秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

古森義久

1299/日本共産党「海外で戦争できる国…」は2005年に。

 一 日本共産党の「海外で戦争できる国づくり」反対のポスターは、昨年末の総選挙時に初めて見かけたように思う。では「日本国領域内での戦争」ならばよいのか、と皮肉りたくなったものだったが。
 もっとも、このような決めつけ、レッテル貼りを、日本共産党は遅くとも2005年には行なっている。
 志位和夫・日本共産党はどんな党か(新日本出版社、2007)は、小泉純一郎首相時代の2005年に自民党第一次憲法改正草案が現九条2項の削除と「自衛軍」保持の明記を掲げたことに論及して、「憲法九条をかえる」、「とくに九条二項」の「戦力」不保持条項を変えて「自衛軍がもてる」ようにする「憲法改定の…ねらい」は、「海外での武力の行使」を可能にすること、「海外で戦争する国」にすることだ、という旨を明記している(p.57)。志位によれば、小泉首相はこの狙いを「ひた隠しに隠」しており、それは「一番知られたくないこと」なのだそうだ(同上)。
 また、上の書p.62は、志位和夫が2005年05月の時点で、<九条2項削除・自衛軍保持>の憲法改正は日本を「海外で戦争をする国」に「つくりかえることに道を開くもの」だと述べたことも記している。この「からくり」を「しっかり見破る」ことが大切なのだ、という(同上)。
 憲法改正(九条2項削除等)ではなく集団的自衛権行使容認等の憲法解釈をふまえた安保法制の整備に反対してであるが、日本共産党は遅くとも10年前には、現在と同じことを言っている。
 「戦争反対」について言えば、厳密には、自衛目的の正当な戦争もあると考えるので、「戦争」一般をすべて<悪>として否認する考え方は採らない。おそらくは日本共産党も、社会主義国の核は善、資本主義国の核は悪と見なしてきた時代もあったくらいだから、厳密には「戦争」一般を<悪>だとは考えていないはずだ。
 にもかかわらず「戦争」一般が<悪>であるかのごとく主張しているのは、第一に、日本国民に根強い<反戦・平和>の感情に媚び、それを取り込んで自分たちの勢力を少しでも拡大したいからだろう。
 あるいは第二に、自分たちとは異なる勢力が起こす「戦争」はつねに<悪>だ、と見なしているからだろう。自分たちとは異なる勢力とは、より正確には、日本共産党が綱領上「敵」と見なすアメリカ(帝国主義)とそれに従属した日本の「反動」勢力(>日本独占資本)だ。
 このような<堅い>考え方をしている政党の党首等と議論・討議しても、本当は時間が無駄なだけだ。建設的・生産的な議論になるはずがない。安倍首相らには、適当に(あるいは適切に?)<お相手をしてあげて>、とだけ申し上げたい。
 二 2015年05月28日の衆院平和安全法制特別委員会で、民主党の辻元清美は「日本が戦争に踏み切る基準の変更について議論しているのか」と質問の冒頭で述べたらしい。また、同党の後藤祐一は、「この法案は石油を求めて戦争を可能にする法案なのか」と述べたらしい。
 「戦争」という語を平気で用いて、国民の不安を煽っているのだろうこの二人のメンタリティもまた、日本共産党のそれとほとんど異ならないようだ。まともに議論しても、回答しても、おそらく意味がない。
 三 質疑の内容については、古森義久産経新聞5/30の「緯度経度」欄で「安保法制、日本の敵は日本か」と題して語っていることに、ほとんど異論はない。
 もっとも、古森の上のような適切な分析と批判を行なっても、日本共産党には何ら意味がないようだ。
 日本共産党は1998年に中国共産党と関係を修復して<社会主義をめざす>友好党になっている。中国共産党が率いる中国を正面から批判するはずがない。「日本を軍事的に威嚇し、侵略しようとする勢力」への「歯止め」(古森)をこの政党が問題にするはずがない。この政党にとってのリスク、いや「敵」は、上記のとおりアメリカと日本の安倍晋三たちなのだ。民主党の中にも、同党に移ってもよいような議員がいるのだろう。 

1210/江崎道朗・コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾(展転社、2012)の第一章・第一節の1。

 江崎道朗・コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾/迫り来る反日包囲網の正体を暴く(展転社、2012)の「第一章・知られざる反日国際ネットワークの実態」の「第一節・中国共産党と国際反日ネットワーク」(p.14-47)を要約的に紹介する。この本は先月末か今月初めに読了している。

 アメリカでの慰安婦問題を利用した「反日」運動については、古森義久が産経新聞8/31付の「緯度経度」欄で、「米国にいる日本攻撃の主役」と題して、基本的なことは明らかにしている。
 古森の文章によると、「韓国ロビー」→「カリフォルニア州韓国系米国人フォーラム(KAFC)」のような新参団体が表面に出るだけだったが、「真の主役」は、「中国系在米反日組織の『世界抗日戦争史実維護連合会』(抗日連合会)」だった。米国各地での「慰安婦像」設置を「今後も推進する」と宣言しているらしい。また、「抗日連合会の創設者で現副会長のイグナシアス・ディン氏」は、「慰安婦像に関する中国共産党直轄の英字紙『チャイナ・デーリー』の長文記事で、設置運動の最高責任者のように描かれていた」。「米国下院の2007年の慰安婦決議も抗日連合会が最初から最後まで最大の推進役だった」、等々。

 上記団体は中国共産党と親近的な関係にあるらしいことが重要だろう。

 さて、江崎道朗著の上記部分は月刊正論2005年7月号掲載論考の改題・大幅加筆修正らしいが、古森のものよりも詳しい。

 「日本の戦争責任」をむし返し、「日本に謝罪と補償を求める」在米中国人グループは1987年に「対日索賠中華同胞会」準備会を結成し、1991年3月に正式結成した。主目的は「対日賠償請求運動」の盛り上げだったが、同月に「南京大虐殺」に絞った政治団体・「紀念南京大屠殺受難同胞連合会」も結成した。

 上はニューヨークを中心にしていたが、中国系が多いカリフォルニアにも飛び火し、1992年5月に(古森義久が上記記事で言及していた)「抗日戦争史実維護会」が結成された。その目的は江崎が「」付きで引用しているところによると、つぎのとおり。

 「大戦中の近隣諸国に対する日本の残酷な暴行の事実を日本政府に認めさせ、中国人民に謝罪し、その犠牲者と家族にふさわしい補償を実施させる。更にまた、日本が再び不当な侵略行動を開始することを阻止するために、アメリカ、中国、日本その他の諸国で、過去の日本の侵略に対する批判が高まるよう国際世論を喚起すること」。

 この「抗日戦争史実維護会」は1994年6月に他7団体とともに「全米華人の天皇への抗議と賠償請求公開書簡」を発表した(内容はここでは省略)。江崎の表現によると、彼らの「日中友好」とは、「日本が一方的に譲歩して賠償」をし、「日本の侵略を伝える歴史資料館を建て、今後、永久に中国の属国であり続けることを、日本が中国に誓う」ことを意味する。

 上の公開書簡以来中国系反日団体は統一行動をとるようになり、1994年9月にはワシントン・スミソニアン博物館の原爆展計画に対して、日本が被害者であることだけが強調されているとして、「日本侵略史観に基づく原爆投下容認論」を議会請願し、「抗日戦争史実維護会」のメンバーの一人は元米国軍人の力も借りて、上記博物館の「企画展示委員」に選ばれた。

 香港でも1988年に「香港紀念抗日受難同胞連会」が結成され、近年のそのHPは「日本軍国主義による尖閣侵略」を非難している。この団体を母体に2003年、尖閣問題に特化した「保釣行動委員会」が設立され、2012年6月には「世界華人保釣連盟」を結成した。2012年8月に尖閣に上陸を強行した中国人はこの団体の中心的活動家。

 カナダでも中国系カナダ人を中心に「第二次大戦史実教育擁護協会」が結成された。この団体は1997年6月、韓国系・フィリピン系等のカナダ在住者団体とともに、「日本政府による歴史歪曲と検閲に対抗して戦っている家永教科書裁判に対する支援キャンペーン」を実施した。

 世界の30ほどの中国系・韓国系・日系団体が結集して1994年12月に(古森義久が上記記事で「主役」とした)「世界抗日戦争史実維護連合会」が結成された。この団体は、カリフォルニアでの1994年12月の「『南京大虐殺』五十七周年世界記念会議」を後援した。この会議には「活動家」である大学教授・ジャーナリスト・作家なと300人が参加した。そして、「日本人および日本政府への宣言」を採択した。その要求内容は少なくとも次の5項目。
 ①中国人民への公式謝罪の声明と(中国共産党・台湾両政府への)文書提出、②日本の歴史教科書の誤りを正す、③中国・日本に慰霊の記念碑を建て、事実を刻む、④全被害者への合理的補償、⑤関連公文書公開・「過去の日本軍閥の罪行を天下に明らかにする」。

 ようやく第一節の約半分に達した。こういう団体が、在米韓国人団体が表面には出るかもしれない「慰安婦像」設置運動を支持すること、実質的に「主役」になってしまうことは論を俟たないだろう。
 なお、たしか青山繁晴がテレビで述べていたと思うが、カリフォルニア州のサンフランシスコ市長とオークランド市長は、いずれも中国系らしい。
 後半についてはなおも続ける。<歴史をめぐる情報戦争>の真っ最中だという自覚・意識が日本人には必要だ(もちろん日本政府にも)。

1197/六年半前と「慰安婦」問題は変わらず、むしろ悪化した。これでよいのか。

 この欄への書き込みを始めたのは2007年3/20で、第一次安倍晋三内閣のときだった。当初は毎日、しかも一日に3-6回もエントリーしているのは、別のブログサイトを二つ経てここに落ち着いたからで、それらに既に書いていたものをほとんど再掲したのただった。

 当時から6年半近く経過し、内閣は再び安倍晋三のもとにある。かつて安倍内閣という時代背景があったからこそ何かをブログとして書こうと思い立ったと思われるので、途中の空白を経て第二次安倍内閣が成立しているとは不思議な気もする。
 不思議に思わなくもないのは、定期購読する新聞や雑誌に変更はあっても、政治的立場、政治的感覚は、主観的には、6年半前とまったく変わっていない、ということだ。

 当時に書いたものを見てみると、2007年3/21に、「憲法改正の発議要件を2/3から1/2に変えるだけの案はどうか」という提案をしている(5回めのエントリー)。たまたま谷垣禎一総裁時代に作成された現在の自民党改憲案と同じであるのは面白い。但し、この案には、政治状況によっては、天皇条項の廃棄(「天皇制打倒」)も各議院議員の過半数で発議されてしまう、という危険性があることにも留意しておくべきだろう。

 同年3/25、16回めに、「米国下院慰安婦問題対日非難・首相謝罪要求決議を回避する方法はないのか!」と題して書き、同年4/12、63回めでは、「米国下院慰安婦決議案問題につき、日本は今どうすべきなのか?」と再び問題にしている。

 上の後者では、岡崎久彦や「決議案対策としての河野談話否定・批判は『戦術として賢明ではない』」等との古森義久の見解を紹介したあとで、「河野非難は先の楽しみにして、当面は『臥薪嘗胆』路線で行くしかないのだろうか。私自身はまだスッキリしていないが。」と書いている。
 この決議案は採択され、河野談話は否定されておらず、慰安婦問題という「歴史」問題は、まだ残ったままだ。残るだけではなく、さらに悪化している、とも言える。そして、「私自身はまだスッキリしていない」。今年の橋下徹発言とそれをめぐるあれこれの「騒ぎ」のような現象は、今後も間違いなく生じるだろう。

 急ぎ、慌てる必要はないとしても、自民党、安倍晋三内閣はこのまま放置したままではいけないのではないか。
 「歴史認識」問題を犠牲にしても憲法改正(九条改正)を優先すべきとの中西輝政意見もあるが、「歴史認識」問題には「慰安婦」にかかるものも含まれるのだろう。

 これを含む「歴史認識」問題について国民の過半数が一致する必要はなく、例えば<日本は侵略戦争という悪いことをした>と思っている国民も改憲に賛成の票を投じないと、憲法改正は実現できないだろう。

 しかし、河野談話や村山談話をそのまま生かしていれば、第二次安倍内閣は<固い保守層>の支持を失うに違いない。今のままで放置して、「臥薪嘗胆」路線で行くことが賢明だとは考えない。憲法改正を追求するとともに、河野談話・村山談話等についても何らかの「前進」措置を執ることが必要だと思われる。

1160/安倍新内閣発足翌朝の朝日新聞12/27社説の親中・「左翼」ぶり。

 安倍新内閣発足翌朝の朝日新聞12/27社説「安倍内閣発足―再登板への期待と不安」は、朝日らしく、意味不鮮明で、かつ自己陶酔に満ちている。
 後半になってとくに、何とかいちゃもんをつけておきたい気分が出てきている。しかも中国とまったく同じ立場から。
 朝日社説によると、歴史教科書に関する「近隣諸国条項」を引き継がないとなれば「中韓との関係はさらに悪化する」、らしい。
 それで?、とさらに突っ込みたいところだが、「中韓との関係」の悪化(と朝日が判断するもの)はこの新聞社にとっては、つねに、一般的に「悪」らしい。
 そのあと、「孤立招く歴史見直し」との見出しを掲げて、安倍首相や下村文相、稲田行革担当相の固有名詞を挙げ、歴史認識にかかる「戦後レジームからの脱却」を批判している。
 この点が最も言いたいところであり、朝日新聞は今後も絶えず、ぐちゃぐちゃと問題にし続けるのだろう。「戦後レジーム」の体現者であり、利得者でもあるのは、朝日新聞そのものに他ならないのだから、自己自身の存立基礎を脅かす論点であることを、当然によく理解している。
 そして、最後の一文は、「世界の中で孤立しては、日本の経済も外交も立ちゆかない」、になっている。
 果たして何が言いたいのか。「来夏の参院選までは憲法改正をはじめ『安倍カラー』は封印し、経済政策などに集中する」のが「現実的な選択である」と述べたあとで、「そのうえで、新政権に改めて指摘しておきたい」として、上の一文で締めくくっている。
 もともと改行の多い、「社説」という論説にはとてもなっていない文章なのだが、最後の一文の趣旨とその前段との関係もよく分からない。
 おそらくは、「安倍カラー」を出そうとすると「世界の中で孤立」するぞ、という脅かしであり、「安倍カラー」の中には憲法改正、河野談話・村山談話の見直し、「近隣諸国条項」の見直し等の、中国政府や韓国(の世論の大勢)のいう「右傾化」諸項目が含まれているのだろう。
 だが、その方向で動くことが、なぜ「世界の中で孤立」することになるのか。
 フィリピン政府は(正確には確認しないが)日本の軍事力強化を、東アジアの平和と安定のためにも支持した、らしい。
 朝日社説のいう「世界」とは、中国と韓国、そして北朝鮮だけなのではないか。
 むろん米国の中にも日本の正規の軍隊保持に反対するメディアや論者も存在するのだろうが、古森義久・憲法で日本は亡びる(海龍社、2012)が冒頭に書いているように、かつてほどの影響力はなくなっているようだ。
 朝日社説のいう「世界」とは、中国と韓国、北朝鮮、そしてその他の諸外国の一部「左傾」分子だけなのではないか。
 それを大げさにも「世界」と断じることのできる向こう見ずさとアホさ加減には、あらためて感心せざるをえない。中国共産党のエイジェント新聞ぶりを、見事に示している朝日新聞社説だ。-と朝日新聞について「改めて指摘しておきたい」。

0793/朝日新聞を批判した2007.07の古森義久ブログ。

 2007年7月の参院選の際の朝日新聞の報道ぶりは異常で、産経新聞は<何たる選挙戦!>と銘打つ連載をしていたし、古森義久の2007.07.11のブログのタイトルは「朝日新聞の倒閣キャンペーンの異様さ」だった。
 古森義久は2007.07.13のブログでは、「朝日新聞の倒閣キャンペーン社説ーー『前のめり』症候を診る」と題して、本欄で前回に引用・掲載した朝日新聞2007.07.12社説を、かなり詳しく批判的に分析していた。それをそのまま再掲してみよう
 なお、たんなる懐古趣味で二年前を思い出しているのではない。朝日新聞らが誘導した2007参院選での自民党大敗北こそが国会に「ねじれ」をもたらし、与党の政権運営を難しくしてきた。そして、今日がある。
 <四年間に四人もの首相>と批判的に述べられもするが、交替せざるを得なかった大きな背景は参院では野党が多数派だったことにある。また、明瞭に語られることは何故か少ないが、衆議院で与党が有していた2/3以上の多数を利用して再議決しないと、参議院で法律案が否決されてしまえば、いかなる法律も成立せず、法律制定によって政治・行政を行っていくことが困難だった。そしてまた、このことは、衆院2/3以上多数の放棄をほぼ意味する「衆院解散」を歴代首相、とくに麻生太郎首相が躊躇した大きな一因だった、と思われる。
 そして、現在、朝日新聞ら「左翼」が目論んだ<政権交代>が眼前にあるらしい。朝日新聞に二年前ほどの<異様さ>がないかもしれないのは、安倍・福田・麻生内閣時代にずっと、つねに与党を批判する方向で記事を書いてきたからだろう。<政権交代>にとって有利な情報は大きく、それにとって不利な情報は小さく、取り上げてきたのだ。むろん100%の有権者が朝日新聞の報道ぶりに影響を受けることはないが、5~20%の人々の投票行動を一定の方向に誘導することは十分にありうる。10%の票でも当落を決する力がある。
 世論調査の結果や選挙結果が、マスコミの大勢の論調の誘導力をあとで証明するだけ、になるとすれば、何と嘆かわしい現象だろう。
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 古森義久2007.07.13ブログ(全文、/は元来は改行)
 //「朝日新聞の倒閣キャンペーン社説ーー『前のめり』症候を診る
 朝日新聞を続けて論じるのも芸がないとは思うのですが、最新の社説一本を一読しただけで、自分がつい2日前に書いたことが裏づけられる思いに鼓舞されたから、と申しましょうか。/それほど偏向が顕著なのだともいえます。「安倍憎し」の私怨が暴走すれば、その前のめりは方向感覚を失い、閉塞だけが強まり、均衡をなくして、よろよろ、論理さえも薄れていく、ということでしょうか。/情から始まる一点集中傾向は、論理や事実に基づくはずの文章を書く人間の頭脳さえも痺れさせる。もって自戒ともしたい現象です。
 さて論題とする朝日新聞の社説は7月12日付、「参院選告示」「『安倍政治』への審判だ」という見出しでした。
 まず最大の特徴をいえば、看板に偽りあり、「安倍政治」への言及がほとんどないのです。あるのは反安倍勢力が取り上げるトラブル現象ばかりです。/まあ、順番に論評しましょう。社説の全文を紹介するわけにもいかないので、主要部分を順に引用しながら、コメントしていきます。
 <<「宙に浮いたり、消えたり」の年金不信、閣僚に相次いて発覚した「政治とカネ」のスキャンダル、無神経な失言の連発、いわば「逆風3点セット」にきりきり舞いの状態が続くなかで、選挙戦に突入することになった。/首相にとって、この選挙は小泉前首相の時代とは違う「安倍カラー」を前面に掲げ、有権者に問う場になるはずだった。そのためにこそ、国民投票法など対決色の強い法律を、採決強行を連発しながらどんどん通していった。/教育再生や集団的自衛権の解釈などでいくつもの有識者会議をつくり、提言を急がせたりもしている。/首相はテレビ局などを行脚して「この9か月の実績を評価してほしい」と訴えている。だが、逆風3点セットに直撃され、「年金記録信任選挙」(民主党の小沢代表)の様相を呈しているのはさぞかし不本意なことだろう。/むろん、年金の問題などはこの選挙の大きな争点だ。国民の不信や怒りにどう応え、安心できる制度、組織をつくるかを論じる必要がある。>>
 さあ、以上がこの社説の前半のほとんどです。/この部分での主眼はこの参院選挙を「年金選挙」あるいは「逆風3点セット選挙」と特徴づけている点です。見出しでは「安倍政治」全体への審判であるかのようにうたいながら、実際には安倍政権の政策自体からは外れたミスやスキャンダルに重点を置き、そのうえで小沢一郎氏の言をそのまま使って、「年金記録信任選挙」であるべきだという主張を述べているに等しいのです。
 一方、かんじんの「安倍政治」については、この社説は正面からはなにも触れていません。憲法改正という重大なテーマさえも、「国民投票法など対決色の強い法律」という一言ですませるのです。
 「安倍政治」を語るならば、当然、教育基本法の改正、憲法改正を目指しての国民投票法の成立、天下りを規制する公務員制度改革法の成立、防衛庁の省昇格、そして中国や韓国との関係改善、さらにはNATOとの初の首相レベルでの接触、インドやオーストラリアとの「民主主義の共通価値観」に基づく新連携などなどが、少なくとも言及されるべきでしょう。
 ところが、この朝日社説はこれら重要案件のほんの一部の、しかもその末端だけをとらえて、「負」の情緒いっぱいの主観的な表現でけなすだけです。
 「対決色の強い法律を」「採決強行を連発しながら、どんどん」「提言を急がせたり」という表現がそれです。
 そもそも安倍首相が主導した一連の重要法案成立を単に「安倍カラー」という皮相な描写でしか言及していないのも、なんとも情緒的に映ります。その背後に感じさせられる黒い影は、なんとか安倍政権を倒したい、という情念でしょうか。
 だからこの社説は結局は、今回の参院選は「安倍政治」の審判ではなく、「年金」や「逆風3点セット」への審判であり、そうであるべきだ、と主張していることになります。見出しから連想させられる重要政策案件の議論はまったくないのです。だから私は「看板に偽りあり」と評したわけです。
 さてこの社説はちょうど真ん中あたりで、さすがに気が引けたのか、あるいは欠陥に気づいたのか、安倍政権の政策面にも、あらためて触れてみせます。以下のような記述です。
 <<だが同時に、この9か月に安倍政治がやったこと、やらなかったことを、その手法も含めて有権者がしっかりと評価するのが、この選挙の重要な目的であることを忘れてはならない。>>
 さあ、こういう記述が出てくれば、当然、後に続くのは、その「安倍政治」の検証だと思わされます。
 ところがこの社説はそれが皆無なのです。安倍政権の政策の検証どころか、また論題は「逆風3点セット」にもどってしまうのです。/だから一つの「論説」としては構造的に支離滅裂、安倍叩きに没入するあまり、「論」の構成さえもヘナヘナ、朝日新聞が自分たちの気に入らない相手の言動を描写するときに愛用する表現でいえば、まさに「前のめり」のあまり、視力も知力も麻痺したとさえ、思わされます。
 この社説の結び近くでは、安倍政権の政策論に替わって、また以下のような記述が出てきます。読者に対し選挙への態度を呼びかける記述です。
 <<年金をはじめ、赤城農水相の事務所経費で再燃した「政治とカネ」の問題などの3点セットは、どれも大事なテーマである。>>
 やはりこの選挙では「安倍政治」ではなく、「逆風3点セット」をみよ、というアピールだともいえましょう。
 しかし同社説はここでまた気が引けたのか、その直後にいかにも体裁に以下のことを書いています。
 <<そして、これからの日本の政治のあり方をめぐって重要な選択が問われていることを心にとめておこう。>>
 これまた「日本の政治のあり方」や「重要な選択」についてはなんの説明もありません。/そして社説は次のような奇妙な記述で終わっています。
 <<安倍政治がめざす「戦後レジームからの脱却」か、小沢民主党がめざす政権交代可能な二大政党制か--。投票日までの18日間、しっかりと目を凝らしたい。>>
 同社説がここでやっと「戦後レジームからの脱却」をあげたことは評価しましょう。これこそ「安倍政治」の特徴だからです。しかし社説では前述のように、その内容の議論が皆無です。議論は「逆風3点セット」だけなのです。
 しかもこの結びは、「戦後レジームからの脱却」に替わる選択肢として、「政権交代可能な二大政党制」を記しています。この点が奇妙なのです。
 「戦後レジームからの脱却」が一つの選択肢ならば、他の選択肢はまずは「戦後レジームの保持」となるでしょう。そうでなくても、「戦後レジームからの脱却」以外の政策が示されるのが普通です。それがここでは一気に政策の論議や比較をすっ飛ばして、「政権交代」となります。/「政権交代可能な二大政党制」はすでに存在するではないですか。政権交代は衆院選挙で野党が勝てば、いつでも、いくらでも可能なのです。そのための二大政党制の政治メカンズムはすでに存在するのです。
 やはり朝日新聞にとってはこの参議院選挙は「政権交代」こそが目標なのだ、という本音が結びのこんな記述の構成にもあらわれている、と感じた次第でした。// 

0316/産経・山本雄史記者への質問・3。

 再述すれば、産経・山本雄史は自らのブログ7/30上で、最後に「安倍首相は引き続き政権を維持する決意を固めている。政権にとどまることで、さらなる国民の反発が予想されるのだが、…。安倍首相は空気を読めているのだろうか」と結ぶ一文を書いたコメントに対して「「退陣しろ」とまでは書いてません。におわせるような部分はありますが…」と逃げている文章もあるが、退陣すべきだった(続投すべきでなかった)と考えており、そう主張したのは実質的に明瞭なことだ。
 なお、以下はすべて、同氏の書いたものの引用だ。①「国民に「首相が居座っている」という印象を持たれても仕方がないような発言が多い」、②「不信任とみられても仕方がない負け方だ」、③「国民がノーを突きつけているという事実をこの人〔首相〕にはわかっているのかなあ?と思わせるような発言が多かった」、④「国民の審判が下ったにもかかわらず、…現在の状況を把握されていないのではないか?という疑問」を持った、⑤「自民党の最高責任者は安倍首相なので、責任が問われるのは筋としておかしくない」、⑥「首相自身が、自身の置かれている状況を正確に把握しているように思えなかった」、⑦首相発言は「民意なるものを軽視しているとしか思えない」。
 上のブログ本文を中心にして、いくつかの疑問も湧き、質問もし批判もしているのだが、山本雄史のブログ上にはまだ、<秋月氏に答える>、<…に反論する>というタイトル又は内容の文章は掲載されていない。
 ネット上に新しい言論空間の可能性があるというなら、頬かむりしないで何らかの反応をネット上で示したらどうだろうか。私は一個人としての山本氏ではなく、産経新聞記者としての山本雄史氏に向かって発言している。
 さて、依然として、この人はなぜこんな皮相で単純なことしか書けず、主張できないのだろうか、とその理由・背景について思いめぐらしている。いくつかそれらを推測するとともに、あらためて質問をしておこう。
 第一に、山本は安倍首相は退陣すべき旨を主張したとき、内閣総理大臣の地位に関する衆議院と参議院の位置づけの違いを少しでも考慮しただろうか。
 政治(も)担当する新聞記者ならば、国会法・公職選挙法・政治資金規正法等の基本的概要を熟知しておく(少なくとも簡単に確認・調査できる状態にしておく)べきなのは当然だが、現憲法上の関係規定を知っておくべきことは当然のこと、言わずもがな、のことだろう。
 安倍首相は憲法の定めにもとづき衆院・参院両院の議決によって内閣総理大臣の地位に就いた。これ以上は既述のことでもあるので反復しない。
 山本は、衆院の内閣不信任議決→総辞職か解散、に対して参院にはかかる手段又は制度はない、ということくらいはきちんと理解した上で問題の一文を書いたのだろうか。
 むろん参院選の結果について党首に<政治的責任>の問題が発生しうることは一般論として否定しない。だが、かりに、こうしたあたり(憲法制度・憲法諸規定)について何の知識もなく、何の考慮することもなく、安倍首相は退陣すべきとの一文を書いたのだとすれば、もうそれだけで政治(も)担当記者として失格だと思われる。
 質問したい。山本雄史記者は、内閣総理大臣の選任、内閣総理大臣の地位に対する参議院の権限に関する憲法上の諸規定を知ったうえで、又は考慮したうえで上のような主張をしたのかどうか。
 なお、参院選挙の位置づけに関する参考となる論述を含み、かつ安倍首相続投を支持するものとして、以下がある。<リンク削除>
 第二に、朝日新聞等のマスコミの選挙報道の仕方についての認識が、少なくとも私とは異なっている。少なくとも私、と書いたが、同様の認識・理解は決して少なくはない。例えば、それぞれ私のブログで取り上げたのだが、産経の古森義久は7/11ブログ「朝日新聞の倒閣キャンペーンの異様さ」で、このタイトルどおりのことを批判的に指摘・主張していた。
 週刊新潮7/26号も「「安倍憎し」に燃える朝日の「異様すぎる選挙報道」」との見出しの特集的記事を書いた。
 また、稲垣武は8/02に「今回の参院選での選挙報道は疑問だらけ」とし、選挙結果について「戦後レジームからの脱却を唱えた安倍首相と対立する朝日新聞の「反安倍キャンペーン」が功を奏した」と簡潔に言い切っている。
 さらに、そもそも山本雄史が所属する産経新聞自体が「何たる選挙戦」という他マスコミ批判をかなり含む特集記事を投票日直前に連載したのだ。 
 ところが山本は、驚くべきことに、産経新聞、古森、稲垣(そして私等)のような認識を全く又は殆ど持っておらず、むしろ他マスコミを擁護する言葉を発している。
 例えば、①「安倍氏の志も業績もなにひとつ伝えず、すべて悪意に解釈する報道を日々執拗に繰り返して強引に作り出された空気ではないか」との山本ブログ文へのコメント(発信者の名は省略させていただく)に対する、「うーん、少なくとも産経新聞は安倍政権の良さ、魅力を徹底的に報道していたと思いますが…」。ここでは、他マスコミには言及しないで逃げている。
 ②「産経は一貫して、安倍政権支持を明確にしてきました。公平さの面で言うと、首相サイドの記事が選挙期間中も多かったです。産経が公平な報道をしてきたか、というと何ともいえません」。ここでは何と、安倍首相支持を明確にしてきた(という)産経新聞の「公平さ」を問題にしている(!)。安倍首相を批判した朝日新聞等の方が「公平」だったと主張していると理解されてもやむをえない文章だ。
 ③「野党の失言や不祥事について、マスコミは意図的に無視していた…。うーん、そういう印象はあまりない」。
 ④「確かに、一部メディアは「安倍叩き」に奔走してました。ただ、軽薄かどうかは、国民は意外にシビアに見ていると思います」。ここでは一部メディアの「安倍叩き」奔走の事実は承認しながら、それを「軽薄」だとは言っていない。むしろ、「安倍叩き」奔走は決して「軽薄」ではなかった、と擁護しているニュアンスの方が強いことは明らかだ。
 以上の言葉は、一般の人が書いているならば読み流す類のものかもしれないが、新聞記者、しかも産経の記者の言葉となると、驚かざるをえない。
 山本雄史氏は、自らが帰属する産経新聞の主張・判断よりも他マスコミのそれらをむしろ支持しているようだ。産経の記者が産経新聞の「公平さ」を疑問視した部分は、歴史的にも記録、記憶されてよいものになるだろう。
 さて、推測になるが、山本は産経以外の各紙を読み(例えば私と違って全紙に容易にアクセスでき容易に読めるに違いない)、諸テレビ局の報道ぶりを見て、数の上では多かったかもしれない<反安倍>ムードの方の影響を受けてしまったのではなかろうか。あるいは朝日等の他紙の記者と接して語り合ったりしているうちにその影響を受けて、自社(産経)よりも他紙の主張の方に魅力?を感じたのではあるまいか。稲垣のいう朝日新聞の「反安倍キャンペーン」の効果は、あるいは同氏のいうマスコミの「狂風」は、マスコミ内にいる産経・山本の心理・考え方にまですら及び、巻き込んだのではなかろうか。
 あらためて質問したい。朝日新聞に便宜的に又は代表させて限定しておくが、朝日新聞の今回の選挙報道ぶりに問題(批判されるべき点)はなかったのかどうか。かりにあったとすれば、それはどの程度のもので、貴氏はそれをどう批判するのか(「問題はなかった」と言うなら、その旨答えてほしい)。
 関連して言及するが、山本雄史ははたして、朝日新聞という新聞社がどういう主張をし又はどういう虚報(捏造報道)を発してきたか等についての十分な知識を持っているのだろうか。昨年末の若宮啓文論説主幹の(私には滑稽至極な)コラムを読んだことがあるのだろうか。読んだとして、どういう感想を持ったのだろうか。あるいは、朝日新聞のみを批判する単行本、朝日新聞批判を含む単行本は何冊も出版されているのだが、この人はいったい、どの程度読んでいるのだろうか。
 そこで端的に質問する。1.最近10年間についてでもよいが、朝日新聞の論説・主張の「傾向」をどのように評価しているか。2.上のような単行本のうち何冊、かついずれの本を読んだことがあるのか(全くないなら、その旨答えてほしい)。
 なお、質問ではないが、北朝鮮当局は安倍首相の辞任を要求した、という。
別の国家の人事に介入してくるとは噴飯ものだが、北朝鮮は朝日新聞と同じ主張をしたことになる。いや、朝日新聞が先立って北朝鮮と同じ主張をしていた、と見るべきものだろう。
 第三に、山本雄史は安倍首相よりも小沢一郎を積極的に評価しているようだ。例えば言う-「小沢一郎が地味に地方や事務所回りに精を出した。一部メディアは小沢の作戦を冷ややかに受けとめていたが、小沢のやっていることは選挙の王道で、何ら奇をてらったものではない。そもそも、遊説で票が取れると思ってはいけない」。
 上の「一部メディア」とはどのメディアを指すのかよく分からないが(産経新聞だとしたら、再び驚愕だ。ネット上で自社の報道ぶりを再び公然と批判していることになる)、上の記述内容自体を問題にしようとは思わない。適切な指摘だと思われる部分があるからだ。
 だが、山本のかなり固い<安倍嫌い>を読まされると、小沢一郎についての、この山本という人の知識・認識の程度・内容を知りたくなる。
 90年代の政界の中心にいて<掻き混ぜた>のは小沢一郎その人だった。細川連立政権を生んだのは実質的に小沢一郎だったと言ってよいが、日本社会党を政権内に入れさせ、官僚を<社会党(社会民主主義)>に慣れさせ(例えば、文部官僚と日教組の接近→「ゆとり教育」)、細川首相の先の戦争は<侵略戦争だった>との単純な歴史認識の表明も生んだ。その後の村山・自社さ連立政権も、小沢一郎(新生党)と社会党・さきがけの自衛隊国際貢献等に関する対立と細川政権下での小沢の露骨な社会党外しにそもそもの原因あったのだとすると、小沢こそが社会党を自民党の方に追いやり(社民主義に甘かった当時の)自民党が受け入れたことによって成立した、ということもできる。そして村山政権は戦後50年国会議決(当時の安倍晋三議員は退席したと記憶する)や同村山談話をも生んだ。とくに後者は「自虐的」と評しうるものだった。小沢一郎が生んだともいえる一連の細川・(羽田)・村山政権は、―呼称はむつかしいが―親中国(・北朝鮮)「自虐的」政権だった、と言えなくもない(そのように論評する人もいる)。
 一方、新進党瓦解後、小沢一郎は自由党を結成していて、一時期自民党と連立与党を構成した。過半数獲得のために自民党が自由党を必要とした事情があったが、小沢は政権与党内での自らの地位の向上を狙っていただろう。公明党の連立参加により自由党がいなくとも与党は過半数を取れるようになり、自由党は小沢自由党と保守党に分裂して前者は野党に転じた。その直前に小沢・小渕首相会談があり、会談後に小渕首相は脳梗塞で倒れたのだが、会談において小沢一郎は、小渕首相に対して、自己の政府内要職(首相を含む)の地位の保障を要求したのではないか、と私は想像している。
 前後するが、小沢一郎らが新生党を結成して自民党を離党したとき、立花隆は<何が改革派だ、ちゃんちゃらおかしい>旨述べて朝日新聞紙上で酷評した(とっくに朝日読者でなかったので当日は読んでいないが、のちに有名になって別の本で読んだ)。小沢一郎は田中角栄-金丸信の直系の「金権」政治家(新しそうでじつは古い政治家)だという少なくともイメージはあったのだ。
 余計なことを私の推測も交えて長々と書いたが、問題にしたいのは、山本雄史記者が上に一端を示したような90年以降の政界改編の状況・歴史、小沢一郎という政治家について、どの程度の知識・見識を持っているのか、ということだ。20年もまだ経っていない近年の日本の政治状況・歴史や重要な政治家の一人について、十分な知識と見識なくして、小沢氏等について十分に適確な記述・論評ができるのだろうか。政治(も)担当の新聞記者なら、書物を通じてであれ、基本的な概要は知り、理解して何らかの見識は持っておくべきだろう。
 はたして、山本雄史記者は、上のような十分な知識と見識を持っているのかどうか。
 そこで、質問したい。90年以降の政界(政党改編等)の状況・歴史、小沢一郎という政治家について、何という書物を読んで知識・見識を得たのか(小沢一郎の著書を含む)。これらに関する知識・見識が不十分のままでは政治(も)担当の新聞記者の資格はないと考えるので、あえて問う。
 なお、私がすでに書いた以下も参照。<リンク削除>
 もう一つ、第四点を予定していたが、長くなったので、「民主主義」・「民意」論とともに次回に回す。
 いくら何でも<完全沈黙>はないだろう。

0293/朝日新聞-「安倍憎し」に燃える「異様すぎる選挙報道」。

 文藝春秋と新潮社ではどちらかというと文藝春秋の方が(文春新書の執筆者を見ても)より「保守的」とのイメージがあるが、週刊誌となると逆になって、週刊文春よりも週刊新潮の方が「保守的」又は親与党的だ。正確には、週刊文春よりも週刊新潮の方が朝日新聞をはじめとする「左翼」に対して<厳しい>、と言った方がよいかもしれない。
 その週刊新潮7/26号はかなり大きく「「安倍憎し」に燃える朝日の「異様すぎる選挙報道」」との見出しを立てて、殆ど巻頭特集のような扱いをしている。以下、言葉・フレーズだけの引用(カッコ内は記者とは別の評論家等)。
 「これでもかという安倍打倒参院選キャンペーン」、「よほど宿敵・安倍首相の支持率が下がったことがうれしかったに違いない」、「…との手前勝手な解説まで入っている」、「この程度で驚いてはいけない。…では…を強調し、…と露骨な投票行動をおこなっている」、「さながら野党機関紙の様相」、「さらに…も凄まじい。…安倍首相に…とケチをつけ、…と畳みかけている」、「年金問題…民主党の支持基盤である自治労…オクビにも出さず、ひたすら安倍攻撃に邁進する」、「極めつきは…と一国の総理の発言を”ヘ理屈”とまで言ってのけた」、「ここまで”政治党派性”を露骨にしての政権攻撃は異様…。ジャーナリズム史に残る事態…」(古森義久)、「普段使わないような情緒的な言葉を多用して安倍攻撃をおこなっている」(古森)、「朝日は、安倍政権にマイナスになることだけを書きつづけていますから」(屋山太郎)、「自分の価値観だけをひたすら押しつけてくる、ただのビラ。”反政権ビラ”…」(屋山)、7/09記事では安倍内閣・自民党支持率回復につき「見出しを打たず、前回の参院選より低いと…」、「まさに世論操作そのもの」、「とにかく安倍憎しという一心で記事をつくっている」(稲垣武)、「昔は…オブラートにくるんで政権批判をしたのに、今は感情むきだし。…新聞以下のイエローペイパー、デマ新聞のレベル…」(稲垣)、「朝日自身が”戦後レジーム”そのもの」(稲垣)、「朝日は、昔のコミンテルン…。…自分たちの思想を宣伝し、ずっと嘘を言いつづけることで、白を黒にしてしまう」(本郷美則)。
 いやはや、この記事を読んでも、<読売新聞や産経新聞も逆の立場で朝日新聞と似たようなことを…>などとの呑気なことを言える人はいるのだろうか。いるとすれば、その人はまともな神経の持ち主ではないか朝日新聞の記者自身ではないか。
 この週刊誌記事の最後の文はこうだ。
 「日本と日本人をひたすら貶めて生きてきた朝日新聞。その常軌を逸した報道は、…朝日ジャーナリズムの断末魔の叫びなのかもしれない」。
 近い将来、上の「なのかもしれない」を「だった」に替えて読み直したいものだ。
 産経新聞7/21花田紀凱の連載コラムで、同氏は上の週刊新潮の記事についてこう書いている。
 「まさにその通り。朝日の反安倍偏向報道、目に余る。どこが不偏不党だ。朝日も恥を知った方がいい」。
 朝日新聞自身も自らの<異常>・<偏向>ぶりを自覚しているのではなかろうか。そして、それが「ジャーナリズム史に残る事態」かもしれないことを意識しているのではなかろうか。
 しかし、そんなことにかまっている余裕がこの新聞社にはないのだ。自民党を敗北させ、安倍晋三を首相の座から引き摺り下ろすことができるかもしれない絶好のチャンスが訪れている(と判断している)のだ。この機会を絶対に逃すまいと、必死の、「常軌を逸した」紙面づくりをしているのだ。
 自民党のある程度の敗北はやむをえないとしても(むろん民主党よりも多数議席の方が望ましい)、安倍晋三を絶対に内閣総理大臣の地位から下りさせてはならない
 朝日新聞の意向・主張に添うことは日本の国益にならず、その主張と反対の方向を選択することこそ日本の戦後の教訓であり指針だった。朝日の考える方向に誘導されず、それをきっぱりと拒否しなければならない。

0291/古森義久「朝日新聞の倒閣キャンペーンの異様さ」に寄せて。

 産経古森義久が氏のブログで7/11に、「朝日新聞の倒閣キャンペーンの異様さ」というタイトルで、その題のとおりのことを批判的に指摘している。
 朝日新聞の記事を全て読んでいないが、古森の感想・考えが正しいだろうことは容易に想像がつく。
 安倍内閣を支持している読売又は産経自体はどうなのかと問題をずらしている、又は公平に論じろとの旨の意見もあるようだが(読売は安倍内閣支持で明確なのか私には分からない)、それは、安倍晋三と朝日新聞の長い<敵対>関係を知らない無邪気な人だからこそ言えることだ。
 朝日新聞は、安倍が中川昭一等とともに若手の「保守派」の会である日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会の要職・事務局長を務めて以来(中川昭一が代表)、警戒すべき政治家だと注意を向け、事あらば批判し、政治的に打撃を与え、うまくいけば失墜させてやろう(政治生命を奪ってやろう)と考えてきた「左翼政治団体」だ。
 2005年になって4~5年前のできごとについて<政治家がNHKに圧力>という本田雅和ら執筆の虚報(捏造記事)を放ったのも、そうした<戦略>の一環だった。この件につき、安倍、中川およびNHK幹部にも毅然と反論されて窮地に陥ったのは、朝日新聞だった。
 その後この件について朝日新聞は訂正も謝罪もせずに勝手に<幕を引いて>いるが、朝日新聞の<挑戦>を堂々と受けて立ち、活字によっても朝日新聞を名指しで批判した安倍晋三は、朝日新聞の<私怨>の対象とすらなったのだ。 
 思い出すがよい。一年前、朝日新聞は安倍以外の者、例えば、福田康夫が自民党総裁→内閣総理大臣になるように必死の紙面づくりをし、福田の氏名を挙げて<さぁ、立て>とまでけしかけたのだった。今でもそうだが、当時も、加藤紘一のコメントを「愛用」したのは朝日新聞だった。(それにしても、加藤紘一は自分が属する政党の党首を「危ない」とか等々々々よくもまぁマスコミ上で批判できるものだ。いつも呆れている。日本共産党なら、即刻除名)。 
 その安倍は、今や内閣総理大臣になった。彼が朝日新聞発行の週刊誌(週刊朝日)の記事にでも敏感に反応するのは当然のことだ。一方、現在の朝日新聞が何とか<安倍退陣>まで持っていこうとの<戦略>を立て、個々の<戦術>を繰り出しているのも分かる。安倍関係になるととりわけ、朝日新聞は報道機関ではなく<政治団体>に姿を変える。
 朝日新聞には2000万人の読者がいるから影響は大きいだろう。また、もともと今回の選挙は自民党が議席を減少させることが容易に想定された選挙だった(6年前が勝ち過ぎだった)。だが、安倍首相が退陣を余儀なくさせられるほどに自民党を大敗させてはならない。朝日新聞の本田雅和、若宮啓文、元朝日の本多勝一、さらには週刊金曜日の佐高信、石坂啓らに<勝利の哄笑>をさせてはなせらない
 朝日新聞の紙面に問題があるなら(そうだと思うが)、産経新聞はその旨を紙面で堂々と批判すべきだ。一般常識のほか新聞倫理綱領等々に朝日新聞も拘束されているはずで、同業だから批判できないというのでは情けない。古森のブログのみでお茶を濁すような情けないことを産経新聞はするな、とむしろ言いたい。


0282/朝日7/12社説-「左翼政治団体」日刊機関紙の如く、ひどい。

 朝日新聞は、参院選の投票を前にして、いよいよ<狂気>じみてきているようだ。公示日7/12の社説については、すでに産経・古森義久が詳しい紹介・分析を掲載している。
 それによると(私も朝日の当該社説を見ているのだが)、朝日は今回の参院選を、1.<「宙に浮いたり、消えたり」の年金不信>、2.<閣僚に相次いて発覚した「政治とカネ」のスキャンダル>、3.<無神経な失言の連発>という、「逆風3点セット選挙」(又はたんに「年金選挙」・「年金記録信任選挙」)と理解しており、また国民にも理解してほしいようだ。
 なぜなら、そのように選挙を性格づければ安倍首相率いる自民党にマイナスになることは必至だからだ。上のような点の強調又は反復には、朝日新聞の<必死の想い・願望>が込められている、と言ってよいだろう。
 古森が前提としているように、また前回言及の佐伯啓思のコラムが述べていたように、争点はこんなところにはない筈だ。
 とはいえ、朝日社説はアリバイ的に他のことにも言及している。いわく、<同時に、この9か月に安倍政治がやったこと、やらなかったことを、その手法も含めて有権者がしっかりと評価するのが、この選挙の重要な目的であることを忘れてはならない>、<これからの日本の政治のあり方をめぐって重要な選択が問われていることを心にとめておこう。/安倍政治がめざす「戦後レジームからの脱却」か、小沢民主党がめざす政権交代可能な二大政党制か――。投票日までの18日間、しっかりと目を凝らしたい>。
 しかし、古森も指摘するように、「この9か月に安倍政治がやったこと、やらなかったこと」や「安倍政治がめざす「戦後レジームからの脱却」」については、まるで殆ど言及がないのだ。言及する場合には、「国民投票法など対決色の強い法律を、採決強行を連発しながらどんどん通していった。/教育再生や集団的自衛権の解釈などでいくつもの有識者会議をつくり、提言を急がせたりもしている」と、批判的・否定的にのみ言及する。
 古森指摘のとおり、「「安倍政治」を語るならば、当然、教育基本法の改正、憲法改正を目指しての国民投票法の成立、天下りを規制する公務員制度改革法の成立、防衛庁の省昇格、そして中国や韓国との関係改善、さらにはNATOとの初の首相レベルでの接触、インドやオーストラリアとの「民主主義の共通価値観」に基づく新連携などなどが、少なくとも言及されるべき」だ。
 朝日社説はまた、アリバイ的言辞を挿入していることもあって、論理をたどることがかなり困難だ。
 重要な選挙の告示日に、朝日新聞はこのような、安倍内閣に打撃を与えてほしいとの魂胆だけがミえみえの、論旨のわかりにくい、勿論格調の低い社説しか書けないのか。
 もちろん<左翼政治団体>の日刊機関紙だと公言してくれていればそれでよい。安倍批判をしたいがために<前のめり>になるのも分かる。しかし、報道機関たる天下の「新聞」の社説として、若宮啓文らは恥ずかしくないのだろうか。
 今、あらためてこの朝日社説を読んでみた。ひどい。これで700万部発行され、2000万人の眼に触れているとは、怖ろしい。心ある多数の国民の良識に期待するほかはない。

0258/憲法現九条の目的は「日本を永久に武装解除」すること。

 産経7/01のワシントン・古森義久「憲法の生い立ち想起」との記事は、彼が1981年4月に元GHQ・民政局次長で日本国憲法草案起草に携わったケイディスに長時間インタビューしたことの記録又は記憶によるもので(インタビュー時ケイディス氏は75歳)、日本国憲法の制定過程に関心をもつ者としては興味深い。
 歴史的に重要な意味をもつ点に関係しているので、すでに古森氏は書物にしているのかどうか、私は知らない。もし未だならば、新聞の、かつ中途半端な月日に掲載するようなものではないだろう、という気がする。
 さて、インタビューへの回答内容の記述を信頼するとして、ケイディスは、1.日本国憲法現「第9条の目的」について、「日本を永久に武装解除されたままにおくことです」とあっさり答えた、という。また、2.上司が示した「日本は自国の安全を維持する手段としての戦争をも放棄する」との案を、自衛権がなければ国家でなくなるとして採用しなかった旨発言した、という。さらに、3.現9条2項冒頭の「芦田修正」の採用につき、上官と協議する必要はないと芦田氏に答えたと言った、という。
 「永久に武装解除」はするが自衛権による「戦争」=「自衛戦争」は認めるというのは分かりにくいが、前者は「自衛戦争」以外の「戦争」のための「武装」の「解除」の「永久」化という意味であるとすると理解できる。
 それはともかく、「武装解除」することによって米国に二度と刃向かうことができなくする、そのかぎりで日本を軍事的に弱体化することに九条導入(採用要求)の目的があったことはこれまでも指摘されてきたことで、とくに新しい情報ではない。
 鈴木安蔵らの<憲法研究会>案にも現九条にあたるものはなかった。幣原喜重郎発案説をのちにマッカーサーは述べたが、信憑性は低いと思われることはすでにいつか述べた。
 あとは、東京裁判での天皇訴追を免れさせる代わりに現九条受容が要求されたという話がかなり有力だが(今回の古森記事は天皇制度との関係には言及がない)、これは信頼してもよいのではないか、と感じている。
 このように見ると、平和を希求する米国人が<世界平和>に向けた一つの<理想>を実現するために現九条の案を作った、というのはとんでもないデマ話だということになる。
 再述すれば、日本の軍事力の復活を米国が怖れたからこそ、九条ができたのだ。
 しかるに、そのように日本を弱体化させるために制定された九条をもって、<世界平和>を追求するための、世界で先進的な、当時としては<最も理想的な>憲法条項だったなどと理解する<お人好し>の日本人が少なくない(憲法学界では多数派?)のはまことに奇妙で、倒錯した感覚だとしか思えない。
 なお、どなたかがすでに書いていたのを読んだか、私の推測がある程度は混じるのかは明瞭でないが、GHQは九条を日本に「押し付け」たことをすみやかに後悔しただろう、と思われる。
 憲法改正(又は新憲法制定)を要求した1946年2月頃から議会審議等を経て公布する同年11月頃まではギリギリ<冷戦>構造の発生は鮮明でなかったかもしれないが、その後<冷戦>の発生=東西両陣営の対立が明確になり、1950年の朝鮮戦争を米国は日本「軍」の助けなく闘わなければならなかったからだ。また、ソ連・中国に対抗する又は日本を防衛するために米軍の本格的な日本駐留が余儀なくなったからだ。
 この両者の矛盾から出てきたのが、警察予備隊→保安隊→自衛隊に他ならない。
 元に戻って、九条は平和を希求した米国人の<善意>だったなどという呆けた理解をすべきでないことは、今回紹介されたケイディスの言葉によっても明らかだ。

0103/米国下院慰安婦決議案はどうなるのか?

 昨28日は再独立(主権回復)55周年の日だった。今日29日は「昭和の日」。昭和が始まってから今年は82年めの筈だ。
 「敗戦」から62年近く、占領終了から丁度55年も経つのに、外交や政治はまだ「敗戦」前や占領期のことを引き摺っている。占領期に生まれて何もできなかった者としては、同朋先輩たちに、何故もっときちんとケリをつけておいてくれなかったのか、と愚痴を言いたい気分もある。
 さて、安倍首相は米国を離れたようだが、米国下院の例の慰安婦決議案はどうなるのだろう。
 産経の阿比留瑠比の4/28のブログによれば、米国下院議長になっている米国民主党のナンシー・ペローシ(ペロシ)は、安倍首相の米上下両院の幹部議員らとの会談の際に、「日本が地球温暖化問題に関し、中国やインドとの協力を行うためのイニシアチブを発揮していることに敬意を表したい。上下両院の指導部が超党派で一堂に会して他国の首相に会うのは、非常に稀なことだ。これは、安倍首相に対する敬意の表れであり、また日米関係をらに強化したいという強い思いの表れだと思う」と述べたようだ。
 こうした機会に慰安婦問題を話題にする(できる)筈はないと思うが、民主党全体が、あるいは下院トップの彼女自身がとくに「反日」ということではないのだろう。と、どうなるか分からないが、多少は安心しておきたい。
 なお、産経の古森義久の今年1/23のブログ(「アメリカの女性議長は「反中」なのか。ペロシ議員にみる対中語録」)は彼女のことを話題にしており、コメント等が34も寄せられている。

0085/アレクシス・ダデンはまともな研究者か。古森義久は大健闘。

 産経本紙には掲載されていないようなのだが(追記-翌4/22に掲載された)、同紙の古森義久によると、古森は米国のテレビ番組に出て、慰安婦日本糾弾決議案問題につき、1.「二重訴追の危険」=既に東京裁判等で問題にされた、2.「二重規準」=米国の原爆投下・中国のウイグルやチベットの少数民族抑圧等ではなく「なぜ60年以上前に終結した特定案件」だけが問題にされるのか、3.「人種や民族への偏見の色彩」=フランスに向かっては書かないような日本への説教調の新聞社説等がある、と指摘・主張したようだ。
 外務省官僚、在米日本大使館の連中と比べて、その活躍ぶりには敬意を表したい。
 また、彼によると、エール(イェイル)大学のアレクシス・ダデンとかいう准教授は「(慰安婦問題の)焦点は強制に関する事実ではなく、安倍(首相)が『強制』の意味を切り替えたこと、そしてその言葉の論議の忌避を最近、決めたことは、なぜかという理由である。簡単にいえば、それは安倍(首相)が日本軍を合憲の軍隊として復活させる前に旧日本軍の記録をごまかすための企図なのだ」と論文に書いた、という。
 「論文」ではなく「デマ宣伝」だ。殆ど引用ばかりになったが、こんな人(女性)がエール大学の研究者とは、米国も、エール大学も、大したことはないなぁ。

0068/産経・古森義久記事4/13-吉田清治本の内容を事実としていた米国下院調査会報告書。

 昨日に続いて産経4/13の古森義久記事によれば、「米国議会下院が慰安婦問題で日本を糾弾する決議案を審議する際に資料とした同議会調査会の報告書」の中には、詐話師・吉田清治の、本人ものちに虚偽と認めた「慰安婦」の「強制徴用」が事実であるとする内容が含まれていた、という。議員たちは、虚偽の「「吉田証言」を中心にすえた報告書を参考資料として使ってきたことになる」。
 非常に重要な情報だ。少なくとも、「強制徴用」を自ら行ったとする日本人の証言が大ウソであることを、関係議員たちに今からでも情報提供すべきだろう(自ら虚偽と認めていることについては、秦郁彦・慰安婦と戦場の性(新潮選書、1999)p.229-248参照)。
 それにしても、日本の米国担当外務省官僚や在米日本大使館職員はいったい何をしているのだろう。米下院議員にどんな資料が配付されたのかも把握していないのか。中国、朝鮮あるいは戦争関係問題については、宮沢(加藤・河野)→細川→村山→橋本と続いた政権のおかげで、すっかり「弱腰」、「骨抜き」になっているのではないかと懸念される。

0063/米国下院慰安婦決議案問題につき、日本は今どうすべきなのか?

 4/11の22時台のエントリーでも言及したように、現在(そしてこれまでも)米国を中心とする世界世論に向けての中国(中華人民共和国)からの「情報戦争」を仕掛けられているのだ、と思う。
 文藝春秋5月号で産経の古森義久は、慰安婦問題での日本糾弾は、「日本が国家として弱ければ弱ければよい、あるいはアメリカとの同盟のきずなが弱くなればなるほどよい、と考える勢力の戦略意図」が浮かび上がってこざるをえず、「日本を道義的、外交的、政治的に弱い立場に抑えつけておくことが国益に合致する国」とは中国しかない旨を述べている。
 上のことはもはや常識的なことだろうが、古森論稿は若干の重要なことを指摘している。
 安倍首相が国会で狭義の強制性否定・決議あっても謝罪不要を述べたあと米国のメディアで安倍批判が集中したらしいが(嚆矢は朝日新聞の好きなニューヨークタイムズだったと思う)、批判にはいくつかの特徴がある、と言う。1.慰安婦決議案・公聴会については報道しなかったのに安倍発言があるやかつての慰安婦問題批判ではなく安倍批判を主眼として報道・見解表明したこと、2.慰安婦問題にかかるこれまでの日本政府の対応については何ら見解を述べていないこと、3.日本軍の「強制」につき具体的根拠を示そうとしないこと、だ。
 どなたのブログだったか忘れたが、たけしのTVタックルのたぶん最新回の映像がyoutubeとやらで流れるのを見たが、岡崎久彦が、「売春」関連問題には米国の宗教事情もあってなかなか許すということにはなり難い旨を喋っていた(保存しておらず、正確には憶えていない)。
 昨日言及のVoice5月号(PHP)の対談で、伊藤貴が米国務省のアジア政策担当者は伝統的に民主党員が多い、中国人には「相手を取り込む」巧さがあり米国は中国のプロパガンダ工作に対して甘い旨述べると、中西輝政は、米国の学者やメディアに「親中国」という舵とりの感覚が出てきたのはクリントン政権の二期目くらいからだとし、米国人に一番不可解なのは東アジアなので「専門家」の声が大きくなると反応している。続けて、伊藤は「アメリカの対中認識は「たぶらかされている」」、某大学教授は国務省アジア担当官僚は「北朝鮮の核保有を認め、日本にだけはもたせなければいいという方向に向かっている」と言った、とする。
 歯がゆいことだが、古森が指摘するような米国のメディアの状況には背景があるようで、期待しても無理かもしれない。
 慰安婦決議問題につき、日本はどうすべきか。私は河野談話を訂正し「従軍」慰安婦「強制」連行の事実なしの正論で断固貫くべし、そうでないと将来にまた禍根を残すと考えていて書きもしたが、上で言及の番組の中での岡崎久彦は、当面じっと忍従・臥薪嘗胆?との見解のようだった。
 古森もこう書く。-「やがては河野談話の大幅修正も必要となるだろう」、但し、決議案対策としての河野談話否定・批判は「戦術として賢明ではない」、当面は所謂慰安婦問題は「日本政府のこれまでの対応や対策により、解決のための最大限の努力は謝罪も含めて、すでになされている」という「対応をとるべきである」。
 アメリカのメディアの状況を含めて総合的判断としては、これでやむをえないのだろうか。
 安倍首相も、当初の強気の姿勢を改め、安倍談話を「継承する」とのみ発言することにしているようだ。
 こうした姿勢変更には閣僚等よりも、彼のブレインたちと巷間噂されている者の中では、岡崎久彦の「助言」が大きいのではないかと推測するが、どうだろう。
 ともあれ、安倍首相が上のような姿勢で、古森も上のようなことを書いているとあっては、河野非難は先の楽しみにして、当面は「臥薪嘗胆」路線で行くしかないのたろうか。私自身はまだスッキリしていないが。
 なお、産経新聞4/12は、古森義久記事として、米国の議会調査局は慰安婦決議案に関する議員向け調査報告書の中で、日本軍・政府は全体として「軍による女性の強制徴用」という政策をとっていなかった、と認める見解を示した、と伝えている(何故かイザには掲載がないようだ)。これが、少しは方向が変わる契機になればいいのだが。(古森はワシントンで、日本の外務省・大使館の役人たちよりも遙かに日本に役立つことをしているようだ)。

ギャラリー
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
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  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
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  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
  • 1809/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑧。
  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
  • 1721/L・コワコフスキの「『左翼』の君へ」等。
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