秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

地方自治法

0221/年金記録紛失問題の浮上は今なぜ?

 年金記録紛失問題がなぜ今頃になって、参議院議員選挙の前に出てくるのか、という疑問は当然に出てくる。
 産経の客員編集委員・花岡信昭の6/06のコラムは、上の問題は「安倍政権の「失政」による」のではない、「社会保険庁という、なんともいかがわしい役所の親方日の丸体質が生んだものだ」、「まじめに働かず、ずさんな仕事を続けてきた体質の根源は職員組合にあった。日教組と並んで批判の的となってきた自治労である。民主党の有力な支援母体だ」などと書いている。
 つづけて同氏の6/13のコラムは経緯についてより詳しく、民主党の要求により社会保険庁の調査で<5000万件未処理>が判明した旨を日経新聞の2/17記事が報道したが当時は殆ど問題にされなかった、5月の国会審議で再浮上し、5/23に小沢一郎・民主党代表は「参院選の最大の争点にするよう指示」、翌5/24にも党会議で「一丸となって取り組む姿勢」をアピールした、等と書いている。
 6/10の「~委員会」と題するテレビ・トーク番組でも話題になっていた。録画から書き写そうかと思ったが、すでに他のブログサイト(「ぼやきくっくり」)に掲載されているので、無断だが利用させていただく(抜粋、一部省略の部分あり)。

 <花田紀凱年金問題は、年金の記録消失というのがなぜ出てきたかといえば、結局、社保庁を解体しようとしてる、それに対して社保庁の職員、自治労の連中が一番現場でああいうことを知ってる。もう昔からああいうふうになってることを、彼らは知ってるわけです。その情報を民主党に流した。」
 社保庁つぶしに対する抵抗なんですよ、あれ。しかも、別に記録が消失したからといって、年金がなくなるわけじゃない。記録を照らし合わせればいい、時間をかけて。だから、民主党のデマゴーグなんです。それが争点になるってこと自体がおかしいんです。そりゃ慌てて安倍さんが対策ねるのはしょうがないけども」。
 宮崎哲弥転記洩れとかね、いろんな記載漏れってのは、わざとやったところがあって、自治労は反合理化闘争の一つとして、オンライン化したりコンピューターが電算化したりすることに反対したわけです。それの闘争の一環としてやられたところもあるから、私は決して自治労がこの問題に対して、えらそうなことは言えないと思う」。
 森本敏今の総理に全部の責任を押し付けるっていうのはどうかしてる」。
 宮崎哲弥自治労にも責任があるわけ」。
 
花田紀凱自治労だよ、一番悪いのは」。>
 社保庁の職員(→自治労)に一番の責任があるようだが、しかし、今年の2月に新聞報道されていたという<年金記録紛失>の事実は、現場の職員ならば、5年前でも、3年前でも、昨年でも、とっくに知っていたことではなかろうか
 にもかかわらず今の時期に大問題化したというのは、職員(自治労?)の側から正確なデータが民主党に渡ったこと、又は朝日新聞等の<思惑のある>マスコミに同じデータが渡ったことに加えて、当該マスコミや民主党が<政治問題化>・<政治争点化>しようとしたことによる、と十分に推測できる。
 ところで、社保庁の職員を問題にするとき、忘れられてならないのは、同じことだが是非指摘されるべきなのは、彼らは1947年以来2000年4月まで、「地方事務官」という特別の(風変わりな)身分の公務員だった、ということだ。
 地方事務官というのは地方自治法施行規程旧69条2号等に根拠をもつもので、「健康保険法、厚生年金保険法、船員保険法、厚生保険特別会計法及び船員保険特別会計法並びに国民年金法及び国民年金特別会計法の施行に関する事務」を担当する職員は都道府県知事の指揮監督を受けて職務を遂行するが、身分上は「国家公務員」というものだった(3号は旧労働省所管の職業安定所関係事務)。事務自体は旧法上のいわゆる機関委任事務(国の事務だが、都道府県知事等が大臣等の指揮監督を受けつつ国の省庁の下級機関として事務処理をするもの)だったようだが、同様に機関委任事務を担当している都道府県等の職員と同様に実質的には都道府県等職員の意識の方が強かった、とも言われる。
 そして、彼らの職員団体は「国家公務員」ならば加入できない筈の自治労に属していたようだ。しかし、推測になるが、もともと「地方公務員」から成る都道府県の職員組合(職員団体)とは同一の職員団体を構成せず、独自の職員団体を作り、自治労という上部組織だけを共通にしていたのではないかと推察される。
 地方自治法施行規程旧69条2号が定める事務が現在どのように整理されているかは複雑だが、国の(直轄又は直接執行)事務と都道府県の自治事務さらに市町村の「法定受託事務」に分かれているようだ(厳密な検討をしておらず、分類の詳細にも立ち入らない)。
 多くの職員が2000年4月以降は本来の法制どおりに国家公務員となった。本省・本庁を除けば都道府県の機関ではない国の地方出先機関としての社会保険事務局又はその下級機構の社会保険事務所で仕事をしていると見られる。
 そして所属の職員団体は国家公務員としてのそれになった筈だ。しかし、1999年6月14日の全 厚生職員労働組合書記長の
「地方事務官制度廃止法案の衆議院通過をめぐっての談話」は、6月9日の自民・自由・民主・公明・社民各党の国会対策委員長会議で自治労の要請を受け入れる形で、「地方事務官から厚生事務官への身分の切替えに当たって、各都道府県の職員団体へ7年間に限って加入を認める」という共同修正が確認されたことを明記している。
 ということは2007年=今年の4月まではなお自治労(全日本自治団体労働組合)に属する職員が多かったものと思われる(その後はどうなっているのか、「7年間」はさらに延長されているのかは私には不明だ)。
 なお、上の厚生労組書記長談話によると、「自治労(国費評議会)は、「国の直接執行事務」とすることは、①地方分権に逆行する。②行政改革に逆行する。③年金制度の崩壊、無年金者の増大につながる。とし、事務処理は都道府県への法定受託事務とし、地方事務官は地方公務員とすべきと主張してきた」。すなわち、2000年以前の、国・地方関係に関する制度設計の段階で、自治労は現在のような仕組みには反対だったのだ。
 もっとも、1999年7月9日の「全厚生職員労働組合」
地方事務官制度廃止にあたっての声明は、 地方分権一括法には「今後の制度改正時に社会保険の事務処理体制、従事する職員の在り方等について、被保険者等の利便性等の視点に立って、検討し必要があると認められるときは、所要の措置を講ずる」との附則が加えられたことを明らかにしているとともに、殊勝にも、私たちは、1980年以来、被保険者等の利便性を確保するために築き上げてきたオンラインシステムをさらに発展させ、民主的な行政運営と事務処理の効率化を通じて、より確かな国民サービスが提供できるよう奮闘するものである」と宣言?している。
 やや長々と無関係なことを記したようでもあるが、上に一部に触れたような複雑な公務員法制・国-地方関係法制の狭間にあって、旧「地方事務官」(地方で知事等の指揮の下で働く国家公務員)が、どの程度、職場倫理、公務員意識、仕事をする志気を涵養していたかは疑わしい、というのが私の推測だ。
 職員団体(又は労組)の役員ならば当然なのかもしれないが、職員の勤務条件を良くし(「楽さ」の確保)、職員団体の結束・維持に心を配り、上のように「…奮闘する」と表向きは言うとしても、仕事・業務の遂行自体が疎かになっていることは殆ど無視してきたのではないか。どの公務員職場にもあるそのような問題が、旧「地方事務官」の職場では複雑な法制をも背景としてさらに大きくなった、というのが私の推測なわけだ。
 それにしても、自分たちの仕事の怠慢を棚に上げて、現在の安倍内閣や自民党等の与党を政治的な窮地に立たせるために、社保庁関係の情報(年金記録紛失)を民主党や朝日新聞に<流した>社保庁関係の職員(職員団体役員?)がいる筈だ。恥を知れ、と言いたい。

0204/井上薫・司法は腐り人権滅ぶ(講談社現代新書)の愛媛県玉串料最高裁判決批判は妥当か。

 愛媛県玉串料訴訟最高裁平成9年4月2日判決は、愛媛県知事白石某の靖国神社・愛媛県護国神社への玉串料等の公金支出を憲法違反(政教分離違反)とした判決として著名だ。
 井上薫・司法は腐り人権滅ぶ(講談社現代新書、2007.05)は、この判決について面白いことを書いている。
 被告の一人だった白石某は判決言い渡し直前の3月30日に死亡した。井上は、白石某を被告とする訴訟は同氏の死亡により終了し、同氏関係の訴えは却下すべきだったとする。
 その根拠は、この訴訟は住民訴訟という地方自治法が認めた特別の訴訟で、被告は公金支出した「職員」に限られるところ、相続人はこの「職員」に該当しない、ということにあるようだ(とくにp.136)。
 私は最高裁の憲法違反(政教分離違反)という結論には納得がいかない部分があるので、そのかぎりでは、井上の、(白石関係では)最高裁は本案判断せず、却下すべきだったという意見に<政治的>には魅力を感じる。
 だが、法的議論としてはどうなのだろうか。かりに、井上の法的見解が妥当だとすれば、最高裁大法廷の15人の裁判官全員、そして井上と同旨の意見を判決後に述べた法律専門家全員本案判断可能を前提にしているので(p.146)、井上のこの本での主張はただ一人の、画期的なものであることになる。
 私見はこうだ。たしかに住民訴訟は特別な訴訟で、地方自治法において訴訟の相続人への承継に関する条項などは何らないようだ。
 しかし、そのことをもって、地方自治法に書いていないから損害賠償義務は相続されない、とは言えないだろう。
 住民訴訟は地方自治体がもつ損害賠償請求権を住民が代位行使するという特別な訴訟なので(但し、現行法は少し変えているようだ)、地方自治法に明記されている者のみが被告や原告になれる、と井上は考察しているのだろう。
 だが、実体法的には、紛争の争点は、地方自治体が問題の「職員」に対して損害賠償請求権を具体的に有するか否かで、通常の(不法行為)損害賠償請求訴訟と変わらない。そして、損害賠償義務者が死亡すれば、その義務は相続人に承継されるのであり、かつ住民訴訟という訴訟形態であっても、これを前提として判断してよいのではなかろうか(p.136の論旨が妥当か否かに帰する)。
 井上はあまりに住民訴訟を特別扱いしすぎており、本体は損害賠償請求権の有無という「主観的」なもの(=「法律上の争訟」たりうるもの)だという側面を軽視しているのではなかろうか。
 元裁判官の井上に主張にあえて楯突く意図はないのだが、最高裁の裁判官全員、最高裁の担当調査官、そして住民訴訟に詳しい者もいる筈の学界等の全員が、基本的な問題点を看過していたとは容易には想定できないのだ(かりにそうだとすると井上氏は謬見を公にしていることになる。私は近年、講談社の出版・編集姿勢に疑問を感じているが、同社の現代新書の信頼性をさらに下げることになろう)。
 政教分離の憲法問題自体には、別の機会に触れたい。

0186/地方教育行政法改正案をめぐって。

 所謂教育再生関連三法案が5/18に衆議院を通過している。三法案とは、学校教育法改正案・地方教育行政法改正案・教員免許法改正案だ。
 このうち地方教育行政法とは正式には「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」という名称らしい。
 この法律の改正への反対論はどうやら教育の国家統制の強化だ、ということにあるようだ。
 日教組のHPを見てみると、三法案ともに「上意下達の教育行政をますます強めるものになる」との委員長談話をまず掲載し、衆議院通過直前の「国の管理・権限を強化するものであり、主体的な教育活動が阻害される懸念は拭えません。また、地方に対する国の関与を強め、教育の地方分権を後退させることにもつながりかねません」等々と書く<要請書>へもリンクが張られている。
 地方教育行政に詳しい方、公立学校の管理者等ならばとっくにご存知だろうが、一言触れておく。
 地方教育行政法改正案の骨子の第一は、産経記事によると、「生徒らの教育を受ける権利が侵害されていることが明らかな場合に、文科相が教委に地方自治法で定める是正要求を行う」定めを置くことだ。
 現行地方自治法245条の5第一項によると、すでに「各大臣は、その担任する事務に関し、都道府県の自治事務の処理が法令の規定に違反していると認めるとき、又は著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害していると認めるときは、当該都道府県に対し、当該自治事務の処理について違反の是正又は改善のため必要な措置を講ずべきことを求めることができる」とある。
 従って、現行法でもこの規定に基づいて、「法令の規定に違反していると認めるとき」や「著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害していると認めるとき」は、所謂<是正の要求>を行うことができる。ということは、改正案は<是正の要求>をすることが可能な場合について(改正条文案を確認していないが上の記事を利用すると)地方自治法が明記している場合以外に「生徒らの教育を受ける権利が侵害されていることが明らかな場合」を追加していることになる。
 また、骨子の第二は、「教育委員会の法令違反や怠りにより、緊急に生徒らの生命を保護する必要が生じた場合、教委に対する文部科学相の是正指示権を新たに規定」することにある。
 <是正の要求>はあくまで「求め」にすぎず、拘束力は厳密にはないが、この<是正の指示>はいちおうは法的拘束力があるものと解される。この是正指示の根拠規定は地方自治法245条の7にもあるが、どうやら対象が「法定受託事務」の処理に限られ、ふつうの教育行政は対象にならないため、同法245条1項が定める「関与」の類型の一つである「指示」の一種としての<是正の指示>を地方自治法ではない個別法律(つまり地方教育行政法)によって根拠づけようとしていると思われる。
 そして、その要件は、上記のとおり、「
教育委員会の法令違反や怠りにより、緊急に生徒らの生命を保護する必要が生じた場合」と限定されているようだ。
 骨子の第三は、「都道府県知事は私立学校に関する事務について教委に助言、援助を求めることができる」定めをおくこと、のようだ。この点には立ち入らない(教育委員会の権限は私立学校には及ばないことが前提)。
 さて、以上の改正案はなるほど文科大臣の都道府県教育委員会に対する権限を「強化」するものだが、「上意下達の教育行政をますます強める」、国の管理・権限を強化」、「教育の地方分権を後退させる
」等と大げさに批判するほどのものだろうか。
 上記のごとく、<是正の要求>や<是正の指示>の要件は、地方自治法が想定していなかった、生徒らの教育を受ける権利侵害の明瞭性・生徒らの生命の保護の必要性がある場合に限定されている(さらにもともと前者は拘束力がない筈だ)。
 それにそもそも、以下を本来は言いたいのだが、国による教育への監督・関与の強化に反対とか教育の地方分権というなら、地方教育行政法・学校教育法等の法律自体が国の立法機関が定めたものであって、これらに都道府県教育委員会等が拘束されされることは、国による教育への監督・関与そのものではないか。また、これらの法律の施行令や施行規則によってすでに都道府県教育委員会等はさらに具体的な国による教育への監督・関与をとっくに受けているではないか。
 さらに学習指導要領(文科省告示)によっても、各学校や教師は国によってとっくに拘束され、国による監督・関与を受けているではないか。
 これらの法律、施行令・施行規則、学習指導要領の全てを地方分権に反する国による監督・規制だとして反対するなら解る。少なくとも、国会が定めたのではない施行令・施行規則や学習指導要領(告示)の存在それ自体をこれまで一貫して批判してきたならば、まだ解る。
 しかし、それらについては何ら触れないまま、今回の上に見た程度の、私には今般の学校をめぐる状況から見て合理的と思える「強化」に反対するのは、その具体的内容から見ても、教育行政全体の法制度という観点から見ても、全くといってよい程、合理性を欠くものだ。
 国の(大臣の)権限強化に反対の主張は、国家の関与、国家による「管理」をそもそも毛嫌いしている人たちには問題なく共感されるのかもしれないが、一般に国の関与、国による「管理」を<悪>と見ることはできない。
 むしろ地方自治体もまた、そして地方自治体の教育委員会もまた、広義の<国家>・<国家機関>そのものであって、生徒やその保護者に対する<権力>を持っていることを忘れてはならない。
 その<権力>は(適法にはもちろん)適正に行使されなければならない。一般国民から監視と批判を受ける立場にあるのは地方自治体や教育委員会等自体(その職員、応援・強力する場合の職員団体を含む)であることを忘れてはならないだろう。

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