秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

勝谷誠彦

1273/田久保忠衛・憲法改正最後のチャンス(並木書房)を読む1。

 2014衆院選で与党圧勝とは言うが、自民党は定数減を考慮してほとんど橫バイで、議席数を増やしたわけではない。大阪府下の小選挙区で維新の党から奪い返した議席が10ほどあるから、それ以外では10議席ほどマイナスだった。産経新聞などの300議席超えが確実という旨の予測と比べると、むしろ後退の印象がある。
 その他の衆院選結果で印象的なことは次世代の党とみんなの党の大幅減または壊滅だ。その分を増やしたのが民主党と日本共産党だから、全体としても<保守派>は後退した、というのが客観的な把握だろう。
 維新の党が何とか「踏みとどまった」のに対する次世代の党の壊滅状態は、<保守化>とか<右傾化>の現象があるわけでは全くないことを意味していると思われる。
 田母神俊雄には当選してほしかったし、山田宏・中田宏という<反共>・<反・反日>の明確な人物が比例復活もならなかったのは残念だ。とくに中田宏はまだ若いのだから、再起を期して、将来は橋下徹らとともに新しい風の担い手になってほしい。
 大阪維新の会と立ち上がれ日本→太陽の党が合流して石原慎太郎・橋下徹共同代表による日本維新の会ができたのち、旧立ち上がれ日本グループは橋下徹に対する違和感を隠さなかった印象があったが、2012年総選挙で日本維新の会は議席を伸ばし、旧立ち上がれ日本グループ(石原グループ)もかなり当選した。石原グループの議員たちの多くは自分たちの「保守」の力で当選したと思ったかもしれないが、石原・橋下コンビの清新さへの期待もかなり大きかっただろう。その後も橋下徹批判を平気で続ける者もいたが、自分の当選に橋下徹人気も寄与していることを忘れているのではないか、と感じたことだった。
 橋下徹グループと別れて、旧立ち上がれ日本グループ=次世代の党は二名しか当選させることができなかった。維新の党の松野某らは何とか比例復活したにもかかわらず、比例復活させるほどの票をまんべんなく集めることはできなかった。
 次世代の党という名前自体、自分たちはすでに旧世代の年寄りたちだという自覚の表れのようで、魅力を感じさせないものだった。それに、彼らは、<保守化>について、何らかの「錯覚」をしていたのではないか。安倍晋三政権が比較的に安定して支持され続けたことが自信を生じさせたのかもしれないが、有権者国民は、自民党よりも「右」の<保守>政党に期待することが少なかったわけだ。
 江田憲司は、石原慎太郎らの「自主憲法」制定という主張に「憲法破棄」論を感じるとして、石原らまたは次世代の党とは組めないとか言っていたが、「自主憲法」制定という語をそこまで穿って理解することはないだろうと思われた。だが、次世代の党の正確な公約または政策提言は承知していないものの、また正式に表明しているかどうかは別として、石原慎太郎も含めて、日本国憲法「破棄」論や同「無効」論の主張者・支持者が同党には多いだろうという印象はある。日本国憲法「無効」論は現として存在しているが、2009年や2012年の総選挙でそれを明示的に主張した政党は(維新政党・新風も含めて)なかったように思われる。そしてまた、次世代の党が醸し出している?日本国憲法「破棄」論・同「無効」論は、今回の選挙でも、支持されなかった、と言ってよい、と思われる。
 日本国憲法「無効」論が決して微々たる存在ではないことは、勝谷誠彦=倉山満・がんばれ!瀕死の朝日新聞(アスペクト、2014)に、「日本国憲法は日本の憲法ですらない」と題する章の中に「日本国憲法の改正では意味がない」と題する節があることでも分かる(p.122-)。そこでは、二人のこんな会話がある。
 勝谷/僕の意見は「廃憲」・「今の日本国憲法の廃止」。倉山/「本当にできるなら」それが一番よい。そして、それをするのは「天皇陛下」のみ。議会には廃止権限はない。憲法を廃止するとすれば「一度天皇陛下に大政奉還するしかない」、「本来はそれが筋」。日本国憲法改正手続によって「帝国憲法を復活」することは「論理的には可能」。
 こうした議論は、日本国憲法は「本来は無効」という考え方を前提としているとみられる。上の天皇陛下による憲法廃止論にも、倉山が上のあとで述べている、「改憲派すら」日本国憲法の「条文をどうやって変えようかという議論しかしていない」(p.126)という批判にも、反論することができる。但し、別の本、倉山満・間違いだらけの憲法改正論議(イースト新書、2013)はニュアンスの異なることを書いているので(上でも「論理的には」と述べている)、別の機会に譲って、ここではこの問題には立ち入らない。
 ともあれ、日本国憲法「無効」論はあり、それを<保守派>論者の中で明確に述べてきたのは渡部昇一で、渡部は、日本国憲法を「占領基本法」とも称してきた。
 さて、田久保忠衛・憲法改正、最後のチャンスを逃すな!(並木書房、2014)には、現日本国憲法は「占領基本法だ」、との旨を書いている部分が、少なくとも2カ所ある。
 ①集団的自衛権容認に対する反対論には「…国際情勢の中で占領基本法だった現憲法がいかに旧式になってしまったかという説明は皆無だった」(p.212)。
 ②「日本を危機にさらすのは占領基本法を死守しようとする護憲派だ」(p.249)。
 <保守派>の重鎮?・渡部昇一の使っている表現を<保守派>の慣用句?のごとく無意識に使っているのかもしれず、「占領基本法」なるものの意味は説明されてはいない。
 しかし、将来に「国民投票」に参加するかもしれない有権者国民の感覚で質問するが、「占領基本法」とはいったい何のことか。
 日本国憲法が本来の、まっとうな憲法ではないという意味をもっていることは何となく分かるが、それ以上に何を意味しているのか? この語を用いることにいかなる意味・効用があるのか? また、この概念の前提には日本国憲法「無効」論があると見られるが、田久保は明確にその立場に立っているのだろうか?
 少し踏み込んで言えば、憲法ではなく占領基本「法」だとすれば、憲法でも法律でもない「法」は(不文法を除けば)存在しないので、占領基本「法」は法律の一種になるのだろうが、それでは昭和天皇の<憲法改正の詔勅>とはいったい何なのか。、法律の一種だとすると後法優先・特別法優先が働いて、事後の法律によっていかようにも特則・例外を作れることになるが、法律の「憲法」適合性を審査する規範・基準として現日本国憲法は機能して、最高裁によって<違憲>とされた法律(の条項)もすでにいくつかあることをどう理解すればよいのか。
 <保守派>の常套句のつもりで簡単に用いているのかもしれないが、もともと渡部昇一の議論は、サ条約上のJudgementsは「裁判」ではなく「諸判決」だと、鬼の首を取ったように主張していることも含めて(この点はすでにこの欄で言及している)、信用することができない。
 有権者国民から質問されて適切には回答することができないような術語を、そしてまた憲法改正のためには不可欠でもない用語を、用いない方がよい、と思われる。
 周辺部分の、やや些細なことから始めてしまったが、少しずつ、上掲の本によって、田久保忠衛の<憲法論>についてコメントする予定だ。

0785/屋山太郎と勝谷誠彦は信用できるか。櫻井よしこも奇妙。

 屋山太郎といえば産経新聞の「正論」欄にも登場する政治評論家だが、<保守>とか<左翼>とかの言葉を用いず、当面の総選挙において自民党を支持するか、それとも民主党を支持するか、というかたちでその立場を捉えた場合、自民党ではなく民主党を支持する者のようだ。
 やや古いが、週刊ダイヤモンド7/25号(ダイアモンド社)の櫻井よしこの連載コラムで桜井は計92行の文章のうち25行を屋山太郎の言葉の引用にあてている。すべてを載せると次のとおり。
 ①<…民主党事情に詳しい屋山太郎氏は、しかし、楽観的である。>
 「大胆に安全運転、これが政権奪取時の民主党の基本でしょう。外交・安保問題についても、従来の政策から大きくはずれることはないと思います。極論に走り、国民の信を失うような選択をするはずがないのです」。
 ②<屋山氏は、民主党と自公の最大の違いは外交・安保問題ではなく、国内政策に表れると予測する。>
 「自公政権は公務員制度改革を事実上葬りましたが、民主党は本気です。国家公務員33万人、ブロック局など地方に21万人。彼らの権益擁護のために政治が歪められ、国民の利益が失われてきました。改革の意味を理解できなかった麻生太郎首相の改革案は改悪です。麻生政権の終焉で同法案が廃案になるのは、むしろ、歓迎すべきです。民主党が真っ当な改革をするでしょう」。
 ③<屋山氏はさらに強調する。>
 「教育についても、民主党政権下で日教組路線が強まると心配する声があります。輿石東参議院議員会長が山梨日教組出身だから、そう思われるのでしょう。しかし、民主党の教育基本法改正案は自民党案よりまともでした。加えて、教育では首長の影響が非常に大きい。民主党政権イコール教育のねじ曲げではないと思います」。

 上の①・③で屋山は外交・安保問題や教育問題について、民主党政権になっても<心配はない>旨を語り、②では公務員制度改革では民主党の方が「本気」で、「真っ当な改革」をする、と言う。
 これらからすると、屋山は民主党候補に投票するするようだ。自民党から離れていることは公務員制度改革の議論・動向に関する彼の従来からの自民党批判に現れていたし、渡辺喜美の自民党離党の記者会見の席で渡辺とともに前に並んでいた。
 だが、<国のかたち>や国家・行政の基本と無関係だとは言わないが、「公務員制度改革」だけが政治・行政の課題ではない。<政党選択>は総合して判断する必要がある。長々と書く気はないが、「人権」擁護法、外国人地方参政権付与、夫婦別姓民法改正等々を民主党政権が促進又は制定させそうであることを考えても、また民主党の親北・親中国姿勢から見ても、自民党を丸ごと支持しないにしても、どちらかの選択を究極的に迫られれば自民党にならざるをえない、というのが「真っ当」で良識ある者の採るべき立場ではないか。
  櫻井よしこの叙述も奇妙ではある。全体の1/4以上を屋山太郎の言葉の引用で埋めながら、屋山の言葉をそのまま支持しているようではない。「民主党の政策は本当に見えてこない」(だから7/25号の時点では「マニフェストの発表を望む」となっている)とまとめているのだから、屋山太郎を実質的には批判している又は皮肉っているようにも読める。
 だが、櫻井よしこには民主党政権誕生阻止に向けて積極的に発言する気持ちはないようだ。 
 
同じ週刊ダイヤモンドの8/1号で、櫻井よしこは、小沢一郎の「金権」ぶりを松田賢弥・小沢一郎/虚飾の支配者(講談社)を使って批判してはいるが、冒頭で「8月30日の衆議院議員選挙で、民主党政権が誕生するだろう」とあっさり書いており、もはやそれを既定の方向と見なしている。民主党に投票するなという呼びかけや民主党擁護のマスコミ批判の言葉は全くない。  

 予想は当たることになるのかもしれないが、4週間も前の段階でこうまで諦めてしまうというのも、かなり奇妙なことだと思われる。 
 結果として<より左翼的な>民主党の大勝に寄与することにならないように、<より保守的な>人々には願いたいものだ。
  
 上で屋山太郎の不思議さ?に言及したが、少なくとももう一人、不思議で、訳の分からない人物がいる。勝谷誠彦だ。
 勝谷誠彦は「師匠」・花田紀凱の影響を受けている皇室問題を除いて<愛国・保守派>のようでもあるが、小沢一郎を支持・擁護し、兵庫・尼崎から立候補して民主党の推薦も受ける田中康夫(新党日本)を支持している。田中の傍らに立って、応援演説でもしそうなシーンがテレビに写っていた。
 奇妙奇天烈。新党日本・民主党の<防衛>政策と自民党のそれを比べて、
勝谷誠彦の<防衛>論は前者に近いと彼は考えているのだろうか。こんな人物の存在・発生も、日本の末期的症状の徴しなのかもしれない。

0724/西尾幹二の天皇・皇室問題論を再び疑問視する-4/05テレビ「~委員会」。

 一 アメリカと中国が「日本再占領」政策を採っているとの西尾幹二の指摘は分からなくはない。かつての「占領」期のイメージが伴いやすい「再占領」という語よりも、<属国化>・<従属国化>・<傀儡国家化>政策と言った方が分かりやすいかもしれない(すでにそうなっているとの見方もあろう)。
 但し、西尾幹二が「再占領」政策の「大筋に日本で最初に着手したのは安倍晋三」で「背後で支えている」のは恐らく「中曽根康弘」だと指摘するまでに至ると、具体的な証拠資料が提示されているわけでもなく、<憶測>あるいは<妄想>の類ではないかと言いたくもなる。いずれにせよ、西尾幹二の言論の一部に(常人では理解できない)奇矯なところがあるのは確かだと思っている。
 二 西尾幹二は尊敬に値する仕事を多数している人物だが、納得できない、奇矯なことも言う人であることは、昨年の皇室(とくに皇太子妃)問題についての彼の議論・主張を知って感じた。
 録画していた4/05の<~のそこまで言って委員会>を1ヶ月以上も遅れて観た。何と、皇室問題がテーマとされ、西尾幹二がゲストとして登場していた。以下は、遅いが、この日のこの番組の感想。
 やはり西尾幹二はおかしい。<次の天皇に秋篠宮殿下を>との意見をどう思うかとの問いに対するパネラーの反応に、大高未貴の「皇室解体推進論者の巧妙な言語工作」というのがあったが、かねて思っている(書いたかもしれない)ように西尾の議論の仕方は「皇室解体推進論者」を喜ばせるものだ。
 また、<一部の雑誌が仕掛けているだけ>との鈴木邦男の反応も的確だろう。西尾幹二は次代天皇は秋篠宮殿下にと明確に主張しているわけではないが、現皇太子の皇位継承適格を疑問視していることにはなろう。そして、西尾幹二を支持する方針をとったのは、ワックの月刊WiLLであり、その編集長・花田紀凱だった。月刊文藝春秋の保阪正康論文は意識的に読んでいないが、ひょっとして月刊文藝春秋も(株)文藝春秋も、結果としてはその方向で<仕掛ける>機能を客観的には果たしているのかもしれない。
 月刊文藝春秋の最近の編集方針に対して批判的なことも書いている西尾幹二だが、そして「左翼」の保阪正康とは種々の歴史認識において対立している筈の西尾幹二だが、こと保阪の文藝春秋の論考については、西尾は支持又は擁護している。奇妙な構図だ。そして、花田紀凱とは元文藝春秋関係者という因縁(上司・部下関係)があることにもよるだろう、勝谷誠彦はときどき叫び声を上げて、大高の発言を遮ったり、西尾幹二の問題提起を擁護したりしていた。
 私は、出演者の中では、所功、鈴木邦男、大高未貴の考えに賛同し、西尾幹二、勝谷誠彦の姿勢は支持しない。
 辛坊治郎は、おやっと感じるほどに、西尾幹二を挑発していた。
 辛坊は、かなりの勇気がいると思われるが、西尾さんの話は「たんなる小和田雅子さんと雅子さんの出身家庭の悪口にしか聞こえない」、と断じた。
 西尾が書いている全体を知っていればかかる感想にはならないだろうが、この日のそれまでの西尾の口頭発言だけだと、かかる感想・印象も生じる。
 そして、辛坊の、「どうしたいんですか? どうしてほしいんですか?」とのかなりキツい質問に西尾は「言えない」「どうもできない」とし、せいぜい雅子妃の「医者を二人に」と言うだけだった。また、医者が二人になって病気でないことが判ったらどうすべきなのか、との辛坊の畳みかける質問に、<仮定の問いには答えられない>、<病気だと言うだろう(口裏を合わせるだろう)>と答えるだけだった。
 西尾の本来の主張は、<小和田家は雅子妃を引き取れ>つまり<皇太子殿下夫妻は離婚せよ>ということだと思われる。これをテレビで公言できなかったのはやむをえないとしても、そもそもこの議論はもはや遅すぎる。皇太子殿下の婚姻前にこそ(結婚してはならないという形で)言うべきだった。
 西尾幹二は雅子現妃殿下が皇室を離れたあとをどう現実的に構想しているのだろうか。皇太子殿下はどなたかと再婚されることになるのだろうか。それとも、秋篠宮殿下が次代天皇になるべきだ、と考えているのだろうか。
 後者の議論があるなら、「天皇陛下のご聖断の要請、皇室会議召集、政界等の真剣な討議」が必要、とも西尾は述べているようだが、上の後者の結論をストレートに述べているわけでもない。
 たしかに雅子現妃殿下ご本人が離婚と皇族離脱を本心から望んでおられ、その意向を明確に公にされたとすれば、離婚・皇族離脱を認めないわけにはいかないとも考えられる(皇室会議の承認を経る。但し、同会議を納得させるだけの<特別の>根拠・理由が必要だろうから、さほど容易とも思われない)。
 しかし、その場合でも、現皇太子の皇位継承資格第一位という地位は、消失するわけではない。法律(皇室典範)改正によって配偶者(皇后)を欠く者は長子であっても皇位を継ぐ資格がない旨が定められない限りは、現皇太子がいずれ天皇になられる。
 これを覆すような「天皇陛下のご聖断」は出る筈がない、と考えられる。これは現皇室典範に違反しており、「要請」自体が違法(法律違反)だ。いくら「皇室会議」や「政界」が真面目に議論しても、現皇室典範に違反できるはずがないではないか。現皇室典範を改正できるのは「国会」(両院)だ。
 また、西尾は秋篠宮殿下は人格的に立派だ(と書いているらしい)との保阪正康の月刊文藝春秋の文章を支持又は擁護していたが、小林よしのりも隔週刊雑誌・サピオ(小学館)の4月中の号で書いていたように、現行法制上は(および遅くとも江戸期以降の慣例では)<人格>の優劣等によって皇位を誰が継承するかが決められるわけでは全くない。
 それにもともと、現皇太子が皇位継承できない<非人格者>でいらっしゃるとはとても思えない。
 西尾幹二が雅子妃殿下と小和田家(とくに恒)を批判するのはまあよいとしても、そして<離婚すべきだ>と主張するのもかりによいとしても、そのあとどうしたいのか、どうなればよいのか、という問題はなお残る。
 もっとも、失礼な表現ながら西尾ら
の表現を真似ると、<獅子身中の「虫」>さえ除去されればそれで西尾は満足なのかもしれない。だが、そのためだけに、西尾がすでに使っているほどのエネルギーをなぜ必要としなければならないのか、というのは常人には甚だわかりにくい。
 今の法制のままだと、今上天皇→現皇太子殿下→秋篠宮殿下→悠仁親王と皇位は続いていく。現皇太子妃殿下(雅子様)のご体調やその原因に由々しき問題がかりに万が一あるとしても、上のことに何ら変わりはない。
 問題は、現在の皇族の中の悠仁親王の世代には、他に男子が全くおられない、ということにある。こちらの方こそが、もっと憂慮され、議論されてよいことだ。
 前後するが、西尾幹二は新しく(新奇で?)、重要な(又は奇妙な?)ことも発言した。
 五〇年後が怖い。(学習院の院長はいつのまにか外務省OBになっているが、)外務省は「外国とつながっている」、外務官僚は「国益よりもつねに外国の利益を頭におく」。一番怖いのはどこか、中国ではなくアメリカだ。「アメリカは、天皇家をがっちり握っているんです。天皇家から押さえることができるんです、この国を」。
 西尾幹二によると、外務省(・小和田恒)→雅子妃殿下というルートで<アメリカが天皇家を通じて日本を押さえている>らしい。
 なかなか興味深い指摘だ。だが、そもそもこうした発言だけでは視聴者は理解できないだろう、ということともに、次のような疑問がわく。すなわち、天皇の権能というのは形式的・手続的には<政治>に及んでいるが、<政治>的権能は実質的にはなきに等しい。従って、いかに雅子妃殿下→将来の天皇陛下をアメリカが「握っている」としても、そのことが、アメリカの国益にとって都合のよい政策(外交・経済等々)を日本政府が採る方向にどれほど役立つかは疑問だ。きわめて微々たる、かつ相当に迂遠な影響力の行使の仕方だ。
 むしろ怖ろしいのは、アメリカが「天皇家をがっちり握っている」ということではなく、アメリカが<天皇家の廃止・解体>に向けての世論工作をする(又はそのような国内の運動に実質的に加担する工作をする)ことだろう。
 上の二の最初の方でも書いたが、雅子妃殿下批判あるいは皇室「内紛」の印象は「皇室解体推進論」者が喜ぶことで、その「解体論者」の中にアメリカを含めてもよい可能性がある。アメリカは、日本国家の維持・存立を脅かすために、あるいは日本が<強く・自立した>国家にならないように、国家・国民の統合の「象徴」たる天皇をもつ世襲天皇制度が無くなった方がよい、と考えている可能性がある(アメリカ、と大雑把にはいえず、アメリカ内の一部日本有識者だろうが)。
 そうだとかりにすると、西尾幹二は客観的には、アメリカの<策略>に沿った言動をしていることになるのではないか。
 辛坊はこのコーナーの最後に、再び大胆にも、「西尾さんの今日の発言で、皇室に対する評判が上がったと思います? 下がったと思います?」と問い、勝谷誠彦が「上がったでしょうね、ちゃんと論じてるから」と辛うじてフォローしていた。
 雅子妃はうんぬん(皇太子妃らしくない行動をしている)との西尾の諸発言によって、「皇室に対する評判が上がる」はずがないではないか。そして、繰り返すが、西尾の言動は「皇室解体推進論」者が喜ぶことで、かつアメリカが望む方向に沿っている可能性すらある。
 追記する。羽毛田信吾・宮内庁長官は、①天皇陛下の「ご心痛」の理由の一つに<将来の皇統>問題がある、あるいは、②雅子妃殿下のストレス・ご病気の原因は「皇室そのもの」との「論がしばしばなされる」ことに対し、雅子妃殿下とともに「天皇皇后陛下は深く傷つかれた」と述べた、とされる。
 これらの報道があった際にすでに感じたことだが、少なくとも②の「天皇皇后陛下は深く傷つかれた」というその「論」は、まさに西尾幹二が先頭に立って行っているものだ。そして、西尾幹二らの言動そのものによってこそ、両陛下は「深く傷つかれた」のではないか、と私は考える。
 西尾幹二は、上の可能性があることを、微塵も容認しないだろうか。

0673/竹田恒泰、西尾幹二、勝谷誠彦、社民党・福島瑞穂。

 〇記していなかったが、二月中に全読了したもの。ひょっとして他にもあるかも。
 ・竹田恒泰・怨霊になった天皇(小学館、2009.02)。2~3日で読み終えた。
 仔細はもう忘れかけているが、長い歴史の中では、天皇も皇族もいろいろ、といった感想。
 井沢元彦によると、明治天皇は、明治改元か即位礼の前日にわざわざ四国・香川県の崇徳天皇陵に参拝されたはずだ。12世紀前半に就位の天皇が、祟らないで国家・新天皇の御代の平穏をとの思いを19世紀にまで持たせ続けていたことになる。一度、崇徳天皇陵には行かねばならない。
 ・西尾幹二・真贋の洞察(文藝春秋、2008.10)。すでに一部触れたことはある。触れたのは、福田恆存にかかわる長い論考(講演録)の一部(p.123-190、計68頁!)。
 金融・経済への関心に感心するとともに、最後にとっておいた「安倍晋三は真正保守の政治家に非ず―二大政党制という妄想―」も頗る面白かった。
 月刊WiLL2007.10号初出で原題は「二大政党制という妄想」。この題のとおり、執筆当時は首相在任中ぎりぎりだったと思われる安倍晋三批判は大して重要なテーマではない。今日の政治状況を鋭く予感していた、との評価もできる。
 「自民党も三分の二くらいは左翼のようなものです」(p.32。加藤紘一、後藤田正純、河野太郎の名を挙げる)。きっとそうなのだろう。
 「私は共産党、社民党、公明党は…政党として認めていない…。…党首討論に…大きな顔をして出演させるべきではない」(p.34)。同感。とくに後者は、従前からそう感じていた。
 二大政党制をよしとしないのは自民党・民主党ともに「寄り合い所帯」で「理念が不透明」だから。なぜ日本政治がこうなったかには「小沢一郎が深く関与している」(p.35)。
 細かく引用しない。その後の、1955年体制の総括的言及・小沢一郎批判にも納得するところがほとんどだ。
 「小沢一郎は日本の政治をねじ曲げた万死に値する男です」(p.40)。
 こうした論評からすると、小沢一郎びいきの「保守」派らしき男、勝谷誠彦とは異様な人物だ。よいことも書き、喋ってもいるのに、小沢一郎(・従って現在の民主党)にはボロボロに甘い。
 これまであえて取り上げてこなかったのだが、勝谷誠彦・偽装国家Ⅱ(扶桑社新書、2007.12)では、安倍晋三を「偽装保守」と称し、「美しい国」と言うのを聞いて「私は椅子から転げ落ちました」とまで侮言しながら(「美しい国」との言葉の悪意をもった解釈もしながら)、また、多数の「偽装」の例を挙げながら、朝日新聞等による大々的で集中的な反安倍・反自民キャンペーンによる2007.07の参院選の結果については、ひとことも<偽装>とは称していない。あの選挙での自民党の後退しすぎは、マスメディアによる国民の意思の<偽装>だ、と思っている(2005の小泉「郵政」総選挙の結果もその面が強い)。私の感覚は、勝谷誠彦とは大きく異なっているようだ。まだ西尾幹二の方に近い。
 〇社民党・福島瑞穂は昨年(2008年)12月に桝添要一厚労相に対して「非正規労働者支援の緊急申し入れ」を行い、その中で「多くの非正規労働者が雇用保険の加入漏れの恐れがあることがわかった。非正規労働者が、資格がありながら雇用保険に加入していない実態を掌握する措置を講ずること」等を求めた。
 一方、福島瑞穂が代表の「福島みずほ事務所」は、「平成18年度までの数年間、雇用する私設秘書2人について労働保険に加入していなかった」。

 以上。産経新聞3/04による。
 これは実態把握については「灯台元暮らし」、措置要求については<天に唾する>、とでも言うのだろう。なかなか面白い記事だった。

0668/サピオ3/11号と小林よしのりのいう「少国民世代」。

 一 サピオ3/11号(小学館)。特集「みんな偽善だ!」のうち、勝谷誠彦「年越し派遣村」、野村旗守「日本共産党」、井沢元彦「朝日新聞」をまず読んだ。
 井沢元彦は最近の若宮啓文の著書を扱い、「あまり読む価値がない」との感想のよう。その若宮の本のなかで若宮は、9条改憲論にはそれなりの意味があると社内で発言したら改憲派と見られて社内で警戒されたとか書いているらしい。朝日の社内の異常さはなるほどと思わせるが、若宮自身の発言はホンマかいな、というところ。対一般向けの本であるために、釈明・自己弁護の意味もある程度はあるのではなかろうか。
 二 小林よしのりの「天皇論・第四章/天皇は神だったか」を次に読む。
 この欄で複数回、1930~1935年生まれは独特の世代だと書いたことがある。それは、戦後の<教科書墨塗り>を含むGHQ占領下での(アメリカ歴史観・戦争観による)教育を受けたために独特の意識・心性が生まれた、という趣旨だった。1945年の時点で、彼らは10~15歳。1948年の時点で、13~18歳。まだ素直で感受性の強い成長期にGHQ占領下教育を受けたのだから…、という趣旨だった。
 小林よしのりは、おそらくはほぼ同じ独特の世代である旨を、戦後の占領期教育を受けたことにではなく、すでに戦前に(戦前期でも独特の)「少国民教育」を受けたことに求めていて、なるほどと思わせ、すこぶる参考になる。
 天皇を「神」と記述する小学校教科書が現れたのは1939年以降1945年夏まで。そうした教育内容が戦後になって否定されたために、「少国民教育」を受けた世代は天皇や国家に「懐疑的になった」(p.64)、という趣旨を小林は書いている。
 私は同時に昭和一桁後半(1930~1935年)生まれは<左翼>が多い旨を書いたつもりだったが、小林よしのりもおそらく同旨のことを描いている。
 小林よしのりは、「少国民教育」を受けた世代=「少国民世代」とは厳密には「国民学校」に通った経験のある世代=「大東亜戦争中に小学生だった世代」だとし、具体的には次の者らを明示する(p.63、()内は小林が示す終戦時の年齢)。
 筑紫哲也(10)、大江健三郎(10)、井上ひさし(10)、田原総一朗(11歳)、本多勝一(13前後)、大島渚(13)、野坂昭如(14)、半藤一利(15)。
 また、西尾幹二(10)、石原慎太郎(12)も挙げつつ、「戦後の価値観の変化による影響が少なく」、「珍しい方だろう」とする(p.64)。
 これらの人々は同時に戦後の占領期教育を受けたこともまた間違いない。樋口陽一も1935年生まれで、上の書き方をすると樋口陽一(10)、ということになる。また、週刊新潮(新潮社)誌上で例えば田母神俊雄論文に対して単純素朴な「左翼」教条的反発を書いていた渡辺淳一も1933年生まれで、渡辺淳一(12)。
 むろん個別の例外はあるだろうが、戦後生まれのいわゆる「団塊」世代や、明治・大正生まれ世代とは、上の世代はやはり独特な、ある意味ではきわめて可哀想な世代だ。山中恒(14)は「昭和一桁生まれは、その子ども期に対して憎悪さえ抱いている」等と書いて、(小林の造語だろうが)「うらみつらみ史観」に嵌っている、という(p.73)。
 小林も示唆するように、問題は、現在、大正生まれ世代が少なくなり、昭和一桁世代が多く雑誌・新聞等に登場し、本当は時代(戦中・戦前)や戦争に関する表面的な経験的知識しかないかにもかかわらず、後知恵付きの「戦争」観、「軍隊」観を書いたり喋ったりしていることにある。
 三 1930~35年生まれ、又は「少国民世代」は現在、70歳を超えている(前者を基準にすると74歳~79歳)。
 月刊諸君!3月号(文藝春秋)の投書欄にあるのであえて特定個人名を挙げないが、ある投稿者(71歳)は次のようなことを書いている。
 2月号(諸君!)で片山杜秀が「戦後の青春を謳歌したいまの七十代、あの辺が”戦犯”です」と言っているが、「まさにその通りだ」。「…墨で塗りつぶされた教科書で育った世代ですから、歴史を沈黙に付す『後知恵』がついていると批判されても仕方ない」。「我々の世代は、江戸時代から引き継がれた日本的な遺産を捨ててしまった不幸な人種」だ、等々(p.272)。
 「九条の会」呼びかけ人として大江健三郎らとともに名を連ねている憲法学者(元東京大学)奥平康弘は1929年生(16)、小田実は1932年生(13)、不破哲三は1930年生(15)、永六輔は1933年生まれ(12)、マルクス主義歴史学者と思われる脇田修は1931年生まれ(14)、等々。やはりこの世代の特徴又は独特さを語りうると思われるのだが…。 

0436/月刊WiLL5月号(ワック)に見る最近の朝日新聞。

 月刊WiLL5月号(ワック)には、朝日新聞を主対象とする記事(論稿)が三つもある。
 1.海上自衛隊イージス艦漁船衝突事故について、さぞや朝日新聞は大きくかつ自衛隊に厳しく報道しているだろうと思っていたが、山際澄夫「イージス艦事故があぶりだす朝日と福田は似たもの同士」(p.208)によると、想像以上だ。
 すなわち、事故発生を伝えた2/19夕刊から27日頃まで「数日を除いて連日のように朝夕刊トップという、それこそ洪水のような」報道を続けた、という(p.210)。もとより初めから自衛隊側を「悪者」扱いで、日本共産党・志位和夫と同じく「自衛隊を悪魔視して国民と対立」させようとしている(p.212)。
 想像以上だが、朝日新聞のことだから分からなくはない。よく分からないのは、紹介・引用されている2/22社説の一部だ-「海上自衛隊が目の前の漁船すらよけられないのなら、どうやって日本を守るのか」(p.211)。
 朝日新聞(社)は本当に自衛隊に「日本を守る」ことを期待しているのだろうか(このことを前提として上の文がある筈だが)。それにしては、山際によると、自衛隊に対する「敬意」がない文章表現で、むしろ「嘲弄」の感がある(p.211-212)。

 こんな文章を綴っていると精神衛生に悪い。朝日新聞のような新聞のない地域・国へ行きたくなる。
 2.本郷美則「今月の朝日新聞・第14回」(p.140-)は、若宮啓文論説主幹が4/01付で退任、同社コラムニストになるということから、若宮の社内での<出世街道>?の経緯を中心に書いている。
 「朝日新聞社コラムニスト」とは何のことやらよくは解らないが、定年後も朝日の紙面に登場し、朝日新聞社から金を貰い続けるわけだ。本郷は若宮の<有名な>記事をいくつか取り上げている。本欄でいく度か言及した、<ジャーナリズムはナショナリズムの道具じゃないんだ>(コラム・風考計)もけっこう重要な名?文なので、紹介してほしかった。
 ところで、本郷によると、キャノン・御手洗富士夫と朝日新聞が1年半”冷戦”状態で、キャノンは朝日新聞への広告出稿を絞ったらしい(全面広告が2006年は36本、2007年は7本、2008年は若宮退任報道後に最初の1本)。
 恥ずかしくも、”冷戦”の原因も含めて知らなかったのだが、キャノンは勇気がある。立派だ(関係ないが、わがプリンタは歴代、キャノンだ)。「1本数千万円」の広告減収をもたらすのだから、朝日新聞を気嫌う経営者たちは、朝日新聞に広告を出すな、と呼びかけたいものだ。同じことは、朝日新聞系のテレビ放送局や(毎日系の)TBSへの広告フィルム(CF)の掲出についても言える。
 テレビ朝日にせよTBSにせよ、あれだけヒドい報道ぶりをしたり、ときどきは目立った<事件>も起こしているのに、何故に所謂コマーシャルが減らないのだろうか、と不思議に思っている。言葉による精神的・理念的な批判よりも、経営基盤自体にかかわる広告取り止めの方を(広告収入に大きく依存している)マスメディアは実際には懼れているはずなのだが…。
 3.創刊号から連載の勝谷誠彦「あっぱれ!築地をどり」(p.130-)は、イージス艦事故によって朝日新聞が「盆と正月が一度に来たような大騒ぎ」、「築地をどり」は「大臨時興行」、「いやもうはしゃぐことはしゃぐこと」と皮肉っている。
 また、勝谷によると、朝日新聞内の「天声人語」子と「素粒子」子は「宿命のライバル」で、上の事故に関して俳人<所作>や「駄洒落の所作」を競い合っているらしい。
 勝谷誠彦は、この程度の短い文章(2頁程度)だと、なかなか冴える。
 再度いうが、朝日新聞に関して何か書くのは、なぜか鬱陶しい。しかし、ときどきは触れないわけにはいかない。

0385/わしズム25号の八木秀次・テレビ界「思想」大マトリックス。

 <マスメディアと政治・民主主義>に関心をもつ者として、「デマと冷笑の『テレビ』」を特集テーマとするわしズム25号(2008冬号、小林よしのり責任編集)はいずれの記事・論稿も興味深い(少なくともその予感がする)。
 八木秀次「テレビキャスター&コメンテーター『思想チェック』大マトリックス」も面白く読んだ(p.56-p.61)。
 三、四点のことを感想文的に書いておく。
 第一に、政治的に公平、意見対立問題はできるだけ多くの角度から、等ゝと規定している放送法の定めは、日本のテレビ局には「ほぼ有名無実」で、テレビ朝日は…を除き「放送法違反」、「TBSに至っては放送法を無視している」と、あっけらかんと断言している。八木を批判しているのではない。そのような<違法>(法律違反)状態をほとんど誰も<法的には>問題にしない、または問題にできない状態が奇妙だ。
 第二に、新聞よりもテレビ(とくに地上波テレビ)の一般世論への影響力の方が大きいという指摘も、そのとおりだろう。かつ、テレビ局のワイドショー作成者にとって最も権威がある(あるいは番組作りのために依拠している)新聞は、各テレビ局の系列新聞ではなく朝日新聞だという記事又は文章をどこかで先日読んだことがある。想像するに、こうした番組作成に関与しているのは25歳~45歳くらいの(多くは)男性でないか。現在45歳以下の、マスコミ(テレビ局)に入社するような心性・性格の者たちがどのような<世界認識>・<歴史認識>・<日本認識>を身に付けているか(身に付けてきたか)は従って、世論または社会のムード形成にとってきわめて重要な要因になっているはずだ。調査・分析できるといいのだが。
 第三に、八木が指摘するように、新聞と異なり文書として残らないテレビ放送は、体系的・総合的な批判的分析がし難いものだろう。TBSのニュース23にはきちんとしたウォッチャーがいてこの番組に関する文春新書も出ているが、また朝日新聞やNHKに限っての批判的観察の連載記事をもつ雑誌もあるが、多くのニュース番組・ワイドショーはきちんとした国民的「監視」体制の対象から抜け落ちているのではないか。だとすると由々しい事態だろう。(それにしても、TBSのサンデー・モーニングの関口宏はいつまで続けるつもりなのだろう。じつはこの半年間ほど観ておらず録画もしていないが-イヤになったので-まだこの人が司会をしているようだ。)
 第四に、キャスター・コメンテイターの、四つの象限に分けての紹介・分析が八木論稿の「ウリ」で、参考になる。
 四つの象限とは、ヨコ軸をリベラル←→保守、たて軸を自立←→国際協調に置いてできる4つのゾーンだが、八木によると、リベラル・国際協調(第三)が筑紫哲也を筆頭に最も多く、三宅久之・辛坊次郎らの保守・国際協調(第四)がそれに次ぐ(第二のリベラル・自立は太田光のみ、第一の自立・保守は勝谷誠彦・橋下徹・桜井よしこの3人)。
 参考にはなるのだが、しかし、表を見ていてスッキリしないところが残るのは、「国際協調」の意味の曖昧さのゆえだろう。すなわち、第一と第四の「保守」における「自立」と「国際協調」の区別は、明瞭に「反米・自主防衛」と「親米・日米同盟堅持」の意味だとされているが、第二と第三の「リベラル」における「自立」と「国際協調」の八木による区別は、「反米」か「親米」かではないように見える。東アジア諸国との外交優先という立場も「国際協調」の中に含まれていると理解できるからだ。「国際協調」派であっても、アメリカ最優先とアジア優先(そしてむしろ反米の場合もある)では全く異なるだろう。この点が、せっかくの「大マトリックス」の価値を減じている。
 ところで、ここでの対象は(テレビに登場する)キャスター・コメンテイターだが、文化人・論壇人まで含めるとどうなるのだろうか。
 八木秀次自身がどこに位置するのかも興味深いのだが(本人は書いていない)、たぶん「現実的保守」と表現している第三の「保守」・「国際協調」=「親米・日米同盟堅持」なのだろう(なお、八木は桜井よしこにつき「闘う保守言論人」の「第一人者」だが「近年は自立を志向する感もある」とコメントしている)。ここに岡崎久彦も入りそうだ。
 一方、第一の「保守」・「自立」=「反米・自主防衛」には西尾幹二、西部邁、小林よしのりが含まれそうな気がする(後の二人には西部=小林・アホ・腰抜け・ビョーキの親米保守(飛鳥新社、2003)という本もある)。
 佐伯啓思は「反米」か「親米」か。どちらかというと前者のように私には彼の論述が読めるが、しかし、上の二つは程度問題で、かつ佐伯に限らず、対米問題は具体的問題に応じて議論する必要があるだろう。例えば、「自立」論者も(私もある意味ではこの考え方を支持する)、日米安保条約の即時廃棄を主張しているわけではあるまい。

0115/中川八洋・保守主義の哲学(PHP、2004)はあと70頁。

 勝谷誠彦は<さるさる日記>の2006年12/12にこう書いていた。
 「私はこの国は小泉政権からタライの中を水がザブンザブンと行ったり来たりするようなメディアが囃すと馬鹿踊りが始まる衆愚政治時代に入ったと思っている。
 これを読んで一瞬に感じたのは、では小泉政権以前の時代は「衆愚政治時代」ではなかったのか、とっくに「衆愚政治」だったのではないか、ということだった。森首相、小渕首相、橋本首相…、どの時代であれ、民主主義とは極論すればつまりは衆愚政治のことではないのか。
 民主主義は衆愚政治に陥る危険があるという言い方もされるが、民主主義(デモクラシー)、すなわち直訳すれば大衆(民衆)支配政治(体制)とは、「大衆(民衆)」が全体として賢くなく愚かであれば、もともとの意味が「衆愚政治」のことなのだ。
 こんなことを書くのも、中川八洋・保守主義の哲学(PHP)の影響だろう。民主主義と平等主義とが結合するとき、「多数者の専制」(バークの語)となる。「多数者」の判断が誤っていれば、少数者にとっては我慢できない圧政となる。
 トクヴィルはこう言ったという。「デモクラシー政治の本質は、多数者の支配の絶対に存する」。また、中川によれば、デモクラシーを「専制」又は「暴政」と捉えるのは、「英米とくに米国では普通」のことだという。
 民主主義を最高の価値の如く理解している日本人も多いのかもしれないが、多数の(過半数の)者が支持した決定は相対的には合理的なことが多いだろうという程度のことにすぎず、少数者の判断の方がより合理的でより正しい可能性は客観的にはつねに残されている(何がより合理的でより正しいかを決定するのがそもそも困難なのだが)。
 民主主義という「多数者の専制」を排するために存在するのが、国民により「民主的」に選出された代表が構成する議会の「民主的」な決定(法律の制定等)も憲法には違反できないという意味で、憲法だ。
 憲法は民主主義と対立する、それを制約する価値を秘めてもいることを理解しておいてよいだろう。
 民主主義なるものを最高の価値の如く理解していけないのは、民主主義の名のもとに、「人民の名」による圧政が現実にあったし、今でもあることでも判る。社会主義・東ドイツの国名はドイツ「民主」共和国だったし、北朝鮮の国名は朝鮮「民主主義」人民共和国だ。
 民主主義と平等原理が結合するとき、容易に社会主義への途を開くことにもなる。日本共産党系の大衆団体が「民主」の名を冠していることが多いのも理由がある。民主主義文学者同盟(機関誌は「民主文学」?)、民主青年同盟(民青)、全国民主医療機関連合会(民医連)、民主商工会…。日本共産党が民主主義の徹底を通じて社会主義へという途を展望しているのは、周知のことだろう(日本共産党を支持する多数派の形成は容易に同党の「多数」の名による=「民主主義」の名による一党独裁を容認することになろう)。
 フォン・ハイエクの有名な著は隷従への道(東京創元社)だが、中川によると、このタイトルは「デモクラシーの全体主義への転換」を論じるトクヴィルの次の文章に由来するのだという(p.277)。
 「平等は、二つの傾向をうみ出す。第一の傾向は、…突然に無政府状態になることがある。第二の傾向は、…もっと人知れず、しかし確実な道を通って人々を隷従に導く」。
 なお、ここでの「隷従」状態とは、トクヴィルやハイエクにおいて、「全体主義」の支配を意味する。そして、「全体主義」とは共産主義又はファシズムのことだ。
 安倍首相が、「人権、自由、民主主義、法の支配」の<価値観外交>を進めてよいし、中国との関係では進めるべきなのだが、上の4つの全てについて、~とは何かという厳密な議論が必要であり、現に議論されてもきている。
 中川八洋の具体的な主張には賛成し難い点もあるのだが、読了まであと70頁ほどになった彼の本が、知的刺激に満ちていることは間違いない。

0082/勝谷誠彦・偽装国家(扶桑社、2007)をほんの少し読む。

 

 扶桑社は産経・フジグループの会社だから扶桑社新書もそのグループの新書というイメージをもつが、それにしては、文春新書や幻冬舎新書の方がラインナップに魅力を感じるのは何故だろう。
 勝谷誠彦・偽装国家(扶桑社新書、2007.03)の最後の15頁だけ読んだ。「偽装」とは建築物の耐震強度の「偽装」から来ている言葉だろうし、日本国家の状態がその表現でわからなくもないので「偽装国家」という語は批判しない。
 だが、「利権談合共産主義」の方はどうだろう。「利権談合」は「共産主義」の形容詞的に用いられているのか、ほぼ対等の意味をもって用いられているのか。どちらにしても、「共産主義」は、本来、「利権談合」などという生易しい言葉で表現できる主義又は国家体制ではない。こんなふうに簡単に「共産主義」という概念を使うと、共産主義の本質を却って曖昧にしてしまう。
 幸いまだ全く一般的になっていない言葉なので、勝谷は、もうこの言葉を使うのは止めたらどうだろう。
 最後の「「偽装憲法」を今こそ見直せ」と「おわりに」だけ読んだ。前者の内容に異論はない。
 異論はないどころか、大人たちが「自虐史観」にひたり、学校でそんなものを教えておいて、「虐め(=いじめ)はやめようなどと(とは?-秋月)、ちゃんちゃらおかしい」というのは正論で、論理的だ。自国と自国民を「虐めて」いる人たちが「虐め」はやめようという資格はないし、そんな大人を見ている子ども達が「虐めに立ち向かえる」はずがない。そのとおりだ。
 また、集団自衛権を否定して友好国の艦船が攻撃を受けたときに「スタコラ逃げるような卑怯な国」の学校で、「友達が虐められたら助けてあげなさい」と教えられだろうか。そのとおりだ。
 日本の安全・平和は「憲法神社に9条を飾って、土井たか子みたいな巫女が土下座してお祈り」してくれていたおかげではなく、「本当に偶然」に保たれたという部分については、たんなる「偶然」ではなく理由を別に探せるとは思うが、憲法9条2項の削除だけの限定的改憲の主張も、よく分かる。
 勝谷誠彦は某テレビのトーク番組でしばしば安倍首相・安倍内閣を批判し、民主党・小沢一郎氏への親近感を示していた。「小沢さんは安倍さんよりも右ですから」とたしか言っていたこともある。
 まさかとは思うが、「おわりに」の最後の、日本を率いるべき、「自分の中に確固たる倫理を持つ」「尊敬されるリーダー」として、小沢一郎を念頭に置いてはいないことだけは、強く期待しておきたい。

 

-0050/北朝鮮の核実験実施と鷲田小彌太・学者の値打ち(ちくま新書)。

 10月9日、北朝鮮が核実験成功と発表。安倍首相が東京に着いて航空機内から出るときの姿はさすがに相当疲れているように見えた。彼は「空気の宰相」ではなく小泉前首相と違って「論理」と「骨」があると思っており、今日の勝谷誠彦日記には賛成だ。
 この時期に「あっちむいてホイ」の「あっち」を向いた動きがあるとは、「平和ボケ」はなかなか治らないと感じる。
 鳥越俊太郎を含む人々は日本の核武装論はもちろん日本が正規軍をもつための憲法改正にも反対し続けるのだろう。もともと中国は核保有国で日本を核攻撃する能力・技術をすでに持っている。当然にこのことも意識して、対米関係に留意しつつ、これまで関心がなかった国民も含めて自国の「安全保障」のあり方を考えてみるべきだ。
 安倍内閣が河野談話・村山談話を踏襲するとしたことに、彼のかつての持論維持を期待した人たちからの批判もありうる。
 昨日の朝日新聞のたぶん3面に(記憶のみだが)本来の支持者「反発も」という見出しがあった。これは、<安倍さんはかつて述べていた持論を封印して中韓に擦り寄ってますよ、さぁ彼の「歴史認識」に期待していた支持者の皆さん、「反発」しましょう>という煽動だと理解すべきものだ。安倍がかつての持論をそのまま展開すれば中韓が反発し、それ見ろと朝日が激しく安倍批判をするのは目に見えている。朝日はいずれにせよ批判的・揶揄的スタンスを変えない。
 朝日新聞10/07社説の見出しは「安倍政権、ちょっぴり安心した」だったが、ひょっとして本音は「残念」ではなかったか。安倍を「先の大戦を『自存自衛の戦い』と位置づける。日本政府の『謝罪外交』を批判し、歴史教科書の『自虐史観』に修正を求める」「議員グループなどで中心的な役割を果たしてきた」と認識している朝日にとって、振り上げた拳を降ろせない状況になったからだ。
 昨日は古書店にも寄って鷲田小彌太・学者の値打ち(ちくま新書、2004)等10冊余り購入した。この本の類書はたぶんほとんどなく、一気に100頁過ぎまで読んでしまった。

-0023/上野千鶴子にとって日本社会は居心地がいいはず。

 26日付朝日の続き。保阪正康は「無機質なファシズム体制」が今年8月に宿っていたとは思われたくない、「ひたすらそう叫びたい」との情緒的表現で終えているが、「無機質なファシズム体制」の説明はまるでない。解らない読者は放っておけというつもりか。編集者もこの部分を「…を憂う」と見出しに使っている。執筆者・編集者ともに、良くない方向に日本は向かってる(私たちは懸命に警告しているのに)旨をサブリミナル効果的に伝えたいのか? 訳のわからぬ概念を使うな。使うなら少しくらい説明したまえ。
 今年のいつか、喫茶店で朝日新聞をめくりながら今日は何もないなと思っていたら、後半にちゃんと?大江健三郎登場の記事があったことがあった。26日付も期待に背かない。別冊e5面の「虫食い川柳」なるクイズの一つは、「産んだ子に〇紙来ないならば産む」(〇を答えさせる)。
 月刊WiLL10月号で勝谷誠彦が朝日新聞の投書欄に言及し、同様の傾向は一般の歌壇にもあるらしいが、「築地をどり」の所作は周到にクイズにも目配りしているのだ。
 小浜逸郎・ニッポン思想の首領たち(1994、宝島社)の上野千鶴子の部分を読了。小浜の別の複数の本も含めて、関心の乏しかったフェミニズムに関する知見が増えた。
 詳しく感想を述べないが、一つは上野の唯一?の、小浜が酷評する理論書(1990)でマルクスが使われていることが印象的だ。マルクス主義(この欄ではコミュニズムとも言っている)やその概念等の悪弊が上野そしてたぶんフェミニズム全般に及んでいる。今日ではマルクス主義は学問的にもほぼ無効に近いことを悟るべきだ。
 1990年本の執筆時点ではまだソ連もチェコスロバキアもあったのかもしれないが。
 二つは戦後のいわば男女平等教育の影響だ。小浜は触れていないが、男らしさ・女らしさや男女の違いに触れない公教育の結果として、社会に出る段階で(又は大学院で)「女だから差別されている」と初めて感じる優秀な女子学生が生じることはよく分かる。
 フェミニズムなるものも「戦後民主主義」教育の不可避の所産でないか。一般人の支持は少ないだろうが、現実政治・行政への影響は残存していそうなので注意要。フェミニストたちには尋ねてみたい。「搾取」・「抑圧」をなくし人間を「解放」しようとしているはずの中国・ベトナムで(又は旧ソ連等で)女性は「解放」へ近づいている(いた)のか、と。

-0001/秋月瑛二の「団塊」懐旧的つぶやき日記オープン。

 昨日よりは少ないが、今日も注文していた書籍が配達されてきた。新刊書が9冊で某会社より。中古書は2冊で各ゝの取扱い店より。後者のうちの一つは、どうやら新刊書で注文して出版社を儲けさせたくないために古書にしたかに思える。
 昨日と三日ほど前だったろうか、中古書が一冊ずつ入った封筒又は包装袋が10個以上もやってきたときは、開けるだけでもちょっと大変な作業だった。
 それにしても、この一ヶ月でおそらく、定価ベースだと20万円以上分を注文し、入手している。是非と思える書籍は昨年以来おおむね入手し終わり、いまや-各著者には失礼だが-周辺部的残り滓へと移行している感もある。
 もともとは自分史のための資料入手のつもりだったのだが、歴史というのは奥深い又は関連性豊富なもので、種々の基本的問題に関心をもち、これほどに書物を渉猟することになるとは思っていなかった。昨年11月に初めて、ネット注文をするようになり、その手軽さによるところも大きいが。
 さて、「懐旧的つぶやき日記」としておいて後から「団塊」を追加したのだが、この「日記」に何を書いていこう。とりあえず「団塊」世代の者の思い出話=「懐旧」でも書き、日々感じた想いあるいは意見も書こうかと思っているが、どうなるかわからない。上記のごとく本は日々増えている=読書量も知識も日々少しずつは蓄積されていくはずなので、本の感想・批評を書くこともあるだろう。それにせっかくの日記なので、本人にしか判らなくとも、その日の何がしかの行動等の記録になれば望ましい。
 この日記サイトを知ったのは某氏を検索した結果による。「さるさる…」とは彼の顔の表現で(失礼)彼の日記の呼称が「さるさる日記」だと思っていたのに、どうやら誤解していたようだ。彼の名を初めて知ったのは「築地をどり」について書いていた某雑誌の連載コラムだった(現在も定期購読中)。最初は何のことか判らなくて(業界人ならともかく、一般人は本社所在地の地名など知らない)、某新聞社のことと分かったときには内心で大笑いした。それでその達筆の、皮肉とユーモア付きのコラム執筆者はいったい何者だということになって(それまでは不治、イヤ不知)、この日記サイトにたどりついた、というわけだ。
 今日も、そろそろ散歩に出かけよう。健康のために。熱い日中(「日中問題」ではない)は敬遠しているのだ。
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