秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

個別的自衛権

1682/九条二項存置・自衛隊明記論④-伊藤哲夫・小坂実のバカさと危険。

 小坂実は、以下の著で、こう言う。
 「せめて世界標準の個別的自衛権が行使できるよう、憲法に自衛隊を明記しましょうよと。本気で個別的自衛権で反撃できるというなら、是非とも自衛隊の『加憲』に同調すべきだと」。p.131。
 伊藤哲夫=岡田邦宏=小坂実・これがわれわれの憲法改正提案だ-護憲派よ、それでも憲法改正に反対か?(日本政策研究センター、2017.05)。
 これは、恐ろしい主張だ。
 つまり伊藤・岡田とともに小坂が二項存置・自衛隊憲法明記案を主張する際の「自衛隊」とは、集団的自衛権を行使しうるのではなくても、個別的自衛権を行使できるだけのものでもよい、そこまでは一致できるはずだから、「加憲」に賛成しようよ、と言っているのだ。
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 九条二項存置のままで個別的自衛権とか集団的自衛権の区別に関係する<明文>を定めることは相当に困難だ。
 とすると、何という概念を小坂は使うつもりなのかは知らないが、新三項によって明記される「自衛隊」なるものは、個別的自衛権の行使に限られる(集団的自衛権の行使は認められない)組織・機構だと<憲法解釈>されてよい、と小坂は明示的に主張していることになる。
 少なくとも法律レベルで実質的に明記し、憲法にも違反しないと(国会、内閣>内閣法制局によって)解されている集団的自衛権の行使を、小坂実は、新九条三項「加憲」によって、憲法解釈上、個別的自衛権の行使に限定してよい、というのだ。
 ひどい後退、劣化だ。こんなことを言う「センター研究部長」の気が知れない。
 よほど<自衛隊の明記>にこだわっている。
 しかし何と、明記を拘泥する<自衛隊>は、個別的自衛権しか行使できないと憲法解釈されてよい、というのだ。
 この人、小坂実は、「左翼」であり、日本共産党同調者だろう。九条二項削除をよほど怖れて、先ずは三項「加憲」でごまかそうとしているのかもしれない。
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 何度でも、つぎのことを、書いておく。
 「法解釈にのみ依存する自衛隊の存在」。p.94の見出し。
 これは、結論誘導的で、欺瞞的な表現の仕方だ。
 この人たちの、「明記」と「法解釈」を大きな断絶があるものとして<どしろうと>として理解している、幼稚な知識と発想にもとづいている。
 <憲法解釈にもとづく(依存する)>というのは、<憲法にもとづく>とほとんど同じ意味だ。
 この人たちの論じ方を使っていうと、<憲法にもとづく>には二種ある。
 <憲法上の、だれも疑い得ないほどに明確な言葉で成る規定にもとづく>と<憲法解釈にもとづく>。
 憲法「解釈」であっても、それが安定していて、堅固であれば、ほとんど何の問題もない。
 自衛隊員たちの士気にかかわるとかの議論をする、訳の分からない者たちがいるようだ。
 そういう人たちは「憲法解釈」論をかぶった日本共産党の政治闘争にすでにある程度は屈服している。
 「自衛隊」という直接の言葉はなくとも、現憲法が国家に固有の自衛権行使を容認しているかぎり、現在の自衛隊は憲法にもとづくものであり、かつまた1954年以降60年以上にわたって、国民を代表する国の国会が、つまりは全国民の代表者たちが、合憲的なものとして、その崇高な任務を自衛隊に、そして自衛隊の隊員たちに与えたのだ。
 そのことが申し訳ないというなら、九条二項を削除して、本格的に安全保障・軍事関係規定を設ければよい。
 そうしないでおいて、またそう主張しないでおいて、二項存置のまま形だけ「明記」しようとするのは、日本共産党や「左翼」の政治的主張に屈服している。
 日本にまともな「保守」が希薄化していることの証拠だ。
 中でも、小坂実の上の主張は、ひどい。
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 ところで、10年ほど前、秋月瑛二は日本政策センターなるものの薄い月刊誌的なものを、1年間だけ購読したことがある。雑誌名をすぐに思いだせない。
 1年で止めてしまった契機になったのは、2000年頃に廃止された「機関委任事務」なるものについての知識・理解がその後かなり経っていたが不十分で怪しいままの論文的なものを読んだからだった。
 その著者名を、思い出した。小坂実、だった。
 地方行政、または国と地方の関係を問題にしながら、その論考らしきものは、「機関委任事務」という(国・地方の)行政公務員であれば基本的には了解しているはずの基本的タームの意味を、理解できていなかった。
 これでよくぞ、地方行政あるいは国と地方の関係について語れるものだと、呆れてしまったのだ。
 「機関委任事務」。その当時にすでに(制度としては)廃止されていたから(しかし、何らかのかたちで継続している事務の方が多い)、説明は省く。
 ともあれ、こんな基本概念(だったもの)を知らずして日本の「政策」を「研究」している団体だと分かって、一年かぎりでおサラバしたのだった。
 代表・所長・研究部長、専従の「研究」者は、この三人だけなのだろうか
 さらについでに書くと、小坂実、1958~、東京大学法学部卒。唯一の「法学部」出身者だ。卒業するだけはほとんど誰でもできるので、卒業できるでけの勉強はしたらしい。
 また、これでよく、「株式会社」として経営していけているものだと、感心し、不思議に思いもする。

1314/安保法案「違憲」論は憲法学者の「学問」か-2。

 一 今次の平和安保法案は<集団的自衛権の行使>を容認する憲法解釈に立つものだとされる。
 その場合に前提とされる<集団的自衛権>とは何か。そこでいかなるものが想定されているのか。
 産経新聞6/10の「正論」欄の中西輝政「安保法案は日本存立の切り札だ」は「護憲派」長谷部恭男にも言及のあるタイミングのよい論考だが、そこには1960年「3月に当時の岸信介首相が…答弁しているように」、「一切の集団的自衛権を(憲法上)持たないというのは言い過ぎ」で、「現憲法の枠内での限定的な集団的自衛権の成立する余地」を(日本政府は)認めてきた、という一文がある。
 この岸首相答弁を私は確認することができなかった。但し、1960年3月に当時の林修三内閣法制局長官は、憲法と<集団的自衛権>について、以下のことを述べている。すなわち、①「…外国が武力攻撃を受けた場合に、それを守るために、たとえば外国へまで行ってそれを防衛する」こと、これが「集団的自衛権の内容として特に強く理解されている」が、これは憲法は認めていない。②「現在の安保条約」で「米国に対して施設区域を提供…」、あるいは米国が他国から侵略された場合の「経済的な援助」、こういうことを「集団的自衛権」という言葉で理解すれば、これを憲法が「否定しておるとは考えません」。いずれも、1960.03.31参議院予算委員会答弁。
 また、3月ではなく4月の20日に、岸首相は衆議院安保委員会で、上の①と②と同旨のことを述べている。
 ①「自分の締約国…友好国であるという国が侵略された場合に、そこに出かけていって、そこを防衛する」、これは憲法は認めていない。②「ただ、集団的自衛権というようなことが、そういうことだけに限るのか」。「基地を貸すとか、あるいは経済的な援助をするとか」、それらを内容とするものは、「日本の憲法の上から」いってできる、「それを集団的自衛権という言葉で説明するならばしてもよい」。
 但し、今次に問題になっている<集団的自衛権(の行使)>とは、1960年の時点で政府(岸信介首相ら)が憲法も容認しているとも語っていた基地提供や経済的援助の類を含むものではなく、やはり何らかの<実力の行使>を意味すると考えられる。
 二 近時の国会等での議論では必ずしも表立っては言及されていないように見えるが、<政府解釈>は、以下のような意味での<集団的自衛権(の行使)>は憲法上容認されていないとしてきており、かつそのような解釈は今次の安保法案、およびそれの前提の重要な一つになっている「集団的自衛権行使容認」解釈によっても変更されていない、と解される。否定されていることに変わらない<集団的自衛権(の行使)>とは、次のようなものだ。そして、昨年の閣議決定により<政府解釈>を変更して、容認することとなったそれは、以下のものに<限定>を加えたもので、同一ではない、と解される。
 1.「国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている」。しかし、「集団的自衛権を行使することは、…憲法上許されない」(1981.05.29政府答弁)。
 2.「集団的自衛権とは、国際法上、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止することが正当化される権利と解されて」いる。「これは、我が国に対する武力攻撃」への対処ではなく「他国に加えられた武力攻撃を実力でもって阻止することを内容とする」ので、「その行使は憲法上許されないと解してきた」(2004.06.18政府答弁書)。
 自国に対する(直接の)武力攻撃に対処するのが「個別的自衛権」の行使、密接な関係にある外国に対する武力攻撃に対処するのが「集団的自衛権」の行使、と相当に単純にまたは簡単に理解されてきた、と見られる。
 このような理解を前提として、いわゆる<新三要件>にもいっさい論及することなく、<集団的自衛権行使容認>に対する反対声明を出したのが、何と、日弁連会長・村越進だった。
 三 また、今回、政府が「論理的整合性」があるとし、<政府解釈>変更に際して前提にしている1972.10.14の参議院決算委員会提出文書のうち、行使が否定されるとする<集団的自衛権>について語っている部分は、以下のとおりだ。
 ①憲法九条は一定の場合に「自衛の措置」をとること禁じてはいない。②「しかしながら、…無制限に認めているとは解されない」。「あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認される」のだから、「その措置は、右の事態を排除するためにとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである」。③そうだとすれば、「わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる」。④「したがつて、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」。
 結論的に言って、2014.07.01閣議決定による<政府解釈>の変更は、上の①・②・③の「基本的な論理」は維持していると見られる。この閣議決定が、(①はもう省略するが)上の②・③についての次の部分は「従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理」であると、述べているとおりだ。すなわち、「この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の『武力の行使』は許容される」。
 だが、閣議決定および今次の法案は、上の④の具体的な適用または結論を<限定または修正>したものと解される。どのように「変更」したのか。2014.07.01閣議決定文書は、次のように述べている。
 「これまで政府は、…『武力の行使』が許容されるのは、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、…わが国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。…。こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った」。
 つまり、1.「我が国に対する武力攻撃が発生した場合」に<自衛>権行使を限っていたのを、この場合に限らず、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」にも認める、というわけだ。かつ、2.その場合でも実際の行使は「我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないとき」に限るとされ、3.その態様は「必要最小限度の実力」だとされた。この2.3.は従来の解釈で語られてきたのとほとんど同旨であるので、重要なのは1.ということになる。
 四 上に二で言及したような意味での<集団的自衛権>の行使が容認されたわけではないことは明らかだ、と考えられる。<外国に対する武力攻撃>の発生という要件だけではなく、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」という要件(新三要件の第一)もまた加えられている。その意味で、国際法上のまたは国連憲章が想定する<集団的自衛権>そのものの行使ではないことに注意しなければならない。
 五 長谷部恭男は憲法審査会で、今次の法案(<解釈変更>)は(従来の政府解釈と)「論理的整合性を欠く」と発言したらしい。
 結論が同じではないのだから、まったく「整合性」がとれているわけではないことは当たり前のことだ。この批判は、要するに、<解釈変更は許されない>、<解釈変更自体が違憲だ>と主張していることに究極的にはなるのかもしれない。しかし、そのような批判は成り立たない。
 また、政府側は「自衛措置」をとることの合憲性・違憲性について最も詳しく語っていると見られる1972年の答弁文書をふまえて、そこでの「自衛」権の行使に関する基本的な考え方・論理を維持しようとしている、とは言えるだろう。この点について、安倍内閣を、あるいは自民党中心政府を、批判したい者たち、あるいはアメリカとともに安倍内閣・自民党中心政権を「敵」と見なしている者たちは、何とでも言うだろう。疑うつもりならば、批判したいならば、最初からそういう立場に立てば、何とでも言える。
 もっとも、長谷部恭男は、前回に触れた読売オンライン上の論考では、「論理的整合性」の問題には明示的には触れていない。むしろ、1972年政府答弁文書等々による<集団的自衛権行使否認>解釈を変更すること自体への嫌悪、あるいは安倍内閣に対する不信・悪罵の感情の表明が目立つようだ。さらに続ける。
 

0877/外国人参政権問題-あらためてその6・憲法学界⑤。

 大石眞・憲法講義Ⅰ(有斐閣、2004)p.64は「いわゆる定住外国人の参政権」という項を立てて、次のように書く。
 <「国政参加の基礎を国籍に求めることは各国共通の理解」でもあり、「不当」ではない。外国人参政権を認めれば「国民の自己決定の原則に反することにもなるという原理的な問題を抱え込む」だろう。>
 このあと、選挙権・被選挙権者を国民に限る公職選挙法が違憲だとは考え難い旨を述べ、地方参政権に関する最高裁平成07.02.28判決等を参照要求している。
 「国民の自己決定の原則」に言及していることが関心を惹く。また、上の後半からは、いわゆる<要請説>を支持していないことが明らかで、辻村みよ子浦部法穂とは異なる。但し、<許容説>をどう評価しているかは明瞭でない(上の本の新版があるのかもしれないが、所持していない)。
 大石眞(京都大学、58歳)は読売新聞5/3付の「憲法記念日座談会」で、対談者三名の一人として「外国人参政権」問題については、こう発言している。 
 ・最高裁平成07.02.28判決の「傍論では消極的言及にとどま」る。「そこが一つの根拠になって物事が進むのは、あまり良くない」。「国籍問題を軽く考える」のにも「違和感を持つ」。「帰化という正当な道があるのだから、正論で行くべきだ」。憲法95条は外国人地方参政権肯定との議論に直結しない。現在は「地方の権限を強める方向でもあり、そこに国籍を持たない者が大勢参加することになっていいのか、根本的な疑問がある」。
 所謂<許容説>に対する理論的(憲法解釈論的)立場は明確ではなおないと言えるが、少なくとも立法政策論(法律レベルでの政策的議論)としては外国人地方参政権付与に否定的であることは明らかだ。読売紙上で、こう明確に断じている現役の憲法学者がいることは大いなる救いで、少しは憲法学界の現況に安心しもする。
 大石眞は、上の論点以外に次のようなことも言っている。
 ・「日本国憲法は1920年代のモデルで、色々なところに限界がきている…」。
 ・9条は「個別的自衛権のことを規定」している。「集団的自衛権」は国連憲章・日米安保条約という、現行憲法とは「違う位相」で、「観念ができている」。政府が「個別的自衛権」を持ち出して「集団的自衛権」を否定するのは「議論にはズレがある」。また、「集団的自衛権を認めることとそれを行使するかは別問題」で、「本当に行使するべきかどうかは政治判断そのもの」なので「内閣、国会で大いに議論すればよい」。
 他にもあるが省略。
 日本共産党および同党シンパ憲法学者は、九条をめぐる問題のうち、文言・条文の改正問題よりも焦眉の課題は<集団的自衛権肯定>への解釈変更を阻止することだと考えているようでもあるので、上の大石眞発言はそれに対抗するものでもあり、この人が日本共産党シンパでないことはおそらく歴然としている。少しは憲法学界の現況に安心しもする。

ギャラリー
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  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
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  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
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