秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

勁草書房

1348/日本共産党の「影響力工作」類型-佐々木太郎著。


 佐々木太郎・革命のインテリジェンス-ソ連の対外的「影響力」工作-(勁草書房、2016)の第4章は「仮説としてのソ連の『影響力行使者』の諸類型」というタイトルになっている。
 書名やこの表題に見られるようにソ連(・共産党)の対諸外国に対する「影響力」工作がテーマだが、相当程度に同様のことは自由主義(資本主義)諸国内にある共産党その他のコミュニズム政党の当該国内における「影響力」工作についても妥当する、と思われる。
 先だって江崎道朗論考に触れて、上の「諸類型」を挙げ、5つめの「デュープス」について江崎論考を引用して説明した。
 5つの類型とは、もともとはアメリカ・FBI元長官のE・フーバーによるもののようだが、①公然の党員、②非公然の党員、③「同伴者」、④「機会主義者」、⑤「デュープス(罪のない犠牲者)」をいう。
 これらの類型のうち、ほぼ意味が明らかな①と②(=AとB)以外について、E・フーバーを紹介・参照しての佐々木の説明を、さらに引用・紹介しておこう。その際、「影響力」工作・行使の主体として、日本共産党を想定した、引用・紹介になるかもしれない。
 C・「同伴者(Fellow Travelers)」
 フーバーによると、同伴者は「党員ではないが、ある期間において党の綱領を積極的に支持(同調)する」。「積極的に共産党に対して支援をおこなう非党員」のことだ。
 「シンパ」とは区別されるべきで、「シンパ」は「より消極的であり、特定の問題について党や党員に共感を示すが、積極的な支援をしたりしなかったりする」。同伴者よりも「より消極的あるいは限定的な支援をおこなう非党員」のことだ。
 佐々木は、この「同伴者」という語の経緯もふまえて、つぎのように定義する。
 「共産主義の大義や理想、あるいは共産党が示した特定の問題についての対応や解決策への強い共感から、共産党のための活動をする非共産党員」(p.104)。
トロツキーがこの語を使い始めたとされ、アーマンド・ハマー、アンドレ・ジッド、アインシュタイン、ロマン・ロラン、ハインリヒ・マン等々がその例とされるなど興味深いが、省略する。
 D・「機会主義者(Oppotunists)」
 同伴者と同じく非党員だが、同伴者と異なり、「共産主義や共産党の方針に対する共感から進んで同党のための仕事をする」のではない、また「デュープス」と異なり、「共産党のフロント組織が訴える普遍的な"正義" に対して共感を持つ」わけでもなく、「個人的な利益が増大する場合にのみ、共産党に接近する人々」のことをいう(p.111)。
 フーバーによると、「もし個人的に利益を得られるのであれば、意識的に党を支持し、代わりに支援や恩恵を受け取る」、「シニカルで利己的な」人々だ。
 再び佐々木の文章に戻ると、共産党はこの類型の人々に「強い警戒感」を持ちつつ、「戦略的な交際」を結ぶ。そして、<機会的>であっても、自らの力を行使して共産党の方針へと「世論や政策を誘導」するならば立派な「影響力行使者」の一類型になる。
 E・「デュープス」
 「騙されやすい人々」、つまり「カモ」で、フーバーは「罪もない犠牲者」(Innocent Victim)とも換言しつつ、「共産主義者の思想統制に知らず知らずのうちに従属して党の仕事をする個人」とも表現する、とされる。
 佐々木によれば、「明確な意思をもって共産党のための活動をする人々ではなく」、共産党という「政党やフロント組織が訴える普遍的な"正義" に対して情緒的な共感を抱き、知らず知らずのうちに共産党に利用されている人々」のことをいう。
 以上で引用・紹介を終える。
 すでに「デュープス」なるものについて触れたことがあるように、きわめて興味深い、有益な類型化だ。
 党員ではないが日本共産党(・候補)に選挙で投票している党員数の10倍以上の人々、日本共産党系の集会・デモに参加している人々、日本共産党の「フロント組織」・「大衆団体」または日本共産党系の「学会」・「研究者グループ」の構成員になっている人々…。これらの中に公然または非公然の党員も勿論いるだろうが、党員以外の者たちは、「同伴者」、「機会主義者」あるいは「デュープス」のいずれに該当するのだろうか。
 万々が一、この欄(あるいは佐々木・上掲著)に接することがあれば、自己分析してほしいものだ(「無意識」という「デュープス」概念の要素を充たさなくなるかもしれないが)。
 ところで、「機会主義者(Oppotunists)」のところで「個人的な利益」に言及があるが、「個人的利益」のために日本共産党に接近したり、ついには日本共産党員になったりする者が、とくに<(日本の人文・社会系の)学者・研究者>の中には少なからず存在するものと思われる。
 かつてこの欄で述べたことのある、<処世のための>あるいは<出世のための>「左翼」人士化、そして日本共産党の党員化だ。
 上掲の佐々木著には、また言及することがあるだろう。

0938/三島由紀夫の「憲法」理解の対極にあった憲法学界の<親社会主義>。

 一 三島由紀夫は1970年11月に、「生命尊重以上の価値」をもつ「われわれの愛する歴史と伝統の国、日本」を「骨抜きにしてしまった憲法」と、1947年憲法(日本国憲法)を評した。そこで念頭に置かれているのはとくに、国家の軍隊の存在を否定する九条2項であることは明らかだ。自衛隊が存在しながらこれを正規の「軍その他の戦力」と位置づけない憲法解釈は、あるいは憲法改正によってそれを明瞭にしない<憲法護持>論は、三島にとって、姑息で欺瞞に満ちたものだった。

 こういう三島のような理解は、しかし、当時の政治家・国民の多数派のものではなかったし、ましてや憲法学者の大勢の理解でもなかった。

 当時はもちろん、今日でも、上の三島由紀夫のような理解は日本の憲法学界においてほとんど支持されていないと見られる。

 なぜか。端的に言って、戦後の憲法学者の圧倒的多数には、<社会主義幻想>がはびこっていたからだと思われる。資本主義→社会主義という<歴史の発展法則>に添うような憲法解釈をしようとすれば、日本が<社会主義>国になるためには、日本は(資本主義国たる日本を守るための)正規の「軍隊」などを保持してはならない、ということになる。その帰結は、①自衛隊を「違憲」の存在と見て廃止または縮小を求めるか、②自衛隊は正規の「軍その他の戦力」ではないために「合憲」であるという一種の強弁に、じつは詭弁・虚言に、少なくとも表向きはしがみつくか、のいずれかだった。

 <社会主義幻想>の内容の一つは、社会主義国は<平和愛好>的で資本主義国は<侵略的>とのデマだった。

 社会主義国ならばともかく、資本主義陣営の日本国家に、<侵略>性を有する軍隊などを保持させてはならなかった。かかる観点から憲法9条2項の解釈と自衛隊へのその適用も論じられたのだ。

 二 日本の憲法学・公法学が、表面的にはともかく、<体制選択>に関する特定の判断を前提として議論を展開させてきたことは、現役憲法学者・阪本昌成(広島大学→立教大学)の次の叙述により、明確だ。

 阪本昌成・法の支配(2006.06、勁草書房)p.1-2は、次のように一著の冒頭に書いている。時期的には、安倍晋三内閣が成立する直前にあたるだろう。

 「公法学における体制選択  20世紀は資本主義と社会主義との偉大な闘争の時代だった。経済思想史においても、政治思想史上においても、この闘争は人類史上の最大の論争点だったといっても過言ではない。この論争は公法学にも当然影を落とした。/

 過去半世紀を超えて、わが国の公法学者は、資本主義か社会主義かという体制選択問題を常に意識しながらも、あからさまなイデオロギー論争を巧みに避けて、個別的な場面での『解釈』や『政策提言』に各自の思想傾向を忍ばせてきた。イデオロギーを異にしながら、多様な『解釈』や『政策提言』を示してきた公法学者にも、奇妙な共通項があった。それは、経済市場と国家の役割への見方である。通常は、国家のもつ強制力に警戒的である論者も、こと経済市場の動きに対しては、国家介入に寛容となる。いくつか例を挙げれば、国家による市場秩序の人為的設計(かたや大企業への警戒感、かたや弱者としての中小企業や労働者の救済策)、社会保障プログラムの拡大・充実(市場における経済的弱者への思い入れ)、環境保護政策の推進(公害問題の発生因を市場経済に求める着想)等の姿勢である。/

 体制選択のひとつの候補が社会主義だった。この言葉には、”人々が程良い豊かさと自由を享受する正しい社会”という響きがどこかにあった。そのため、自由経済体制(「資本主義体制」)の社会主義体制に対する優越を公然と口にする公法学者には『右派・保守』というスティグマが与えられがちだった。ところが、社会主義国家の自己崩壊後、『社会主義』という言葉に輝きも快い響きもない。……」

 上でこの欄での文脈上とくに重要なのは、「自由経済体制(「資本主義体制」)の社会主義体制に対する優越を公然と口にする公法学者には『右派・保守』というスティグマ〔焼き印・刻印〕が与えられがちだった」、という部分だ。

 反社会主義的(または反共産主義的=反共的)言辞・発言には、<右派・保守>というレッテルが貼られがちだった、というのだ。それが少なくとも「社会主義国家の自己崩壊」までは続いた、と阪本昌成は言う。三島の死から約20年経っても、<反共>的言辞は<右派・保守>として異端視されていたのだ。

 社会主義国家はじつはすべて「崩壊」してはおらず、「体制選択」の問題は、日本では、そして日本の公法学界では、「あからさま」ではないにしても残っているように思われる。この点では、「自由経済体制」=「資本主義」の勝利とまだ決定的には断じられないところがある、と私は感じている。

 上のことには留意が必要だが、しかし、憲法学界等の公法学界の雰囲気が<親社会主義>的だったことは、おそらくは上の阪本昌成の文章でも示されているとおりだろう。

 そのような<親社会主義>的姿勢が、九条を始めとする憲法「解釈」や「政策提言」に影響を与えないはずがない

 辻村みよ子・フランス革命の憲法原理―近代憲法とジャコバン主義―(日本評論社、1989.07)は、ルソーの影響を受けたロベスピエールらの「ジャコバン主義」者、彼らの(未施行の)1793憲法の研究書だが、これらへの共感に満ち、これらを称揚しつつ、日本国憲法の「(国民)主権」論等の「原理」に関する示唆を得ようとするものだ。

 この本は東西ベルリンを隔てる「壁」の崩壊直前に執筆されたと見られる。そして、「あからさま」にはイデオロギー表明はしていないものの、(河野健二・岩波新書によると)早すぎた「社会主義」革命だったがゆえに失敗したとされる<ジャコバン独裁>を肯定的に把握しようとするもので、「あからさま」ではないが<社会主義幻想>に依拠して書かれている、と想定して間違いない。
 こうした人々にとって、三島由紀夫などは<右翼・反動>の極致の人物だっただろう。そして、こういう人々こそが(世代は上の杉原泰雄樋口陽一らも含めて)憲法学界・公法学会の主流派だったと見られる。今日に至って、少しは変化しているのだろうか

 ともあれ、日本の憲法学(学界)の大勢は、三島由紀夫の対極に位置していた、ということだけを、少なくとも確認しておきたい

 三 なお、第一に、阪本昌成が学界の「奇妙な共通項」として上に指摘するようなことは、日本国憲法もしっかりと(?)勉強して司法試験に合格した戦後教育の優等生である、福島みずほや仙石由人等を見ていると、なるほどと頷けるところがあるだろう。

 第二に、阪本昌成の上の本は、この欄でメモしながら読みつなぐことを意図したが、二年前にp.21くらいまで進んだだけで終わってしまった。

 上の引用は、最後の部分を除いて全文だが、かつて、次のように要約していた。

 <前世紀は資本主義と社会主義の対立の世紀で、この対立・論争は「公法学」にも影を落とした。日本の公法学者はこの体制選択問題を「常に意識し」つつも「あからさまなイデオロギー論争を巧みに避け」て、個別の解釈論や政策提言に「各自の思想傾向を忍ばせ」てきたが、「経済市場と国家の役割への見方」には奇妙な一致があった。すなわち、通常は国家の強制力を警戒する一方で、経済市場への国家介入には寛容だった。
 体制選択の一候補は社会主義で、快い響きをもっていたため、自由主義経済体制(資本主義)の優越を「公然と口にする公法学者」には「右派・保守」とのレッテルが貼られた。だが、社会主義国家が自己崩壊し体制選択問題が消失した今では、「リベラリズムの意義、自由な国家の正当な役割、市場の役割」を問い直すべきだ。その際のキーワードは、「政治哲学」上の「自由」、「法学」上の「法の支配」>。 

0639/宮沢俊義(1950)と阪本昌成(2008)における<アメリカ独立宣言>。

 一 宮沢俊義(深瀬忠一補訂)・新版補訂憲法入門(勁草書房、1993。第一版は1950)p.7は、「近代諸国のほとんどすべての憲法の基礎になっている政治原理の最も根本的なものを表明した」、世界史上「非常に重要な文書」(p.6)と前口上を述べたうえで、アメリカ独立宣言(1976.07)の一部の原文と邦訳文を掲載している。そのまた一部は次のとおり(邦訳文の中に原語を挿む)。
 「われわれは、次のような諸原理は自明だと考える。…すべて人間は平等に作られ(created eaqual)、それぞれ造物主(Creator)によって譲り渡すことのできない一定の権利を与えられている(endowed)」。
 endowは「賦与する」でもあるので、<天賦人権>論が宣明されている、と言える。
 このあと「一定の権利」として「生命、自由および幸福の追求」が例示される。現日本国憲法13条第二文の淵源はこれだ。13条第二文参照-「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」。
 さらに、「これらの権利を確保するために、…政府(国家)が作られる(instituted)」。ここでは「権利(不可譲の人権)」→「国家(政府)」という論理関係を示す考え方が示されている。
 二 日本国憲法は「基本的人権」を「この憲法が(日本)国民に保障する」もの(11条・97条)と書いて「憲法」→「人権」という考え方に立つようでもあるが、一方では「基本的人権」は「現在及び将来の国民」の「侵すことのできない永久の権利」であるとも書いている(11条・97条)。ここには、<生まれながらの=憲法前の=自然権としての>人権という考え方の影響が看取できるだろう。
 だが、社会契約説的な、自然の「権利(人権)」→それを保護するための「国家」という考え方は日本人と日本「国家」にとって、たやすく理解し納得できるものだろうか。
 なお、フランス人権宣言(1789.08)の前文等には、「生まれながらの」、「自然」の(「市民」の)」「権利」が語られている。

 まわりくどくなったが、要するに書いておきたいのは、「造物主(Creator)」なる絶対神又は一神教を前提とすると見られる観念は日本に存在せず、「天」という概念で誤魔化してみても、一神教的「神」=「造物主」観念を前提とする、「造物主」により賦与された「権利」(人権)→「国家」という説明は、日本と日本人にはそもそも馴染まない、(厳密には大多数の)日本人にはそもそも理解不能な概念を用いた、理解不能の説明にしかならないのではないか、ということだ。
 戦後の<進歩的>憲法学者たちは、この点(要するに近代「欧米」の「人権」観念はキリスト教又はそこでの「神」が背景にあること)に目をつむって、<生まれながらの=憲法前の=自然法上の>権利という<美しい>?物語のみを語ってきたのではないか。そうだとすると、「人権」観念・意識が日本人の「古層」的意識のレベルでは浸透しないことになるのも至極当然だと思える。
 三 マルクス主義を擁護してきた憲法学者たちは「反省」すべきだとソ連解体後に明記した、勇気ある憲法学者・阪本昌成の教科書、阪本昌成・憲法2/基本権クラシック(有信堂、2008/全訂第三版)を見てみると、p.11にはこうある。
 アメリカ「独立宣言」は「人権思想の歴史的な流れ」からみたとき、「さほど重要な文書ではない」。「個々人」を「神の子」として想定しつつ「不可譲の人権の主体」との「自明の理」を「神学的様相」をもって述べた、「ピューリタニズムの人間像」の表明にとどまる、等々。
 (おそらくは)米軍(正確には連合国軍)占領下において(1950年に)、宮沢俊義はあえてアメリカ独立宣言について数頁を割いたのだったが、他の現在の憲法学の概説書類がどうかの詳細は知らないものの、阪本昌成に上のように書かれてしまうと、宮沢俊義がアメリカ独立宣言は「近代諸国のほとんどすべての憲法の基礎になっている政治原理の最も根本的なものを表明した」、世界史上「非常に重要な文書」だと書いたことが、白々しく感じられる。
 アメリカ独立宣言の位置づけはともかくとしても、「国家」・「国民」・「人権(基本権)」等の概念関係の問題はこの欄ではほとんど何も言及していないに等しい。<社会契約説>も含めて、この基本的問題に(も)関心をもって憲法等々に関する本を(も)読んでみたい。

0613/宮沢俊義・憲法入門(勁草書房)は占領下が第一版。1945年秋の宮沢発言。

 一 宮沢俊義(深瀬忠一補訂)・新版補訂憲法入門(勁草書房)は、前回に書いたように、いわば<ごった煮「民主主義」観>とでも言えるものを示している。自由主義・個人主義といった多少とも実体的・内容的な価値をもつものと元来は手続的・形式的価値を示す概念だと考えられる「民主主義」とが一括され、混淆されている(「実体的・内容的」と「手続的・形式的」の区別の意味がむろん問題りなりうるが、ここでは立ち入らない)。
 この本の発行年にあらためて着目すると、第一版は1950年、つまり講和条約締結・発効前の、GHQによる<占領>下だ。
 その後の改訂を数次経ているが、おそらく宮沢俊義による「民主主義」(あるいはこれと他の主義・原理との関係)の説明は、<再独立>後も全くか又はほとんど変わっていないものと思われる。
 つまりは、<占領>下で得ていた「民主主義」観をその後もずっともち続けてきたわけだ。
 ところで、言うまでもなく、<占領>下とは、言論・出版の自由は、そして正確には学問・研究の自由も、厳密にいえば全き姿では保障されておらず、GHQが、先の戦争についての<民主主義対(日本)軍国主義>、より一般的には<民主主義対ファシズム>の闘いという見方、歴史観を大々的に(種々の方策を通じて)植えつけようとした時代だった。
 そのような時代の、とくにGHQ的な「民主主義」観に、あるいはGHQによる「民主主義」の説明に、宮沢俊義は全く影響を受けなかったのだろうか。
 影響を受けたかどうかは別としても、宮沢が<占領>下で出した本をおそらく基本的な内容自体は変えることなく出版しつづけた、<占領>下での説明の仕方を変えようとはしなかった、ということにさしあたり注目しておきたい。
 二 ところで、西修・日本国憲法を考える(文春新書、1999)p.33によると、1945年10月01日、東京(帝国?)大学教授兼貴族院議員だった宮沢俊義は、貴族院帝国憲法改正案特別委員会の席上で、「憲法全体が自発的に出来ているものではない。重大なことを失った後でここで頑張ったところで、そう得るところはなく、多少とも自主性をもってやったという自己欺瞞にすぎない」と発言した(この会の筆記要旨は1996年にはじめて公開されたようだ-秋月)。
 また、
同書p.45によると、宮沢俊義は、1945年09月28日に外務省で、「大日本帝国憲法は、民主主義を否定していない。ポツダム宣言を受諾しても、基本的に齟齬はしない。部分的に改めるだけで十分である」という趣旨を述べた。
 宮沢俊義が<八月革命>説を説いたのは、これらよりのち、1946年になってからだ。そして、新憲法の成立・施行後は熱心な「護憲」論者になった。西修の言を借りると、「護憲団体たる憲法研究会(会長、大内兵衛元東大教授)の重要なメンバーであったし、その著述・論文のたぐいは、すべて護憲に彩られたものであった」(p.33-34)。
 三 戦前・占領期・主権回復後のそれぞれについて、かつ占領期については細かな時期ごとに、宮沢俊義の発言・著作類は精査されてよいだろう。
 当時の東京大学法学部憲法担当教授の<権威>は相当なものだっただろうし、何よりもこの宮沢俊義の指導を受けた者たちが東京大学の憲法講座を継承し、さらにおそらくはさらに次の今日の世代へも影響を与えていると推察されるからだ。また、東京大学の地位からして、同大学出身者が教授・助教授となった全国の大学法学部をも含む憲法学界において、戦後最初に最大の影響力をもったのは宮沢俊義であり、その影響は結果として今日にまでも及んでいると推察されるからだ。
 そのような意味でも、今後も宮沢俊義に触れることがあるだろう。

0612/宮沢俊義(深瀬忠一補訂)・新版補訂憲法入門(勁草書房、1993)を一部読む。

 一 宮沢俊義(深瀬忠一補訂)・新版補訂憲法入門(勁草書房)を見ていると、唖然とし、驚愕する。
 この本は1950年第一版、1954年改訂版、1973年新版で、深瀬忠一(元北海道大学)補訂の新版補訂は1993年が第一刷。長きにわたって出版されたものだ。補訂は「最少限の補正」にとどまる(p.2、深瀬)とのことなので、以下すべて、宮沢俊義自身の考えが述べられていると理解して紹介する。
 ①民主主義と自由主義-「自由主義」とは、「個人の尊厳をみとめ、できるだけ各個人の自由、独立を尊重しようとする主義」。「特に国家の権力が不当に個人の自由を侵すことを抑えようとする主義」。
 国家権力による個人の自由の不当な侵害を防止するには、「権力分立主義」採用のほか、「すべての国民みずからが直接または間接に、国の政治に参加すること」が必要。すなわち、「国家の権力が直接または間接に、国民の意思にもとづいて運用されること」が必要。このように国家が「運用されなければならないという原理」を、「特に、民主主義」という。
 「つまり、自由主義も民主主義も、その狙いは同じ」。「いずれも一人一人の人間すべての価値の根底であるという立場に立って、できるだけ各個人の自由と幸福を確保することを理想とする主義」。
 「消極的」な国家権力の不当な干渉の排除の側面が「自由主義」で、「積極的」な個人の国政参加の主張の側面が「民主主義」。
 「両方をひっくるめて、ひろく民主主義といっても、さしつかえありません。ふつう世間で民主主義という場合は、このひろい意味です」。
 以上、p.11-12。
 ここでは、まず「自由主義」と「個人主義(個人の尊厳)」が同義のごとく語られ、これに仕えるのが「民主主義」だとの理解も示される。そして、消極的・積極的と区別できるが、「民主主義」と「自由主義」は「狙いは同じ」で、一括して「民主主義」と言って差し支えない、とされる。
 呆れるほどに、<自由主義・個人主義・民主主義>は渾然一体のものとして説明されている、と評してよいだろう。
 ②民主主義と平和主義-「平和主義というものは、結局は、民主主義の外に対するあらわれにすぎませんから、これを、民主主義とまとめて、いってもいいでしょう」。
 これは、p.88。宮沢において、「平和主義」も「民主主義」の一種又は顕れの一つなのだ。
 ③民主主義と平等-「民主主義」は「人間の自由」・「人間の個性」を尊重する。「民主主義」は大勢の「人間を、みな同じように尊重」する。「民主主義が、平等を原理とするというのはこれです」。
 これは、p.89-90。ここでは、「平等」原理も「民主主義」によって説明されている、と言ってよい。「平等」原理自体が、「民主主義」の内容の一つなのだ。
 かくして、以下の叙述も出てくる。
 ④「民主主義」は「自由および平等の二つの原理にもとづく」結果として、「民主主義における自由」は「わがまま」・「放縦」を意味しない。「民主主義」はすべての人間が「平等な価値」をもつものと考えるので、「人間の自由は、他の人間の自由において、限界をもっている」。p.90。
 「民主主義における自由」という語も奇妙だとは思うが、「民主主義」・「自由」・「平等」の三者がほとんど一体のものとして説明されている。
 二 諸「理念」又は諸「主義」をそれぞれ関連づけあいながら説明すること一般を否定・批判しはしないが、上のような宮沢俊義の叙述は、いささか、いや過分にそれが酷(ひど)すぎるのではないだろうか。
 以上のような説明では、民主主義・自由主義・平等主義・平和主義の違いは明瞭にならないのではないか。
 それそれが循環論証的関係にあるか、又は結局は「民主主義」がその他のものを内包している関係にあると理解されているようだ。
 「ふつう世間で民主主義という場合は、このひろい意味」、すなわち「民主主義」と「自由主義」を一括したものだ(p.12)という説明の仕方が典型的だろう。
 法学部生向けの教科書ではなく一般国民むけの「入門書」だからといって、このようなヒドさは看過できないはずだったものと思われる。
 そして、このような内容の本が当時は現役の東京大学法学部の憲法担当教授によって書かれていたということに唖然とさせられる。この人は、東京大学所属の憲法研究者でありながら、諸概念を厳格に定義することのできていた人なのだろうか。
 また、大江健三郎が自分は「戦後民主主義」者だという理由で、昭和天皇名による叙勲を拒否したことにも何となく納得がいく。これの決定的な理由は(既述のように)大江は昭和天皇の前に立つ度量・勇気がなかったということだと思うが、大江における「戦後民主主義」とは、「自由主義」・「個人主義」・「平等」原理・「平和主義」をすべて含んだものだったのだろう。私が理解している「民主主義」とは異なる。そして、それらすべてと矛盾するかに彼には思えた天皇の存在・天皇制度の存続自体が彼には許されなかったのだろう(自衛隊もそうだろうが)。
 東京大学教授・宮沢俊義の単純・素朴な叙述から同大学出身の「高名な」作家・大江健三郎に思いを馳せてしまった。

0606/阪本昌成・法の支配(勁草、2006)を読む-06。

 阪本昌成・法の支配(勁草、2006)を読む。
 第一章・第3節「本書の戦略とその展開」
 1 本書の戦略
 (1)本書の基本的ねらい
 リベラリズム・「法の支配」・市場経済システムの三者の目的は不可分で相互補完的と論じること。これらが相互補完的なとき、「国家の強制力は最小化されるだろう」。市場否定論ではないが、市場万能論でもない。
 この三者の相互関連を明らかにするため、<リベラリズム-市場-「法の支配」>の順で論議する。ハイエクが代表する「オーストリア学派の社会経済哲学」に依拠する「戦略」をとる。
 (2)本書の傾向―ハイエクの影響
 ハイエキアンの著作だとの予見をもってよい。
 ハイエクとハイエキアンの立場をスケッチする(省略)。
 (3)古典的リベラリズム
 本書の「古典的リベラリスト」とは以下の特徴の思考に賛同する人々を指す。
 ①国家の最大・適切な任務は「公共財の提供」=市場で提供できない財・役務の提供
 ②公共財の提供以外は「可能なかぎり」市場・私人に委ねる方が賢明
 ③市場の機能は国家に依存し、国家も市場に依存すること等を強調する
 かかる思想は程度の差はあれ、A・スミス『諸国民の富』に影響を受けている。
 古典的リベラリストは国家をつねに否定的に見ない点で無政府主義者と、国家の強制力につねに懐疑的でもない点で徹底したリバタリアンと区別される。古典的リベラリストは国家・市場の役割分担に適度なバランスを持たせようとする。マルクス主義者にとっては極端なアンバランスだろうし、ケインジアンにとっては適度とはいえないバランスかもしれないが。
 (4)オーストリア学派
 C・メンガーらのオーストリア学派は、社会科学全般にかかわる重要な理論を提示した。
 ①<価値は、希少な財に対して個人の知識が与える限界効用で決定される>との限界効用の理論。
 ②<行為とは、限られた知識を利用しつつ、外的環境の変化に対応しようとする人の行態>との行為理論。
 <限られた知識>と<時間の流れ>。この二つの不確実な要素に取り囲まれている人間像を描いたオーストリア学派の知見は人にとっての自由の意味、国家の役割等々を考えていくうえで「目から鱗」だった。これを、私は読者に伝えようとする。
 以上、p.18~21。

0605/阪本昌成・法の支配(勁草、2006)を読む-05。

 阪本昌成・法の支配(勁草、2006)を読む。
 序章 自由の哲学
 第一章 何が問われるべきか
 第1節・政治哲学上の原理を欠いていた「福祉国家」
 1 安寧か福祉か
 2 統治の過剰
 第2節・現代国家のパラドックス
 1 統治の必要性と個人の自由 (以上、メモ書き済み)
 2 近代立憲主義の特徴
 (1)立憲自由主義
 私は近代立憲主義を「立憲自由主義」と呼び、その国制を次のように特徴づける。
 ①「民主主義を貫徹させない仕掛け」をもった国家。例、二院制、権力分立、違憲審査制、複数政党制、とりわけ「法の支配」。
 ②「立憲主義」と「民主主義」は「別の系譜」に属することを知る国家。「近代立憲主義」は「リベラリズム」が基本で、「デモクラシーを貫徹する思想」ではない。
 ③統治権が何であれ、「その権力が制限されている国家」。
 ④「制限政府」の具体的装置として、「司法権の独立保障」のほかに、「法の支配」形式をもつ。
 ⑤公共財の提供のほかは、「市場には直接に介入しない『公/私』の区別をわきまえた」国家。「自由放任」国家ではなく、「各人の自由を維持する」ための手段たる「法」を提供する。
 ⑥「官僚団の権限と裁量を最小化せんとする」国家。
 (2)立憲主義と「法の支配」
 ハイエクはまとめる。<立憲政治の主要目的は全政府権力の制限で、権力制限のための主要原理は、権力分立、法の支配、法の下の政府、私法と公法の区別、訴訟手続の規定だった。これらは、「個人に対する強制」が承認される条件を定義した。また、万人に平等に適用できる強制だけが一般利益になると考えられた。>(ハイエク・法と立法と自由Ⅲ)
 上のうち、①法の支配、②公法と私法、③強制が許容される条件、を本書は詳しく解析する。
 本書は、①「議会を一定のルールのもとに規律して公正な立法者として」行動させれば、②統治権の「強制力の脅威は最小化」され、③「被統治者の自由と安全」を増加させ、のみならず、④「自由経済体制と経済成長にも資する」、と説くだろう。
 以上、p.15~17。

0604/阪本昌成・法の支配(勁草書房、2006)を読む-04。

 反マルクス主義・ハイエキアンたることを明言する憲法学者・阪本昌成法の支配(勁草書房、2006.06)の読書メモを再開する。
 (前回は今年の2月にまでさかのぼる。)

 第一章・第2節「現代国家のパラドックス」
 1 統治の必要性と個人の自由
 (1)現代国家の新任務
 近代立憲主義=自由主義(リベラリズム)は、国家の必要性と国家による個人の自由の侵害の危険のパラドクスを解こうとした(統治の必要性と自由保障の同時実現のための思索)。
 現代立憲主義は、現代国家の「景気調整や所得再配分政策」を新任務と国家による個人の自由・所得の管理とのパラドクスを解こうとするが、成功していない。

 「現代立憲主義国家の新任務は人々に強制を加えており、その意味で、新たなパラドックスを発生させている」。

 徴収された税による「公共財」の提供なら受容できようが、政府は不平等に徴税し「私が利用しそうもない項目」に支出している。強制的徴税の論拠たる「公共性」を充たしているか疑問。

 (2)現代国家の負の効果

 その他、開発・自由な土地利用を規制する法律は無数あり、手続は煩雑で、この手続的等の「コスト」は膨大。このコスト計算による計画断念の方が合理的選択になりそうで、規制法律は企業家精神を萎えさせイノベーションの機会を減少させている。

 また、最低賃金法は「潜在的労働者の就職機会を減少させる」法制度だ。この法律は無技能の人々の雇用機会に対する負のインセンティブをもつ。

 国家による市場への直接介入は誰かの自由に強制を加え、市場の秩序と効率性を攪乱する。
 「現代立憲主義の幻覚」から覚醒するためには「近代立憲主義」を「真剣に再検討」する必要がある。
 以上、p.13~p.15。 

0394/阪本昌成・法の支配(勁草、2006)-03。

 阪本昌成・法の支配(勁草、2006)を読む、のつづき。
 第1章・第1節
 2・統治の過剰
 (1)市場に介入する国家  公法的規制・管理が「ここまで来た」日本国家は異常。健全な市民が法令違反不可避、法令の詳細不知で国家機関の指示に依存、は「実に息苦しい」。こうした現状は「統治の過剰」と表現できる。/国民負担率40%は「自由な国家」からほど遠い。/個人・家族への公的給付に「国家の正当性」が「大きく依存」しているのも異常。
 「統治の過剰」は、マルクス主義・ケインジアン政策・社会民主主義等々の副産物だ。これは「現代立憲主義」への批判でもある。
 現代立憲主義のもとでの国家の新任務は<資本主義の歪みの是正>で、景気調整・社会保障・環境保護、中でも所得移転政策・経済政策(財政政策)が中心になる。/これらは自由・平等・豊かさへの善意で考案され、提唱者はリベラリストと自称した(阪本は「修正リベラリズム」と呼んだ)。/
この新種リベラリズムの立脚点は?、新任務は政治道徳上正当化可能か?、その任務の「終わり」はどこ?
 「統治の過剰」は「人々の自由を次第しだいに浸食」している。我々は、国家が我々の自由を管理し分与する現状に鈍感になっている。/「なぜ、こうなったのか」。/ハイエクの回答は以下。
 (2)ハイエクの回答  <1870年代以降の「自由の原則の退廃」は「自由をきわめて数多くの個別的な諸目的達成の手段として国家が指定するものとして、また、通常は、国家によって与えられるものとして、解釈し直したこと」と密接に関係している。>
 「国家による自由」・「実質的自由」への転換が自由を個別化・細分化し始めた。その自由概念への影響は本書の重要課題の一つ。
 大衆民主主義下での政治は、自由を細分化し個別的に「設計主義的に」実質化せんとする勢いをさらに加速させた。
 個々人の自由と市場のもたらすトータルな秩序を正確に予測するのは不可能。なのに大衆民主主義は「近い将来の見通しを人為的に設計して、これを国家の手によって実現しようとする」。景気調整、輸入制限、生産調整、価格統制等。
 大衆民主主義に歓迎される「平等主義は、富の分配の望ましいパターンをも人為的・設計主義的に作り上げようとする」(所得再配分政策)。
 ハイエク等の古典的リベラリストは民主主義と平等主義のもたらす負の効果を「長期的視点に立って、予測し、恐れつづけてきた」。
 以上、第1章・第1節が終わり。p.10~p.13。

0392/阪本昌成・法の支配(勁草、2006)-02。

 阪本昌成・法の支配(勁草書房、2006)をメモしつつ読む。今年1/13以来の2回め(p.7~10)。とっくに読んでいた部分だが。以下の数字は原書どおり。
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 第1章・何が問われるべきか―現代国家の病理
 第1節・政治哲学上の原理を欠いていた「福祉国家」
 社会科学の課題は人の行為の原因ではなく理由=当該行為の障害は何かを問うこと。障害には自然的、心理的・性格的なものもあるが、対象とすべきは「他者が意識的に作りだした障害」、とくに「国家が意識的に作りだした」それだ。憲法哲学上の「自由」論はこれに焦点を当てる。
 1 安寧か福祉か
 (1)安寧  自由は国家が作る障害から防御する基礎だったが、「人々のwell-being」(安寧)を配慮することも国家の正当な役割だった。ヘーゲルにおいても。もっとも、その配慮は国家の一般的責務で個々人の「自由や権利と対等の利益」ではなかった。
 (2)福祉  だが、well-beingはwelfareとの違いが明確にされることなく「人並みの生活」と理解され始め、主観的利益のごとき様相を呈しだした。さらにwelfare(福祉)は正義や自由、権利と結合され、「福祉国家」論の原型となった。
 「福祉国家」における「分配的正義」・「実質的正義」はwell-beingの微妙かつ重大な意味変化の表れだったが、この変化を支える「政治哲学上の原理(理論体系)」は十分用意されなかった。
 「福祉国家」論は一種の「功利主義」を基礎とする。/古典的哲学は「善」を「徳」と関連づけたが、これは「善」を「効用」と関連づけた。
 ベンサム的功利主義は<最大幸福をもたらす国家・法制度が正義に適う>とする傾向にあるが、この思考は「幸福の中身」に国家が関与しないという点で「リベラリズム」と「一時的に共鳴」はしたが、次第にそれから離脱する。功利主義は根本的に批判されるべきだった。以下はその理由。
 (2)福祉国家の理論的問題点  第一に、功利主義は私的な善の最大化をめざす点で古典的「善」観念からずれている。<功利主義は正義を善に、それも「私的な善」に依存させている>と批判されて当然だった。
 第二に、国家が個人の「自然的または私的な生への配慮」を担えば国家権力は「人びとの心身に浸透する権力」に変質する。現代人の国家依存性はこれと関連。
 第三に、某人の効用を大にすることは他の某人を「犠牲」にする可能性がある。福祉国家とは「ある人の私的所有よりも、別の人のニーズを上位におくことで」、「公正でない」・<税財源による市場外からの社会保障システムの提供は「所得再配分政策」となること必定で、それだけ「自由を削減」する>という批判が可能だ。
 「国家が善き生活を万人に保障しようとすることは、ある立場からみれば、正義にもとるのである」。
 福祉国家には実務的難点もある。/「社会的正義」の到達度に関する「客観的基準」がない。「最低限の」所得保障→「適正な」所得保障への歯止めがない。
 R・ノージックは、福祉国家を「功利主義に依拠する目的論的国家」と批判し、ハイエクは「福祉国家は結果の平等という目的のために人を手段として用いている」と批判し続けた。/「福祉国家論と批判論、どちらが現実を客観的に捉えて」いるか?
 現代国家は福祉国家のみならず「総需要の管理というマクロ経済政策に従事する国家」でもある。憲法学のいう「積極国家」・「行政国家」、さらには「現代立憲主義国家」だ。/この国家は我々のwell-beingにいかなる作用を及ぼしているか。/これは今日の社会科学の新たな課題だ。
 (以上、第1章の第1節の1まで。p.7~p.10)

0374/阪本昌成・法の支配(勁草、2006)-01。

 阪本昌成・法の支配-オーストリア学派の自由論と国家論(勁草書房、2006.06)、本文計254頁、をメモしながら読んでいく。
 阪本昌成は、「ハイエキアン」を自称する、わが国には珍しい憲法学者だ(広島大学→九州大学)。この人の本の二つをこの欄を利用しつつ読んだことがある。その当時に想定した時期がかなり遅れたが、三冊めに入る。以下、数十回をかけてでも、要約を続ける。
 序章・自由の哲学(p.1~p.5)
 1・公法学における体制選択
 前世紀は資本主義と社会主義の対立の世紀で、この対立・論争は「公法学」にも影を落とした。日本の公法学者はこの体制選択問題を「常に意識し」つつも「あからさまなイデオロギー論争を巧みに避け」て、個別の解釈論や政策提言に「各自の思想傾向を忍ばせ」てきたが、「経済市場と国家の役割への見方」には奇妙な一致があった。すなわち、通常は国家の強制力を警戒する一方で、経済市場への国家介入には寛容だった。
 体制選択の一候補は社会主義で、快い響きをもっていたため、自由主義経済体制(資本主義)の優越を「公然と口にする公法学者」には「右派・保守」とのレッテルが貼られた。だが、社会主義国家が自己崩壊し体制選択問題が消失した今では、「リベラリズムの意義、自由な国家の正当な役割、市場の役割」を問い直すべきだ。その際のキーワードは、「政治哲学」上の「自由」、「法学」上の「法の支配」。
 2・自由の究極的正当性
 自由の究極的正当性につき、道徳哲学者は論者により「人間性」や「内心領域の不可侵性」を挙げ、関心を「政治体制」の中での自由に向ける論者は、人により「リベラリズム」の究極的正当性を「正義」、「効用」、「権利」の諸観念に求めた。
 上の問題の解は未だない。自由・リベラリズムの普遍的意義を問い究極的正当性を根拠づけるのは知的に傲慢な態度で、この問題をこの書で論じはしない。自由と同等以上に論争的な概念の「平等」でもって「自由」を理解するドゥウォーキンを支持はできない。
 3・強制力の最小化
 この書の論点を「国家の統治権力と自由の関係」に限定し、「自由への強制を最小化するには、社会的・政治的制度はどうあるべきか」を論じていく。この「制度」は「国家、政府、法、政体、市場、習律、伝統等」を含む。その中でも、「法の支配」という「法制度」と「自由市場」という「経済制度」に目を注ぐ。そうした際、「憲法哲学の書でもあろうとする本書」が「国家の役割・政府権限の限界」に言及するのは当然のこと。
 主要な関心事は、国家は積極的に何をすべきかではなく、何をすべきでないか、だ。在来の国家論は、何らかの価値を積極的に追求しがちだが、そこでの諸価値は茫洋としており、「輪郭のない責務」を(われわれに)負わせうる。本書は、「われわれに明確な責務だけを負わせる国家とその任務はどうあるべきか」を語る。
 本書は国家を「一定の道徳目標を実現するための集団ではなく、個々人に保護領域を与えて、個々人の道徳的目標を実現しやすくするための装置」と把握している。そして、道徳的価値の一つの「自由」を「国家統治のなかで極大化するための接近法」に言及する。この根源的・回帰的な問いを突きつけてきたのは、「政治学」での「リベラリズム」、「憲法学」での「近代立憲主義」だった。
 次章の課題は「現代国家における政府の任務」を検証すること。
 今回は以上まで。
 諸外国の理論・思想には(憲法学を超えて)幅広い知識をもちそれらに依りつつ思索しているようだが、日本の古典への言及がたぶん全くないのは最近にこの欄で書いたことを思い出すといささか鼻白むところはある。また、はたして現実の日本国家・日本社会が阪本の主張する方向に変わりうるかは疑問なしとしない。しかし、「大多数の」憲法学者と異なる思考をしていることは間違いないと見られるので、知的刺激を得るためだけにでも、関心をもって読んでみよう。

0013/「科学的社会主義」とは「宗教のようなもの」でなく「宗教」そのものだ。

 中川八洋・正統の哲学/異端の思想(徳間書店、1996)全358頁もあと30頁程で全読了となる。早く同・保守主義の哲学(PHP、2004)も読み終えて、自称ハイエキアン憲法学者・阪本昌成の二著、すなわち同・リベラリズム/デモクラシー(有信堂、1998)、同・法の支配(勁草書房、2006)に向かいたいが、読書のみの生活というわけにはいかない。自由な元気に過ごせる時間だけは緩慢に進んでほしいものだ。
 共産党について又は共産主義について、「宗教のようなもの」という批判的な立場からの言葉を聴いたことが複数回ある。だが、日本共産党の奉じる共産主義とは、あるいは「科学的社会主義」とは、「宗教のようなもの」ではなく「宗教」そのもの、ではないか。ケインズとハイエクといえば、二人とも社会主義者ではないが、個人(のとりわけ経済活動)に対する国家の介入の容認の程度につき正反対と言ってもよい主張をしている学者又は思想家だった筈だ。但し、中川・上掲書p.237-8によれば、二人とも、共産主義又はマルクス主義を「宗教」と見ていた。中川が「レーニンによる共産ロシアを宗教国家と断じている」とする二人の文は次のとおりだ。ケインズ-「レーニン主義は、偽善者に率いられて迫害と宣伝を行なっている少数の狂信者の宗教」だ、「レーニン主義は宗教であって、単なる政党ではない」(「ロシア管見」全集9巻)。ハイエク-過去の何万もの宗教は「私有財産と契約」を認めず、「認めなかったものはすべて滅び、長続きしなかった。共産主義と呼んでいるものもこの迷信ないし宗教」に含められる(「文明社会の精神的病」エコノミスト1981年12月)。
 (少なくとも真面目な?)日本共産党員の中には共産党への批判・攻撃に対して「反共!」とだけ言い、又は思って、相手にしないで罵倒して、それだけで「勝った」と思う者(バカ)も多いだろう。だが、反共産主義とは、一部の偏狭な「右翼」と称される者のみの考え方ではない。「反共!」で済ませず、きちんと反共産主義に反駁するためには、ハイエク、ポパー、アレント等々も読んでからにすべきだ。と書きつつも、これらの人々の本を読むのを私も今後の楽しみにしているのだが(すでにかなり収集した)、私がマルクス、エンゲルスや共産党の文献を読んでいる程度にも反共産主義(自由主義、資本主義、保守主義と種々に表現できる)の文献を知らないままでは、彼らは、思考を停止して「信じる」だけの、「科学的社会主義教」という宗教(簡単に「共産教」でもよい)の宗徒にすきないだろう。資本主義から社会主義(さらに共産主義)へと不可避的に「発展」するという「予測」は、「科学的」でもなんでもない。ただの「信仰」であり、かつ「狂信」だ。
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