秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

共産党員

0856/日本共産党のソ連はスターリンから道を外したとの主張の滑稽さ・再言。

 一 山内昌之・歴史学の名著30(ちくま新書、2007)のトロツキーの著の項にはスターリンへの言及はあるが、レーニンとスターリンとの関係、正確には両者間の同質性または断絶性には、トロツキーも山内も触れていないようだ。
 二 すでに別の文献も使って書いたことだが、日本共産党はレーニンまでは正しかったが、ソ連はスターリンから<社会主義への道>を踏みはずした、社会主義国または社会主義を目指す国ではなくなった、という見解に立っている。
 不破哲三・日本共産党と中国共産党の新しい関係(新日本出版社、1998)は、北京での1998年7月20日の不破と胡錦濤(当時、政治局常務委員)の会談内容、翌7月21日の不破と江沢民(総書記)の会談内容を資料として含めており、不破の発言は正確にそのまま掲載しているようだ。
 二回の会談内容に(当然ながら)大きな違いはない。不破が江沢民との会談で中国共産党側に述べているのは次のようなことだ。適当に抜粋して言及する。
 「日中関係五原則」なるものを提起している。その第一は「日本は、過去の侵略戦争についてきびしく反省する」。第二は「一つの中国」の立場を「堅持する」。以下は略。
 現在の日本を覆っている対中<贖罪意識>の醸成に、日本共産党も大きくかかわっている。上を含む「五原則」を胡錦濤は「積極的に受けとめ」た、という(p.108)。
 江沢民も自らの言葉として「日本軍国主義の中国への侵略戦争」なる表現を用い、「歴史の問題にいかに正しく対処するか」、これを「うまく処理できれば健全な関係を発展させられる」と日本人には強調してきていると述べ、「中国人民が特別に警戒していることの一つは日本軍国主義の教訓が日本国内ではまだ明確にされていないことです」と明言している(p.119-120)。
 いわゆる村山談話以後でも、江沢民はこのように言っていた。日本人の(言論の)100%が屈しないと気が済まないのだろうか。このような現中国共産党の主張・路線に沿った主張・見解をもっているマスメディア、政治家が(そして何となくそう思っている国民が)日本では多数派を形成している、と思われる。(根源は米国の初期占領方針だが、その後の)中国の策略は功を奏しているだろう。
 三 不破はソ連問題につき、対胡錦濤では自ら積極的に、対江沢民では江沢民の「世界の共産主義運動の問題」の質問に答えて、以下のように述べている(p.131-対江沢民)。
 ・ソ連崩壊のとき「この社会はいったい何だったのか」を研究した。「ソ連覇権主義が社会主義とは無縁」だと「早くから指摘して」きたが、「ソ連の国内体制についても…社会主義とは無縁な人民抑圧型の社会だった」というのが研究の「結論でした」。
 ・「レーニン時代のソ連と、スターリン以後のソ連とを、厳密に区別する立場」だ。「スターリン以後のソ連は、社会主義に向かうレールから、完全に脱線」した。
 ・ソ連共産党解体のとき、1992年12月に「国際的声明」を出し、①「ソ連をモデルとする考え」から脱却する必要、②「自主独立の立場」、③「資本主義万歳」論の影響を「克服」する必要、を説いた。
 この欄で既述のことだし、よく知られていることだが、国際共産党日本支部としての日本共産党はソ連共産党の指導権がすでにスターリンにあった1922年に設立され、その後もその綱領・政策等について、ソ連共産党を中心とするコミンテルンやコミンフォルムの影響を強く受けてきた。
 かつてはスターリンを具体的にはひとことも批判しておかないで、少なくとも1960年直前まではむしろその従属下にありながら、ソ連共産党とソ連が解体・崩壊するや、スターリンから道を外した、と主張するとは、正気の沙汰だろうか。日本共産党の幹部たちがまともな神経の持ち主だとは思えない。
 だが、さすがに<自主独立>の党だなどと思って、党中央の言い分を<信頼>し、なおも「正しい」社会主義(・共産主義)への展望を持って活動している日本共産党員もいるのだろう。一度しかない人生なのに、まことに気の毒としか言いようがない。
 だがしかし、日本共産党の存在は、日本共産党のような<組織的左翼>・<頑固な左翼>ではなく、自分は<リベラル>で<自由な>「左翼」だと自己規定して民主党または社民党を支持する(=これらに投票する)かなりの層の存在と形成に役立っていると見られる。<共産党ほど偏った左ではない>という言い訳みたいなものを共産党員や共産党シンパではないその他の「左翼」(<何となく左翼>を含む)に与えて、安心させる?存在に日本共産党はなっている、と考えられる。
 その意味で、日本共産党自身の影響力もまだ無視できないが、広い「左翼」の中で果たしているこの政党の役割こそがむしろ深刻視されなければならないようだ。
 四 江沢民は「共産主義」、「マルクス主義」という言葉を使っている(前者はもともとは日本での造語・訳語の借用かもしれない)。不破は後者を「科学的社会主義」と言い換えているが(言い換えても本質は同じ)、「共産主義」はそのまま用いていて、「共産主義」や「社会主義」を肯定的に理解している。
 日本共産党は<自由と民主主義>の党を標榜していても、「共産主義運動」を日本で行なっていることを当時の中央委員会幹部会委員長・不破哲三は江沢民に対して何ら否定していない。「革命と社会主義の理想」(p.132)を明確に語っているのだ。
 書くのも面倒くさいが、<民主主義と自由>の擁護者、という仮の姿に、騙されてはいけない。また、彼らのいう「民主主義」等とは「社会主義」(・共産主義)と少なくとも当面は矛盾しないことに留意すべきだ。社会主義国・東ドイツは「ドイツ民主共和国」だった、北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」だ。彼らのいう「民主主義」は徹底すると「社会主義」(・共産主義)につながる。「民主主義」は「全体主義」の萌芽をも簡単に形成することは、フランス革命期のジャコバン独裁(・テロル)でも明らかなことだ……。
 以上、散漫さなきにしもあらず。

0716/西尾幹二「日本の分水嶺―危機に立つ保守」(月刊正論6月号)を読む-1。

 月刊正論6月号(産経)の西尾幹二「日本の分水嶺―危機に立つ保守」(p.96-)は、NHKスベシャル「JAPANデビュー/第一回」にもさっそく言及している。
 具体的批判内容はともあれ、西尾のユニークなのは、こんな番組が罷り通る<背景>を洞察していることだ(とりあえず結論的にはp.101-2)。
 少し遡れば(p.100-1)、NHKの中枢にはどういう人物がいて「何が起こっているの」か、と西尾は問い、「共産主義イデオロギー」になおしがみつく者たちと「今の時局に便乗し、中国のために(あるいはアメリカのために)日本を押さえ込む再占領政策を意識的に」推進せんとする者たちの二種が「重なり合い、不分明に混ざり合っているケースが考えられ」る、とする。
 前者は日本(資本主義・自由主義)「国家」を敵視し、貶めて弱体化を目指すので、もともと後者と共通する基盤があると言える。そして西尾も言うように、「自国破壊に道徳感や清浄感」を覚える「不思議な心理」に陥っている者たちは、朝日新聞・NHKに限らず、「官界にも、司法界にも、学界や教育界にも、いたる処に蟠踞している」(p.101)。
 だが、と西尾は続ける。中核は「共産主義イデオロギー」で、欧米では共産主義と「何度かに分けて…ケジメをつけて」きたにもかかわらず、日本では、大学のマルクス主義系歴史や経済学や哲学の教授たちは九〇年代前半こそ「穏和しく」していたが、その後は「環境学だの平和学など女性学だのといった新分野の衣装を纏って」、政府審議会委員等になったり大学人事を占拠している。かかる状態等を「マスメディア」が問題にすることはない。「メディアを支配しているのは依然として旧党員、ないしはそのシンパだから」だ。
 以上のことに、全くと言ってよいほど異論はない(他分野ほどは目立たないかもしれないが、歴史学・経済学・哲学のほかにマルクス主義系「教育学」と「法学」も加えてよい)。日本は、(日本人が何かと参考にしたがる)欧米に比べて、「共産主義イデオロギー」が占める比重が<異様に>大きいのだ。NHKの最近の問題番組もかかる状況の中に位置づけうる。

 このあとの西尾の指摘が、まずは興味深い。
 「あからさまウソ」を「ためらいなく」放送するNHKの「自信は何か」。田母神俊雄論文問題で月刊WiLLと月刊正論を除く「すべての言論界を蔽った同一音調」=「田母神叩き」は、「どこかに司令塔があるのではと思わせるほど不自然」で「言論ファシズムの匂い」がある。「ウソを声高に語るNHKの今度のシリーズ」にも「同じ匂い」がある(p.101-2)。
 とりあえずは、<鋭い嗅覚>と言うべきではないか。
 だが、「どこかに司令塔があるのではと思わせる」という関心から導かれる最終的な西尾の推測は、考えさせはするものの、はてはてという感じで、なおも説得力が十分ではない。
 西尾の推測に至る論述はこうだ(p.102-3)。
 1.東欧の「自由化」と全く同様のことは東アジアでは起こらず、親中(・親韓)派はむしろ強く生き延び、「教科書、拉致、靖国のいわば歴史問題」は解決していない。「南京、慰安婦、竹島、尖閣、チベット、核問題」も加えて、困難の度は増している。
 2.安倍晋三首相は中国・韓国、とくに前者との「関係修復」を率先したが、「どこか外から(恐らく米国と中国の両方から、そして日本の財界から)強い要請を受けて企てられた気配」がある。2007年4月に靖国参拝を済ませていたが、「不思議なのは中国が騒がなかったこと」だ。その後の福田・麻生首相も「民族問題にはほぼ完全に背を向け、安倍氏の敷いた路線」を歩んでいる。
 3.安倍も麻生も「村山談話や河野談話」を振り捨てられないのは、「米中」による「再占領政策」の「轍の中にはめこまれて」しまったからだ。NHKのスペシャル番組は、見事に、「米国と中国という旧戦勝国の要請に応え」、日本国民にあらためて「罪の意識」を植え付けようとしている。
 つぎが、結論的推測。
 4.上の米中の「再占領」政策の「大筋に日本で最初に着手したのは安倍晋三」。「背後で支えているのは恐らく…中曽根康弘」。NHKは「必ずしも左翼だけ」ではなく、「日本の保守の方針」に忠実
でもあるのだろう。
 こう書かれると、<左翼>・<保守>の概念もますます混乱してくる。結局は、日本のかつての<保守>は「左翼」化して「民族」問題を放棄し=ナショナリストでなくなり、「米中」による「再占領政策」に追随している、という趣旨なのだろう。そして、その文脈の中で、安倍晋三、(福田、麻生、そして)中曽根康弘の名前が出てくる。
 上記のとおり、この推測は俄には納得し難い。安倍晋三は<戦後レジームからの脱却>を掲げ、(対中は勿論)対米「自立」を目指したのではなかったのだろうか。むしろ、その点は、アメリカ(の少なくとも一部)に警戒感を与えたのではなかったのだろうか。そのかぎりで、アメリカは、渡辺恒雄=読売新聞もそうだったと勝手に推測しているが、2007年参院選での安倍晋三=自民党の<後退>をむしろ望んでいたとも推測される。そのかぎりでは、心情的には朝日新聞と同様の立場にあったアメリカの有力政治家・学者もいたと思われるのだが。
 というわけで、西尾幹二の主張は真面目に考えると、じつに大きな問題提起・論争提起だ。だが、繰り返すが、あれあれ、はてはて、ととりあえずは感じる他はない。
 上記の西尾幹二論考は、ご成婚50年会見の際の天皇(・皇后)陛下のご発言に関連して、八木秀次とは異なる、将来の天皇(・皇室)制度論にも言及している。別の回にしよう。

0267/<処世の手段>としての「左翼」/マルクス主義者/日本共産党員。

 前回書いたように大学の社会系(歴史学を含む)学部の教員には「左翼」/マルクス主義者/マルクス・シンパが多いとすれば、これまでの企業の多くの大学卒業者の採用の仕方は適切なものだったといえるかもしれない。
 企業が18~19歳時点の特定の能力によって決まる出身大学の名前にのみ関心をもち、大学でどれだけ真面目に勉強したのかを示す大学での成績を考慮しないで採用し、入社してから「鍛える」という傾向を批判する向きもあった(今もあるだろう)。だが、「左翼」的教員の多い大学・学部では、真面目にきちんと勉強すればするほど「左翼」的理論・知識・心性の学生が育つに違いないだろう。ここで「左翼」的とは大まかには親社会主義・反資本主義、闘争・対立好み、「個性」重視・反秩序を意味させておく。
 前回紹介の諸発言はどの程度一般化できるかは厳密には問題で、大学、学部又は学問分野、教員個人によって様々ではあるはずだ。しかし、概してではあれ、大学又は学界では当然のこと又は中立・中間的なことと大学教員が考えていることは、世間一般の尺度に照らすと<だいぶ左にズレている>とは言えるのではないかと思われる。
 典型的には(マルクス主義経済学界を別にすれば)、勝手に推測すれば、マルクス主義者又はそれへの親近者が多いのは(当然に日本共産党員も多いのは)、日本史学界、次に、法学界の中の憲法学界ではあるまいか。
 また、これらの学界に限らず、「左」派であること、さらに日本共産党員であることが、大学就職や変更に有利に働く(!)ことがあるに違いない。
 前回に触れたように指導教授が誰か(どういう<思想傾向>か)によって大学院学生の就職が不利になることがありうることは、逆に指導教授の<思想傾向>のおかげで就職や大学の移動が有利になる大学院学生や若手の大学教員がいることを示している。
 とすれば、就職や所属大学の変更を有利にするために、自らの<思想傾向>を選択する者が発生しても全く不思議ではない。
 旧ソ連等の旧社会主義国や現在の中国や北朝鮮では共産党員であることが<エリート>である(となる)ための条件のはずだ(だった)。
 そのような過去及び現在の国々におけると同様に、日本の一部の世界では、「左翼」/マルクス主義者/日本共産党員であることは、一つの<処世の手段>あるいは<立身出世の手段>になっている(あるいは少なくとも、なりうる)と言ってよいだろう。
 むろん、資本主義経済のもとでの私企業ではそんなことはない。だが、大学という「特殊」な世界の社会系学問分野では、すべての分野と言うつもりはないが、上のようなことが現実にも生じている、と推察される。このようにマルクス主義への甘さが残ったままの社会が一部にせよあるというのも、一つの<戦後レジーム>の徴表ではないか。マルクス主義者・日本共産党員たちが<戦後レジーム>を壊されたくないのは当然のことだ。

ギャラリー
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