秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

国際主義

0946/「戦後」とは何か⑥-佐伯啓思・日本という「価値」(2010)より2。

  佐伯啓思・日本という「価値」(2010、NTT出版)によると、自民党内部に、「顕教的価値」重視勢力と「密教的価値」重視勢力の二つの「政治文化」が形成された。①「護憲的勢力と改憲派」、②「国際主義とナショナリズム」、③「国連中心主義者と親米派」、④「非核三原則とアメリカの核のカサ」、⑤「普遍的な人権論者」とそれへの「反対勢力」、⑥「自由競争路線と福祉重視派」、⑦「都市化論者と地方主義者」、「すべてがあった」(p.166)。
 個々の自民党員や国会議員が上のすべての項についてきれいに前者か後者のいずれかに分類されるとは思えないが、自民党が「国民政党」という名の、これらの「包括的政党」だったとの趣旨は分かる。

 そして次のいくつかの文章は、少なくとも1990年頃までの「戦後」を、じつに的確にかつ簡潔に描いているように見える。

 自民党の内部対立が顕在化することなく推移したのは、「戦後憲法の平和主義を(暫定的であれ)受け入れ、日米関係を堅持し、そのもとで経済成長を達成し、…その成果をできるだけ国民に広く配分する」という「現実主義的妥協」だった(p.166)。

 この妥協はときに「吉田ドクトリン」と呼ばれるが、どこまで自覚的だったかはともかく、この妥協によって日本人は「あの二重性のもつ亀裂や分裂に頭を悩ませる必要から解放」された。「亀裂はうまく隠蔽」され、顕教も密教も「その時々においてすみ分けつつ配備」され、日本人は「特に痛痒を感じることなく過ごす」ことができた(p.166-7)。

 「大多数のサラリーマン」は「日本的」企業で「一生懸命働けば、所得が増加し、家族が満足し、そして、日本全体としても豊かになっていった。その時に、一体誰が日米関係の変則性や憲法のもつ矛盾に頭をなやます必要があるだろうか」(p.167)。

 「経済成長のもと」で「個人、家族、地域、企業、日本」は一本につながり、「あえて難問を思考するという不協和音」を入れる余地はなかった。「吉田ドクトリン」は1951年以降の自民党の「政治原則を示すキーワード」だろうが、これは自民党政治の象徴のみならず、「戦後日本を覆う精神状況そのもの」だった。自民党政権の長期継続は、自民党の体質が「戦後日本人の平均的な精神状態を表していた」からだろう(p.167)。

 「吉田ドクトリン」なるもの、つまり吉田茂の<思想と政策>についてはなおも検討の余地があるだろう。だが、少なくとも1990年頃までの、あるいは今日もなおも維持されている「戦後」日本の基本的体制(?)は、A・日本国憲法のいう「戦力」不保持条項のもとでの「平和」または「軽装備」主義とそれを補う日米安保条約を通じたアメリカ(の核を含む軍事力)による日本の「保護」、B・これを前提または与件とした「経済成長」または「経済的・物質的富」の追求、だった、とさしあたり理解している。

 自民党の長期政権の背景には、「顕教」と「密教」のいずれかを上手く分担してくれる政党が他になかったこと、つまり、少なくとも表向きは、上のAの要素である「日米安保条約を通じたアメリカ(の核を含む軍事力)による日本の『保護』」に反対して、日米安保破棄を主張していた日本社会党が野党第一党だったという不幸な事態があった、ということは記しておいてよいだろう。この点に佐伯啓思は明示的には言及していないが、ともあれ、「(A①)戦後憲法の平和主義を(暫定的であれ)受け入れ、(A②)日米関係を堅持し、そのもとで(B)経済成長を達成し、…その成果をできるだけ国民に広く配分する」、あるいは国民は物質的・経済的利益を「配分」される、という政策、意識あるいは「体制」が継続した―基本的には今日も継続している―のが、日本の「戦後」だった、と思われる。

 佐伯は上で、①「日米関係の変則性」と②「憲法のもつ矛盾」を簡単に語っている。佐伯のいう「冷戦(構造)の終わり」のあと、おおむね1990年代初め以降、本当はこれらがより強く意識され、まともに論じられ、改められる必要があった。これらについては、また触れる機会があるはずだ。

0707/民主党・鳩山由紀夫の外国人地方参政権容認発言について。

 一 産経新聞・阿比留瑠比のブログによると、民主党・鳩山由紀夫幹事長は、こう発言した、という。順番に、一部抜粋。
 1.「永住外国人地方参政権付与問題、日本人にどういうメリットがあるのか」との問いに対して
 ・「日本人が自信を失っていると。自信を失うと、他の国の血が入ってくることをなかなか認めないという社会になりつつあるなと。それが非常に怖い」。
 ・「定住外国人」は「税金を彼らが納めてるわけですよね。地域に根が生えて一生懸命頑張ってる人たちがたくさんいるわけです。度量の広さをね、日本人として持つべきではないか」。「自信があれば、もっと門戸を開いていいじゃないか」。
 ・「出生率1・32とか低いところにあるわけですから、この出生率の問題だけ考えても、もっと海外に心を開くことを行わないと、世界に向けても尊敬される日本にならないし、また日本の国土を守ることもできなくなってくる」。
 2. 「地方参政権と国政参政権は違う」ことに関して
 ・「地域に根ざして頑張ってる」、「彼らが地域の行政、参政をする、参画をする必要がある」。「ただ、国政になると、まさに国益の議論をもっと深刻に議論しなければいけないときがあると思うので、そこまでいま広げる必要はない」。
 3.その他
 ・「アメリカの良さはそういう度量の広さ、色の白黒の問題もありますけども」。
 ・「自信のあるなしの問題なんですよ。自信があれば、もっと度量を広く持てば、日本列島は日本人だけの所有物じゃないんですから。もっと多くの方がたに参加してもらえるような、喜んでもらえるような、そんな土壌にしないとダメです」。
 ・「日本人がアメリカに何か憧れたりするわけでしょ? 私は例えばオバマ大統領を生んだアメリカってのはすごいと思いますよ。絶対にそのようなことは日本では起こりえないですよ、今のような発想では。もっともっと心を広く持たないと。仏教の心をね、日本人が世界でもっとも持っているはずなのに、なんで他国の人たちが、地方の参政権一つを持つことが許せないのかと。少なくとも、韓国はもう認めているわけですよね。彼らが認めていて、我々が認めないというのは非常に恥ずかしい」。
 阿比留や百地章のコメントは省略。
 二 以上を知って、こんなことを言う、又はこんなことしか言えない人物が民主党の幹事長であることに(そして政権を担う一人になる可能性があることに)慄然とする。細かなことには触れないで、基本的なことのみまず指摘する。
 具体的なことを言えば、第一に、この人は外国人(の一部)が<帰化>して日本人になること(そして日本人として参政権をもつこと)と、外国人のままで(地方)参政権をもつことを混同しているか、同様のことと考えている。つまり、概念的・論理的に上の二つが区別できていない。すなわち、例えば、以下のごとし。
 ①出生率に言及しているのはおそらく人口減を防止するために…、という理由づけだろうが、それは<帰化>者増加による「日本」国民の数の減少防止に関する話で、外国人の参政権の問題とは全く関係がない。
 ②アメリカへの言及があるが、アメリカが多様な人種から成り立っているとしてもそれは基本的には全て「アメリカ」国籍者の出自の多様性を意味しているだけで、「アメリカ人(国籍者)」から見て外国人の参政権の問題とは全く関係がない。
 第二に、国政参政権と地方参政権の区別がきちんと整理されていない。すなわち、鳩山由紀夫がいう、①税金支払い、②日本人は自信(包容力)をもて、という根拠は、地方参政権のみならず、国政への参加権の付与の根拠になりうる。
 なぜなら、外国人でも(少なくとも「定住」者は)所得税や消費税という<国税>を納めている。彼らが負担しているのは、住民税・固定資産税等の<地方税>だけではない。
 また、「度量の広さ」をもて、「心を広く持たないと(いけない)」と主張するならば、国政参政権も認めないと論理的には一貫しない。
 したがって、国政参加権は別だという鳩山の理由づけは、次のように曖昧になっている。
 「まさに国益の議論をもっと深刻に議論しなければいけないときがある」と思うので、そこまで「いま」広げる必要はない。
 国会議員による議論・法律制定等は全て「国益」に関係するのであり、「…ときがある」というような程度・範囲ではないだろう。また、鳩山は、「いま」広げる必要はない、と述べて、将来的には認めても構わない、認める可能性がある、という含みを残している。
 最高裁判決を確認しないが、一定の外国人への国政・地方参政権の法律上の否定は違憲ではない、但し、地方参政権に限っては法律で(現行法上は地方自治法ではなく公職選挙法の改正により)それを認めることもできる(「立法裁量」の範囲内)、という重要な傍論つきだった、と思われる。
 上の国政参加権に関する鳩山由紀夫の発言のニュアンスは、 この最高裁判決に反対する趣旨を含んでいる(最高裁判決批判自体が悪いわけではないが)。
 三 鳩山由紀夫の上記発言は、マクロ的にみると、結局、日本は開放的で寛容な<国際主義>に立つべきで、閉鎖的で偏狭な<ナショナリズム>を持つべきではないという、戦後日本の<主流>派的な、空気のように感じられている、独特の<意識>にもとづくものと考えられる。
 戦後教育を受け、自民党にかつていて共産主義(・社会主義)社会を目指すわけではないが、「さきがけ」を結成したように、とりわけ大都市部の「市民」の<進歩的な>(そして「国際主義的」な>)意識を鳩山(兄)は無意識にせよ形成してきたものと思われる。
 閉鎖的で偏狭な<ナショナリズム>こそがかつての日本を「戦争」に追いやり「敗戦」をもたらした、と(GHQらの史観と基本的に同様に)思い込んだままなのではないか。おそらくはこのとおりなので、鳩山(兄)は、いくら批判されても、疑問視されても、基本的な考え方を変えないだろうと思われる(鳩山由紀夫と同様の地方参政権付与賛成者の多くもそうだろう)。
 したがって、基本的な問題は、現在において、開放的で寛容な<国際主義>と、閉鎖的で偏狭な<ナショナリズム>(あるいは「愛国」主義・「国益重視」主義)、という対立軸を潜在的な意識の上で立ててしまってよいのか、にある。
 あるいは、<国際主義>は「開放的・寛容」で善、<ナショナリズム>は「閉鎖的・偏狭」で悪、という基本的な考え方・意識そのものに問題はないのか、をまず問わなければならない。この点を解きほぐして、基本的な立脚点たる<イメージ>と称してもよいと思われる意識を変えさせないと、鳩山由紀夫は変わらないし、自らの議論の非を認めることはないだろう。
 上のようなア・プリオリな価値判断は抜きにして、<国際主義>か<ナショナリズム>(愛国主義・国益優先主義)かが、それぞれの意味内容自体の議論も含めて、きちんと検討されなければならない(この区別は従来にいう「左翼」・「保守」の区別と必ずしも一致するわけではないと考えられる)。

0636/佐伯啓思・国家についての考察(2001)を読む-「朝日新聞」の「大きな欺瞞」。

 一 佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)p.76以下は「『他国への配慮』と国益」との節名で、前回紹介したようなことを、再述又は別論している(この本全部は、12/15に読了した)。
 7 ①「国益」観念が背後にない「他国への配慮」・「国際的友好」は無意味だ。そして「国益」が意義あるためにはその国の「正義」あるいは「共有価値」で支えられている必要がある。「正義」・「共有価値」は「生活上の習慣や文化的様式の中に暗黙のうちに表出」されるものだろう。
 しかし、「今日の日本」のように「暗黙裡」のものであれ「正義」あるいは「共有価値」の「存在そのものが怪しくなっている」場合には、「ナショナル・アデンティティ」の名のもとに「日本という国家を構成する精神的基盤について論議するのは当然のこと」だ(p.76)。
 ②「他国への配慮」・「国際的友好」を唱える者たちもかかるナショナリズムを前提としている筈だが、この「進歩主義的立場に立つ国際主義者」は「反国家主義」を標榜し「インターナショナリズムをナショナリズムと対立させる」ために自らの「インターナショナリズム」を骨抜きにしている。「国益」・「ナショナル・アデンティティ」を排除した「国際主義」は「ただ空疎な美辞麗句」にすぎない。
 彼らの「国際主義」は「反ナショナリズム」から発しているがゆえに、その「国際主義」自体が「『自己陶酔的で排他的な』ナショナリズムの単なる裏返し」となり、「『自己卑下的で追従的な』インターナショナリズムへと転化」している。その対中国姿勢、対国旗・国歌法姿勢等こそ、「まさに『自己陶酔的で排他的』なナショナリズムをただ裏返しただけに過ぎない」(p.76-77)。
 ③彼らの「友好」・「配慮」は「きわめて独善的」で「一国主義的」でもある。「ナショナル・アデンティティ」を排除した「国際主義」は「真の意味での国際主義=国家間主義(インターナショナリズム)とはなりえない」。「友好」・「配慮」は、「奇妙なことに『自己卑下的で追従的な』国際主義を『排他的で自己陶酔的に』追求するという結果となりかねない」(p.77)。
 ④「朝日新聞」社説が「ナショナリズム」や「ナショナル・アデンティティ」を「根本から否定」しているとは思わないが、それを語ることを「躊躇」しているために、五輪ナショナリズムはよいが「現実のナショナリズムは危険」だなどという「トンチンカン」な論説を展開している。「過激なナショナリズムを高揚させるほどの国家への切迫した思いも一体感も現代の日本人は持ってはいない」。五輪ナショナリズムは過激だが「国家意識は低調」ということは「通常は考えにくい」(p.78)。
 ⑤既述のように「朝日新聞」社説の「反ナショナリズム」は「裏返された」ナショナリズムで「隠された」ナショナリズムを背後にもつ。ナショナリズムあるいは「国家という『主体』」なくして「他国への配慮」・「国際的友好」を語り得ないのは自明のことで、朝日新聞」社説も「戦後進歩主義者」もこれを前提とせざるをえない筈だ(p.78-79)。
 ⑥しかし、「今日の日本」ではこの「国家という『主体』」という「自明性が見えなくなってしまっている」。小林よしのりの本も新しい教科書の会の運動も「戦前復古ではなく、現在の『主体』をいかに構成するかという関心」に導かれていると考える。
 「朝日新聞」社説もかかる「主体」の必要性を前提とする筈だが、しかし、「この『主体』がほとんど崩壊、もしくは溶解しつつあるとき、その主体の構成を図るための議論をナショナリズムと規定して排斥するのは一体なぜなのか?
 「ナショナリズムを隠蔽した反ナショナリズム」、「反ナショナリズムの内に潜むナショナリズム」、「この奇妙な二重構造」・「顕揚と隠蔽」あるいは「無意識の検閲」、「ここに大きな欺瞞があるのではないか?」 そしてそれこそが「『戦後的なもの』を内側から溶解させてしまった根本」要因ではないか?(p.79-80)。
 ⑦この「二重性」・「無意識の検閲」は後述もするが、そもそも「反ナショナリズムの思想的拠点は何」なのか。次にこれを扱う(p.80)。
 二 以上でp.57-80のメモは終わり。この部分は、この著の序章「なぜ『国家』を論じるのか」の次の第一章「現代日本の国家意識」の1「『戦後的なもの』の溶解」の後半ほぼ3/4にあたる。
 このあと、2「『世界市民主義』とは何か」、3「逆立ちした国家意識」とつづき、第二章「『二重言説』の戦後日本」以降へと移っていく。いずれも<朝日新聞>と無関係ではないが、覚書的紹介はとりあえずここでやめる。
 のちに丸山真男宮沢俊義(・日本国憲法)に触れるところや佐伯自身の「国家」観・論の展開が見られるところがあるので、別の機会にこの欄で言及したい。
 三 それにしても、朝日新聞、そして若宮啓文は、上のような朝日新聞的「反ナショナリズム」批判(又は批判的分析)にどう反応する(又は反応した)のだろうか。若宮啓文が佐伯啓思のこの著を一顧だにすることなく単純な「ナショナリズム」批判をしている(した)ことは明瞭だ。彼らがしていることは本能的・感覚的な「ナショナリズム」嫌悪感の表明にすぎないだろう。朝日新聞の社説執筆者やその一人だった若宮啓文の思考の<驚くべき底浅さ>は、佐伯啓思の丁寧な(そしてこの人にしては珍しく朝日新聞と明示しての大胆な?批判を含む)論述と比べると、きわめてよく分かる。
 若宮啓文はもう遅いかもしれないが、より若い世代の「戦後進歩主義者」は、佐伯啓思の上掲書を一度きちんと読んでみたらどうか。

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