秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

大谷昭宏

0640/田母神論文問題に見る「アホ、バカ文化人・言論人」-潮匡人・月刊WiLL2月号。

 一 月刊WiLL2月号(2008.12、ワック)。広告を見て最初に読もうと思っていたのは、潮匡人「防衛音痴のアホ、バカ文化人・言論人」(p.198~)。
 潮匡人が上記の「アホ、バカ」として挙げているのは、順番に、みのもんた(某番組で田母神俊雄を「懲戒免職にしろ」と主張・公言)、同を採用している日本テレビ、大谷昭宏小宮悦子(テレビ朝日の某番組)、御厨貴(TBS某番組司会)、加藤紘一(同番組)、朝日新聞11/02社説、読売新聞同日社説、日経同日社説、五百旗頭真(とくに毎日新聞11/09)、渡辺淳一(週刊新潮11/27号)、秦郁彦田岡俊次(週刊朝日11/28号)、保阪正康(朝日新聞11/11)、若宮啓文(朝日新聞12/01コラム)、NHK12/09クローズアップ現代。
 上のうち、NHKクローズアップ現代(12/09、国谷裕子)と五百旗頭についてはこの欄でもある程度すでに触れた。
 二 朝日新聞11/12社説中でも高く評価?されたようである五百旗頭真(防衛大学校長)の言動は問題にされるべきだ、と改めて感じる。

 潮が参照要求している条文を念のため見てみたが、自衛隊法61条第一項は「…のほか、政令で定める政治的行為をしてはならない」と書き、これを受けた自衛隊施行令(政令・最近改正2008.09)は同86条が列挙する「政治的目的」をもった同87条が列挙する「政治的行為」をしてはならないと具体的に定めている。この禁止違反には罰則がある(自衛隊法119条第一項1号-「三年以下の懲役又は禁錮」)。

 潮によると防衛大学校長も「自衛隊員」であり、上の規制を受ける。
 上の「政治的目的」の中には次のものが例えば含まれる(政令86条)。「四 特定の内閣を支持し、又はこれに反対すること」、「五 政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し、又はこれに反対すること」。
 上の「政治的行為」には例えば次のものが含まれる(政令87条第一項)。「一 政治的目的のために官職、職権その他公私の影響力を利用すること」、「十三 
政治的目的を有する署名又は無署名の文書、図画、音盤又は形象を発行し、回覧に供し、掲示し、若しくは配布し、又は多数の人に対して朗読し、若しくは聴取させ、あるいはこれらの用に供するために著作し、又は編集すること」。

 特定の「目的」をもつ特定の態様の「行為」が、全体としての(法律のいう)「政治的行為」として禁止されている。
 しかして、自衛隊員(国家公務員法上は「特別職」の行政公務員)としての五百旗頭真はこの規定を遵守しているのか?
 潮匡人は「自衛隊法違反」と明記しているが、五百旗頭は朝日新聞2005.01.07でイラク戦争を批判したのち、2006.08に防衛大学校長に就任して以降の中央公論2006.12号で「イラク戦争に疑念」は間違っていなかったと書いた。さらには小泉内閣メール・マガジン2006.09.07付で首相の「靖国参拝」を批判した。
 これらは、ほとんど明らかに上の「政治的目的」(特定の内閣の支持・不支持、又は「政治の方向に影響を与える意図」での「特定の政策を主張」若しくは「反対」)をもった、「官職」の「影響力」の「利用」、又は「署名の文書」等により「多数の人に対して」読んでもらうべく「著作」するという、法律(・政令)が禁止している「政治的行為」ではないのか。
 疑いは、毎日新聞11/09の署名文章についてもある。この文章は、「 政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張」する目的をもって、新聞全国紙に投稿する(又は依頼に応じて執筆し公表する)という「政治的行為」そのものなのではないか(「官職」の「影響力」の「利用」に該当するかもしれない)。田母神俊雄は「精神の変調を引きずる人」だと強く示唆するなどして、「政治の方向に影響を与える意図」で現内閣・現防衛大臣の「政策」を支持したものではないか。
 それに五百旗頭は、田母神論文について「官房長に口頭で論文を書き応募することを伝えたのみで、原稿を示すことなく」政府見解に反する主張を発表したとし、「即日の更迭」を「意義深い判断」だと評価しているが、五百旗頭真自身は、上の①月刊雑誌・中央公論での見解表明等、②小泉メールマガジンでの見解表明等、そして今回の③毎日新聞への論文(文章)寄稿を、「官房長に口頭で論文を書(く)ことを伝え」かつ「原稿を示すこと」をした上で、行ったのか??
 潮匡人が示唆するように、きわめて疑問だ。法令が内閣や特定の政策への支持か反対かを問題にしていないように、支持するものならばよく反対するものならばダメ、ということにはならない(五百旗頭は①・②では反対、③では支持だ)。
 こうした行政公務員たる五百旗頭真の言動は、公務員法、正確には自衛隊法・同法施行令に照らしてもっと問題にされるべきだ。前大学教授・学者だった、ということが法的には何の関係もないことは言うまでもない。なぜ、マスメディアは、田母神俊雄を問題にして、れっきとした行政公務員(防衛大学校長)である五百旗頭真の文章の「政治的行為」性を問題にしないのか。心ある国会議員は、国会(関係委員会)で、防衛大臣等に対して質問くらいしたらどうなのか。今後も看過され続けていくとすれば、まことに異様な事態だ、と感じる。
 少なくとも田母神への対応との不均衡・不公平は指弾されるべきだ。五百旗頭真は、まともな感覚をもつ人間ならば、<疚しさ>を感じないか?
 三 ア 渡辺淳一が週刊新潮連載コラム欄に幼稚かつ単純なことを(大した根拠もなく-そこで示されていた「実体験」からいかほどのことが言えるのか?)「左翼」教条的に書いていたことは知っていたが、この欄では触れなかった。きちんと勉強せず、かつて受けた教育での知識のみであとは朝日新聞等を読み続けていれば、こんな人物の、程度の低い文章も出てくる、と思ったものだ(他の回でも、元厚生事務次官等殺傷事件に関して、何故「銃刀法」違反容疑なのか(殺人でないのか)、犯人と判っているのに何故「容疑者」なのか、などという、じつに幼稚で無知な内容の文章を書いていた)。
 渡辺淳一のまともに読めるコラムはかつて医者だったことによる医事関係と恋愛(・女性)心理関係の文章だけではないか。あとは凡庸かつまらないか、無知暴露の文章だけだ(週刊新潮編集部は、いい加減に切るべきだと思うが、渡辺作品で新潮社は儲けさせてもらっているために、そうはいかないのだろうか)。
 イ つぎに、現役の東京大学教授のはずの御厨貴の近時の発言は知らなかったが、情けない。東京大学にはなぜこんなに<左翼>が多いのか。<体制(大勢?)順応>タイプがきっと多く残るのだろう。
 ウ やはり朝日新聞の若宮啓文も<参加>しているようだ。書く種(素材)ができて、若宮は内心で大いに喜んだのではないか。

 四 上掲誌の秦郁彦「陰謀史観のトリックを暴く-中西・渡部論文に反論」(p.187~)も興味深かった。
 諸史料の信憑性・意味等について評価が異なるのはやむをえないし、私には介入できる能力はない。
 だが、秦郁彦が次の趣旨を述べているのは疑問だ。
 秦は、「陰謀史観」にかかわって、「だました方が悪人で、だまされたのは善人」だと簡単に言えるのか、それで日本は「免罪」されるのか(p.188-9)、「蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた」との言い方(形容)は「泣き言」にもならない(p.194)等と主張している。
 しかし、今回の論争主題は日本は<侵略国家だった>か否かだ。<だまされた>結果の「侵略」、<引きずり込まれた>結果の「侵略」というのはあるのだろうか。「侵略」とは、意図的・積極的(・計画的?)に行う行為ではないのか? そうだとすれば、「だまされた」とか「引きずり込まれた」というのは、<侵略>性のなかったことの(全面的ではないにせよ)有力な論拠になるのではないか。
 <だまされた>ことや<引きずり込まれた>ことの<責任>問題はもちろんあるだろう。しかし、そうしたことをいくら論証しても「泣き言」にしかならず、かつての日本を「免罪」することにもならない、との秦の言い方は、田母神が言いたい問題提起を正面からは受け止めておらず、論点をズラしているように感じられる。

0623/1961~1963年生れによる奇怪な犯罪と大谷昭宏。

 週刊新潮12/04号(新潮社)p.35によると、厚生事務次官夫妻等を殺傷した小泉某は1962年生れ。東京都多摩地域(だったと記憶する)の連続幼女誘拐殺害事件犯の宮崎某、新潟女子監禁事件犯の佐藤某も1962年生れ。
 大阪教育大附属小に乱入して児童らを殺傷した宅間某は1963年生れ。
 和歌山毒入りカレー事件被告の林某、最近の大阪・個室ビデオ店放火殺人事件の小川某は、1961年生れ。
 これだけのデータから<世代>論を語るのは無理があるだろうが、1961~1963年生れに上の6件が揃うと、少しは気になる。
 大谷昭宏は上の週刊新潮で、彼らは「高度成長期の初め」に生まれ、「厳しい風」にさらされず、「大きな苦労」もしない戦後の「最も楽な世代」で、「不幸でも貧乏でも」なかったが「自ら転落」した、という。
 また、大谷は次のようにも(正確には週刊新潮記者による要約・修正が入っているだろうが)語る-「この世代は、自分の人生の挫折や失敗を、自分のせいとは認めようとせず、他人や社会の責任に無理やり転嫁する」。
 これを読んで些か妙な気分になる。
 「自分の人生の挫折や失敗を、自分のせいとは認めようとせず、他人や社会の責任に無理やり転嫁する」ような意識を育てたのは、さらには厚生事務次官等殺傷犯が言ったという、「高級官僚は悪だ」と思い込むような意識・心理を育てたのは、<戦後民主主義>のもとでの、国家=悪を前提とする、個人主義・平等主義等の風潮・「空気」ではなかったのか。
 そして、大谷昭宏は、そうした風潮・「空気」を支持し醸成してきた、<弱者>の立場に立つらしき、れっきとした「左翼」コメンテイターではないか(週刊新潮は「ジャーナリスト」と書くが、この人の文章はたぶん読んだことがない)。
 大谷は、上のようなことだけではなく、彼自身や「団塊」世代より下の世代の意識・心理を形成してきた、<戦後民主主義>(個人主義・自由主義・平等主義等々)なるものにさらに立ち入るべきだ。戦後の学校教育や家庭・家族の変容にも掘り下げて言及すべきだ。
 上のような犯罪を生んだ要因の一つは、大谷もその中にいる(支持しかつ擁護しようとしている)「戦後民主主義」という「風潮・空気」だろうと思われる。自分とは全く無関係のごとくヌケヌケとコメントするな、表面的な世代分析を語るな、と言いたい。
 なお、神戸で起こった幼児殺害事件犯・酒鬼薔薇聖斗(自称)と今年6月に起こった秋葉原連続殺傷事件犯の加藤某は、いずれも1982年生れ。

-0035/「九条の会」アピ-ル文の無知と大谷昭宏・有田芳生。

 憲法改正の意図は<日本を戦争をする国に変える>ことにあるとの「九条の会」の言明は、二重の意味で無知かつ欺瞞的だ。
 第一に、憲法改正>九条改正により日本が<戦争をする国>になるとは具体的にどういう意味かの説明がないが、とくに何故<戦争をする国>になるのかの論理的・理由付け的説明がない。
 第二に、既述のように「自衛戦争」をする権利を九条一項は否定していないにもかかわらず、「戦争」=悪という一般的前提に立っていると見られる。「戦争」一般を悪と見る考え方は戦後日本にのみみられる特殊な「平和教」と言ってよいものだ。
 それに、九条二項の「前項の目的を…」を生かして、同項により禁止されるのは「侵略」のための「戦力」・「交戦権」に限られる(「防衛」目的のそれらは許容される)との政府・多数学説は採用していない有力学説もあるようなのだが、アピ-ル文はそんなことに思いを巡らしていない。
 ともあれ、九条改正により日本が<戦争をする国>になるとの論証されていないウソを書き、<戦争をする>ことが自衛戦争であっても悪であるかのごとき誤ったバカな考え方を前提に書かれているのが「九条の会」アピ-ルだ。
 保守派・右派は中国等特定アジア諸国、靖国問題、皇室典範問題等に筆を割くことが多いが、憲法改正阻止に焦点を合わせて「闘い」を準備している、又は開始している左派の存在をもっと意識して反撃すべきではなかろうか。
 昨日触れたことに関連するが、中国は戦後、米等の国連軍、ソ連、ベトナムと実際に「戦争」をした国、カンボジア内戦を応援した国、日本・台湾にミサイルの照準を合わせている国であって、軍事費を増強している。そんな国に日本を「軍国主義化」などと批判する資格はない。しかるに「右旋回」、「復古調」と基本的に中国と同様の認識を示す人々が日本国内にいるのだから、嘆かわしい。
 大谷昭宏はスポ-ツ新聞に「改憲を叫ぶ男に託していいのか」と安倍晋三を批判した。
 有田芳生は立花隆への特別の敬愛心でもあるだろうか、「安倍が総理となり戦後民主主義の枠組みを破壊するために闘うというなら、わたしもまたその安倍的『思想』と闘うしかない」、を含む文の題を「安倍晋三への宣戦布告」としている。ああ、やれやれ、昔ながらの発想だ。

-0034/九条を改正すれば日本は「戦争をする国」になるか。

 映画監督・山田洋次は70年代には日本共産党のパンフ類に共産党を「支持します」と出ていたので、その後も変わらず「九条の会」のごとき会に関係しても不思議ではない(変わっていても不思議ではないが)。知人某が10年以上前、映画「男はつらいよ」のいずれかの中でさくらの夫=博の本棚に雑誌「世界」があったのを見たと言っていた。私は雑誌「前衛」でなかったか?と尋ねたが。
 鳥越俊太郎の名がある。彼は最近OhmyNewsとやらで頑張っているらしいが、はたして「中立」的ニュ-スサイトは可能かどうか。彼自身がすでに「政治」的な<色>を自らに付けているので、「中立」的又はそれと同義の宣伝をOhmyNewsについてしていれば、虚偽広告になりはしないか。
 同じくコメンテイタ-としてテレビに登場している(たぶん元朝日の)大谷昭宏の名もある。
 いかなる主張・見解も自由だが、さも中立的・客観的な見解のごとき装いをとって視聴者を欺瞞的に誘導しないでほしい。鳥越もだが。
  「九条の会」アピ-ルを検討するためには、1.国際とくに東アジア情勢の認識、2.現九条の解釈論議をふまえる必要があるのだが、アピ-ル自体がこれらをきちんと認識し勉強しているとは思えない。
 北朝鮮のノドン一発で東京は壊滅し、中国の核弾頭は何本も日本に向けられているという現実の深刻さが彼らの文からはまるで伝わらない。武力攻撃という「危険」行為の可能性があるのは北朝鮮でも中国でもなく日米の側=自衛隊か在日米軍(「アメリカとの軍事同盟」)という倒錯し誤った認識に立っているとしか思えない。
 第二次大戦から「世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓」を導いたと最初の方にあるが、「国際紛争の解決のため」の戦争とは侵略戦争の意味であり、現9条1項のみからは自衛権と自衛戦争の否定は出てこない、ということは常識のはずなのに(奥平康弘がいながら)、常識的語法に無知の文だ。
 つづいて言う。「九条を中心に日本国憲法を『改正』しようとする動き」の「意図は、日本を、アメリカに従って『戦争をする国』に変えるところにあります」。
 ここに「九条の会」アピ-ルの策略と欺瞞性が象徴的に現れている。
 批判対象を批判しやすいように勝手に改めたうえで非難するという、議論の際よくみられる論法を使っている。
 さらにつづける。
ギャラリー
  • 2013/L・コワコフスキ著第三巻第10章第3節①。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
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  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
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  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
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  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
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  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
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  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
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  • 1809/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑧。
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  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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