思い出すに、北朝鮮という国の異常さを知ったのはたぶん1992年に崔銀姫=申相玉・闇からの谺―北朝鮮の内幕―(上・下、文春文庫、1989)を読んでだ。北朝鮮の映画を「向上」させるために韓国の映画監督・女優夫妻を金正日の指令で「拉致」したというのだから、その「人間」・「個人」無視の精神には唖然とした。続いて、1994年頃に姜哲煥=安赫・北朝鮮脱出(上・下、文藝春秋、1994、単行本)によって北朝鮮の印象は決定的になった。デマの可能性はあったが、これだけの全てを捏造することはできず、少なくとも大半は真実だろうと感じ、こんな国がすぐ近くに存在していることについて信じ難い思いをした。これらを出版した文藝春秋の勇気?は称えたい。
 他にも、関川夏央・退屈な迷宮―「北朝鮮」とは何だったのか(新潮社、1992、単行本)等の若干の本も読んでいて、平均的日本人よりは北朝鮮の実態を知っていただろう。従って、日本人拉致問題には詳しくはなかったものの、2002年の09/17に金正日自身が拉致の事実を認めたとき、驚天動地の思いではなかった。この国なら何でもする、と感じていたからだ(むしろ認めたことの方に驚いた)。
 北朝鮮の歴史の知識もすでに持っていて、種々の金日成・金正日伝説は「ウソ」らしいと知っていた。市井の一日本人が若干の文献から「ふつうの感覚」でそう思っていたのに、より多くの情報に接する可能性があるはずの日本社会党等々の政治家たちが北朝鮮に「騙され」、日本共産党もまた「疑惑の程度に応じた」交渉を、などと能天気なことを言っていたのはこれまた信じ難い。社会主義幻想と朝鮮総連との接触の成した業だっただろうか。今でも北朝鮮にはできるだけ甘く、米国や日本政府にはできるだけ批判的又は揶揄的に、という姿勢が垣間見える人々がいるしメディアがあるのは困ったものだ。
 そうしたメディアの代表は朝日新聞だが、読売新聞論説委員会編・読売VS朝日・社説対決/北朝鮮問題(中公新書ラクレ、2002)の中で作家・柘植久慶いわく―「一方の朝日新聞の社説となると、悲惨なくらい過去の主張や見通しの外れているのがよく判る。これは…空想的社会主義と共産主義諸国に対してのダブルスタンダードが、ベルリンの壁の崩壊とソ連―社会主義の終幕によって、一気に価値を喪失したから…」、「地盤沈下の著しい左翼政党―共産党や社民党と同じように、朝日もまた地盤沈下の同じ轍を踏む危険性が大きい」(同書「解説にあたって」)。本当にこうなっていればよいのだが。