秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

天皇制度

1649/天皇制はなぜ存続したか②。

 「天皇制が存続したのは、時代を超えた何か普遍的な要因によるのではなく、その時代の固有の事情による」。
  家近良樹・幕末の朝廷-若き孝明帝と鷹司関白(中公叢書、2007)。p.24。
 「天皇・皇室制度に内在する、固有の理屈・価値というものなどは存在しないのではないか。」
 「天皇・皇室制度は、飛鳥・奈良・平安・鎌倉・…・江戸・明治・…昭和…と連綿と続いているが、それぞれの時代に、天皇・皇室制度には内在しない、各『時代の価値』・各『時代の精神』があったはずなのだ。/つまり、日本の「天皇」制度は、各時代の「価値・精神」に合わせて、姿・形を変えてきたのだ、と思われる。」
 以上、この欄の執筆者。7/14付・№1644。
 天皇制が存続したのは、個々の時代の「固有の事情」による。天皇制は、各時代の「価値・精神」に合わせて、姿・形を変えてきた。
このような見方に対して、3世紀後半からだと1600年以上、6世紀からだと1300年以上、これだけ長く「天皇」制度が続いてきたことの説明にはならないのではないか、との疑問がやはり生じるだろう。
 しかし、こうした長さは、直接に考慮に入れる必要はない。
 つまり、「制度」にはいわば<慣性>というものがあり、いったん設定されてしまうと、改廃を意識しないで長々と続く可能性がある、という面がある
 例えば、戦後72年、明治維新から先の敗戦まで78年、江戸時代の250年以上、平安時代の300年以上、いったん設定された各時代の「天皇」制度はそれぞれに長く継続してきた。つまり、日々あるいは毎年のように、その存続の是非が重大な問題として問われ続けたわけではない。
 上記の、家近良樹・幕末の朝廷-若き孝明帝と鷹司関白(中公叢書、2007)。
 この本は、天皇制が廃止されても不思議ではなかった、換言すれば「天皇にとって替わってもおかしくない権力者や当該時期が幾度も出現した」として、六回または六時期を挙げている。p.18-19。秋月において整理すると、以下になる。
 ①蘇我氏の独裁権力/6世紀後半-崇峻天皇暗殺。*聖徳太子一族滅亡もこの時期。
 ②道鏡/8世紀後半-称德天皇から皇位継承? *宇佐の神言。
 ③北条氏/1221年-承久の変・後鳥羽上皇等の挙兵。土御門・順徳も。
 ④足利義満/室町時代第三代・「日本国王」。*14世紀後半。
 ⑤織田信長・豊臣秀吉/16世紀後半。
 ⑥徳川氏/第三代家光時代くらいまで。*17世紀。
 これにおそらく、⑦?/第二次大戦終結直後-1945-6年、というのを加えてよいだろう。
 長い天皇制の歴史の中で、それが危機を迎えた、あるいはその存廃が現実的な問題になりえた、というのは、さほど多くないことが分かる。
 信長と秀吉を2回に分け、漠然と平安時代の藤原氏による皇位簒奪?というのを想像して加えてみても、計9回ほどにしかならない。
 これらの「危機」、「存廃が意識され得た」時期を、天皇制は、それぞれの時期の固有の事情でもって「乗り切った」のではないか、と思われる。
 その中には、上の④のように、<天皇を目ざした?>足利義満の「死」による決着もあった。
 この④は例外だが、それぞれの時期の世俗権力者は、天皇制の廃止に関して、廃止することのコストと利益、廃止しないことのコストと利益を、つまりは要するに簡単には<費用効果分析(CBA)>を行って、敢えて廃止しようとするときのコスト・不利益も考慮して、それぞれに天皇制そのものには手をつけない、という判断をしたのではないか、と思う。むろん、天皇・朝廷を存続させておくことのコストと「利益」(や「不利益」)もまた配慮したに違いない。また、各時代の様相として、存続を前提にすれば、天皇にある程度の「権力」が少しずつは認められたとも考えられる。
 簡単に書きすぎてはいるのだが-上の各人・各氏・各時期によって事情は異なる-、要するに、そういうことではないか。
 なお、応仁の乱以降の戦国時代は、信長まで、日本は「国家」だったのか、という疑問を持っている(その限りでは天皇制もきちんとは「連続」・「継続」していないのではないか、とのシロウト思いつきにつながる)。
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 現在の日本国憲法のもとでの天皇制を支える世俗権力とは何か ?
 憲法自体が根拠になっている。したがって、憲法制定者だ。建前として、国民主権という場合の「国民」 ? それとも、実質的には戦勝諸国、とくにアメリカ?
 また、<世襲・象徴>としての天皇制を憲法改正によって廃止しようとはしていない、憲法改正権者、つまり有権者国民が支えているとも言えるし、そのような改正発議をしようとはしていない、国会もまた、そして国会内多数派政党も、これを支えている。
 だが、論理的可能性としては、国会内多数派政党の「発議」、国民投票有権者の「国民投票」によって廃止されることが全くないとはいえない。
 この場合、神社神道の「長」、または<最高祭祀者>として憲法には明記されないままで一族は存続する可能性はある。
 上の発想は別として、ともあれ、天皇制の安定性というのは絶対的ではないし、そうではあり得ない、と考えられる。
 長く続いている日本の伝統だから今後も、という考え方はある意味では自然だ。
 このことを批判したり、否定するつもりはない。
 ただ、そういう世俗国民の<気持ち>によってこそ-維持されるとすれば-維持されるのであり、天皇制の中に、それに固有の<存続力>、存続すべき「価値」が先験的に?あるわけではないように思われる。

1307/日本共産党は「将来、情勢が熟したとき」<天皇制>を廃止する。

 産経新聞5/18で日本共産党・小池晃(政策委員長)は、現行憲法の「全条項を守る」と明言している。
 しかし、これは日本共産党独特の言い方、あるいは<ペテン>であって、<今のところは>または<当面は>という副詞が隠されている、と理解しなければならない。
 軍・戦力の保持を一般に禁止している九条2項についてもそうなのだが、とりわけ一条以下の「天皇」の存在を前提とする諸規定も含めた「全条項を守る」つもりであるとは思えない。
 小池によれば、1946年6月に同党が発表した日本人民共和国憲法草案は「歴史的文書」で、現在における憲法改正案として掲げているのではないらしい。
 だが、そうであるとしても、戦前に<天皇制打倒>を掲げた政党が戦後にその目標を降ろしたとは考え難い。また、日本共産党系の、鈴木安蔵を初代の代表理事とした「憲法改悪阻止各界連絡会議」(「憲法会議」)が、<護憲>ではなく<憲法改悪阻止>と謳っているのも、日本共産党にとっての(改悪ではない)<改正>は追求する趣旨を込めていると解することができるし、実際、そうであるはずだ。
 日本共産党は1961年綱領を2004年に改定した。同綱領は、日本の戦後の変化を、①「アメリカの事実上の従属国」になったこと、②政治制度が「天皇絶対の専制政治から、主権在民を原則とする民主政治」になったこと、③「戦前、天皇制の専制政治とともに、日本社会の半封建的な性格の根深い根源となっていた半封建的な地主制度が、農地改革によって、基本的に解体されたこと」の三点にまとめ、②についてはさらにこう書いている。
 ②の変化の代表は日本国憲法で、「民主政治の柱となる一連の民主的平和的な条項を定めた。形を変えて天皇制の存続を認めた天皇条項は、民主主義の徹底に逆行する弱点を残したものだったが、そこでも、天皇は『国政に関する権能を有しない』ことなどの制限条項が明記された」。
 また、今後について、次のように書いている。これ以外に綱領上の言及はないようだ。
 「天皇条項については、『国政に関する権能を有しない』などの制限規定の厳格な実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する。/党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のため民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」。
 ここでは、<将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって><天皇制度の存廃>が解決される、と言っている。
 これについて、2004年党大会では「国民の総意に転嫁するのは無責任」等の意見があったようで、不破哲三(中央委議長)は次のように「報告」している。以下、不破哲三・報告集/日本共産党綱領p.33-(同党中央委出版局、2004)による。
 党の立場は「明確」だ。「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく」と、その「評価を明確にして」おり、今後についても、「国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだ」という方針を明示している。だが、天皇制について「国民の現在の多数意見はその存在を肯定する方向にあ」り、「その状態が変わって、国民多数が廃止あるいは解消の立場で合意しない限り、この問題での改革は実現でき」ない。「天皇制の問題」については「なんらかの改変」自体が、「憲法の改定を必要とする」。「一方、戦前のような、天皇制問題の解決を抜きにしては、平和の問題も、民主主義の問題もないという、絶対主義的天皇制の時代とは、問題の位置づけが根本から違っていることも、重視すべき」だ。
 「いま、憲法をめぐる中心課題は、第九条の改悪を主目標に憲法を変えようとする改憲のくわだてに反対し、現憲法を擁護することにあ」る。「わが党は、当面、部分的にもせよ、憲法の改定を提起する方針をもちません」。だから、「天皇制の廃止の問題が将来、どのような時期に提起されるかということもふくめて、その解決について」は、「将来、情勢が熟したとき」の問題だ、と「規定するにとどめている」のだ。
 このように、綱領上の文章ではやや曖昧ではあるが、天皇制度廃止を明記しないのは天皇制度を現在の国民の多数は肯定している、したがって廃止論が多数にならないかぎり改憲による天皇制度の廃止はできないからだ、現在の「憲法をめぐる中心課題」は「現憲法を擁護」することだが、平和・民主主義にとって「天皇制問題の解決」は不可欠なので、その解決は「将来、情勢が熟したとき」の問題だ、という趣旨を述べている。
 要するに、当面は「現憲法を擁護」するが、国民多数の意見の動向によって「将来、情勢が熟したとき」に、憲法改正によって「天皇制の廃止」を図る、と主張していると理解して差し支えない。
 このような理解に、小池晃も反対はできないだろう。不破哲三が述べた内容の合理的な理解のはずだからだ。
 したがって、当面は「守る」が、将来は「廃止」する、というのは、やや複雑な言い方をしているが、日本共産党の既定の方針だ、ということになる。日本共産党は、このような、<戦術的>な政策表明をするので、注意しなければならない。
 <未来社会-社会主義・共産主義社会>を目指す手段・過程としての(「自由」と「民主主義」の擁護・徹底を通じての)<民主主義革命>なのであって、この政党にとっては「自由」と「民主主義」も、第二段階の「革命」のための手段あるいは<便法>であることは言うまでもない。

1257/田中英道の新著と佐伯啓思の「天皇制」論。

 田中英道・戦後日本を狂わせた左翼思想の正体(展転社、2014.10)の中に、2013年に皇太子退位・皇位継承を論じた山折哲雄と山折論考は「たいへんに大事な問題を提出しようとしている」と受けとめた佐伯啓思論考(新潮45、1913年4月号)への簡単な論及がある(p.209-210)。
 田中は、山折や佐伯の議論は<「近代」主義者の見解>、あるいは<社会主義者ではなく「近代」主義の立場に立った近代リベラル立場のものだ>とほぼ断定している。田中によると、ここで「近代リベラル」とは「権力や権威から自由な立場に立とうとする、相対的な態度」のことらしい。

 八木秀次が憲法学者・佐藤幸治を「近代主義」者と称していた又は評していた記憶はあるが、私自身はこの「近代主義」なるものの意味はよく分からない。<近代リベラル>も同様だ。大まかには、社会主義者・マルクス主義者(明確なシンパを含む)ではないが、<明確な?>「保守主義」者でもない、という意味なのだろうか。
 上の点はともかく、佐伯啓思については、「日本」や「愛国」を論じながら、「天皇」や「神道」あるいは日本化された仏教への言及がはなはだ少ない、という感想をもち、その旨この欄で記したこともある(但し、正確な内容は思い出せない)。戦前の浪漫主義・西田幾多郎哲学等よりも、日本に固有の天皇や神道(・日本化された仏教)に、その歴史も含めて立ち入らないことには「日本」も「愛国」も語り得ないのではないか、という考えは今でも変わりはない。
 あらためて佐伯啓思の新潮45昨年4月号の論考を瞥見してみると、田中英道が問題視しているごとくであるように、<国民の意思によって天皇制を廃止することも可能だ>旨の指摘・叙述が複数回あって、強調されている。また、「天皇制」という概念用法はともかく、天皇位が「世襲」のものであることは、いわば<世襲の象徴天皇制>は憲法で定められており、国民の意思により変更可能であっても憲法改正によらざるをえないこと、その他の皇位継承のあり方を含む諸論点は国民代表議会による法律で改廃が可能であることが明瞭には区別されず、ともに「国民の意思」による改廃可能性が語られていることも気になる。
 もっとも、憲法1条は皇位が「主権の存する日本国民の総意に基づく」と明記しているので、現憲法を無視しないかぎりは(無効とみない限りは)、佐伯啓思の理解が誤っているわけではない。憲法学者もおそらくすべてがそう解釈しているだろうし、かつ親コミュニズムの学者たちは(日本共産党のように現時点において明確に主張しないものの)将来における天皇制度廃止(憲法14条違反??)を展望しているだろうし、立花隆もまた憲法改正による「天皇制」廃止の可能性を憲法1条を根拠として強調していた。

 佐伯啓思は日本の「天皇制」という政治制度は「おそらく世界に例をみない」と述べつつ、だからといって素晴らしいとも廃止すべきだと言うのではなく、この独自性をわれわれは知っておく必要がある」とのみ述べる(前掲p.332)。この辺りも、佐伯自身の中には「天皇制」尊重主義?はなく、距離を置いた、<相対>主義?だとの印象を与える原因があるかもしれない。
 もっとも、田中英道のように簡単に切って捨ててしまうのも問題があるだろう。佐伯啓思は、日本の天皇制度の特質の三つ、第一に、世襲制、第二、政治権力からの距離(祭祀執行者)、第三、「聖性」のうち、戦後は第三の、「聖性」を公式には喪失している、とする。佐伯による日本の天皇制度の歴史の理解は戦後の歴史教科書による、ひょっとすれば、陳腐で<左翼>的に誤っている可能性がなくはないとも感じるのだが、専門的知識の乏しい私はさておくとして、上の指摘はほぼ妥当なものではないだろうか。<祭祀執行>(むろん神道による)についても戦後憲法のもとでは天皇(又は天皇家)の「私的」行為としてしか位置づけられていないという問題点があることも、そのままではないが佐伯は触れている。
 そして、結論的には佐伯は、国民が<祭祀王としての天皇をフィクションとして承認する>か否かに天皇制度の将来はかかっている旨述べる。「王」という語の使い方は別として、この主張も、私には違和感がない。
 上のことを国民が承認するとすれば、現在の憲法上の天皇条項の内容や政教分離に関する条項の改正、すなわち、佐伯は明言していないが、憲法改正が必要になる。そして、そのようにすべきだと-神道祭祀を公的に位置づけ、政教分離原則の明瞭な例外(またはこの原則がそもそも妥当しないこと)を認めるべきだと-私は考える。
 元に戻れば、少しすでに触れたように、田中英道のように簡単に切って捨ててしまうのはいかがなものか、という気がする。すべてではないにせよ、<保守派>の議論には憲法・法律・行政制度等々についての知識・素養を欠く、もっぱら原理的・精神的な(あるいは文学論的な?)が議論もある(それらだけでは現実的には役に立たない)と感じることもあるところであり、田中英道の本が-まだ一部しか読んでいない-そのような欠点をもつものでないことを願っている。

0919/菅直人の政治「心情」はいかに-遠藤浩一の2001年著に見る。

 遠藤浩一・消費される権力者-小沢一郎から小泉純一郞へ(中央公論新社、2001)は、「かくいう筆者自身も…『無党派』の一人である」(p.149、p.150)と述べつつ、刊行の2001年頃の時点での、菅直人(現首相)の発言・考え方を紹介している。

 原則的に、紹介にとどめる。以下は原則として、菅直人の言葉。

 ①(当時の)野党により国会が空転すると金融システム自体の崩壊の危険があるがよいのか?→「それでもかまわない。日本は焼け野原になって、再び”八月十五日”からやり直せばいい」(p.155-6)。

 ②あなたは織田信長のような独裁者になるのでは?→「民主主義というのは、交代可能な独裁なんです。選挙で政治家や政党を選んだ以上、任期いっぱい、その政治家や政党の判断に任せるべきだ」(p.156)。
 ③「…官僚中心の政治、行政を変えたい。…自民党政治も含めて、官僚中心のシステムはもはや機能しなくなった。だからそれを憲法に書いてある国民主権国家の内閣に変えていこうということ」だ(p.170)。

 ④日米関係という「基軸は基本的に維持していく。と同時に、日本がアジアの一員であることを重視していかなければならない。五十年かかってもクリアしていない問題があるので、それをクリアして日中関係、日韓関係を構築していく」(p.171)。

 ⑤中国から「政治的にある種の圧迫感を受けるということはあるだろうけど、日米、日中、米中のトライアングル関係がきちんと構築されれば、軍事的脅威は心配ないと思う。確かに尖閣列島の問題もあるけれども、リアルに見れば純軍事的な脅威はそれほどでもない」(p.171)。

 ⑥戦後という時代を「丸呑み」は、「うーん、できない」。「どこまでの深い覚悟があって非武装中立なんて言ったのか、大いに疑問」。「戦後の日本人は覚悟を忘れてしまった」(p.172)。

 ⑦覚悟なき日本人を法的に支えたのは日本国憲法では?→「日本人は、この百三十年というもの、一度だって自分の力で憲法を変えていない。…きわめて政治的に未熟だよね。…日本人は、憲法を変えることについて自分を信用できないという思いがある。だから、多少解釈を変えてお茶を濁している」(p.173)。
 ⑧日本人を信じるか?→「基本的には信じる」が「リスクがあるだろうな。…日本というのは結局水戸黄門型の国ですよ。お上とか偉い人とか、何かに依存している。その裏返しとして反対のための反対をする。だから自立した市民が共生する社会を作りたいと私は考えている」(p.173)。

 ⑨なぜ「市民」なのか?→「市民」とは「職業的価値から独立した普遍的価値を重要視するタイプの人間」だ。医者・農民・労組といった「所属的価値を超えた人々」という意味。「国民というのは人間の思考タイプを示す言葉ではありませんね」。「市民」と「国民」は「全然、対立はナシ」(p.173-4)。

 ⑩「自立した市民」とは「公への責任感の回復」だとすると「国民」という語を使うべきでは?→「日本人ほど日本に対する所属意識が強い人間はいない…。日本人は日本人の中に閉じこもっています。だから愛国心がないというのも大嘘…。日本人は意識の深い部分で、しっかり国家に帰属している…。むしろ足らないのは市民意識」だ(p.174)。

 ⑪では日本人を信じている?→「逆だよ。そういう無意識的な所属意識しかないというのは問題だと思っている。国家というものがアプリオリにあって、そこに国民がいて、それで国家を大事にするという発想が、僕の中ではちょっと違和感があるんだ」(p.174)。

 ⑫「天皇制」は「歴史的なものとしてまさに尊重すべき」で、「僕のイメージの中の国家とはまったく別だ」。「国家というのはアプリオリにあるものではなく、自立した市民によって作られるべきものなんだ。そのとき国家に対する潜在的な帰属意識は、むしろそれを妨げる働きをする」(p.175)。

 ⑬「国家という形での価値」には「抵抗」がある。「必ずしも戦後革新的な抵抗感」ではなく「何か薄っぺらな感じ」。「もちろん国家という枠組みは厳然としてある」。それは非常に重要だが、「主体者」は「結局人間なんだ」。「主体である人間が当事者意識をもって存在していなければ、極端に言えば、何のために国を守るのかという話に」なる(p.175)。

 とりあえず、以上。
 菅直人自身による著書中での記述または発言ではないことに留意しておくべきだが、簡単には、菅直人の<反「国家(・国民)」心情>、戦後憲法教育の影響大と思われる<個人主義(「自立した市民」の強調)>という立脚点は明らかだ、と感じられる。また、<親中・親韓感情>も示されており、一種の<大衆=「日本人」蔑視(自分は「自立した個人」だとの距離感)>も感じられる。この程度にしておく。

 すでに遠藤浩一もコメントしているのだが、とくに、<自立した市民が共生する社会というキー概念については、十分に検討し議論する余地があるだろう。「国家」は「自立した市民によって作られるべき」とのテーゼについても同様で、すでに日本「国家」はある以上、これは<革命>が必要とする<思想(・イデオロギー)>だと思われる。 

0825/三島由紀夫「文化防衛論」の一部。

 三島由紀夫「文化防衛論」の末尾(最後の一段落)は、つぎのような文章だ。「昭四三、五、五」という執筆年月日が一番最後にある。
 「私がかういうことを言ふのは、東南アジア旅行で、……、共産主義の分極化と土着化の甚だしい実例を見聞してゐるからである。時運の赴くところ、象徴天皇制を圧倒的多数を以て支持する国民が、同時に、容共政権の成立を容認するかもしれない。そのときは、代表制民主主義を通じて平和裡に、『天皇制下の共産政体』さへ成立しかねないのである。およそ言論の自由の反対概念である共産政権乃至容共政権が、文化の連続性を破壊し、全体性を毀損することは、今さら言ふまでもないが、文化概念としての天皇はこれと共に崩壊して、もつとも狡猾な政治的象徴として利用されるか、あるひは利用されたのちに捨てられるか、その運命は決つてゐる。このやうな事態を防ぐためには、天皇と軍隊を栄誉の絆ーでつないでおくことが急務なのであり、又、そのほかに確実な防止策はない。もちろん、かうした栄誉大権的内容の復活は、政治的概念としての天皇をではなく、文化概念としての天皇の復活を促すものでなくてはならぬ。文化の全体性を代表するこのやうな天皇のみが窮極の価値自体だからであり、天皇が否定され、あるひは全体主義の政治概念に包括されるときこそ、日本の又、日本文化の真の危機だからである。/―昭四三、五、五―」
 (初出-中央公論昭和43年7月号。決定版三島由紀夫全集第35巻p.50-51(新潮社、2003))
 <文化概念としての天皇>なる概念に拘るつもりはない。 
 「象徴天皇制を圧倒的多数を以て支持する国民が、同時に、容共政権の成立を容認するかもしれない。そのときは、代表制民主主義を通じて平和裡に、『天皇制下の共産政体』さへ成立しかねない」、という41年前の三島の懸念と予想は現実化しつつあるのではないか。三島の鋭さと今現実にある虞れを、ともに強く感じる(なお、現在の「国民」が「圧倒的多数を以て」「象徴天皇制を支持」していると考えるのは、甘い認識である可能性もある)。
 「〔文化概念としての〕天皇が否定され、あるひは全体主義の政治概念に包括されるときこそ、日本の又、日本文化の真の危機だ」、という指摘も適確だと思われる。皇太子妃バッシングに耽り、「小和田王朝」うんぬんと能天気なことを話題にする前に、「天皇」(制度)、そして「日本」の危機こそが深刻に意識されなければならないのではないか。雅子妃殿下こそが「天皇」(制度)と「日本」の危機の一因だなどと喧伝するのは狂気の所業だ。また、皇太子妃の「公務」なるものを平気で語る知識人(らしき者)がいるのにも驚いている。
 「〔文化概念としての天皇が崩壊して、〕もつとも狡猾な政治的象徴として利用されるか、あるひは利用されたのちに捨てられるか、その運命は決つてゐる」、という指摘も-怖ろしくも-当たっていると思われる。
 
<容共>政権のもとで、米国よりも中国(中国共産党)を選好するような政策が選択されれば、その行き着くところは、<容共>政策のために「利用される」かぎりでの(中国共産党にとって少なくとも邪魔にならない)「天皇」(制度)が残るか、現憲法上の「天皇」条項が国会議員の2/3以上の発議によって国民投票にもとづき削除されるか、ではないか。
 この懸念・憂慮は、まっくの杞憂だとは思えない。心ある日本国民は、現実を深刻に受けとめる必要がある。

0802/憲法改正による天皇制度廃止を可能にする議席を民主党等に与えてよいのか。

 民主党300-320?、自民党100-140?。こうした予想を見ていると、民主党(中心)政権の与党は320という、衆院議席の2/3を超えそうだ。
 来年の参院選でも与党側(民主党ら)が勝利してしばらくは衆議院議員選挙がないとすると、大いに危惧されるのは、憲法改正による「天皇」条項の削除、すなわち、公的又は憲法秩序としての<天皇制度>の廃止への動きだ。国会が各議員2/3以上の多数で「天皇」条項の削除=<天皇制度>の廃止を発議すれば、今の国民は過半数でもってそれを支持しかねないと思われる。
 すでに天皇・皇室(制度)に対する攻撃がなされていることは知られている。もともと日本共産党は戦後当初から(いや戦前から)「天皇制」を(本音では)廃止したかっただろうし、現在の社民党も同様に見える。民主党の中にもこれを積極的に推進したいはずの「左派」議員はいる。
 また、今年のNHK番組の中に<反天皇>宣伝と見られるものがいくつかあったことも周知のこと。朝日新聞はイザとなれば(?)<天皇制度>廃止に賛成するに決まっている。岩波書店も同様。
 そのうち、皇族のための皇居は広すぎる、「主人公・国民」にもっと利用させよ、皇居下に地下鉄を走らせれば速く・近くなる、皇族への国費出費は多すぎる、皇族にも人権を、天皇陛下をもっとお楽に(現憲法上の公務なしにしてもっぱら祭祀に)、等々の意見が、共産党・社民党・民主党「左派」系や、朝日新聞・岩波書店お気に入りの「学者・知識人」、あるいは一般「庶民」の声として、チラホラと出てくるようになるのではないか。
 きっと誰かが、あるいは何らかのグループが、国会の多数を利用しての<天皇制度>廃止の策謀を仕掛けるに違いない(すでになされている可能性も高い)。
 改憲=憲法改正は九条(2項)改正をほぼ意味するとして反対する者たちの中には、「第一章・天皇」の削除ならば改憲大賛成の者も多いだろう。
 <天皇制度>廃止とは、「日本」国家の喪失、亡国に他ならないだろう。この方向へ動いていくのを強く憂慮せざるをえない。
 (なお、「天皇制」は勿論<天皇制度>という語の使用にも、「制度」ではないとの理由で反対する論者がいる。では、どう表現すればよいのか。一つの公的「制度」であることに違いはないのではないか。)

0755/月刊・世界6月号(岩波)の「象徴天皇制」に関する偽善。

 月刊・世界6月号(岩波)p.135の、「象徴天皇制」特集の始めの編集部の惹句は以下。
 ①「明仁天皇は即位のとき『…憲法を守り』と語った…その発言は一貫して自制的かつリベラルであり、戦後民主主義の精神に沿っているといえる」。
 はて?
 ②A「平等を旨とする民主主義制度と天皇制はもともと矛盾する側面があり」、  B「皇室の伝統や祭祀と一般の日本社会の間のズレは大きくなってきている」。
 「平等を旨とする民主主義制度と天皇制はもともと矛盾する側面があ」ることは、最初から分かっている当たり前のことではないか。今さら言うまでもない。
 「大きくなってきている」かどうかは別として、「皇室の伝統や祭祀と一般の日本社会の間」に「ズレ」があることは当たり前のことではないか。「皇室」と「一般」人は違う。今さら言うまでもない。それが「大きくなってきている」とすれば、<戦後民主主義>信奉者の岩波書店や朝日新聞等が原因ではないか。他人事のように言うな。
 ③「象徴天皇制は、定着と同時に危機に瀕しているのではないか」 。
 「象徴天皇制」が「危機に瀕」するように世論を誘導しようとしてきたのは、<戦後民主主義・平等主義>信奉者の岩波書店や朝日新聞等の「左翼」であり、天皇制度解体を究極的には狙う一団ではないか。まるで自分(雑誌・世界)とは無関係に自然にそうなったかの如き言い方をするな。
 <岐路に立つ象徴天皇制>との特集見出し自体が、世界編集部(岩波)の、「岐路に立っていてほしい(そして解体=廃絶の方に進んでほしい)」という願望・意欲を表しているだろう。

0719/「朝日新聞」の、中野正志・万世一系のまぼろし(朝日新書、2007)。

 おそらくは今年2月に概読だけをして済ませた、中野正志・万世一系のまぼろし(朝日新書、2007)も、さすがに朝日新聞社の出版物らしい書物だ。
 「まえがき」にあたる「序章」では、①小泉首相私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は「国際経験も豊富でバランス感覚豊かな人たちが多かったから、人選に問題があるとは思わなかった」(p.4-5)、②「現在、女性天皇や女系を認めてよいとみなす世論が多数を占めるまでになっている」(p.6)、等と書いている。
 些細なことだが、①につき、<皇室典範>改正に関する議論に「国際経験」の豊富さはいったいどう役立つ(役立った)のだろう。
 さらに、③旧皇族の皇室復帰により将来の天皇を選ぶとしても「恣意性は逃れえまい」、④その場合、「天皇制について懐疑的な憲法学者は少なくないから、様々な違憲訴訟が起こされ、混乱に見舞われるに違わない」とも書く(p.7)。
 上の③についていうと、皇族の拡大によっても、天皇家との血の近さ、長幼によって、論理的には特定の人物を指名できる(現在も語られているように、継承資格順位を明確にできる)と思われる。
 もっとも、皇族拡大論(旧宮家復活論)の先頭に立っているかもしれない中川八洋の議論には、皇位継承者の順序・特定に関して「恣意性」がまぎれこんでいる、と思われる。そのかぎりで私は中川に批判的な所があるので、別の回に言及する。
 上の④は、脅迫、恫喝だ。皇族の範囲を拡大すると、大変ですよ、という嚇かしだ。「天皇制について懐疑的な憲法学者は少なくない…」という部分は正確だろう。さすがに日本の現在の「憲法学者」の傾向くらいは知っているようだ。
 但し、脅迫・恫喝のつもりなのだろうが、「様々な違憲訴訟が起こされ、混乱…」という部分には、法学(憲法学、訴訟法学)に関する無知が見られる。皇族の範囲拡大(皇室典範=法律によるだろう)を「違憲」と主張する訴訟がどのようにすれば(適法に)成立するかは困難な問題で、ほとんど不可能ではないかと思われる。また中身の問題としても、法律による皇族の範囲拡大がなぜ「違憲」なのかは論理構成が相当に困難でもあるだろう。
 以上のような感想がすでに生じてくるが、この本自体のテーマは書名のとおり「万世一系(の天皇制)」説は「まぼろし」だ、ということにあるようだ。
 という前提で読み進めたが、そもそもよく分からないのは、この中野正志が「万世一系」をどのように理解し定義しているのか、だ。
 天皇が父と子(とりわけ長男)の「一系」ではないことくらい、天皇制度に批判的ではない者たちにとっても、当たり前の知識だろう。しかるに、中野は継体天皇から今上天皇までの皇位継承のうち父と男子間の継承は「44例と半数を切っている」、南北朝の「両統迭立」の時代もあった等と述べたあとで、「いまだになぜ、『万世一系説』が唱えられているのか」、と問題設定する(p.18)。
 これによると、長い<父子継承>こそが<万世一系>の意味だと理解しているように読めるが、そんなことが「まぼろし」であることは、論じるまでもないのではないか。
 つぎに、中野によると、皇位継承についての男系論者は、1.神武天皇を実在として初代としての即位を史実をとする、2.記紀(古事記・日本書紀)を「大筋では間違いないととらえる」のいずれかである、という。
 はたしてそうだろうか。2.の「大筋では間違いない」ということの厳密な意味の問題でもあろうが、皇位継承・男系論者のすべてが必ずしも古事記・日本書紀の記述を「大筋では間違いない」と理解しているかはどうかは怪しいと私は理解している。記紀自体が「神代」という概念を使っているのであり、初期の諸天皇については(現実を何らかのかたちで反映した)「神話」=物語だと理解している皇位継承・男系論者も少なくないのではないか(私は安本美典の影響を受けて、生没年の記載は虚偽(創作)であっても、各天皇(そして天照大神等)にあたる人物は存在したのではないか、それくらいの<記憶>・<伝承>は八世紀まで残ったのではないかとも思っているが、これはこの回の主題ではない)。
 中野の本は、そのあと、上の1.2.が「成立しうるのか」と問うて、途中まで日本の古代史の叙述をしている(p.20-71)。そもそも皇位継承・男系論者のすべて又は多くが必ずしも1か.2.の理解に立っていないとすれば、全く無駄な作業だ。
 また、そもそも、古事記・日本書紀の記述を史実か「大筋では間違いない」と理解するとかりにしても、これらの文献自体が、父から子(とくに長男)への継承という意味での「万世一系」を否定している。弟や配偶者等への皇位継承も記紀はちゃんと記載している。
 中野正志の論旨は、「万世一系」が上のような意味であるとすれば、この点でもとっくに破綻しているのではないか。
 その後は明治憲法・皇室典範等に話題を変えるが、依然として、「万世一系」の定義はない。
 細かな検討は省略するが、なるほど、明治憲法第一条は「大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す」と定めている。だがそもそも、当時においてすら、「万世一系」とは<父子継承>の連続のことだと理解されていたのかどうか。
 中野によると、伊藤博文・憲法義解は「我が日本帝国は一系の皇統と相依て終始し…」と書いているらしいが(p.128)、伊藤が「一系の皇統」と書いたとき、<父子継承>の連続を意味させていたのだろうか。
 ほぼ間違いなく、このようには理解されていなかった。要するに、「万世一系」とは、神話=物語性のある部分を厳密には(学問的には)含むことを暗には容認しつつも、明治時代でいえば2500年以上も、①同一の血統(天皇としては神武天皇が起点だが、それ以前に天照大神、さらにそれ以前の「神」たちもいる)の者が代々の天皇位に就いてきた、かつ②少なくとも「有史」以降のいずれか(遅くとも継体天皇?)以降についてこのことを証明できる文献がきちんと残っていること(天皇家の系図のうちいずれかの古代の天皇以降は真実だと考えられること)を意味した、のではないか、と考えられる。
 今日では<紀元2600何年>ということを<保守派・右翼>でも理解・主張していないだろう。そのかぎりで、明治憲法下の理解とは異なるかもしれない。しかし、かりに「万世一系」という語を用いるとすれば、「古代」のいずれかの時点以降は上の①・②の要素が充たされている、というのが、その意味するところだろう。
 中野は明瞭には自らの「万世一系」の意味の定義を示さないまま、これが明治になって生み出された<イデオロギー>にすぎない、と主張したいようだ。
 だが、天皇と皇室はその「血」のゆえに尊い(あるいは畏怖されるべき存在だ)という意識は、「古代」から江戸時代までも、日本人(少なくとも政治「権力」関与者および各時代の「知識人」)にとって、連綿とつづいたのだろうと思われる。そうでないと、「天皇制度」が今日まで続いているわけがない。(井沢元彦がよく書いていることだが、)天皇家が廃絶されなかったこと、天皇家に代わる一族による「王朝交替」のなかったこと、は日本とその歴史の大きな特徴なのだ。
 中野正志は、どうもそうは理解したくないらしい。あるいは勉強不足で、そもそも知識がないのだろう。
 定義・基礎的概念や論旨の展開の筋が分かりにくいと感じて途中で読むのを止めつつ、「左翼」であることは間違いない、さすがに「朝日新書」で「朝日的」だと思って、奥付を見ると、中野正志(1946-)は2006年まで、朝日新聞社の社員で論説委員の経歴もある。「朝日的」どころか、「朝日新聞」そのものの人物なのだった。<アカデミズム>の世界の人々を一般的により信頼しているわけでは全くないが、元来の研究者・学者とは異なり、新聞記者上がりの人の書く本や文章には(「ジャーナリスティック」でも?)、体系性・論理性・概念定義の厳密さに欠けている、と感じることがしばしばある。この本も、その代表であり、かつ「左翼」丸出しの本だ。
 なお、(確認の労を厭うが、たしか)立花隆が最近(昨年)の月刊現代(講談社)で、誰でも親がいて祖父母もいて…なのだから、誰でも<万世一系>だと書いて、おそらくは<万世一系>論を批判・揶揄していた。
 たしかに、例えば私にも「古代」まで続く「血」のつながりがある筈だ。誰にとってもそうだ。しかし、天皇(家)との決定的な違いは、上に挙げた②だろう。すなわち、天皇(家)については「古代」以降、名・血族関係・(おそらくは)生没年等々が文献にきちんと記録され(例外的に、天武天皇の生年は書かれていない)、<不詳>などということはなく、個別的・具体的に祖先をたどれるのだ。立花隆の祖先は、そうではないのではないか。その意味では、立花隆は<万世一系>の家系の末裔ではない、というべきだ、余計ながら。

0717/月刊正論6月号(産経)・西尾幹二論考における天皇条項論、稲田朋美等。

 一 稲田朋美は、渡部昇一=稲田朋美=八木秀次・日本を弑する人々(PHP、2008)のp.207-8で、現憲法1条の「象徴天皇」は「成文憲法以前の不文の憲法として確立していると見なすべき」として、憲法改正の限界を超える(改正できない)と主張する(この本については、昨年に言及したことがある。但し、上の点には言及しなかった筈だ)。
 また、稲田は同書p.209で、現皇室典範(法律)1条が「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めていることに注目し、ここでの「皇統に属する…」は2条以下の「皇族」に限られないとして、現在「皇族」でなくとも、「皇統に属」しているかぎりは皇位の継承資格がある(したがって、現在の法律上では「皇族」でなくとも「皇統に属する男系の男子」が存在するかぎりは皇位継承者も存在し、皇統断絶の懸念又は皇位継承者欠如の問題は生じない)旨を主張する。
 これらは憲法問題でもあるが、憲法学者であるはずの八木秀次は稲田朋美のこれらの主張に何ら反応していない。
 上の点はともかく、稲田朋美の主張(解釈)はいずれも成り立つ可能性がある。もっと議論されてよいだろう。
 だが、いずれも現在の通説・政府解釈ではないようだ。とくに皇位継承資格者の問題は、それが「皇族」に限られることを前提として、旧宮家一族の皇族籍復活等が論じられてもいる。
 かかる現在の通説・政府解釈を前提にすると、現皇太子・秋篠宮両殿下の下の世代の男子(親王)は悠仁親王しかおられないことをふまえて、「皇族」の範囲を拡大して、皇位継承者・「皇統」の安定的確保の途を早急に検討しなければならないと思われる。この問題は、現皇太子妃殿下に関するあれこれの議論よりもはるかに重要だ。
 二 さて、月刊正論6月号(産経)で八木秀次はご成婚50年記者会見(4/08)での天皇・皇后両陛下のご発言を「誰よりも保守主義を正確に理解されている」とそのままに全面的に尊重・尊敬するコメントを述べている(p.44)。
 結果的には大きな異存はないが、両陛下のご発言はある意味ではきわめて政治的で、あるいは非常によく準備されたものだ、という感想も私は持った。八木秀次ほどには私は単純・素朴ではないのかもしれない。
 また、美智子皇后陛下が「一方で、型のみで残った伝統が社会の発展を阻んだり、伝統という名の下で古い慣習が人々を苦しめていることもあり、この言葉が安易に使われることは好ましく思いません」等と「伝統」について述べられた内容はある意味で新鮮であり、ある意味では刺激的でもあった。<保守すべき伝統>というものがあるはずなのだが、<保守>派はどちらかというと日本の<伝統>を丸ごと維持・保守しようという言説・主張に傾きやすかったのではないか。その意味で、皇后陛下が「伝統」の消極的な面・弊害も明言されたことは、注目されてよいと思われる(その内容自体に反論するつもりはない。問題は「社会の進展を阻」む「型のみで残った伝統」とは具体的に何か、になる)。
 三 月刊正論同号西尾幹二論考は、両陛下、とくに天皇陛下の発言を(八木秀次は勿論)私よりも<深く>解釈しているようだ。西尾は、「陛下の…お言葉はじつは相当に政治的であり、政治的役割を果たしておられるとも思います」と書いている。
 天皇陛下のお言葉とは、簡単には、日本国憲法の「象徴」規定に「心を致」す、日本国憲法の天皇条項は「天皇の長い歴史で見た場合、天皇の伝統的な天皇のあり方に沿う」、というものだ。
 西尾幹二は、十分な展開は見られないと思われるが、こうしたご発言を手がかりにして、天皇制度の将来には次の二つの方向があると主張していると見られる(天皇条項改正論でもあると思われる)。この点にも安倍晋三・中曽根康弘による日本「再占領」政策加担・追随論とともに、斬新さがある。
 一つは、政治的責任をより負担する、その点を明文化した「元首」になっていただくことだ。
 いま一つは、「京都にお住居をお移し下さり」、一段と「非政治的存在に変わっていく方針をおとり下さる」ことだ。
 これらは天皇条項の憲法改正をほとんど不可避的に伴うものと思われる。もっとも、「国」と「日本国民の統合」の「象徴」である旨の現1条を改正する必要はない可能性はあるので、冒頭に記した稲田朋美説と完全に矛盾するわけではないかもしれない。
 憲法改正は必要ではないとしても、前者の方向をとる場合、例えば、天皇の<宮中祭祀>は正式の「国事行為」(現憲法だと7条10号「儀礼を行うこと」)か、少なくとも「公的行為」としてきちんと位置づけられる必要が出てくるだろう(憲法20条と皇室の「神道」の関係についての解釈論の整理も必要だ)。
 後者の方向をとる場合、西尾は言及していないが、現行憲法の大幅な改正が必要になるものと思われる。
 現憲法6条・7条によると、天皇に最終的・形式的な権能があるのは、次のように幅広く、かつ重要なものばかりだ。
 ①内閣総理大臣の任命、②最高裁長官の任命、③法律・政令・条約の公布、④国会の召集、⑤衆議院の解散、⑥総選挙施行の公示、⑦国務大臣等の任免、⑧「全権委任状及び大使及び公使の信任状」の「認証」、⑨外国の大使・公使の「接受」、等々。
 これらの行為は、天皇のお住まいが現在の皇居のように、国会・首相官邸・諸外国大使館等に近い場所にあるからこそ容易にかつ速やかに行うことが可能なものではないか。
 したがって、天皇(・皇后)陛下が京都にお戻りになるということは、まさしく西尾の言葉どおりに、上のような<政治(・外交)>に関わらない、「非政治的存在」に変わることを意味することにほとんどつながるものと考えられる。例えば首相が衆議院解散を決意し記者会見等で公にしても、天皇陛下による正式の(最終的・形式的な)衆議院解散は、かりに天皇陛下が京都におられれば、その後早くても6時間程度は要するのではないか。同じことは、多数あるはずの、法律・政令等の「公布」についても言える(「公布」にはさらに官報掲載が必要な筈だが、その前提として現行憲法上は天皇陛下の御名・御璽が不可欠なのだ)。
 こう見ると、天皇の明確な政治的「元首」化にしても純粋な「非政治的存在」化にしても、憲法条項の具体的内容にかかわるもので、本来、憲法改正論議のなかで丁寧に議論すべきものと思われる。
 そういう問題提起を含んでいるので、西尾幹二は憲法学者・八木秀次よりも<鋭い>し、よく考えていると思わざるをえない。かりに明確な「元首」化を想定せず、「象徴」規定を維持するとしても、憲法が天皇に認める国事行為又は「公的」行為の範囲いかんによって、天皇は現在よりもより政治的にもなりうるし、非政治的にもなりうる。憲法改正をゼロ・ベースから、すなわち「白紙」の出発点から考えるのなら、この点は留意されておくべきだ。
 とは言っても、今後いかほどの熱心な議論が上に示した論点について生じるかは、心もとない。ほとんど現九条二項問題だけに関心が集まる可能性は高い。また、西尾幹二のいう二つの方向(現状のままだと三つの方向)のいずれが適切かについて、既述のこと以外には、述べるほどの私見は現在のところは殆どないというのが率直なところだ。

0686/佐伯啓思・現代日本のリベラリズム(講談社、1996)を読む-その5。

 佐伯啓思・現代日本のリベラリズム(講談社、1996)の前々回の続きを読む。「憲法の正当性とは何か」という節の最終部分。p.162-4。高校までの社会科教科書の引き写しのような防衛大学校長・五百旗頭真の叙述と相当に異なる、という以上の感想・コメント等は記さない。
 ・日本人は「戦後、…結局、革命を経験しなかった」。「敗戦による自失」のゆえであったにせよ、ともあれ、フランス型の「革命による正当性」をもつ「国家体制をつくる道を選ばなかった」。とすれば「国家体制の正当性」は「イギリス型の歴史の連続性」によるしかない。そして「ともかくも戦後憲法は、この連続性を辛うじて保持しようとした」。それが幸か不幸かは不分明だが、「幸い」だったとすれば、それは「天皇制度を維持し、何とか普遍的人権という言葉を回避した」こと、「連続性を最低限度確保した」ことだ。「不幸」だったとすれば、「事実上、普遍的な権利の思想を持ち込み、普遍的な『人』と、歴史的な『国民の断想』を、憲法の中にほとんど無自覚に持ち込んだ」ことだ。それにより、「歴史的な連続性」は「ただ見かけだけ」になり、「憲法の正当性の実質的根拠が失われかねない、という深刻な問題が持ち込まれた」。
 ・「天皇制度の存続と国民主権の間には、ロジカルな矛盾がある」。日本側は両者の「二本立て」を日本の「国家体制」と考えたようだが、「ロジカルに調和」はしない。共産党の野坂参三はこの「両立不可能」性を執拗に指摘して「これは憲法ではなく小説だ」と述べた。
 ・「天皇主権か国民主権か」を決せよと主張しているのではなく、「現行憲法の歴史的条件」について「改めて注意を喚起したい」だけ。「この憲法に内在する困難こそが、わが国の近代史そのもの」なのだ。
 ・アメリカやフランスも、「戦後独立」して憲法を初めて制定した国家も、「愛国心(国民意識)」を基礎にして「人」の「普遍的権利」と「国民」の主権を謳うことができた。「日本の歴史」は「そのどちらとも違う」。憲法を自ら創出する「愛国心」も、革命により「共和制」を樹立する「市民」も、「あの時期にもちえなかった」。「天皇制度と人民主権の間の対立は、完全に解消されることはありえない」。この「アンビバレンツは、近代以降のわれわれの国家体制の根底をなして」おり、逃れることは「残念ながら不可能」だろう。
 ・大江健三郎は近代日本の「あいまいさ(アンビギュイティ)」は日本が「前近代的、封建的要素を温存して来た」ことに由来する、と講演した。これは間違っている。
 ・「憲法に即して言えば、その正当性の基礎として、…革命的な断絶も、また歴史的な連続もどちらも完全には採用しきれていない」。換言すると、「どちらも必要とした」。「封建的なものが残存」というのではなく、「前近代的な」ものを残すことによって「辛うじて」「正当性を確保」しているのだ。これは憲法だけの問題ではなく「近代日本社会の宿命」のようなものだ。この宿命のあるかぎり、「アンビバレンツ」は「アンビギュイティ」として残る。「この宿命から容易に逃れることはできないのだとしたら、われわれは『アンビギュイティ』を手なずけ、飼い馴らす方策を学ぶ以外にないだろう」。
 以上。上の文章をもって「Ⅰ・近代への懐疑」は終わり、「Ⅱ・戦後日本の再検討」へと移っていく。

0684/佐伯啓思・現代日本のリベラリズム(講談社、1996)を読む-その4・戦後憲法。

 一 佐伯啓思・現代日本のリベラリズム(講談社、1996)をさらに読みつなぐ。なおも憲法にかかわる。
 ・「近代憲法の正当性の根拠」は欧州でも問題がなかったわけではなく、二つの立場があった。一つは、「ロック流の個人の社会権という社会契約というフィクション」を必要とした、「革命」により「近代社会」(普遍的「人権」等を内包する)が始まり、「その精神を憲法化する」、というやり方。フランスやアメリカで、これらには「近代社会」の「神話」を受容する「歴史的な構造」があった。もう一つは、イギリスのように「歴史的連続性」を強調するもので、統治・権利の原則を元来「イギリス人がもっていたもの」という伝統に遡及させる。「革命」という断絶は回避され、歴史の中の「本来の経験」に戻ろうとする(p.151-2)。
 ・では、日本の戦後憲法は上のどちらなのか? 明治憲法の「改正」手続を採った点で(形式的には)「歴史的連続性」が踏襲されているが、一方、実質的には、八月「革命」説のように「戦前との断層」に存在意義を主張していると見られる。ここに「日本国憲法の歴史に例を見ない奇妙な性格がある」。現憲法の「ユニークさ」はただ第九条にのみあるのではない(p.152)。
 ・欧米憲法において、国民(人民)主権原理のもとでは主権者たる国民(人民)が(議会・政府を通じて)自らの権力を制限するが(「集合的な権力の主体としての国民」)、これとは別に、そのような「権力」を超えた、「普遍的な権利をもった一人一人の個人」という範疇も成立する。国民(人民)主権を支えた、現実の「国民の一体感」・「愛国心」こそが、この二つの範疇の矛盾をとりあえず「隠蔽」し、「辛うじて調和させ」た(p.153)。
 ・アメリカ憲法修正1~10条は「連邦議会から個人の権利を守る」目的のものだが、ここでの「個人」は「抽象的で普遍的な」それではなく、アメリカ国民(人民)であり、連邦政府を作った張本人たちだ。これとは別に、「連邦政府の権限の以前に」、「自由な個人」が想定されていて、彼ら「個人」の「基本的な権利は不可侵」なのだ。
 ・日本国憲法においてはどうなのか? その11条によると「基本的人権」を保障するのは「この憲法」に他ならないが、元のGHQ案の表現では、「基本的人権」の根拠は「多年にわたる人類の自由への戦い」という歴史の「普遍性」にあった。この辺りが、現憲法では「一切不明確なまま」だ(p.156-7)。
 〔なお、ここで挿んでおくと、現憲法97条は「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と、-その具体的な法的意味は他の条項に比べて違和感があるほど不明確だが-書いている。この条文によっても佐伯の提出する問題は残るだろうが、佐伯がこの97条の存在を意識しているかは定かでない。〕
 ・「憲法の専門家たち」がどう説明しているのか知らないが、戦後憲法において「国民の意思」、「その由来するところ」は「きわめてあいまい」ではないか? その原因は直接にはGHQ案に基礎をもつことにあるだろうが、「もっと根本的には」、「近代憲法の正当性の基盤」という困難な問題を「回避」したことによる(p.159)。
 ・既述のように、フランス型憲法における、「革命」により「普遍的人権に基づく近代社会」の創設という「ストーリー」を支えたのは「人民の一体感をともなった愛国心」・「国民意識」だったが、「戦後日本にはそのようなものはほぼ皆無だった」(p.159-160)。
 ・「戦後の体制変革は革命ではなく占領政策」だった。「愛国心や国民意識は…打ち砕かれていた」。そんな状態で「普遍的人権」に依拠した「近代憲法を創設する」ことができるわけがない。「国民」に憲法制定能力がないとすれば、「憲法の正当性は明治憲法の改正という手続」に求めるほかはない。そうだとすると、(改正の最終的主体としての)「天皇制度の維持はきわめて重要な事項」だった(p.160)。
 ・「良かれ悪しかれ、天皇制度を国家の(象徴的な)骨格としたのが日本の歴史の連続性」で、明治憲法も「その改正を天皇の勅令をもって帝国議会に付すべきこと」を規定していた。従って、明治憲法の中核である「天皇制度…を廃止するような改正」は「事実上不可能」だったのだ。だとすれば、その存続がマッカーサーの政治的判断であろうとなかろうと、「天皇制度」は「憲法のロジックにしたがって生き延びることになる」(p.161)。
 二 以上、あまり読んだことのないような指摘、問題設定、説明等がなされている(「国民」と「人民」は意識して区別されることなく叙述されている)。
 現に生きている日本国憲法は、そもそも何によって憲法として「正当化」されているのか? (憲法前文の前の告諭が明示するように)天皇が「裁可し、公布せしめ」た現憲法が、所謂「天皇」主権を廃して「国民主権」原理を採用している(とされている)ことはどう説明されるのだろうか。「告諭」は「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび」から始まるが、「日本国民の総意に基いて」と、なぜ言えたのだろう。
 ぎりぎり間接的には「国民代表」者から成る衆議院による可決を経ているが、国民(有権者)投票が行われたわけではなく、逆に、「枢密顧問の諮詢」という明治憲法上の規定もなかった枢密院での審議・可決手続を経ており、また、新憲法によって廃止されることとなっていた「貴族院」での審議・可決すらあったのだ。
 戦後日本は、<不思議な>来歴の憲法の下で国家運営がなされてきた、とあらためて感じる。法的・論理的には、完璧な説明はできないのではないか。そのような憲法が60年以上も生き続けてきたことに、大多数の国民が違和感を持たなかったのだから、憲法学者を含むその<鈍感さ>にあらためて驚くとともに、占領期の日本人の<思考停止>状態におけるGHQの力の大きさも感じる。
 新憲法制定・施行を「祝う」行事・催事がなされたはずだし、何といっても天皇陛下が「裁可し、公布せしめ」たとあっては、大多数の国民は(その内容に関係なく)新憲法を(少なくとも当面は)「支持」せざるを得なかったものと考えられる。
 だが、その「支持」は、はたして「内容」をも全面的に支持するものだったのかどうか。表面的にはともかく(占領下に新憲法反対の国民運動が起こせる筈もない)、実感としては違和感も覚える憲法条項もあったのではなかろうか。そうした違和感を潜在的には多少とも覚えつつ、建前としては「支持」しているうちに、<ごまかした>まま60年が経過してしまった、というところだろうか(直接には「護憲」派が国会で少なくとも1/3以上を占め続けたことによる)。
 当時の国民の全てが、あるいは圧倒的多数の国民が、手続的にはともかく「内容」的に支持し、受容した、という、少なからぬ(と思われる)憲法学者等の説明は、信頼できない、と思われる。

0656/週刊新潮1/15号。中国(中国共産党)に日本はきちんと対抗できるか。

 遅いが、週刊新潮1/15号。 
 p.128によると、朝日新聞の2008年9月中間期の決算は売り上げが「前年同期比7.7%減の1715億円」で、営業利益は「32億3000万円の赤字」。紙面40頁が32頁になることも多くなるとか。
 p.142の高山正之コラムのタイトルは「沈む朝日と」。
 上のような情報はけっこうなことだが、p.140-1の櫻井よしこのコラムを読むと、やはり日本は容易ならざる時代に生きていると感じざるをえない。
 東シナ海のガス田「樫」の掘削は中国固有の主権行使と主張、東シナ海の「実効支配」のため同海域の「管轄を強化」と発表、初の中国産空母建造を本格化、等々。
 この週刊誌を読んで初めて感じたことではないが、尖閣諸島に中国軍が上陸し「実効支配」をしようとしたとする場合、日本(政府)はどういう対応をする(又はできる)のだろうか。竹島の韓国による「実効支配」は継続している。これは<侵略>そのものではないのか。この竹島に関する日本政府・外務省、そして大半のマスメディアの対応を見ていると、<穏便に>・<平和的外交で>・<却って刺戟しないように>などという理屈でもって、結果として尖閣諸島の「実効支配」とその継続を許容してしまいそうな気がする。それでよいのか?!
 皇室が自壊するとは思わないし、現皇太子殿下がその方向で動かれるとは想定しない。だが、日本国内には本心では天皇制度廃止を目論んでいる政党・団体・個人がいることに間違いはなく、実質的には無関心(どうでもよい、大勢順応)の国民も少なくはないと思われる。そして、中国が日本全体を実質的に支配する、そこまで行かなくとも日本に強い影響力を与えるために、中国にとって邪魔な最大のものは、日本という国家・社会・国民の「統合」のシンボルであり、「日本」の歴史・文化が堆積した<天皇>制度だろう。彼ら(中国共産党)もまた当然に、日本の天皇制度を可能ならばなくしたいと考えている筈だ。天皇制度廃止を目論んでいる日本国内の政党・団体・個人自体が、中国(共産党)の影響を受けている可能性もある。政党・団体・個人によって異なるだろうが、朝日新聞は明らかに中国共産党の影響下にあると見ておいた方がよい。
 民主党(日本)の中にも天皇制度廃止論者はいる。民主党(を少なくとも中心とする)政権が誕生し継続した場合、皇室典範等に手をつけ、実質的に天皇制度が解体しやすくなる方向での政策をとる可能性がある。
 日本国憲法の改正によって、第一章の天皇諸条項が削除されたとする場合、国家の仕組み、公的な制度としての「天皇」(制度)はなくなる。かりに例えば神道の宗家としての天皇「家」の<私的な>存続が辛うじて認められたとしても、「天皇制度」は公的に(国民の意思の名目で)廃止される。それはおそらく、「日本」の解体・崩壊・消滅と同じことだろう。
 親中国の日本政府のもとで、実質的に「日本」を解体・崩壊・消滅される政策がとられること、その明瞭で最終的な徴表は憲法改正による天皇諸条項削除だと思われるが、かかる<悪夢>は、全く杞憂とは言えないように感じられる。恐ろしいことだ。

0596/八木秀次は卑劣だ2-まっとうな「学者・研究者」なのか。

 竹田恒泰=八木秀次・皇統保守(PHP、2008)における八木秀次の西尾幹二批判は、その<仕方>も<内容>も、適切ではないところがある。
 長くは書かない。第一に、批判するためには相手の発言・執筆内容を正確に理解したうえで行う必要があるが、八木秀次は西尾幹二の主張内容を、批判しやすいように歪めているところがある。
 基本は日本語の文章、テキストの理解だ。それをいい加減にしてしまうと、どんな批判もそれらしき正当性をもっているかのごとき印象を与える。
 第二に、自分自身が発言・執筆していることとの関係で、そんな批判を西尾幹二に対してする資格が八木秀次にあるのか、と感じるところがある。
 目につく点から、以下、簡単に指摘する。
 第一に、竹田恒泰=八木秀次・皇統保守p.150の見出しは太ゴチで「『天皇制度の廃棄』を説いた『WiLL』西尾論文」となっている。そして、八木は、「西尾は『天皇制度の廃棄に賛成するかもしれない』と明記しています」、西尾のように『天皇制度の廃棄に賛成する』とまで書くのは、どう考えても言いすぎです」と書いている。

 西尾幹二の言説内容を、いつのまにか天皇制度廃棄に「賛成するかもしれない」から「賛成する」に変えている。この点も無視できないが、より重要なのは次の点だ。
 月刊WiLL5月号で西尾幹二は、たしかに「天皇制度の廃棄に賛成するかもしれない」と明言しているが、この語句を含む一文の冒頭には「皇室がそうなった暁には…」との語句がある(p.43。「そうなった暁」の意味も書かれているが省略)。つまり、もし…ならば…かもしれない、というのが西尾幹二の原文に即した彼の主張・意見だ。
 上の八木において、<もし…ならば…かもしれない>は、<…だ>へ変更されている。批判相手の言説内容(テキスト)のこのような<改竄>は議論の仕方として許されるのだろうか。批判しやすいように、八木にとって都合よいように(意図的か無意識的にか)、改竄(=一種の捏造)をしているとしか思えない。

 八木秀次は「『ときすでに遅いのかもしれない』と言い、結論として皇室の『廃棄』まで言う…」と西尾の主張をまとめている(上掲p.151)。
 たしかに西尾は「ときすでに遅いのかもしれない」と最後に述べているが、掲載は月刊WiLL5月号ではなく6月号(p.77)。何が「すでに遅い」のか何となくは判るが、天皇制度廃棄との関係はさほど明瞭に述べられているわけではない。
 八木は何とかして、西尾を単純な<天皇制度廃棄>論者にしたいのではないか。西尾幹二の主張の内容に私は全面的に賛成しているわけではない。むしろ相当に批判的だ。だが、その西尾幹二の主張についての八木秀次の紹介の仕方は、あるいは前提としての理解の仕方は、ほんの少し立ち入っただけでも、正確だとは思えない。これでは議論は成立しない。これでは批判の正当性にも疑問符がついてしまう。
 第二に、八木秀次は、「『WiLL』を含めマスコミ全体で皇太子妃殿下を血祭りにあげている感じがします」(p.156)と書く。
 これはまさしく、<よくぞヌケヌケと>形容してよい文章だ。この問題についての前回(9/06)に紹介したように、八木自身が諸君!7月号(文藝春秋)誌上で、「問題は深刻である。遠からぬ将来に祭祀をしない天皇、いや少なくとも祭祀に違和感をもつ皇后が誕生するという、皇室の本質に関わる問題が浮上しているのである」と明記しているのだ。「問題は深刻である。遠からぬ将来に…少なくとも祭祀に違和感をもつ皇后…」という部分だけでも注目されてよい。
 八木はこれにつき「皇太子妃殿下を血祭りにあげている」のではないと反論するかもしれないが、祭祀同席に消極的だとされる皇太子妃殿下について、皇后位継承を想定しつつ、「問題は深刻である」と言い切っているのだ。「血祭りにあげている」のと五十歩百歩と言うべきだ。
 第三に、八木秀次は、西尾幹二は解決策を示していない、そして必ずしも明確ではないが、自分は「解決」策を考えている又は主張している、と言っているようだ。
 ①「われわれは『…どう解決するか』を考えるべきでしょう」(p.150)。
 ②「解決のための言論であればけっこうなのですが、西尾論文は『ときすでに遅いのかもしれない』と、すでに手遅れだという主張です。手遅れだから『天皇制度の廃棄』だと言うわけです」(p.157)。

 ③「単に批判するだけ。天皇制度を『廃棄』した方がいいというだけ」。西尾や久保紘之の「解決方法は『廃棄』だけです」(p.172)。

 すでに触れたことだが、上の②③も西尾幹二=単純な「天皇制度廃棄」論者に仕立てている。<左翼>ですら表立っては言いにくいような主張を西尾幹二はしているのだろうか。八木が理解する(理解したい)ほどには単純ではない、と私は西尾幹二の文章を読んでいる。
 それはともかく、西尾幹二は「解決」方法に(「廃棄」以外に)言及していないだろうか。
 西尾は月刊WiLL5月号で、「勤めを果たせないのなら〔小和田家が〕引き取るのが筋です」という週刊誌上の宮内庁関係者の言葉を引用して、「私も同じ考えである」と明記している(p.39-40)。この辺りの部分の見出しは「引き取るのが筋」となっている(p.39)。
 <小和田家が引き取る>とは、常識的には、皇太子妃殿下の皇室からの離脱、つまりは現皇太子殿下との離婚を意味しているのだろう(こんなこと書きたくないが……)。
 つまり、西尾は「解決」方法に触れていないわけではないのだ。たんに天皇制度「廃棄」だけを書いているのではないのだ。
 一方、八木秀次自身がもつ「解決」方法とは何か。八木はこう書く。
 「あくまで最悪の事態を想定して」、「皇位継承順位の変更や離婚の可能性も考えておくべきだ」(p.196)。
 ここで八木は「離婚の可能性」に言及しているが、上記のように、この点は西尾と何ら異ならない
 西尾幹二と異なるのは、西尾幹二は全く明示的には触れていないのに、また中西輝政も現皇太子妃殿下の「皇后位継承」適格についてのみ言及したのに対して、上に「皇位継承順位の変更」と言っているように、現皇太子の天皇位継承適格をも具体的に疑っている、ということだ。
 このように見ると、解決方法の用意のある・なしで八木と西尾を区別することはできない、と考えられる。また、八木が明記する解決方法の一つは、現皇太子殿下の天皇位継承適格を直接に問題視すること(の可能性を少なくとも肯定すること)でもある。

 西尾において廃棄に「賛成するかもしれない」との文章の内容の中には現皇太子の皇位継承否定の意味も含まれているかもしれないが、この論点について八木はむしろ明記している。
 この程度にしておく。
 八木秀次は高崎経済大学教授だという。学生のコピペのレポートを叱ることがあるかもしれない。だが、コピペ以下の西尾幹二の主張の単純化・歪曲があるなら、論文を読み、執筆するという、学者・研究者としての最低限のレベルまでも達してはいないのではなかろうか。
 竹田恒泰は八木秀次にあまり引っぱられない方がよい。

 別の回に、上の対談本に関する新田均の書評(月刊正論10月号)への感想を書く。

0571/憲法学者・樋口陽一はデマゴーグ-たぶんその1。

 デマというのは、扇動的・謀略的な悪宣伝や自己(又は自分たち)のための虚偽の悪口・批判を意味するのだろう。かかる行為をする者のことをデマゴーグという。
 憲法学者・樋口陽一(1934年生。東北大学→東京大学→早稲田大学)の言説の中には、ここでの「デマ」に当たると見られるものがある。
 上の意味よりはもっと緩やかに、従って厳密さは欠くが、虚偽の事実を述べたり、誤った見解を適切であるかの如く主張することも<デマ>と理解し、そのようなデマを発する者を<デマゴーグ>と呼ぶとすると、樋口陽一は立派な<デマゴーグ>だ。
 樋口陽一が書いたものへの批判的言及はこれまでに何度もしてきた。今後は、重複を避けつつ、<デマ>・<デマゴーグ>という言葉を使って、この人の奇妙又は奇矯な言い分を紹介的にメモ書きする。
 <デマ1> ①樋口陽一・ほんとうの自由社会とは-憲法にてらして-(岩波ブックレット、1990.07)p.33-「戦前の日本では、天皇制国家と家族制度という二つの重圧(『忠』と『孝』)が、…個人の尊厳を、がんじがらめにしてしまいました」。
 ②樋口陽一・自由と国家-いま「憲法」のもつ意味-(岩波新書、1989.11)p.168~9-明治憲法下の日本では「『家』が、国家権力に対する身分制的自由の楯としての役目を果たすよりは、国家権力の支配を伝達する、いわば下請け機構としてはたらくことになった」。「ヨーロッパの近代個人主義が家長個人主義として出発し、家が公権力からの自由を確保する楯という役割をひきうけたのと比べて、日本の『家』の極端なちがいは、どう説明できるのだろうか」。
 日本の戦前の家(家族)制度とそれのヨーロッパ近代のそれとの差違をかくも単純に言い切ってしまっている、ということ自体に、すでに<デマ>が含まれている、と理解して殆ど間違いない。
 樋口陽一は、本来は各分野かつ各国に関する専門家の研究の蓄積をきちんとふまえて発言すべきところを、ブックレットや新書だから構わないと思っているわけでもないだろうが、じつに簡単に断定的な決めつけを-上の点に限らず随所で-行っている。憲法学者とは殆どが、かくも傲慢なものなのか。

0540/中西輝政=福田和也・皇室の本義(PHP、2005)をほぼ読了。

 中西輝政=福田和也・皇室の本義(PHP、2005)を殆ど読了。記憶に残っている範囲から、いくつかメモしておく。
 ・江戸時代に祭祀復活、略式祭祀の正規化(古い形式に戻すこと)、飢饉の際の施米につとめられたのは、光格天皇
 (この天皇は東山天皇の三世の孫(玄孫)で、後桃園天皇までとは別の(現在につづく)皇統に移った最初の天皇とも言える。なお、竹田恒泰は明治天皇の四世の孫。)
 ・今上天皇は、美智子皇后とともに橿原神宮出雲大社も親拝され、石清水八幡宮も親拝された(p.73)。両陛下は、平成5年以降、各県の護国神社をすべて親拝された(p.151)。
 (上のようなご親拝は天皇の「公的」行為と理解するのが通常の感覚と思うが、「私的」な<宗教的>行為と見なしているのだろう、マスコミは全く又は殆ど報道していない。)
 ・佐藤栄作と田中角栄とで天皇・皇室観はかなり異なる。田中角栄は天皇に対して「反感」をもち「一種不遜な」態度をとっていたとも言われる(p.91)。日本人の一部にある天皇(・皇室)への<怨念>は継続している。「伝統的・文化的」に「型が定まったもの」を崩すことを「進歩」と捉える心情が、戦前の社会主義者(・共産主義者)以外にも残っている(p.93-94)。
 ・現皇室典範(法律)は現憲法施行前に制定されており、かつ旧憲法下で必要だった法律制定手続を経ていない、という問題をもつ(p.104)。
 (この手続の瑕疵は旧憲法自体に違反しているのか、法令上の定めに違反しているのか、それとも旧憲法・法令は明記していない<慣行>に反していたのか、なお確認してみたい。)
 ・「天皇制」を厳しく批判し、「いずれ廃止されるべきである」と書いた横田喜三郎・天皇制。当時、東京大学法学部教授(国際法)、のち最高裁裁判官、勲一等叙勲(p.118-9)。
 ・宮中三殿への日々のお参り、宮中祭祀こそ天皇の「最大の御公務」。また、天皇はご旅行の際には「必ず『三種の神器』を一緒」に携行される。どこに宿泊されても、「毎朝、伊勢の皇大神宮に向かっての遙拝」を必ずされる。だが、多くの国民がこれらのことを知らない(p.136-8)。
 ・宮中三殿には「掌典」という神職、「内掌典」という巫女にあたる神職もいて、「皇居から一歩も外に出ずに神事を務めて」いる。こうした支えがあってはじめて宮中祭祀は成り立つ(p.138)。
 (「掌典」・「内掌典」は宮内庁職員としての<国家公務員>か。そうではなく、天皇の<私的な>使用人として、「公的行為」のための宮廷費からではなく、天皇・皇室の「私事」のための「内廷費」から給料?(報酬・手当?)は出ている。宮中祭祀の挙行を「私事」扱いすることは、<天皇制度の本質>と矛盾すると思われることは、何度も書いた。)
 とりあえず、以上。
 どこかに書いてあったかもしれないが、樋口陽一を含むおそらく殆どの憲法学者が、<統治権の総覧者>から<象徴>への変化・断絶、<天皇主権>から<国民主権>への変化・断絶を強調するのは、一面しか捉えていない。歴史的・伝統的な天皇制度を見るとき、日本国憲法のもとでもそれは<連続して>生き続けている、という理解の方が本質により近いものと考えられる。

0449/戦後日本を支える「大ウソ」-非武装・政教分離。

 現憲法九条全体の護持を主張するのは自由だが、そのような護持派について奇妙に感じるのは、現実に(法律にもとづき)存在する自衛隊や(条約と国内法律にもとづき)現実に存在する在日駐留米軍をいったいどう見ているのか、ということだ。
 現憲法九条2項が「保持」しないとする「陸海空軍その他の戦力」に現在の自衛隊は該当するのではないか。該当しないならば、どういう<理屈>で自衛隊は「…その他の戦力」ではないのか。いずれかの回答になる筈だが、九条の会の面々も含めて、護持派(九条護憲派)はきちんと<思考>しているのだろうか。
 上の問いの最初を肯定して自衛隊は「陸海空軍その他の戦力」に該当するというなら、自衛隊は憲法違反(違憲)の存在であり、根拠法令も含めて無効視して自衛隊の廃止を主張しなければならない筈だ。
 しかるに、-同旨のことは過去にも書いたが-九条護憲派がそのエネルギーを<自衛隊の廃止>に傾注しているとはとても感じられない。<廃止>でなくとも、憲法適合的な限度内への縮小・削減の主張でもよいが(「弱体化」でもある)、そのような<縮小・削減の主張>が真剣に主張されているという印象は全くない。
 現実の(違憲の)自衛隊の存在は暗黙に承認しつつ、言葉・観念の上でだけは九条護持を主張しているのだとすれば、考えと現実関係実践が一致していない、<観念的平和主義>と批判されてもやむをえない。九条護持を主張し、自衛隊が九条(2項)違反だと判断するなら、自衛隊の縮減又は廃止をなぜもっと必死に唱え、その方向で活動しないのか?
 九条2項があるのに(あるために?)自衛隊は「陸海空軍その他の戦力」ではないとする政府等の<解釈>は、いわば国ぐるみの<大ウソ>だろう。そのような<大ウソ>を、九条護持派の大半もじつは共同して吐き続けているかに見える(自衛隊=違憲→廃止で積極的に活動している人々・団体の存在を否定はしない)。
 (駐留米軍についても同様のことが言える。日米安保条約が違憲というなら、その廃棄に向けて積極的に運動すべきだ。米軍自体の立ちのきを要求することなく、佐世保港等に入る特定の戦艦について入港反対とのデモ・集会を行うといったことは些細で<チンケ>なことだ。かつて日本社会党・日本共産党は明確に<安保廃棄>(→駐留米軍の帰国・解消につながる)を掲げ、集会・デモをしていた。)
 そんな国全体を覆っている「大ウソ」を政治家を含む大人たちがついてきておいて、子どもたちに<ウソをついてはいけない>という道徳・倫理を「しつける」ことができるだろうか。
 上と基本的には同様のことをじつは政教分離についても私は感じている。
 厳格に政教分離条項を貫くならば、皇室の<神道>による宗教的儀式・行事に(皇室費>内廷費という名目であれ)「公金」が使われるのは、憲法に違反しているのではないか。あるいは、年頭に内閣総理大臣(・その他の大臣の一部)が伊勢神宮にとくに参拝するのは、特定の宗教・特定の神社を<特別扱い>するもので、政教分離の「精神」からすれば、それを厳格に貫いていないのではないか。
 以上のような疑問が生じるのだ。むろん憲法解釈論としてはそのような結論に至る必要はないということを最近に書いたが、しかし、<曖昧さ>・<あやふやさ>が残っていることは間違いないだろう。
 この問題もまた、九条関係とは全く同じ脈絡ではないが、いったん採用された憲法規範と、日本の歴史・伝統をふまえた「現実」との矛盾・衝突の一現象だろうと思われる。
 国家と宗教の厳格な分離を掲げるなら、それは<神道>と不可分の<天皇制度>と矛盾なく両立するはずがないのだ。
 両立させる、あるいは憲法違反を避けるために、皇室の社寺との関係を全て「私的」な行為と位置づけ、「私費」としての「内廷費」から支出する、というのも、私は一種の<大ウソ>ではないか、と考えている。
 憲法上、「象徴」であると認められ(1条)、かつ「世襲」とも明記されている(2条「皇位は、世襲のものであつて…」)天皇の祖先を皇居内で祀ること、天皇の祖先を祀る神社(・寺院)に財政的援助を与えること、これらをすべて「私的」行為と位置づけるのは、常識的には、あるいは素朴な感覚では、やはり奇妙なのではないか
 こうした<大ウソ>――規範と現実の乖離、欧米的・タテマエ的理念と日本的な伝統的「精神」に由来する現実との間の矛盾を粉塗するために、他にもたぶん<大ウソ>がつかれているだろう。
 戦後とは、あるいは戦後民主主義、あるいは戦後の自由・民主主義とは、ある種の<大ウソ>で支えられた虚構ではなかったのか
 ここ数年間の私の主たる関心は、自分自身が生きてきた<戦後日本>とはいったい何だったのか、にある。そして、最後には、それを生み出したGHQの占領の時期-そこには日本国憲法の成立も東京裁判も含まれる-に立ち戻らなければならない、とも考えている。
 そのための準備としても、大きな思想史、文明史の流れに関心をもって佐伯啓思等の本も読んできているのだ。
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