佐伯啓思や雑誌・表現者(ジョルダン)での議論に触れたいし、民主党や鳩山由紀夫についても、日本共産党についても書きたいことは多い。
 小林よしのりの議論にかかわることが当面重要とも思えないが、小林よしのりサピオ5/12号(小学館)の「天皇論・追撃篇」での叙述について、網羅的にではなく断片的にコメントする。
 1.小林よしのりは、①側室の子だった明治・大正両天皇ののち「昭和天皇、今上陛下、皇太子殿下と3代も嫡男が続いたのは異例の幸運だった」、②「女子ばかりつづくことだって当然起こる。現にその後は41年間、9人連続で女子しか誕生しなかった」、とまず言う(p.62)。
 このいずれにもすでに、異論がある(敬語を省略させていただくことがある)。
 大正天皇妃(貞明皇后)は4人お生みになり4人とも男子、昭和天皇妃(香淳皇后)は4人お生みになりうち2人が男子、今上天皇妃(美智子皇后)は3人お生みになり2人が男子。
 なるほど男子の割合の方が多いが、もともと確率的には男子か女子かはほとんど1/2(50%)のはずなので、3人の子のいずれも女子である可能性(確率)は1/2の3乗で12.5%しかない。87.5%の確率で少なくとも1人の男子は生まれる。子が4人の場合は、いずれも女子である可能性(確率)は1/2の4乗で6.25%しかなく、93.75%の確率で少なくとも1人の男子は生まれる。
 上のような確率上の計算・予測からしても、「3代も嫡男が続いたのは異例の幸運」だった、とは思えない。3~4名の子をお産みになれる健康な女性(と配偶者男性)が三代つづけば、「嫡男」が三代続いたのは何ら「異例」ではないと考えられる。従って、上の①は疑問。
 つぎに、上の②は清子内親王~敬宮愛子内親王の9名を指しているのだろう(両親は4組)。たしかに、「女子ばかりつづくことだって当然起こる」が、それが9回も続いたのは決して「当然」のことではない。「9人連続で女子しか誕生しなかった」ことこそが、確率的にはきわめて異例のことだった。
 上のような計算をすれば、9人続けて女子が産まれる確率は、1/2の9乗で1/512であり、これは0.195%で、ほぼ0.2%。つまりはほぼ1%の五分の一の確率でしか起こりえなかったことだ。こちらの方こそが「異例」だった、というべきだ。
 今上陛下・皇后の末子である清子内親王を別とすれば、三笠宮寛仁親王の子は2人とも女子、高円宮憲仁親王の子は3人とも女子、秋篠宮文仁親王の最初の2人の子はいずれも女子、皇太子殿下の子は女子(愛子さま)だった。
 確率的にいうと、これら8名のうち3~5名が男子であっても決して不思議ではなかった。8名全員が女子である可能性は、1/2の8乗で1/256、ほぼ0.4%しかなかったのだ。
 8-9名続けて皇室内に女子しか産まれなかったことがさも「当然」のことだったかのように書く上の②は支持できない。
 小林よしのりは上の①・②を根拠にして③「現在の皇統の危機は一夫一婦制を維持する限り、いつかは必ず訪れた事態」だ、というが(p.62)、①・②が疑問である以上、これも支持できない。8-9名続けて女子しか生まれなかったことこそが確率的には異例で、「必ず訪れた」とは(1000年単位での長期スパンで見ないかぎりは)とても言えない、と思われる。
 上の①・②・③がまともな結論ではないので、その後の小林の議論もまともではなくなっている。
 ④「必要な議論は、『女系容認か?旧宮家復活か?』ではない。『女系容認か?側室復活か?』である!」
 小林は男子が生まれなかった原因を「一夫一婦制」に求め、「男子継承」には「側室制度」(の復活)が不可欠というのだ。これは明らかに奇妙な理解で、誤った前提に立つ、誤った問題設定だ。
 むろん、8-9名続けて皇室内に女子しか生まれなかったことは客観的事実で(その後に悠仁親王がお生まれになった)、悠仁親王と同世代には男子がおられない、という深刻な状況にある、ということまでも否定するものではない。
 2.同号の後半で小林よしのりは「本来、すべての生物はまずメスとして発生するのである!」(p.72)などということを懸命に強調しているが、小林が紹介するような生物学的なオス・メスに関する議論が、皇位継承適格性の問題といったいどういう関係があるのか、大いに疑問だ。
 生物学的な問題をとり上げるのならば、女性は妊娠し出産する可能性がある、妊娠中のまたは出産直後の女性は「天皇」だけしか行うことができない宮中祭祀(の少なくとも一部)を適切にまたは十分に行うことができるのだろうか、ということを議論すべきだ。
 冗言は省くが、ほとんどの場合は天皇位は男に継承されてきたこと、女性天皇の場合の女性は妊娠し出産する可能性がなかったことが多いと想定されること(逐一確認しはしないが)は、天皇しか行えない宮中祭祀(の少なくとも一部)の存在に関係しているものと考えている。
 そのような宮中祭祀の存在、女性は妊娠し出産する可能性がある、ということを考慮しない皇位継承論議・「女系」天皇の是非論はほとんど無意味なのではなかろうか。この程度にする。