秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

外務省

0645/日本の「戦後民主主義・親中」外務官僚のなれの果て?-産経コラムに見る岡本行夫。

 一 産経新聞12/30二面右上は岡本行夫のコラムで、先月に「田母神論文は検証に耐えない論拠でつづられている」と書いたらお叱りをうけた、から始まる。
 自分も「愛国心」をもった「日本人」だ、と反論するのがこのコラムの重要な趣旨のようだ。
 従って、田母神論文は検証に耐えない論拠でつづられている」との見解は取消されておらず、叱りに対して<詫びて>もいない。開き直っている。
 問題は開き直りの仕方で、まず、朝日新聞に北岡伸一等が田母神に対する「優れた論駁をしている」ので参照をとの趣旨を述べる。
 次に、司馬遼太郎が「昭和から戦前まで」を「日本がさまよいこんだ『魔法の森』」と呼んだことを挙げる。司馬遼太郎が昭和戦前を<暗い><間違った>時代と印象認識していたことは間違いない。
 だが、ともあれ、岡本が挙げるのは上の二つのみ。ただちに気のつくのは、この人は、「朝日新聞」と「司馬遼太郎」という<権威>(又は名声)を利用している、ということだ。自らの「検証」は何も書いていない。
 それにまた、朝日新聞が選択した論者に<左翼>偏向があるのは常識だと思うが、そんな考慮を何ら感じさせずに、堂々と「朝日新聞」を見よとの旨を書いているのに驚く。
 所謂司馬史観にしても、それが妥当・適切だと何故言えるのか。司馬遼太郎は個人的な体験・感覚に重きを置きすぎ、あの戦争に関する近時明らかになった史料も含めた知識を十分には持たないままで<感覚・イメージ>で書いている可能性がある。
 上のことから続けて、岡本行夫は自分も「愛国者」で、「近代に至る日本の文化と国民には素晴らしいものがあった。世界に誇れる歴史である」と書くが、「昭和から終戦」の「時代の軍国主義を別にすれば」と明記し、「昭和から終戦」の「軍国主義」時代は「素晴らしい」ことはなく「世界に誇れる歴史」ではない、と明言している。
 つまりこの人は、村山富市元首相・元日本社会党委員長と同じく、日本は「遠くない過去の一時期」に「植民地支配と侵略」をした(村山談話による)、という<歴史認識>に立っている。
 こんな歴史認識があることに驚きはしないが、産経新聞の目立つ場所に書かれていること、かつこのような人がかつては内閣の補佐官だったということ、にはあらためて寒気を覚える。
 岡本は元外務官僚だ。外務省の職員は全員がこのような認識のもとで、戦後日本の外交を担当してきたのだろう。宮沢喜一内閣時代の天皇陛下訪中・謝罪的発言も、「従軍慰安婦」にかかる河野談話も外務官僚たちがお膳立て・準備をしたのではないか(政治家もむろん問題だが)。また、安倍晋三官房長官(当時)が同行していなければ、金正日による拉致肯定もなく、さらにはいったん帰国した拉致被害者たちは外務省官僚の意向に添って再び北朝鮮に向かっていたのではないか。外務省こそが日本国家にとって最も<弱い環>になっているのではないかとの疑問が改めて湧く。
 岡本行夫個人の見解はどうでもよいとも言える。だが、外務省で培った認識・見解は変わらないのだろうし、それが産経新聞まで侵食していることが怖ろしい。
 二 岡本行夫のみならず、朝日新聞的な、より広くは<昭和戦前日本=「侵略」国家>と見るGHQ史観・「左翼史観」の人々に是非尋ねてみたいことがある。
 <昭和戦前日本=「侵略」国家=悪>だとすれば、日清戦争・日ロ戦争(の日本の勝利)はいったいどのように<歴史認識>されるのか??
 日清・日ロ戦争の勝利があったからこそ朝鮮半島併合もあり、「満州国」への日本軍駐在もあった。<昭和戦前日本=「侵略」国家=悪>だとすれば、その決定的要因は日清・日ロ戦争の勝利だったのではないか? そして、日清・日ロ戦争も遅れた「帝国主義」国・日本の「侵略」戦争だとして断罪するならば筋がとおっているとも思えるが、岡本行夫は、朝日新聞論説子は、その他の「左翼」諸氏は、この問題をどう考えているのかが、じつにはっきりしない。
 日清・日ロ戦争は「防衛」(自衛)のための(「正しい」)戦争で<昭和戦前>の戦争は「侵略」戦争だと言うならば、いかなる基準と論拠でそのように区別するのか、ご教示いただきたいものだ。
 日清・日ロ戦争は「勝利」だったから「正しく」、<昭和戦前>の戦争は「敗北」だったから「誤り」だった、などという程度の感覚で上のように主張する(又はイメージする)のならば、それは要するに「戦勝国」史観そのものではないのか。
 さらに言えば、日清・日ロ戦争勝利を用意した<明治>という時代、そして「明治維新」についてをも、その<歴史認識>の具体的内容を仔細に述べていただきたいものだ。
 若宮啓文に対してだって、問いたい。君は、日清・日ロ戦争について、「明治維新」について、いかなる<歴史認識>をもつのか。村山富市のいう「遠くない過去の一時期」はおそらく<昭和戦前>を指すのだろう。では、日清・日ロ戦争はどうなのか?、「明治維新」はどうなのか? 岡本もそうだが、<昭和戦前>についてエラそうに断定的なことをさも疑いが全くないかのごとく書くのならば、是非、上の問いにもきちんと答えていただきたいし、答えるべきだ。言うまでもなく、<昭和戦前>は少なくとも、「明治維新」→「日清・日ロ戦争(勝利)」を前提として築かれた歴史であって、これらと完全に切り離すことはできない筈だ。
 「明治維新」を、天皇を中心とした日本的(「半封建的」な)「帝国主義」形成への出発点と(日本共産党マルクス主義的に)位置づけるのならば、それでも構わない。だが、「明治維新」や「日清・日ロ戦争(勝利)」には口をつぐんで、<昭和戦前>のみを「侵略国家」だったと自虐的に断罪するのは奇妙ではないか(冒頭の岡本コラムは、「明治維新」や「日清・日ロ戦争(勝利)」は「世界に誇れる歴史」の中に含めていると読めるが、その理由まで述べてはいない)。
 三 正月は伊勢神宮を(も)参拝したい。だが、伊勢市内にはよいホテルが全くなく、手前の松阪市か先の鳥羽市・志摩市に宿泊しないとゆっくりできないのが難点だ(神社関係者には「神宮会館」とかがあるようだが)。

0248/米国下院対日非難決議採択へ-朝日新聞よ喜べ。

 米国下院外交委は26日、慰安婦問題に関する対日非難決議案を原案を一部修正のうえ、39対2(欠席9)の賛成多数で可決し、下院本会議に上程のうえ採択されるのは確実だ、という。
 日本政府・外務省は、中国(・韓国)との情報戦争に負けた。中国・韓国は下院決議を「錦の御旗」にして、今後も日本対して精神的圧力を加えてくるだろう。
 朝日新聞等もまた、日本国内にあって、この決議を喜んでいるだろう。日本国内で<慰安婦>問題を<従軍慰安婦>問題化し、韓国人を配偶者とする記者をも動員したりして<日本非難>に邁進した<功績>は、ただ一つだけ挙げるとかれば、朝日新聞社に帰することになるだろう。朝日は米国の助けを借りて過去の日本を叩くがよい。あるいは過去の日本を引き摺っているとする安倍首相の政治生命を性懲りもなく狙い続けるがよい。
 米国と米国民は、良識ある日本国民との間に―どの程度の大きさで今後どう変化するかは知れないが―亀裂が走ったことを知るべきだ。

0068/産経・古森義久記事4/13-吉田清治本の内容を事実としていた米国下院調査会報告書。

 昨日に続いて産経4/13の古森義久記事によれば、「米国議会下院が慰安婦問題で日本を糾弾する決議案を審議する際に資料とした同議会調査会の報告書」の中には、詐話師・吉田清治の、本人ものちに虚偽と認めた「慰安婦」の「強制徴用」が事実であるとする内容が含まれていた、という。議員たちは、虚偽の「「吉田証言」を中心にすえた報告書を参考資料として使ってきたことになる」。
 非常に重要な情報だ。少なくとも、「強制徴用」を自ら行ったとする日本人の証言が大ウソであることを、関係議員たちに今からでも情報提供すべきだろう(自ら虚偽と認めていることについては、秦郁彦・慰安婦と戦場の性(新潮選書、1999)p.229-248参照)。
 それにしても、日本の米国担当外務省官僚や在米日本大使館職員はいったい何をしているのだろう。米下院議員にどんな資料が配付されたのかも把握していないのか。中国、朝鮮あるいは戦争関係問題については、宮沢(加藤・河野)→細川→村山→橋本と続いた政権のおかげで、すっかり「弱腰」、「骨抜き」になっているのではないかと懸念される。

ギャラリー
  • 2066/J・グレイ・わらの犬(2003)「序」②。
  • 2047/茂木健一郎・脳とクオリア(1997)②。
  • 2013/L・コワコフスキ著第三巻第10章第3節①。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
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  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
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  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
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  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
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  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
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  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
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  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
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  • 1809/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑧。
  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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