秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

加地伸行

1546/櫻井よしこを取り巻く人々-月刊正論編集部とその仲間たち。

 月刊正論編集部が今年3月に、その別冊29号として、<一冊まるごと櫻井よしこさん>という雑誌(一冊の書物のような)を発行している。
 これを私が購入するはずがない。同誌の通常の6月号末尾によると、編集部を構成するのは、以下のとおり。
 (代表・編集人)菅原慎太郎、(編集部)安藤慶太・溝上健良・内藤慎二・八並朋晶
  <一冊まるごと櫻井よしこさん>を発行するくらいだから、よほど櫻井よしこに傾倒している(または「商売」のために最大限に利用している)人々なのだろう。
 菅原慎太郎は、編集人(編集長)としての最初の編集後記(「操舵室から」)に、月刊正論に異動することとなりE・バークを思い出して読もうと思ったが結局読めなかった、というようなことを書いていた。
 すでにこれだけでも、菅原慎太郎の「水準」が分かる。
 第一、エドマンド・バークという「保守」主義者の名前を知っている。しかし、「保守」的というだけでこれを思い出すというのは、それまではそんなことを感じずに済む産経新聞社内の部署にいたということを示す。
 第二に、読まなかったのにわざわざ上のことを書くというのは、私もE・バークの名くらいは知っているのですよ、と言いたかったに違いない。
 そうでなければ、わざわざ書かないはずだ。
 月刊正論の編集代表者が、かりに万が一事実でも、レーニン全集を全巻揃えて自宅に所持しています、とは書かないだろう。
 ネット上で分かる、櫻井よしこが「理事長」の国家基本問題研究所の「役員」名簿(「役員紹介」欄)を見ると、興味深い。 
 いろいろな人がいる。つぎの二人も、「評議員」だ。
 ・立林昭彦/月刊WiLL編集長。 ・花田紀凱/月刊Hanada編集長。
 あれあれ、今年になってたぶん1月に<保守系>三誌は「同人誌」のごとくになっていると書いたのだったが、月刊正論編集部は上記のとおりだとして、あとの二雑誌の編集長もまた、櫻井よしこを理事長として戴く「国家基本問題研究所」の「評議員」なのだった(2月頃に気づいていた)。
 こうなると、<保守系>三誌に繰り返して、頻繁に<櫻井よしことその仲間たち>が登場していることは、謎でも何でもない。
 興味深い氏名は、他にもある。副理事長の田久保忠衛の名前は、もう書いた。
 平川祐弘/理事、屋山太郎/理事、加地伸行/評議員。
 「研究顧問」4名のうち2名-加地伸行・平川祐弘
 ついでに、「客員研究員」の1人-藤井聡
 以上の人々を全くかほとんどか、あるいはひどくか、信用していない。
 屋山太郎、田久保忠衛について、何度か触れた。
 あえて記しておきたいのは、天皇譲位問題について<アホの4人組>とこの欄で称した4人のうち2人が(櫻井よしこを含めて)この研究所の役員であり、加地伸行を加えて(ヒアリング対象になれば平川祐弘らと似たことを言っただろうという意味で)<アホの5人組>と称した5人のうち3人が、この研究所の役員だ、ということだ。
 さらには何と、この研究所の「研究顧問」4名のうち2名は、<アホ>仲間(加地伸行・平川祐弘)だ
 以上に明記した人々は、もうどうしようもないだろう。
 一方、どうしてこの研究所の役員なのだろうかと感じる人々もいる。
 そのような人々には、とくに言いたい。
 国家基本問題研究所の「役員」をしていて、正確には櫻井よしこを「理事長」とするような「研究」所の「役員」の肩書きを付けていて、恥ずかしくないのですか、と。

1488/日本の保守-小川榮太郎とその日本の「保守」批判。

 小川榮太郎は、かなり、又はきわめて、鋭敏な「保守主義」者だ。
 小川が、ほとんど適切に平川祐弘の天皇論・譲位制度反対論を批判し、「日本の保守はじつに危うい」と的確に指摘していることは、すでに言及した。
 月刊正論3月号(産経、1917年)では小川は、<「保守主義」者宣言>と題して、つぎのように書く。保守とは何か、自分にとっての保守、というのがおそらく執筆依頼された主題なので、このような批判的叙述をするのは少しは勇気が必要だっただろう。p.76-。旧かな遣いは勝手ながら現代かな遣いに変えた。
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 「戦後イデオロギーは、今や完全に全日本人の遺伝子に浸透し、保守的な『生き方ないし考え方の根本』そのものが、日本人から失われてしまった。保守を自称する人達も例外ではない」。
 安倍支持保守・安倍批判保守、熱烈天皇主義者、理論派保守(反リベラリズム・バーク・福田恆存・アメリカ共和党に依拠)等々、「様々な自称・他称保守」を見ても、保守的な『生き方ないし考え方の根本』を体現する人は「殆ど見当たらない」。
 「天皇陛下万歳を唱えながら、排他主義のはけ口にしているだけなのかもしれない」。
 蓮舫を批判しつつ「職場では権利の主張に余念がない」かもしれない。等々。
 要するに、「近年保守的な標語が世上に乱舞している状況は、ネットの断片的な情報によって過激化したナショナリズムと評すべきであって、保守的な人間像、保守的なエートスの蘇りではない」。
 「ナショナリズムを否定するつもりは毛頭ない」が、「本当に日本の核になるもの」を「保守」したいのなら「その奥に踏み込まねばならぬ」。「本当に消えつつあるのは、日本人が歴史の持続の中で鍛えあげてきた人間像そのものなのだ」。
 日本が失われるのは「反日勢力に否定された」からではない。「真に侵され、危機に瀕しているのは日本の外被ではない、我々の内側に息づいているべき日本の方なのだ」。「その記憶を取り戻す事こそが『保守』でなくて何なのだろう」。 
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 自分であればこのような表現の仕方はしない、又はできない、と感じはする。
 しかし、小川榮太郎が単純な「安倍支持保守」や「熱烈な天皇主義者」を<保守主義>者と見ていないことはよく分かる。
 秋月瑛二にとつては、「保守」という言葉で自分を意識するか自体も大した問題ではない。がともあれ、「反共産主義」や「反左翼」の意味では<保守>なのだろうという思いはある。
 そのような<保守>感情からすれば、渡部昇一・櫻井よしこらのアホの4人組、加地伸行を含めるとアホの5人組らの「観念保守」は、平川祐弘・八木秀次を含めて、批判されるべき、危険視されるべき人物たちだ。
 そのような気持ちと、小川榮太郎が述べている「保守主義」には、少なくとも部分的には、合致点があるように考えられる。

1486/天皇譲位問題-産経新聞社・月刊正論の困惑と怨念。

 天皇譲位問題-往生際の悪い産経新聞社・月刊正論。
 昨年夏以降の天皇譲位問題の発生とその帰趨は、少なくとも内部的には産経新聞社を困惑させ、混乱させたと思われる。
 もともとの主張は、当時又はのちの「アホの4人組(加地伸行を含めて5人組でもよい)」の主張と同じで、譲位反対・摂政制度利用論だったようだ。
 産経新聞は昨年8/06社説(主張)で、とくに小堀桂一郎の言を紹介したりして、このような方向の主張をしている。
 但し、世論調査の結果と大きな齟齬がでてきたことは、意識したに違いない。
 それでも、記憶に頼れば、阿比留瑠比は、<世論調査結果に一喜一憂しないで…〔じっくりと正しい方向へ〕>という旨を書いていた。産経や阿比留にとって「喜」となる調査結果、「憂」となる調査結果は何かと思いめぐらさせ、それらが推測できそうで、かなり興味深かった。
 11月のヒアリングの頃には社としての主張を確定していたのかどうかは、私にははっきりしない。購読者でないので、いつ頃に転じたのか分からないが、12/23日社説では、「今の陛下の一代に限り、特別措置法で譲位を実現する方向性が出ている。/陛下のお気持ちを踏まえ、できるだけ早く見直す観点からは、自然な流れではないだろうか」となっており、その後はこの線の主張をしてきている。
 世論を完全に無視できず、かつ皇室典範全面改正も認めたくない、という、政府・自民党がもともと提供しようとしていた折衷案的解決にすがったことになるのかもしれない。
 というわけで、産経新聞と譲位問題には現時点では語ることはほとんどないとも言える。
 しかし、同社発行の月刊正論上の「教授」・「先生」はなおも、<ぐじゃぐじゃ>と述べている。「負け犬の遠吠え」というか「敗者のルサンチマン」というか。
 3月上旬辺りが最終編集だろうか、月刊正論5月号(産経)「メディア裏通信簿」欄によると、以下。
 ①「教授」-「天皇陛下のご意思に基づく法整備と退位は憲法上の疑義がある」。「先生」-「完全に憲法違反だぜ」。
 ②「教授」-「摂政設置や国事行為の代行という選択肢もあると指摘されているのに、あえてその方向をとらず、退位にこだわったのは、天皇陛下が摂政に否定だったからでしょう。そういう意味でも〔=天皇の意思によるのだから〕退位制度は国民や国会の意思という理屈には無理がある」。
 上の①については、「おことば」後の記者会見の際に「内閣の助言の承認により」発したという説明を今上陛下はなされた。また、NHKによる放送を予め政権中枢が全く知らなかったとは考え難い。さらにもともと言えば、今上陛下にも一人間としての意思や思考は当然にあるので、その表明を一切封じてよいのか、「国政」に結果として影響を与えることになるのか否かは「お言葉」の時点ではまだ分からない、といった論点もある。
 ②については、もともと摂政設置と国事行為委任法では天皇の行為の全てをカバーできない部分があるという原理的・基礎的な問題点がある。また、「天皇の意思」によるからと言うが、国会が自立的に法律を改正しその原案・法律案を内閣が自立的に作成するということに問題はないだろう。自立性を正面から否定するのはむつかしい。「教授」や「先生」も、政府が改正準備を始めたあとの、彼らにとって賛成できる皇室典範の非改正、現状維持であれば、それがいかに今上陛下の明示の意思表明にもとづくものであっても、形式や手続を問題にしないのだろう。
 そういう中味よりも、もしこれらを正々堂々と主張したいならば、月刊正論の最後の辺りの、「覆面」雑談記事でではなく、産経新聞の「正論」欄とか、あるいは<誰が正しい譲位否定論を潰したか>とでも題した論考を月刊正論にでも掲載すべきだろう。
 そうしないで覆面をかぶって雑談のごとくしゃべっているのは、じつに諦めの悪い、怨念丸出しの、印象のよくないことだ。
 ところで、「教授」は月刊正論も含めて原稿執筆依頼を受けて、執筆して校正・見出しつけにかかわることがあるらしい(p.335)。
 月刊正論に小さくとも必ずのように登場する、「教授」のごとき主張をしかつ恨み節も述べそうな覆面人間は、八木秀次、という人ではないか。
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 同欄から追加の引用。社説には現れていない、産経新聞又は月刊正論編集部の<本音>や<困惑>がかなり分かる。
 月刊正論2016年11月号p.319〔9月上旬に最終編集か〕。「先生」-「俺たち保守派は伝統と法にもとづいて天皇が政治的決定をしないように主張すべき」だし、それが「天皇の立場を守ることになる」。「月刊正論10月号で終身在位制の意義を強調して、ご譲位を遠回しに否定した八木秀次が批判されている」が、「間違っているのは、どっちなんだ」。
 月刊正論2016年12月号p.308〔10月上旬に最終編集か〕。「先生」-「SAPIO11月号では小林よしのりが…男系維持派の渡部昇一や八木秀次たち保守論客をバカみたいな絵で描いていたな」。
 「教授」-「ひどい描き方ですね。しかも名前を書いていない。文句を付けられないように、わざと書いていないんでしようね」。
 /名前を書いていないのは、「教授」も「先生」も同じで、かつ似顔絵もない〔秋月〕。
 同p.309〔10月上旬に最終編集か〕。「編集者」-「産経も読売も、自分たち自身が本音では『困惑』している当事者でもあるから、はっきりものが言えなくて…。」
 「先生」-「少なくとも、月刊正論ではもっと〔譲位に対する〕反対・慎重論を明記して、議論を喚起すべきじゃないか」。
 「編集者」-「また、そんな厳しいことを。……いろいろ考えるとなかなか…。…を読んでも、そこのところを悩んでいるのが、分かるじゃないですか、勘弁してください」。等々。

1481/天皇譲位問題-小林よしのり・天皇論平成29年の一部を読む①。

 ○ 小林よしのり・天皇論平成29年(小学館、2017)のp.479以下を読んだ(又は拝見した)。
 入手が遅れたのは、主題についての関心の薄さ、「観念保守」(=小林よしのりが「自称保守」とか称しているものに近いかもしれない)の文章を思い出すことへの嫌悪にもよる。 
 ○ 最後の方の p.544に、小林が批判の矛先を向けている8名の人物の顔の似顔絵が出てくる。
 ちなみに、昨秋あたりの月刊正論(産経)はこの似顔絵化を、<卑劣>だとか批判していた。
 しかし、小林よしのりの絵から、私でもかなり人物名を特定できる。しかるに、月刊正論(産経)は最終頁あたりで「教授」・「先生」・「女史」等とだけ冠名する人物を登場させて、個人名を隠したままで勝手な?ことを言わせている。
 良心的なのはまだ小林よしのりで、月刊正論編集部(産経)の方が<卑怯>だろう。
 元に戻る。8名のうち、左の2名はすぐには分からなかったが、どうやら加瀬英明と加地伸行らしい。
 残るは、右から、八木秀次、渡部昇一、小堀桂一郎、竹田恒泰、平川祐弘、櫻井よしこ。ほんの少し頭を覗かせているのが大原康男かと思われるが、さしあたり計算から省く。
 上の8名のうち政府・天皇関連有識者会議のヒアリング対象者は、八木秀次、渡部昇一、平川祐弘、櫻井よしこの4名
 なんと、秋月瑛二が「観念保守」と批判し、<アホの4人組>と酷評した4名と全く同じ。100%の合致だ。
 しかも、上の点はかりにさておいても、8人のうち4名が該当するだけでも、相当な<打率>だ。なお、大原康男を含めても、4/4.3くらい、および4/8.3くらいの高い<打率>になる。
 小林よしのりの上の基本的な感覚または彼らの論旨(譲位反対論)に対する非難は、まことに健全だ。
 ○ 加地伸行がヒアリング対象者だったとすれば、平川祐弘と同じかさらに低レベルの発言をしていた可能性がある。 
 たぶん昨年中に、西尾幹二は(確認しないが)月刊正論あたりでたしか天皇・皇室問題で加地伸行と対談していたが、加地の発言にほとんど頷くばかりで、容喙していなかった。加地の発言のあまりのヒドさに思わず、私は当該雑誌自体を放り投げたほどだ。
 もっと前にも、西尾幹二と加地伸行の二人は天皇・皇室問題でかなりひどい対談か論考を載せて話題になったらしい(これもかすかな記憶はある)。
 西尾幹二は、ときに一緒に酒呑みするくらいならよいが、加地伸行レベルの人物と雑誌用の対談などはしない方がよいと思われる。せっかくの高名を辱めるだけだろう。
 ○ とここまで書いて、まだ小林よしのり著の内容にはほとんど立ち入っていない。
 これまた連載にするしかない。


1383/日本の保守-悲惨な渡部昇一・加地伸行。

 天皇譲位問題についての、月刊WiLL9月号(ワック)の渡部昇一、加地伸行、百地章、月刊正論9月号(産経)の渡部昇一、八木秀次、竹田恒泰、月刊Hanada9月号(飛鳥新社)の高森明勅、に触れる。
 あまりにヒドいのは、渡部昇一、加地伸行だ。この二人は、「摂政」の制度の利用で(現実的には)足りるとするが、その際、現行の皇室典範(法律の一つ)が定める「摂政」に関する規定の内容を全く無視している。
 渡部昇一は「天皇がご病気のとき」という要件を勝手にでっちあげており(妄想しており、月刊正論p.56)、加地伸行は「摂政」制度の利用は当然に可能だという前提(思い込み)に立っている(月刊WiLLp.44以下)。
 こうした、議論の作法自体をわきまえない「論考」が保守系とされる月刊雑誌の冒頭近くに置かれ、表紙等でも重要視されていることは、現在の日本の「保守」論壇の悲惨さを曝け出している。
 「保守」言論人のすべてが渡部や加地のごとくではないだろうが、上のような雑誌の編集部が原稿を依頼した十人に満たない中に、皇室典範の規定を一瞥することすらしないで天皇・皇室問題を「論じる」者がいるのだから、「保守」論壇の劣化・悲惨さは明らかだ。
 高森明勅が引用しかつ論及しているが(月刊Hanada、p.293)、天皇が未成年のとき以外に「摂政を置く」と皇室典範が定めている条文は、つぎのとおりだ。第16条二項。
 「天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。」
天皇陛下の談話以前に書いた原稿だと弁明するかもしれないが、陛下ご自身が問題は「摂政」制度利用では解決されえないことを明言された。
 また、高森明勅は上の条文の解釈に踏み込みつつ(これは当然の作業だ)、「陛下がお考え」の譲位と摂政設置は「似ても似つかない」と結論している。
 詳論しないが、私もまた、上の条文が定める要件は充たされていないだろう、と考える。
 渡部や加地は、天皇・皇室に関する自らのイメージと理解でもって「摂政」・譲位問題を議論している。愚昧きわまりない。
 渡部や加地は、結果としては、現在の天皇陛下が「精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができない」状態にある、と主張していると理解される可能性すらある(誤解だが)。
 百地章と八木秀次はさすがに皇室典範の上の条項を意識しているが、二人ともに<柔軟な解釈>をして適用することを主張または示唆していることが興味深い。
 しかし、このような論法は皇室典範の<解釈による実質的改正>の可能性を説くもので、支持し難い。<柔軟な>解釈なるものは、法的安定性を損なうことにもなる。
 また、百地や八木の解釈がほぼ一致して採用されるとは限らず、正面からこれを説けば、世論はもちろん、「皇室会議」での議論も紛糾するだろう。
 竹田恒泰が言うように(月刊正論p.75)、皇室典範の改正か「特別措置法」制定しかないだろう。立ち入らないが、竹田が後者を主張している根拠は必ずしも十分ではない。特別措置法も(現天皇についてのみ適用する、と竹田はイメージしているのだろうか ?)、いったん成立すれば「制度」(しかも皇室典範の特別法として優先する)になってしまうことに変わりはない。
 問題は、天皇・皇族の高齢化を避けることはできず(喜ばしいことかもしれないが)、いわゆる「高齢化」社会を想定していない法律(皇室典範)が60年以上も改正されることなく存在し続けていることにあるだろう。
 加地伸行が「暴力革命を支持する勢力」による譲位・退位の強制がありうるとして、「退位規程」を作るのに反対しているのは、一見もっとものように見えて、現行の制度・皇室典範についての知識のなさを再び示している。
 加地伸行によると、「議会で過半数を占める特定勢力が、議会の議決によって退位を可能」とする危険もあるのだ、という。
 皇室典範を法律ではなく天皇(・皇室 ?)が定める「家法」にせよとの主張ならばまだ分かる。しかし、憲法自体を改正しないとこれも困難だ。
 憲法第2条「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する」。
 加地は、この条項も知らないで適当な文章を書いて、小遣い銭を貰っているのだろう。
 むろん、個別案件の適否は、国会が決めるのではなく、現行の制度を前提にすれば「皇室会議」が議決することになろう。
  「暴力革命を支持する勢力」が「議員」の過半数を占める事態は抽象的には想定できるが、そのような事態にな っているのであれば、現憲法の天皇条項自体が廃止・削除されているのではないか。
 ところで、現皇室典範第28条はつぎのように定める。
 「1 皇室会議は、議員十人でこれを組織する。
  2 議員は、皇族二人、衆議院及び参議院の議長及び副議長、内閣総理大臣、宮内庁の長並びに最高裁判所の長たる裁判官及びその他の裁判官一人を以て、これに充てる。
  3 議員となる皇族及び最高裁判所の長たる裁判官以外の裁判官は、各々成年に達した皇族又は最高裁判所の長たる裁判官以外の裁判官の互選による。」
 マスコミによる外からの「煽動」も考えられるが、基本的には、これらの「議員」となる人物が信頼できないとなれば、日本は、国家と諸制度自体が「脆うい」状況にある、ということになろう。
 加地伸行は、上の規定もおそらく知らないままで原稿を書いているのだろう(摂政を置くことも個別には皇室会議の議決が必要)。
 渡部昇一もそうだが、どうして、このような人物が「保守」系雑誌に、よりにもよって天皇・皇室問題について、登場してくるのか。
 嘆かわしい、悲惨な状態だ。
 ついでに。天皇陛下の「ご負担」軽減というとき、①憲法上明記された国事行為、②その他の「公的」行為、③祭祀を含む「私的」行為、を区別して論じてもらいたい。百地、八木、竹田の論考も丁寧にこの問題に言及してはいない。
 法律、政令の改廃に対する御璽押印と署名だけでも(慣行上または法制上、公布=官報掲載のために必要だ。公布自体は憲法上の国事行為だ)、おそらく一年に数千件にのぼるだろう。

1238/安倍首相が靖国神社を参拝してなぜいけないのか。

 〇朝日新聞12/27朝刊は「狂い咲き」をしていた。
 安倍首相靖国参拝をうけて「参拝制止を一蹴」が最大の活字での一面橫見出しになるのだから、奇怪な新聞だ。
 毎日新聞も一瞥してみたが、かなり似ている。
 〇日本の首相の靖国神社参拝には種々の論点があることを、あらためて考えさせられる。
 安倍首相が堂々とむろん疚しい心理など一切示さずに発言していたのには感動したが、同首相の同日の「談話」の内容を全面的に支持しはしない。わざわざ談話など出し、また外国語訳して各国に伝えることをしなければならないのは、本来は異常なことだ。
 それよりも、<不戦の誓い>をすることは構わないが、「日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道を…」等と述べて戦後日本を全体として肯定的に評価しているようであるのは、安倍本来の<戦後レジームからの脱却>という思想とは少なくとも完全には合致していない、と感じる。ともあれ、それは政治的判断の混じった「談話」だとして、ここではこれ以上は触れない。
 アメリカは自国の都合と利益のために「失望」という声明を出した。これを、朝日や毎日は「援軍」のごとく理解して喜んでいるようだ。このアメリカの立場にも触れないが、靖国神社の祭神となっている(合祀されている)いわゆるA級戦犯を作り出したのは他ならぬアメリカ主導の「東京裁判」であったのだから、<A級戦犯認定=東京裁判>批判との印象が生じる可能性のある靖国神社参拝を、いかに現在の「同盟国」の首相の行為であろうとも、少なくとも素直には支持・応援できないだろうことは不思議ではない。靖国神社参拝は、従って当然に、「反米」的性格または側面をもつに至っている、とも言える。
 〇日本の首相の靖国神社参拝についての種々の論点については、この欄で断片的にせよ何回も言及してきた。論点の所在と簡単なコメントを記しておく。
 第一に、憲法上の「政教分離」に反しないか。12/26朝刊では朝日新聞よりも毎日新聞がこの論点の所在に触れて批判的な記事を書いている。そして、平野武(龍谷大名誉教授)の<首相在任中は避けるべき>との旨のコメントを紹介している。この点にやや立ち入れば、月刊WiLL2014年1月号で加地伸行が、「平野武という人物」が伊勢神宮「遷御の儀」に安倍首相が臨席したことを「政教分離に反し、違憲性があると言う」と紹介したうえで、「平野某は政教分離ということの初歩的な意味も分かっていない」等と批判している(p.18)。平野武にとってみれば、一貫した主張なのかもしれない。なお、社民党・福島瑞穂も今回の靖国参拝を「政教分離」違反だと主張したらしい。
 だが、この欄でも述べたことがあるが、「政教分離」違反であるならば、A級戦犯合祀問題以前の憲法問題であり、吉田茂も佐藤栄作も中曽根康弘も小泉純一郎も憲法違反の行為をしてきたことになる。
 毎日新聞はこれまでの首相靖国参拝のそのつど、「政教分離」違反または疑いという報道・主張をし続けてきたのだろうか。今回に限って、またはA級戦犯合祀以降に限って「政教分離」違反という論点を持ち出すのは、論理的には成り立ちえないことだ。
 それに何より、毎年正月の4日あたりに首相が伊勢神宮に参拝することはほとんど「恒例」になっているが、伊勢神宮もまた戦後は神道という宗教の一施設であるところ、毎日新聞は(朝日新聞も)何ら問題にしてきていないのではないか。そのくせ、靖国神社についてだけ「政教分離」違反問題を持ち出すのは論理的に完全に破綻している。なお第一に、社民党が民主党と連立政権を組んで福島瑞穂が大臣だったときもあったかと思うが、民主党の鳩山由紀夫も菅直人も野田佳彦も首相として伊勢神宮参拝をしたはずだ。民主党・社民党連立政権時代、福島瑞穂は、伊勢神宮正月参拝に反対する旨を大々的に主張したのか? 第二に、上記の加地伸行の文章によれば、平野武は首相の伊勢神宮正月参拝は(少なくとも明示的には)問題にしていないらしい(p.19)。学問的に一貫させるつもりならば、首相の伊勢神宮正月参拝を「違憲」視する大?論文を書くべきだろう。
 大きな第二に、靖国神社は首相が参拝すべきではない「死者」が祭神として祀られているか。これが最大の問題だが、いくつかの基本的論点やさらに細かな論点に分岐していく。
 朝日新聞の東岡徹は12/27朝刊で「侵略された中国や、植民地支配を受けた韓国の人々には、靖国神社への嫌悪感が強い」とあっさりと書いている。先の戦争は中国「侵略」戦争で、当時は韓国を「植民地支配」していたということを当然のごとく前提にしている。そのような<悪業>をした指導者たちは断罪されるべきであり(だからこそ「A級戦犯」であり)、彼らを合祀する靖国神社参拝はすべきではない、という理屈のようだ。
 上の前提自体に、少なくとも論じられるべき余地がなおある。1+1=2のごとき当然の前提にしてはならない。前者にも大きな疑問があるが、後者の「植民地支配」という概念の使用にも私は疑問をもっている。ドイツ(・ナチス)の侵攻によるチェコ、ポーランド、バルト三国等の支配は「植民地支配」だったのか。同様に朝鮮(大韓帝国)についても「合邦」か少なくとも日本の事実上の施政権の地域的対象の拡大であって、決して「植民地」として支配したわけではないのではないか。この問題はこの欄でまだ言及したことがない、かねてより有してはいた関心事項だ。
 さてここでの基本的な第一の論点だが、かりに日本がかつて「侵略」や「植民地支配」をしていたとして、その当時の(といっても時期により異なるが)日本の政治指導者たちの「責任」はどのように問われるべきなのか。
 上の「政治指導者たち」という言葉の範囲は不明確だ。「東京裁判」法廷は「平和に対する罪」という新奇の犯罪概念を作り出し、<A級>戦犯という犯罪者として刑罰を下した(ということになっている)。
 ここでむろん、「東京裁判」なるものの合法性・正当性、そして具体的な<A級>戦犯者の範囲の特定の正確さ・合理性・適切さ、という別の第二の論点も出てくる。そしてまた、なぜ特定の25名が<A級>戦犯被告として判決をうけ、なぜそのうち7名は「死刑」だったのか?も論点になりうる。 <A級戦犯合祀の神社参拝はけしからん>と主張する者は、「死刑」ではなくのちに死亡した者も含む被合祀者14名(のようだ)のそれぞれの「罪状」をきちんと語り、説明できなければならない。
 「東京裁判」あるいは実質的にはアメリカまたはGHQ任せで「侵略」・「植民地支配」の指導者の範囲を画定してしまうのは、他人・他国任せのじつに無責任なことではないのか。
 なお、7名の死刑が執行されたのは、1948年12/23で今上天皇(当時、皇太子)の誕生日で、むろん偶然ではない(起訴は4/29で昭和天皇の誕生日)。
 基本的な第三に、絞首刑にあった者は生き返らないが、それ以外の者は「終身(無期)刑」を受けた者も日本の再独立後(主権回復後)には関係各国の同意を得て解放され、政治家として活躍した者もいる。そしてその前提として、もはや「犯罪者」扱いはしない旨の国会決議までなされている。そのうえで、「B・C級戦犯」としての刑死者の遺族に対しても遺族年金が給付されている。「A級戦犯」だった者も、犯罪者扱いしてはいけない、と言うことができる。死刑と終身刑の区別が正確にまたは厳格になされたとはとても思われず、終身刑だった賀屋興宣がのちに大臣になったことを考えると、「A級戦犯」としての刑死者(法務死者、昭和殉難者といいうらしい)は、死刑判決でさえなければ、政治家等としてのちの人生を全うできたかもしれない。
 要するに、日本人は「A級戦犯」者をもはや犯罪者として扱ってはいけないのではないか、という論点がある。朝日や毎日は「A級戦犯」合祀を問題にはしても、そしてこれにかかわる昭和天皇の発言らしきものを「政治利用」しつつも、上記の国会決議等のその後の法律レベルの問題にはまったく言及していない。不正確で、不当な記事づくりではないか。
 これに関連して第四に、サンフランシスコ講和条約で主権回復に際して日本が東京裁判の「諸判決を受け容れ」た、ということの意味が論点になりうる。この欄で触れたことがせあるが、民主党の岡田克也が国会・委員会で条約と法律とはどちらが上位かと質問して、サ講和条約(の理解)に日本はその後ずっと拘束されるのではないか旨を主張した論点だ。
 「裁判」と訳そうと「諸判決」と訳そうと本質的な違いはない(渡部昇一の言説は的を射ていない)。この点は、この欄で紹介したが、稲田朋美は私と同旨のことを記していた。
 この問題は、あるいはサ講和条約の当該条文の意味は、終身刑判決を受けた者や期限のきていない有期刑者は、「諸判決」どおりにきちんと執行する(そうしない場合は関係各国と協議し同意を得て解放する、という趣旨を含む)、という趣旨だ、と解釈して差し支えないと考えている。つまり、日本を当事者とする先の戦争が「侵略」戦争だった等の「東京裁判」の基礎にある考え方または歴史認識まで受容したわけではない、と私は理解している。
 とりあえず思い浮かぶのが、以上のような大きな論点、基本的な論点だ。
 A級戦犯も合祀されている靖国神社を日本の首相は参拝すべきではない、という主張の前提にある、A級戦犯=「犯罪者」=「悪い」政治指導者=「侵略」・「植民地支配」をした「悪者=犯罪者」、という理解は、それぞれの等号=同一視の段階で、きちんと吟味すべきではないのか、とりわけ日本の報道機関は。中華人民共和国や大韓民国の「御用新聞」(・ご注進機関)でないかぎりは。
 その他、「村山談話」などというややこしいが大きな論点もあったが、今回はこれくらいで。

1218/月刊正論(産経)・桑原聡は適菜収のいったい何を評価しているのか。

 〇何度も書いたことだが、月刊正論(産経新聞社)編集長・桑原聡は同2012年5月号の末尾の編集長欄とでもいえる「操舵室から」一頁の中で、「編集長個人の見解だが、橋下氏はきわめて危険な政治家だと思う」、「橋下氏の目的は日本そのものを解体することにあるように感じるのだ。なぜ…特集を読み判断していただきたい」、とほとんど理由・論拠を示すこともなく明言した。
 以下はたぶんまだ触れていないと思うので、記録に残しておきたい。

 月刊正論の翌月号、つまり2012年6月号の「編集者へ/編集者から」の欄で内津幹人という人が、前号の「操舵室から」について、「民意」という語が8回、百文字に一回以上出てきた、「こういう書き方もあるのか、と学んだ」と皮肉っぽく記したのち、次のように感想を記した。
 「編集長個人の見解だが--これほど自信を感じさせる書き方はない。”個人”以外何百万人が異議を唱えても、俺は勝つ。/特集を読み判断していただきたい--と結ぶ。/編集長はいいなあ、と思う。よく、
男は一度は野球の監督をやりたい、というが、編集長と較べたら子どもの遊びだ」。

 どう読んでも、この文章は前号の桑原聡編集長の文章に対する<皮肉>であり、かつ隠してはいるがかなり批判的な感想の文章だ。

 これに対して、同号の「編集者から」は、上に引用した部分に言及せず、投書者(内津幹人)の後半の叙述の一部を採用して「新聞が橋下氏を取り上げなければ『大阪のバカ騒ぎは収まる』というご指摘はその通りですね。無視こそが最強の意思表示であることは分かりますが、それではメディアの責任は果たせないと思います。悩ましいところです」と書いている。これが全文で、上に引用した「編集長個人の見解だが」、「編集長はいいなあ、と思う」等を含む文章への反応は全くない。

 編集者は「編集者から」応えやすい部分のみを扱ったようで、<皮肉>まじりの部分には反応を避けているのだ。
 それとも批判的感想を含む「皮肉」であるということが、まったく理解できていないのだろうか。そうだとすれば、月刊正論編集者は日本語文章の意味・含意を理解できない、きわめて低能力の「編集者」だろう。

 〇上記の月刊正論2012年5月号は適菜収「理念なきB層政治家…橋下徹は保守ではない」を大阪維新の会特集の最初に置き、かつ雑誌表紙に最も大きい文字でそのタイトルを表示していたのだが、相変わらず、月刊正論は適菜収を重用しているようだ。
 月刊正論2013年8月号では「正論壁新聞」執筆者4人の1人として登場し(最近の他号でもそうかもしれない)、内容のきわめて空虚な文章で1頁余りを埋めたあとで、橋下徹慰安婦発言に言及したあと、次のように断じる。
 「橋下の……を見れば、反日活動家であることは明白である。/不思議なことに、こうした人間を支持する『保守』というのが巷には存在するらしい。これも…語義矛盾ではないか」(p.47)。

 月刊正論という産経新聞社発行の「保守系」雑誌の冒頭近くに適菜収が出てくること自体が奇妙なのだが、上の文章も不思議だ。
 橋下徹に批判的な佐伯啓思らもいるが、橋下徹を支持しているまたは彼に好意的であることを明らかにしている人物に、佐々敦行、加地伸行、西尾幹二、津川雅彦らがいる。また、産経新聞社から個人全集を発行しかつ同新聞紙上に連載欄も持っている石原慎太郎は同じ政党の共同代表だ。

 なお、①中島岳志は憲法改正に反対し、週刊金曜日の編集者の一人でもあるという「左翼」または「かくれ左翼」なので、中島が橋下を「保守ではない」と批判したところで、何の意味もない。

 ②安倍晋三は首相になる前も後も橋下徹と個人的に会話等をしているようだ。政治家どうしだから単純に支持か反対かを分けられないが、安倍晋三は橋下徹を「敵」と見ていないことは間違いないだろう。
 さて、適菜収によれば、石原慎太郎、佐々敦行、加地伸行、西尾幹二、津川雅彦らは、かつ場合によっては安倍晋三も、「不思議」な「保守」らしい。そのように感じること自体が、自らが歪んでいることの証左だとは自覚できないのだろう、気の毒に。

 適菜は、月刊正論誌上でこれから毎号、上記のような人物を批判して「改心」させる文章を書き続けたらどうか。
 〇元に戻ることになるが、上記の月刊正論2012年6月号の「編集者へ」の投稿者(内津幹人)は次のようにも書いていた。

 「執筆者たちは、どんなに偉そうに書くときも、チラッと操舵室が浮かぶだろう。そりゃそうだ。原稿料は生活の糧だ。ボクはどの人を呼んでも、操舵室が浮かんだ文字をみつけるのが好きだ。編集長がいなければ、こう書きたいのだろうな、と」。

 この投稿者はかなりの書き手であると見える。この文章は、編集者(・編集長)の顔色をうかがいながら、「生活の糧」である「原稿料」を稼ぐために、編集者(・編集長)の意向に添った文章を書かざるをえない雑誌原稿執筆者の性(さが)または苦労を指摘している。

 適菜収は、週刊新潮上では「保守系」論壇雑誌を批判している文章を書いていることはこの欄でたぶん先月に触れた。適菜は、月刊正論に書かせてもらうときは、編集長・桑原聡の顔色(・意向)をうかがいながら原稿を執筆しているに違いない。
 適菜収は「哲学者」という肩書きしかない。大学や研究所等からの給与はなさそうだ。日本の大学は信頼できないが、まともな研究論文が書けて、ある程度の研究業績があれば、日本の大学の教員の職を見つけることは決して困難ではないだろう。おそらく適菜にはそのような研究業績がなく、当然に博士号すら持っていないのだろうと思われる。

 日本の大学も博士号も決して信頼できるものではなく、アカデミズムの世界以外で大学研究者以上の仕事をした人もあるだろうが(小室直樹ら)、適菜収にはそれだけの実力がないことは、二頁を埋めるだけの内容と密度のある文章が書けていないことでも分かる。

 どのような背景・経歴の人物かよく知らないが、あまり大言壮語は吐かない方がよい。もちろん、そのような人物を重用する月刊正論編集部もおかしい。とても40周年とやらを祝う気になれないし、最新号を購入する気もないのである。

1139/今谷明・天皇と戦争と歴史家(洋泉社、2012.07)から再び。

 〇先日の平泉澄とマルクス主義日本史学者・黒田俊雄への言及は、今谷明・天皇と戦争と歴史家(洋泉社、2012.07)p.125以下の「平泉澄と権門体制論」に依ったものだった。今谷著のp.40以下の「平泉澄の皇国史観とアジール論」の中でも、同旨のことが次のように、より簡潔に述べられていた。
 「戦後、黒田俊雄さんが『権門体制論』〔略〕で、平泉の説と同じことをのべています。ところが黒田さんは平泉ののことをぜんぜんいわないのです。自分が発見したように『権門体制論』を立てるわけですが。しかし…エッセンスはすでに…〔平泉の1922年の著〕のなかではっきりとのべられている…。公家・寺社・武家の鼎立、つまり『権門体制論』の萌芽をすでに平泉はいっていたわけです。/黒田さんは平泉のことを知っているはずなのに出さないのですね。論文にも著書にもまったく引用していない。ちょっとアンフェアではないかと思う。いくら平泉の思想なり人柄が気にくわんといっても、業績は業績で生きているわけだから、それを学説として紹介すべきなのにまったく無視している。平泉の業績が戦後忘却されていたことを考慮すると、ある意味で悪質な剽窃といってもいいすぎではないと思う」(p.56)。
 この今谷の論考の初出は1995年で、黒田俊雄の死後のことだ(黒田の逝去は1993年)。黒田の現役のときにまたは生前に、黒田も読めるように公にしてほしかったものだ、という感じもする。
 今谷明は1942年生まれで(今年に70歳)、実質的には中心的な活躍の時期を過ぎているだろうが、上と似たようなことは、元京都大学教授の竹内洋や、<保守派>として産経新聞によく登場している元大阪大学教授の加地伸行についても感じなくはない。
 現役の国公立大学の教授だった時代に、社会主義・マルクス主義あるいは「左翼」(・<進歩派>)の論者・学者たちを明確に(学術的に)批判してきたのだろうか、という疑問が湧くのだが、実際にどうだったかはよくは知らない。
 上の点はともあれ、「左翼」・マルクス主義学者の黒田俊雄が学説の内容よりも<人・名前>でもって引用等に「差別」を持ち込んでいたという旨の指摘は興味深いし、他の「左翼」・マルクス主義学者たちも、今日でも、かつ分野を問わず、似たような、<学問>と言われる作業をしているのだろう、ということは既に書いた。
 
〇上掲の今谷明著の最初にある樺山紘一との座談会「対話・戦後の歴史研究の潮流をふりかえる」(初出、1994年)もなかなか面白い。
 次の三点が印象に残った。
 第一。樺山が、とくにスターリン批判以降、欧米では「わりあい早くから切れて、マルクス主義に距離をおいて古典のひとつとして捉えている」にもかかわらず、「日本の場合、マルクス主義が非常に根強く残ったのはなぜなんでしょう」、「日本の場合はずっと教条として残」った、「日本だけはどうしてなんでしょう」と質問または問題提起して、今谷明が反応している。かかる疑問は、私もまたかねてより強く持ってきた。欧米では<反共>・反マルクス主義は(知識人・インテリも含めて)ほとんど<常識>であり<教養>の一つであるのに、日本だけはなぜ?、という疑問だ。
 厳密には答えになっていないようだが、今谷は次のように語っている。
 ・「経済学で講壇マルキシズムが非常に根強かった」ことと、「労働運動と連動」していて、「革命運動に影響された」ということがあった。
 ・「例えば文革の実情が明らかになるまではマルクス主義はひとつのモデルだった」。「日本の場合はスターリン批判やハンガリー事件があったにもかかわらず、日本のマルクス主義はびくともしなかった」。「日本の歴史学」は非常に不幸で、「昭和四〇年代くらいまで引きずってきた」、「ある意味では非常に遅れた」、「その間の停滞は惜しい」(p.20-21)。
 このあと、今谷は1989年のベルリンの壁の崩壊まで「気づかなかった」と述べ、樺山は「まだ気がついていないようなところもあるような気がしますけど」と反応している(p.22)。この部分は、樺山の感覚の方が当たっているのではないか。
 第二。今谷が、「アカデミズムに全共闘は残らなかったですね。民青系が大学院に残ったので、その後アカデミズムはマルキシズムが強い―特に歴史学は強い」と述べている(p.25)。
 全共闘系はすべてマルクス主義者ではなかったかのごときニュアンスの発言もあるが、全共闘系の中にはマルクス主義者もいたはずだ。従って、上の発言は、大学院に残り、その後大学教員になっていったのは、ほとんど「民青系」、つまり日本共産党系の者たちだ、というように理解できる。そして、その傾向は「特に歴史学は強い」ということになる。
 マルクス主義にも講座派・労農派、日本共産党系・社会党系等々とあったはずなのだが、日本共産党系のそれが「アカデミズム」(「特に歴史学」)を支配した、という指摘は重要だろう。
 上記の第一点、日本におけるマルクス主義の影響力の残存も、日本共産党の組織的な残存と無関係ではない、いやむしろほとんど同じことの別表現だ、と考えられるだろう。
 第三。今谷が、不思議なのは「マルクス主義歴史学がどうだったかという、マルクス主義内部での…学問的な検討・批判が歴史学で行われていない」ことだ、「歴史学の内部で例えばロシアの革命はいったいなんだったのかという再検討すらされていません」、と述べている(p.30)。
 怖ろしい実態だ。おそらく、日本共産党の歴史観を疑い、それに挑戦することは、学界、とくに日本史学界では、ほとんど<タブー>なのだろう。その点ではすでに、「学問の自由」はほとんど放棄されているわけだ。
 日本共産党はマルクス・レーニン主義のことを(正しい)「社会科学」と呼んでいるらしい。
 歴史学に限らないことだが、日本共産党の諸理論自体を対象とする<社会科学>的研究が大規模に行われるようにならないと、日本の人文・社会系の「学問」やそれを行う中心的組織らしき「大学」(の人文・社会系学部)は、それぞれの名に値しないままであり続けるのではないか。

1079/藤井聡と加地伸行と「西部邁・佐伯啓思グループ」。

 〇産経新聞1/24の「正論」欄、藤井聡「中央集権語ること恐るべからず」は、大阪維新の会・橋下徹・上山信一を批判している。
 だが、揚げ足取りと感じられる部分、橋下らの真意を確定する作業をしないままで批判しやすいように対象を変えている部分が見られ、まともなことを書いている部分が多いにもかかわらず、後味が悪い。
 藤井は「『中央政治をぶっ壊す』とはいかがなものか」として上記のタイトルの旨を指摘し、『』内の上山の記述に依拠しているという大阪維新の会や橋下徹の主張を疑問視している。
 上山の著を読んではいないが、藤井の文章中に「現状」という語があるように、一般論として中央政府の破壊・解体を主張しているのではなく、<現在の日本の>中央政府(中央政治)を上山・橋下が問題にしているのは明らかなことだろう。
 また、藤井は、中央(政府・政治)の重要性や中央・地方の相互補完・適正な協調を主張しているものの、その主張・指摘はそのとおりではあるとしても、上山らにおける「ぶっ壊す」が中央(政治・政府)全面的な破壊を意味していることが何ら論証されていないかぎり、橋下徹らに対する有効な批判になっているとは思えない。「ぶっ壊す」とは大きな改革または変革を意味しているだけで(実質的にはそのような趣旨で)、これを「全面的破壊」を意味していると藤井が理解しているとすれば、ひょっとすれば、悪意が素地にあるのではないか。あるいは、批判してやろうという感情の方を優先させている可能性があるのではないか。
 上山信一の著が正しく読まれているとすれば、藤井の、「現下の喫緊の政治課題は教育、医療、福祉の充実だけではない」以下の叙述にはほぼ同感だ。但し、上山が地方政治・地方行政に焦点をあてて「日本における政治の課題は今や社会問題の解決、つまり教育・医療・福祉の充実が最大のテーマ」である、と書いているのだとすると、上山には、藤井のような批判には反論または釈明したいところがあるに違いないと思われる。常識的にいって、災害対応・外交・軍事等における「国」(中央)の役割を否定する公共政策学・行政学等の「総合政策」学部所属の学者がいるはずはないのではないか(上山信一は国家公務員試験を経た運輸省官僚でもあった)。
 というようなわけで、藤井は国・地方関係等についてとくに奇妙なことを書いているわけではないが、それを大阪維新の会・橋下徹らに対する批判として用いるのは疑問で、その点に奇妙さ・不思議さを感じる。
 産経新聞1/29の連載コラム中の加地伸行のタイトルは「『破壊的改善』望んだ民意」で、橋下徹に好意的だ。
 例えば、加地伸行いわく-「橋下市長は偽悪的に<破壊>と言うが、それが実は<改善>であることを大阪府民は百も承知。あえて言えば<破壊的改善>であろう」。
 同じ「破壊」あるいは「ぶっ壊す」についても、このように、つまり藤井聡と加地伸行のように、理解または寛容性?が異なるのは面白い。
 前々回と同じ表現を使えば、こういう違いが同じ産経新聞紙上で見られるのは興味深いことだ。そして、加地伸行の感覚の方が、私はまっとうだと思っている。
 〇ところで、さらに興味深いことがある。
 藤井聡とは、<西部邁・佐伯啓思グループ>(雑誌・表現者の編集顧問はこの二人とされているので、こう称して誤っていないと思われる)の一員と見られ、前回に言及した書物(NTT出版・「文明」の宿命)においても9人の執筆者の一人だということだ。
 この書物の9人の著者のうち(編者は西部邁・佐伯啓思ら三人)、これで、中島岳志、東谷暁、藤井聡と、じつに3人が、橋下徹(維新の会)を批判的に見ていることを明らかにしていることになる(中島岳志は「批判的」どころか真正面から攻撃している)。
 じつに興味深いことだ。再び、西部邁らは本当に「保守」派なのか、という疑問が首をもたげてくる。
 橋下徹を厳しく批判・攻撃している上野千鶴子、(先日某テレビ番組の中で中島岳志らとともに「現場・現実を知らない学者」と橋下徹に揶揄されていた)山口二郎香山リカ野田正彰、日教組、自治労そして日本共産党等が「左翼」だとすれば、藤井聡をも含む<西部邁・佐伯啓思グループ>は、じつは、少なくとも「左翼」と通底しているのではないか? 極端にあえていえば、「保守」のふりをした「左翼」、あるいは「左翼」心情をもった「保守」なのではあるまいか。
 西部邁、佐伯啓思、そして上記グループの全体について断定することはむろん避けるが、そのように指摘したい人物(「雑菌」)が含まれているのは、ほとんど間違いのないことのように思われる。
 このように指摘して愉快がっているのではない。深刻に憂慮しているのだ。 

0648/天皇・皇室論-サピオの小林よしのりと産経新聞の加地伸行。後者はヒドい。

 〇サピオ1/28号(小学館)の小林よしのり「天皇論」の第二回。
 とくに大きな異存はないし、美智子皇后陛下の失語症前後のいきさつなど、知らなかった情報もある。
 最後の方で、1300年以上続いた「天皇の伝統」の力に約200年の「近代合理主義」は到底及ばないとしたあと(p.81)、「奇妙」なのは「雅子妃は祭祀に熱心でないと非難する保守派の者たちが、祈りの奇跡を信じていない合理主義者であることだ」、「皇室にだけ非合理を要求する」な、という旨の言葉がある(p.82)。
 この辺りはややむつかしい。「雅子妃」批判者が「合理主義者」だということの意味と適切さは必ずしもよく分からないところがある。西尾幹二は「(近代)合理主義者」として皇太子殿下ご夫妻を批判しているのか?
 それに、「祈りの奇跡を信じていない合理主義者」という表現からすると、「非合理性」に充ちた<天皇制>の支持者は、「祈りの奇跡を信じ」る者たちだ、と主張しているようでもある。
 たしかに、昭和天皇に限らず、天皇には(合理的に説明できない)不思議な力があったに違いない(だからこそ、古代に<天皇制>が成立したとも言える。皇室の先祖・天照大御神=卑弥呼だと考えなくとも、古代の天皇たちは優れた祈祷者であった可能性も高い)。
 だが、私は<天皇制>支持者だが、「祈りの奇跡」を100%信じるものではない。明治以降でも各天皇は種々の<祈り>をされたはずだが、全てが叶った=実現したわけではないだろう。
 一方、私は、国家や国民のために<祈る>という心情・姿勢自体は強く肯定するものだ。天皇や皇族に限られない。非合理であっても(=合理的とは言えない)何かを<祈る>ことをする「日本人」の心を尊いと思う。<奇跡>が実際に生じなくとも、その発生を願って<祈る>心こそが美しいと思う。
 〇産経新聞1/06「正論」欄加地伸行論考。
 この人は、昨年の正論大賞受賞者だったと思うが、教授(立命館大学)・名誉教授(大阪大学)という肩書きを付けて、よくぞこんな奇妙な文章を書けたものだ。
 まず、西尾幹二に始まる「現在の皇室」についての「論争」の「詳細は十分には心得ないと自ら書いて(告白して)いる。そのような状況で、いかほどの内容の文章を書ける資格と能力があるのか。読者を馬鹿にするな、と言いたい。
 ①最後にこう書く-「陛下御不例が伝聞される今日、皇太子殿下の責任―<無>の世界の自覚が重要である。もしそれに耐えられないとすれば、残る道は潔い一つしかない」。
 皇位に就くことの辞退でも意味するのかと思ったら、続きの最後の一文は、「諫言者」が「七人有れば…天下を失わず」、だ。どうやら皇太子に対する多数の(七人の?)「諫言者」が必要、という趣旨らしい(この点自体も曖昧だが)。結果として、前半にも見られるが、西尾幹二に親近的な論考になっている。
 だが、そもそも(皇太子殿下が)「もしそれに耐えられないとすれば」という文章の意味と根拠は何なのだろう。加地のいう天皇の本質は<無>だというのが正しい又は適切だとして(この点を大した説明もなく折口信夫に依って簡単に断定しているのも気になるが)、皇太子殿下が「それに耐えられない」可能性のあることを十分に肯定している表現だ。
 そのような(現実的)可能性のあることの根拠を、加地は何一つ記していない。これで正論大賞受賞者、教授・名誉教授なのか。
 ②加地によると、西尾幹二に対する批判には次の二傾向がある。一つは「皇室無謬派(皇室は常に正しいとするいわゆるウヨク)」、二つは「皇室マイホーム派(いわゆるリベラルやサヨク)」。そして、いずれも「皇室を誤らせる」と加地は批判している(つまり西尾幹二批判を全体として批判していることに論理的にはなる)。
 だが、私は西尾幹二の昨年の皇室論、とくに皇太子妃殿下攻撃に対して批判的だが、上の二つの「傾向」のいずれでもない。やや意味不明だが皇室は「無謬」だとは思わない。ちなみに、「いわゆるウヨク」の中に西尾幹二の同調者もいたように思う。
 よくぞ簡単に上のように整理?できたものだ。また、この人は中国文学(しかも古代の?)専門の筈だったと思うが、「いわゆるウヨク」や「いわゆるリベラルやサヨク」の主義・主張についていかほどの学識と知見を持っているのだろうか。
 専門外のことに余り口を突っ込むことは、少なくとも新聞紙上で公になる文章を書くことは、やめた方がよい、とたぶん失礼だろうが、言わせていただく。
 正論大賞受賞者、教授・名誉教授の肩書きなら誰でも(かなりの程度は)感心して読んでくれると思っているとすれば(その現実的可能性がある)、大間違いだ。
 こんな文章が産経新聞の目立つところに出るのだから、日本は大変な時代に入っている、とつくづく思う。

ギャラリー
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