任」、という<歴史カ-ト゜>を使っているので、先の戦争についての正しい理解はやはり不可欠になる。
 繰り返すが、民主主義対ファシズム(・軍国主義)という単純二項対立、暗黒だった戦前と<平和と民主主義>国に再生した戦後という単純二項対立等による理解や思考は間違っている。戦前はいわれるほどに暗黒ではなかったし、戦後はいわれるほどに立派な国歌・社会になったわけではない。むしろ、<腐った個人主義>や日本の伝統無視の<政教分離>等々による弊害ははなはだしい、ともいえる。例えば、親の「個人尊重」のゆえの「子殺し」も少なからず見られ、珍しいことではなくなった。こうした各論に今後もつぶやいていこう。

1202/小林よしのりと橋下徹慰安婦発言と安倍首相・自民党。

 〇久しぶりに、小林よしのりの言説をとり挙げよう。

 ①5/16に「ゴー宣道場」のブログでこう書いた。

 「橋下徹の慰安婦問題に対する認識は基本的に正しい。/微妙に間違ってる点もあるが、一歩も引かぬ態度は支持するから、頑張ってほしい。
 安倍晋三や、稲田朋美や、産経新聞は、慰安婦に対する見解を180度変えてしまっている。/『女性の尊厳損ね許されぬ』には呆れてしまった。
 まったく唾棄すべき奴ら、軽蔑すべき奴らだ!
 安倍政権も産経新聞も、結局、アメリカの顔色を見て怯え、慰安婦問題でもどんどん自虐史観に戻ってしまったのだ。/卑怯者とは、こういう奴らのことを言う。」

 これは産経新聞5/15社説も読んだ後のものに違いない。

 ②また、産経新聞5/26の「花田紀凱の週刊誌ウォッチング」によると、小林よしのりは週刊ポスト(小学館)5/31号で次のように語った、という。

 「橋下徹は、まるで『王様は裸だ』と叫んでしまった子供のようである。どんな反応が起きるのかまったく考えず、愚直に“本当の話”をし始めている」。「橋下発言は、何ら間違っていない」。「強制連行」・「従軍」に関しては「議論はとっくに決着している」。

 ③小林の舌鋒の矛先は、自民党・安倍晋三政権に強く向けられている。6/04発行となっているメールマガジン「小林よしのりライジング」40回では、次のように言う。

 「『河野談話』を修正か破棄し、「慰安婦制度は、当時は必要だった』と唱えたら、どんな目に合うか橋下徹が身をもって示し、安倍自民党はそれを傍観して震え上がったわけだ。

 誰も国のために戦った祖父たちの名誉を守ろうとしない。/日本は「性奴隷」を使用したレイプ国家にされてしまっているのに、安倍政権は何のアクションも起こさない

 橋下徹と一線をひいて、『村山談話』、『河野談話』を引き継ぐ歴代政権と何ら変わりがないことを、国際会議の場で必死で強調し、『戦後レジーム』の洞穴に引き籠って出て来なくなった」。

 〇小林よしのりの上の③は当たっているかもしれない。

 安倍首相は5/15、参院予算委員会で、「過去の政権の姿勢を全体として受け継いでいく。歴代内閣(の談話)を安倍内閣としても引き継ぐ立場だ」と述べた。これは翌5/16の産経新聞の記事による。同時に、「日本が侵略しなかったと言ったことは一度もない」と述べたようだ。

 これは<村山談話>を引き継ぐ、という趣旨だろう。
 産経の同記事が書くように、安倍首相は4/22に<村山談話>について「安倍内閣として、そのまま継承しているわけではない」と述べ、翌4/23には「侵略の定義は定まっていない。国と国との関係で、どちらから見るかで違う」と述べていたにもかかわらず、である。

 いったい何があったのか。
 5/13が橋下徹慰安婦発言、橋下徹発言ほぼ全面批判の産経新聞社説は5/15だった。
 安倍首相は、橋下徹発言に対する反響に驚き、かつ産経新聞までが橋下発言を厳しく批判していることを知ったからこそ「軌道修正」(5/16産経記事)をしたのではなかっただろうか

 参院選挙まであと二月余という時期も関係していたかもしれない。
 だが、産経新聞5/15社説が<橋下徹発言は舌足らずだが、また一部に問題はあるが、おおむね(基本的には)正しい。河野談話の見直しを急ぐべきだ」という基本的な論調で書かれていたらどうなっていただろうか
 社説は場合によっては瞬時に基本的な主張内容を判断して数時間以内に文章化しなければならない場合もあるだろう。そういう場合にこそ、書き手のまたは論説委員グループの<政治的感覚>が問われ、試される。

 結果として、基本的には朝日新聞のそれと似たようなものになった産経新聞5/15社説は、安倍首相の感覚・判断をも狂わせた可能性がある、と感じられる。「女性の尊厳損ね許されぬ」を優先し、問題の「本質」、「より重要な問題」の指摘を数日あとに遅らせた5/15産経新聞社説は、基本的には<犯罪的な>役割を果たしたのではないか。怖ろしいことだ。

 最近にこの欄で<村山談話>の見直しはどうなっているのかと書いたばかりだが、安倍首相が国会で(少なくとも当面は、だろうが)「引き継ぐ」と明言しているとは、ガックリした。選挙対策、あるいは日本維新の会との差別化の意図によるとしたら、馬鹿馬鹿しいことだ。

1187/憲法改正に向けて維新の会や橋下徹は大切にしておくべきだ。

 遠藤浩一月刊正論2月号(2013、産経新聞社)の「保守合同こそが救国への道」で、次のことを述べていた。

 戦後の日本政治は昭和24年のように保守合同によって局面を打開してきた。憲法改正のためにも、民主党に匹敵する議席を獲得した「日本維新の会との連携を緊密にする必要がある」。安倍首相が本気で<戦後レジ-ムからの脱却>を目指すのなら、「自公政権」ではなく、「あくまでも、より厚みのある本格的保守政権の確立をめざす」べきではないか(p.37-38)。

 みんなの党への言及はないようで、タイトルにいう「保守合同」とはまずは自民党と日本維新の会の「合同」を意味させていると読める。

 大阪の維新の会が太陽の党と合併したことについては批判もあったが、既述のように両党にとってよかったと思っている。合併=橋下徹と石原慎太郎の結合がなければ、衆院選54議席の獲得はなかった。この点を、ジャパニズム11号(2013.02、青林堂)の田口圭「日本維新の会/その歴史と未来を徹底分析」は次のように適確に指摘している。
 石原慎太郎の維新の会への合流という<正しい判断>は、たちあがれ日本→太陽の党の「いわゆる愛国保守系の落選議員を多数当選させた」ことによって証明された(p.97)。
 また、田口は触れていないが、日本維新の会が全国的に多地域から支持を受けて比例区票数では民主党をも上回ったのは、大阪中心の、橋下徹らだけの維新の会ではなしえなかったことだろう。

 上の点はさておき、参院選直前にも、日本維新の会支持を明確にしていたのが、撃論シリ-ズ・大手メディアが報じない参議院選挙の真相(2013.08、オ-クラ出版)の冒頭の無署名(編集部)「反日マスコミの自民・維新の会包囲網を打ち破れ」で、つぎのように書いている。
 「維新の会は、歴史、外交、安全保障において、明らかに自民党以上に正当な保守政党としての理念を表明している」。

 残念ながら数ヶ月前に読んだためか文献を確認できないが、中西輝政もまた、<リベラル系>をなお含んでいる自民党に比べて日本維新の会は<保守性>が高いという旨を書き、上記の遠藤浩一のごとく、とくに憲法改正向けての自民党と日本維新の会の協力・連携を期待する旨をこの数カ月以内にどこかで書いていた。
 このような意見もあり、上記撃論の冒頭は、「維新の拡大なくして憲法改正はありえない、この認識が現在の政治を取り巻くもっとも重要な鍵である。…参院選は、自民党の安定した勝利、そして維新の凋落ーせき止めること、この二点に懸かっている」とも書いていた。
 そしてまた、同文章は、「一部保守派」による橋下徹批判をたしなめてもいる(p.3)。
 完全・完璧な人間や政党は存在するはずがないのであり、何が相対的に最も重要な論点・争点なのかについての間違いのない判断を前提として、橋下徹についても日本維新の会についても論評される必要がある。重要な政治的課題が憲法とくに9条2項の改正であることはほとんど言うまでもないだう。そして、日本維新の会は(橋下徹個人のこれまでのいちいちの発言ではなく政党の政策表明に着目すれば)9条2項の改正を支持している。
 このような状況において関心を惹くのは、月刊正論も出版している産経新聞社の維新の会・橋下徹に対する「社論」ははたして一致しているのか、だ。
 何度か書いたが、何しろ産経新聞社発行の月刊正論とは、その昨2012年5月号において、編集長・桑原聡が「編集長個人の見解だが、橋下氏はきわめて危険な政治家だと思う。…橋下氏の目的は日本そのものを解体することにあるように感じる」と、その「個人」による詳細な理由づけ・説明もないまま明記してしまっている雑誌だ(末尾、p.336)。そして、同号の表紙には、その編集者の見解に添ってだろう、C級哲学者・適菜収の論考タイトル、「理念なきB層政治家…橋下徹は『保守』ではない!」が一番目立つように大書されているのだ。そしてまた、月刊正論の公式ブログ内で「あなたの保守度」を点検などという読者に対する<上から目線>の設問を書いて遊んでいたりした編集部の川瀬弘至は、この適菜収論考を「とてもいい論文です」と好意的に評価してもいたのだ。
 産経新聞本紙が維新の会に対して少なくとも全面的に批判し敵対視しているというわけではないだろう。但し、少し怪しい記事もあるようだし、ネット上ではとくに関西発のニュ-ス・評価の発信の中に橋下徹や維新の会に対して厳しいまたは不要に批判的すぎると感じられるものもある。
 産経新聞社の維新の会・橋下徹に対する「社論」ははたして一致しているのか。少なくとも一部には、上記にいう「一部保守派」のごとき記事や論考もあるように感じられる。
 そして、そのような姿勢・「社論」では日本のためにならないだ
ろう。橋下徹に多少は?批判的なのが<真の保守>だ、などという勘違いはしない方がよい。
 桑原聡や川瀬弘至は見解を改めたのかどうか(後者は適菜に対してむしろ批判的になったのか)は知らない。たぶん明示的には何も書いていないだろう。
 その他の気になる「一部保守派」たちもいるので、さらに書き継ぐ必要があるようだ。
 なお、上記の撃論本で遠藤浩一は、「第三極の失速・減速」を理由として、先の「保守合同」論を改めている。この点も別の機会に扱う。

1184/久しぶりに月刊正論を読む-西尾幹二論考。

 産経新聞も月刊正論も定期購読しなくなって、かなり経過した。

 月刊正論8月号(産経新聞社)の西尾幹二「日本民族の偉大なる復興・上/安倍総理よ、我が国の歴史の自由を語れ」は、まったくかほとんどか、違和感なく読める。

 論旨の一部ではあるが、橋下徹のいわゆる慰安婦発言に対するコメントも-「旧日本軍だけを責めるのはおかしい、とくりかえし主張したことは正論で、良く言ってくれたと私は評価している。/ただ橋下氏は多くを喋り過ぎることに問題があった」等々-穏当またはおおむね公平な評価と批判だと思われる。

 西尾自身が自らの月刊WiLL6月号(ワック)上の論考に言及しているが、おそらく橋下徹はその西尾論考を読んでいただろう。記者の質問に対する咄嗟の応答の過程で西尾論考の基本的な内容も頭をよぎっていたのではないかと想像している。なお、質問をして橋下発言のきっかけを作ったのは朝日新聞の記者のようだ。「歴史認識」にかかわる質問をして十分な用意のないままでの<妄言>を引き出し、韓国政府・マスコミ等に批判させて日本国内で騒ぐ(そのために辞任した閣僚もこれまで何人もいた)、というのは、今回がそのまま該当するかは不明だが、朝日新聞がよくやってきた陰謀・策略的手口で、橋下徹もその他の「保守」政治家も<用心>するにこしたことはない。

 ところで、これまた西尾幹二の月刊正論論考の重要部分でないかもしれないが、そこで紹介されている渡辺淳一の週刊新潮上の連載随筆の一つ(橋下徹発言批判)には、それを読んでいなかったこともあり、あらためて驚愕した。この人物がこの随筆欄で50~60年代の「進歩的・左翼知識人」が言っていたような奇妙で単純なことを現在でも自信をもって書いているらしきことに驚きかつ呆れていたものだが、西尾はこう断じる-渡辺淳一は「日教組教育に刷り込まれた頭のままで成人して、以後人間と世界のことは新しく何も学ばずに成功し、太平楽を並べ、身すぎ世すぎができた幸福なご仁だ…」。
 西尾は「成功」と書いているが、けっこうな収入を得て有名にもなった、ということだけのことで、渡辺は日本国家・社会、日本人にとっては何事もなしてはいない人物にすぎないだろう。それはともかく、渡辺淳一、1933年生まれ。西尾幹二にも近いが、大江健三郎にも近い、私のいう、1930年代前半生まれの<特殊な世代>の一人だ。そして、西尾幹二の指摘する、「日教組教育」あるいはその基礎・背景にあるGHQまたはアメリカによる<自虐史観>教育を受け、成人後も、あるいは日本再独立後も、「人間と世界のことは新しく何も学ばずに」戦後の日本社会で生きてきた人間たちが、この世代には「塊」となってまだ残存している、と思われる。彼らは、いわゆる「団塊」世代よりもタチが悪い(大江のほかに同じく9条の会の樋口陽一や奥平康弘もこの世代だ)。
 大江、樋口、奥平あたりにはまだ「確信犯」的なところがあるだろうが、「新しく何も学ばずに」、現在で言えば、月刊WiLLや月刊正論「的」な論調があることやその正確な中身を知らず、そうした論調の一部を知るや<脊髄反射的>に、「保守・反動」だ、<偏っている>、と決めつけてしまう「単純・素朴な(バカの)」人たちがまだ多数いる。

 西尾幹二にはまだもっと活躍していていただく必要があるが、そういう人たちは、日本のためにも早く消え去っていただきたいものだ。

1172/中韓御用新聞・朝日。

 朝日新聞4/26社説がやはり奇妙なことを書いている。
 「靖国と政治―静かな参拝のためには」と題して、「閣僚や国会議員が大挙して参拝」したことが遺族や国民の「静かな参拝」の場を奪ったと論難している。
 だが、中学生でも容易に分かる論理だと思うが、「閣僚や国会議員が大挙して参拝」したことではなく、「近隣国」がそれにそれに「反発」したことが「静かな参拝」ではなくした最大の原因なのではないか。あるいは少なくとも、静かではない<騒ぎ>は、双方に原因がある、と見るのが<公平な>評価なのではないか。そうした論理的可能性をまったく無視しているのが、さすがに、日本(とくに朝日新聞のいう「右派」)を悪者扱いし、中国・韓国の<騒ぎ立て>についてはそれを当然と考えているらしき、「左翼」・中韓御用新聞である朝日新聞だ。
 その他、いくつかの主張・叙述にも疑問がある。
 朝日新聞社説は「参拝して近隣国の反発を招いた…」とか過去のことを書いているが、反発をしているのは今回も含めて中国・韓国・北朝鮮であり、かつて日本軍が「侵攻」したフィリピン、ベトナム、タイ、マレ-シア、インドネシア等(の政府)が「反発」したとは聞いたことがない。
 あらためて書くのもバカバカしいが、中国・韓国・北朝鮮の三国を「近隣」諸国等とか称して、アジア全体あるいは世界全体であるかのごとき印象を与えようとしているのは、一種の詐術だ。中国・韓国・北朝鮮の三国「だけが」と正確に書きたまえ。
 つぎに、この社説は「戦前」という語を何度か使っているが、その「戦前」とは明治期を含むものか、昭和の「戦前」に限っているのか判然としない。前者の明治維新以降すべてを含んでいるように解されるものもあれば、昭和に限っているように解されるものもある。「歴史」を語るなら、いま少し正確または厳密な説明をしたうえで「戦前」を語りたまえ。
 「戦前の歴史を正当化」することを非難し、「私たちは社説で、首相や閣僚の靖国参拝に反対してきた。日本が過去の過ちを忘れ、こうした歴史観を後押ししていると国際社会から受け止められかねないからである」とヌケヌケと、あるいは堂々と書いてもいる。こんな新聞が日本国内にあるから、中国・韓国・北朝鮮の三国も安心して<騒ぎ立て>ることができるのだ。あるいは、朝日新聞等が<騒ぎ立て>ることによって、三国の<騒ぎ>を大きくしているのだ。

 さらに、「首相や閣僚による公式参拝は、憲法の政教分離の規定からみても疑義がある」と書いている。

 この欄で再三指摘したことだが、それならば、1月4日ころに民主党政権の首相も行った、そして今年は安倍首相が行った、伊勢神宮参拝も「憲法の政教分離の規定からみて…疑義がある」ことになるはずだ。正月の首相・閣僚の神道・伊勢神宮参拝を批判しないでおいて、神道・靖国神社参拝は「憲法の政教分離の規定からみても疑義がある」とは、よくぞ言えたものだ。バカバカしい。いずれにせよ、朝日新聞社説子の頭の程度はこんなものだとあらためて確認し、まだなお多くの国民がこの新聞を読んでいることに戦慄を覚えざるをえない。

 なお、「静かな参拝」が妨げられたのか自体についても疑問とする余地があるだろう。そのように感じているのは、朝日新聞社説子等の特定「左翼」分子だけである可能性がある。

1165/2013.03.17安倍晋三内閣総理大臣・防衛大学校卒業式訓示。

資料・史料
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 安倍晋三内閣総理大臣・防衛大学校卒業式訓示
           2013年03月17日

 本日、伝統ある防衛大学校の卒業式にあたり、これからのわが国の防衛を担うことになる諸君に、心からお祝いを申し上げます。卒業、おめでとう。諸君の規律正しく、りりしい雄姿に接し、自衛隊の最高指揮官として、心強く、頼もしく思います。

 また、学生の教育に尽力されてこられた、国分良成大学校長をはじめとする教職員の方々に敬意を表します。日ごろから防衛大学校にご理解とご協力をいただいているご来賓、ご家族の皆様には、心より感謝申し上げます。

 本日は卒業生諸君が、ここ防衛大学校から巣立ち、新たな任務に就く良い機会ですので、内閣総理大臣、そして、自衛隊の最高指揮官として、一言申し上げさせていただきます。

 4年前の1月15日、ニューヨークを飛び立った旅客機が、離陸直後のエンジン停止という最悪の事態に直面し、ハドソン川に緊急着水しました。当時、「ハドソン川の奇跡」とも呼ばれたこのニュースを覚えている人も多いと思います。

 最後まで機内に残り、乗客・乗員155人全員の命を守りきったサレンバーガー機長は、高まる称賛の声に対して、このように語ったそうです。

 「私たちは日ごろの訓練通りに行動しただけだ」

 そこには功名心はありません。あるのは、ただ、乗客・乗員を断固として守りぬくという、機長としての使命感と責任感です。かつて空軍のパイロットでもあったサレンバーガー機長は、こうも語っています。

 「すべての人生は、このときに備えるためにあったように思う」

 「ハドソン川の奇跡」は、「偶然」の結果ではありません。サレンバーガー機長の、強い使命感と責任感に裏打ちされた、努力と訓練の積み重ねがもたらした「必然」の結果であったと思います。

 一生に一度あるかないかの「そのとき」に、完璧に任務を全うする。これは並大抵のことではありません。しかし、これから幹部自衛官となる諸君には、その心構えを常に持って、鍛錬を積み重ねてほしいと思います。

 何よりも、「そのとき」が訪れないようにすることが、日本にとって最善であることは言うまでもありません。しかし、万が一の「そのとき」には、国民の生命と財産、わが国の領土、領海、領空を断固として守りぬく。その責任感を胸に刻み、諸君には、いかなる厳しい訓練や任務にも、耐えていってもらいたいと思います。

 日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しています。諸君が防衛大学校の門をたたいた4年前とは異なり、わが国の領土、領海、領空に対する挑発が続いています。諸君が、これから臨む現場で起きていることは、冷厳な「現実」であり、「今、そこにある危機」であります。

 今、この瞬間も、諸君の先輩方は、荒波を恐れず、乱気流を乗り越え、泥にまみれながらも、極度の緊張感に耐え、強い誇りを持って、任務を立派に果たしています。

 私はその先頭に立って、国民の生命、財産、わが国の領土、領海、領空を守りぬく決意であります。11年ぶりに防衛関係費を増加します。今後、防衛大綱を見直し、南西地域を含め、自衛隊の対応能力の向上を進めます。

 先般のオバマ大統領との会談により、緊密な日米同盟も完全に復活しました。そのうえで、日米安保体制のもとでの抑止力を高めるためにも、わが国は諸君とともに、さらなる役割を果たしていかねばなりません。

 私と日本国民は、常に諸君とともにあります。その自信と誇りを胸に、諸君には、それぞれの現場で活躍してもらいたいと思います。

 この場には、カンボジア、インドネシア、モンゴル、大韓民国、タイ、そしてベトナムからの留学生諸君もいます。諸君は、国の守りを担う、それぞれの母国の宝であることは間違いありません。

 同時に、わが国にとっても諸君の母国とわが国とをつなぐ、大切な友情の架け橋であります。ぜひとも、ここでの学びの日々で育まれた深い絆を、今後とも発展させてほしいと思います。そして、愛する母国に戻り、それぞれの現場で大いに活躍されることを、心より祈念します。

 今日、この場所から、それぞれの現場に踏み出す諸君に、最後に、この言葉を贈りたいと思います。

 「批評するだけの人間に価値はありません」

 「真に称賛しなければならないのは、泥と汗と血で顔を汚し、実際に現場に立つ者です。勇敢に努力する者であり、努力の結果としての過ちや、至らなさをも持ち合わせた者です」

 米西戦争において、自ら募った義勇兵を率いて、祖国のため戦場に飛び込んでいった経験もあるセオドア・ルーズベルト元米国大統領は、こう語りました。

 卒業生諸君。諸君には、それぞれの現場で、自信と誇りを持って、全力を尽くしてほしいと願います。諸君は、国民と国家を守るという、崇高な現場での任務に、ひたすら没頭してください。

 ご家族の皆さん、大切なお子さまを、現場に送り出してくださることに、最高指揮官として感謝の念で一杯です。お預かりする以上、しっかりと任務が遂行できるよう万全を期し、皆さんが誇れるような自衛官に育てあげることをお約束いたします。

 最後となりましたが、日ごろから防衛大学校にご理解とご支援をいただいているご来賓の方々に感謝申し上げるとともに、本日、栄えある門出に際し、諸君に幸多からんことを祈念し、私の訓示といたします。
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1040/朝日新聞・「政治活動家」集団について久しぶりに。

 〇朝日新聞社の存在を意識すると、この国に住みたくなくなる気分が生じるほどだ。
 こんな社の作る新聞が700万部も発行され、2000万人程度には読まれ、評論家類は必ず目を通し、マスコミ関係者も参照してテレビでもワイドショー類を通じて拡散されていく。恐ろしい現実だ。
 その「左翼・売国」ぶりは相変わらずで、「野田佳彦財務相が、靖国神社に合祀されているA級戦犯について、戦争犯罪人ではないとの見解を示した」ことについて、8/18付朝日新聞社説はさっそくいちゃもんをつけている。そして、「首相になれば過去の歴史を背負い、日本国を代表して発言しなければならない。行動を慎み、言葉を選ぶのが当然だ」などと説教を垂れている。さすがに、「歴史認識」問題に関して、中国・韓国(政府・マスコミ)に対して「ご注進」してきた新聞社だ。
 〇3.11あるいは6.02以降、「政治」的話題に事欠かなかった。
 震災対応への不手際や内閣不信任頓挫等の事象・事件は、自民党(中心)内閣下のものであれば、朝日新聞はもっと大きくとり上げて騒いでいただろう。大震災への「政治」の誤った作為・不作為を問う姿勢に乏しく(むしろ原子力政策を推進したのは自民党内閣だったという自民党への批判が記事作りにも感じられた)、政府にむしろ暖かかったのではないか(他紙に比べて)。
 また、民主党出身議長による菅直人首相への辞職要求発言は客観的には大きな話題とされてよいとてつもない「事件」の筈なのだが、朝日新聞は大きくとり上げた気配がない(他紙も問題の大きさのわりには、話題を大きくしなかった。菅直人の不人気ぶりが極まっていたので、それに埋没した感もある)。
 震災への対応、不信任頓挫事件、参院議長発言等々、これが自民党(中心)内閣下のものであったなら、朝日新聞はまったく異なる報道ぶり・紙面づくりをしていたと思われる。なぜなら、この新聞社は「政治活動家」団体であり、自民党内閣打倒のためならば、いかなる誇張もデマ宣伝まがいのことも平気でしてきた新聞社だからだ。
 〇安倍晋三内閣のもとでの2007年参議院選挙の前後の朝日新聞や「週刊朝日」の報道ぶり・誌面や記事作りは、産経新聞が「何たる選挙戦」との連載記事に含めたほどのヒドい、悪辣なものだった。
 と思いつつ最近の「週刊朝日」の表紙のタイトルを見ていると、面白いことに気づく。3/11以降、一号(6/17号)だけを除き、08/19号の「菅直人が3.11以後のすべてを語る」まで、すべて「政治」性を直接には感じさせないテーマ・タイトルが選ばれている。以下のとおり。
 110812 プロ13人が注目する31銘柄
 110805 あの店の肉は大丈夫?
 110729 社長の年収
 110722 食品から解毒法まで・放射能の疑問に答える
 110715 忍び寄る放射能から家族を守れ!
 110708 放射能・震災からペットを守る!
 110701 食べてはいけない!夏の食材・見分け方
 110624 あなたの街の放射能汚染
 110617 今度の総理はだ~あれ?
 110610 放射能汚染・食べてはいけない見分け方
 110603 放射能から身を守れ!
 110527 浜岡原発停止はフクシマの「罪滅ぼし」
 110520 ビンラディン射殺作戦の全貌
 110506・13 東電が公表しない放射線量データ
 110429 響け!負けないで
 110422 復興への祈り(両陛下)
 110415 福島原発のデス・ロード
 110408 東北振興で始まるニッポン復活のへの道
 110401 日本は必ず復興する!
 110325 東北関東大震災・奇跡の生還
 110318 元「暴」系タニマチが豪語・前原は総理になる<震災以前の発行と思われる>
 2007年の安倍晋三内閣時代との違いは大きい。
 本来は「政治」が好みの朝日新聞が、上のごとく「政治」的話題をできるだけ避けていることは明白だ。「政治」状況が、「歴史的な政権交代」をなしとげた民主党には不利で、それに輪をかけるような報道・記事作りをしたくなかった、というのが本音だろう。
 さすがに、「政治活動家」組織の朝日新聞社だ。この新聞社が消滅するか大きく弱体化しないと、「戦後」は終わらないし、終わらせることもできないだろう。

0794/月刊正論9月号の長谷川三千子による朝日新聞、竹本忠雄による「厄災としてのフランス革命」論。

 一 二年前の朝日新聞による安倍晋三(内閣)攻撃のひどさは、月刊正論9月号(産経新聞社)の長谷川三千子「難病としての民主主義/いま日本国民は何を自戒すべきか」では、こう叙述されている。
 「安倍首相に対する朝日新聞の『言葉』は、徹頭徹尾『感情的』であり、ハイエナの群れが、これぞと狙ひをさだめた獲物の、腹といはず足といはず、手あたり次第のところにかじり付き、喰い破ってゆくのを思はせる、『残酷』さにみちていた。そして、それは少しも『無力』ではなかったのであり、朝日新聞の『言葉のチカラ』は、つひに安倍首相の体力・気力を奪ひ去つて、首相の座から追ひ落とすことに成功したのであつた。政権の『投げ出し』だと言って騒ぎたてた、あの時の朝日新聞のはしゃぎぶりはまだ記憶に生々しい」(p.58)。
 なお、ここに触れられているように朝日新聞が一時期喧伝していた<ジャーナリズム宣言>の中の「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを」とのフレーズが、上では意識されている。「言葉のチカラ」によって虚偽でも真実に変えてみせるという朝日新聞の宣言かとも受け取れ、気味悪く感じたものだった。
 また、長谷川は、「もっとも厄介なこと」は「言葉」による「感情的で、残酷」な政府攻撃こそが「民主主義イデオロギーにかなつたことだ」ということだ、ということを指摘する中で上を述べているが、この「デーモクラティア」にかかわる論点には立ち入らない。
 
 二 月刊正論9月号では、編集者が民主党・鳩山由紀夫の「友愛」論と関係づけているのか否かは分からないが、それとは独自に、竹本忠雄「厄災としてのフランス革命/博愛は幻想-ルイ16世の遺書を読み解く」(p.200-)が目を惹く。
 1791年にパリから(ヴァレンヌを経て)オーストリアへ「逃亡」しようとしたが「逮捕」され、1793年に「斬首」されたルイ16世の政治的遺書にあたる「告辞」(1791.06.20付)が発見されたらしい。そして、その内容の概略の紹介や一部の邦訳が載せられている。
 詳細な引用はしかねるが、「革命と共和制の『大義』を誇大に評価する一方、恐怖政治の残虐と、それに対して抵抗する反革命運動の民衆を相手に各地で展開された大虐殺の事実とを、無視または隠蔽しようとする進歩主義史観が、これまで日仏間の言論界を制してきた」(p.204)状況の中で、フランス最後の絶対君主=悪、フランス革命=善という「日本における共和制論者、すなわち進歩主義史観の持主たち」(p.203)の通念を少なくともある程度は揺るがしうる。
 また、王妃アントワネットも「斬首」されたとともに、よく知らなかったが、わずか10歳の長子ルイ17世(カペー・ルイ)も「両親の処刑のあと獄中で革命政府の手により残酷な殺され方をした」(p.201)、「残酷な獄中死」をした(p.204)、「残酷な犠牲者となった」(p.205)、らしい。
 元国王夫妻の処刑やその長子のかかる処遇は<革命>の成就にとってもはや無意味だったと思われる。また、ヴァンデやシュアンの「戦い」に対する弾圧=大虐殺の実態につき、フランスでも、「ナチによるユダヤ人虐殺」のみならず「われわれフランス人もジェノサイドをやった」との事実を認めようとする運動があるらしい(p.205)。
 日本の明治維新の際の<残虐さ>の程度と比較したくもなる。また、竹本忠雄は「フランスでは立憲君主制は一夜にして崩壊し、日本ではいまなお保持されているが、主権在民を基本とする以上、法的に〔な?〕危うさは変わらない。昨今の日本政府の舵取りは奇妙に、フランス革命の初期の一連の出来事とパラレル」だ、と述べて日本の<天皇制度>へも論及していて興味深いが、これ以上は立ち入らないでおこう。

0792/資料・史料-2007.07.12「参院選公示」朝日新聞社説

 資料・史料-2007.07.12「参院選公示」朝日新聞社説
 
平成19年7月12日

 //朝日新聞社説
 「
参院選公示―「安倍政治」への審判だ

 きょう、参院選挙が公示される。昨年9月に就任した安倍首相にとって、初めて迎える大型国政選挙である。
 9カ月ほど前、自民党総裁選で大勝したころは、これほど厳しい逆風の下で初の審判を受けることになろうとは、予想もしなかっただろう。
 「宙に浮いたり、消えたり」の年金不信、閣僚に相次いで発覚した「政治とカネ」のスキャンダル、無神経な失言の連発。いわば「逆風3点セット」にきりきり舞いの状態が続くなかで、選挙戦に突入することになった。
 首相にとって、この選挙は小泉前首相の時代とは違う「安倍カラー」を前面に掲げ、有権者に問う場になるはずだった。そのためにこそ、国民投票法など対決色の強い法律を、採決強行を連発しながらどんどん通していった。
 教育再生や集団的自衛権の解釈などでいくつもの有識者会議をつくり、提言を急がせたりもしている。
 首相はテレビ局などを行脚して「この9カ月の実績を評価してほしい」と訴えている。だが、逆風3点セットに直撃され、「年金記録信任選挙」(民主党の小沢代表)の様相を呈しているのはさぞかし不本意なことだろう。
 むろん、年金の問題はこの選挙の大きな争点だ。国民の不信や怒りにどう応え、安心できる制度、組織をつくるかを論じる必要がある。
 だが同時に、この9カ月に安倍政治がやったこと、やらなかったことを、その手法も含めて有権者がしっかりと評価するのが、この選挙の重要な目的であることを忘れてはならない。
 小沢民主党にとっても、この参院選がもつ意味は極めて重い。2年前の郵政総選挙での屈辱的な大敗を帳消しにする絶好のチャンスだからだ。
 かりに参院で野党が過半数を押さえれば、政府・与党の法案を否決したり、審議の進め方を決めたりできる。いくら衆院で与党が多数を占めていても、与党主導の政治運営はできなくなる。
 参院選の結果で、すぐに自民党から民主党へ政権が移ることはないけれど、衆院解散・総選挙に追い込めれば、政権交代の大きな足がかりになりうる。政界再編という別の展開もあるかもしれない。
 小沢氏が「ここで負ければ政界引退」と退路を断ってみせたのも、長年追い求めてきた政権交代可能な二大政党制への天王山と思えばこそだろう。
 年金をはじめ、赤城農水相の事務所経費で再燃した「政治とカネ」の問題などの3点セットは、どれも大事なテーマである。公明や共産、社民も含め、論戦に注目しよう。そして、これからの日本の政治のあり方をめぐって重要な選択が問われていることを心にとめておこう。
 安倍政治がめざす「戦後レジームからの脱却」か、小沢民主党がめざす政権交代可能な二大政党制か――。投票日までの18日間、しっかりと目を凝らしたい。//

 *一言・二言コメント-社説だからこそこの程度の「安倍政治」批判で済ませていた。2007参院選民主党勝利→<ねじれ国会>→「衆院解散・総選挙」→「政権交代」という道筋をこの当時から想定(・目標設定)していたことが分かる。

0738/2005年8-9月、朝日新聞は何と書いたか-吉川元忠=関岡英之・国富消尽(PHP)による。

 吉川元忠=関岡英之・国富消尽(PHP、2006)p.121-によると、朝日新聞は、2005年総選挙前の8/12社説でこう書いた。- 「党のリーダーが最優先の公約にしている政策なら、反対派を排除してでも実現しようとするのは当然だろう」。
 8/23社説でも、こう書いた。-「一つの法案に反対した前議員を容赦なく追いつめる」のは「非情と映るやり方ではあっても、自民党を政策本位の政党に造り替える豪腕だとも評価できる」。
 9/06社説は、小泉首相の任期延長待望論すら書いた。
 9/11の投票日当日の朝日新聞社説はこうだった-「小泉首相はこれまで見たことのない型の指導者だ。…単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」。
 選挙結果は自民党296、民主党113、公明31、共産9、社民7等で、自公合わせて2/3以上の議席(327)を占めた。
 この結果は、小泉首相を「指導者」=Fuehrer=ヒトラーのように?褒め称えた朝日新聞の論調に多分によっていると思われる。与党が2/3以上の議席を獲得したからこそ憲法改正も現実的になり、続く安倍晋三政権の強い意向で教育基本法改正、防衛省設置法、憲法改正手続法も成立したのだから、こう指摘されるのは嫌だろうが、そもそもは「狂気の首相」を冷静に問題視できなかった朝日新聞社の論調自体に、教育基本法改正、防衛省設置法、憲法改正手続法を生んだ原因があった、とも言える。
 数年経って、小泉=竹中「構造改革」路線による、世界経済不況ものちに加わっての<格差拡大・失業率増加・非正規労働者の増加と不安定等>が語られる。
 朝日新聞はこうした現象を今日の問題だと、政治が生み出した「影」の部分、<弱者>を顧みない冷たい政治の結果等だと、主張している。
 だが、バカは休み休み言い給え、と言いたい。「小泉首相はこれまで見たことのない型の指導者だ。…単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」と小泉首相を称揚しておいて、いかなる意味でも小泉政権の政策実施の結果と考えられるものを批判できるはずがない。
 批判するならば、2005.09.11等々の社説は誤りだったと取消して謝罪してから行うべきだ。経済理論・経済政策についてまともな知見を有していない朝日新聞は、適当に、ときどきの主流派の経済「思潮」に乗っかかって紙面を作り、社説を書いているだけだ。毎日700万の発行部数をもつ新聞がこうなのだから、情けないし、日本の進路も危ない。
 世襲(二世・三世)議員批判は、いま朝日新聞が手がけている<戦略>だろう。自民党に不利だからだ。単純にかかる議員がいけないとの結論にはならない、というのが私の意見。無視した方がよい。
 鳩山弟総務大臣と日本郵政社長の問題は、来る選挙も意識して報道されていると考えておいた方がよい。引きづり落としたい政党には小さなことでも悪い事は大きくかつ執拗に、伸ばしたい政党については重要で悪いことでもごく簡単に触れるのみ。
 こうした朝日新聞らのマスコミが醸し出す<雰囲気><空気>を読んで、<勝ち馬買い>意識をも持って、いわゆる<無党派>層は投票する。それが有権者の10%にすぎなくとも、大きな力をもち、選挙結果を左右する。<新聞民主主義>・<ワイドショー民主主義>(いずれも「大衆民主主義」で、<ポピュリズム>の別表現だが)は日本において極まっていそうだ。

0578/小林よしのり・(一五、六流の自称評論家)山崎行太郎と月刊日本・産経新聞。

 一 月刊日本2008年6月号小林よしのり「『月刊日本』読者様へのご挨拶」を読む。
 沖縄集団自決・大江健三郎に関する内容に異論はない。
 最初の見出し「保守思想家を名乗る気などございません。」は、一五、六流の自称評論家・山崎行太郎から「論争から逃げるような打算的な保守思想家に保守思想家を名乗る資格はない」と書かれたことへの反応のようだ。どう見ても山崎行太郎と<論争>をする意味・必要性はない。半分以上は歪んで倒錯している人物と対論・対話が成り立つ筈がない。
 二 「保守思想」といえば、小林よしのり・パール真論(小学館、2008)は西部邁の「保守思想」を疑っている(p.82あたり以下)。
 西部邁の諸君!2008年1月号論文(私も当時に読んだような気がする)は小林の言い分の方が優っているが中島岳志の<日本の保守派は安易にパール意見書を利用しすぎた>旨の指摘は当たっているところがある、というような印象のものだった。
 小林よしのりは丁寧に西部邁の論述をフォローして、「新説珍説」・「デマはこうやって膨らんでいくものだという実例」(p.76)、「混乱の極みに達する」(p.79)、「思想家の思い上がりもここまできたかと嘆息をもらす」(p.80)等々と厳しく批判し、西部邁の文章の一部の正確な引用と思われる「その講和で『政治的みせしめを甘受することにした』ということで話を御仕舞いにしなければならないのだ」という部分についてとくに、これはA級戦犯は犯罪者だと甘受せよというに等しく、靖国神社分祀論等の「サヨクの術中に落ちるだけ」とし(p.83)、西部邁に対して「保守思想家としての実績という財産すべてをドブに捨てることになりますよ」と忠告し(「もう手遅れか」とも。p.87)、次のようにまとめる。
 「西部邁は、たかが自分におべっかを使ってくれる中島岳志を守りたいという私心を満足させるために……国の恩人〔パール判事〕を誹謗中傷した」。「代わりに言うことが『東京裁判の政治的見せしめを甘受して御仕舞いにしろ』だ。これで保守思想を強化したつもりなのか。/わしは一抜けた。金輪際『保守派』になど分類されたくはない」(p.88)。
 「『保守派』になど分類されたくはない」という部分は、上記の「保守思想家を名乗る気などございません」という言葉のつづきのようだ。
 中島岳志の本を読んでいないし(所持はしている。その頁数の少なさ(薄さ)、1/3~半分がパール判事の文章の引用という内容的な薄さ、研究書とはとても感じられないことが印象に残る)、上記の西部邁論文もうろ覚えだが、小林よしのりの言いたいことはよく分かる。つまり、<東京裁判の甘受>を<保守思想家>が主張してよいのか?。<東京裁判史観の甘受>こそが戦後日本を覆った<左翼・親米>イデオロギーのもとではないのか?
 日本に<保守>論壇又は<保守>派というのがあるとすれば、小林よしのりのような有能な人物に、「保守思想家を名乗る気などございません」・「わしは一抜けた。金輪際『保守派』になど分類されたくはない」などと書かせることは(外野席からながら)非常に拙(まず)い、と思われる。
 なお、西部邁は表現者という隔月刊雑誌(イプシロン出版企画)の「顧問」の一人で(もう一人は佐伯啓思)、毎号「保守思想の辞典」というのを連載している。こういう<保守>中の<保守>の論客らしき人物が、その「保守思想」性を疑問視されているのだから(しかも相当に根拠はあると私は感じる)、なかなかに(外野席からながら)面白い。
 三 元の月刊日本の小林の文章に戻ると、最後の方にこうあるのが印象に残る。
 「わしは『月刊日本』をお金を払って定期購読している。これ以上、山崎〔行太郎〕の愚にもつかない左翼擁護を見たくもないから、編集長がこれを続けるというのなら定期購読を打ち切るつもりだ」(p.54)。
 山崎行太郎がこの雑誌上で対小林よしのり闘争宣言を書いたらしいという程度のことしか知らなかったが、山崎は沖縄集団自決に関して大江健三郎擁護そして反小林でどうやら3回連載したらしい。また、なんと、上記の6月号にも「山崎行太郎の『月刊・文芸時評』第49回」というのが掲載されていて、「『南京問題』も『沖縄集団自決』も、そして他の様々な問題において、どんなに多くの証拠をかき集めたところで、真偽の最終決着はつかない。せいぜい、発言や証言や告白の自己矛盾を指摘することができるだけだ」(p.133)などとアホなことを書いている。
 山崎において南京<大虐殺>はあった、のであり、「沖縄集団自決<命令>」もあった、のではないのか?という疑問がまず生じるが、上のように「真偽の最終決着はつかない」と述べるのも誤っている。まっとうな・合理的判断能力をもつ大多数の人びとによって<真偽>の決着がつけられる問題はあるし、上記の例はそのような問題だろう(ここでの<真偽>の決着とは、訴訟上・裁判上のそれを意味させているつもりはない)。将来において大多数の人びとによって<真偽>の決着がつけられた問題に、歪み倒錯した山崎行太郎は一人で、いやおかしい、と叫び続けていればよいだろう。
 やや回り道をしたが、月刊日本という雑誌はどう見ても<保守派>の、又は<保守的>傾向の雑誌だが(その他の執筆者の名を見ればすぐに分かる)、なぜこの雑誌は山崎行太郎などという<左翼>の一五、六流の自称評論家を使っているのか、不思議でしようがない。「編集・発行人」は、南丘喜八郎、という名前になっている。ときどきは購入しようかと思ったが、山崎行太郎が毎号出てくるのでは(今回は知らなかった)、とても購入する気にならない。
 四 なぜ(半分は倒錯し歪んだ一五、六流の自称)評論家・山崎行太郎を使うのだろうと感じるのは産経新聞も同様で、産経新聞の6/15には山崎の「私の本棚」というコラム的なものが載っている。
 産経新聞は<左翼>に(も)活動の場を提供している。山崎行太郎が「勧進元」の意向次第でどのようにでも動く「思想」性の欠如した融通無碍の人物である可能性もある。
 だが、上のコラム的な文章の中で山崎は、親大江健三郎気分を明記している。また、近年の対大江・岩波自決「命令」名誉毀損損害賠償請求訴訟に関しても原告たちを揶揄し大江を守ろうとしてしいる。さらに、何といっても、この人物は、1年ほど前に、当時の安倍晋三首相について<気違いに刃物>と自分のブログで明言して、反安倍の妄言を吐き続けていたのだ。
 朝日新聞等々のまともな?<左翼>メディアに相手にされなくなって、山崎行太郎は月刊日本や産経新聞に「拾われ」たのだろうか。あるいは、産経新聞(・月刊日本)は山崎行太郎ごときに原稿を依頼しなければならないほど、執筆者不足に陥っているのだろうか。
 五 安倍晋三首相について<気違いに刃物>と言っていた(とくに憲法改正への重要な権限を与えられていたことを指す)人物が堂々と産経新聞紙上に登場してくるとは、やはりこの世の「終わり」、日本の「自壊」は近い、と感じてしまう。
 月刊日本(K&Kベストセラーズ)や産経新聞(社)(の関係者)は<頭を冷やす>のがよいと思う。

0546/稲田朋美の二つの説に大賛成-同他・日本を弑する人びと(PHP)全読了。

 渡部昇一=稲田朋美=八木秀次・日本を弑する人びと(PHP、2008.06)を、全読了。中西輝政=八木秀次の対談本より面白い。
 何よりも、稲田朋美とはこんなに知識がありこんなに語れる人物なのか、と感心した。衆院福井一区の人たちは、この人をずっと当選させ続けなければならない。
 書いたことがあるように、司法試験合格者(従って弁護士・裁判官等の専門法曹)のたいていは日本の歴史、天皇制度の歴史、天皇・皇室の現況等などの知識をもっていない(軍事問題の知識も当然に、ない)。そんなことに関心をもっていれば、試験早期合格は覚束ないだろう、と思われる。にもかかわらず、稲田の知識・理解・見解はいったいいつ・どこから得たのか、不思議に思うほどだ。国会議員として現実感覚にも優れ、八木秀次よりも「上」の人だろう。
 必ずしも一般的ではないだろう私の見解と同じ理解を、稲田が示してくれている論点が少なくとも二つある。
 第一に、講和条約(1951。翌年4/28発効)11条の「-を受諾し…
」の「-」につき「(東京)裁判」ではなく「(諸)判決」の意味で、そう訳すべきという主張がかなり(<保守>派の中には)あるようだが、「裁判」でも「(諸)判決」でも本質的に変わりはない旨を書いたことがある。
 稲田朋美も、どちらに訳そうと「第11条の解釈に変わりはないと考えている」と明言している(p.140-1)。そして、なぜこの「受諾」条項が置かれたかというと、同条の全体から見て、戦犯とされ有罪(拘禁)判決を受けた者の現実の「拘禁」状態を維持することを(国際社会に復帰するために)対外的に<約束>しておくためだった、と理解しているが、稲田も殆ど同じことを述べている(p.141)。
 参考までに同条を掲げる。
 第11条「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷のjudgementsを受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。」
 そして、この条文にいう「…一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基」き、「拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる」ということが、1000名以上の「戦犯」について、後年に実際に行われたのだ。そしてその中から、のちに大臣になった者まで現れたのだ。
 上の「judgementsを受諾」は、基本的には上のような趣旨(=拘禁刑の執行の「約束」の論理的前提)しかない。諸判決の細かな事実認定・評価に日本国家が永久に拘束されるいわれは全くない。
 論じるとすれば、「judgements」とは判決主文だけなのか判決理由を含むのか、だと思うが、稲田によると、政府答弁(2005.6.02)は、判決理由も含むとしているようで(p.140)、かつ稲田もこれに異議を唱えてはない。判決主文だけなのか判決理由を含むのか、というのは論点ではないのかな、となお感じてはいるが。
 関連して思い出すのは、安倍内閣時代に、民主党の岡田克也が、条約の法的効力は(国内)法律に優先する、という学生時代か司法試験勉強中に憶えたのだろうことを持ち出して、だから(東京裁判遵守の)講和条約の方が国内法律による赦免や犯罪者扱いしない等の措置よりも重たい(優位に立つ)という旨を主張して安倍首相に対して質問していたことだ。一般論としての効力関係はそうだとしても、問題は、そもそもの講和条約11条の存在意義・意味の解釈に分かれがあることにあるのに、ズレた質問をしている、と感じたものだった(岡田は、当時の野党も含めて賛成した、東京裁判「戦犯」を犯罪者扱いしないことを前提とする法律制定・改廃は国際法違反で無効とでも主張するのか?)。
 第二は、これまで書いたことがなく、昨年に憲法九条が同条二項も含めて憲法改正権の限界の中に含まれるかにつき、常岡せつ子という憲法学者らしき者の「大ウソ」について何回か書いたあと、4月頃に天皇制度に関係のある書き込みをしていて考えたことだ。すなわち、日本(・天皇制度)の長い歴史から見て、<天皇制度>の廃止をするような憲法改正は許されない、つまり憲法改正権の限界を超えるのではないか。
 現憲法1条は「…この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と規定していて、立花隆をはじめとして、「日本国民の総意」でもって(憲法改正により)廃止(廃絶)できると解釈する者も多いようだ。憲法改正権の限界を論じる中で天皇条項におそらく全く言及していない憲法学説も、少なくとも通説又は圧倒的多数説は、そのように解釈しているのかもしれない。
 だが、稲田朋美は次のように明言している。-「憲法一条の象徴天皇を憲法改正の対象とすることは許されないと私は思っています」(p.207)。
 これには肯定的な意味で、驚いた。私もそのように主張したい。そして、憲法学界は、この論点もまともに論じるべきだ、と言いたい。
 「…この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という部分は、現憲法の制定者がそのように=日本国民の総意に基づくものだ、と理解して、天皇を国家と国民統合の「象徴」と位置づける、という意味だけのことで、「日本国民の総意」によって<どのようにでもなる>と解釈するのは、政治的に歪んだ、他国にはない日本国家の特性を完全に無視した議論(解釈)だ、と考えられる。
 稲田は上の見地から、自民党の憲法改正草案の「象徴天皇はこれを維持する」との文言も不適切だと指摘している(p.207-8)。その理由も含めて、尤もだと支持したい。
 だが、稲田朋美の発言のうち一つだけ違和感をもったのは、この人が「二千六百五十年以上」続く天皇制度・皇位継承等と、何度も強調していることだ(p.208-9)。
 中国の文献を信頼して日本の古代文献は信用しないというのでは全くないが、神武天皇即位が「二千六百五十年以上」前だったと<信じて>もよいが<事実>だったと認識はできないだろう、と思っている(但し、のちに神武天皇と称されたような人物の不存在までを主張するつもりはない)。この点はまた別の雑談の機会にでもさらに書くが、旧皇族の後裔・竹田恒泰も、同・旧皇族が語る天皇の日本史(PHP新書、2008)の例えばp.69-71で、神武天皇は「二千六百五十年以上」前に即位した、この頃に活躍した人物だった、とは一切書いておらず、むしろ三世紀前半(1750年余以前)説を有力な考え方の一つとして語っている、ということだけ記しておきたい。

0469/2006.10.19読売新聞朝刊の社説と記事。島森路子とは何者か。

 これまた一年半ほど前に記したものだが、時機遅れながらこの欄にも多少は修正して掲載しておく。
 2006.10.18の安倍・小沢党首討論を(録画はしたが)見ていないものの、TVニュースや今日の新聞を見るかぎり北朝鮮問題について深まった議論はなかったようだ。
 但し、翌日10/19朝刊の読売新聞社説は小沢一郎が周辺事態法の適用を批判した(民主党執行部の見解でもあるようだ)のに対して、では民主党は「国連決議に基づく活動にどう取り組むべきだというのか。具体的に示すべきだ」と、民主党自身の具体的対応方策の提示がなかったことを「無責任」等と批判し、「あらゆる法令を検討する」のは「当たり前」として明瞭に安倍を支持する。少なくともこの点については読売社説は適切だ。政府が可能な方策を予め限定する必要はないし、法律の解釈は制定当時の状況や理解の仕方に全面的に拘束されるわけでもない。それに、周辺事態平和安全確保法(2000改正)1条の「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等…周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(=「周辺事態」)が現在(又は近い将来に)生じていない(又は生じないだろう)ということの証明・説明こそが困難であるように見える。また、周辺事態船舶検査法(2001施行)による、国連安保理決議に基づく「船舶検査活動」自体は、武力を背景とせず強制力もないものにすぎないのだ。これらの法律の適用になぜ今から反対するのか、民主党はやはり現実の情勢の客観的把握よりも党略・政争を優先させているように思われる。
 というような読売自身の社説や私の感想からすると、読売4面掲載の党首討論の評価に関する川上和久氏(明治学院大)の小沢50点、安倍60点は首肯できるが、島森路子(某雑誌編集長らしい)の小沢70点、安倍20点という評価は異常だ。
 この島森路子という人は「九条の会」の呼びかけへの賛同者であり 
、同編集の雑誌は憲法前文に関する特集を組んで鶴見俊輔(「九条の会」呼びかけ人の1人)、香山リカ筑紫哲也らの発言を紹介している。 想像するに、民主党は憲法改正一般に反対ではないので、島森の上の評価は民主党支持の立場からというよりも、改憲の姿勢を明確にしている安倍首相に対する元来持っていた反感が表れたもので、敵の敵として登場した小沢をとりあえず高く評価しておいた、というものだろう。
 それにしても、読売が、党首討論を評価する者(コメント者)のわずか2人のうち1人として、上のような「考え方」がすでに明瞭な島森路子を選ぶ必要があったのか、きわめて疑問だ。読売政治部記者の知識不足だったのではないか。もっとも、読売は、<左>へもウィングを広げようとしているのかもしれない。

0464/菅直人と北朝鮮工作員・辛光洙、そして祖父を理由に孫を貶めようとする朝日・若宮啓文。

 一年半前の2006年10月に書いたものだが、本欄にはまだ掲載していないようだ。時機遅れの感はあるが、前ゝ回と同様に多少は修正して載せておく。
 録画した菅直人と安倍首相との国会質疑を観た。
 安倍個人は河野談話や村山談話に否定的のはずで、私も前者は誤りかつ完全な失策、後者は不正確と考えるが、しかし首相としてこれらを批判・否定できないのもよくわかる。国家行政の継続性からすると、否定すればその意味・理由が問題となり場合によっては新たな別の談話が求められるからだ。たしかに、安倍は逃げていた印象はあるが、やむをえないと思う。民主党を代表してこそ菅直人もじくりじくりと「安倍いじめ」的・本音誘発的質問をしていたのだろうが、「満州国をどう思いますか?」との質問へと至ってはさすがに異様な感をもった。岸信介が同国にどうかかわっていたのかの詳細は知らないが、国会の質疑で何故そんなテーマが出てくるのか。国会で、通州事件をどう思うか、廬溝橋事件のきっかけは何か、南京で何人死んだか等々の「論戦」を民主党はするつもりなのか、馬鹿馬鹿しい。
 そんな質問をした菅直人は民主党、少なくとも民主党執行部の「満州国をどう思うか」の回答を用意しているのだろうか。そもそも、民主党はその有力議員に限っても先の大戦にかかわる「歴史認識」を一致させているのか。社会党左派の生き残り(横路孝弘ら)と小沢一郎と菅と西村慎吾において共通の「歴史認識」があるとは思えない。
 民主党の中では菅直人は印象の悪い方ではない。しかし、かつて北朝鮮による日本人拉致の主犯格だった辛光洙(シン・グァンス)が85年に韓国で拘束されたあと89年に「解放」を求める韓国大統領あて署名をして日本で取り調べる機会を奪い北朝鮮に帰国させた(かの国で英雄視させた)国会議員の一人は菅直人だった、という歴史的禍根を私は忘れてはいない。「土井たか子さんに頼まれて軽い気持ちで…」とか本人が言っていたのを聞いたことがあるが、釈明にも何にもなっていない。署名した者は他に村山富市、田英夫、淵上貞雄、江田五月、千葉景子等々の当時の社会党や社民連の議員たち。拉致問題の解明が遅れている原因であることに間違いない。この署名につき、97年10月に安倍晋三は官房副長官時代に「土井氏、菅氏はマヌケ」と正しく批判したのだった。
 ところで、上で触れた菅直人質問が朝日新聞の情報と煽りを背景の一つにしていることは疑いえない。朝日新聞の若宮啓文2006年9月25日のコラム欄に、安倍の著書(美しい日本)に出てこないこととして敢えて、(岸信介が)「日本の傀儡国家「満州国」の高官として力を振るったことも、東条内閣の商工相として太平洋戦争開戦の詔勅に署名したことも、戦後にA級戦犯の容疑で捕らえられ、巣鴨プリズンで3年の収監生活を送ったことも…」、と書いている(この3点のうち2点に菅直人質問は触れていた)。
 「いまそれを蒸し返そうというのではない」と若宮自身が言いつつ敢えて書いた理由は何だろうか。安倍の祖父・岸信介を「悪人」に仕立て、その「悪人」さを認めようとしない(あるいは戦争に関する見解を明瞭に述べない)孫の安倍晋三を「批判してやろう」、「いじめてやろう」という魂胆は明らかでないか。かなり複雑な論法をとるのは朝日新聞の特徴なのだ。
 だが、かかる魂胆はかなりの問題を含む。まず、岸が「戦後にA級戦犯の容疑で捕らえられ、巣鴨プリズンで3年の収監生活を送った」のはGHQによることで、かつ東京裁判で(起訴もされず)有罪判決を受けたわけでもないのに岸を「悪人」=非難ざるべき人物の如く描くのは、―GHQのA級戦犯容疑者選定や東京裁判自体の問題に立ち入らないが―朝日新聞がGHQ政策べったり、東京裁判全面支持(屈服)を前提としているからであり、一般的通用力を持たない。
 また、一般論として、万が一祖父が「悪人」又は「犯罪者」だったとしても、敢えてそれを孫に語らせる・認めさせようとするのは「人権」侵害になりうることくらいは若宮とて解るだろう(北朝鮮ならは別だが祖父の罪が孫に及ぶはずもない)。若宮啓文は類似のことを岸・安倍について試みているのだ。朝日新聞・若宮啓文は心の中に「後ろめたく」感じるところはないのか、真っ当な人間ならば

0401/朝日2/22社説-韓国・盧武鉉は「左派」ではなく「庶民派」か。

 朝日新聞2/22社説が、韓国・盧武鉉大統領退任に関して触れている。
 「日韓ともに指導者がナショナリズムをあおることの愚かしさを思い知らせてもくれた」などという部分は、さすがに<朝日らしい>(虚報・捏造のみならず、こういう場合にも<アサヒる>という言葉は使ってよいのではないか)。
 上の部分への詮索はもうしないが、見出しにはやはり驚く。
 「盧大統領―庶民派の寂しい幕引き」が見出しで、なんと盧武鉉(政権)を「庶民派」と形容しているのだ。
 産経新聞の最近の社説を確認しないが、同日2/22の黒田勝弘の記事は「親北・左派救済の5年…」という見出しで、本文中には「左派勢力に支えられた政権…」、「親北・左派勢力は盧武鉉政権下で…好きなようにやった…」などの表現もある。
 何をもって<右・左>を分かつかは厳密には議論の余地がむろんあるが、「社会主義」を(も)標榜している北朝鮮に融和的だった政権又は大統領を<左派>と形容して不思議ではないし、むしろ当然だろう。
 朝日新聞は安倍前首相の退陣表明のあと、何という見出しを付けた社説を載せたのだったか? 「安倍内閣に幕―右派政権の成果と挫折」(昨年9月)だった。
 自国の政権について、必ずしも一般化していたわけではないのに、「右派」と正面からレッテルを貼り、他国(韓国)のそれについては「左派」としないで「庶民派」とは!?
 朝日新聞は何と日本に厳しく、他の東アジアの国には何と<優しい>ことだろう。今に始まったことではないが。

0370/読売新聞記者は渡邉恒雄を自社の恥と感じないか。

 産経新聞12/27、12/28は、次のように伝えている。
 1 昨年(2006年)2月16日、渡辺恒雄読売本社代表取締役会長は自ら主宰の研究会に福田康夫を招き、自民党「総裁選出馬を強く後押し」。福田は見送ったが、その後も加藤紘一らと「接触を続け」、「安倍包囲網」構築を続けた。
 2 今年(2007年)、参院選2日後の7月31日<安倍は首相続投を表明し、自民党全体もそれを支持していた、はずの時期だが>、渡辺恒雄氏家斉一郎・日テレ取締役会議長が「招集」して、山崎拓、加藤紘一、古賀誠、津島雄二の計6人が「ひそかに集結」し、「早々に安倍を退陣させ、次期総裁に福田康夫を擁立する方針を確認した」。
 3 安倍の退陣表明後の9月13日、渡辺恒雄が日本テレビに、山崎拓、古賀誠、青木幹雄らを「招集」して「極秘会議」を行い、遅れて出席した森喜朗に(後継は)「福田で固まった。あとはあんたのとこだけ」と言い、森は福田康夫も含めて「根回しを進め」、その日の夜までに麻生派を除く8派が福田支持でまとまった。(総裁選投開票は9月23日。福田330対麻生197。)
 渡辺恒雄、および同グループの氏家斉一郎は
、(安倍退陣と)福田擁立に深く関係していたことが明らかだ。
 この産経記事を前提にすると、読売新聞12/29「安倍首相退陣・空気読めず「強気」一転」たる見出しの記事の<白々しさ>はいったい何だろう。
 自社のトップが前年から安倍ではなく福田支持で動いていたこと、自社のトップ自身が参院選直後に「安倍首相退陣」→福田後継の流れを作っていたこと、等々には全く触れることなく、安倍の「読み」の甘さや体調のみを話題にしている。
 この記事を書いた読売の政治部(?)記者は恥ずかしくないのだろうか。
 
渡辺恒雄批判はすでに多いが、例えば櫻井よしこは、週刊新潮1/03・1/10合併号p.79で「渡邉さんはもはや、言論人の範疇を不公平な形で超えた」と言い切っている。
 一方で、一企業グループの幹部という一私人にすぎないはずの渡辺恒雄に唯々諾々と従っているかにみえる自民党の「大?」政治家たちの面々もだらしがない。最もみっともないのは、今年8月以降の少なくとも一時期、安倍首相に面従腹背をしていた政治家たちだろう。
 一企業グループの幹部にすぎない渡辺恒雄がかかる大きな力を事実上もちえるのは、この人個人の力量よりも発売1000万部という読売新聞の力(世論への影響力)によるところが大きいと思われる。渡邉は、自らの政治力発揮のために読売新聞というマスメディアの(潜在的)力を利用しているのだ。
 読売新聞は、朝日新聞に接近して、マスメディアを二分して巧く<棲み分ける>ことを狙っているように推測される。それは、渡邉の意図なのかもしれない。
 読売は、社説をきちんと読むと真っ当なことが多いにもかかわらず、全体として迫力がなく、スジが鮮明でなく、むろん朝日新聞の論調と「闘う」という姿勢を(かつてとは違って?)感じ取れることもなく、平板でつまらない新聞に変質しているような気がする。来月末の契約期限後には、読売新聞の購読を安心して打ち切れそうだ。

0369/保阪正康は何故、諸君!に書けるのだろう。

 過去に書いたことの繰り返しがほとんどになるが、保阪正康について。
 保阪は首相の靖国参拝反対論者だ。朝日新聞の昨年8/26に登場してその旨を述べ、<靖国神社には「旧体制の歴史観」、超国家主義思想が温存され露出しているので参拝は「こうした歴史観を追認することになる」>と理由づけた。そして、この朝日上の一文を<「無機質なファシズム体制」が今年〔今から見ると昨年〕8月に宿っていたとは思われたくない、「ひたすらそう叫びたい」>との(趣旨不明の)情緒的表現で終えていた。
 また、保阪は文藝春秋の昨年9月号にも原稿を書いて、<講和条約までは戦闘中でそのさ中の東京裁判による処刑者は戦場の戦死者と同じ、と自らが紹介している松平永芳靖国神社宮司の見方を、占領軍の車にはねられて死んでも靖国に祀られるのか、「かなり倒錯した歴史観」だ>、と「かなり エキセントリックな」言葉遣いで批判していた。
 10/02に書いたように、今年の諸君!11月号(10月初旬発売)の一文はひどいものだった。呆れてほとんど引用しなかったのだが、いま少しは詳しく紹介してみよう。
 まずタイトルが「『安倍政権の歴史観』ここが間違っていた」で、「安倍政権の歴史観」なるものを俎上に上げて批判しようとする。そして、逐一の長い引用は避けるが、例えばつぎのような文章・表現で安倍内閣または安倍首相を批判していた。
 ①「丁寧に論じれば論じるほど、安倍首相が社会的現実や歴史的事実の一面しか見ていないことを世間に知らしめてしまったのだ。/とくに歴史観や歴史認識で、それが露骨にあらわれていた。」(p.58)
 ②「このような言葉の軽さは、安倍首相が社会的現実や歴史的事実を俯瞰する目をもっていないことを示している。そうした歴史を語るときの言葉の軽さが、国民に信頼されないという結果につながったのだ。」(p.59)
 ③「『政治とカネ』や『年金問題』、さらに『都市と地方の格差』といった生活に直結する問題だけで敗れたというより、安倍首相のもっている歴史認識、それにもとづいての言語感覚そのものが国民の信頼を勝ち〔ママ〕得なかったと分析する論の方が説得力を持っている。」(p.60)
 ④「つまり、安倍首相の言説はきわめてご都合主義の論であり、歴史的事実の側面だけをつぎはぎしただけの、あまりにも軽い歴史認識ということになってしまう。」(p.61)
 ⑤「安倍首相の片面しか見ない、いわば都合の悪い事実には目をつぶる、あるいは自らが酔う言語を口にし、それを他者に押しつけるという性格は、…」(p.61)
 ⑥「安倍首相は、現代社会の首相としての資質に欠けていただけでなく、その歴史認識そのものが歪みを伴っていたのである。にもかかわらず首相になれたところに、現代日本社会が内包しているブラックホールがある」(p.61~62)
 ⑦「だが安倍首相のように、常にある一面だけしか見つめず、そこからしか論を引き出せないとするなら、せめて…などといった大仰なスローガンを口走るべきではない。」(p.62)。
 ⑧「安倍首相には非礼な言い方」だが、「独裁者的な独りよがりの体質、そして反時代な言語感覚が世間にには受け容れられないことを証拠だてたという意味で、日本社会はある健全さを示したというのが、私の実感」だ。(p.62)
 上の⑧は最末尾の文章で、7月参院選の自民党敗北を喜んでいることを示している。
 さて、第一に、上の③は7月参院選・自民党敗北の原因分析だが、こんな分析をしていた新聞・論壇・評論家はいた(あった)のだろうか。そもそも「安倍首相の歴史認識(>それにもとづく言語感覚)」は、どの程度、選挙の争点になっていた、というのか。
 保阪は、自分が得意とする<歴史認識>・<歴史的事実>の分野で議論をしたいという目的のためにのみ、不得意な社保庁・年金問題、経済的「格差」問題等を避けて、上の③のようなことを言っているにすぎないのではないか。
 この人にかかると、「歴史」を語る又は「歴史」に関連する行動をするおそらくすべての首相が、小泉もそうだったように、<歴史認識>不十分・不正確とかの理由で批判されるのだろう。そんな自信をもてるほど、自分は<現実・将来を見据えての歴史的知識・歴史認識をもっている>と、保阪は鼻高々に言えるのだろうか。
 第二に、上以外に保阪が言っているアレコレも全然説得力がないのは何故だろうか。
 「社会的現実や歴史的事実の一面しか見ていない」、「社会的現実や歴史的事実を俯瞰する目をもっていない」、「きわめてご都合主義の論」・「歴史的事実の側面だけをつぎはぎしただけの、あまりにも軽い歴史認識」、「片面しか見ない、いわば都合の悪い事実には目をつぶる、あるいは自らが酔う言語を口にし、それを他者に押しつける」、「歴史認識そのものが歪みを伴っていた」、「常にある一面だけしか見つめず、そこからしか論を引き出せない」、「独裁者的な独りよがりの体質、そして反時代な言語感覚」。これらは当時の現役首相に向けられたものだが、言葉だけが浮いている感じがあり、少なくとも私の腑には全く落ちない。
 何故だろうと考えるに、要するに説明が足りない、あるいは、具体的・実証的な根拠・理由を説得的に示すことができていないからだ。
 例えば、詳細に論じるのは阿呆らしいので簡潔にするが、④の前には「戦後レジームからの脱却」という語を問題にする部分がある。だが、この言葉・概念の意味について<保守派>に一致がないだろうことは認めるとしても、保阪は特定の意味に理解して、自分が批判しやすいように対象を措定しておいてから「ご都合主義」等と批判する、という論理を採用している。
 これ以外の部分にはまるで又はほとんど、理由・根拠の提示が欠けている。少なくとも私には、いかなる理由・根拠が示されているとも読めない。
 この人は一定の結論を予めもって、歴史家又は歴史評論家らしくもなく、実証的・具体的・詳細な事実の提示を省略したまま、<政治評論家>ぶった文章を書いている。
 ついでながら、批判対象が安倍首相(当時)でなかったら、つまり、歴史・政治等に関する学者・研究者・評論家個人を批判する原稿であれば、保阪はこんな一面的で、実証性を欠く、杜撰な文章を書いただろうか。安倍が反論などしてこないだろうことに甘えて、適当に、感情混じりで、字数を埋めたとしか思えない。
 この保阪正康は諸君!に毎号昭和史に関する連載をしているようなのだが、新聞広告によると、現在発売中の諸君!では、それとは別の原稿をまた書いているらしい(「昭和天皇、秘められし『言語空間』」)。
 佐藤優、竹内洋、秦郁彦ら、読みたい人々の文章が多々あるようだ。しかし、保阪正康の文を掲載しているという一点で、諸君!2月号(文藝春秋、発行人・内田博人)を購入することを逡巡している(タダなら喜んで頂くが)。
 追記-アクセス数は12/27の木曜日に累計19万を超えた。14日間で10000余増えたことになる。

ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
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