アントニオ・R・ダマシオ/田中三彦訳・デカルトの誤り-情動・理性・人間の脳(ちくま学芸文庫、新訳2010・原版2000/原新版2005・原著1994)。
 =Antonio R. Damasio, Descrtes' Error: Emotion, Reason and the Human Brain.
 第4章の後半からの一部引用等。引用は原則として邦訳書による。
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 第4章・冷めた心に〔In Colder Blood〕の一部。
 /邦訳書p.128-p.130。
 「推論・意志決定障害と情動・感情障害が顕著にあらわれる神経学的概観」から、次のことが明らかになる。
 「第一」に、「前頭前腹内側皮質〔ventromedial sector〕という人間的な脳領域」の損傷により、「推論と意志決定および情動と感情〔reasoning/decision making and emotion/feeling〕の双方が、それもとくに個人的、社会的領域において、冒される」。
 「第二」に、右半球の「体性感覚皮質複合体という人間的な脳領域」の損傷により、「推論と意志決定および情動と感情が冒され、さらに基本的な身体信号のプロセスが混乱をきたす」。
 「第三」に、「前頭皮質」の「腹内側部」側の他にも「推論と意志決定」を阻害する脳領域があるが、「冒され方は異なる」。悪影響の対象は、①「あらゆる領域の知的作用」か、②選択的に「個人的、社会的」作用よりも「言語、数、物、空間に関する作用」かのいすれかだ。
 「要するに」、人間の脳には、①「推論」=「目的志向の思考プロセス」と②「意志決定」=「反応選択」の両者に「一貫して向けられる」、かつ「個人的、社会的」領域が強調される「システムの集まり」がある。そして、この「システムの集まり」は「情動や感情」に、「部分的には身体信号の処理」に関係している。
 /邦訳書p.136-p.139。
 「脳幹中の、あるいは前脳基底部の小核内のニューロンから〔シナプス空間に〕放出〔deliver〕される」「神経伝達物質」〔neurotransmitters〕にはセロトニン・ドーパミン・ノルエプネフリン・アセチルコリン〔serotonin、dopamine、norepinephrine、acetylcholine〕等々がある。「近年の発見」では、「前頭前皮質の腹内側部〔ventromedial sector of the prefrontal cortex〕と扁桃体〔amygdala〕にセロトニンの化学的レセプターの一つが集中している」。一般的には「セロトニンの機能を強化すると、攻撃性が減り、社会的行動が助長される」。
 実験・研究によると、「行動が社会的にうまく適応している」サルでは、「前頭葉腹内側部、扁桃体」や「近傍の側頭葉内側皮質」にセロトニン-2レセプターが「非常に多い」が他の領域ではそうでなく、「非協力的、敵対的行動を示すサル」ではこれらの反対だ。
 この発見は「セロトニンだけが適応的社会的行動」の原因となり、その不足は「攻撃性」をもたらすと「表面的に」理解してはならない。「特定のセロトニン・レセプターを持つ特定の脳システムの中」でのセロトニンの存否が「システムの作用を変える」。
 「何か症状が出現したとき」、問題は「セロトニンの多寡ではない」。セロトニンは、「過去、現在の社会的文化的要素も強力に干渉する」、「きわめて複雑なメカニズムの一部にすぎない」。
 「社会的要素だけ」を強調しても「神経化学的相関〔neurochemistry〕だけ」を取り上げても「社会暴力に対する解決策」は生まれない。
 /邦訳書p.140。
 この章で示した証拠は「一群の脳領域と推論と意志決定のプロセスの間に密接な関係がある」ことを示唆する。「神経システムの役割について、いくつかの事実」を列挙できる。
  「第一に、確かにこれらのシステムは、広義での理性〔reason〕のプロセスに関与している。とくに、計画や意志決定〔planning and deciding〕に関与している。
 第二に、これらのシステムのある部分的集合(サブセット)は『個人的で社会的』〔personal and social〕という言葉で一括りできるような計画形成や行動決断に関係している。通常合理性〔rationality〕と呼ばれる理性の側面とこれらのシステムは関係しているように思われる。
 第三に、我々がこれまでに確認してきたシステムは、情動の処理〔processing of emotion〕において重要な役割を果たしている。
 第四に、これらのシステムは、もはや存在しない対象の適切なイメージを、ある時間のあいだ心に留める〔hold in mind〕のに必要とされている。」
 「こういった本質的に異なる役割が、なぜ脳のある限られた領域〔a circumscribed sector of the brain〕で合流〔come together〕する必要があるのか?」。
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 以上。
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