秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

功利主義

2055/L・コワコフスキ著第三巻第11章第5節②。

 L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976、英訳1978、三巻合冊2008)。
 =Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism.
 第三巻の試訳のつづき。
 第11章・ハーバート・マルクーゼ-新左翼の全体主義的ユートピアとしてのマルクス主義。
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 第5節・論評(Commentary)② 。
 (5-2)人間の思考は、プラトンによる知識と意見の区別、epsteme とdoxa の区別のおかげで恣意的判断には従わない知識の領域を拡大することができ、科学を生み、発展させた。
 もちろん、この区別は、思考、感情および欲求が高次の「統合」へと融合する、究極的で全包括的な統合体を形成する余地を残したわけではなかった。
 このような願望の達成は、全体主義的神話が思考に対する優位を要求するときにのみ可能になる。-この全体主義的神話とは、より深い直観にもとづくために、自己正当化する必要がなく、精神的および知的な生活の全体に対する司令権を獲得する、そのような神話だ。
 むろん、これが可能になるためには、全ての論理的で経験的な規準は無意味なものだと宣告されなければならない。そしてこれこそが、マルクーゼがしようとしたことだ。
 彼が追求したのは、技術的進歩のごとき瑣末な目的を軽蔑し、一つでかつ全包括的であることに利点のある、統合された知識の一体だ。
 しかし、思考が論理による外部的強制を免れることが許容されるときにのみ、このような知識は可能になり得る。
 さらに、人間各人の「本質的」直観は他者のそれと異なる可能性があるので、社会の精神的な統合は、論理や事実以外の別のものにもとづいて構築されなければならない。
 そこにあるのは、思考の規準以外による、かつ社会的抑圧の形態をとる何らかの強制であるに違いない。
 言い換えると、マルクーゼのシステムが依存するのは、警察による僭政による、論理の僭政の置き換えだ。
 このことは、全ての歴史上の経験が確証している。すなわち、特定の世界観を社会全体に受容させるには一つの方法しか存在しない。一方では、その思考の作動規準が知られて承認されているかぎりで、理性的思考の権威を押しつけるには多様な方法があるのだけれども。
 エロスとロゴスのマルクーゼ的統合は、力(force)によって確立されて統治される全体主義国家の形態でのみ実現することができる。
 彼が擁護する自由は、非自由(non-freedom)だ。
 かりに「真の」自由が選択の自由を意味しておらず特定の対象を選択することにあるのだとすれば、かりに言論の自由が人々が好むことを語ることができることを意味しておらず正しい(right)ことを語らなければならないことを意味するとすれば、そして、マルクーゼと彼の支持者たちだけに人々が何を選択し、何を語る必要があるのかを決定する権利があるとすれば、「自由」は単直に、その正常な意味とは反対のものになってしまう。
 このような意味で、ここでの「自由な」社会は、よりよく知る者の指令を受ける以外には、人々から目的や思想を選択する自由を剥奪する社会だ。//
 (6)つぎのことは、とくに記しておかなければならない。マルクーゼの要求はソヴィエト全体主義的共産主義がかつて行った以上に、理論と実践のいずれについても、はるかに大きいものだった。
 スターリニズムの最悪の時代ですら、一般的な教条化と知識のイデオロギーへの隷属があったにもかかわらず、ある領域はそれ自体で中立的で論理的かつ経験的な法則にのみ従う、ということが承認されていた。数学、物理学および若干の期間を除いて技術について、このことが言えた。
 マルクーゼは、これに対して、規範的本質は全ての領域を支配しなければならない、新しい「ものだ」ということ以外には我々は何も知らない新しい技術と新しい質的な科学が存在となければならない、と強く主張する。
 これら新しいものは、経験と「数学化」という偏見から自由でなければならない-つまり、数学、物理その他の科学に関する知識が何らなくとも獲得できる-。そして、我々の現在の知識を絶対的に超越しなければならない。//
 (7)マルクーゼが渇望し、産業社会が破壊したと彼が想像しているこのような統合は、かつて実際には存在しなかった。例えば、Malinowski の著作で我々が知るように原始社会ですら、技術的秩序と神話を明瞭に区別していた。
 魔術と神話は決して、技術や理性的努力に取って代わらなかった。これらは、人類が技術的統制を及ぼさない領域で補充するだけだった。
 マルクーゼについて先駆者だと唯一言えるのは、中世の神性主義者(theocrat)であり、科学を排除し、科学から自立性を剥奪しようとした初期の宗教改革者(Reformation)だ、ということだ。//
 (8)もちろん、科学も技術も、目的と価値の階層制に関するいかなる基礎も提示しない。
 手段の反対物である目的それ自体は、科学的方法によって特定することができない。
 科学はただ、我々が目標を達成する方法とそれを達成したときに、またはそれに一定の行動が続いたときに、生起するだろうものは何かを語ることができるだけだ。
 ここにある空隙を、「本質的」直観で埋めることはできない。//
 (9)マルクーゼは、科学と技術に対する侮蔑意識を、物質的福祉に関する全ての問題は解決されて必需用品は豊富に溢れているがゆえに、より高次の価値を追求しなければならないという信念と結合する。すなわち、量を増加させることは、たんに資本主義の利益に貢献するだけなのだ。資本主義は、虚偽の需要を増やし、虚偽の意識を注入することによって生き延びる。
 マルクーゼはこの点で、典型的に、食糧、衣服、電気等々を得ることに何も困難を感じる必要がなかった者たちの心性(mentality)をもつ者だ。これらの生活必需品は既製のものとして調達可能だったのだから。
 このことは、物質的および経済的生産とは何の関係もなかった者たちの間で、彼の哲学が人気があったことの説明になる。
 快適な中産階級出身の学生たちは、生産に関する技術や組織が精神的地平に入ってこないルンペン・プロレタリアートと共通性がある。豊富であれ不足であれ、消費用品は彼らにとって、奪うためにあるのだ。
 技術と組織に対する敵意は、活動に関する標準的規則に従う、または積極的努力、知的な紀律および事実や論理の規準に対する謙虚な態度が必要な、そのような全ての形態の知識に対する嫌悪感と一体のものだった。
 骨の折れる仕事を回避し、我々の現在の文明を超越しかつ知識と感情とを統合するグローバル革命に関するスローガンを唱えるのは、はるかに簡単なことだ。//
 (10)マルクーゼはもちろん、個人がそれぞれ履行する機能にすぎなくなってしまう生活に対して功利主義的に接近していることから帰結しているのだが、現代の技術と精神的疲弊が破壊的効果をもつことについて、日常的に絶えず繰り返して、不満を述べていた。
 これはしかし、彼に独自の考えではなく、永遠に自明のことだ。
 しかしながら、重要なのは、技術の破壊的効果に対しては、技術自体をさらに発展させることよってのみ闘うことができる、ということだ。
 人類は、技術的進歩の好ましくない帰結を稀少化するために、「不毛な」論理や社会的計画化の方法の助けを借りて、科学的に仕事を履行しなければならない。
 この目的のためには、生活をより耐えられるものにし、社会改革に関する理性的考察をより容易にする、そのような価値観を確立し、促進しなければならない。社会改革とは、寛容、民主主義および言論の自由の価値の実現だ。
 マルクーゼの基本綱領は、これとは正反対だ。すなわち、科学と技術を従属させる全体主義的神話の名のもとに民主主義的諸制度と寛容を破壊すること(実際に適用することだけではなく、理論的側面でも)。ここでの科学と技術の従属とは、経験論と実証主義に反対する哲学者たちの排他的財産である、漠然とした「本質的」直観への隷従化のことだ。//
 (11)マルクスの標語である「社会主義か野蛮か」を「社会主義=野蛮」という範型に置き換える、ということほど明確な例証はほとんどあり得ないだろう。
 そしてまた、我々の時代に、マルクーゼほどに完璧に反啓蒙主義(obscurantism)のイデオロギストだと称するに値する哲学者は、おそらく存在しない。
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 第5節、終わり。マルクーゼに関する第11章も終わり。

1739/全体主義者・レーニン③ーL・コワコフスキ著18章8節。

 この本には、邦訳書がない。なぜか。日本の「左翼」と日本共産党にとって、読まれると、きわめて危険だからだ。一方、日本の「保守」派の多くはマルクス主義の内実と歴史に全く関心がないからだ。
 レシェク・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976、英訳1978、三巻合冊2008)。
 =Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism.

 第2巻/第18章・レーニン主義の運命-国家の理論から国家のイデオロギーへ。
 試訳の前回のつづき。三巻合冊版p.769-、分冊版・第2巻p.515-7。
 <>はイタリック体=斜体字。
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 第8節・全体主義のイデオロギスト〔唱道者〕としてのレーニン③。
 コムソモル(青年共産同盟)大会での、しばしば引用される1920年10月2日のレーニンの演説は、同様の考え方で倫理の問題を扱う。
 『我々は、道徳(morality)は全体としてプロレタリア-トの階級闘争の利益に従属する、と言う。<中略>
 道徳は、搾取する旧い社会を破壊し、新しい共産主義社会を樹立しているプロレタリア-トの周りの全ての労働大衆を統一することに、奉仕するものだ。<中略>
 共産主義者にとって、全ての道徳は、この団結した紀律と搾取者に対する意識的な大衆闘争のうちにある。
 我々は、永遠の道徳の存在を信じず、道徳に関する全ての寓話の過ちを暴露する。』
 (全集31巻291-4頁〔=日本語版全集31巻「青年同盟の任務(ロシア青年共産同盟第三回全ロシア大会での演説)」288-292頁〕。)
 党の意図に奉仕するかまたは邪魔となるかの全てのことは、それぞれに対応して道徳的に善であるか悪であるかだ、そして何も道徳的に善であったり悪であったりしない、という以外のいかなる意味にも、このような文章を解釈するのは困難だろう。
 権力掌握の後、ソヴェトによる支配の維持と強化は、全ての文化的価値のためと同じく道徳のための唯一の規準になる。
 いかなる規準も、権力の維持を導くようにみえる可能性のあるいかなる行為にも反対することはなく、そして他のいかなる根拠についても価値があることを承認することはできない。
 かくして、全ての文化問題は技術的問題になり、一つの不変の基準によって判断されなければならない。すなわち、『社会の善』は完全に個々の構成員の善から分け隔てられるようになる。
 例えば、ソヴェトの権力を維持するのに役立つことを示すことができても、先制攻撃(aggression)や併合を非難するのは、ブルジョア的な感傷(sentimentalism)だ。
 定義上は『労働大衆の解放』のために奉仕する権力の目標達成に役立つならば、拷問を非難することは、非論理的であり、偽善だ。
 功利主義的道徳や社会的文化的現象に関する功利主義的諸判断は、社会主義の本来の基盤をその反対物へと変形させる。
 ブルジョア社会で生じるならば道徳的な憤慨を呼び起こす全ての現象は、新しい権力の利益に奉仕するならば、マイダスの接触(the Midas touch)によるかのごとく、金へと変わる。
 外国への武力侵攻は解放であり、攻撃は防衛であり、拷問は人民の搾取者に対する高貴な憤激を表現する。
 レーニン主義の原理のもとでは、スターリン主義の最悪の年月の最悪の過剰で正当化され得ないものは、ソヴェトの権力がそれによって増大したということが示され得るとするだけでも、絶対に何一つない。
 『レーニン時代』と『スターリン時代』の間の本質的な相違は、レーニンのもとでは党と社会に自由があったがスターリンのもとではそれは粉砕された、ということではなく、ソヴィエト同盟の人民の全ての精神的な生活が普遍的な虚偽(mendacuity)の洪水によって覆い隠されたのはスターリンの日々においてだった、ということだ。
 しかしながら、これはスターリンの個性(personality)にのみよるのではなく、こう述べ得るとすれば、状況の『自然の』発展でもあった。   
レーニンがテロル、官僚制、あるいは農民による反ボルシェヴィキ蜂起について語ったとき、彼はこれらの事物をそれぞれの名前で呼んだ。
 スターリン主義独裁が開始されるや、党は(敵によって攻撃されていたが)その威信を汚すことになるような過ちを冒さなかった。ソヴィエト国家は無謬であり、政府に対する人民の敬愛は無限だ。
 政府に対する制度的統制のいかなる痕跡も消滅してしまった国家では、予め定められている原理の問題として、政府を唯一正当化するのはそれが労働人民の利益であり希望である、という意味において、この変化は、自然だった。
 このことは、世襲の君主制にあるカリスマ性や適正に選挙される体制とは異なる、正統性の一つのイデオロギー的形態と呼ばれてよいかもしれない。
 ウソ(the Lie)の全能性は、スターリンの邪悪さによるのではなく、レーニン主義の諸原理にもとづく体制を正当化する、唯一の方法だった。
 スターリンの独裁期につねに見られたスローガン、『スターリンは、我々の時代のレーニンだ』は、かくして、総体的に正確だった。// 
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 (+) 日本語版全集を参考にしつつ、ある程度は訳を変更した。
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 第8節は終わり。つづく第9節の表題は、「ボルシェヴィキのイデオロギーに関するマルトフ」。なお、スターリンに関する叙述が以上で終わっているのではなく、彼にかかわる叙述は本格的には第三巻(第三部)の最初から始まる。

1622/知識人の新傾向①-L・コワコフスキ著17章2節。

 Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism (1976, 英訳1978, 三巻合冊2008).
 第17章・ボルシェヴィキ運動の哲学と政治。試訳をつづけて、第2節に移る。
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 第2節・ロシア知識人の新傾向①。
 ロシアの知識階層は、世紀の変わり目に、長い間、支配的な思想の様式だった実証主義、科学主義、および唯物論を放棄する目覚ましい傾向を見せた。
 同じ傾向は、詩歌、絵画、戯曲にある哲学や社会思想において、ヨーロッパ全体で見られた。
 最後の四半世紀の、自由に思考する典型的なロシア知識人は、つぎのように、考えた。
 科学は、社会生活および個人生活に関する全ての問題への解答を用意する。
 宗教は、無知と欺瞞により維持される迷信の集合体だ。
 生物学者の解剖メスは、神と霊魂を消滅させた。
 人間の歴史は、抗しがたく、『進歩』へと強いられている。
 専政体制、宗教およびそのような全ての抑圧に反対して進歩を支援するのは、知識人階層の任務だ。
 歴史的楽観主義、合理主義、および科学のカルト(the cult)はスペンサー(Spencer)流の進化論的実証主義の主眼で、19世紀の唯物論の伝統によって強固なものになった。
 その初期の段階でのロシア・マルクス主義は、継承した世界観のこれらの要素に誇りの場所を譲った。
 確かに、19世紀の後半はチェルニュイシェフスキー(Chernyshevsky)およびドブロリュボフ(Dobrolyubov)の時代のみならず、ドストエフスキー(Dostoevsky)やソロヴィヨフ(Solovyov)の時代でもあった。
 しかし、知識人階層の最も活力に満ちた影響力のある部分、そして人民主義者(Populist)であれマルクス主義者であれ、大多数の革命家たちは、合理主義的かつ進化主義的な公教要理(catechism)を、ツァーリ体制や教会に反対する彼らの闘いの自然な付随物だと受け容れた。//
 しかしながら、このような見方は、1900年代初めには、前世紀の科学的、楽観的および集産主義(collectivist)的な理想を拒絶するという以外に共通する特質を見分けるのが困難な、多様な知的態度へと途を譲り始めた。
 カント(A. I. Vvedensky)あるいはヘーゲル(B. N. Chicherin)の様式の講壇哲学に加えて、非講壇哲学者による新しい著作が、宗教的、人格主義(personalist)的、非科学的な雰囲気を伝えた。
 多数の西側の哲学者が翻訳された。ヴント(Wund)やヴィンデルバント(Windelband)のみならず、ニーチェ(Nietzsche)、ベルクソン(Bergson)、ジェイムズ(James)、アヴェナリウス(Avenarius)、マッハ(Mach)、そして自己中心的無政府主義者のマックス・スティルナー(Max Stirner)とともに、フッサール(Husserl)ですら。
 詩歌の世界では象徴主義や『退廃』が花盛りで、ロシア文学は、メレジュコフスキー(Merezhkovsky)、ジナイダ・ギピウス(Zinaida Gippius)、ブロク(Blok)、ブリュソフ(Bryusov)、ブーニン(Bunin)、ヴャチェスラフ・イワノフ(Vyacheslav)およびビェリー(Byely)といった名前で豊かになった。。
 宗教、神秘主義、東方カルトおよび秘術信仰主義(occultism)は、ほとんど一般的になった。
 ソロヴィヨフ(Solovyov)の宗教哲学は、再生した。
 悲観主義、悪魔主義、終末論的予言、神秘や形而上的深さの探求、奇想天外嗜好、色情主義、心理学および自己分析-これら全てが一つの現代的な文化へと融合した。
 メレジュコフスキーは、ベルジャエフフ(Berdyaev)やロザノフ(Rozanov)とともに、性に関する隠喩で思い耽った。
 N・ミンスキー(Minsky)はニーチェを絶賛し、宗教的な詩歌を書き、そしてボルシェヴィキに協力した。
 元マルクス主義者は、彼らの祖であるキリスト教信仰へと戻った。宗教への関心を反啓蒙主義や政治的反動と同一視していた世代が、科学的無神論を純真で頑固な楽観主義の象徴だと見なす世代に、途を譲った。//
 1903年に、小論文を集めた、<観念論の諸問題(Problems of Idealism)>が出現した。執筆者の多くは、かつてマルクス主義者だったが、マルクス主義と唯物論を、道徳的虚無主義、人格軽視、決定主義、社会を作り上げる個人を無視する社会的価値の狂信的な追求だと、非難した。
 彼らはまた、マルクス主義を、進歩を崇拝しており、将来のために現在を犠牲にしていると攻撃した。
 ベルジャエフは、倫理的な制度は唯物論者の世界観にもとづいては設定することができない、倫理はカント的なあるものとあるべきものの区別を前提にしているのだから、と主張した。
 道徳規範は経験から演繹することができず、ゆえに経験科学は倫理に対して有用ではない。
 この規範が有効であるためには、経験の世界以外に、そうであることを知覚できる世界が存在しなければならない。その有効性はまた、人の自由な、『本態(noumeal)』的性質を前提とする。  
 かくして、道徳意識は自由、神の存在および霊魂の不滅性を前提とする。
 実証主義や功利主義(utilitarianism)は、価値に関する絶対的な規準を人に与えることができない。
 ブルガコフ(Bulgakov)は、唯物論と実証主義を、形而上の謎を解くことができない、世界と人間存在を偶然の働きだと見なす、自由を否定する、道徳価値に関する規準を提供しない、という理由で攻撃した。
 世界とそこでの人間存在は、神の和合への忠誠に照らしてのみ、知覚することができる。そして、社会への関与は、宗教上の義務の意識に他ならないものにもとづいてこそ行うことができる。
 我々の行為が聖なるものとの関係によって意味を持つときにのみ、我々は、真の自己認識と、至高の人の価値である人格の統合とについて語ることができる。//
 <観念論の諸問題>のほとんどは、つぎのことで合意していた。すなわち、法規範または道徳規範の有効性は、非経験的世界を前提とするということ。そして、人格は本来固有の絶対的価値であるがゆえに、自己認識は社会からの要求の犠牲になってはならないということ。
 ノヴゴロツェフ(Novgorodtsev)は、<先験的にある>正義の規範に法が基礎づけられる必要性を強調した。
 ストルーヴェ(Struve)は、世界的な水平化や人格の差違の除去という意味での平等性という理想を批判した。
 執筆者のほとんど、とくにS・L・フランク(Frank)は、彼ら人格主義者(personalist)の見方を支持するために、ニーチェを援用した。その際にニーチェの哲学を検討して、それは道徳的功利主義、幸福追求主義、奴隷道徳を批判している、かつ『大衆の福祉』のために人格的な創造性を犠牲にすることを批判している、とした。
 ストルーヴェ、ベルジャエフ、フランクおよびアスコルドフ(Askoldov)は全てが、ニーチェが社会主義を凡人の哲学であり群衆の価値だとして攻撃していることを支援して宣伝した。
 全ての者が社会主義の理想を、抽象観念としての人(Man)のために人格的価値を抑圧することを企図するものだと見なした。
 全ての者は、歴史的法則や、<先験的な>道徳規範の恩恵のない経験上の歴史に由来する進歩の規準について、懐疑的だった。そして、社会主義のうちに、人格に対して暴威を奮う、抽象的な『集産的な(collectiv)』価値への可能性を見た。//
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 ②へとつづく。

0392/阪本昌成・法の支配(勁草、2006)-02。

 阪本昌成・法の支配(勁草書房、2006)をメモしつつ読む。今年1/13以来の2回め(p.7~10)。とっくに読んでいた部分だが。以下の数字は原書どおり。
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 第1章・何が問われるべきか―現代国家の病理
 第1節・政治哲学上の原理を欠いていた「福祉国家」
 社会科学の課題は人の行為の原因ではなく理由=当該行為の障害は何かを問うこと。障害には自然的、心理的・性格的なものもあるが、対象とすべきは「他者が意識的に作りだした障害」、とくに「国家が意識的に作りだした」それだ。憲法哲学上の「自由」論はこれに焦点を当てる。
 1 安寧か福祉か
 (1)安寧  自由は国家が作る障害から防御する基礎だったが、「人々のwell-being」(安寧)を配慮することも国家の正当な役割だった。ヘーゲルにおいても。もっとも、その配慮は国家の一般的責務で個々人の「自由や権利と対等の利益」ではなかった。
 (2)福祉  だが、well-beingはwelfareとの違いが明確にされることなく「人並みの生活」と理解され始め、主観的利益のごとき様相を呈しだした。さらにwelfare(福祉)は正義や自由、権利と結合され、「福祉国家」論の原型となった。
 「福祉国家」における「分配的正義」・「実質的正義」はwell-beingの微妙かつ重大な意味変化の表れだったが、この変化を支える「政治哲学上の原理(理論体系)」は十分用意されなかった。
 「福祉国家」論は一種の「功利主義」を基礎とする。/古典的哲学は「善」を「徳」と関連づけたが、これは「善」を「効用」と関連づけた。
 ベンサム的功利主義は<最大幸福をもたらす国家・法制度が正義に適う>とする傾向にあるが、この思考は「幸福の中身」に国家が関与しないという点で「リベラリズム」と「一時的に共鳴」はしたが、次第にそれから離脱する。功利主義は根本的に批判されるべきだった。以下はその理由。
 (2)福祉国家の理論的問題点  第一に、功利主義は私的な善の最大化をめざす点で古典的「善」観念からずれている。<功利主義は正義を善に、それも「私的な善」に依存させている>と批判されて当然だった。
 第二に、国家が個人の「自然的または私的な生への配慮」を担えば国家権力は「人びとの心身に浸透する権力」に変質する。現代人の国家依存性はこれと関連。
 第三に、某人の効用を大にすることは他の某人を「犠牲」にする可能性がある。福祉国家とは「ある人の私的所有よりも、別の人のニーズを上位におくことで」、「公正でない」・<税財源による市場外からの社会保障システムの提供は「所得再配分政策」となること必定で、それだけ「自由を削減」する>という批判が可能だ。
 「国家が善き生活を万人に保障しようとすることは、ある立場からみれば、正義にもとるのである」。
 福祉国家には実務的難点もある。/「社会的正義」の到達度に関する「客観的基準」がない。「最低限の」所得保障→「適正な」所得保障への歯止めがない。
 R・ノージックは、福祉国家を「功利主義に依拠する目的論的国家」と批判し、ハイエクは「福祉国家は結果の平等という目的のために人を手段として用いている」と批判し続けた。/「福祉国家論と批判論、どちらが現実を客観的に捉えて」いるか?
 現代国家は福祉国家のみならず「総需要の管理というマクロ経済政策に従事する国家」でもある。憲法学のいう「積極国家」・「行政国家」、さらには「現代立憲主義国家」だ。/この国家は我々のwell-beingにいかなる作用を及ぼしているか。/これは今日の社会科学の新たな課題だ。
 (以上、第1章の第1節の1まで。p.7~p.10)
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