秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

北岡伸一

1431/西尾幹二全集第16巻(国書刊行会、2016)。

 一 西尾幹二全集のうちの一つの巻を購入・入手しての愉しみは、明らかに未読のものや著者の後記、そして月報を読むことだ。
 その中に、西尾幹二は文学部出身にしては「社会科学的」だ、とか言われたことがある、というような趣旨のものがあった。最新刊行のものの中ではないので少し刊行順に遡って捲ってみたが、その趣旨の記述を再 ?発見できなかった。
 西尾は別に、文学部出身者が日本の<保守>論壇の多数または有力派を形成してきたとか語って、そのことを誇りにしているかのごときことも書いていた(と思う)。
 小林秀雄、福田恆存、江藤淳…と並べると、そうかもしれない。ここで並べるのはイヤだが、渡部昇一もそうらしい。
 だが、文芸(文学)評論家的<保守>論者は日本の<保守>派のしっかりとした形成にとっては悪影響をもたらした、少なくとも日本に独特の議論の仕方を生じさせた、と感じているので、上の趣旨の文章には違和感をもった。
 但し、西尾幹二自身は、<文芸(文学)評論家的保守>ではない。
 「評論家」では小さすぎるし、「思想家」というのも必ずしも妥当ではないだろう。
 というのは、教育政策、労働(移民)政策等々への発言も目立っているし、「新しい歴史教科書をつくる会」の初代会長という<実践家>でもあったからだ。
 「歴史家」と言ってしまうのも、その対象は日本に限らず世界に広がっているが、狭くとらえすぎるだろう。
 佐伯啓思、西部邁らの「思想家」タイプと比べても、西尾幹二の大きさ・広さは歴然としている。櫻井よしこ、八木秀次ら、そして渡部昇一とはまったく比べものにならない。
こんなことから<人文系と社会系>の差違について述べたかったし、また、西尾幹二のような論者と「専門家」という者の違いについても思い巡らしたかったのだが、別に扱おう。
 なお、追記するが、上のように記したからといって、秋月は西尾幹二の全ての主張・認識等に100%賛同しているわけではなく、100%「信頼して」いるわけでもない(そんな人物は一人もいない)。かつての皇太子妃関連の主張には異を唱えたこともある。原発に関する考え方もたぶん同じではない(秋月瑛二はすべての人物や組織から「自由」だ。それは、いかなる人物・団体の<支援>もなく「孤独」であることも意味している)。
 二 西尾幹二全集第16巻(2016、12)の「後記」を少し捲ったあと最初に読んだのは、「嗚呼、なぜ君は早く逝ったのか」と題する坂本多加雄の逝去・葬儀に関するものだった。「インターネット日録」掲載のもののようだが、知らなかった。
 坂本死去の2002年の頃の論壇等々の雰囲気を知って、テーマからするとやや非礼かもしれないが、興味深い。
 秋月もまた、坂本多加雄の少なくとも単行本化されている書物は、かなり高価だった中古本の<象徴天皇制度と日本の来歴(1995)> も含めて、ほとんどを所持し、一読はしているのだ。
 興味深い、というのは、けっこう著名な人物名が出てくるからでもある。
 伊藤哲夫、高森明勅、中川昭一、粕谷一希、北岡伸一、杉原啓志、ら。
 また、この当時の<保守>的活動の内容の一端をかなり生々しく知ることができるからでもある。
 坂本多加雄、52歳。この人の<反マルクス主義>の歴史観および歴史叙述観は、ひょっとすればこの欄に紹介したかもしれない。そして、西尾幹二の文章とともに、人の死ということをあらためて考える。
 のちに、遠藤浩一も亡くなった。いずれも、交際相手として選ばれるはずもない凡人の私の、個人的な知り合いでは全くなかつたのだが。
 この人たちが存命であれば、<保守>論壇の現状は、少しは良くなっていたような気がする。しかし、そう想ってみても、現実を変えることはできない。
 そのつぎにおそらく「後記」を読み直した。主として<路の会>のことだ。
 また、「月報」が挿入されていることに気づいて読んだ。書き手の名もその内容も興味深く、思わず集中してしまった。
 これらの感想、種々思うことは、この回には書けそうもない。

1264/産経新聞社案「国民の憲法」について。

 田久保忠衛の名も出しつつ、<憲法を改正しよう>と主張するだけでは意味がない、と前回に書いた。
 これに対して、田久保忠衛は、改正の優先順位も政治的な戦略・戦術にも触れていないが、産経新聞社の「国民の憲法」起草委員会の委員長として、改正の具体的内容は検討・議論して、公表している、と反論するかもしれない。
 そのとおりで、産経新聞は「国民の憲法」(憲法改正要綱)を公表している。そして、産経新聞社・国民の憲法(2013.07、産経新聞社)の中には、自民党改正草案との違いを(わずか3頁だが)叙述している部分もある(p.138-140)。従って、かりにその部分を田久保が執筆しているか、または了解しているのだとすると、田久保が産経新聞社案と自民党案との違いをまったく説明していないというわけではない。
 以上のかぎりで田久保に対する批判的コメントは一部取消させていただく。もっとも、上記書物は「国民の憲法」の個々の条項に即して自民党案を採用しなかった理由を述べてはいない。上の3頁の中で触れられているのは、のちに触れる基本的スタンスの他は、天皇条項・現九条・前文のみだ。
 それに、あらためて上記書物を手がかりに産経新聞「国民の憲法」要綱を見てみると、基本的なよく分からない点があり、また奇妙に感じる点もある。
 まず第一に、この産経新聞「国民の憲法」案の発表主体はいったい誰なのか。どうやら、上記委員会ではなく、産経新聞社という会社法人(新聞会社)そのもののようだ。上記書物の「はじめに」の執筆者(署名)は「産経新聞社」になっている。そして、この書物は「起草委員会の議論をもとに…編集」したものだとされているが、「国民の憲法」案を最終的に完結的に作成したのは田久保を委員長とする起草委員会なのか、それとも起草委員会の議論の過程に産経新聞社の社員・記者たちがすでに関与したのか、も分かりにくい。起草委員会なるものの性格・位置づけにかかわるが、おそらくは上の後者で、起草委員会の「事務局」としての社員・記者たちがすでにかなり関与したように推測される。そして、その産経新聞の社員・記者たちの固有名詞・人名が「産経新聞社」の名の中に隠されていることも特徴の一つだろう。
 このような曖昧さは、読売新聞社の<読売試案2004年>の作成過程とはかなり異なっている。
 読売新聞社編・憲法改正-読売試案2004(2004.08、中央公論社)によると、この試案が読売新聞社の名によるものであることが明らかだが、この書物の「はじめに」は同社の「調査研究本部長」が執筆し、「おわりに」は同社「調査研究本部」員が執筆して、それぞれ固有名詞(個人名)まで明らかにしている。また、読売試案の作成には(社外の専門家の助言等を得たかもしれないが)「起草委員会」なるものがかかわっているわけではない。
 つぎに第二に、時期的に私が産経新聞を定期購読しなくなって以降のことだったことに原因がある勉強不足のためかもしれないが(もっともネット上で改正案作成の動きや結論の公表があったことは知っていた)、あらためて産経新聞「国民の憲法」案を見て、大きな違和感を抱いたことがある。
 それは、自民党案との違いとして記述されていることでもあるが、「現行憲法をゼロベースで見直して」いて、自民党案や、さらに読売試案とも違って、現憲法の条項との関係がはなはだ分かりにくいことだ。現憲法の△条を改めて「…」とする、という書き方をしておらず、現憲法の「構成」や各条項とは無関係に、一体として、「新」憲法案が提示されていることだ。
 この点について、上記書物p.138は、自民党案は現憲法を「下敷き」にしているので「現行憲法の抱えるさまざまな欠陥をそのまま引き継い」でいる、と述べている。論理的に見て、「下敷き」にしていれば必ず「欠陥を引き継ぐ」ことにはならないとは思うが、それは別としても、現実の憲法改正(の発議と国民投票)のためには、産経新聞「国民の憲法」案ははなはだ使いづらい。
 なぜならば、憲法改正とは、現憲法の全体を一挙に廃棄・廃止して、新しい憲法を一括して創出する、というものではないからだ。
 ここで、憶測にはなるが、ひょっとすれば産経新聞「国民の憲法」案は、渡部昇一らの現憲法「無効」論や石原慎太郎の現憲法「破棄」論の影響も受けて、現憲法の全体に新しい「自主」憲法がとって代わる、というイメージで作成されたのではないか、という疑問が生じなくはない。
 総選挙における<次世代の党>の衰退とも関連させて、現憲法「無効」論・現憲法「破棄」論についてはあらためて触れる予定だ。ともあれ、現憲法と「新」憲法案のどちらがよいと思うか、というかたちで一括して憲法改正の発議と国民投票が行われるはずがない。確認しないが、憲法改正手続法もまた、そのようなことを想定していないはずだ。
 より具体的に、あるいは個々の条項に即して、例えば(自民党案によれば)現九条2項を削除して九条の二(国防軍の設置)を新設することに賛成か反対かで、あるいは(読売試案2004年によれば)①現九条1項を一部修正する、②現九条2項を削除して、別内容の条文に代える、③新たに別の条を追加して「自衛のための軍隊」保持可能等を明記する、のそれぞれについて、またはこれらだけを一括して賛成か反対かで、国民投票は行われるはずだ。
 産経新聞「国民の憲法」案の個々の条項を見て、かつ優先順位さえ決定すれば、上のような技術的?問題は解消できる、というのが産経新聞社案の意図なのかもしれない。しかし、現憲法との比較対照表を作れない(作っていない)案は、かなり分かりにくいし、上記のような(革命的?な一挙の)一括的「改正」をイメージしているのではないか、との疑問が生じなくはない(そうした気分がまったく理解できないわけではないが、非現実的で、却って「改正」を遅らせる)。
 さらに第三に、ここで書いてしまっておけば、産経新聞社の上記書物における現憲法九条1項の理解はいぜんとして奇妙だ。すなわち、p.140は、現九条1項は「主権の行使に制限を課している」、「不徹底で不完全」なものだ、と記している。
 しかし、自民党改正案も読売試案2004年も、基本的には現在の現九条1項の条文をそのまま残すこととしている。
 歴史的由来のある「国権の発動たる戦争」等の意味が理解しやすいものではなく、大きな誤解も招くことになっているのは確かで、<侵略戦争>の否定の趣旨を書き直すことは考えられてもよい(そうした趣旨の規定に対する、<侵略戦争>否定は「主権の行使に制限を課す」不適切なものだ、との批判はあたらないだろう)。
 しかし、産経新聞「国民の憲法」案よりもより長い時間と議論を経て作成されたとみられる自民党の最新改正案や読売試案2004年が現九条1項を基本的にはそのまま維持しているのと比較すると、同じく<保守派>の中では異質な案になっていることを、田久保忠衛や産経新聞関係者は意識・自覚しておいてよいと思われる。
 なお、産経新聞社の上記書物は、自民党案は「戦争放棄の規定(9条)をほぼ踏襲している」と書いて疑問視している(p.139)。しかし、(侵略)戦争放棄の規定は「9条」ではなく、同条1項だ。法学者ではない北岡伸一でもしているような理解を、どうやら産経新聞関係者および上記起草委員会は採用していないようだ。不思議で仕方がない。
 とりあえず、憲法改正の仕方・内容に関して若干のことを述べた。最優先されるべきは、現九条2項の廃止(削除)と実質的に自衛隊を正規の「軍」と認めることとなる条項の新設だ(法律改正により名称等々の変更が必要だが)、と考えている。「自衛軍」でも「国軍」でもよいが、「国防軍」で差し支えないのではないか。
 憲法の専門家ではない者が書いていることだが、憲法改正にむけての議論に小さな渦でも生じさせることがあれば、幸い。

1262/憲法九条2項改正と北岡伸一による朝日新聞の批判的分析。

 一 自民党の憲法改正案において、現憲法九条の全体が削除または改正されるのではなく、現1項はそのまま残されて新9条の全体になるとともに、新たに九条の二を設けて「国防軍」の設置が明記されることになっている。
 現在の第二次案ではなく「自衛軍」としていた第一次案の時期のものだが、自民党本部の担当者だった者による、田村重信・新憲法はこうなる(2006.11、講談社)p.120-1は現1項の趣旨をイタリア・ドイツ等の憲法(・基本法)も有し、「国権の発動たる戦争」とは1928年パリ不戦条約に由来する表現で<侵略戦争>を意味し、それを放棄・禁止するものであっても「自衛権に基づく戦争」を放棄・禁止するものではない、と明確に説明している。
 上の趣旨を理解していないかに思えた産経新聞社説があったので上の点を(そのときは上の田村著を知らなかったが)この欄で指摘し、かつ<「九条を考える会」という呼称はゴマカシだ、正確に<九条2項を考える(護持する)会>と名乗るべきだ>という旨を書いたことがある(2012.03.15)。
 前回にやや厳しい感想を述べた柳本卓治の文章も、上の点を明確に意識して書かれてはおらず、現九条=日本的「平和主義」について、<左翼>がふりまいているデマ宣伝に部分的には屈している印象がある。
 現九条の2項のみの削除・改正を主張しているにもかかわらず九条全体を削除・改正しようとしていると<すりかえ>をして改憲派を反平和主義者・好戦論者のごとく批判するのは、悪質なデマゴギーに他ならない。
 二 12/23に朝日新聞の<慰安婦報道検証・第三者委員会報告書>が公表された。その一部を成すと思われる各委員の個別意見において、北岡伸一は以下のように、適切に朝日新聞を批判している。日本共産党・「九条の会」のみならず、朝日新聞もまた、上のようなデマ宣伝を展開してきたからだ。
 朝日新聞には「言い抜け、すり替えが少なくない。/たとえば憲法9条について、改正論者の多数は、憲法9条1項の戦争放棄は支持するが、2項の戦力不保持は改正すべきだという人である。朝日新聞は、繰り返し、こうした人々に、『戦争を放棄した9条を改正しようとしている』とレッテルを貼ってきた。9条2項改正論を、9条全体の改正論と誇張してきたのである。要するに、他者の言説を歪曲ないし貶める傾向である」。
 北岡は、読売新聞12/26のインタビュー記事でも、「憲法9条についても、1項の『戦争放棄』は支持するが、2項の『戦力不保持』は改正すべきだという人に対し、戦争放棄を改めようとしているとレッテルを貼って批判する」と述べている。
 このような北岡伸一の朝日新聞批判は適切であり、こうして活字になった九条1項と2項をきちんと分けての議論を初めて読んだような気がする。
 <九条を世界遺産に>という運動があった(ある)ようだが、その運動者・活動家はおそらく九条2項を念頭に置いているのだろう。ちなみに、潮匡人・憲法九条は諸悪の根源(2007.04、PHP)という書物があるが(読了)、正確な趣旨は、「憲法九条2項は諸悪の根源」なのではないか。憲法学者・百地章もかつては憲法九条改正という言い方をしていたかにも見えるが、近年では正確に九条2項改正と記述していることを、この欄でコメントしたことがある。
 三 ところで、北岡伸一の上記朝日新聞紙上の文章は朝日新聞の問題のある傾向の第6点「論点のすりかえ」の例として書かれている。それ以外は、第一・「粗雑な事実の把握」、第二・「キャンペーン体質の過剰」、第三・「物事をもっぱら政府対人民の図式で考える傾向」、第四・「過剰な正義の追求」、第五・「現実的な解決策の提示の欠如」、である。
 北岡に対しては<保守>派からの批判もあるようだが、朝日新聞批判の著・文章は数多くあると見られるところ、北岡の上のような、決して長くはない文章における体系的・総合的な?整理・分析は、的確で、なかなか優れていると感じられる。以上の諸点はすべて、かつての<進歩的文化人>と同様に社会主義・共産主義への憧憬を残した、目的のためならば歪曲・虚報も許されるという心情の「記者」たちによって構成された<政治団体>だからこそ生じている傾向・問題点であるかもしれないが。

0817/月刊中央公論10月号(中央公論新社)の一部を読む。

 一 読売系とされている月刊中央公論10月号(中央公論新社)の編集後記は衆院選の結果をふまえて書かれている。
 編集長・間宮淳はこう書く。
 <自民党組織を「政党と呼ぶべきかは…疑問」だった。「一旦、五五年体制の終焉にまで漕ぎ着け」たが、「今回の選挙まで政権与党として生き残ってしまいます。/そのお陰で日本は、経済が限りなく破滅に近い状態に陥り、グローバル化にもポスト冷戦にも乗り遅れ、明らかな没落の中に。/事ここに至って、ようやく日本人は自民党を見限りました。…」>
 間宮淳は、2009年まで自民党が政権与党だった「そのお陰で」経済が破滅に近くなり、「グローバル化」や「ポスト冷戦」に「乗り遅れ」た、と言っている。
 「ポスト冷戦」と簡単に書くあたりにも、まだ「冷戦」は終わっていない東アジアに関する状況認識の薄さを感じることもできる。
 また、選挙結果を<大>歓迎していることについても、むろん異論はある。
 だが、もっと怖ろしいのは、自民党政権が原因となって「経済…破滅」があり、「グローバル化」や「ポスト冷戦」に「乗り遅れ」た、といとも簡単に原因・結果を叙述していることだ。
 字数に限界があるなどという言い訳は成立しない。「経済が限りなく破滅に近い状態に陥り、グローバル化にもポスト冷戦にも乗り遅れ、明らかな没落の中に」、ということの意味はより詳細にはどういうことなのか? それらの原因は1993年以降も自民党が「政権与党」だったことにある、とする根拠は一体どこにあるのか?。
 この人によると、リーマン・ショックも昨秋以降の経済不況も自民党政権に原因があるのだろう。この人はまともな常識・感覚・経験をもっているのか?
 こんな人が著名な?月刊雑誌の編集長である、ということにこそ、日本の「明らかな没落」の証左がある、と思われる。
 二 同誌同号の巻頭、北岡伸一=御厨貴(対談)「政権交代で始まる不可逆的な地殻変動」もひどいものだ。
 二人とも、東京大学の現役の「政治学」の教授。
 すでに指摘されてはいるが(月刊正論11月号、東谷暁「寸鉄一閃」p.160)、とくに御厨貴のひどさは、著しい。
 細かい、具体的なことを捨象して感じるのは、この二人、とくに御厨貴の視野の<狭さ>だ。
 第一に、「政治学」者ならば、個別の専門ではなくとも、政治「思想(史)」の観点からの分析・総括もあってよいと思うが、何もない。表象的な日本政治・日本人の政治意識に関する言葉だけだ。
 第二に、アメリカには若干の言及はあるが、中国・北朝鮮には何の言及もなく、民主党と<東アジア共同体>構想に関する言及もない。
 御厨貴の民主党に対するヨイショぶりは、「学者」の域を超えている。
 怖ろしいのは、こんな人物が、現役の東京大学教授だということだ。行政官僚にしろ裁判官・弁護士等の専門法曹にしろ、少なくとも教養としての「政治」を、こういう人に教えられて育っていっているのだから、日本のいわば<エスタブリッシュメント>的なものが、戦後<平和と民主主義>思考に浸されるのは当然だ、という気がする。
 三 さらに言うと、国際法の横田喜三郎、憲法の宮沢俊義、政治学(広義)の丸山真男らのDNAを継承していないと、あるいはこれらの戦後の先達たちを直接にせよ間接にせよ<批判する>ような研究を決してしない、そういう論文等を決して書かない人物ではないと、東京大学教員には残れない、又は他大学から東京大学に戻れない(招聘されない)という、牢固とした<慣習>のようなものが、東京大学(とくに)法学部にはあるのではなかろうか。
 上はたんに憶測にすぎない。憲法学者にせよ政治学者にせよ、明瞭に<戦後を疑う>、<戦後民主主義を疑う>者は(社会・人文系の)東京大学教員にはなっていないのではないか。
 東京大学(社会・人文系)がアンシャン・レジームとしての<戦後>(1947年憲法体制ともいえる)の擁護者、司祭者たちの集まりでないとよいのだが…。
 樋口陽一、上野千鶴子……。なぜ、東京大学卒業でもないこの人たちは、、東京大学教授になれたのか…?。研究「業績」以外の何かがあるような気がしてならない。

0514/大原康男の本を読み続ける。戦争と「朝日新聞」らの世論、「十五年戦争」。

 一 大原康男・天皇-その論の変遷と皇室制度(展転社、1988)をさらに読み続けて、p.188まで。
 1 戦前は天皇・皇室自体に固有の財産があったようだが、戦後は三種の神器・宮中三殿・微少の有価証券類を除いて、皇居・御用邸・陵墓等は国有財産となった。国有財産のうちの行政財産のうちの皇室用財産だ〔他に公共用財産・公用財産等の種別がある〕。大原・上掲書の「戦後の皇室の民主化を問う」によると、昭和62年(1987年)の「内廷費」総額は約2億5700万円(p.154)。この費用で一般の「祭祀」は行われるが、「仄聞するところによれば、祭祀費のやりくりも決して楽ではないとのこと」(p.155)。英国・エリザベス女王の財産は7600億円、チャールズ皇太子のそれは770億円で、別途国家からの王室費も計上されているとか(p.154)。
 2 上の本のうち「昭和史の教訓―政治と軍事と」によると、杉森久英はエッセイ集(『昭和史見たまま』)の中で、昭和10年代の「軍国主義全盛」は「第一次大戦後の戦争反対、軍事否定、軍人蔑視の風潮がみずから招いたものだといえなくもないだろう」と書いた。第一次大戦後の欧州を席巻した戦争嫌悪・平和主義の気分が日本にも及び、「軍縮」が「世論の圧倒的支持の下」で断行された(p.175)。
 軍人だった武藤章は、第一次大戦の中頃からの世界での「軍国主義打破、平和主義の横行、デモクラシー謳歌」を「日本国民」は「日本軍人」に対して向けた。軍人に「嫌悪の眼をむけ」、ときには「露骨に電車や道路上で罵倒した」とのちに書いた(p.176)。
 また、杉森久英は満州事変以降は「冬の時代」の「屈辱と怨念」を晴らす「軍人の復讐」だと書いた、という(p.177)。
 <大正デモクラシー>の中にあった「ゆき過ぎた反軍感情」等を大原は問題にしている。そして、「滔々たる平和主義・厭戦思想・反軍感情の奔流」を前に、軍の立場は弱くなり、かつ政党も政治家も「政治と軍事との関係、国務と統帥との関係、政略と戦略との関係」を根本的に見直すことを怠った、旨を述べている。
 <天皇論>からある程度離れるが(「統帥権」問題では関係する)、上のようなことは戦後日本の「平和主義・厭戦思想・反軍感情」(の「滔々たる」「奔流」?)についてもある程度は示唆的だ。すなわち、軍事を知らずして、軍事を忘れて(=軍事・軍人をバカにして)、平和を語れるのか?、平和を維持できるのか?、ということだ。
 二 ところで、第一次大戦後の日本の「世論」は<戦争嫌悪・平和主義の気分>で、「軍縮」も圧倒的に支持したようだが、北岡伸一・政党から軍部へ/日本の近代5(中央公論新社、1999)によると、1931年の満州事変勃発後のある時点では「世論の方が前に出つつあり」、関東軍はそれをうまく利用した(p.162)。また、より一般的に「『大阪朝日新聞』に代表される進歩的と目される新聞まで、一斉に事変を支持」していた。
 反対にせよ賛成(支持)にせよ、「世論」とそれを形成する新聞等のマスコミの影響力は怖ろしいものだ。かつての満州事変以降の事変や戦争につき、朝日新聞他人事のように断罪し、政府・軍部要人の<責任>を糾弾しているが、かつての自らも<戦時体制>の中にいたことを忘れてもらっては困る。
 三 さらに離れるが、マルクス主義的歴史学者を中心に、満州事変開始(1931.09.18)から1945年の八・一五の敗戦詔勅(又は9月の降伏調印?)までを「十五年戦争」と呼ぶことがある。実際には14年間足らずしかないのだが。
 もっとも「十五年戦争」という語は一般化してはおらず、上の北岡伸一著は使っていない(索引にもない)し、有馬学・帝国の昭和/日本の歴史23(講談社、2002)も同様だ。また、あの?岩波書店による岩波新書の加藤陽子・満州事変から日中戦争へ/日本近現代史⑤(2007)ですら、「十五年戦争」という語は使っておらず、索引事項にもない(但し、私は「支那事変」のことを「日華事変」と習った世代だが、今は1936年以降は「日中戦争」と称することが多いようだ)。
 しかるに、先日言及した、デアゴスティーニの昭和タイムズの昭和6年号(第30号、2008/5/13号)は、満州事変について「15年戦争の発端となった関東軍の一大策略」との大きな文字の見出しで記述している。
 デアゴスティーニのこの雑誌(冊子?)は、いったいどういう傾向の歴史専門家が文章を書き、特定の概念を使っているのだろうか? 歴史専門家が書いているのではないとすれば、記述者はいったいどんな書物を読んで文章をまとめ、見出しをつけているのだろうか。
 大原の皇室論からだいぶ離れたが、<左翼>は気味が悪く、怖ろしい。映画にも本にも冊子にも(むろん新聞にもテレビにも)何食わぬ顔をして棲息している。
ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。